STI Hz Vol.5, No.1, Part.5: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)東京大学 大学院工学系研究科 システム創成学専攻 鳥海 不二夫 准教授インタビュー-新たな学問分野『計算社会科学』の開拓-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00164
  • 公開日: 2019.03.20
  • 著者: 佐藤 博俊、小柴 等
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東京大学 大学院工学系研究科 システム創成学専攻
鳥海 不二夫 准教授インタビュー
-新たな学問分野『計算社会科学』の開拓-

聞き手:企画課 係員 佐藤 博俊
科学技術予測センター 研究員 小柴 等

社会科学の分野と、近年の情報機器等の性能向上を通じた多種多様のビッグデータを取り扱うようになった情報工学が融合することで、これまで十分には分析できていなかった“社会”の有様に迫る新しい研究分野『計算社会科学』が立ち上がり成長しつつある。ビッグデータを用い、従来の調査手法と比較して大規模かつ緻密なデータから社会の姿を描き出し、さらに、シミュレーションと組み合わせて、あり得たかもしれない、又は、今後あり得る社会の姿を描き出すことに挑戦している研究者がいる。バックグラウンドとして情報工学を持ちながら社会科学とつなぎ、新産業やイノベーション等の創出につながる計算社会科学の分野を切り開いているナイスステップな研究者2018の東京大学の鳥海不二夫准教授にお話を伺った。

鳥海 不二夫東京大学 大学院工学系研究科 システム創成学専攻 准教授

鳥海 不二夫
東京大学 大学院工学系研究科 システム創成学専攻 准教授

- 新しい学問分野の『計算社会科学』とは一言で言うと、どのようなものですか。

従来の社会科学と情報工学が融合した分野です。社会科学は当然「社会」を研究対象として取り扱うわけですが、従来の社会科学では「社会」を観察・測定する面で難しさがありました。例えば、社会学において社会を観察・測定するためにはインタビューやアンケートによってデータを集める必要があります。この方法では、様々な手間(コスト)から大量のデータを収集することは困難です。また過去においては仮に大量のデータが存在しても、それを統計的にうまく処理する手法・手段も限られていました。

最近では、SNSやIoTの普及により社会に関連する様々なデジタルデータがインターネット上にあふれてきています。これらのデータはいわゆる“ビッグデータ”の一角を占める膨大なものです。これにより、社会のデータを従来に比べてより広く細かく得られる状態になりました。さらに、統計的機械学習などを組み合わせることによりデータを処理する仕組みも進化しています。

こうした大量データをうまく取り扱うのは情報工学分野が得意とするところです。このような背景から社会科学と情報工学とがお互いに手を取り合って切り拓き始めているのが、この『計算社会科学』という分野です。社会科学に情報工学を取り入れることによって更に発展している部分としては、大規模な実験やシミュレーションが少し前の時代より容易にできることも挙げられるかもしれません。

ネットを使った大規模な実験に面白い研究例があるので紹介します。皆さんは知らない場所でお食事に行くときに、どのお店に行くか考えると思います。そのとき行列ができていたり、ネット上で評価が高かったりするお店を選ぶこともあるのではないでしょうか。ここでそれらの“評価の高いお店”がなぜそうした評価を得ているのか、気になりませんか。我々の期待としてはコンテンツ(料理がおいしい・店内の雰囲気など)が良いから、評価も高いだろうと期待しているわけですが、もしかしたら「みんなが良いと言っているから、良いに違いない」と思って多くの人が行動した結果、コンテンツとは関係なく評価が高まる、ということもあるかもしれません。ここで、どちらが本当かを実験して確かめるというのはちょっと難しそうですよね。この問いに関連してダンカン・ワッツという研究者が楽曲の人気の度合い(レーティング)を題材にして大規模な実験を行っています。かいつまんで説明すると、実験の参加者に対して、微妙に異なる内容を提示する楽曲評価サイトを作って、みんなの評価が高い楽曲の評価が高まるのか、それとも、みんなの評価とは関係なくコンテンツが良いものの評価が高まるのかを調べたものです。結果としては、最終的に高評価になるモノはコンテンツ自体も当然良いのですが、コンテンツが良いからといって必ずしも高評価が付くわけではなく、高い評価を受けているから高い評価を受けたコンテンツも多数存在している、ということが分かっています。面白い結果ですね。こうしたことも、情報技術をうまく使った仕掛けを通じて実現できる社会科学の例です。さらに、計算社会科学の重要な要素のひとつである社会シミュレーションと組み合わせると、将来や近い未来を予測するための知見や何かを検討する上での補完的な情報も取得できます。

