STI Hz Vol.6, No.4, Part.11:(レポート)新型コロナウイルス感染症による日本の科学技術への影響と科学者・技術者の貢献-科学技術専門家ネットワークアンケート調査より-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00240
  • 公開日: 2020.12.21
  • 著者: 重茂 浩美、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
新型コロナウイルス感染症による
日本の科学技術への影響と科学者・技術者の貢献
-科学技術専門家ネットワークアンケート調査より-

科学技術予測センター 上席研究官 重茂 浩美、特別研究員 蒲生 秀典

概 要

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、2020年6月に約2,000人の科学技術専門家ネットワークを対象としたアンケート調査を実施し、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる日本の科学技術や研究開発現場への影響と、同感染症を含む新興感染症への対策に資する科学技術について意見聴取した。回答率は70%を超え、科学技術の専門家における関心の高さがうかがえた。調査の結果、日本の科学技術に対しては、専門家の50%以上が直接的・間接的な影響を受けると認識しており、約40%が研究開発活動の在り方が変化すると捉えていることが明らかになった。一方、研究開発現場では、研究機関・施設への立入りと地域・国間移動の制限、社会経済活動の停滞によって様々な影響が生じていると回答され、特に国内の専門家会合の中止、延期、オンライン化による研究者間コミュニケーションへの影響についての指摘が多く、回答者全体の60%を超えた。さらに、新興感染症への対策に資する科学技術についても幅広く提案された。

キーワード:新型コロナウイルス感染症,科学技術専門家ネットワーク,アンケート調査

1. はじめに

新型コロナウイルス感染症の世界的流行(パンデミック)は、人類社会に大きな影響を与えている。それは科学技術に対しても例外ではなく、パンデミック自体による直接的な影響から社会経済等の変化を通じた間接的な影響まで多岐にわたる可能性がある。科学技術が本来の威力を発揮し、パンデミックに対処していくためには、それら様々な影響を明らかにする必要がある。また今後、新型コロナウイルス感染症を制御し、新たな人類社会を構築することが求められており、その実現に向けて科学技術への期待が高まっている。我が国において、科学技術がどのような貢献をするべきか、そのためにはどのような政策が必要とされるのかを議論し、政策を立案・実施していく必要がある。

新型コロナウイルス感染症による我が国の学術研究への影響等について、文部科学省が2020年5月に約50人の科学官・学術調査官等へ意見聴取(以下、科学官等アンケート)を行ったところ、研究体制の縮小、知見交換の停滞、研究活動の圧迫、地域・領域等による研究格差などの即時的影響が見られるとともに、研究人材の育成等に係る中期的課題が懸念される状況が示された12)。この現状について、より詳細に情報を収集・分析して把握することにより、今後の課題解決に向けた方策を検討し講じていく必要がある。

こうした状況を踏まえ、科学技術・学術政策研究所(以下、NISTEP)では、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによりもたらされる日本の科学技術全体から研究開発現場に至るまでの影響を把握するとともに、同感染症への対策に資する科学技術の抽出を目的として、約2,000人の科学技術の専門家で構成されるネットワーク(以下、科学技術専門家ネットワーク)を対象にアンケート調査を実施した。2020年6月にアンケート調査を実施して速報を公表後3)、詳細分析を進めてきた。

本稿では、上記アンケート調査を概説する。調査の詳細については、NISTEPが2020年公表予定の報告書を参照いただきたい。なお、アンケートは上記の通り2020年6月に実施しており、回答内容はその時点の状況を反映したものであることに留意されたい。

2. 調査の概要

2-1 調査対象

NISTEPが構築・運営する科学技術専門家ネットワークを調査対象とした。このネットワークは、産学官の研究者・技術者及び研究開発のマネジメント等に関わる約2,000人の専門家集団であり、年代、専門分野ともに多岐にわたる。詳しくは、参考文献・資料4)を参照いただきたい。

2-2 調査期間と調査方法

2020年6月3日から6月15日にかけて、webアンケートシステムにより実施した。

2-3 調査項目

新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる日本の科学技術と研究開発現場への影響、科学者・技術者の果たす役割、日本における同感染症への対策、新興感染症への対策強化に向けた科学技術に関する項目を設定した。以降、これらの項目に沿って調査結果を記す。

