STI Hz Vol.5, No.1, Part.1: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)京都大学 白眉センター 榎戸 輝揚 特定准教授インタビュー-市民と連携するオープンサイエンスが切り拓く新しい研究スタイル-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00161
  • 公開日: 2019.02.25
  • 著者: 林 和弘、大場 豪
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
京都大学 白眉センター 榎戸 輝揚 特定准教授インタビュー
-市民と連携するオープンサイエンスが切り拓く
新しい研究スタイル-

聞き手:科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘
企画課 国際研究協力官 大場 豪

オープンサイエンスは、ICTを活用して研究成果をより広いステークホルダーに開放し、新たなイノベーションを生み出す可能性がある。しかし多くの科学者はそもそも自身やグループ内での知的好奇心を満たすための活動を主としているため、より広い一般社会や市民との関わりが希薄になりがちである。また、すべての市民が科学に興味があるわけでもなく、市民にどう関心を持ってもらうかも科学の課題である。

今回、ナイスステップな研究者2018に選ばれた榎戸輝揚京都大学白眉センター特定准教授に、クラウドファンディングやシチズンサイエンスを活用して市民と連携し、科学的にも大きなインパクトのある発見につなげた経緯を伺い、オープンサイエンス時代の新しい研究スタイルの可能性について探った。

榎戸 輝揚京都大学 白眉センター 特定准教授

榎戸 輝揚
京都大学 白眉センター 特定准教授

- まずは受賞された研究の発見に至る過程と、クラウドファンディングの関わりについて簡単に御紹介ください。

日本海側の冬の雷や雷雲からエネルギーの高い光「ガンマ線」(放射線の一種)が出ていることが最近分かってきたので、それを科学的に調査する「雷雲プロジェクト」というチームプロジェクトを進めています。また、そもそもの私の研究分野は宇宙物理学で、主にX線を使って天体の観測的研究を今までやってきました。私は博士号取得後に、米国航空宇宙局(NASA)にあるゴダード宇宙飛行センターなどでポストドクターをやっていました。そこでは宇宙を観測するためのX線望遠鏡を作っていて、それを国際宇宙ステーションに設置して観測をするプロジェクトにも携わっていました。今でもメンバーとして活動しています。

2015年に日本へ戻った私は、京都大学の白眉プロジェクトという当時の松本総長の肝いりで若手研究者を支援するプログラムに参加しました。白眉プロジェクトは若手の研究者に余り義務を与えずに、雑用をさせないで研究に専念してもらおうという理念だったので、宇宙観測で培った技術を使って雷の研究にも挑戦しました。日本は雷の研究をする上で良い条件がそろっていて、冬の日本海側の雷や雷雲は世界的に見ても強力なのです。しかも私の修士論文のテーマが雷雲からの放射線を測定する研究でした。当時、そもそも雷雲から放射線が出ているかどうかが分かっておらず、原子力発電所のモニタリングポストの上空を雷雲が通過すると何か信号を捕捉していることは知られていました。10年ほど前、それを理学的に研究し、雷の雲からそもそも放射線が出ていることを確かめたのが私の修士論文です。これが今回の受賞対象の研究への前段となっています。

その後、米国に滞在した5年は主としてX線天文学をやっていたのですが、せっかく白眉プロジェクトで自由に研究ができるなら、雷や雷雲からエネルギーの高いガンマ線、放射線が出てくることを検証しようと思いました。というのも、ガンマ線の検出器は自分たちが持っている宇宙観測の技術を応用すれば良く、人工衛星に装置を搭載しなくても地上で研究ができて、しかも結果がすぐに出るので、比較的短い時間でプロジェクトを回すことができるのが魅力と感じました。狙っているのは雷や雷雲からガンマ線を捉えるという最先端の話題で、新しい研究分野を拓けそうだという印象がありました。私たちはこの分野を「高エネルギー大気物理学」と呼んでいますが、こういう単語はまだありません。

ところが、米国から日本に戻ることがわかった2014年に、この内容で科学研究費補助金(科研費)へ応募したら落ちてしまいました。ここから、いろいろな偶然が重なります。まず白眉プロジェクトの夏合宿で「サイドプロジェクト(自分がメインではないけれど関わっているプロジェクト)があったら紹介してください」という話題を発表する機会がありました。私は、たまたまこの雷の話を出し、「科研費に落ちたんだよね」とみんなに話をしたら、「academistという学術系のクラウドファンディングが最近あるよ」と教えてもらって、とんとん拍子に話が進み、挑戦することになりました。その当時、理化学研究所(理研)にいた同じ研究室出身で私の1年後輩の湯浅孝行君を誘って、一緒に動画を撮るなどしてクラウドファンディングに挑戦しました。クラウドファンディングは2か月間で100万円を目標にしましたが、最終的には160万円を153人のサポーターから頂き、その資金を使ってプロジェクトの最初の部分を実行することができました。その後に科研費も獲得できて、今回の成果につながりました。科研費の申請では、応募書類に「クラウドファンディングをしました」と書いたので、意気込みが伝わったのかもしれません。学術系クラウドファンディングはプロジェクトの初期成果を模索するには格好のステップになっていて、そうした何か最初のしかけがあると大型の予算獲得につなげやすいのかもしれません。

