STI Hz Vol.4, No.3, Part.8:(ほらいずん)新たなデジタル媒体によるコミュニケーションの変容STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00143
  • 公開日: 2018.09.25
  • 著者: 栗林 美紀
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
新たなデジタル媒体によるコミュニケーションの変容

科学技術予測センター 主任研究官 栗林 美紀

概 要

スマートフォンなどのモバイル機器の普及により、情報収集やコミュニケーションの効率や利便性が高まった。その一方で、身近な人との対面でのコミュニケーションは充実したものになっているだろうか。そこで、モバイル機器が親子関係にもたらす影響を親子がどのように捉えているのかを示し、そこでの課題と今後の科学技術の進展による新たなデジタル媒体(VRなど)が、これらのコミュニケーションをどのように促進していく可能性があるかについて考察する。

キーワード:スマートフォン,モバイル,親子関係,デジタル,VR

1. はじめに

2000年以降のインターネット及びモバイル機器の普及を経て、身近な人とのコミュニケーションの形態が変化してきた。例えば、総務省の「平成30年版情報通信白書」では、ソーシャルメディア(ブログ、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、動画共有サイトなど、利用者が情報を発信し、形成していくメディア)に焦点を当てた分析を行い、米国、英国、ドイツと比較し、我が国では個人間のつながりよりも情報収集や消費する場としての活用に価値が置かれているものの、ソーシャルメディアは身近なつながりを補完し、オンラインコミュニティの参加者の増加やソーシャルメディアを活用した地域コミュニティ構築も始まっており、他者とのつながりを得ることの重要性は高まっていくことを述べている1)。こうして、効率よい、便利なコミュニケーションが可能になった一方で、実空間で家族と面と向かっていてもコミュニケーションが十分に取れていない状況も生じている。

本稿では、親子関係とモバイル機器についての調査研究から現状の課題を把握した上で、新たなデジタル媒体による身近な人とのコミュニケーション促進の可能性について、モバイル機器の使用状況を踏まえて考察する。

2. 親子関係とモバイル機器

南カリフォルニア大学(以下USC)アネンバーグ・コミュニケーション・ジャーナリズム学部長のWillow Bay教授は、日常生活のパターンや人との関わり方の変化など、テクノロジーが身近な人間関係に及ぼす影響について研究を行っている2)。2017年9月に東京で開催された同大学主催の会議3)において、Bay教授は、親と10代の子供のモバイル機器使用に関する日米比較調査45)について発表した。

調査では、「親と子供は、毎日スマートフォンやタブレットなどのモバイル機器で、どのくらい時間を費やしているのか」「モバイル機器に依存していると感じているか」「モバイル機器の使用は、家族の間でストレスや言い争いの原因となっているか」「子供は親がモバイル機器を使用しているために無視されていると感じているか」などの質問が設けられた。

その結果、日本では、親と子供の依存性に対する相互の認識が異なり、親の方が依存性を深刻に捉えていること、また、相手がモバイル機器に夢中になり注意が自分に向いていないと親子とも感じていることが明らかになった。具体的には、親の61%は、子供がモバイル機器に依存していると感じ、38%が、親自身がモバイル機器に依存していると感じていた。一方で、子供の45%は、自分がモバイル機器に依存していると感じ、27%が、親がモバイル機器に依存していると感じていた(図表1)。さらに、親の60%が、親子が一緒にいるときに子供がモバイル機器に気を取られ注意散漫になっていることが週に少なくとも数回あると答えた。一方、子供の20%が、時々、親が自分よりモバイル機器を大事にしていると感じたことがあると答えた。

Bay教授は、筆者のインタビューにおいて、「モバイル機器は、生活において以前よりはるかに大きな役割を果たすようになってきており、10代の子供にとって、モバイル機器の使用は、デジタル化が更に進展する未来に適応するための準備になるなど有益であると考えられる。親と子供に対しデジタルリテラシー情報を提供し、彼らがテクノロジーを思慮深く理解し、親子のコミュニケーションをストレスなく醸成するよう生産的な方法で生活の中に組み込む支援が求められる」と述べた。