3. 調査結果

3-1 回答状況

調査依頼した1,915人中、回答者は1,412人で回答率は73.7%であった。所属では大学、年代では40歳代、専門分野ではライフサイエンス分野の割合が最も高く、それぞれ66.9%(945人)、48.4%(684人)、37.6%(531人)(図表1)を占めた(割合は四捨五入して小数点以下第1位まで求めた、以下の割合についても同様)。これらの割合は、母集団である科学技術専門家ネットワークでの割合とほぼ同じであり(データ略)、本アンケート調査の回答者には偏りがなかった。

図表1 回答者における専門分野の分布図表1 回答者における専門分野の分布

3-2 日本の科学技術全体への影響

新型コロナウイルス感染症のパンデミック自体、あるいは同感染症のパンデミックによる社会経済等の変化が及ぼす日本の科学技術全体への影響について尋ねたところ、「日本の科学技術が直接的・間接的に影響を受ける」と答えた割合は54.1%で最も高く(回答者1,412人中764人が回答)、次いで39.4%(557人)が「研究開発活動(手法、プロセス、成果の公表方法等)の在り方が変化する」と回答した(必須回答項目、2つまで選択可能な多肢選択式回答)(図表2)。

図表2 日本の科学技術全体への影響に関する回答状況-専門分野別-図表2 日本の科学技術全体への影響に関する回答状況-専門分野別-

3-3 日本の科学者・研究者の果たす役割

新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対する科学者・技術者の果たす役割を尋ねたところ(必須回答項目、2つまで選択可能な多肢選択式回答)、「科学技術の専門家として、科学的に正しいメッセージを出していくべき」という回答が最も高い割合を示した(回答者1,412人中731人が回答、51.8%)。

3-4 今後の科学技術政策の方向性

新型コロナウイルス感染症のパンデミックからの教訓や反省を踏まえた、今後の科学技術政策の方向性については、「国家的危機の克服と社会経済回復への貢献」と回答した割合が最も高く(回答者1,412人中494人が回答、35.0%、以下同様)、次いで「基礎科学研究の長期的視点での着実な推進」(390人、27.6%)、「研究開発活動における共通基盤の充実、産学官等の連携推進」(368人、26.1%)であった(必須回答項目、2つまで選択可能な多肢選択式回答)。

3-2から3-4について回答者の専門分野との二重クロス集計を行ったところ、いずれも図表1で示した回答者全体における専門分野の分布と同様であり、専門分野による回答傾向の顕著な違いは見られなかった(3-2については図表2参照、それ以外はデータ略)。この結果より、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが及ぼす科学技術全体への影響について、専門家の認識は分野共通であると考えられる。

3-5 日本での新型コロナウイルス感染症対策

科学技術の観点から見た、日本での新型コロナウイルス感染症対策について尋ねた。以下の回答のいずれも、ライフサイエンス分野の専門家からの回答が最も多かった(任意かつ自由記述式回答、あるいは2つまで選択可能な多肢選択式回答)。

日本での新型コロナウイルス感染症対策において的確に(あるいは予想以上に)機能した、若しくは非常に役に立ったと評価されたのは、感染症の専門家による分析と情報発信、政策への的確な提言であり、特に数理モデルによる感染拡大シミュレーションの効果に対する評価が高かった(563人の有効回答を目視で分類・分析)。

一方、日本での同感染症対策において十分に機能していない面、想定が十分でなかったと思われた面として、PCR検査能力に関する意見が多く寄せられた。また、専門分野を超えた連携の必要性、及び実験や教育のリモート化推進の必要性も指摘された(836人の有効回答を目視で分類・分析)。

新型コロナウイルス感染症を含む新興感染症の対策に向けた、政府の科学技術・イノベーション政策の方向性として特に重視すべき点については、「幅広い分野での研究者や技術者の育成・確保」が48.6%(回答者1,287人中625人、以下同様)で最も回答割合が高く、次いで「研究開発事業の拡充・多様化」の43.3%(557人)であった。