- 社会シミュレーションとはどのようなものでしょうか。

例えば何かの災害が発生したときの避難行動のシミュレーションなどが典型例ですね。計算機上に複数の意思決定主体(エージェント)を表現し、エージェント同士が相互にやりとりをしながら、自分がどうするかを決めて行動するときに、全体を()(かん)してみると何が起きるのか、といったようなことを計算機上で実験することができます。

例えば避難する際に、1.他人の行動とは関係なく自分が最適だと思う方へ逃げる、2.単純にたくさんのヒトが逃げている方へ逃げる、3.混雑を避けて空いている方へ逃げる、という3つの戦略があったとして、どれが最適でしょうか。答えは不明です。避難路の形状や避難する人数、各戦略を選択するヒトの割合など、条件によって最適な戦略は変化するはずで、ある戦略がうまくいくときもあれば、そうではないときもあるかもしれません。さらに、例を挙げると、車の渋滞が分かりやすいかもしれません。車の台数が少なければスムーズに流れる道も、台数が増えると渋滞することがあります。また、スムーズに流れている場面でも変なタイミングでブレーキを踏む車が出てくると渋滞につながるケースがあることも知られています。つまり小数でやってうまく行った戦略が、大規模になったときにもうまくいく戦略である保障はありませんし、ほかの人がどのような戦略を選ぶかによって最適な戦略が変わってしまう、ということは実はよくあります。一方で、実社会において大規模な実験は難しいですし、仮に実現しても様々な要因が絡んでしまって、何がうまくいく・いかないを分ける主要因になるのかを見つけ出すことが困難です。計算機を用いたシミュレーションであれば、規模や割合など、いろいろな条件の組合せを試すことができるので、実データからうまくモデルを作って、組み合わせると社会の仕組みをより良く理解し明らかにすることができます。

これらは主として、マルチエージェントシミュレーション(Multi-Agent Simulation; MAS)と呼ばれる手法が用いられることが多いです。MASは人工知能分野で昔から扱われている重要なトピックのひとつでもあります。最近は、マルチエージェント社会シミュレーション(Multi-Agent Society Simulation; MASS)というキーワードも使われています。

- 政府が進めるエビデンスに基づく政策立案(EBPM)などにも関連しそうですね。

そうですね。計算社会科学を含む社会科学の与えてくれる知見は、まさにエビデンスを提供するものになると思いますし、MASSなどシミュレーションまで組み合わせると、「絶対に破綻する要因」を避けるなど制度設計に寄与できるところが大きいと思います。EBPMを推進していく上で特に重要かつ有用な研究分野になり得ると思います。

政府のEBPMとは異なる文脈ですが、私も現在、一般財団法人 情報法制研究所の理事として研究から得られた知見を実装・実践するための取組も行っています。

- 先ほど、ダンカン・ワッツ先生のお名前が出ました。海外の先生だと思うのですが、計算社会科学もやはり海外で生まれた分野なのでしょうか。

計算社会科学(Computational Social Science; CSS)というワード自体は海外で数年前に生まれたものです。最近では、国際会議も徐々に増え、海外の大手論文出版会社からCSSのジャーナルも出版されるなど、盛り上がりを見せています。

ただし、輸入してきた学問というわけでもなく、日本でも随分前からこの分野の芽生えとなる動きがありました。私は2004年、名古屋大学に在籍していたときに大学内SNSの分析を始め、その関連で地域SNSの研究会などで発表をしたり、データを収集していましたし、社会科学系、物理系、情報系など様々な研究者が集うプライベートなワークショップに参加して知見を共有したりもしていました。私のほかにも今で言う計算社会科学の活動をしていた先生はたくさんいらっしゃって、学習院大学の遠藤薫先生、鳥取大学の石井晃先生、名古屋大学の笹原先生など様々な分野の先生が活動しています。ただ、当時は我々の取組をぴったりと表すような良いラベル(名称)を思いついていなかったのです。そうした中、日本学術振興会(JSPS)「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業」のプロジェクトのグループリーダーをやっていたのですが、そのときたまたま参加した国際学会でCSSというキーワードを聞き、「我々がやっていたのはまさにコレだ」と感銘を受けて、JSPSのプロジェクトで計算社会科学という用語を使い始めました。現在は、先ほどの遠藤先生たちと計算社会科学研究会を立ち上げて活動をしています。そのほか、人工知能学会の全国大会のオーガナイズドセッションなどでも活動を行っています。また、CSSの国際会議においても日本人の参加者は多く、国としても一定のプレゼンスを示していると思います。

