STI Hz Vol.6, No.3, Part.11:(ほらいずん)デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」:宇宙・海洋・地球・科学基盤分野-科学技術の将来を担う基盤的分野における人材育成-公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)雨宮慶幸理事長インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00229
  • 公開日: 2020.09.25
  • 著者: 横尾 淑子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」:
宇宙・海洋・地球・科学基盤分野
-科学技術の将来を担う基盤的分野における人材育成-
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)
雨宮 慶幸 理事長インタビュー

聞き手:科学技術予測センター センター長 横尾 淑子

概 要

約半世紀の歴史がある科学技術予測調査では、分野別分科会等において日本有数の各分野の専門家の英知を結集して調査の質問項目・内容が作成され、調査結果の分析が行われている。調査結果のみならず、その検討過程についてより深く理解をいただくため、第11回科学技術予測調査デルファイ調査における分野別分科会の座長インタビューを連載する。

連載第2回となる本稿では、SPring-8を運営する公益財団法人高輝度光科学研究センターの理事長であり、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 量子科学技術委員会主査を務めている雨宮慶幸氏に、調査結果も踏まえ、基盤的分野の研究の在り方について伺った。

キーワード:科学技術予測,デルファイ,基盤,人材

雨宮 慶幸公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)理事長出典:JASRIウェブサイトより写真転載

雨宮 慶幸
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)理事長
出典:JASRIウェブサイトより写真転載
 http://www.jasri.jp/jasri/president_message.html

1974年東京大学工学部物理工学科卒業、1979年同大学博士課程修了(工学博士)後、1982年高エネルギー物理学研究所放射光実験施設助手、1988年米国ブルックヘブン国立研究所客員研究員、1989年高エネルギー物理学研究所放射光実験施設助教授、1996年東京大学大学院工学研究科助教授、1998年同教授、1999年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授、2007~2009年同研究科長、2017年同特任教授を経て、2019年6月より現職。国立研究開発法人産業技術総合研究所先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリのラボ長、並びにCREST/さきがけ複合領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」総括を併任。

宇宙・海洋・地球・科学基盤分野の基盤的性格

継続性と学際性

宇宙・海洋・地球・科学基盤分野の分科会座長を引き受けた当初は、寄せ集め分野のようで、正直なところ違和感がありました。しかし、検討を進める中で他分野との違いを考えてみると、この分野の特徴が見えてきました。

本分野では9の細目を設定しましたが、それらは3つのクラスタに分けることができます(図表参照)。一つ目は「人類の知的好奇心に基づいて自然界の基本原理を探索するため、多岐にわたる先端的技術開発が求められる領域」、二つ目は「複雑な系を研究対象として、基礎科学から喫緊の課題までの研究開発が求められる領域」、三つ目は「他分野との相互関連性が高く、科学全般の研究基盤プラットフォームを形成し、基礎科学からイノベーションまで関わる領域」で、それぞれ2~4細目が該当します。

分野に共通する特徴としては、基盤的科学技術であること、国際的な競争力・先端性が求められること、比較的大型の装置開発が求められることが挙げられます。そしてもう一つの特徴は学際性で、他分野との相関が最も大きい分野ではないかと思います。分科会での検討においても、関連する他分野の科学技術トピックが多く挙げられました。

まとめると、科学技術の将来を担う骨太の基盤であり、短期的な時代の要請に追従する分野ではなく、時定数の大きい、長期的視点で継続的に取り組むべき分野と言えます。こうした分野は、一度やめてしまうとリカバーするのが難しい分野です。

図表 宇宙・海洋・地球・科学基盤分野9細目の分類

クラスタ 該当する細目
人類の知的好奇心に基づいて自然界の基本原理を探索するため、多岐にわたる先端的技術開発が求められる領域 ・宇宙
・素粒子・原子核、加速器
複雑な系を研究対象として、基礎科学から喫緊の課題までの研究開発が求められる領域 ・海洋
・地球
・観測・予測
他分野との相互関連性が高く、科学全般の研究基盤プラットフォームを形成し、基礎科学からイノベーションまで関わる領域 ・計算・数理・情報科学
・量子ビーム:放射光
・量子ビーム:中性子・ミュオン・荷電粒子等
・光・量子技術

「人材育成・確保」が鍵

調査結果にも表れているように、こうした基盤的性格を持つ分野の発展の鍵となるのが人材です。ここで言う人材には、研究者はもちろん、基盤的分野と他分野を仲介するコーディネータ、基盤的分野の役割や重要性を情報発信するコミュニケータも含まれます。

好奇心と感動、そして使命感

まず人材育成を考えたとき、好奇心や感動する心を醸成することが大切です。例えば、量子ビームを実験試料に照射すると目に見えない原子・分子の形や状態が見えるようになるという感動や、それはどうしてなのか?という好奇心を駆り立てるような情報発信が、人材育成の上で非常に重要です。この世界は、素粒子の世界から数百億光年の広大な宇宙まで約50桁に及ぶ空間の階層構造を有していて、未知なことだらけです。真理の探究において、研究対象に感動・感激する感性が研究を推進する研究者の動機付けの源であり、こうした感動・感激を共有できることが、その国や社会の文化水準だと思います。科学技術の振興において、短期間でその成果があらわれる分野もありますが、この分野は持続的・長期的な振興があって初めて実を結ぶ分野なのです。