3-6 新興感染症への対策強化に向けた科学技術

新型コロナウイルス感染症を含む新興感染症への対策強化に向けて、専門家が貢献可能な科学技術を尋ねたところ、基礎研究と治療薬・ワクチン開発に関する回答が最も多く、次いで検査・診断と感染予防対策についてのアイデアが多く挙げられた。感染予防対策では、人の細胞と同じナノ構造・受容体をもった新素材マスクや、ウイルスの可視化、プラズマや放射線・紫外線、表面加工による抗ウイルス技術が提案された(図表3、393人の有効回答を目視で分類・分析)。この設問でも3-5と同様に任意かつ自由記述式の回答としており、ライフサイエンス分野の専門家が最も多く回答した(回答者393人中256人、65.1%)。

図表3 新型コロナウイルス感染症を含む新興感染症への対策として、専門家が意見した科学技術図表3 新型コロナウイルス感染症を含む新興感染症への対策として、専門家が意見した科学技術

3-7 研究開発現場への影響

新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、専門家自身や専門家が所属する研究室等の身の回りで生じた影響について尋ねたところ(必須回答項目、自由記述式回答)、研究機関・施設への立入りや地域間移動の制限、社会経済活動の停滞により、研究開発活動や教育研究活動へ様々な影響が生じているとの回答が寄せられた。個々の回答では、例えば外部組織との共同研究に加えて教育活動においても影響が生じている等、異なる対象への影響について併記されることが多く、研究開発現場全体に及ぼす影響の大きさと複雑さが浮き彫りになった。

以下では、回答者1,412人から特に多く寄せられた回答内容を示す。なお、回答は自由記述式であるため、回答者間で記述の量、内容、粒度や表現に大きな幅がある。そうした多様性に富む回答の全体傾向を分析するために、文部科学省が実施した科学官等アンケートの結果12)を参考に全ての回答を目視で整理・分類し、分類ごとに回答者全体に対する割合を概算した。上記の通り、自由記述式回答を目視で分類しているため、分類自体が厳密ではなく、その分類ごとの回答者数の割合も厳密ではないことに留意されたい。

専門家会合の中止、延期、オンライン化による研究者間コミュニケーションへの影響に関する回答が最も多く、回答者全体の60%超から意見が寄せられた。「学会のweb開催では、口頭発表時のスライドが画像保存されたり録音録画されたりするリスクが大きい反面、発表後のコミュニケーションは不足して、発表自体のメリットが小さくなった」(企業、研究センター長、50歳代、男性、ナノテクノロジー・材料分野)等、様々な負の影響が多数挙げられた。一方、学会のオンライン化は場所や移動の制約がないなどの利点もあるため、今後更に進めるべきとの意見もあった。

研究機関や施設への立入り制限による、実験装置・設備・施設の管理・稼働・利用への影響については回答者全体の15%超で指摘され、研究計画や進捗に大きな影響が生じていると回答された。

教育研究活動への影響に関する回答も多く、回答者全体の10%超にのぼった。学生の入構制限によるところが大きく、学生に対する教育への影響だけではなく、学生が所属する研究室での研究活動全体が減速したとの回答も寄せられた。

国のレベルで整理すべき点や求める支援等に関する要望も尋ねたところ、各種専門家会合や会議、教育・研究活動でのオンライン化に関する情報基盤の整備・支援、競争的研究費制度の柔軟な運用(研究費執行の繰越しや研究期間の延長等)、研究人材の確保・育成に関する内容が多く挙げられた。さらに、今後の研究開発の方向性として、実験設備の遠隔制御など新たな実験プロセスを支える技術開発への支援、遠隔での情報共有やコミュニケーションに資する研究開発への支援など、研究のデジタル・トランスフォーメーションの推進につながる意見が多く寄せられた。

3-8 国際連携への影響

国際連携への影響についても尋ね、3-7と同様に分析した(必須回答項目、自由記述式回答)。

回答者1,412人の10%弱では、国際連携に対して影響がない、あるいは影響が少ないと回答したが(限定した影響、大きな影響はない、という回答を含む)、それ以外の回答者からは人・物の国間移動制限による様々な影響が示された。「東日本大震災のときは、海外の研究機関が日本人研究者を暖かく迎え入れてくれた。そのときと比較して、今回は全世界的に生じた困難であったため、国際間のバックアップ機能が全く働かず、大きな閉塞感を抱いた」(公的研究機関、研究主幹、40歳代、男性、ナノテクノロジー・材料分野)との回答からも、国際連携に対する影響の大きさが表れている。

