STI Hz Vol.5, No.3, Part.5: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)室蘭工業大学 大学院工学研究科情報電子工学系専攻 董 冕雄 教授インタビュー-中国から13歳で来日し、会津大学で博士号を取得後夫婦で研究室を運営し、防災・減災のための情報技術開発を手がけるまで-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00183
  • 公開日: 2019.09.25
  • 著者: 白川 展之、大場 豪
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
室蘭工業大学 大学院工学研究科情報電子工学系専攻
董 冕雄 教授インタビュー
-中国から13歳で来日し、会津大学で博士号を取得後
夫婦で研究室を運営し、防災・減災のための情報技術開発
を手がけるまで-

聞き手:科学技術予測センター 主任研究官 白川 展之
企画課 国際研究協力官 大場 豪

我が国におけるイノベーション創出のためには、多様な知見を有する高度外国人材の積極的な受入れは重要になっている。室蘭工業大学 大学院工学研究科情報電子工学系専攻 董 冕雄 教授は、13歳の中学生のときに来日し、日本初のコンピュータサイエンスに特化した先進的な取組で知られる会津大学で博士号を取得後、基地局を介さずスマートフォンなどを用いた端末間通信の基礎技術の開発と防災・減災への応用を研究している。同教授に、インパクトある研究成果と社会実装の在り方や、地方の単科国立大学が世界と競争する上で必要なこと、さらに、家族とワークライフバランスなど、日本における外国人材の活躍に向け何が重要なのか、お話を伺った。

董 冕雄 室蘭工業大学 大学院工学研究科情報電子工学系専攻 教授

董 冕雄 室蘭工業大学 大学院工学研究科
情報電子工学系専攻 教授

1.研究紹介

「天・地・人」次世代災害支援システム
- 董先生は、情報ネットワークの研究をされておられますが、科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)のきっかけ(図表)となった研究について教えてください。

「天・地・人」次世代災害支援システムと呼んでいます。これは、災害時の通信ネットワーク確保のためのシステムです。災害時には電話等の基地局が被災することなどにより通信が不安定になりますが、この際に、通信インフラ(基地局)を介さずに端末同士で通信可能にする仕組み(人)やドローン・ロボットを用いた(地)、更に省電力の遠距離通信ネットワークLPWAN(天)を組み合わせて災害時の電力不足の状況下でも通信エリアを確保しようというものです。

図表 「天・地・人」次世代災害支援システムの概要図表 「天・地・人」次世代災害支援システムの概要

きっかけとなった東日本大震災
- どういう経緯でネットワーク技術と災害時の情報・救助システムの研究に結びついたのでしょうか?

私は大学時代に先端ネットワークやモバイル・ネットワークを学び学位取得後、「けいはんな(関西文化学術研究都市)」にある情報通信研究機構(NICT)ユニバーサルコミュニケーション研究所に勤めました。NICTではミッションが明確で、特定の技術課題を解決するための研究プロジェクトに参加し、主にセンシングのデータを取り、そのネットワークの部分を担当しておりました。それから室蘭工業大学に転職しました。大学では2011年の東日本大震災を経験し、自分が持っている専門分野で災害対応の研究をできないかと思い研究をスタートしたのです。

2.インパクトある研究成果と社会実装の両立

研究成果から社会実装のハードル
- 先生の研究は、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の「サイエンスマップ2016」の中にも先生の論文が含まれているなど、研究上のインパクトが顕著です。情報系の研究は国際会議プロシーディングスが重視されていることもあって、非常に珍しいといえます。研究上のインパクトと研究開発成果の社会実装のバランスで意識していることがありますか?

私の考えでは、両立に難しい部分があるのも確かだと思います。例えば論文を書く際には捨象されている点が多くあり、社会実装のための様々な条件がかなり省略されています。「天・地・人」プロジェクトの実証実験のときにも、実際システムを開発してみると論文の各段階で見えてなかった様々な問題が出てきますし、システムを運用するとなると更に多くの課題が見えてきます。研究成果から社会実装に至るには多くの点を乗り越える必要があるということです。書いた論文が引用されれば、研究のインパクトは上がりますが、書いた内容を実際のプロトタイプ・システムに落とし込むのは非常に大変です。そのギャップは前から知ってはいましたが、最近の実証実験などを通じて再確認しています。

