STI Hz Vol.7, No.2, Part.5:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)筑波大学 システム情報系 助教 佐野 幸恵 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00254
  • 公開日: 2021.06.25
  • 著者: 小野 真沙美、星野 利彦
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
筑波大学 システム情報系 助教 佐野 幸恵 氏インタビュー
-「物理」の視点で複雑な「社会」を研究する:
SNSにおける情報拡散パターンの解析-

聞き手:企画課長 小野 真沙美
第1調査研究グループ 総括上席研究官 星野 利彦

「ナイスステップな研究者2020」に選定された佐野幸恵氏は、社会経済物理(Socio/Econo-physics)分野において、人間集団の振る舞いを対象に、大規模データの解析、法則性発見(解析データから数理的パターンを見つけ出す)、理論モデル化(法則性を再現する数理モデルを構築する)、シミュレーションすることによって、複雑な社会の動きを解明・予測する研究を行っている。大学、大学院修士課程では物理を専攻し、民間企業でシステム開発等に従事した後、大学院博士課程に進学し、社会経済物理の研究を進めている。

今回のインタビューでは、理系を選んだきっかけや企業経験を経て大学院博士課程に進学したきっかけなどの自身のキャリアについて、また、今後の研究の展望について伺うとともに、最後に若手研究者に向けたエールを頂いた。

筑波大学 システム情報系 助教 佐野 幸恵 氏(佐野氏提供)

筑波大学 システム情報系 助教 佐野 幸恵 氏
(佐野氏提供)

- 中学生・高校生の頃を振り返って、理系に進学した背景や理由を教えてください。

小学生の頃から宇宙が大好きな子供で、天文学者や宇宙飛行士になりたいという夢を持っていました。中学生のときに物理学者アインシュタインをテーマにしたテレビ番組を見て、物理や天文の世界観にひかれたことを良く覚えています。ただ、小学生の頃は算数が得意だったのですが、中学生、高校生になってから徐々に数学が苦手になりました。高校は理系クラスでしたが、数学が苦手だったので文系への転向も勧められていました。ちょうど奈良女子大学の物理科学科でAO入試が導入されダメ元で出願すると、物理を学びたいという強い気持ちもあり、運良く入学することができました。女子大で良かったと思うのは、物理が好きな女の子、物理をやってきた人がたくさんいて、彼女たちと交流できたことだと思っています。先生方にも丁寧に指導していただき、物理で修士号を取ることができました。

このように物理への情熱を持ち続けることができたのは、環境に恵まれていたからだと思います。両親が、やりたいことがあるならばそちらに行きなさい、というタイプだったのも良かったと思っています。両親にはとても感謝しています。

- 社会経済物理に取り組まれるきっかけを教えてください。

学部生のときは、物性物理の研究室に所属していました。アルバイトの経験など社会経験を積んで、徐々に社会の構造に興味が湧いてきました。好奇心旺盛な学生だったと思います。自分の興味のある事象に取り組める研究室を選ぼうと思い、大学院に入ったときに、ニューラルネットワークから粉体まで、広い範囲を研究対象として扱っている複雑系物理の研究室に入りました。そこで、高安秀樹先生と高安美佐子先生が書かれたエコノフィジックス(経済物理学)の本をゼミで読みませんか、と戸田幹人先生に声をかけてもらいました。戸田先生は直接の指導教員ではなかったのですが、そういった垣根は低い環境でした。エコノフィジックスは物理が培った概念や解析手法を用いて経済現象の分析を行った本で、記述と記述の間の数式を追いかけながら夢中になって読みました。世の中のあらゆることは数式で表そうとする試みが非常に面白いと思い、研究対象を社会や経済にしようと思いました。

- SNS等のWeb情報を分析の対象にしたのはなぜですか。

会社員を辞めて大学に戻った2006年頃は、ソーシャルネットワークシステム(SNS)の(れい)明期でした。私もブログを書いていましたが、一般の人が自由に書いて発信し、それを直接知らない人が見ることができる、この仕組みがとても面白いと思いました。私は、友人や職場では出会えない、直接知らない人のSNSを「定点観測」するのが好きで、定期的にチェックしていました。直接知らない人とブログを介してつながっているというワクワク感がありました。SNS等のWeb情報の分析は、広がった世界が見られる新しい望遠鏡を手に入れたような気持ちだったのです。新しい望遠鏡を手に入れて別の天体を見に行ったり、探検したりするイメージです。これが楽しくて、研究の対象にしました。

