STI Hz Vol.5, No.3, Part.8:(ほらいずん)基本シナリオ-科学技術の発展により目指す社会の姿-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00186
  • 公開日: 2019.09.25
  • 著者: 黒木 優太郎、河岡 将行
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
基本シナリオ
-科学技術の発展により目指す社会の姿-

科学技術予測センター 研究官 黒木 優太郎、特別研究員 河岡 将行

概 要

本稿は特に、第11回科学技術予測調査における「基本シナリオ」について述べる。ここで基本シナリオとは、別途実施されたデルファイ調査における科学技術の未来像(702の科学技術トピック)と、同じく別途実施されたビジョンワークショップから得られた社会の未来像(50の社会像)を結びつけ、科学技術発展がもたらす未来の社会を描くものである。

基本シナリオの作成に当たってはワークショップを実施し、702の科学技術トピックと50の社会像について、科学と社会の両面から入念な結びつけを行った。その結果、4つの基本シナリオ案に470のトピックが結びついた。また、社会起点の検討では健康・医療・生命科学、農林水産・食品・バイオテクノロジー、環境・資源・エネルギーといった、生活に身近で社会課題に近い分野の科学技術が6割以上社会像と結びついたのに対し、科学技術起点の検討では、割合は全分野おおむね5割以下であるものの、分野の偏りなく科学技術と社会像が結びついた。その後、専門家による検討等を経て、最終的に4つの基本シナリオを作成した。

キーワード:科学技術予測,ワークショップ,シナリオ

1.はじめに

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、1971年から約5年ごとに科学技術予測調査を実施しており、2017年から第11回科学技術予測調査を実施中である。今回調査の特徴の一つは、多様なステークホルダーの参画によって様々な専門性や立ち位置を交差させた議論を行い、複雑な科学技術と社会の関係性を捉えていることである。本稿で述べる基本シナリオとは、科学技術の未来像と社会の未来像を結びつけ、科学技術発展がもたらす未来の社会を描いたものである。

ここで言う科学技術の未来像とは、具体的には別途実施したデルファイ調査における科学技術トピックを指す。本デルファイ調査は、2040年をターゲットイヤーとし、2050年までの科学技術発展の30年間を展望する調査である。分野別に設けた分科会(7分科会、委員計74名)にて発展の方向性を検討し、702の科学技術トピックを設定した。詳細は本調査の速報版を参照されたい注1

社会の未来像とは、2040年頃の未来における望ましい社会像を指し、地域社会・日本社会・国際社会などの観点から意見を集約した。検討に当たっては、多様なステークホルダーを交えたワークショップ(以降、WS)を実施した。これまでに、ビジョンWS(約100名)、地域WS(6回、延べ約340名)、国際WS(14か国約60名)を実施してきた。特にビジョンWSは約100名の大規模WSであり、最終的に50の社会像と、それらの社会において重要な4つの価値が得られた。詳細は、報告書を参照されたい注2

本稿では特に、これら科学技術の未来像と社会の未来像を紐付ける「基本シナリオ」について、その設定に至る背景と具体的な手法、得られた結果について述べる。

2.基本シナリオの背景

初期のNISTEPの予測活動はシーズ型であったが、時代の変遷に伴い複数の手法を取り入れ、ニーズ指向型、課題解決型へと変化し、現在は社会ビジョン構築型の予測活動を行っている。2005年の第8回調査からは、シナリオ・プランニングを調査に取り入れ、2015年の第10回調査からは、「どうあるべきか」といった未来像を描く、ビジョニングを取り入れた。その一方で、これらの取組の結果と、第1回調査から絶えず続けてきたデルファイ調査から見いだされる科学技術の未来像は直接的に結びつくものではなく、それぞれの結果を結びつけるには別の枠組みが必要であった。

そこで、これまでに得られた科学技術の未来像と社会の未来像をそれぞれ見比べて、①目指す社会の姿、②それに関連する科学技術、③科学技術と社会の関係における留意点を1つのパッケージとした大きな枠組みを設け、これを基本シナリオとした(図表1)。日本の未来の多様性を考慮し、基本シナリオは1つには定めておらず、後述するが今回は結果的に4つの基本シナリオに整理されている。また、NISTEPの科学技術予測調査において予測される科学技術や社会像は全て望ましいものであるが、何の考慮もなく目指せば良いような、いわゆる「バラ色」にはならぬよう、その推進における留意点も含めた。

図表1 基本シナリオの概要図表1 基本シナリオの概要

3.基本シナリオWSの検討手順

基本シナリオを検討するに当たり、702の科学技術トピックと50の社会像をWSで紐付けることとしたが、50の社会像はそのままでは具体性が高く、事前に50の社会像の整理を行った。それぞれの社会像の特徴を精査したところ、大きな傾向として、①人の考え、②人の機能、③仮想世界、④環境・社会について述べている傾向が見いだされた。そこでこれらの社会像を大きく2軸(個人と社会、無形と有形)で分け、4つの視点(無形・個人、無形・社会、有形・個人、有形・社会)として整理した(図表2)。

2019年2月28日に開催した基本シナリオWSには、デルファイ調査の分科会委員やビジョンWSの参加者、人文社会科学系の専門家等から22名が参加し、上述の4つの視点で科学技術トピックと社会像の紐付けを行った。

