STI Hz Vol.8, No.2, Part.2:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)東京大学大学院 農学生命科学研究科 准教授 曽我 昌史 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00291
  • 公開日: 2022.05.25
  • 著者: 星野 利彦、齊藤 美智子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東京大学大学院 農学生命科学研究科
准教授 曽我 昌史 氏インタビュー
-人と自然の関わり合いの理解を通して、持続的な自然共生型社会の構築を目指す-

聞き手:第1調査研究グループ 総括上席研究官 星野 利彦
企画課 業務係長 齊藤 美智子

「ナイスステップな研究者2021」に選定された曽我昌史氏は、小中学生の頃、チョウが好きな昆虫少年として過ごし、高校では生物部で谷戸など里山的な環境の残る場所に出かけた自然体験をもとに、東京農工大学農学部で昆虫の研究に取り組んだ。自身の専門である保全生態学のほかに疫学や心理学を融合させて、最先端の研究を実施されてきた。特筆すべき研究成果として、新型コロナウイルス感染症による心理的ストレスを緩和するための緑地の効果、ライフスタイルの変化に伴う自然と触れ合う機会の喪失などがある。都市化や情報化が進む現代・今後の社会の方向性を指し示し、身近な自然を用いた社会的課題の解決に寄与することが期待される。

今回のインタビューでは、保全生態学などの自然科学と疫学や心理学などの社会科学を融合した研究に至るまでのきっかけや、研究によるサスティナビリティやSDGs(「持続可能な開発目標」)への貢献、また、海外との比較を含め、今後の展望について伺うとともに、研究者を目指す方々に向けてメッセージを頂いた。

東京大学大学院 農学生命科学研究科准教授 曽我 昌史 氏(曽我氏提供)

東京大学大学院 農学生命科学研究科
准教授 曽我 昌史 氏(曽我氏提供)

- 「ナイスステップな研究者」の選定理由は、「人と自然の関わり合いの理解を通して、持続的な自然共生型社会の構築を目指す」です。研究の概要について御紹介ください。また、研究分野の魅力を教えてください。

私たちは、意識しているか、していないかにかかわらず、日常的に自然と触れ合っています。通勤・通学中に目にする街路樹、休日に訪れる緑地、散歩中に聞こえてくる鳥のさえずり、窓から見える山々など、その形は様々です。私の研究では、こうした自然との関わり合いが人と自然にとってどのような影響をもたらすのか、また、こうした関わり合いが減少するとどんな影響が生じるのかを調べています。これまでの私の研究から、自然との関わり合いは人の心身の健康やコミュニティの健全性にポジティブな影響をもたらすことや、生物多様性保全意識・行動を醸成させる機能があることが分かってきました。つまり、自然との関わり合いは人と自然が共生関係を築く上で重要な役割を担うということです。しかしそれと同時に、こうした人と自然の関わり合いは現在多くの地域で減少しつつあり、私たち人間と生態系の双方の「健康」が脅かされていることも明らかとなってきました(図表1)。私の研究では、この人と自然の関わり合いの喪失、すなわち「経験の喪失スパイラル」をどうすれば防ぐことができるのかを明らかにし、それによって現代社会が抱える幾つかの社会課題を解決することを目指しています。

人と自然の関わり合いに関する研究で一番面白いと思う点は、その学際性にあると思います。従来、人と自然を研究する分野ははっきりと分かれており、そのインターフェースを体系的に研究するという考えはほとんどありませんでした。事実、これまで人に関する研究は公衆衛生学や心理学、社会学分野で行われてきましたし、自然や生態系に関する研究は生態学が中心に行ってきました。私の研究では、これまで関連性がほとんどなかったこれらの分野を融合させた手法を用いることで、人、若しくは自然だけを見ていては得られない知見を得ることを目指しています。もちろん、こうした知見は学術的に重要なだけではなく、社会的にも意義があると思います。実際に、「人と自然の共生」は現在地球全体の共通目標であり、この問題を解決することが急務の課題となっています。

図表1 経験の喪失スパイラル

これまでの研究から、人と自然の関わり合いが衰退することで、人の健康状態が劣化するだけでなく自然に対する興味・関心・保全意欲が低下する恐れがあることが分かりました(矢印A)。こうした感情・態度の変化は次世代にも伝搬し、その過程で自然と関わる「機会」と「意欲」の両方が失われ(矢印B)、これにより人と自然の関わり合いの衰退がますます加速する可能性があります(矢印C)。