また、モバイルマーケティングデータ研究所が行った「親と高校生のスマートフォン利用に関する意識調査」6)においても、モバイル機器により親子のコミュニケーションが阻害されている可能性がうかがえる。親のスマートフォンの使い方で気になることについて、「特に気になることはない」と回答した約半数を除くと、「親が会話中にスマートフォンを触っていて、自分の話を聞いていないとき」との回答が14.8%と最も多い結果となっている。

マサチューセッツ工科大学(MIT)科学技術社会論のSherry Turkle教授は、「スマートフォンは、人の行動ばかりか人格まで変えるほど心理的影響力のある機器である。スマートフォンに向かうという選択肢があると、効率上あるいは礼儀上、相手の方に向かうべきと分かっていてもそれができず、会話が制限されてしまう。沈黙しているスマートフォンでさえ、豊かな会話との両立は難しい」ことを説いている7)

図表1 親とティーンエイジャーの、相互の依存性に関する認識図表1 親とティーンエイジャーの、相互の依存性に関する認識

出典:The New Normal: Parents, Teens, and Digital Devices in Japan4)

3. 新たなデジタル媒体によるコミュニケーション促進の可能性

ここでは、デジタル媒体が身近な人との対面のコミュニケーションを促進させる可能性について、現在のモバイル機器使用状況から考察する。20代以下世代のスマートフォンの主な利用用途として、コミュニケーション(電話、メール、SNS・メッセージングアプリケーション)やウェブ閲覧と合わせて、動画閲覧・投稿が挙げられる8)。動画視聴による追体験において新たなデジタル媒体が魅力的な環境を提供することができれば、モバイル機器依存が減じるとともに、刺激や感動を身近な人と共有するためのコミュニケーションが生まれる可能性がある。過去には、大画面テレビやゲーム機の導入によって家族が会話する時間が増加し、家族間の交流が促進されたとの報告がある9)

第一の可能性は、高精細大画面ディスプレイによる共感創出による促進である。電通メディアイノベーションラボの調査10)では、それぞれの特徴に合わせてデジタル媒体の役割分担が進み、映像視聴はスマートテレビ、日常的な用事はスマートスピーカー、そしてスマートフォンはコミュニケーション・パーソナルアシスタントとしての機能に収れんされていくと予測されている。また、ラボ統括責任者の奥律哉氏11)は、多種多様な動画サービスが利用されている中で、映像視聴媒体としてテレビへの回帰が起こっているのではないかと指摘する。テレビはインターネットに接続され、インターネット上の動画をテレビで見る環境が整いつつある。また、現在4K・8Kのディスプレイの開発が進んでおり、対角100インチ以上の大画面での高臨場感、高精細化の進展も期待される12)。こうした新しいディスプレイ環境が身近な人との会話を引き出すかもしれない。

一方、スマートフォンについては、現時点においても家族や友人など身近な人との結びつきにソーシャルメディアが多く利用1)されており、今後、コミュニケーション・パーソナルアシスタントとしての存在感を高めるであろう。

第二の可能性は、仮想現実(VR)による経験共有がコミュニケーションを促進し豊かにする可能性である。USC映画芸術学部学部長のElizabeth Daley教授は、ゲームアプリケーションとVRを組み合わせた先進的な取組を進めてきており、筆者のインタビューで、VRでの没入感のある体験を踏まえ、学生のディスカッションが活発化したことに言及した13)

また、前述のUSC主催の会議で基調講演を行ったソニー株式会社平井一夫社長兼CEO(当時、現会長)は、Daley教授との対談の中で、「VRを正しく進めるためにはエンターテイメントと同様に実用的なアプリケーションも必要である。フラットな2Dスクリーンに人は6時間接することが可能だが、VRでは難しい。こうした限界を踏まえつつ、その強みを活用するアプリケーションを見つけていくことが継続的な発展の鍵である。これにより人々が刺激を感じる感性に訴える価値を生み出していきたい」と述べた。