一方で、社会実装に近い形のものを論文として出しても、なかなか査読に通りにくいことも周知の事実でしょう。結局チームで研究する場合でも、学生の能力と特徴を考えながら、私たちはバランスを意識して研究を行っています。具体的にはプロトタイプ・システムを作る開発のチームと、アルゴリズム等サイエンスを追求するチームを分けています。もちろん、同じプロジェクトの中ですし、両チームは連携します。この形でやってみて最近はシナジー効果があるように見えてきました。つまり、最初取り組んでいる研究成果を実装しようとすると課題に直面し、そこで出てきた課題を更にもとの研究にフィールドバックし、サイエンティフィックな問題として解決し、結果的に社会実装のシステムをバージョンアップさせていく共進化の仕組みです。理論と実践の良い循環の例だと思っています。

プロジェクト型研究と研究者個人の自由な発想に基づく研究の違い
- 学術論文と研究成果の社会実装のギャップを埋めるためには何が大切でしょうか?どういった研究をすべきなのでしょうか?

大型資金による科学プロジェクトの場合は、成果としては論文だけでは駄目だと思います。何らかの形で社会還元が求められます。この意味で、大型のプロジェクトを目指すのであれば、論文と社会実装の両方を考えないといけないと思います。論文で書いたものをそのまま実装するのは難しいので、ある程度の社会実装のレベルに合わせた現実的な開発もしないといけません。

規模の大きな目的が明快なプロジェクトだと、大学よりも国立研究開発法人の方がリソースは十分にあるので向いていると思います。開発要員も専門のプログラマーも雇えますから、その意味ではアイディアをすぐに実践に持っていけるのがプロジェクト型研究のメリットです。

自由に研究テーマを決められる大学などは、方向調整が簡単にできます。例えば、私の研究では当初災害対応の研究対象の中心はネットワークでしたが、AI技術によりドローンのコントロールや行方不明者の捜索に応用できます。要するに、自由に研究テーマを決められる方が、プロジェクト型の研究よりも進捗のスピードが速いと思います。

一方、大学でシステムを実装しようとしても、基本的にマンパワーは学生です。プロのプログラマーを雇える規模はありません。その意味では開発スピードが遅れる、あるいはプロジェクトの規模はプロトタイプや概念実証にとどまってしまうデメリットがあります。

2019年の2月にNature誌に「Large teams develop and small teams disrupt science and technology」という面白い記事が掲載されています。この記事は1954–2014年の6500万件の論文、特許、研究助成プロジェクトを分析し、異なる規模の研究グループが、どのように科学コミュニティに貢献しているのか、面白い結論を出しています。私たちの研究グループもサイエンスを追求しながら、限界はありますが、グループの規模を利用して最大限に社会実装に持っていく努力をしています。

3.地方の単科国立大学が世界と競争する上で必要なこと

世界レベルの研究成果を得るために必要な有力大学に劣らない研究室規模
- 世界レベルの研究成果を上げながら社会課題解決も目指すといった意欲的な挑戦をされておられます。そこで大切なものとは何でしょうか?

社会実装レベルまで持っていくためにはやはり研究室の規模は大事です。私の研究室は30くらいのメンバーがいて、教員が3名で、地方の単科国立大学において旧帝国大学(旧帝大)時代の講座制をまねて研究しているような規模感です。論文を書いてシステムを実装するにはある程度の規模は絶対必要です。5~6人であれば論文の執筆が中心となってしまい、社会実装につながる研究開発は難しいかもしれません。この点が研究のインパクトと社会実装のバランスで大学に求められる期待に応える上での一番のポイントだと思っています。

世界から優秀な人材・留学生を集めるひけつ
- 世界との人材獲得競争で日本の大学にとって大切なことは何でしょうか?