- 計算社会科学に関して鳥海先生御自身はどのような研究をなさっておいででしょうか。

代表的なものでは、SNSが成功する仕組みの分析や、「炎上」のような社会現象の分析が挙げられます。

SNSがうまくいく仕組みの研究では、料理レシピサイトのような情報共有を分析しました。みんなで料理のレシピを共有するサービスなど、いわゆるCGM(Consumer Generated Media)では何も仕掛けがないと、レシピを投稿する人のインセンティブがなく続かないですね。ではなぜ現状は、うまく回っているのか。分析の結果、幾つかの仕掛けが重要だということが分かりました。ひとつはレシピに対して「いいね」を付ける仕組みです。多くのSNSでも最近はこうした仕組みがあると思います。さらに、日本にあるレシピ共有サイトの場合、レシピを見て作った人が「作った」というレポートをあげる仕組み(フィードバック)もあるのですが、そのレポートには元のレシピ投稿者から逆に「ありがとう」という意思を表明する仕組み(フィードバックのフィードバック)もあります。実験を通じて分析した結果、レシピの投稿者とフォロワーの相互が感謝を表明できるこの仕掛けがインセンティブになっていて、うまく回っていたことが分かりました。

後者の「炎上」のような現象のいわゆる「バースト現象」の研究は、最近取り組んでいるものです。「バースト現象」は先に挙げた“炎上”に代表されるネガティブな盛り上がりだけでなく、人々が話題にして盛り上がる、例えば、“あの動画が面白い”といったものも含みます。最初の方にお話ししたダンカン・ワッツ先生の研究とも関係しますが、こうした盛り上がりはなぜ起きるのでしょうか。みんなが言うから盛り上がるのでしょうか。何か本質的に興味深いことがあるから盛り上がるのでしょうか。我々の分析の結果、実際には誰もそんなことを言っていないにもかかわらず「XXXはXXXらしい」という検証できない(うわさ)だけが一人歩きするタイプや、ノイジーマイノリティのように騒いでいる人はごく一部だがそれが非常に目立って大きく見えているタイプ、実際に中身が伴っているタイプ(本当に盛り上がっているタイプ)など幾つかの類型があること、そしてそれを見分ける方法なども明らかになっています。

一般社会への影響という意味で、特に厄介なのは(うわさ)だけが一人歩きするタイプです。具体的に大きな社会問題になったケースを分析したことがあり、発端となった事件は大変な被害を生じたものでした。その事件に関連して「ある大変悪い主張をしている人々がいる」というクチコミが多く発生し、メディアの依頼を受けクチコミを分析したのですが、数十万どころではないクチコミで騒がれている「大変悪い主張」は、実際にはわずかしかなく、当該ツイートを探すのに大変苦労しました。そして、それら元々の発言は他のユーザには全く賛同を得られていなかったのです。

計算社会科学を用いると、こうした一種の幻想や思い込みのベールを引き剝がすことができます。計算社会科学の面白いところだと思います。

- 今回のナイスステップな研究者では鳥海先生の御功績として、計算社会科学以外に「(じん)(ろう)知能プロジェクト」などの取組も取り上げられました。これらの取組についても御紹介いただけますでしょうか。

(じん)(ろう)知能プロジェクトは「(なんじ)(じん)(ろう)なりや?」(以下、(じん)(ろう))というテーブルゲームを人とプレイできる人工知能の開発を目指すプロジェクトです。(じん)(ろう)は参加者が会話を通じて参加者の中に紛れ込んでいる犯人を見つけ出すようなゲームだと思ってください。参加者は誰が犯人か分かりませんし、犯人は(うそ)をつくことも多々あるので、会話から得た手掛かりを元に参加者は協力したり、うまく情報を引き出す質問を考えたりする必要が出てきます。

皆さんは“AlphaGo”を覚えておいででしょうか。深層学習(ディープ・ラーニング)などを用いた人工知能と言われ、将棋と比べて格段に難しいと言われていた囲碁において世界チャンピオン(人間)を破る人工知能が実現した、と言うニュースで大変話題になりました。人工知能は早い段階からチェスなどのボードゲームで人間を打ち負かすことが目標のひとつに掲げられたこともありますし、ボードゲーム最難関である囲碁において、その目標が達成されたことはすごいことでした。ただ、チェスや将棋、囲碁は完全情報ゲームと呼ばれる種類のもので、このゲームで勝ったとしても、人間の持つ「知能」の再現にはまだまだ遠いという印象です。こうしたことから、次のグランドチャレンジとして設定したのがこの「(じん)(ろう)知能プロジェクト」です。

