STI Hz Vol.8, No.4, Part.2:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)名古屋大学 生物機能開発利用研究センター 准教授 野田口理孝氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00309
  • 公開日: 2022.11.25
  • 著者: 髙橋 智、伊藤 裕子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
名古屋大学 生物機能開発利用研究センター
准教授 野田口 理孝 氏インタビュー
奇跡のトマトはおいしかった
-接ぎ木でつなぐ、農業の未来-

聞き手:企画課 髙橋 智
科学技術予測・政策基盤調査センター 主任研究官 伊藤 裕子

「ナイスステップな研究者2021」に選定された野田口理孝氏は、タバコ属の植物が別の科の植物に組織を接着できることを発見し、農業資源として利用される様々な植物と接ぎ木の接着実験を行い、ほとんどすべての植物とタバコ属の植物が接ぎ木できることを明らかにした。この発見は、2000年以上信じられていた接ぎ木の常識を覆すものである。また、野田口氏はアカデミックな研究活動を継続する一方で、本研究をもとにベンチャー企業の立ち上げも行った。接ぎ木に関する基礎研究の成果や、新たな接ぎ木手法の開発及び社会実装といった一連の活動は、農業技術の効率化・高度化や新品種の開発等に直接的に資すると考えられる。今回、野田口氏に研究の概要やベンチャー設立までの経緯、今後の展望、学生へのアドバイス等について伺った。

名古屋大学 生物機能開発利用研究センター准教授 野田口 理孝 氏(野田口氏提供)

名古屋大学 生物機能開発利用研究センター
准教授 野田口 理孝 氏(野田口氏提供)

- 研究の経緯や背景について教えてください。

私はもともと植物科学を専攻していました。どういうことが明らかになると将来の植物利用や農業に役立つのかということを考えていました。植物に備わっているはずなのに私たちがわかっていない現象として、情報統御、すなわち、周りの情報をどう集約して意思決定をしているのか、というものがありました。根からどのように水分を吸うのかなど、個別の分野については研究が進んでいましたが、植物がどう総合的な判断をしているのかはよくわかっていませんでした。ヒトの進化と同じ時間をかけて現在の植物があるため、彼らがスマートなシステムを持っていないわけがありません。植物は機能分化が進んでいるため、部分ごとに協力していなくてはならず、そのためには器官同士のコミュニケーションが必要だと考え、研究をしていました。

接ぎ木は、実験手法として使っていました。接ぎ木をして一方の植物の情報がもう一方の植物に伝わるのか、どのような分子が移動しているのかを研究していました。ただし、接ぎ木によって似た植物同士をつなげてしまうと似たような分子が検出されてしまい、本来見たい分子と、そうでない分子の区別ができませんでした。私は当時、米国留学中で、結果を出さねばならず、退路を断たれていました。そこで、木に竹を接ぐのは不可能、つまり種類の違うものは接ぎ木できないというのが2000 年以上ある接ぎ木の歴史の一般法則注1でしたが、ダメもとで様々な植物を、モデル植物の一つであるアブラナ科のシロイヌナズナに接ぎ木していったところ、タバコの仲間がうまく接ぎ木できることに気づきました。くっつくだけでなく、成長もしていることに気づきました。奇跡の組合せを見つけたと思いましたね。

当時は目的の研究が果たせたのでそれでよかったのですが、日本に戻ってきて、改めて研究テーマを考えていたときに、シロイヌナズナ以外の植物でもタバコとくっつくのか試してみました。アブラナ科のキャベツやブロッコリーはくっつきました。次はマメの根にタバコを接ぎ木しました。マメは、ダイズが畑の肉と呼ばれるように、栄養価の高い種を作ることができるため、農学分野ではマメの根の仕組みを理解して、マメの根の能力をいろいろな植物に付与するのが夢ですので、接ぎ木でこれができるか試してみたところ、貧相ながらくっつきました。このあたりでとんでもない能力に出会ったのではないかと思い、徹底的に試験したところ、次々に接ぎ木できる植物が見つかりました。歴史的にできないとされていたものができてしまったので、その原理・原則を調べてみようと思いました。また、この研究を通して接ぎ木の技術の発展にもつなげようと思い、研究をしてきました。

