STI Hz Vol.5, No.2, Part.2: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)VLP Therapeutics CEO 赤畑 渉 氏インタビュー-感染能を有しないウイルス様粒子(VLP)を用いた基盤技術に基づく創薬ベンチャーを米国で創業し、ワクチンを開発-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00169
  • 公開日: 2019.05.27
  • 著者: 玉井 利明、重茂 浩美、新村 和久
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
VLP Therapeutics CEO 赤畑 渉 氏インタビュー
-感染能を有しないウイルス様粒子(VLP)を用いた
基盤技術に基づく創薬ベンチャーを米国で創業し、
ワクチンを開発-

聞き手:企画課 係長 玉井 利明*
科学技術予測センター 上席研究官 重茂 浩美
第2調査研究グループ 上席研究官 新村 和久*

赤畑渉氏は、2010年に米国国立衛生研究所(NIH)ワクチン研究センターで、ゲノムを持たず感染能を有さないウイルス様粒子(VLP:Virus Like Particle)を用いたチクングニアウイルス感染症(チクングニア熱)のワクチンを開発した。2013年には、米国で創薬ベンチャーを創業し、チクングニアウイルスなどのVLPを用いてワクチン創製の基盤技術「i-αVLPプラットフォーム」を開発した。現在、赤畑氏は、CEO(最高経営責任者)として、このプラットフォーム技術を用いてデング熱ワクチン、マラリアワクチン等の開発を進めている。マラリアワクチンについては、2019年から臨床試験(第I / IIa相臨床試験)が進められているなど、世界の公衆衛生の向上に向けて、従来とは異なる新しいワクチンの開発を進めている。

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、この成果に着目し、2018年に「ナイスステップな研究者」の一人として赤畑氏を選定した。

今回のインタビューでは、ベンチャー創業の背景、赤畑氏が経営するベンチャーの現況、感染症研究やグラントの日米の違いなどについて伺った。

赤畑 渉 VLP Therapeutics CEO

赤畑 渉 VLP Therapeutics CEO

- 感染症の研究を志した理由を教えてください。

ウイルスは物質と生物の境目で、自分の力で増殖することができないが他生物の細胞を利用して増殖するという生態が面白く、また当時、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)ワクチンがとても大切であり、みんなのためになると感じたこともありまして、京都大学のウイルス研究所(当時)に入り、感染症研究を進めることにしました。

- ベンチャー創業の背景を教えてください。

京都大学ウイルス研究所でHIVワクチンの研究を5年間行い、Ph.Dを取りました。その後、ポストドクターで、よい研究をしたいという理由で、ちょうど2000年にできたNIHワクチン研究センターに応募しました。そこでは、HIVワクチン開発以外にも、インフルエンザなどの様々なワクチン開発が行われておりました。

その中の一つにチクングニアウイルスがありました。チクングニアウイルスは、2005、2006年頃にアウトブレイク(集団発生)が起こりました。チクングニアウイルスというのは、蚊を媒介して感染するのですが、感染すると関節が非常に痛む感染症です。それが流行地でない欧州で小規模のアウトブレイクや、インドなどの東南アジアでのアウトブレイクが続き、それを防ぐためにワクチン開発を進めることとなりました。

NIHでは、私が中心となりチクングニアウイルスのワクチン開発を行い、臨床試験フェーズⅠを行いました。私がNIHを退職した後には、最終的にフェーズⅡまで行ったようです。その後は、PaxVax(注:カリフォルニア州に本部を置くワクチンメーカー)がライセンスを契約し、フェーズⅡの追加試験を行いました。それで、どこかの大学の先生になろうと進路を探していたときに、日米で製薬会社を創業し上場させたベンチャーの草分け的な存在であった上野隆司さん、久能祐子さんがたまたま私の研究を見て、ベンチャー創業のお誘いを頂きました。