図表2 50の社会像から得られた4視点図表2 50の社会像から得られた4視点

【検討手順】

4つの視点ごとの紐付けは、「科学技術起点」と「社会起点」の双方向で行った(図表3)。これは、科学技術起点(科学技術によって実現する社会)と、社会起点(理想の社会を実現する科学技術)の双方向で考えることにより、科学技術の発展がもたらす社会の姿を幅広く描くことを目的としている。

WSでは、4つの視点ごとにグループを分け、グループ別に図表4に示すような手順で検討した。

ステップ1では、事前に整理された社会像をベースに望ましい未来の姿を描いた。

ステップ2、3では各グループは更に二手に分かれ、科学技術の未来像を検討起点とするシナリオを作成するチームと、社会の未来像を検討起点とするシナリオをするチームに分かれて検討した。

科学技術起点チームでは、ステップ2で、ステップ1で得られた未来の姿をもとに、デルファイ調査で得られた702の科学技術トピックから、その未来の姿の実現に関連するものを抽出・列挙した。続くステップ3で、「そのトピックが実現するとして、それに関わる(場合によって既にある)要素技術があれば、いったい何ができるだろう」「どんな社会になるだろう」といった検討をし、それを文章化した。

社会起点チームでは、ステップ2として、ステップ1で得られた未来の姿をもとに、実現のための科学技術や科学技術以外の要素、必要な施策などを検討し、それを文章化した。ここでの科学技術は、デルファイ調査の科学技術トピックは特に意識せず、必要と思われるものを列挙した。続くステップ3で、ステップ2で挙がった科学技術に関するトピックを選択してもらうことで、最終的に社会像と科学技術トピックの紐付けを行った。また、このチームについては、科学技術を実装する場合の留意点についても挙げてもらった。

最後に、両チームが合流して1つのシナリオとしてまとめ、WS全体としては合計4つの視点に基づいた基本シナリオ案を得た。

図表3 科学技術と社会の未来像の紐付け図表3 科学技術と社会の未来像の紐付け

図表4 WSでの検討手順図表4 WSでの検討手順

4.WSの検討結果

各グループの科学技術起点チームと社会起点チームのそれぞれで挙がったシナリオタイトルとそのシナリオに紐付く科学技術トピックの数、そして両チームが合流して作成したシナリオを図表5に示す。702の科学技術トピックのうち、470もの科学技術トピックが何らかの形で引用され、社会像と結びついた。

デルファイ調査において設定された7つの分野(健康・医療・生命科学、農林水産・食品・バイオテクノロジー、環境・資源・エネルギー、ICT・アナリティクス・サービス、マテリアル・デバイス・プロセス、都市・建築・土木・交通、宇宙・海洋・地球・科学基盤)のうち、引用された科学技術トピックの割合を図表6に示す。

全体としては半数以上のトピックが社会像と結びついたが、検討チーム別にみると、社会起点チームでは、健康・医療・生命科学、農林水産・食品・バイオテクノロジー、環境・資源・エネルギー分野については6~9割が社会像と結びつく結果になった。対して科学技術起点チームでは、割合の高い分野はなく、5割を超えるのはICT・アナリティクス・サービス分野だけであるが、おおむね全分野が万遍なく社会像と結びついた。

図表5 各グループの検討結果図表5 各グループの検討結果

図表6 各分野における科学技術トピックの引用率図表6 各分野における科学技術トピックの引用率

5.基本シナリオの策定

WSによって、「①目指す社会の姿、②それに関連する科学技術、③科学技術と社会の関係における留意点」についての検討結果が得られた。その後、専門家による検討等を経て、最終的に4つの基本シナリオとしてまとめた(図表7、8)。これらの基本シナリオには、AI、ロボット、センシング等の科学技術が含まれるほか、脳機能イメージング技術や外部知能ネットワークなど、より具体的な科学技術を活用した社会像が描かれている。これらは、主に科学技術を起点としたチームから出ており、双方向での議論が効果的であったと言える。社会像がある程度具体化したことで、科学技術と社会の関係における留意点も具体性が高まっている。今後、基本シナリオの詳細について別途報告書を作成し公表する。

なお、社会像と直接結びつくか否かは、基礎か応用か等も大きく関わるため、基盤的な科学技術は当然結びつきにくく、「引用されている・いない」は、「重要である・ない」「社会に役立つ・役立たない」ではない点は留意されたい。

図表7 基本シナリオ(無形・個人、有形・個人)

図表7 基本シナリオ(無形・個人、有形・個人)図表7 基本シナリオ(無形・個人、有形・個人)

図表8 基本シナリオ(無形・社会、有形・社会)

図表8 基本シナリオ(無形・社会、有形・社会)図表8 基本シナリオ(無形・社会、有形・社会)


注1 科学技術予測センター「第11回科学技術予測調査 ST Foresight 2019(速報版)-「人間性の再興・再考による柔軟な社会」を目指して-」,文部科学省科学技術・学術政策研究所.DOI:http://doi.org/10.15108/stfc.foresight11.101

注2 科学技術予測センター「第11回科学技術予測調査 2040年に目指す社会の検討(ワークショップ報告)」,NISTEP RESEARCH MATERIAL,No.276,文部科学省科学技術・学術政策研究所.DOI:http://doi.org/10.15108/rm276