STI Hz Vol.4, No.3, Part.7:(ほらいずん)タイランド4.0とフォーサイト活動についてSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00142
  • 公開日: 2018.09.25
  • 著者: 浦島 邦子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん

タイランド4.0とフォーサイト活動について

科学技術予測センター 上席研究官 浦島 邦子

概 要

タイではプラユット暫定政権のもと、政府のリフォームが進められており、未来戦略作成のために各省でフォーサイトを導入する動きが高まっている。2017年、我が国の科学技術基本計画に該当する「タイランド4.0」がアナウンスされた。内容は、基本的にこれまで通り経済の活性化が中心であるが、これまでの経済モデルを見直し、「スマート」をキーワードに、工業、都市、人材を中心として、3つの基本柱と4つの目標で推進される。タイランド4.0を実現する具体的な政策戦略の策定のために、フォーサイトの導入が本格的に具体化しており、現在大臣の命で推進されている。フォーサイトの実施には、フューチャースキャニング、シナリオプランニング、フューチャーコンサルテーションの3項目が予定され、現在の30人体制からこれを拡大させようと、組織の見直しを図っている。タイで実施されてきたAPECフォーサイトセンターの結果は、グローバル課題への対応に大変参考になっている。現在検討されているタイ国内に向けたフォーサイトには、APECの枠組みよりもむしろASEANの枠組みでのワークショップの経験や、日本の科学技術予測調査が参考にされている。

キーワード:タイランド4.0,フォーサイト,デジタル化,ASEAN,APEC

1. はじめに

タイではクーデター以来、暫定政権のもと各省の見直しが進められており、2019年までにはすべて終わる見込みである。こうした中、未来戦略作成のために各省でフォーサイトを導入する動きが高まっている。

タイ科学技術省(Ministry of Science and Technology:MOST)1)の傘下にある国立科学技術イノベーション政策局(National Science Technology and Innovation Policy Office:STI)は、フォーサイト・センターを設立した。フォーサイトセンターのミッションは、政策と戦略策定のための情報を提供し、科学技術の競争力と成長を促進することである。

そして、STI指標に資するデータを収集、分析、監視し、タイの状況に適した新しい指標を策定した。この指標には、競争力、STI予算、研究開発、STI人材、技術収支、特許、科学技術出版物、情報通信技術などが含まれている2〜4)

2. タイランド4.0

2017年、我が国の科学技術基本計画に該当する「タイランド4.0」56)がアナウンスされ、2017年春にその改訂版が発表された7)。これは、新国王が誕生したことにより、より具体的な政策を見直すことに対応して行われたものである。これまでの変遷を含めて概略を図表1に、4.0の柱と目標の概要を図表2に示す。4.0の内容は、基本的にこれまで通り経済の活性化が中心であるが、農業を中心とした政策(タイランド 1.0)、軽工業(タイランド 2.0)、そして重工業や新工業 (タイランド 3.0)を中心としたものを更にグレードアップさせ、4.0では「スマート」をキーワードに、工業、都市、人材を中心として、以下の基本柱と目標で推進される計画がされている。これまでの経済モデルを見直した点も特徴的と言える。

このプランはドイツの「Industry4.0」を参考にしており、外国企業の誘致を通じて先進技術を導入し、産業構造の高度化と先進国入りを実現するというものである。この背景には、今後大きな問題となるであろう少子高齢化や、経済社会のデジタル化といった懸念への対応も含む。

そこで、未来に向けた問題の解決と目標を実現するために、フォーサイトの導入が推進され、その役割が大きくなっている。

図表1 政策の変遷図表1 政策の変遷

図表2 タイランド4.0の柱と目標図表2 タイランド4.0の柱と目標

3. タイAPECフォーサイトセンターの概要と役割

1998年にタイ国家科学技術開発庁(NSTDA)主催のAPEC/ISTWG(産業科学技術ワーキンググループ)プロジェクトを受け入れる組織として設立されたAPECフォーサイトセンター(以下センター)8)は、現在科学技術イノベーション政策局(STI)がホストとなり、運営されている。これまで、APEC地域にとって重要であると考えられる、水、エネルギー、新興疾病などといった様々なグローバルな課題に取り組んでおり、日本も参加、協力している。当初はAPEC加盟国からの参加者による活動が中心であったが、現在はASEAN地域にも拡大している。センターはテーマごとにワークショップやデルファイ調査、シナリオ作成など、いろいろなアプローチを導入、試行してきた。近年、APEC参加国共通の目標を追求するための技術と知識システムの融合の必要性が浮上してきたため、取り扱うプロジェクトはますます複雑になり、様々な背景の専門家を幅広く迎え、フォーサイトを実施している。

また、タイでもグローバル化が進んでいることから、これまでAPECの枠で実施してきたフォーサイトの結果は、こうした課題への対応に大変参考になっている。現在検討されているタイ国内に向けたフォーサイトには、APECの枠組みよりもむしろASEANの枠組みでのワークショップの経験や、日本の科学技術予測調査9)が参考にされている。

4. 科学技術政策に貢献するフォーサイト

現在の科学技術大臣のDr. Suvit Maesinceeは、タイ及びAPECにおけるフォーサイト立ち上げに尽力した方で、フォーサイトに関しては非常に関心が高く、前科技大臣で現在デジタル経済と社会省(Minister of Digital Economy and Society)の大臣のDr. Pichet Durongkaveroj氏もフォーサイトを政府の戦略策定に活用することを推進している10)

