STI Hz Vol.6, No.3, Part.8:(特別インタビュー)津田塾大学教授/次世代基盤政策研究所(NFI)代表理事 森田朗氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00226
  • 公開日: 2020.09.25
  • 著者: 赤池 伸一、西川 開、福島 光博
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
津田塾大学 教授/次世代基盤政策研究所(NFI)代表理事
森田 朗 氏インタビュー
-緊急事態における行政・専門家の役割とデータの利活用-

聞き手:上席フェロー 赤池 伸一
科学技術・学術基盤調査研究室 研究員 西川 開
企画課 福島 光博

新型コロナウイルスの感染拡大や相次ぐ自然災害などの緊急事態に対して、行政はどのようなプロセスでどのような対応をとることを求められるのか。津田塾大学総合政策学部教授や次世代基盤政策研究所(NFI)代表理事、研究開発法人科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)センター長などを務める森田朗氏に、緊急事態における行政プロセスとその対応、行政と専門家の関係、データの利活用とエビデンスに基づく政策立案(EBPM)などについて伺った。

津田塾大学 森田 朗 教授(森田氏提供)

津田塾大学 森田 朗 教授(森田氏提供)

森田氏経歴:
津田塾大学総合政策学部教授、次世代基盤政策研究所(NFI)代表理事

1951年兵庫県生まれ。1976年東京大学法学部卒業、千葉大学法経学部助教授、東京大学大学院法学政治学研究科教授、同公共政策大学院院長、東京大学政策ビジョン研究センター初代センター長、国立社会保障・人口問題研究所所長などを歴任。東京大学名誉教授。研究開発法人科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)センター長(非常勤)、政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター)客員教授、厚生労働省中央社会保険医療協議会(中医協)元会長。著書に『会議の政治学・Ⅱ・Ⅲ』慈学社出版2006、2014、2016、『制度設計の行政学』慈学社出版2007、『新版・現代の行政』第一法規出版、2017他。

出典:森田 朗. “コロナ対策の核心 2.緊急事態の政治学:公衆衛生と医療データの後れが命取りに”. 中央公論. 2020, no. 5, p. 34-41. 及び
https://www.nfi-japan.org/nfi12395123881235612390.html
https://scirex.grips.ac.jp/structure/scirex.html
http://www.jigaku.jp/mokuroku85.htm

- 新型コロナウイルスの感染拡大への対応に関する行政と専門家の関係について、お考えをお聞かせください。

数理モデルを活用した感染症の拡大状況を予測する数理疫学を実際の対策の作成に活用する試みに対して、SciREXプログラムでは早い段階から研究費を助成してきました。今回の新型コロナウイルス感染症に際しては、厚生労働省が数理疫学の専門家と協力することで、データに基づく数理的な手法で予測を行った点には意義があると思います。

専門家の役割は、専門分野に関する見解を表明することです。一方で、専門家の意見を受けてどのような対応をとるかという政策判断を行い、その結果に対する責任を負うのは政治家の役割です。政治家は自身の判断の根拠は何であり、なぜその判断を下したかということを国民に発信する責任があります。

ドイツでは、数理疫学と経済学の専門家が協力して、感染症に対する規制措置の効果とその経済的な影響の双方を考慮に入れた数理モデルを作成し、政治家はそれを基に政策判断を下しているそうです。他方、日本では異なる分野の専門家の協力体制が構築されているとはいい難く、政治家側は国民が理解できるような形での積極的な情報発信を行うことが必要であると思います。

- データを出すだけではなく、そのデータを根拠になぜその政策を採用するのかという説明も工夫する必要があるのではないかと思います。行政や専門家からの情報発信の在り方について、お考えをお聞かせください。

データや理論を用いてどのように客観的な予測を行うかというのは専門家の仕事ですが、彼らが出した結論を一般の人がどう受け止めて自らの行動を変えていくか、というのはリスク・コミュニケーションの問題です。

自然災害への対応として、ハザードマップなどの形で被害状況の予測結果が公開されています。こうした予測自体は科学的根拠がある、エビデンスと呼べるものであると思いますが、その情報を出すだけでなく、その情報を受けて具体的にどうすれば良いのかというところまで説明できないとかえってパニックになってしまいます。昔は地価への影響を考慮して、震災等の被害推計はデータとして持っていても公開しませんでしたが、最近は公開するようになっています。しかし、それをどういう形で伝えていくかということにはまだまだ課題が多いと思います。これは人文社会科学の領分であると思いますが、科学的な災害予測と連携して引き続き研究を進めていく必要があります。

今回のコロナ()では、メディアに慣れている政治家は上手に情報発信を行いましたが、一般的には、実際の状況と国民に伝わることとの間には距離があるように感じます。情報を受け止める側が納得できないと疑心暗鬼が拡大していくことになるため、実情をどこまで、どのように発信するかと言うことが問題となります。さらに、リスクの存在を誰がはっきり発信するかと言うことも重要です。

