STI Hz Vol.5, No.1, Part.4:(特別インタビュー)東京大学 雨宮 慶幸 特任教授インタビュー-異分野・産学の相互信頼が研究のフロンティアを拓く:光・量子科学技術分野での経験から-STI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00163
  • 公開日: 2019.03.20
  • 著者: 氏田 壮一郎、赤池 伸一、横尾 淑子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
東京大学 雨宮 慶幸 特任教授インタビュー
-異分野・産学の相互信頼が研究のフロンティアを拓く:
光・量子科学技術分野での経験から-

聞き手:第2研究グループ 主任研究官 氏田 壮一郎
上席フェロー 赤池 伸一
科学技術予測センター センター長 横尾 淑子

近年、量子コンピュータや量子ビームに関連する科学技術が急速に進展したことから光・量子科学技術への関心が高まり、重点的に推進する動きが国内外で見られる。

文部科学省科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会量子科学技術委員会1)の主査として日本の光・量子科学技術の推進を(けん)(いん)されており、御自身も量子ビーム応用の研究に長く携わってこられた雨宮慶幸東京大学特任教授に、産学連携やチーム研究の観点から、基礎研究の在り方についてお話を伺った。

雨宮 慶幸 東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授1974年東京大学工学部物理工学科卒業、1979年同大学博士課程修了(工学博士)後、1982年高エネルギー物理学研究所放射光実験施設助手、1988年米国ブルックヘブン国立研究所客員研究員、1989年高エネルギー物理学研究所放射光実験施設助教授、1996年東京大学大学院工学研究科助教授、1998年同教授、1999年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授、2007~2009年同研究科長を経て、2017年4月より現職。国立研究開発法人産業技術総合研究所先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリのラボ長、並びにCREST/さきがけ複合領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」の総括を併任。

雨宮 慶幸 東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授
1974年東京大学工学部物理工学科卒業、1979年同大学博士課程修了(工学博士)後、1982年高エネルギー物理学研究所放射光実験施設助手、1988年米国ブルックヘブン国立研究所客員研究員、1989年高エネルギー物理学研究所放射光実験施設助教授、1996年東京大学大学院工学研究科助教授、1998年同教授、1999年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授、2007~2009年同研究科長を経て、2017年4月より現職。国立研究開発法人産業技術総合研究所先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリのラボ長、並びにCREST/さきがけ複合領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」の総括を併任。

1. なぜ今、光・量子科学技術なのか

- 光・量子科学技術はかなり基礎的な領域であり、一般社会から見えにくい感じがします。まず、光・量子科学技術とは何かを簡単に教えていただけないでしょうか。

この世界は、光と物質からできています。物質は、分子や原子、さらに、光と同じような粒子と波の二重性を持つ量子(電子、陽子、中性子等)から構成されます。このような、存在(粒子)であり状態(波)である二重性を有する世界が、量子科学の世界です。例えば半導体でも量子効果を使っており、ミクロの世界で何が起こっているかについて古くから研究がなされているのですが、人間が量子を扱うことのできる技術レベルが高まり、様々な応用が間近になったことから、世界中で注目が集まるようになりました。これまでのパラダイムを変えてしまうような技術実現の可能性が出てきたことで、欧米ではベンチャーや大企業が投資して産業につなげようとしています。こうした流れの中で、日本でも数年前から光・量子科学技術の重要性が言われるようになりました。

代表例は、量子センサや量子コンピュータです。量子状態は非常に壊れやすく、外からのちょっとした刺激で変化するため、非常に敏感なセンサとして使えます。量子コンピュータは、従来の0か1かではなく、0と1の任意の重ね合わせ、0でも1でもない状態を表現でき、ありとあらゆる組合せを試す上で非常に効率的です。量子コンピュータの中での計算プロセスは光の物質中での散乱に通じるところがあります。光が粒子として物質中に入り、そして粒子として出てくる場合、物質中では波動として振る舞います。物質中から出てくる光の粒子は、物質中にある天文学的な数の量子(この場合は電子)との0でも1でもない相互作用の重ね合わせとして出力され、出てくる光の粒子には天文学的な数の量子に関する情報が含まれています。

日本の状況をみると、量子アニーリング注1については、西森秀稔先生 (東京工業大学教授)など日本の研究者のアイディアもあります。量子テレポーテーション注2など先端的な研究をしている人もいます。問題は研究の規模感です。「海外では産業界も含めて大きな予算を付けているのに対し、日本は規模感が不十分」といった議論が量子科学技術委員会でありました。この分野で日本が遅れをとっているとは思いませんし、どこかの国が飛び抜けて先行している状況ではないので、これからが重要なフェーズだと思います。

2. 産学連携に必要なもの

- 2018年6月、次世代放射光施設の建設場所が東北大学青葉山新キャンパスに決まりましたが、この件では産学官の連携が非常にうまくいった印象があります。産学連携やオープンイノベーション推進がうたわれ、基礎研究においても産業界との関係をどう構築するかが注目されています。長年産業界との共同研究に携わってこられた御経験から、産学連携の要諦についてどのようにお考えでしょうか。