タイ政府ではフォーサイトの実施に際して、現在の30人体制からこれを拡大させようと、組織の見直しを図っている。筑波大学で学んだタイ人も採用し、フォーサイトの長い歴史を持つ日本11)の状況把握にも努めている。

現在、政府の戦略策定に資する調査としては、フューチャースキャニング、シナリオプランニング、フューチャーコンサルテーションの3項目が予定され、図表3に示すようなプロセスによって実施されている。

図表3 フォーサイトの実施計画図表3 フォーサイトの実施計画

出典:APEC CTFの資料を基に作成

5. 今後注目されるタイの科学技術に関して

現在、タイは医療・健康ツーリズム、そして医療ハブとなる医療機器を基幹ビジネス化することを強力に進めている。4.0では、医療に10プロジェクト、US$151.59 Mの投資(2016年時点)を予定している。これは、我が国同様、タイでも近未来に迎える高齢社会も関係している。タイの高齢問題は、以前は3世代が同居することによるいろいろな差(食事の好み、余暇の使い方など)がストレスの原因であり、かつ主な問題であったが、最近は高齢者の貧困の格差が最大の問題となっている。チェンマイには介護が必要な日本人が多く移住12)しているが、外国人を対象とした介護に関して政府は余り検討していなかった。しかし日本企業がこうしたニーズに着目し、タイでビジネス展開13)していることから、今後、地元企業も増えることが見込まれている。高齢社会に関連した日本の様々な施策も参考にされることだろう。

タイランド4.0では、政府が企業や教育機関と連携して人材育成を進めることも大きなテーマとしている。多くの大学でこのプランを中心としたプログラムが検討されており、特に“デジタル”がキーワードに挙げられている。しかしながら、工学部で実験を中心とした研究では、シミュレーション程度しか該当せず、プランそのものが無理という認識を持っている大学教授陣も多いという意見もある。

一方で、日本では普及していないUberやGRABは、タイでもスマホの普及によって便利かつ安価に利用できることから、急速に利用者が増加している。タクシーやトゥクトゥクが観光客に対して不当な高額な料金請求をすることができなくなることから、観光客の増加にも貢献できる。

また、現金不要のスマホによる支払いシステムも、他のASEAN地域よりも普及が進んでいる。このようにデジタル化が各方面で進むことの利便性が注目されているが、しかしながら、人が仕事する必要性がなくなってきていることも、一方では懸念事項である。

タイでもグローバル化が広がってきており、留学生のためのプログラム整備が進んでいる。留学元としてASEAN各国、中国、韓国、最近は欧州からも増加しており、15か国の学生がプロジェクトベースで、チームを組むことが奨励されている。例えば、「革新的なロジスティクスコース」に参加している人は、物資を輸送するための無人機(ドローン)を建設することを検討しており、ハードだけではなく、バーチャル体験ができるソフトウェアの開発も行っている。

バンコク市内では、BTS(スカイトレイン)が拡張14)し続け、利便性が高まり、都市が拡大している。またバンコクとチェンマイを結ぶ新幹線の導入も覚書が締結15)され、鉄道駅の開発も進められている。こうした交通網の発達によって、社会が変化し、コミュニティの変容に関する研究も必要になってくる。こうした未来への対応にフォーサイトが活用されていることから、今後の動きに注目したい。

謝辞

多くのディスカッション、並びに情報を提供くださった、STI Information and Foresight CentreのDr. Surachai Sathitkunarat氏、並びにSakkrapong Wannawattana氏、そしてThailand Center of Excellence for Life Sciences (Public Organization)のCEO Dr. Nares Damrongchai氏に感謝します。

参考文献

1) タイ科学技術省HP、http://www.most.go.th/main/en

2) タイ国立科学技術イノベーション政策局 HP、http://www.sti.or.th/encontent.php?content_type=4

3) 「タイランド4.0」とは何か(前編)、https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/rim/pdf/10060.pdf

4) 「タイランド4.0」に向けた政策が具体化、日本総研、https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=31010

5) Thailand4.0, http://www.thailand40.com/

6) THAILAND BOARD OF INVESTMENT、January 2017, vol. 27 no. 1、
http://www.boi.go.th/upload/content/TIR_Jan_32824.pdf

7) 成長の高度化を目指す「タイランド4.0」-BOI発表の新投資政策(1)-、日本貿易振興機構 HP、
https://www.jetro.go.jp/biznews/2017/03/4546f06619a2e58b.html

8) APEC Foresight center、http://www.apecctf.org/index.php/apecforesight-news.html?limitstart=0

9) 例えば、科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その4(最終回)総合検討)、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon 2017 Vol.3 No.3:
http://doi.org/10.15108/stih.00088

10) 政策・戦略研究革新小委員会会議1/2561 (タイ語)、
http://www.most.go.th/main/en/34-news/news-gov/7248-spearhead-program

11) 赤池伸一、科学技術予測の半世紀と第11回科学技術予測調査に向けて、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon 2018 Vol.4 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00130

12) 要援護高齢者等のための介護サービス開発プロジェクト(LTOP)について、
https://www.jica.go.jp/project/thailand/015/outline/ku57pq00001nivfz-att/LTOP_project_summary.pdf

13) サービス産業の国際展開調査、2014年3月、独立行政法人日本貿易振興機構、生活文化・サービス産業部、
https://www.jetro.go.jp/ext_images/industry/service/interview/pdf/others_riei_jp.pdf

14) Bangkok Mass Transit System Public Company Limited HP、http://www.btsgroup.co.th/en/about/our-history

15) タイ王国運輸省との鉄道分野に関する協力覚書の調印について(報告)、国土交通省HP、
http://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo06_hh_000087.html