academistにおける16番目のクラウドファンディングが私たちのプロジェクトでした。挑戦当時、まだクラウドファンディングは手探りの時代でした。今ではこの制度も知られるようになってきましたが、当時は例えば大学の事務方からすると、よく分からないシステムを経由して研究費をつけるのは大丈夫かと心配されました。挑戦してみると、学術系クラウドファンディングは研究者以外への良いアピールになった側面もあります。市民サポーターから資金的な援助を頂いただけでなく、プロジェクトを理解してもらえる広報にもなるので一石二鳥でした。Web上で公開されている湯浅君と一緒に撮影した動画は、academistのスタッフさんにお手伝いいただき、プロジェクトに関するパンフレットはデザイナーさんに作っていただくなど多くの人に支えられました。

さて、ガンマ線は大気中で大体数百メートルしか飛ばないため、1か所で見られるのは数百メートルの中の様子だけです。そのため検出器をなるべくたくさん設置して、マッピング観測をする必要があります。先ほどのクラウドファンディングは市民の協力による資金集めでしたが、別のシチズンサイエンスの文脈でも市民と連携することにしました。注目の現象が金沢で起きていることが大体分かってきたので、例えば市街地に検出器を多数置いて観測したくなります。そのためだけに研究者が土地を買い取ることはできないので、むしろ市民と連携して検出器を置かせていただき、電源をお借りする仕組みが必要だったのです。最初はつながりのある高校にお願いしに行きました。金沢大学の先生に頼んで検出器を大学の屋上に置かせていただいて、そのつながりで今度は金沢大学附属高等学校にもお願いし、さらに紹介してもらって、近くの幾つかの高校にも設置していき、観測場所を少しずつ増やしています。今も、民間企業の知り合い、さらにその知り合いといった感じで、人脈ネットワークでつなげてプロジェクトを拡大しています。また、ガンマ線検出器をたくさん置くことを進める中で、なるべくシンプルでかつ性能がいい検出器を、民間企業のシマフジ電機株式会社や株式会社ティーエーシーと開発しました。こうして、今回の受賞で取り上げていただいた雷からの光核反応の発見につながっていきました。論文になった現象を検出したのは柏崎に設置した装置で、これまでとは違う現象が見えているとチーム内で話題となりました。それは対消滅ガンマ線という大気中の陽電子があることを示す、普通では見えない信号でした。これについて言及している理論の論文があったのですが、全体像を正しく理解するには多くの考察が必要でした。最初は不思議でしたが、1か月、2か月とじっくりチーム内で議論をした結果、光核反応が起きたことを想定すると、データが全部きれいに解けて説明ができることが分かり、その論文をNature誌に投稿し、受理されました。

図表 雷での光核反応(ショートバースト)の模式図図表 雷での光核反応(ショートバースト)の模式図

(クラウドファンディングでは、この図を含む解説パンフレット等を作成して、支援者へのリターン(お返し)とした)

出典:京都大学 白眉センター 榎戸 輝揚 特定准教授御提供資料

- 市民の協力があっての科学的発見ということで、市民を含む理解者を増やし、人脈やネットワークを作る面白さ、難しさについて詳しくお聞かせください。

最初は、私たちが何をやっているのかを支援者に理解していただかないと協力していただけないので、「こうしたことをしたいです」ということを分かりやすく支援者に伝達することが重要です。もう一つは顔が見えることです。私たちがどんな人かが分からないと支援者が協力してくれません。検出器は危険ではなく、この人なら協力してもいいなという、ある種の信頼感をどう培っていくかが重要です。1回目は少なくとも自分が直接お会いして丁寧に話をするのが今のやり方です。おかげさまでプロジェクトの初期に設置した検出器は今でも観測を続けられる体制にあります。