図表 SNSにおける情報拡散ネットワークの例図表 SNSにおける情報拡散ネットワークの例

出典:佐野氏提供資料

- ブログを定点観測とは、いかにも研究者らしいですね(笑)

そうかもしれません(笑)。研究者としては、粘り強く対象を観測することが重要かもしれません(笑)。

- 企業でのシステム開発の経験は、御自身の研究に()きていますか。

まずは、期日を守ることでしょうか。期日を守ってシステムを納品すること、動作確認までが仕事であることなど、システム開発と論文執筆は似た部分は多くあります。また、自分1人ではできないところも同じです。企業では、顧客の要望を聞き取ったり、それをプログラマーに伝えたり、営業と交渉したりといった仕事がありました。研究も1人ではできません。別の先生と共同で授業をすることもあります。これは、全ての仕事に共通することだと思います。

- 退職され退路を断って大学院に飛び込んだ理由は何ですか。

会社を辞める1年くらい前から考えていました。当時の上司にも辞めずに大学院に通う道もあるのではないかとも言われました。しかし、自分のキャリアとして、学位を取った後に同じ仕事をすることを想像すると違和感がありました。それに働きながら大学院に通うと、どうしてもどちらかに重心がいってしまいます。修士課程在学中は、修了後に就職すると考えていたため、全力で研究に打ち込めていなかったという思いもありました。人生の中でエンジン全開で研究できるのは最初で最後だからチャレンジしてみよう、と退職して大学院に行こうと決めました。指導教員の高安美佐子先生には、可能ならばアカデミアに残りたいと当時伝えましたが、学位取得後の見込みは余り考えていませんでした。ただ、理科と数学の教員免許を持っていたことが、心のお守りになった面もあります。博士号取得後アカデミアに残れなかったとしても、教員免許を生かせば仕事はあるのではないか。自分にそう言い聞かせて退路を断ちました。

- 博士課程入学以降はスムーズでしたか。

博士号取得までは、スムーズに進んだとは言えないのですが、私は非常にラッキーでした。アカデミアに残りたいということを高安先生が覚えていらっしゃって、博士号がなくても勤められる理工学部のポストを紹介してくださり、何とかアカデミアに残れたので、博士号を取得するまで研究を続けることができました。その当時は博士号が取れるのかどうか不安でいっぱいでしたが、基礎物理の実験補助や実験器具の整備などを行いながら研究を行ったことは良い経験になりました。高安先生を始め、多くの関係者の方々に助けていただきました。次は、私が受けた恩を次の世代の研究者に贈れるようにしていきたいと思っています。

- 日本と海外と比べて、情報の拡散の仕方に違いはありますか。

中国語のWeiboと日本語のTwitterで分析を行ったところ、本当の情報とうその情報が拡散するパターンは変わらないということがわかりました。英語も同じ拡散のパターンを有していると思われます。ただ、内容は随分違います。例えば、日本では、東日本大震災のときに、製油所の火災の影響で有害物質を含んだ雨が降るというデマ情報が流れました。デマ情報の拡散と同時期に、「もどかしい」「はがゆい」といった形容詞が一緒に使われていたのが特徴的でした。拡散のときの心情を特定するのは難しいのですが、何か役に立ちたい、助けたいといった気持ちがあったのではないかと考えています。中国語の分析では、怒りの感情の方が拡散しやすいという結果が出ています。2020年の新型コロナウイルス影響下の中国でも、デマ情報の拡散と同時期に、怒りの感情が多く表れていたそうです。これは、背後にある国民性が影響しているのかもしれません。社会心理学の研究者から、社会心理学の実験で不安な感情がデマを拡散するという結果が出ているとお聞きしました。異分野の研究者の方々とディスカッションして、こういった分析を深めていきたいと考えています。

- 今後の研究の方向性を教えてください。

今までは、サイバー空間での情報の拡散について研究をしてきましたが、研究対象を、実際の空間、物理空間のネットワークに広げることを考えています。例えば、大阪で発信されたSNSの情報が北海道や東京にどう届くかという分析を想定しています。サイバー空間のネットワークの情報に地理空間情報を付与し、情報の拡散の状況を分析すると、サイバー空間と実空間で、情報の広がり方の違いが見えてくると期待しています。ネットワークの分析には、大量の計算資源が必要ですが、昨今、飛躍的にできることが増えています。私の研究室に所属している学生の中には、サッカーのボールがどのようにゴールまでたどり着いたかに着目した研究や、論文の謝辞に言及される人のネットワークの研究をしている学生もいます。サイバー空間、物理空間に限らず、ネットワークの視点で社会現象を捉えて分析をしたいと考えています。