地方の単科国立大学が世界と競争する上で必要なことは選択と集中、そして海外から優秀な留学生を積極的に受け入れることだと思います。選択と集中は広い意味で学科レベルの選択と集中、そして狭い意味で分野レベルの選択と集中があると思います。日本は少子化の流れは避けられなく、特に地方の単科国立大学は運営資金に乏しく、情報系の例でいうと、すべての分野の教員を総合大学のように用意するのはこれからは難しくなると個人的には感じています。私は優秀な留学生のリクルートに大変期待を寄せています。日本には欧米と比べて、ほかにはない良い文化と伝統を持っています。そして、アジア地域の留学生から魅力を共感できる地の利もあります。室蘭工業大学の学生総数のうち留学生の占める割合は6%(2019年7月現在)です。博士後期課程所属のほとんどが留学生です。私の研究室は最近留学生が特に増え、全学の留学生の約14%が私の研究室所属です。この状態を常に維持することが私の目標です。研究室を立ち上げたときにはタイからの国費留学生がいましたが、最近は中国出身者が多くなっています。このため、研究室の使用言語は日本語と中国語です。

留学生に関しては、今のところ全体の9割が知り合いの有力研究者や共同研究者からリクルートしています。研究室の留学生は、上海交通大学や華中科技大学やハルビン工業大学といった中国のトップクラスの大学(国家重点大学)出身で、日本の旧帝大に行ってもおかしくない優秀な方です。個人的なコネクションを頼らないと普通は来ません。室蘭工業大学を選ぶ理由は、研究室出身のドクターの就職先です。良い就職先か、若しくはきちんと就職できたか、優秀な留学生たちはこの点をみます。今のところは順調でして、若い研究者たちがどんどんと中国から来る頭脳循環ができています。

中国出身の留学生は現実的です。世の中どこでも学歴主義はあると思いますが、実は中国は日本と比べてそこまで学歴社会ではなくメリトクラシー(業績主義)が徹底されているからです。例えば、日本の名門大学で博士号を取ったが論文が1編しかない中国人留学生と、日本の地方国立大学で博士号を取って業績がものすごくある学生がいたとします。この2人が中国の大学で教員のポジションを競ったら、出身大学に関係なく、どのくらい論文を書いて、プロジェクトを取っていて、大学に貢献できるかを大学側は優先的にみます。大事なことは、私の研究室に来て、研究をして、論文を書いて、次のステップに行けるキャリア形成上の見込みが十分に立つかということです。

中国の大学は教員のダイバーシティー(多様性)を重視しています。これは米国の大学も同じで、ほとんどの場合、自校出身者は大学にそのまま残ることはできなくて、一旦外に出ないといけないという暗黙のルールがあります。このため、海外を含め外部からどんどん教員を雇っているので、中国の学生たちは海外に出て学位を取って、かつ論文の執筆と研究ができれば、中国の大学は彼らの能力をきちんと評価します。出身大学は関係なく、実力主義なのです。

4.大切にしたいワークライフバランス
~家族生活と夫婦のきずな~

家族生活と研究生活の両立
- 室蘭工業大学には2013年5月に配偶者の太田香先生が助教として赴任され、2014年11月に董先生が追って赴任されておられます。配偶者のポストを合わせて用意することは、米国などの海外大学や外資系企業などでは一般的ともいいますが、日本の大学では珍しい事例といえるかもしれませんね。

夫婦が同じ職場というのは、昔の日本組織では避けるべきことだったでしょう。しかし、室蘭工業大学ではあたたかく迎えてもらえました。今では共同で新しい形のラボを運営しています。研究の方向性に若干違いもあって、私はアプリケーション寄りのテーマで、妻はセンサーネットワークに関する研究に重みがあります。

ポスドク時代に経験したような単身赴任生活は避けたいですし、仕事は一定の成果を出せれば、あとは家族が第一です。私が日本で働く理由はここにあります。仮に独身であったら、国内外の研究機関へ私が異動するしきい値はもっと低くなっていたでしょう。

キャリア形成に影響した出身校会津大学の先進性
- 御夫婦ともに日本初のコンピュータサイエンスに特化した公立大学の会津大学卒業生ですが、様々な日本の中で取組をしている出身大学はキャリア形成にどのように影響しましたか?