図表1 経験の喪失スパイラルこれまでの研究から、人と自然の関わり合いが衰退することで、人の健康状態が劣化するだけでなく自然に対する興味・関心・保全意欲が低下する恐れがあることが分かりました(矢印A)。こうした感情・態度の変化は次世代にも伝搬し、その過程で自然と関わる「機会」と「意欲」の両方が失われ(矢印B)、これにより人と自然の関わり合いの衰退がますます加速する可能性があります(矢印C)。

(曽我氏提供資料)

- 「ナイスステップな研究者」の選定理由となった「人と自然の関わり合いの理解を通して、持続的な自然共生型社会の構築を目指す」ことを志すようになったのは、いつどのようなきっかけからでしょうか?子供の頃や中学・高校生時代の体験などを含めて教えていただけますか。

私が研究者を志すようになったのは大学に入ってからですが、その決断には幼少期や中高生時代の体験が強く影響していたと思います。私は、東京の墨田区で生まれたのですが、小学生の頃から大のチョウ好きでした。決して両親が虫好きだった訳ではなく、小学校3年生の時に担任の先生に展翅(てんし)注1をプレゼントで頂いたのがきっかけです。墨田区は東京の中では緑がとても少ない地域なのですが、放課後には神社や公園等に通い、目当てのチョウを捕まえるような生活をしていました。もちろん家の中でもたくさんのチョウを飼っていました。

中高は千葉県市川市にある私立校に通い、6年間生物部で活動していました。生物部では、同じような興味を持つ友人や先輩・後輩と一緒に学校周辺の林や水辺で虫捕りをしていました。市川周辺には谷戸注2や雑木林等の里山的な環境がまだ比較的多く残っており、そこには図鑑でしか見たことがないチョウがたくさんいました。例えば、大町自然観察園のハンノキ林にはミドリシジミ注3が乱舞していましたし、雑木林の樹液にはゴマダラチョウ注4がよく来ていました。こうした体験は、自然度が低い場所で生まれ育った私にとってはとてもうれしいものでした。また中高時代には、単に珍しいチョウを捕るという喜びだけではなく、科学的手法に基づいてデータを取ることの重要性を学ぶこともできました。例えば、私がいた生物部では幾つか決まった場所で定期的に昆虫類の生態調査を行い、経年変化を調べたりしていました。

中高の頃から本格的にフィールド生態学を学びたいと思うようになり、大学は東京の府中市にある東京農工大学に進学しました。実は、農工大には昆虫研究会という歴史のあるサークルがあり、ここに入部したいというのが一番大きな動機でした(笑)。学部3年の頃に始めた卒業研究では、都市化に伴う景観構造の変化がチョウの分布に及ぼす影響を調べました。都内のあちこちの森林でフィールド調査を行い、都市化によって森林が分断化・孤立すると、そこに生息するチョウ類の数がどう変化するのか、また都市化が生態系に与える悪影響を最小限に抑えるためにはどんな対策が必要なのか等を主に議論しました。この研究は、その後北海道大学で学位を取得するまで続け、幾つか科学的・応用的に重要な知見を得ることができました。

その一方で、学位を取得する少し前くらいから、「そもそもなぜ都市で生き物を守らなくてはならないのか?」という疑問を抱くようになりました。当時多くの生態学者が都市で生物多様性を守ることの重要性を主張していたのですが、その理由を考え始めたのです。博士課程の指導教員や研究仲間らと議論した結果、人と自然の接点を維持することが一番本質的な理由なのではないかという結論に至りました。そして学位取得後から、本格的に人と自然の関わり合いに関する研究を始めました。とは言っても、この研究はこれまで私が行ってきたチョウに関する研究とは全く内容が異なるため、最初は手探りの状態がしばらく続きました。特に、新たな研究テーマではこれまで扱ってこなかった「人間」が主な研究対象であったため、生態学以外の分野も一から勉強しなければなりませんでした。そのため、最初はインプット中心の生活でなかなかアウトプットが出ず、もどかしい気持ちもありました。しかし、その後、このテーマに関する成果を幾つか発表することができ、今ではこうした分野横断型の研究スタイルは私の最も大きなオリジナリティの一つになっていると思います。ちなみに、生態学の中では社会学との分野横断型研究を行う方はほとんどいません。私の場合、農工大時代に自然科学と社会科学を融合した教育を受けてきたので、心理的なハードルが余り高くなかったのかもしれません。

- 研究テーマは、この頃メディアでも取り上げられるサスティナビリティ(「人間生活や自然環境が多様性と生産性を失うことなく長期的に継続できる能力」)やSDGs(「持続可能な開発目標」)と密接に関わるテーマだと理解しています。冒頭の研究の要素と重なる部分もあると思いますが、具体的に、サスティナビリティやSDGsに、どのような貢献ができるとお考えでしょうか。

