STI Hz Vol.7, No.4, Part.5:(特別インタビュー)日本科学未来館 館長 浅川 智恵子 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00272
  • 公開日: 2021.12.20
  • 著者: 赤池 伸一、黒田 玄、矢口 雅英
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
日本科学未来館 館長 浅川 智恵子 氏インタビュー
-地球の未来像を社会と共創する日本科学未来館-

聞き手:上席フェロー 赤池 伸一
企画課 黒田 玄
第2研究グループ 研究員 矢口 雅英

日本科学未来館の第2代館長に2021年4月就任した浅川智恵子氏は、アクセシビリティ研究の第一人者であり、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、IBM)では、日本語デジタル点字システム、IBMホームページリーダー等を開発し、日本人女性初のIBMフェローに就任した。また、カーネギーメロン大学客員教授を兼任し、屋内ナビゲーション技術や、AIスーツケース等の視覚障害者のためのナビゲーションシステムを開発し、実証実験及び普及に尽力してきた。本インタビューでは、日本科学未来館館長に就任した経緯や抱負、アクセシビリティ研究のスキルを生かした日本科学未来館の今後、視覚障害者としての自らのキャリア開拓の経験、日本社会の課題と政策への期待等について伺った。

浅川 智恵子 日本科学未来館 館長(日本科学未来館提供)略歴1985年日本IBM株式会社入社、日本語デジタル点字システムを開発。1997年世界初の実用的な音声WEBブラウザー「IBMホームページリーダー」を開発。2004年東京大学工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了、2009年IBMフェロー、2013年紫綬褒章受章、2014年米カーネギーメロン大学IBM特別功労教授(IBM社兼務)、2019年全米発明家殿堂(NIHF)入り、2020年「AIスーツケース・コンソーシアム」発起人兼技術統括者就任。2021年4月より日本科学未来館館長。工学博士。専門はHCI(ヒューマン・コンピューター インタラクション)、アクセシビリティ。

浅川 智恵子 日本科学未来館 館長
(日本科学未来館提供)

略歴
1985年日本IBM株式会社入社、日本語デジタル点字システムを開発。1997年世界初の実用的な音声WEBブラウザー「IBMホームページリーダー」を開発。2004年東京大学工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了、2009年IBMフェロー、2013年紫綬褒章受章、2014年米カーネギーメロン大学IBM特別功労教授(IBM社兼務)、2019年全米発明家殿堂(NIHF)入り、2020年「AIスーツケース・コンソーシアム」発起人兼技術統括者就任。2021年4月より日本科学未来館館長。工学博士。専門はHCI(ヒューマン・コンピューター インタラクション)、アクセシビリティ。

1. 日本科学未来館館長としての抱負と取組

- 4月より館長に就任されましたが、その経緯についてお聞かせください。

私は視覚障害者で女性であることから、多様性を踏まえたアクセシビリティという分野の研究活動を続けてきました。日本科学未来館(以下、未来館)の館長となった大きなきっかけは、SDGsの理念に沿った、誰一人とり残さない社会の実現に貢献したいと考えたからです。ダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(包摂)、アクセシビリティ(利用のしやすさ)に関する経験を生かして、一研究者という立場だけではなく、より多くの人とのつながりのある立場から未来館の運営に貢献できると考えました。

- 館長就任後の未来館の取組と展望についてお聞かせください。

まず、一人一人の力を集めることにより未来は変えていけるという(おも)いを込めて、今後10年の方針「Miraikanビジョン2030」として「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」を掲げました。未来館で最新技術を体験することにより、実現される新たな世界や自分の生活がどう変わっていくのかを知ってもらい、一緒に社会実装に貢献する活動をしていきたいと考えています。

私もAIスーツケース1)という視覚障害者のためのナビゲーションシステムについて研究開発を続けています。これまで、ショッピングモールや空港で実証実験をしてきましたが、未来館でも映像や展示を楽しむための機能を追加しています。ロボットが視覚障害者と一緒に未来館の中を歩くことで、ロボットが人を助けているという未来の風景を見ていただき、今の社会が未来の世界へと変わっていくために、一人一人に何ができるのかを考えるきっかけとしていただければと思います。