(じん)(ろう)は先の述べたとおり、手掛かりから相手の考えを推察するという作業も必要ですし、そのために、相互に質問をするなどコミュニケーションも必要です。そして何より単純な勝ち負けよりも、やりとりの過程を楽しめるかどうかもポイントになります。人工知能関連では既に、ロボットがサッカーワールドカップの優勝チームを打ち破ることを目標にしたロボカップというグランドチャレンジもあって、そこから様々な技術も出てきています。(じん)(ろう)知能はロボカップと比べて言語コミュニケーションの要素など異なる特徴を有していますので、こうしたロボカップと違った方向性で、ロボカップのように拡大していくことを期待しています。また、単純な勝ち負けという解のない問題を人と人工知能とが互いにコミュニケーションをしながら考えるという行為は、今後、人工知能がパタン認識を超えてより高度化した際の人と人工知能の関係を考える上でも重要な要素になると考えています。将来的には、人工知能と人間との信頼関係の基礎を築きたいとも考えています。

このほかには、科学技術振興機構社会技術研究開発センター(JST/RISTEX)の戦略的創造研究推進事業の「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」の活動や、先にも出てきた情報法制研究会の活動、人工知能学会 倫理委員会での活動などが挙げられます。研究活動を論文生産活動と見なした場合、後者の2つは、そこでの活動に関した論文を書いていない、という点で研究とは少し異なるのですが、研究を通じて得られた知見を少しでも社会に実装・還元するという観点から活動を行っているものです。

- デジタルデータから社会を分析、シミュレートし、得られた知見を社会に還元する活動は先ほどのEBPMのエビデンス提供につながると同時に、第5期科学技術基本計画にあるSociety5.0にも関連すると思いますが、Society5.0についてはどうお考えですか。

直接的にSociety5.0を意識して研究をしているわけではありませんが、Society5.0の実現につながる研究かもしれません。計算社会科学においては、基点としてデジタルデータ、デジタルフットプリントが極めて重要です。これらのデータを解析し、結果をシステムで社会に返す。Society5.0のサイバーとフィジカルで空間を分離する絵で言うと、サイバーとフィジカルをシステムでつなぐようなイメージでしょうか。そうするとSociety5.0は私が所属している東京大学工学部システム創成学科の理念そのものなので、親和性はいいのかなと考えています。

- ここから少し一般的な質問に移りたいと思います。鳥海先生は元々こうした分野の研究者を目指しておいでだったのでしょうか。

学部生の頃からは少し()()(きょく)(せつ)があります。実は高校時代はロボットに興味を持っていて、大学時代はその系統(制御システム工学科)からスタートしたのです。ただロボットは言うことをなかなか聞いてくれない。何かうまく動かないぞ、となったときに、これはハードウェアが悪いのか、回路の設計が悪いのか、プログラミングが悪いのか、それらの組合せが悪いのか、どこに問題があるかも分からなくて、さっぱりうまくいかない。そこで、人間ならうまく動いてくれるかな、と、興味を人間に移して大学院では計量心理学に取り組むようになりました。しかし人間も言うことを聞いてくれない。例えば課題として、「このマスを全部数字で埋めてください」とお願いしているのにできていなかったり、指示と違うことをしたりする。そこで最終的に情報工学でコンピュータやデータを扱うところにたどり着きました。プログラムはちゃんと指示したとおりに動いてくれます。動かないときは、こちらの指示がおかしいのですからね。

こうしてようやく、ちゃんと言うことを聞いてくれる道具・手段が手に入ったので、コレを使って、まだ誰も知らないことを解き明かしたい、というモチベーションで、「人間の行動」や、それらの総体としての社会という謎の解明にチャレンジするようになりました。

- 研究者としてのモチベーションはどういったところにあるでしょうか。

今も申し上げましたが、まだ世界で誰も知らないことを自分だけが知っている。そうした発見ができた瞬間の喜びは何にも代え難いですね。今、人工知能はブームでもありますし、計算社会科学は、例えば、ソーシャルゲームなどへの応用などにも有用ですので、所属の学生はそういった企業へ就職することも多いのですが、私は研究者という職が自分にはぴったりだと思っています。企業だと(もう)けにつながる仕事をする必要がありますが、アカデミアは純粋に好奇心だけで研究を行うことができますから。ですので、これからもアカデミックな世界で活動をしていきたいと考えています。

- 研究分野は社会科学と情報工学と文理融合になるかと思います。また、研究会などのコミュニティの立ち上げも活発に見えますが、これらはどういったスタンスでなされているのでしょうか。