私の研究は幾つかの点でSDGsに貢献できると考えています。最も分かりやすいものは、すべての人に健康と福祉を提供するという点です。先ほど申し上げた通り、これまでの研究から、日常的な自然との関わり合いは人の健康や幸福にポジティブな影響をもたらすことが分かってきました。例えば、2020年に行った疫学調査から、窓から緑が見える人や都市緑地を頻繁に利用する人は、そうでない人々と比べて、コロナ禍にメンタルヘルスが悪化しにくくなることが分かりました。また、こういった健康便益は市民農園のような強度に管理された場所でも発揮され得ることも分かりました。つまり、自然との関わり合いを活用することで、比較的コストをかけずに人々の健康や幸福を促進することができるかもしれません。実際に、都市緑地等の身近な自然は、国立公園等とは違い、裕福な人だけではなく全ての人が平等に使うことができます。そのため、今後都市緑地や街路樹等を計画的に設置・管理することで、健康格差を是正することができるかもしれません。もちろん、先ほどのコロナ禍での研究のように、こうした健康便益は、災害等の想定外の事態に対する都市住民のレジリエンス機能を高めることにもつながるため、「住み続けられるまちづくり」という観点からもSDGsに貢献できます。

私の研究は、人間の健康だけではなく、生態系の健全性を高めることにもつながります。これまで生態学分野では、技術的なアプローチから生態系保全の達成を目指すというスタイルが主流でした。例えば、効率的な自然保護区の設置方法や効果的な希少種の保全方法を明らかにするという研究です。しかし、技術的なアプローチだけで生態系保全に関する課題を解決するのは不可能です。なぜなら、幾ら生態系保全に有効な技術が開発されても、社会全体が生態系保全を支持しない限り、そのような技術は普及しないからです。つまり、生態系保全に対して前向きな社会を創る、いわば社会的アプローチに基づいた研究が不可欠だということです。私が現在行っている研究では、現在世界的に進む人と自然の関わり合いの衰退が、社会の生態系保全意識・行動を衰退させる主要因の一つであることを特定しました。現在、この負の影響を抑えるために必要な取り組みを探索しているのですが、もしこの研究が今後進めば、先ほど申し上げた社会的アプローチという観点から生態系保全に貢献できると考えられます。

- 国連(国際連合)の調査によると、世界の都市圏の人口割合は年々増加傾向で、都市人口は2040年には60憶人まで増加すると推定されています。こうした都市化の進展による自然と触れ合う「経験の喪失」は、世界的な問題として、健康や教育などの面でマイナスであるばかりでなく、人々が環境問題を自分事として受け止める上での障害になるとも思われます。こうした問題を解決する上で、国や地方自治体の役割を政策的な面も含めて御提案いただけますか。

私たちは、未曾有(みぞう)の「都市化の時代」を生きており、今後、人類がこれまで経験したことがない様々な問題に直面する可能性があります。そのため、科学エビデンスを基に都市景観や社会を設計することがますます重要になってくると思います。都市化の時代において最も大きな課題は、都市住民の健康や幸福の維持・向上です。実際に、都市は様々な非感染性疾患のホットスポットであり、都市住民の健康を向上させることが多くの国や地域で急務の課題となっています。私の研究を含めた最近の研究から、都市における自然や生物多様性は人々の健康や幸福と密接に関連することが分かってきました。そのため今後の都市計画では、自然や生き物を「嗜好(しこう)品」ではなく「生活必需品」として捉え、積極的に都市の中に配置するという考えが大事になってくると思います。実は、こうした自然を()かして社会問題を解決するという考えは、最近いろいろな場面で聞くことが増えた「グリーンインフラストラクチャー」という考えの中でも強調されています。現在のグリーンインフラの議論は防災・減災や気候変動対応が中心ですが、今後は健康の視点からも議論することが大事だと思います。特に日本では、今後多くの都市で人口が減少し、土地に余裕が生まれてくる可能性があります。そのような場所に緑や地域の生物の生息地を再生すれば、人々の健康促進と生態系保全の両方を進めることができる自然共生型の都市を造ることができるかもしれません。もちろん、都市住民と自然との関わり合いを増やすためには、こうしたハード面の整備だけではなく、人々の自然体験のモチベーションを高めるためのソフト面での取り組みも必要だと思います。例えば、自然と関わることの健康便益を社会に分かりやすい形で伝えることで、より人の自然体験が増えるかもしれません。