- 発信する側の工夫だけではなく、公開されたリスクの存在を示すデータを受け止められる社会にしていく必要もあると思います。日本のリスク・コミュニケーションの在り方について、お考えをお聞かせください。

日本では、第二次世界大戦以降、全国民に平和と安全と幸福を実現することが政府の責任である、ということを建前にして政策を実施してきました。しかし、現実にはそういうわけにはいきません。多くの国では、安全対策を考える際には、一部には被害が出ることを前提に、どうすれば国全体が受けるダメージを最小化できるかという観点から危機管理の戦略を立てています。日本の場合は、全員が助かるということを前提として、それをどう実現するかを考えていくのですが、そのためには「全員避難できるまでは災害は起こらない」という非現実的な仮定を置くことになりかねません。みんなそれはフィクションだと分かっていますが、なかなか犠牲がでるということに踏み込めないのです。実際には様々なリスクがあります。それらのリスクの存在を認めた上で、リスクを比較衡量して議論していく必要があるのですが、ゼロ・リスクを前提にすると議論が成り立たなくなってしまいますし、本当に大きいリスクがあってもそれが起こる確率が少ないとそれを無視してしまうことになりかねません。

こうした問題については専門家もそうですが、やはりメディアと政治家の責任が大きいと思います。リスクの存在を直視せず、嫌なことは起こらないという、現実にはありえないことをフィクションとして成立させることで国民に見かけ上の安心を与えてしまっているのです。でも、それはいつまで続けられるのでしょうか。政治家や行政はメディアや国民に対して、リスクへの理解を醸成する努力をすべきであると思います。

遠隔会議システムによりインタビューに答える森田 朗 氏(2020年7月8日インタビュー中写真:科学技術・学術政策研究所(NISTEP)撮影)

遠隔会議システムによりインタビューに答える森田 朗 氏
(2020年7月8日インタビュー中写真:科学技術・学術政策研究所(NISTEP)撮影)

- 森田先生は早くからエストニアのデジタル・ガバメントへの取組やデジタル・トランスフォーメーション(DX)に関心を持っておられました。データを利活用することによりどのようなことが可能となるか、また、日本の現状はどうであるか、お考えをお聞かせください。

ビッグデータを活用して、患者一人一人の体質に合った最適な医薬品や治療法を分析・選択することを「プレシジョン・メディスン」又は「パーソナライズド・メディスン」などと呼びますが、エストニアを始め特に北欧の先進諸国はそれを目指しているといえるでしょう。エストニアの動向については、中央社会保険医療協議会の委員時代に、医療政策や診療報酬の決定を合理的なものにする方法を考えているときに興味を持ちました。

エストニアにおける電子化の取組は、基本的な考え方や目標が非常にはっきりしています。インターネットがこれからの社会のベースであって国の基幹的なインフラとなり、国のどこにいても高速回線によりインターネットにアクセスできることが国民の基本的な権利である、というビジョンに基づいて、情報化政策が推進されています。そこで、道路や新幹線と同様に、通信網をインフラとして整備していくことが目標となっています。

エストニアでは国民ID—日本でいうマイナンバーですね—に税金や公共料金の支払など種々のデータを紐付けています。病院の診療情報も、日本のように個々の病院ごとに管理しているのではなく、国のクラウドに蓄積されており、国民IDとリンクさせることで、患者はどこの病院でも自分の病歴や薬歴にアクセスすることができます。このようにエストニアでは国民の活動がリアルタイムでビッグデータの一部として記録されています。人間の手でデータを収集したり、分析のために整備したりするには多額のコストがかかりますが、国民IDを活用することにより、これを効率的に行えるようになっています(図表1参照)。

国民IDでいろいろなデータを紐付けると、あらゆる情報が不正に取得されてしまうのでは、というセキュリティの問題が懸念されます。しかし、エストニアでは紐付けしたほうが、かえって一元的にしっかり管理できるという考え方をとっています。国のクラウドではアクセスログを記録しているため、自分の情報へのアクセスが誰によるものかをすべて特定できるようになっています。他国によるハッキングのようなセキュリティ上のリスクは皆無ではないでしょうが、リスクとメリットを比較した上で、データの利活用を進めています。

また、データに基づいて政策を策定することによって、省庁の縦割りの発想では難しいこともできるようになるのではないでしょうか。例えばデンマークでは、子供の発達障害を精神疾患として捉えるだけでなく、生活環境や家庭環境など総合的な観点から分析しています。結果として、子供の発達障害に対しては医療や教育だけではなく社会政策として対応していくことが有効だ、というようなことがわかるようになります。

日本も医療関係のデータはたくさん持っているのですが、それを効率的に利活用できる制度やシステムにはなっていないので、今回のコロナ禍でもうまく使いこなせなかったのだと思います。日本の場合、医療、教育、行政の電子化が特に遅れていると言われています。教育では、経済産業省や文部科学省がEdTech(図表2参照)の導入を進めており、私もそのお手伝いをしていますが、今回は現場が想定していなかった小中学校のオンライン化が難航しています。また、マイナンバーカードを使うことでコンビニでも住民票を発行できるようになりましたが、デジタル化を進めるのであるならば、そもそも紙の住民票を発行する意味はあるのでしょうか。アナログが前提の発想の典型例ではないかと思います。