一人でできることは高が知れています。せっかく面白いことをやるなら大きくやるのが良いですし、それには仲間がいた方がいいので、仲間を呼んで一緒にやっている、という感じですね。仲間作りも「XXXをするために仲間が必要だから」と人脈を作るようなことは特にしたことはありません。いろいろなコミュニティに広く顔を出して、お互い何となく興味関心とか、ウマが合う、合わないとか、そういうことをぼんやり把握している。あるとき、ベクトルが合って自然発生的にコミュニティができあがる、というような感じでしょうか。もちろん、関わりが増えれば仕事は増えて大変ですが。

社会科学分野の第一人者にグラノヴェッターという先生がいて、面白い研究をたくさんなさっているのですが、その中に「弱い(ちゅう)(たい)の強み」というものがあります。就職に関する情報を分析したものなのですが、役に立つ情報というものは、ふだんからよく付き合っている強いつながり(強い(ちゅう)(たい))で結ばれている人たちではなく、むしろ顔見知り程度の弱いつながり(弱い(ちゅう)(たい))で結ばれている人からもたらされる、というものです。よく付き合っている人たちは、それゆえにお互いの情報は既に十分交換されているし、付き合う人の重複も多いので目新しい情報はなかなか入ってこなかったりする。というのが要因のようです。そういう意味でも弱いつながりを大事にすることを頭の片隅に置いています。

- “つながり”という意味では研究者の様々なつながりの構築や個の向上を目的に、研究者の流動性を高める取組が注目されています。

そうですね。ただ流動性の前に人工知能やそれに近い情報工学系の分野では、最近、アカデミックに残ってくれる人材の確保が難しくなっているように思います。私の研究室にも学部から博士課程まで学生がいますが、多くは修士課程を出て情報系の企業に就職します。博士課程の学生も自分たちでベンチャーを起業していたり、博士号取得後にアカデミックな世界で活動することが第一目標ではない人がいたりするのも事実です。ベンチャー企業で活躍することもすばらしいので、是非頑張ってほしいところですが、国全体としては学生がアカデミックに残ってくれる割合を上げるような仕掛け、魅力も必要ではないかと感じています。同じく、海外の研究者が日本に来てくれて活躍できるような仕掛けも必要ですね。

私個人としては、学生に対しては先ほど述べたような研究の楽しさをしっかり伝えられるよう、努力しているところです。海外の研究者の呼び込みに関しては、海外のいろいろな大学のCSS研究者を回っていろいろと議論することで、先ほど紹介したグローバルな弱い(ちゅう)(たい)の構築を始めています。

- 御指摘いただいた点はいわゆる研究環境などにも関わる問題ですね。先生の研究分野の研究環境について感じていることはありますか。

私は研究環境についての専門家ではないので、飽くまで個人の感想ですが、計算社会科学の研究環境、特に研究資金について言えば、大きなプロジェクト予算よりもいわゆる科研費(科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金))のようなものがマッチしているのかな、と感じています。

例えば、私が研究に使っているデータはインターネット上に公開されているデータのごくわずかにしかすぎません。ほかにもインターネット上にあるけれど広くは知られていないデータ、インターネット上にはあがっていないデータ、など、まだまだ、いろいろなところにいろいろなデータがあるはずです。こうしたデータは一人では到底扱いきれませんし、データは分析してみないと価値が見いだせるかどうか分からないこともあります。また単体のデータでは、価値が低いが組み合わせるとものすごく価値を生むデータもあります。こうしたことを考えると、研究者に限らず、エンジニアや学生など、いろんな人がいろんなデータを持ち寄ったり、様々な視点で分析できたりする環境作りが重要だと思います。そういう意味で、一点集中型の予算よりも科研費のような研究資金の付け方が合っている分野だと考えています。

また、最近のオープンデータやオープンサイエンスの推進の流れも、今まで述べてきたことと同じ文脈で、計算社会科学の進展を推し進める重要な施策だと考えています。

- 最後に計算社会科学に興味を持つ学生に向けて一言いただけますでしょうか。

誰にも気付かれなかった社会現象や、誰もが分かっていると思っているけれど実は違っていたことなど、まだ誰も知らなかった社会の謎を、何げない人々の行動が残したデータ(デジタルフットプリント)から自分の手で明らかにする、というのは本当に楽しいです。そんな計算社会科学の研究に興味があればいつでも気軽に御連絡いただければと思います。


注 ダンカン・ワッツ:偶然の科学、早川書房(2012)