- 最初からVLPワクチンを作ろうと思っていたのですか。

成功は本当に偶然です。子宮(けい)がんワクチンもVLPワクチンの一つですが、それもたまたま発見されたのですが、基本的にウイルスはVLPを作らないという構造になっています。というのは、ウイルスは自分の構造の中にゲノムを入れて安定するものだからです。チクングニアウイルスもVLPワクチンができるとは誰も思っておらず、初めはできないかもしれないが、とりあえずやってみたところ、240種類くらいの株から2種類を選び、そのうちの1種類でVLPができました。それは狙ってもおらず、たまたまです。なぜ、選んだ2種類のうち1種類だけでVLPができたのかというと、その1種類はエンベロープに変異が入っていたために立体構造が安定してVLPができたということが分かりました。後で240種類のエンベロープの変異を調べたところ、その1種類のみが変異があったのです。ということで、チクングニアウイルスのVLPを見つけたのは偶然でした。

それを他のウイルスにも応用できたらよいと思い、世界の人口の半分の人がリスクを負うと言われているマラリア、がん等のVLPワクチンを開発するために創業しました。偶然の発見の後は、よりよいVLPは何かということを考察し、いろいろ実験して、ワクチン創製の基盤技術「i-αVLPプラットフォーム」(図表)を構築することができました。

図表 i-αVLPプラットフォーム図表 i-αVLPプラットフォーム

出典:VLP Therapeutics CEO 赤畑 渉 氏御提供資料

- 研究開発のカギとなる基盤技術の「i-αVLPプラットフォーム」はどのようなものですか。

チクングニアウイルスなどのVLPをベクターとして外来抗原を挿入して提示させ、抗体の産生能を高める技術です。チクングニアウイルスのVLPは対称性が高くサッカーボールのようなきれいな形をしています。これを抗原としてマウスに投与すると非常に高い抗体価が得られます。

よい抗体を作るために、我々は外来抗原の立体構造を残したままVLPに入れています。Structural based vaccine design、いわゆる構造解析をしながらワクチンをデザインしています。

- がんワクチンの開発についてどのようにお考えですか。

ノーベル賞を受賞された本庶先生の研究成果による抗体医薬(抗PD-1抗体)は、米国では年間3000万円くらいが必要と言われ非常に高価です。一方、感染症のワクチンは安価で、安全で、パブリックヘルスにこれまで大きく貢献をしてきたので、その技術をがんに応用して、安価でみんなが使えるワクチンの開発ができないかと思い、取り組んでおります。

- ベンチャー創業は偶然が重なって米国でとなりましたが、米国の中でもメリーランド州を選ばれた理由は何ですか。

米国でベンチャーがよく興るのはサンフランシスコ、ボストンと言われますが、メリーランド州はその次のレベルです。NIHやメリーランド大学、ジョンズホプキンス大学、審査機関の米国食品医薬品局(FDA)などもあるので、研究者が多いところですが、ベンチャーがサンフランシスコやボストンより少ないのは、NIHなどの大きな機関にずっといたい、安定したいという文化があるからだと思います。ベンチャー創業という観点だけで考えるとベストオブベストではないかもしれないけれど、悪くはないと思います。

そこで、私が最初にグラントをもらったのはメリーランド州内の郡のものでした。そこには、イノベーションセンターという、昔のインキュベーターのようなところで、安くかつ、ベンチャーについて相談できるスタッフのサポートを受けることができました。

- ベンチャーの企業規模はどれくらいですか。

会社は、フルタイム従業員5名と私も含めた共同創業者及び資金提供者5名の、10名程度です。動物実験などは外注しています。人用のワクチンを製造するにはクリーンルームや製造工程などGMP(Good Manufacturing Practice(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準))に準拠する必要がありますが、当社では準備できないため、多額にはなりますが、外注しながらやっております。