日本では個人情報の問題が重視されていて、マイナンバーによる紐付けも忌避されていますが、データの利活用から得られるメリットとリスクを今一度比較して考えてみる必要があると思います。例えば、災害時に避難所にいる人にどういう薬が必要か、今は、本人から直接聞いていますが、中には認知症の人もいるわけで、そうした人についても現状では聞き取りに頼っています。しかし、マイナンバーと医療情報が紐付けられていると、こうした薬歴情報は容易にわかるようになります。すると、情報の収集にかかっていた労力を他の救護活動に割くことができます。また、医療情報を電子化してクラウドに保存しておくことで、水害が起きたときにもデータが消失してしまうリスクを減らすことができます。今回のコロナ禍では制度の硬直化やデータ活用の遅れが顕在化したと言えるのではないでしょうか。

日本でも今度、小中学校で生徒にタブレットやPCを配って教育のオンライン化を進めることになりましたが、このとき重要なのは、どのようなアプリを使って教育を行うかといったことだけではなく、それを使って子供たちがどのように学習したかというデータを集めて、どういう教育方法がどのような子供にどういう効果をあげたのかを分析できるようにすることです。そうすることで、生徒一人一人に合わせたきめ細かい教育方法の開発が進むようになれば良いと思います。

図表1 エストニアにおける電子政府システムの概略図図表1 エストニアにおける電子政府システムの概略図

図表2 経済産業省における「未来の教室 ~learning innovation~」図表2 経済産業省における「未来の教室 ~learning innovation~」

出典:経済産業省, https://www.learning-innovation.go.jp/about/より引用

- 森田先生は以前、専門家による知見に政治的な判断が介入する場合もあるため、可能な限り客観的で政治的な配慮が入り込む余地が少ない方法でデータを蓄積していくことの重要性を論じておられました注1。データを蓄積し利活用していくためにはどのようなことが必要となるのでしょうか。

一つには、政治的に中立的で高い独立性を持つ三条委員会注2のような独立性の高い機関を設置することが考えられます。このときやはりモデルとなるのは、米国の疫病予防管理センター(CDC)でしょう。また、北欧諸国では、所得情報などの統計データを中立的な機関が一元的に収集し公開する仕組みが存在します。こうしたデータは政党を問わずアクセスできるため、経済政策を議論する際には、所得格差がどの程度存在するかといった事実関係レベルの情報は共有した上で、どういった政策を行うべきかという価値判断に基づく議論を行うことができます。このデータはオープンデータであるため、研究者が利用することも可能です。

日本では、一元的にデータを管理する機関を設置するというよりも、各府省などが分野ごとに集めている統計データについて、一定の客観性を担保していけるようにする、というのが現実的ではないでしょうか。標準化されたフォーマットを用いるなどして、個々のデータの相互運用性を確保することでそれぞれをリンクできるようにすれば、あとはコストや使い勝手の問題ではないかと思います。ただし、一番基礎となるようなデータが複数存在する場合は厄介なことになるかもしれません。

- 最後に、森田先生がこれまで御尽力されてきた、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)について、何が重要でどのような課題があるのか、お考えをお聞かせください。

昔から統計学の重要性は知られていましたが、パンチカードシステムの時代にはハードの性能やソフトウェアの有無の問題で、余り実用的とは言えませんでした。しかし、今は普通のパソコンで高機能な分析用のソフトが使えますし、利用可能なデータも増えています。以前は、政策を考える際には経験や勘がものを言う時代でしたが、データに基づいて実証的に考えていくことができるようになりました。また、ビッグデータの時代となり、社会現象や医療などの複雑な対象も、サンプリングの理論に頼らずとも、最初からほとんど(しっ)(かい)といっていいような規模のデータを分析し把握することが可能になりつつあります。こうした中で、世の中の理解の仕方、動かし方も変わっていって良いのではないでしょうか。

ただ、EBPMといっても、数字を出したり重要業績評価指標(KPI)を立てたりするだけではなく、政策がどのように結果につながっていくのかという因果関係をきちんと論理立てて説明できるようにすることが大切です。評価を余り厳密にやろうとすると多大なコストがかかりますが、まずは基本的なこととして、データに基づいて政策のロジックモデルをしっかりと立てることが必要です。これにより、単なる思い付きを根拠とするような政策を排除して、政策の質を上げていくことができるようになるのではないでしょうか。


注1 森田朗. “政治と科学、責任を取るのはどちらか?NFIからの提言(3)政治家と科学者の役割と責任を再考する”. JBpress. 2020-05-25. https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60628, (参照 2020-07-16)

注2 国家行政組織法第3条に規定される合議制の行政機関を指す。公正取引委員会や国家公安委員会、個人情報保護委員会などがこれに該当する。