- タバコと接ぎ木できる植物に、種類や進化の過程との関係性はあるのでしょうか。

ばらばらでした。タバコと接ぎ木をすると、時々うまくいかない相手がいました。なぜかを調べたところ、傷ついたときにとる戦略の違いが原因でした。そもそも接ぎ木が、傷ついた箇所を直す能力を利用していますので、傷ついたときにそこを修復するより新しく根を張る戦略をとる植物だと、うまく接ぎ木できませんでした。つながるかどうかは科や目といった分類上の違いではなく、個々の植物がとる戦略の違いによるものでした。

- 接ぎ木の研究の中で特に印象に残っているエピソードはありますか。

この研究をやろうと本格的に思ったのはシロイヌナズナ、タバコ、トマトの3者の接ぎ木をしたときでした。タバコとトマトは同じナス科の植物なので接ぎ木はできますが、シロイヌナズナとトマトの接ぎ木はもちろんできませんでした。そこで、タバコを間に挟めば、シロイヌナズナとトマトの接ぎ木ができるかもしれないと考えました。一方で、もしかしたら処理できない代謝物が移動してしまうなどの理由で接ぎ木できないかもしれないとも考えていて、結果がどちらになっても面白いと考えて、やってみることにしました。

その結果、3者はうまくつながったのですが、3か月くらい育てていたところ、一番上のトマトに花が咲いて、実がなりました。この実がだんだん赤くなっていったのを見ていたら、「これはとんでもない能力に出会っているんじゃないか」と思いました。一番驚いたのは、トマトの実が赤くなったのを見たときですね。衝撃でした。そのあとマメ科の植物でつながったときも興奮しましたし、ウリ科でもくっつきました。一つ一つが興奮の連続で、その時期は温室に行くのが毎回楽しかったです。

キク・タバコ(茎のみ)にトマトを接ぎ木し、実ったトマトキク・タバコ(茎のみ)にトマトを接ぎ木し、実ったトマト (野田口氏提供資料)

(野田口氏提供資料)

- 接ぎ木してできた実は召し上がったのですか。

トマトは食べました(笑)。接着力が弱く、成長がすごく遅いので、逆に甘くなりました。皮が固いけどすごく甘かったです。ただ気を付けないといけないのは、様々な成分が移動してしまうので、毒も移動してしまいます。タバコはニコチンを根で作るので、タバコの上に直接トマトを接ぎ木したらそのトマトは食べてはいけません。

- 接ぎ木でいろいろな応用例がありそうですね。

希少植物の維持・管理に使えないかと言った相談はあります。接ぎ木がそもそもある植物の能力と別の植物の能力を併せ持たせるための技術なので、品種改良ではできないことまでできます。また、品種改良してしまうと、その子孫も改良した品種になってしまい、生態系の中に増えていってしまいますが、接ぎ木によって獲得した能力は、毎回接ぎ木しないと得られません。天然の状況を変えずに、大きな変化をすぐに作れます。品種改良は少しずつよくしていく技術ですが、接ぎ木は即効性のある技術です。乾燥や土壌成分の変化などの問題は迅速に解決しないといけません。接ぎ木を使えば、これらの問題に対して、例えばマングローブの上にトマトを接ぎ木して海の上でもトマトを作るといったことができるかもしれない。

- タバコのみがこのような能力を持っているのでしょうか。

タバコの仲間であるペチュニアにもタバコと同様の能力があることを見つけています。タバコを使うとニコチンが可食部に移動する問題がありますが、ペチュニアを使えばこの問題は回避できます。ほかにも、ニコチンの代謝経路を破壊してニコチンを作れなくなったタバコを使うことも考えられます。

