STI Hz Vol.7, No.1, Part.1:(ほらいずん)抗ウイルス材料・表面に関する科学技術の最近の動向STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00241
  • 公開日: 2021.02.25
  • 著者: 蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
抗ウイルス材料・表面に関する科学技術の最近の動向

科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典

概 要

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症COVID-19は、世界的感染爆発(パンデミック)を引き起こし、現代社会を発展に導いたグローバル化社会、そして各国で人口が密集する大都市圏を中心に多大なる影響を及ぼしている。人から人への直接的な感染は人の行動によるところが大きいが、モノを介した間接的な感染については技術的なコントロールが可能となる。すなわち、生活環境にある素材などにウイルスを付着させないあるいは不活化できる特性を材料表面に付与する技術は、感染防止対策として非常に重要となる。近年、ノロウイルスや新型インフルエンザウイルスの流行などで注目され、抗ウイルス材料の研究開発が進められ、繊維素材やプラスチック素材などの製品が開発されている。多くの製品は、国内外の規格に定められた試験方法により製品評価を実施している。しかしながら、ウイルスの減少は確認されていても、人に対する医学的効果までを保証するものではない。今後、抗ウイルス材料の需要が急速に広がることが予想される中、科学的メカニズムの解明や医学的効果の検証に向けた研究開発が望まれる。

キーワード:COVID-19,抗ウイルス材料,抗菌材料,表面技術,国際標準化

1. はじめに

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症COVID-19は、世界的感染爆発(パンデミック)を引き起こし、現代社会を発展に導いたグローバル化社会、そして各国で人口が密集する大都市圏を中心に多大なる影響を及ぼしている。2020年1月15日に日本で初めて新型コロナウイルスの感染者が確認され、同年2月1日にはCOVID-19を感染症法に基づく「指定感染症」と検疫法の「検疫感染症」に指定する政令が施行された。その後、中国以外での感染地域が113か国・地域に広がり、同年3月11日に世界保健機関(WHO)はパンデミックに至っているとの認識を示した。

人から人へのウイルスの感染ルートには、直接的な感染のほか、生活環境にあるモノを介した間接的な感染がある。前者は人の行動によるところが大きいが、後者のモノを介した感染は技術的なコントロールが可能である。すなわち、素材などにウイルスを付着させないあるいは不活化できる特性を材料表面に付与する技術は、感染防止対策として非常に重要となる。近年、ノロウイルスや新型インフルエンザウイルスの流行などで注目され、抗ウイルス材料の研究開発が進められ、繊維素材やプラスチック素材などの製品が開発されている。またそれらの評価基準が国際標準化機構(ISO)等で制定・発行されている。国内でも認証活動が進められ、今般のCOVID-19で認証依頼や参入企業が増大し、今後の急速な市場拡大が予想されている。

本稿では、主に生活環境で使用される抗ウイルス材料とその表面に関する科学技術及び国際標準化の最近の動向と今後の方向性について記す。

2. ウイルスの感染と不活化

新型コロナウイルスは、主に()(まつ)感染及び接触感染によって人から人へと感染する。飛沫感染では、感染者の飛沫(くしゃみ、(せき)、つばなど)と一緒にウイルスが放出され、別の人がそのウイルスを口や鼻などから吸い込んで感染する。一方、接触感染では感染者がくしゃみや咳を手で押さえた後、その手で周りの物に触れるとウイルスが付着する。別の人がそれを触るとウイルスが手に付着し、その手で口や鼻を触ることにより粘膜から感染する可能性がある1)。日本リスク学会では、2020年4月に「環境表面のウイルス除染ガイダンス」を公表し、間接的接触感染ルートに対する除染方法を科学的知見から助言している2)(図表1)。

ウイルスは、遺伝子としてウイルス核酸(DNAあるいはRNA)と、ウイルス核酸を囲むタンパク質の殻(カプシド)、さらに、ウイルスによっては脂質や糖タンパク質の膜(エンベロープ)から構成される。ウイルスは自己複製するための遺伝子情報は持っているが、タンパク質合成酵素やエネルギー生産系を有さないため自己増殖はできない。生きた細胞(宿主)に寄生(感染)し、宿主細胞の生命活動を利用して増殖する。ウイルスの形状は、球状か正多面体であり、大きさは数十nm~数百nmで、一般的な生物の細胞の1/100~1/1000程度である。新型コロナウイルスは、遺伝情報としてRNAを持つRNAウイルスの一種(一本鎖RNAウイルス)でエンベロープを持つ。ウイルスは粘膜に入り込み増殖することはできるが、健康な皮膚には入り込むことができず表面に付着するだけとされる。モノの表面についたウイルスは時間がたてば壊れてしまうが、素材の種類によっては数日間以上感染する力を持つと言われている。日本リスク学会は、文献レビューの結果として、材料表面別のコロナウイルスが環境表面で感染力を維持できる期間を公表している2)(図表2)。