さらに、研究を通して社会に役立ちたいという使命感も重要であることは言うまでもありません。アンケート結果では、科学技術トピックの重要度と実現見通しに相関が見られます。研究者はこの10~20年で実現し社会に適用される可能性の高い技術を重視しており、夢やロマンを感じつつも、社会貢献まで視野に入れた地に足の着いた意識を持っていると考えられます。

異分野や社会との仲介役

基盤的分野の重要さを理解していただくには、情報発信が大切と考えています。サイエンスコミュニケータの役割が重要で、例えば東京大学の村山斉教授のように、研究業績が秀でているのみならず、テレビ等でのわかりやすい解説など社会への情報発信において大きな役割を果たす研究者が次々と出てくればよいなあと思います。サイエンスコミュニケーションの重要性を認識し、優れたコミュニケータを育てる努力が必要です。

異分野融合においては、仲介役が必要だと思います。例えば、量子ビームを使ったことのない、又は、その知識をよく知らない、いわば、量子ビームの潜在ユーザがたくさんいます。潜在ユーザをつなぐコーディネータの役割が大きいです。

ポストコロナ時代の研究

自動化・ロボット化

このたびのコロナ()を通してその必要性を強く実感したことは、自動測定・リモート測定を含めた測定装置のロボット化です。コロナ禍以前からその必要性が論じられていましたが、必要性がより高まりました。研究者がSPring-8などの量子ビーム実験施設に行かなくても、実験試料を送れば測定データが得られるなど、距離的・物理的なハードルを下げる必要があります。成熟した手法については自動化・ロボット化が可能なので、早急に進めるべきと思います。このことは、働き方改革とも関係します。実験装置は24時間連続運転ですから、有効にそれを利用しようとすると、人間的な働き方と相反します。昼は人間、夜はロボットという分担もあり得るでしょう。自動化で生まれた時間をディスカッションの時間に充てることもできます。

人間と技術が一緒に成長~式年遷宮の知恵

実験装置の自動化で予想される負の側面は、装置・設備がブラックボックス化してしまうことです。ボタンを押すだけで、中身がわからないまま使うことになるので、技術の継承が問題となってきます。

神社には式年遷宮という伝統がありますが、これは、宮大工を育てる意味で非常に重要です。神社が100年間保たれたら、次に建てようとしても建てられる宮大工がもういません。実験装置も、20~30年で新しく作り替えることによって、ブラックボックス化を防ぐことができます。長持ちする装置がよいのではなく、20~30年でリニューアルして、技術を継承することが重要だと思います。進歩の激しい分野では自然と頻繁にリニューアルが行われますが、進歩がそれほど早くない分野でもある期間で装置を更新していくことが、人間と技術が一緒に成長していく上で必要です。例えば、エジプトのピラミッドはリニューアルされなかったので、その技術は全く継承されず、今や、2000年前の建設技術そのものが世界の七不思議にさえなってしまいました。技術を継承するのは生きた人間なので、継承のための適切な周期でのリニューアルが必要だと思います。

政策的な議論では、リニューアルに対して必ず“What’s new?”を聞かれます。それは確かに重要ですが、リニューアルすること、スクラップ&ビルドすることの隠れた意義は人材育成にあると思います。リニューアルごとの“What’s new?”、つまり差分は、多くないかもしれません。しかし、リニューアルを積み重ねることで着実に進歩していきます。

もちろん、全ての技術・装置がリニューアルされるべきだと言っているのではありません。消えていく技術・装置は当然あります。先端技術のごく一部だけが生き残り、大半は消滅していくのかもしれません。しかし、基本的な骨太の技術がなくならないような施策が必要だと思います。

人間の柔軟性に期待

ポストコロナ時代には、対面の国際会議は減ると思われますが、海外の研究者との交流、少なくとも情報面はリモート会議で補えると思います。海外で開催される国際会議に参加する際の課題である時差ボケの問題も緩和します。国際性が重要な本分野では、リモート会議を積極的に利用していくべきで、今後の進め方は知恵の出しどころだと思います。最初はどう対応するかで混乱も多少あると思いますが、new normalに柔軟に対応していくことが重要で、柔軟性こそ生命力、知性の本質だと思います。

ただし、リモート化・ロボット化で、人間の心までもリモート化したりロボット化したりしないようにすることが大切です。科学技術の新しいアイデアを生み出す上で、一人一人の研究者の感性、情熱、生き方などをお互いに直接に刺激し合える場があることが大切です。

二律背反の最適化~人文・社会科学の知見

人間社会が直面する問題を解決する際に、二律背反する問題をいかに最適化するかが問題解決のほぼ全てではないかと思います。例えばこのたびのコロナ禍にしても、感染防止と経済活動をいかに両立・バランスさせるかが課題です。科学技術については、わかっていることとわからないことの両面、その応用においてはプラス面とマイナス面の両面があることをきちんと情報発信することが重要です。科学技術を一方的に賛美したり否定したりするような極論に走らないで、科学技術には「役割と限界」の両側面があることを認識した上で科学技術の行くべき方向を議論していくことが重要です。

この議論には人文・社会科学の知見も必要です。科学技術基本計画に人文・社会科学が含まれるようになったのは、時宜を得たものと思います。人文・社会科学の専門家が科学技術にも関心を持ち、科学技術の専門家が人文・社会科学にも関心を持って議論を重ねることが大切ではないでしょうか。

これは、今後の科学技術予測調査についても言えることです。次回調査に当たっては、人文・社会科学の専門家の中で科学技術に関心のある人に参画してもらい、人文・社会の視点から科学技術の意義や問題点を発信してもらう必要があるのではないでしょうか。