そのネットワークを維持するのも重要で、例えば高校では、科学の研究に自分たちの高校が役に立っていると思ってもいただけることも大切です。私たちもできる限り、高校で出前授業をするようにしています。1学年全員を対象とした出前授業もありましたし、理系クラスでの出前授業もありました。高校生から見ると、ふだん知らない大学の研究者が来て、何か話すだけでもそれなりに面白いようです。物理という科目自体が少し難しいですが、身近にある雷の現象がテーマなので印象に残るようです。そうした出前授業を通して、研究サポートへのお返しをしていきたいと思っています。

- クラウドファンディングと親和性の高い研究や展望についてはいかがでしょうか。

実際にクラウドファンディングに取り組んでみたので、どの規模の研究テーマなら、どれぐらいのお金が集まりそうかの相場観がありそうに感じます。わかりやすい研究はもちろん有利ですが、これまでの例をみると普通の研究者は大体300万円前後が上限で、1,000万円を超える予算を集めるには、少々違った仕組みが必要のように見えます。例えば、社会的なインパクトが強い一般的なマスメディアに出せるとか、有名な研究者でみんな知っているなどはアドヴァンテージがあるようです。難しいのは、研究そのものの面白さよりも、研究者が社会的に知られているかどうかの方が影響が大きいところです。余りにも高額の場合、獲得額と科学的に意味があるかが(かい)()するケースもあり得て、中には本当の専門家から見ると微妙な研究に多額のお金が集まってしまう可能性もあるかもしれません。それが果たして適正な科学システムかは、今後議論があると思います。科研費が、研究費の配分を決める際に研究の価値に対して専門家がピアーレビューするのと対照的ですね。

もう一つの展望としては、ふるさと納税の仕組みを援用して学術系クラウドファンディングを始めているケースも現れているので、もう少し大々的にふるさと納税の仕組みに科学研究も加えて、支援してもらえるといいなと思うことがあります。この金沢でやっている雷の研究でも、仮に金沢市と大学が連携し、金沢市へのふるさと納税の形で「その予算をこの研究に使ってください」と納税者から研究への寄附金として金沢市から入るといったシステムを考えたりします。地域、市民、研究者それぞれにメリットある仕組みにうまくできないでしょうか。

- オープンサイエンス政策として研究データの管理や公開にも着目していますが、雷雲プロジェクトのデータの管理や公開についてはどのようにされていますか。

現在は、我々のチーム内で研究データを共有しています。理想は即時公開し、誰でも雷からガンマ線が出ている現象を調べられるようにできればと思います。実際、天文学の多くのデータは保管され、誰でもダウンロードできるように既になっています。ただ、データの整備と保管には常に財源の問題があり、長期に維持管理するコストを現実的にどうするかが大きな課題です。例えば、予算も科研費でとっているなら科研費の年限時までしか維持できませんし、クラウドファンディングも残高がゼロになったら終わりです。仮に、アマゾンのデータサーバーへ置く場合、その維持管理費が年間単位で要求されるので、その経費を安定的に担保しようとしたら、例えば研究所を立ち上げて、その研究所に基盤的にお金が常に入るようにする必要があります。実際は多くのプロジェクトが小規模な年限付きですので、維持管理をどう担保するのかは一般論として難しいのです。最近では、「論文にするときは元データをしっかり残しておきなさい」という研究倫理上の指針も関連しますが、財源が苦しい中でどう維持するかが問題です。この問題は私の研究分野に限らない広く一般的な問題で、全体としての解決が望まれます。

ちなみに天文学の場合、データのリポジトリや標準形式の開発を牽引している機関の一つはNASAで、NASAが関与する大きな研究プロジェクトはリポジトリにちゃんと保管・公開されています。実際、NASAや宇宙航空研究開発機構(JAXA)にもデータのアーカイブを担当する部署があり、しっかりメンテナンスをしています。私たちの雷雲プロジェクトはこういった公的機関のプロジェクトよりも小規模なので、どうデータを保存するかも今後の検討項目ですね。ちなみに、我々のデータは天文系の標準的なデータフォーマットにして保存してありますから、そういった大きな機関にお預けする可能性があるとは思います。

- 受賞のプレス発表でも触れられているKYOTOオープンサイエンス勉強会の立ち上げについてお聞かせください。

クラウドファンディングで市民と協働で検出器を設置し、市民と連携をしたサイエンスをやりましょうという流れの中で、京都大学から百家争鳴プログラム(注記 分野横断プラットフォーム構築事業)の予算を頂いて、シチズンサイエンスのノウハウを学ぶワークショップを開催したのがきっかけでした。このプログラムでは、ワークショップ後に活動を継続するのが条件で、また長期的な取組につなげる目的もあり、私と小野英理さん(京都大学)の2人で継続した勉強会を開催することにして、KYOTOオープンサイエンス勉強会(ミートアップ)が始まりました。すぐに一方井さん(東京大学)も加わり、月に1回の開催で数年継続しています。これまで継続できたのは、小野さんと一方井さんの貢献がとても大きいです。