ウイルスが細胞への感染力を失った状態にすることを「ウイルス不活化」と言う。一般的に、コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどエンベロープを有するウイルスは、酸化、変性などの環境変化に対して不安定である。エンベロープは、脂質を破壊するアルコール、エーテル、イソプロパノール、クロルヘキシジン、陽イオン性界面活性剤などの処理により容易に不活化されることが知られている3)(図表3)。

図表1 ウイルスの感染ルート図表1 ウイルスの感染ルート

出典:参考文献2)

図表2 素材別のウイルス感染力保持期間図表2 素材別のウイルス感染力保持期間

出典:参考文献2)

図表3 ウイルスの構造と不活化図表3 ウイルスの構造と不活化

出典:参考文献2)

3. 抗ウイルス材料及びその表面の科学技術

細菌の増殖を抑えるあるいは低減する抗菌材料・表面技術は比較的古くから研究開発がなされ、既に多くの抗菌製品が市場に出ている。一方、細菌より小さいウイルスは、食中毒を起こすノロウイルスや2009年に発生した新型インフルエンザウイルスで特に注目されるようになり、近年急速に研究開発や製品化が進められている。nmサイズで自己増殖しないウイルスに対し、数μm以上ある細菌は、細胞壁、細胞膜等の構造と細胞中にはDNAやRNA等の核酸、リボソーム等を持っており、適切な栄養と水分があれば自己増殖する。細菌とウイルスはいずれもDNA/RNAを持ち、活性のために代謝(宿主によるものも含む)が必要である点で共通している。

抗菌においては、「増殖を防ぐ」こと、そのために細胞膜やDNA/RNAを破壊する、あるいは代謝を抑制又は細胞のシグナル伝達を遮断して「機能停止」に追い込むことが基本方策となる。具体的には、呼吸や栄養・代謝物の移動を抑制すること、タンパク質や酵素を変性させること、細胞膜やタンパク質、DNAなどの合成を阻害することなどが挙げられる。このために、高温・高圧での処理や紫外線、γ線などの電磁波の照射、pH(水素イオン指数)・雰囲気ガス・水分の調整、化学薬剤の利用などによる手法が一般的に使用される。一方、抗ウイルスでは、ウイルスは自己増殖及び体外の環境では増殖しないため、モノの表面でウイルス自体を不活化する、あるいは表面に付着させないことが方策となる45)

抗菌・抗ウイルスの作用は、生活環境にあるモノを形成する材料表面の構造・機能を制御することで効果が得られる(図表4)。そのための指針として、活性酸素の生成・利用及び疎水/親水・表面電荷・pH コントロールをそのメカニズムとした材料設計がなされることが多い。抗菌や抗ウイルスとして主に使用される無機系材料である銀、銅、亜鉛などの金属は、活性酸素・フリーラジカル(ヒドロキシルラジカルやスーパーオキシドアニオンラジカルなど)を利用し、連鎖的に起こる酸化反応により、細胞膜、タンパク質、核酸などを壊したり、機能を失わせたりする。酸化チタンなどの光触媒半導体も、紫外線照射などが必要となるが、同様なメカニズムとなる。これらの無機系材料を表面に施す方法としては、プラスチック、合成繊維、コンクリート、陶磁器などについては、一般的にいわゆる練り込みがなされる。あるいは材料表面にのみ機能を付与するために、基材(バルク材)表面に無機系材料を固定(塗布)する方法、さらに、耐久性があり高機能なものとしてめっきや薄膜コーティングなどの技術が使用される。材料表面の疎水/親水特性は、タンパク質、細菌、細胞などの付着・接着や活性に大きく関わっており、これを設計に利用することにより、その抗菌・抗ウイルス効果を増幅させることが可能となる。また材料表面への細菌やウイルスの付着防止の観点からは、前述の化学的な側面に加え、対象物に合わせた表面粗さの最適化や表面に適切なマイクロ・ナノ構造を作製するといった物理的な側面を利用することも有効である。さらには、化学的手法と物理的手法のハイブリッド効果を利用した開発も有効と考えられる4)