また、公衆衛生学の研究者との共同研究として、風しんやワクチンの情報の拡散について分析を始めています。専門用語も含めてどういう情報が拡散しているかだけでなく、誰が情報を発信しているかも拡散の様相には大きく影響します。これらの点について、公衆衛生学の専門家の知見を頂きつつ、分析したいと考えています。

研究対象としてサイバー空間から物理空間に飛び出すことと、自身の研究領域として経済物理や情報学の枠を飛び越え、心理学や公衆衛生学の研究者と協働すること。この2つの垣根を越えて、更に研究を進めていきたいと考えています。

- 科学技術・イノベーション基本計画(令和3年3月閣議決定)において、人文・社会科学と自然科学の知見を総合して社会課題を解決する「総合知」の概念が打ち出されています。人文・社会科学と自然科学の融合を進めるためには、何が必要だとお考えですか。

世界中で、人文・社会科学と自然科学の融合という動きが出てきていると思います。社会現象を知りたいと思ったとき、両者の連携は不可欠です。先ほど、社会心理学の実験で不安な感情がデマを拡散するという結果が出ているとお話ししましたが、このように人文・社会科学系では既に知られている知見を、自然科学系の研究に適用することが考えられます。同時に、このような概念を数式に落とし込むことも必要になってくると思います。

- 日本は、欧米と比べ、高校段階での文系と理系の進路選択が明確に行われると言われていますが、どうお考えですか。

高校段階で文系と理系で分けてしまうことには、弊害があるのではないかと考えています。理系は国語や英語を勉強しなくて良い、文系は数学やらなくて良いといった免罪符になっているのではないかと思います。数学は、問題を解くことだけではなく、論理的に考える過程が重要です。文系に行くことで、論理的思考を養う時間が削られることを危惧しています。一方、理系を選ぶと、英語を勉強する時間が少なくなります。実際は、理系を選んで研究者になれば、英語は必要不可欠です。また、文系と理系を早期に分けることは、理系に進む女子学生を確保するという目標とも逆行しています。高校2年生で理系を選択すると急に女子が少なくなるという環境は、ティーンエイジャーにとって決して居心地が良いことではないので、どちらかに偏重するのではなく、もう少し垣根を低くできればいいなと思います。

- 理系を選択する女子学生を増やすための活動について教えてください。

女性研究者のロールモデルを紹介する女子中高生向けのワークショップには、可能な限り参加するようにしています。女子中高生本人に研究者の魅力を伝えるだけでなく、保護者の方や学校の先生も含めた周りの環境作りがとても重要だと考えています。女子中高生から話を聞くと、保護者の方が理系に進むことに反対しているということがあります。あるいは理系科目の成績が良いと、往々にして医学部や薬学部に進学するよう勧められ、他の理系学部への進学は制止されることもあるようです。女性研究者は数が少ないので、身近に女性研究者がいることは少ないでしょうし、ニュースで取り上げられることもほとんどありません。保護者の方にとってみると、娘にそんな得体のしれない仕事をしてほしいとは思わないだろうと思います。ですので、私のような人が楽しそうに働いているところを見てもらうことが重要と考えています。その姿が本人だけでなく保護者の方や学校の先生にも届くように、心がけています。

- 最後に、次世代の研究者の卵である皆さんにメッセージをお願いします。

博士後期課程の在学期間中は、精神的にきつい時期だと思います。御自身の中にある希望を曲げずに、命が尽きるときにこの仕事を選んで良かったなと思える選択をしていただければと思っています。挑戦し続ける生き方を目指していただければと思います。

(2021年3月16日オンラインインタビュー)

オンラインでのインタビューの様子
オンラインでのインタビューの様子 上段は佐野 幸恵 氏、下段は星野(左)、小野(右)(NISTEP撮影)
オンラインでのインタビューの様子 上段は佐野 幸恵 氏、下段は星野(左)、小野(右)(NISTEP撮影)オンラインでのインタビューの様子 上段は佐野 幸恵 氏、下段は星野(左)、小野(右)(NISTEP撮影)

上段は佐野 幸恵 氏、下段は星野(左)、小野(右)(NISTEP撮影)