未来館では、来館するときに実証実験に協力するかどうか、すなわちデータを提供するかどうかを選択できる仕組み(オプトアウト方式)を取り入れたいと考えています。これにより、体験者一人一人の声を研究開発者にデータとしてフィードバックし、より良い科学技術を実現するループを作っていきたいと考えています。

また、更に大きなビジョンとしては、人から地球、地球から宇宙を見ていくというアプローチをとりたいと考えています。一人一人の人間の努力と意識改革によって、私たちの地球は変わっていく、未来は変わっていく、というゴールを見据えて、これからの未来館を運営していきたいと思います。

2. 研究開発における日本の課題

- 科学技術の社会実装や多様性の観点から、日本社会はどのような課題をかかえていますでしょうか。

社会実装については、例えば米国では、アプリのプロトタイプを試用する際、ユーザーが同意をすれば個人の責任ですぐに使うことができます。一方、日本では、何かあったときに誰が責任をとるのかなどの議論が続いてしまいがちで、社会での実証実験を始めること自体が非常に難しい状況にあります。

実験ができないと、より良いものを作っていけなくなり、社会を変えていくこともできません。このような試行錯誤を許す環境づくりを日本でも進めないと、欧米や急速に成長しているアジアに遅れてしまうと思います。

また、多様性という観点では、女性の理系進学についても大きな課題を抱えていると思います。NISTEP(科学技術・学術政策研究所)から発表されている論文の中に、とても気になる調査結果がありました。日本人ノーベル賞受賞者が出たときに各家庭において親がどのような意識変化があるのかを調査した論文2)です。もともと日本では女性の理系に進学することに対して否定的な考えがあり、女性本人も苦手意識を持ち、その周囲や家族も女子が理系に進むなんて、という考え方がありました。日本は女性研究者が少ないと言われていますが、コンピューター・サイエンス分野には理系の女性がたくさんいますし、成功している女性研究者も多く、今ではこのようなことはないと思っていました。しかし、日本人ノーベル賞受賞者が出たにもかかわらず、親は自分の子供には理系に進んでほしくないと思っているという調査結果に驚きました。その背景は、ノーベル賞受賞決定の報道と併せて、研究者の仕事の苦労についても多くが取り上げられたことから、積極的に理系に進学させることを躊躇(ちゅうちょ)する親が増えた可能性が推察されていました。これを読んでがく然としました。理系に進む子供の育成のためには社会の意識改革が必要であり、改めて未来館の役割は大きいと認識しました。未来館は親子で訪問いただく場合が多いので、研究は苦労だけではなく楽しいものであるということを研究に興味を持つお子さんの両親にしっかりお知らせする必要があると思います。

- 研究開発において米国と日本の比較がよくなされますが、その違いについてどのようにお考えでしょうか。

人間を視点とした研究が日本では少なく、社会の受皿も少ないのではないかと思います。アクセシビリティと高齢者の観点からお話しすると、まず、大学院でアクセシビリティを研究しても、日本では出口(就職先)がありません。米国では、アクセシビリティをキーワードにした求人がたくさんあり、学生のモチベーションのアップにもなっています。私が知っている範囲ですが、米国でアクセシビリティの勉強をした学生は、アカデミアや企業を問わず100%就職しています。ポスドクで来ますと言っていた学生が、結局アップル社に就職が決まった例もあります。一方、日本ではアクセシビリティを勉強しても出口がなかなか見えません。

また、米国では、80代の方でもGoogle Mapなどスマートフォン(以下、スマホ)の機能を使いこなして視覚を補っています。高齢者が高いITリテラシー(情報技術を利用して使いこなすスキル)を持っているため、ユーザー評価実験を行うと高齢の視覚障害者が集まってくださいます。

元気な高齢者が活躍することによって日本ももっと元気になるはずです。また、そのために科学技術が果たせる役割は大きいと思います。未来館としても、日本の高齢者や障害者が活躍する社会にどのように貢献できるか、考えていきたいと思います。