放射光科学に限らず、科学技術の成果をいかに社会に還元するかという意味で、産学連携は重要であると考えています。特に、SPring-8の産業利用割合が20%程度あることから分かるように、放射光科学は元々産業に応用がきく分野です。

私は、幸運なことに、10~15年という長いスパンで企業との共同研究を行って、よい成果を上げることができ、日本放射光学会や日本結晶学会の学会賞も頂きました。放射光科学分野では、共同研究なくしてトップレベルの研究はあり得ない、というのが私の信念です。

長期間の共同研究がうまくいったのは、幾つかの条件が整ったからだと思っています。優秀な学生がいて、企業の優秀な研究者が社会人大学院生となって博士号を取ったという人材面の条件ももちろんあります。しかし最大の要因は、産・学がお互いのカルチャーの違いを認め、相互に尊重し合う“mutual respect”の関係を構築したことだと考えています。製品開発を目的とする産業界と論文を書いて大学院生を育てる大学では、目指すところも研究のスタンスも大きく異なります。それぞれのカルチャーに慣れきっていると、使う言葉も違いますし、話も合いません。異なることを大切にできるマインド、異なるものと積極的に交わるマインドが重要です。

例えば、世界最高峰の山に登ることを想像してみてください。どういうメンバーと登りたいでしょうか。一人一人がしっかりしていることは当然必要ですが、チームで登るときには、お互いにコミュニケーションできて信頼できることなど、良好な人間関係が必須です。研究もこれと同じです。

現代では、個人プレーの研究は少なくなってきており、様々な人が各々の役割を果たして初めて研究が成り立ちます。チームとして研究をいかに進めるか、これはマネジメント上の重要課題と言えます。

次世代放射光施設については、国ばかりでなく、宮城県、仙台市、産業界も整備費用を負担する計画です。「天の時は地の利に()かず、地の利は人の和に()かず」という孟子の言葉がありますが、まさに、「天の時<地の利<人の和」という式が成り立つと思います。組織間のコミュニケーション、人の和が、今後、次世代放射光施設からの研究成果創出にとって、最も重要になってくるでしょう。

- 科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施している「民間企業の研究活動に関する調査」2)では、研究開発のパートナーを見つけることが難しいとの企業の回答が多く見受けられます。大学から見たときの産学連携についてお考えをお聞かせください。また、昨今の科学技術イノベーション政策の議論では、研究開発の公的資金拡大を前提とせずに、限られた予算の中でいかに重要な研究を効率よく進めるかが議論されています。産業界との共同研究を研究資金の面から見るとどうでしょうか。

大学の研究者が産業界からのすべての問合せに対応することは難しいので、リサーチ・アドミニストレーター(URA)やワンストップサービスなどコーディネータが大きな役割を果たすと思います。産業界や大学で経験を積んだ人が次世代育成のマインドを持って橋渡しする仕組みがしっかり整えば、双方のギャップを埋められる可能性があるかもしれません。現実的には、大学側に上から目線の意識があったり、一方企業側には、大学の先生の話は分かりにくい、敷居を感じるという意識があったりする場合もあり、それは是正されるべき点です。

研究資金の観点から産業界との共同研究を考えるのは、(もろ)()の剣だと思います。私自身、産業界との共同研究を通して研究成果を上げることができました。しかし、研究資金獲得の意識が先走ると共同研究は長続きしません。共同研究の結果として資金がついてくるのだと思います。民間資金獲得が研究活動を評価する指標の一つになってきていますが、余り重きを置き過ぎると本質的な部分が置き去られる危険があると思います。

また、予算が限られる中では、個々の研究者が装置や設備を抱え込むのではなく、共用を進めることが重要です。科学技術を発展させるために必要な要素には、技術的、人的、経済的、政治的要素があります。短絡的に資金不足を理由とするのではなく、ネックを見極め、取り得る策を検討することも求められます。次世代放射光施設のような最先端の研究基盤施設は、本来は国が全額負担すべきものと思いますが、財政状況がそれを許さないのであれば、産学連携を模索するのもよいと思います。ただし、産学連携を表看板に掲げることで採算性に縛られるとすれば問題です。

3. 日本の人材育成と基礎研究の今後

- 大学での研究人材育成に関して、競争原理を超えたインセンティブとして好奇心・使命感・情感性の重要性を挙げておられます3)。研究者の持つべき資質についてはどのようにお考えでしょうか。

「好奇心」は知力の出発点、「使命感」は研究を通して何かの役立ちたいと思う意志力です。「情感性」は、物事・人に対して感動・共感できる情動で、好奇心(知)や使命感(意)を活性化する役割を果たします。この「知情意」のバランスとその高揚が研究者の持つべき最も大切な資質だと思います。負けると悔しいから頑張るのではなく、勝ち負けを超越して完全投入できる動機付けを常に維持できることが重要です。勝ち負け、つまり競争原理を主たる動機付けにして行動する人間は、二流の人間にしかなれないと、学生に常に言っています。