- 御自身が取り組まれている研究テーマは、海外の研究状況と比べて、どのような状況にあると考えられますか。

人と自然の関わり合いや「経験の喪失」というテーマの中では、日本は比較的進んでいる方だと思います。と言うのも、今回受賞対象に選んでいただいた「経験の喪失スパイラル」という現象は、私が2016年に発表したものであり、他国の研究者よりも半歩進んで研究を始めたからです。ただ一方で、近年、英国やオーストラリア等ではこの分野の研究が盛んに行われており、多くの重要な研究成果が発表されています。これらの国々で人と自然の関係に関する研究が進んでいる一つの大きな理由は、分野融合研究に対する理解が進んでいるからだと思います。例えば、英国で行われている自然体験と健康に関する大型の研究プロジェクトでは、生態学や心理学、公衆衛生等の様々な分野の研究者が参画しており、分野を(また)いだ議論が行われているようです。

しかし、たとえこうした状況であっても、日本が世界に独自性を発信することはまだ十分に可能だと考えています。なぜならば、日本には東京という世界で最も大きな都市があり、東京を利用することで他の国々では得られない独創的な知見が得られる可能性があるためです。実際に、現在この分野で盛んに研究を行っている英国やオーストラリアの都市は、日本の都市と比べると各段に緑が多く、住宅密度も低いです。そのため、東京のような高度に都市化が進んだ場所をモデルに研究することで、「人間は極度に自然から離れるとどのように変化するのか?」や「高密度な都市で自然との関わりを維持するにはどうすればいいのか?」といった疑問に答えることができるかもしれません。私は、こうした疑問に答えることは、とても社会的価値が高いと思っています。実際に、東京のようなメガシティは今後アジアを中心に増加することが予想されており、東京で得られた知見はそれらの新しい都市に応用することができるかもしれません。

- 先生の経歴を見ると、学部、修士は東京農工大学で学ばれて、博士は北海道大学に進まれました。その後は、ポストドクターとして東京大学工学系研究科に所属され、現在は同大学農学生命科学研究科准教授と順調にアカデミアの道を歩んでこられたように思います。その中でいつ頃、研究者を志したのでしょうか。

先ほど申し上げた通り、私が研究者を本格的に志すようになったのは、卒業研究に取り組み始めた大学4年生の頃です。子供の頃から、漠然と自分の好きな昆虫や生態系に関わる仕事がしたいと思っていたのですが、具体的な将来像は全くありませんでした。卒業研究を始めた際、研究者もそうした仕事の一つであることに気付き、そこから意識するようになりました。また研究者は、昆虫に関われるという点のほかに、自分自身で自分の研究やキャリアを開拓していくことができるという点でも魅力的に感じました。もちろん、研究者はキャリアや将来が見えにくい仕事ではありますが、一度だけの人生なのでチャレンジしてみようと思いこの進路を選びました。私の場合これまでのキャリアの中で、農工大・北大・英国エクセター大学・東大工学部・東大農学部といろいろな研究室で仕事をしてきましたが、有り難いことにそれぞれの場面で自分を応援してくださる方に出会えたため、研究に没頭することができました。

- このところ、修士課程から博士課程への進学者数が低下しています。博士課程修了後の進路や処遇について不安に感じて、博士課程への進学を躊躇する学生がいると聞きます。将来、研究者になりたいと考える若者たち、大学生や高校生に向けての言葉をいただけますか。

研究者は、「自ら」テーマを探し、「自分の頭」でロジックを組み立て、「自分の名前」で論文を発表する、いわば「個」を前面に出した仕事です。そういう意味で私は、研究者は究極的なクリエイター業だと思っています。そこでは、人と違うことを考え、人と違うことを発見することが常に求められます。こうしたクリエイターという仕事には少なくないリスクが伴いますが、取り組んでいるときの喜びや達成感、充実感は格別だと思います。私も、(いま)だに大きな論文の執筆中や、熱いデータを解析しているときは、興奮して寝られないことが普通にあります(笑)。これは研究者に限ったことではないですが、何かに夢中になれるものがあるというのは、文字通り夢の中にいるくらい幸せなことだと、私は思っています。自分に研究者としての才能や素質があると感じる人は、是非研究の世界に飛び込んでみることをおすすめします。

(2022年2月24日オンラインインタビュー)


* 所属は執筆当時

注1 蝶やトンボなどの翅を広げた形で標本を作製するために使用する台。

注2 丘陵地が侵食されて形成された谷状の地形。谷間、湿地のこと。

注3 ハンノキが生育する湿地と言う特殊な環境に生息するチョウ。オスの翅は美しい緑色に輝く。

注4 人里によくあるエノキを食べるチョウ。