3. 浅川館長のモットー
「諦めなければ必ず道は開ける」

- 浅川館長は中学生のときの事故が原因で失明をされたと伺いました。そのようなハンディキャップの中で、どのようにキャリアを(ひら)かれたのですか。

私のモットーは「諦めなければ必ず道は開ける」です。ただ、自分が失明したときにそうは思えませんでした。今ならスマホやコンピューターの音声で読書ができますが、当時は自力で何も読めなくなり、一人で外出もできなくなるという経験をしました。「私の将来はどうなるのだろう」、「自立できるのだろうか」という不安を持ちながらも、普通に生きたいとも感じていました。目が見えないから「あれができないこれができない」ではなく、目が見えなくても「いろいろなことができるし、普通に楽しみたい」と思いました。大学のときはスキーへ行ったり、海外旅行へ行ったりして遊びました。

就職という壁にぶつかったときも、自立していくために何ができるのかを真剣に考えましたが、偶然にもコンピューター・プログラマーというキャリアが開けました。2年間専門学校に入り、英語とコンピューターのスキルを生かす就職先を探したところ、IBMとの出会いがありました。この間、努力はしましたが楽しくポジティブに努力できたと思います。

1985年にIBMに入社して、1986年には一人で海外出張へ行かせていただきました。すごい会社だと思いました。各空港で友人や同僚に迎えに来てもらったりしましたが、周りに何でもサポートしてもらうのではなく、サポートが必要なところは自分からお願いし、自分でできることは全部自分でやるという習慣と自信がつきました。

周囲の方に助けられたことも大きかったです。コミュニケーションが広がるにつれて、周りが自然に私を受け入れてくれました。時には目が見えないことを忘れて、研究活動ができました。IBMに入社して19年経たときに、社会人ドクター(博士号)を取得しました。これもさらなる自信になりました。こうして自分にはできないかもしれないと思っていたことが、一つ一つ実現できたことが今につながっています。新たなチャレンジをするたびに困難にぶつかってきましたが乗り越えられない壁はない、「諦めなければ必ず道は開ける」という精神でこれからも頑張っていこうと思っています。

4. 科学技術・イノベーション政策に対しての期待

- 第6期科学技術・イノベーション基本計画が策定されたところですが、今後の政策に対する期待についてお聞かせください。

国が、アクセシビリティへの取組を当たり前のものとしてリードし、様々な企業や団体が参加することを期待します。障害者が一般社会の中で第一線で働き、それを技術が支える、という意識が日本ではなぜか広がっていないため、この意識が変わるような取組を今後の政策に期待しています。

例えば、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)には、視覚障害者のためのナビゲーションシステムを研究しているチームがあります。他には、早稲田大学の学生が興味を持って研究しており、広がりつつあると思います。

また、教育も大切です。小学校では教科書で点字を習うことがあると思いますが、同様にアクセシビリティの技術を習う機会もあればと思います。日本はアクセシビリティを学べる機会が非常に少ないので、是非カリキュラムの中に盛り込んでいただきたいです。授業の中でアクセシビリティの技術を学べる機会があれば、障害者への理解も自然と生まれてくるのではないかと思います。日本の大学生と米国の大学生に、アクセシビリティの認知度を調査したら、大きな差が出るのではないかと思います。

5.若手研究者へのメッセージ

- 最後に、若い研究者へのメッセージをお願いします。

目標を持つことは重要だと思います。目標を持つためにあらゆることに興味を持ち、自分の持った興味の先に何があるのかを追求し、その目標を持って生きるということが重要と思います。

(2021年9月3日オンラインインタビュー)

インタビューの様子
インタビューの様子 日本科学未来館 館長 浅川 智恵子氏(日本科学未来館提供)

日本科学未来館 館長 浅川 智恵子氏(日本科学未来館提供)


注 第6期科学技術・イノベーション基本計画 https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html
科学技術・イノベーション基本法(科学技術基本法(1995年公布)が2021年に名称変更)に基づき策定された。

参考文献・資料

1) AIスーツケース;視覚障害者の単独歩行を支援するスーツケース型の人工知能(AI)搭載ロボット。障害物などを判断し、障害者の自立した自由な移動を支援する。開発は、日本アイ・ビー・エム株式会社、清水建設株式会社、アルプスアルパイン株式会社、オムロン株式会社など。(https://caamp.jp/

2) 小・中・高校生の科学技術に関する情報に対する意識と情報源について―2015年の日本人研究者によるノーベル賞受賞決定直後の親子意識調査より―、NISTEP、2016年(https://doi.org/10.15108/rm245