抗菌と抗ウイルスの作用は共通要素もあるが、ウイルス自体は生命活動を行わないため、微生物の生命活動に作用する阻害剤等は有効でない場合がある。ウイルスは進化の系譜が細胞を有する生物とは著しく異なり、個々のウイルスの分子生物学的な形質の多様性は著しく高い。そのため、それぞれのウイルスに適合した抗ウイルス材料や表面機能付与を考慮する必要がある。

抗菌に比較し抗ウイルス材料の研究成果の報告例は少ないが、これまでに特定のウイルスに対してのウイルス不活化試験で効果が確認されている材料として、光触媒と金属粒子がある。光触媒は、光触媒作用により発生した活性酸素種によりウイルス粒子を酸化・分解することで抗ウイルス効果を発揮する。また、金/硫酸銅のナノ粒子によるヒトノロウイルスのウイルス様粒子を用いた不活化試験では、カプシドタンパク質の減少やウイルス粒子の破壊が認められたという報告がある6)

図表4 抗菌性・抗ウイルス性表面の形成/図表4 抗菌性・抗ウイルス性表面の形成/図表4 抗菌性・抗ウイルス性表面の形成/図表4 抗菌性・抗ウイルス性表面の形成/図表4 抗菌性・抗ウイルス性表面の形成

出典:日本工業大学基幹工学部応用化学科 伴 雅人 教授 提供資料

4. 抗ウイルス材料の評価と国際標準化

近年、日本国内においては、微生物やウイルス等の病原体の感染制御を目的として様々な抗菌・抗ウイルス材料を用いた素材や製品が開発されている。抗ウイルス製品としては、繊維素材、プラスチック素材、フィルム、抗ウイルスマスク、建材、塗料などが各種メーカーより発売されている。多くの製品は、ISOや日本工業規格(JIS)に定められた試験方法により製品評価を実施している。しかしながら、抗ウイルスの効果は確認されていても、そのメカニズムが解明されていない現象も多い。

抗ウイルス材料又は加工製品の抗ウイルス性能を評価するためには、感染性を持つウイルスを試験品に作用させた後、ウイルス量を定量的に測定し、ウイルスに及ぼす影響を調べる必要がある。ウイルスはその数を直接数えて定量することはできないが、感染力を示す単位(感染価)として表現することができる。抗ウイルス剤、抗ウイルス加工製品のウイルスに対する効果を評価するためには、国内外で様々な試験規格が策定・発行されている。

液剤に関しては、欧州標準化委員会(CEN)の欧州標準試験法(EN試験法)、米国材料試験協会のASTM試験法、ドイツのロベルトコッホ研究所(RKI)及びドイツウイルス疾病管理協会(DVV)のDVV&RKIガイドライン等が発行されている。ウイルスに対する有効性の判定基準は、感染価の減少値を対数値として表したとき、抗ウイルス剤や加工製品による減少値が2log10~4log10、消毒剤などの抗ウイルス剤は4log10以上減少した場合、有効と定められている6)

抗ウイルス材料に関しては、特定のウイルスに対する抗ウイルス処理製品のプラスチックやその他非多孔質表面の抗ウイルス活性の測定方法を指定した、ISO21702(2019年5月発行、技術委員会:ISO/TC61/SC6〔メンバー19か国、オブザーバ9か国〕)、及び織物、編み物、繊維、毛糸、組紐などが含まれる繊維製品には、ISO18184(2019年6月改定・発行、技術委員会:ISO/TC38〔メンバー31か国、オブザーバ46か国〕)が、いずれも2019年に発行されている(図表5)。ただし、ISOでは特定のウイルスに対する抗ウイルス試験と定義されており、現状では、A型インフルエンザウイルスやノロウイルスなどが対象となっている。国内機関である一般社団法人繊維評価技術協議会は繊維製品に関して、2015年4月より抗ウイルス加工(SEK)マーク8)を、また一般社団法人抗菌製品技術協議会(SIAA)では抗菌、抗ウイルス、防カビそれぞれの国内試験機関を定め、2019年7月より抗ウイルス加工適合製品の認証に対しSIAAマーク9)の運用をそれぞれ開始している(図表6)。これは、主に2009年の新型インフルエンザの流行に対応し策定されたが、2020年にはCOVID-19の流行を背景に加盟企業が急増している。

現在は、抗菌・抗ウイルスの先の取組として、菌やウイルスの温床となっているバイオフィルムに関する国際標準化が国内外機関にて協議されている。バイオフィルムは目視可能なmmサイズ以上で、「材料表面に形成される微生物由来の膜状物質」と定義され、家庭用の水まわりやインフラなどの構造物などに発生・付着する汚れとして知られる。国内では抗バイオフィルムの国際標準化の委員会が組織され、世界を先導して標準化活動が進められている1011)