もう一つ、“社会性”にも触れたいと思います。これまで、「人付き合いが苦手だから研究の道に進む」という選択もあったのではないかと思います。しかし、社会性のある研究者、例えば営業ができたり、人的ネットワークを構築できたりする人にも是非研究者になってもらいたいと思います。研究の世界でも、最終的には、人的ネットワーク、つまり人と円滑にコミュニケーションすることが重要だと思うからです。

ただし、社会性だけが必要だと言っているのではありません。人間には向き不向きがあります。一人でひたすら深掘りする研究者もいれば、水平展開する研究者もいる、という多様性があってよいと思います。

また、研究は研究者だけで成り立つわけではなく、技術職や事務職などの研究支援部門も必要です。職務の違いを上下関係の意識ではなく、それぞれの職務の特性の違いを尊重し生かし合うという“mutual respect”を持って臨むことが、よい研究成果につながります。

- 基礎研究の重要性と政策の在り方についてはいかがでしょうか。また、日本の研究力低下が盛んに議論されています。日本の国際競争力についてどのようにお考えでしょうか。

基礎研究の重要性は言うまでもありません。基礎研究は、必ずどこかで役に立つものです。ただし、役に立つとはどういうことなのかの物差しを用意する必要があります。

基礎研究というと、一つのことを突き詰めて探求するイメージがありますが、自分の研究を深掘りするためには、ある段階で水平展開することが必要な場合もあると思います。“水平展開による異分野との交流”があって更なる深掘りが可能になることもあるのではないでしょうか。

政策的な支援は必要ですが、政策化したとたん、一つの方向に一挙に流れてしまうことがあるので、柔軟性、多様性を持たせることが重要です。また、研究現場と行政の間の相互理解が重要だと思います。コミュニケーション不足により政策が形骸化すると、本来の重要性から焦点がずれてしまう可能性があります。政策は不変ではなく、時間経過や状況変化に応じて変化すべきで、一貫性を保ちつつも硬直化を避ける工夫が必要です。

世界における日本の競争力については、世界をどうとらえるかによります。これまでは、米国であり欧州でした。日本一国で規模の異なる米国や欧州と対等に戦うことを考えていたのはすごいことだと思います。しかし、これからはそういうわけにはいきません。政策に落とし込むときには、すべての分野で張り合うのではなく、分野のメリハリをつける政治的判断が必要だと思います。

放射光科学について言えば、日本のレベルは高いと思います。中国でも幾つか施設ができつつありますが、まだそれを使いこなす人は育っていません。中国の論文数増加や科学技術予算拡大はすごいと思いますが、中国を恐れ過ぎる必要はないと思います。

米国をモデルにする必要もないですし、中国のやり方をまねてもうまくいきません。日本人のメンタリティも考慮して、日本独自の在り方を模索すべきではないでしょうか。

- 先生には、NISTEPの科学技術予測調査の1パートであるデルファイ調査において、宇宙・海洋・地球・科学基盤分科会座長をお願いしております。最後に、予測活動(フォーサイト)の今後の方向性について御助言をお願いいたします。

この調査では、異分野の専門家との議論の機会があることが非常に有益であると思います。各自の取り組んでいる研究内容を異分野の人に伝えてその面白さと意義を共有することで、研究の意義づけも深まります。今後は、人文・社会科学の視点を入れることを求めたいと思います。研究者が社会との接点を考え、何のための科学技術なのかを各自が答えられるようにすることが重要だと思います。

かつては、科学技術はよりよい社会構築のために必要、という暗黙の社会的コンセンサスがありましたが、現在は必ずしも自明ではありません。科学技術の発展が新たな問題を生み出し、その結果として、人間社会が多くの人の望む方向に動いているのかどうか分からなくなっています。人類が正しくコントロールできる科学技術の発展の方向性、そして、目指すべき人間社会の方向性をしっかりと議論していくことが大切だと思います。

左から、横尾、赤池、雨宮特任教授、氏田

左から、横尾、赤池、雨宮特任教授、氏田


注1 量子力学的な重ね合わせの原理を利用して組合せ最適化問題を解く手法。

注2 量子もつれを利用して、二つの光子の間で、量子の状態に関する情報を瞬時に転送する技術。量子テレポーテーションは量子中継を可能とする技術で、これにより世界規模の通信が実現できると考えられている。

参考文献

1) 量子科学技術委員会:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/089/index.htm

2) 第2研究グループ、「民間企業の研究活動に関する調査報告2017」、NISTEP Report No.177(2018年5月):
http://doi.org/10.15108/nr177

3) 「提言 競争原理の役割とその限界-競争原理を超えたインセンティブ-」、SCAS NEWS 2007-II、(株)住化分析センター(2007年8月)