この能力の原理・原則を調べていくと、植物が傷ついたときに組織同士をつなげる酵素が働いていることがわかりました。この酵素はどの植物も持っています。通常の植物は自分が傷ついたときにはこの酵素を働かせて組織同士をくっつけますが、他の植物をつなげられたときは、その部分は自分ではないと認識してくっつかないようにしています。このシステムがおかしくなって、他の植物をくっつけてしまうのがタバコです。

この酵素はすべての植物の細胞壁に共通の成分であるセルロースを溶解する酵素です。この酵素さえ使えばよいということがわかりましたので、その酵素だけを取り出して塗るということでそれなりの成果を出せましたが、万能ではありませんでした。やはり一つの酵素だけでくっつけているわけではなく、全組織をつなげるというたくさんのことをやらないと植物は修復できませんでした。もう少し研究して、重要なものを探す必要があります。

ちなみにタバコ以外の植物でその酵素をたくさん作るように遺伝子組み換えをすると、その植物はタバコ化していきます。タバコに依存する必要はなさそうです。今は遺伝子組み換えではなくゲノム編集で同じことができないかというのが現在進行中のことです。

- ベンチャー(グランドグリーン株式会社)も立ち上げられていますね。事業概要や会社の目的、設立までの経緯について教えてください。

グランドグリーン株式会社(以下、グランドグリーン)注2の事業概要はゲノム編集技術をはじめとする科学技術を活用した新品種の開発です。設立のきっかけは接ぎ木技術の発見です。グランドグリーンでは、ゲノム編集ツールを接ぎ木によってタバコから標的の作物に送り込み、迅速に新しい品種を作っていくことを考えていました。植物は、動物とは違ってその場から動けないために、傷や周りの刺激に敏感なので、外からゲノム編集ツールを入れるのが難しいです。バイオテクノロジーが進んでも植物に遺伝子を導入するのは困難でした。植物への遺伝子導入はアグロバクテリウムを用いたものがありますが、これは実質、アグロバクテリウムを使った遺伝子の組み換えにより目的の遺伝子を導入しています。その後、親と戻し交雑して、目的外の遺伝子組み換えが起こっていない個体を選抜するという作業を10年くらいかけて行います。結局遺伝子組み換えと変わらないです。遺伝子組み換えができる作物の品種は決まっています。例えばトウモロコシの場合、限られた品種にしか遺伝子組み換えができません。一方で、接ぎ木は、育ちはよくないものの一時的にはつながるので、これが遺伝子導入に使えるのではないかと考え、世の中の役に立つことを目指してベンチャーを設立しました。

また、アカデミアの基礎研究は未来にとって明るい存在であるということをもっと社会に伝えたい、体現したいと考えていました。このことを次世代の子供たちに気合を入れて見せていく必要があると考えています。大学にいても社会に役立つことはできるし、必ずしも役立つことばかりをやる必要はないなど、いろいろなことを知るきっかけになってほしくて、この事業を絶対に成功させたいと思っていました。

日本は少子高齢化が進んでいて、元気がなくなってきていますが、世界の中でプレゼンスを発揮でき、尊重される日本でありたいと思っています。資源の少ない日本でやれることは、科学・知識・知恵だと子供のころから聞いていましたし、そう思っています。そういうことをやりたいです。特に一次産業の農業のような、生命のベースラインみたいなところで世界に尊重されるようなことをやりたい、と考えていました。これは事業まで膨らませないといけません。米国や欧州にある農業大手の海外企業と並ぶ日本の企業がますます増えていけるようになったらいいなと思っています。

- ベンチャー設立の際はどういったことが問題でしたか。

ベンチャー設立に必要な人、モノ、カネ全部ありません(笑)。相当疲れます。今回お話ししているような事業構想を何回もキーパーソンたちとお話しします。まだものがない時点で将来の話をするので、「本当なの?」と評価されます。どうしても「賭けてみよう」という感じにはなりません。軌道にのるまではとにかく関係者は大変です。