Elizabeth Daley教授(左)と平井一夫社長兼CEO (当時、現会長)Elizabeth Daley教授(左)と平井一夫社長兼CEO (当時、現会長)

4. 結びに

日常の中で、モバイル機器は実空間の身近な人との対面コミュニケーション機会を奪うおそれがある一方、新たなコミュニケーションの形を提供する可能性もある。また、新たなデジタル媒体がコミュニケーションを促進する可能性もある。家族や身近な人と豊かなコミュニケーションを取るために、様々なデジタル媒体の活用を自分なりに工夫して、生活に組み込むことが大切になってくるであろう。

デジタル化は、社会に様々な影響を及ぼしていくと予測されるが、それに伴い、人々の関係性も今までとは異なるものに急速に変わっていく。デジタルプラットフォームを駆使できるリテラシーを持つとともに、身近な家族、コミュニティの関係性における課題にも積極的に取り組む必要がある。

Willow Bay教授(右)と筆者Willow Bay教授(右)と筆者

参考文献

1) 総務省(2018) 平成30年版情報通信白書
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin02_02000129.html

2) アネンバーグ・コミュニケーション・ジャーナリズム学部
研究機関として世界有数のシンクタンク 「The Media, Diversity, & Social Change Initiative」やデジタル技術とプラットフォームの世界的な発展を研究し、その利用者・非利用者に対する影響を研究する「Center for Digital Future」がある。

3) 南カリフォルニア大学(USC)主催の国際会議「Global Conference 2017」(2017年9月21日~23日)が東京で開催。USCは、知見を各界と広く共有することを目的にアジア各地において隔年で国際会議を開催している。東京での開催は、2007年に続き2回目であり、今回は “Creating the Future”をテーマに掲げた。
https://globalconference2017.usc.edu/

4) 南カリフォルニア大学アネンバーグ・コミュニケーション・ジャーナリズム学部、コモンセンスメディア(2017) The New Normal: Parents, Teens, and Digital Devices in Japan 新しい日常:日本の親子関係とデジタル機器

5) 日本調査の実施概要は、以下の通り。
株式会社電通マクロミルインサイトによるインターネット調査(ただし、中学生の子供に関しては親が聞き取り回答)
対象:携帯電話を所有し、それを少なくとも週1回使用する中学生または高校生の子供が少なくとも1人いる日本の親をデータベースから無作為抽出
サンプル数:13歳〜18歳の子供600人、及び親600人
実施:2017年4月

6) モバイルマーケティングデータ研究所によるインターネット調査「親と高校生のスマートフォン利用に関する意識調査(高校生)」
対象:スマートフォンを所有している高校1年~高校3年生
有効回答:1,040人
調査期間:2018年1月12日~1月18日
https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1691.html

7) Sherry Turkle (2015) Reclaiming Conversation: The Power of Talk in a Digital Age,Penguin Press.翻訳 日暮雅通(2017)一緒にいてもスマホ,青土社.

8) 総務省情報通信国際戦略局情報通信政策課情報通信経済室(2015)社会課題解決のための新たなICTサービス・技術への人々の意識に関する調査研究-報告書-
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h27_06_houkoku.pdf

9) 大森貴秀(2013)ネット対応テレビ, ゲーム機が家族の居間利用に及ぼす効果, 哲学, No.130, pp149-164. 三田哲学会

10) 電通メディアイノベーションラボ編(2018)情報メディア白書2018,ダイヤモンド社.

11) 日本マーケティング協会 情報メディア白書2018セミナー(2018年3月2日開催)

12) 藤掛英夫(2015)電子ディスプレイ技術の最新動向と発展性,映像情報メディア学会誌,Vol. 69, No.8, pp.804-806.

13) 栗林美紀(2018)PTSD治療における仮想現実(VR)活用の進展,KIDSASHI
https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/ptsdvr