会津大学は、入学当時は教員の45%が外国出身、さらに、学内の公用語も英語、入試もセンター試験が一次試験は理科1科目という日本の大学では非常にチャレンジングな試みを行う公立大学です。教育面でも米国のコンピュータサイエンス分野の国際学会ACM(Association for Computing Machinery)が定める標準カリキュラムをベースに構成されていました。当時としても、会津大学の先見性は優れたものですし、また現在でも非常に先進的だと思います。入試科目でも理数系に特化していたことは、何より自分に合っていたと思いますし、また本当にインターナショナルでした。大学時代に指導を受けた会津大学の先生が後に中国の重点大学である上海交通大学のコンピュータサイエンス学部の学部長を10年務められたりするなど、ここで培われたネットワークは現在世界から優秀な人材を獲得する上でも役立ち、貴重な財産になっています。

5.今後の研究の方向性と日本社会に向けてのメッセージ

平時でも効率良く使えて災害時にも対応する柔軟なシステムと産学官連携
- 現在取り組まれている研究テーマの発展の方向性や可能性について教えてください。

従来の研究は、災害時の極限状況を想定したものでしたが、その想定に基づくシステムの設計はコストが掛かることですし、リソース的にも非常にもったいないものがあります。私たちは平時にでも効率良く使えて災害時でも対応できる柔軟なシステムの構築を目指しています。

研究室の開発成果に自信は持っていますが、産学連携については相手先企業とのマッチングが課題です。遠隔地であることもあって条件的に不利な面もあります。ただ、地元地方自治体との協力については鋭意進めています。研究成果の社会実装のために、プロジェクトや連携の幅を拡大していければと思っています。

国際的な人材が活躍する日本社会に向けて
- 海外出身の研究者が日本でどのように活躍しているかといったことも最近研究されるようになっています。国際的な人材が活躍する日本社会に向けて何が大切でしょうか?個人の経験からお願いします。

必ずしも結果につながるとまではいいませんが、自分の好きなことを継続してその過程を楽しむこと、が重要なのではないかと思います。

私は自分のことをハードワーカーだと思っています。ハードワークが苦にならないのは、13歳の中学生のときに初めて来日して日本語を勉強し始めるなど苦労してスキルを高めて乗り切ってきた経験が礎になっています。

ただ、最近日本人研究者が中国にヘッドハントされることも増えています。給与でも研究資金でも中国の方が圧倒的に上になっていて、年々差が大きくなっているからです。研究者のリテンションと国際競争力の面で日本の大学にとっては心配なことです。諸外国と比べて、日本は給与面でもインセンティブ面でも現状では競争力が余りなく、もっと競争原理とインセンティブを導入して、世界中から優秀な人材を集めて研究とイノベーションの後押しにつながればと願っています。

- 本日はどうもありがとうございました。

研究室のスタッフ及びメンバー研究室のスタッフ及びメンバー 左から、李鶴助教(卓越研究員)、唐祖君(D1)、陶小旖(博士研究員)、薛鑫晨(M1)、呉尭(訪問学生)、田園奕樹(訪問学生)、甄珍(M1)、烏雲昭拉(D3)、彭曦霆(D2)、野村亮太(M2)、太田香助教、董冕雄教授、白川展之(NISTEP)、張笑宇(訪問学生)、大場豪(NISTEP)、孫路遥(M2)、坂江翔太(M2)、徐建文(D3)、董炯(研究生)、阿希塔(M2)、馮心政(訪問学生)、李高磊(訪問学生)、楊瀟(訪問学生)、〔敬称略〕。(M:修士課程、D:博士課程、( )内の数字は学年を示す。)2019年7月2日撮影。

左から、李鶴助教(卓越研究員)、唐祖君(D1)、陶小旖(博士研究員)、薛鑫晨(M1)、呉尭(訪問学生)、田園奕樹(訪問学生)、甄珍(M1)、烏雲昭拉(D3)、彭曦霆(D2)、野村亮太(M2)、太田香助教、董冕雄教授、白川展之(NISTEP)、張笑宇(訪問学生)、大場豪(NISTEP)、孫路遥(M2)、坂江翔太(M2)、徐建文(D3)、董炯(研究生)、阿希塔(M2)、馮心政(訪問学生)、李高磊(訪問学生)、楊瀟(訪問学生)、〔敬称略〕。
(M:修士課程、D:博士課程、( )内の数字は学年を示す。)2019年7月2日撮影。

謝辞:本インタビューにおける質問項目等については、科研費基盤研究(B)「外国人大学教員・研究者の役割と貢献に関する国際比較研究(19H01640)」研究代表者 黄 福涛 (広島大学高等教育研究開発センター教授)で得られた知見・成果の一部が用いられている。