3-7と同様、専門家会合の中止、延期、オンライン化による研究者間コミュニケーションへの影響に関する回答が最も多く、回答者全体の40%超から意見が寄せられた。一方、海外の研究者によるオンラインセミナーの聴講や、オンライン学会への参加が容易になったとの回答もあり、3-7の結果と考え合わせると、専門家全体では各種専門家会合のオンライン化についてデメリットとメリットの双方があると認識されていることが明らかになった。

国際共同研究や連携事業への影響については、回答者全体の15%超にのぼり、研究の進捗に大きな影響が生じているとの回答が多く寄せられた。一方、継続的な国際連携はそれほど悪影響が生じていないが、新規の国際連携を形成することは非常に困難といった意見があり、共同研究や連携の段階によって影響の度合いが異なる可能性が示された。

国のレベルで整理すべき点や求める支援等に関する要望については、3-7と同様であり、加えて出入国制限の適宜解除、研究者・技術者・学生の出入国に関するルールの明確化、検疫体制の強化等、研究活動と感染防止との両立に向けた環境整備について多くの意見が寄せられた。

4. まとめ

本アンケート調査により、新型コロナウイルス感染症のパンデミックがもたらす科学技術への影響について、専門家の認識が明らかになったとともに、新型コロナウイルス感染症を含む新興感染症への対策に向けた科学技術が抽出された。この結果は、文部科学省の関係部局にて共有し、研究開発現場への支援策等の検討材料として適宜活用された5)。こうした専門家の意見を踏まえ、新型コロナウイルス感染症の制御と新たな社会の構築に向けた科学技術について、一層の議論と具体的方策の検討・実施が求められる。

調査上の制限として、本アンケート調査では調査項目が限られていたため、専門家の認識に関する全体傾向の分析にとどまったことが挙げられる。特に研究開発現場への影響については、地域や研究領域等で差があるとの意見があり2)、今後は調査の項目や対象を細分化して詳細に分析する必要がある。加えて、各影響の経時的変化についての分析も必要とされる。

本アンケート調査では、新型コロナウイルス感染症に加えて、様々な自然災害への対策に資する科学技術についても意見聴取したが、その結果については紙面の都合上、割愛した。我が国では、多発する地震や台風等の自然災害への対策も喫緊の大きな課題であり、一層の危機管理対策を講じる必要がある。この調査結果の詳細はNISTEPの報告書にて公表予定であり、そちらを参照いただければ幸いである。

謝辞

本アンケート調査の実施に当たり、科学技術専門家ネットワークの多くの皆様に貴重な御意見を頂いた。この場を借りて深謝したい。

参考文献・資料

1) 文部科学省科学技術・学術審議会学術分科会(第78回), 新型コロナウイルス感染症による学術研究への影響及び支援ニーズに関するアンケート調査(概要), 資料3-2,
https://www.mext.go.jp/content/20200703-mxt_sinkou01-000008464_6.pdf

2) 文部科学省科学技術・学術審議会学術分科会(第79回), 新型コロナウイルス感染症による学術研究への影響及び支援ニーズに関するアンケート結果(主な意見), 参考資料3-3,
https://www.mext.go.jp/content/20200806-mxt_sinkou01-000009243_13.pdf

3) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 新型コロナウイルス感染症等による日本の科学技術への影響と科学者・技術者の貢献に関するアンケート調査(速報), https://doi.org/10.15108/stfc.0001
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/st-experts-network-covid-impact-flash0710.pdf

4) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 科学技術専門家ネットワーク,
https://www.nistep.go.jp/activities/st-experts-network

5) 文部科学省科学技術・学術審議会学術分科会・情報委員会, コロナ新時代に向けた今後の学術研究及び情報科学技術の振興方策について, 令和2年9月30日, https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/mext_00538.html