インタビュー直後に行われた勉強会
(第26回KYOTOオープンサイエンス・ミートアップ)の様子
インタビュー直後に行われた勉強会(第26回KYOTOオープンサイエンス・ミートアップ)の様子

- KYOTOオープンサイエンス勉強会をやっていてよかったことや課題は何でしょうか。

多様な参加者がいて面白いですね。世話人には、市民と連携してナメクジ捜査網を作っている宇高寛子さん(京都大学)や、古文献からオーロラを見つける早川尚志君(大阪大学)など面白いメンバーがいます。例えば前回は、総合地球環境学研究所の近藤康久さん(科学技術・学術政策研究所(NISTEP)客員研究官)をお呼びしたところ、「オープンサイエンスはやりがい搾取か」という問題提起があり、鋭い視点に触発された面白い議論が盛り上がりました。この勉強会には自然科学系の研究者が多いため、サイエンスの面白さに視点が行ってしまう傾向があります。他にも近藤さんは琵琶湖の水草問題などを取り上げ、研究者だけではなく市民と連携して社会問題の解決につなげる視点でも話題を提供してくださいました。「オープン」サイエンスと一言でいっても、図書館の司書さんは論文のオープンアクセスの視点になり、政策に係る人は研究データをオープンにしたいという主張だったりします。こういった多様な人が集まる場や新しい人脈ができつつあります。

では、次のステップには何が必要でしょう? 例えば、京都に閉じずに、東京のメンバーや、行政に知見のある人ともつながり、オープンサイエンスの枠組みをより具体化させて、市民と連携させる枠組みのデザインができるかもしれません。ここまでくると、私の仕事の範疇ではないかもしれませんが、この数年ぐらいで一緒にやっている小野さんたちがうまい枠組みを考えてくれるかなとも期待しています。さらに、科学に元々興味があった人に限らず、そうではない方にどう興味を持ってもらえるかも今後の課題だと思います。

もっとも、私は最初の頃はサイエンス・コミュニケーションの視点は余り持っていなくて、自分の研究プロジェクトを進めていくために勉強したいという意識でした。しかし、いろいろなことを勉強して多くの人の刺激を受けると、オープンサイエンスの枠組みがいろいろな可能性につながることが分かったので、その活用の仕方はいろいろな人に知ってほしいです。

- 最後に、若手研究者(大学院生や同僚)へのメッセージをお願いします。

まだ私も自分を若手だと思いますけど、何かを理解しようと挑戦して、実際に理解できる瞬間は非常に楽しいです。雷雲プロジェクトでの体験もそうですが、研究で誰も見たことがない現象を理解していくプロセスで感じる高揚感はやみつきになるし、挑んでみる価値があると思います。今は研究者や科学者を目指す人や大学院生が減っていると言われており、将来的に学術コミュニティーが人手不足になるのも予想されます。ですから、研究者として生活するのは厳しいと言われてはいても、日本から学問そのものが消えることはないでしょうから、売手市場になることを見越して、みんながネガティブなことを言っているときこそ意欲がある若い人たちが「逆張り」できるタイミングかもしれません。

もう一つ、KYOTOオープンサイエンス勉強会で友人たちと話していることがあります。科学は人類にとって新しい知見を見つける営みだけれども、科学的知識がどんどん蓄積された後に「新しいことが見つかりにくい時代になったとしても、科学の営みにどういう意味があるか?」と問われたときにどう答えるのだろうと。多様な答え方があると思います。例えば医学研究が、ある病気を完全に解明し撲滅してしまい、調べればWikipediaなどに知識として書いてある場合でも、もうその研究はいらないと消してしまっては、その社会は非常に脆弱(ぜいじゃく)になります。例えば似たような病気が現れるとか、何か変化があったときに、誰も対応できない社会になってしまいます。科学に基づいた知識と知恵を総体として身につけた人が、常に継承されていることも大切です。この答え方には、まだ「役に立つものに価値がある」という発想にとらわれている側面があります。そもそも科学には「文化資本」としての観点もあると思います。例えば、歌舞伎や落語、あるいはスポーツと同じように、それそのものに価値があり、自然界を楽しむ科学に文化資本としての意味も出てくるかもしれません。KYOTOオープンサイエンス勉強会では、非常に自由に仲間たちと議論していて、こういった視点も意識しながら科学研究を進めていただければと思っています。

左から、林、一方井氏、榎戸准教授、小野氏、大場

左から、林、一方井氏、榎戸准教授、小野氏、大場