- ベンチャー設立の際はどういう方に相談されたのでしょうか。

我々はもともと研究畑の人間なので、事業をどうするかわかりませんでした。創業当時は他のベンチャーの失敗体験などの前例を調べました。研究者がやると独りよがりになったり、技術に固執したりしてしまうといった教訓は想像していました。多くの起業家の方たちからアドバイスを頂き、社長になってほしいというお願いもしていました。実際には農業の科学技術分野で成功したテック系の会社は国内に見つかりませんでした。我々の技術の将来性を具体的に、何年にここまで達成できるということをリアルに想像できる事業家は我々以外いませんでした。そこで最終的には、ビジネスを知っている方に教えていただきながら我々が動くという選択をしました。農家へのヒアリングは随時やりました。生産者の方や食べる人たちが「ありがとう」と言ってくれないものを作っても独りよがりです。いつも厳しい評価を頂きながら、今も対話を続けながらやっています。

- 会社の規模感についてはどうでしょうか。また、御自身のかかわりの程度はどれくらいでしょうか。

初期は私が代表をやっていました。当時、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の大学発ベンチャー促進事業であるSTART事業の助成金を活用しました。ほとんどのお金は人件費にまわしていました。ビジネスサイドの方は一通りの基本機能だけミニマムで用意し、農業を変えたいという志に共感してくださる方だけで構成していました。はじめは10人くらいで、徐々に人数が増えて、今は30人くらいです。1年後に代表を交代し、当時技術系のことを全面的にやっていただいていた研究者の方に代表をお願いしました。

私は研究開発の方向性や意見を言ったり、最近の基礎研究のトレンドを会社に共有したり、アドバイザー的な役割をしています。8、9割は大学の人間として活動しています。

- 今後の事業展開や野心についてお聞かせください。

グランドグリーンについてはどんどん大成していってほしいと思っています。社員の会社なので、メンバーがこうあってほしいという会社になるのを全力で応援する立場です。私自身の夢もそこでかなえられたらなと思っています。できれば「グランドグリーン」という主語で続いていってほしいです。どうしても固執するわけではありませんが、今のところは厳しいながらも前に、描いていた姿に育っている。この調子で世界の助けになる会社になってほしいと思っています。

私自身としては、アカデミアにとどまる選択をしましたので、研究対象については、何事もビジネスになれば正解ではない、植物科学にとって100年後に何がわかっていることが重要か、そのためには自分は現役の間に何をやればよいか、という視点で柔軟に考えています。次の洞察を与えるような研究をしていきたいと思っています。

- 学生や若手の研究者へのメッセージをお願いします。

自分にとって大事なことは何なのかを考えるのをやめないでほしいです。同級生がたくさんいて、自分の個性が埋もれてしまうかもしれないと思うかもしれませんが、そんなことは気にしなくていいし、エレガントなことをみんなが言う必要はないです。自分なりにこういうことが問題だとか、こうなりたいとかを考えて、自分の中でいろいろなことを咀嚼(そしゃく)して考えてほしいです。

もう一つは、何かこういうことをやりたい、やるべきだという思いがあったら、()じ気づかず、ためらわず、あきらめないでほしいです。誰しも人と同じように流されることもありますが、自分を信じてやるのが重要だと思います。

三つ目は、一人で全部やることはできない、ということです。自分のやったこと一つで世界が救われるわけではありません。いろいろな方の貢献があって今があります。これは自分がやってきて体感しているところです。周りの人と目標に向かって一緒にやるという姿勢になれば、自分が何でもできる人じゃなくても目標が達成できます。できないことはできる人に話して、頼めばいいと思っています。周りに視界を広げて協力していく、周りの人を尊重する姿勢を持っているといいと思います。

(2022年8月22日オンラインインタビュー)

温室にて
温室にて (野田口氏提供資料)

(野田口氏提供資料)


注1 Mudge, K., J. Janick, S. Scofield & E. E. Goldschmidt. 2009. A History of Grafting. Horticultural Reviews 35: 437-493.