- メリーランド州内外の機関との協力はどうされていますか。

メリーランド州内では、NIHやメリーランド大学等、州外ではUCサンディエゴやワシントンD.C.にあるジョージタウン大学と協力を行っています。企業との協力も考えていますが、これからです。

また、海外とは、デング熱ワクチンの関係でインドと、日本国内では長崎大学や国立感染症研究所と協力を行っております。

- 経営者と研究者を両立されているのですか。

技術を持った者がCEOを務めるというのはよくあります。経営にたけたCEOを外部から呼んでくるよりもむしろ、最初に技術を有していた者が経営を行う方が、情熱があるため、たくさん直面する困難を乗り越えられると思います。一方で財務については、COOとして米国人の経験のある方を雇って、その下にも財務のスキルを持った者を入れております。

- 今後、日本の展開を考えていますか。

現在すぐにとは余り考えていませんが、うまくいけば将来ものづくりをやっていきたいと思っております。アカデミアの観点からは、2019年4月から京都大学で特任准教授に就任しましたので、京都を中心に何かをやっていきたいとは思っています。

- 感染症研究を進めるに当たっては、日米の違いはありますか。

感染症に関しては、米国では、アカデミアでの研究は盛んですが、製薬会社はすぐにお金にならないと思いこんでいる風潮が強いように思います。一方、日本や欧州は感染症研究に敬意を表してくれるというように思います。

研究費の額は米国の方が圧倒的に大きいですが、その分競争は非常に激しいです。また協力という観点からは、米国は非常にすばらしいと思います。

- リスクマネーの出資に関しては、日米の差はありますか。

リスクマネーに関しては、日本に比べて米国の方が多くのお金を集めやすい環境と言えると思います。エンジェル投資家がかなりのお金を出資してくれますし、成功確率が高くなると、ベンチャーキャピタルも入ってきてくれます。エンジェル投資家はかなりのリスクをとってくれますし、加えてグラント、補助金もリスクがあるところに出してくれます。

バイオ分野は、POC(Proof pf Concept(概念実証))も数億円要しますし、機械も動物実験も高くて、また充実した施設も必要であるため、どうしてもお金が必要になってくるため、そういった点では米国は充実しています。

創業当時は、ベンチャー創業を誘ってくれ、この会社の共同創業者の上野さん、久能さんがエンジェル投資家として、資金を提供していただいたこと、起業するに当たってのノウハウを含めたサポートをしていただけたのが有り難かったです。そういった方が米国にはたくさんいるように思います。

リスクを許容する風土は米国があるようには思いますが、一方で、近年は日本もベンチャー創業に関して、スタートアップが充実してきており、創業社数がぐっと拡大しているように思います。今後状況は変わってくるかもしれません。

- 研究に当たって、グラントの使い勝手についての日米の違いはありますか。

研究費の利用に関して、日本は融通が利かない点が多いように聞いておりますので、米国はSBIR(Small Business Innovation Research、中小企業技術革新研究プログラム)の手続で多少面倒な点はありますが、圧倒的に使い勝手がいいように思います。

私が日本から唯一得ているグラントのGHIT Fund(公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金)は、様々なグラントを研究されており、米国のグラントに近いシステムが導入されています。プログラムオフィサーの役割も持つマネジメントチームは常時コミュニケーションが取れる体制になっており、大変優秀な方が多いです。

- 最後に、今後ベンチャー創業を考えている人へのメッセージをお願いします。

自分が目指していることがやれる環境としてベンチャーが最適と思うのならば、そうしたらよいと思います。IPO(Initial Public Offering(新規公開株))をゴールにしたベンチャー企業は成功率が下がるのではないでしょうか。お金もうけをゴールにしてしまうと厳しい局面を乗り越えられないかもしれません。それを乗り越えられるかどうかは、それが本当に実現したいことか、本当にそのことが好きかどうかに懸かっていると思います。

左から新村、赤畑氏、玉井、重茂

左から新村、赤畑氏、玉井、重茂


* 所属はインタビュー当時