図表5 素材別に定められた国際標準規格(ISO)図表5 素材別に定められた国際標準規格(ISO)

参考文献7)を基に科学技術予測センターにて作成

図表6 SEKマーク(繊維製品)とSIAAマーク(プラスチック製品)図表6 SEKマーク(繊維製品)とSIAAマーク(プラスチック製品)

出典:参考文献89)

5. 今後の方向性

2020年の世界的な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染拡大により、抗ウイルス材料に関する研究開発及び製品化が活発化している。しかしながら現状では、抗ウイルスのメカニズムが十分解明されている例は比較的少なく、また抗ウイルス作用は飽くまでウイルスの減少を定量化しているにすぎず、人に対する医学的効果までを保証するものではない。今後、抗ウイルス材料の需要が急速に広がる中、科学的メカニズムの解明や医学的効果の検証に向けた研究開発が望まれる。

統合イノベーション戦略2020(令和2年7月17日閣議決定)12)では、戦略的に取り組むべき基盤技術の一つとして「マテリアル」を挙げ、マテリアルによる新しい価値・産業の創出と、それを支える産業競争力や研究力の強化に取り組むとしている。文部科学省と経済産業省では、令和2年6月2日に「マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて(戦略準備会合取りまとめ)」13)を公表している。この中で、感染症の拡大を防ぐ抗菌・抗ウイルス材料や、病原体の高感度検出を可能とするナノスケール材料など、COVID-19対策に貢献するマテリアルへの期待も示されている。抗ウイルス材料においては、今般の感染症拡大に伴いその市場は急速に拡大すると予測されており、その表面技術・加工技術を含め、我が国の産業競争力、国際競争力を牽引することが期待できる。マテリアル戦略策定に向けては、材料・デバイスに関わるバルク材料、厚膜・薄膜材料のみならず、抗ウイルス材料の要素技術でもある材料の表面・界面の作製と物性制御に関する科学技術にも注目することが期待される。これらの研究開発では、表面・界面など複雑系の解析にも適用が可能となってきたシミュレーションやインフォマティクス並びに高度計測・観察技術などの活用も有効と考えられる。

謝辞

本稿作成に当たり、日本工業大学 基幹工学部 応用化学科 伴雅人教授、株式会社LIXIL Technology Research本部 分析・材料研究所 井須紀文所長には貴重な御意見を頂いた。ここに感謝の意を表する。

参考文献・資料

1) 厚生労働省ホームページ、新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け):
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q2-2

2) 日本リスク学会 新型コロナウイルス感染症リスク特設サイト、「環境表面のウイルス除染ガイダンス」:
https://drive.google.com/file/d/1G5q0Aj9_zNvlZEx4wFUgadE00qFz8JEt/view

3) 東レリサーチセンター調査研究部門、「抗菌・防カビ・抗ウイルス」(2015.5)

4) 伴雅人、「抗菌、抗ウイルス、抗バイオフィルムとその表面処理による対策動向」、表面技術協会第142回講演大会 講演予稿集 p.136(2020年9月、オンライン開催)

5) D. Campocciaa, L. Montanaroa, C. R. Arciola, A review of the biomaterials technologies for infection-resistant surfaces, Biomaterials 34, 8533 (2013)

6) 情報機構、「抗菌・防カビ・抗ウイルスの基礎から製品応用:製品設計における評価・加工技術と各国規制対応」(2017.5)

7) 射本康夫、「材料の抗ウイルス試験法について」、表面技術協会第142回講演大会 講演予稿集 p.133(2020年9月、オンライン開催)

8) 一般社団法人繊維評価技術協議会ホームページ:http://www.sengikyo.or.jp/sek/?eid=00004

9) 一般社団法人抗菌製品技術協議会ホームページ:https://www.kohkin.net/antivirus.html

10) 兼松秀行、生貝初、黒田大介、平井信充、「バイオフィルムとその工業利用」、産業図書(株) (2015)

11) 井須紀文、「微生物付着の表面分析」、表面技術協会第142回講演大会 講演予稿集 p.134(2020年9月、オンライン開催)

12) 内閣府 統合イノベーション戦略2020(令和2年7月17日閣議決定):
https://www8.cao.go.jp/cstp/togo2020_honbun.pdf

13) 文部科学省 マテリアル革新力強化のための戦略策定に向けた準備会合、「マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて(戦略準備会合取りまとめ)」(令和2年6月2日):
https://www.mext.go.jp/content/20200602-mxt_nanozai-000007507_1_2.pdf