STI Hz Vol.4, No.2, Part.11:(ほらいずん)2040年ビジョンの実現に向けたシナリオの検討~応用物理学会連携ワークショップより~STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00133
  • 公開日: 2018.06.25
  • 著者: 蒲生 秀典、浦島 邦子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
2040年ビジョンの実現に向けたシナリオの検討
~応用物理学会連携ワークショップより~

科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典、上席研究官 浦島 邦子

概 要

科学技術予測センターでは、2017年度より第11回科学技術予測調査を開始している。その目的の一つは、将来社会を見据え、今後重要となる科学技術を見いだすことである。これまでに、多様な分野の産学官の科学技術の専門家を招いてビジョンワークショップを開催することを通じて、2040年の将来ビジョンに関する意見を集約した。本稿では、このビジョンワークショップで得られた2040年の将来ビジョンを実現するためのシナリオを検討するワークショップを、公益社団法人応用物理学会の協力を得て開催(2018年2月)した結果の概要について記す。本ワークショップでは、4つの目指す社会像とそれを実現する16のシナリオが作成された。そして今後の科学技術の方向性への示唆として、①AIやロボットなど先端技術と人の融合による生活の質の向上、②五感・美・幸福度・価値観など人間の感覚的なものを数値化・可視化することによる人の満足度の向上、③データの利活用による多様化社会・パーソナル化社会への対応、④シェアリングや人の意識改革によるエネルギー・食料など資源利用の高効率化、⑤時空を超えたコミュニケーションや多種多様なコミュニティ形成のためのICT系プラットフォームの構築があげられた。

キーワード:科学技術予測,ホライズン・スキャニング,ビジョン,シナリオ,科学技術トピック

1. はじめに

科学技術予測センターでは、2017年度より第11回科学技術予測調査を開始している1)。その目的の一つは、将来社会を見据え、今後重要となる科学技術を見いだすことである。2017年度は、最近の科学技術動向と未来を探る手段として、ホライズン・スキャニング注1(Part 1)及びビジョニング(Part 2)の一部を実施した。ビジョニングでは、多様な分野の産学官の科学技術の専門家を招いて、ビジョンワークショップを開催(2018年1月)し、2040年の将来ビジョンに関する意見を集約した2)

一方、これまで当センターでは、多様なステークホルダーの視点を取り入れた将来予測の深掘り検討のために、地方自治体や海外の機関、並びに産学官の科学技術の専門家が所属する学協会の協力も得て、将来予測に関するワークショップを継続的に実施している。このうち公益社団法人応用物理学会注2(以下、応物学会)とは、2016年度~2017年度の2年間にわたり協働し、2016年度は地域の将来社会像を実現するための科学技術・システムの検討を行った34)。2017年度は、ビジョンワークショップで得られた2040年のビジョンを実現するためのシナリオを検討するワークショップを2018年2月に開催した。本稿では、このシナリオワークショップの結果概要について記す。

2. シナリオワークショップの概要

将来予測のニーズのある学協会の中から、多様な社会課題に対応可能な幅広い研究領域をカバーし、学界のみではなく産業界に所属する専門家も多い応物学会の協力を得て、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)との共催でシナリオワークショップを実施した。学会からは、計19名が参加した。開催概要を図表1に示す。

本ワークショップでは、社会課題対応の観点から、ビジョンワークショップにおいて示されたビジョン2)のうち「Humanity」、「Inclusive」、「Sustainability」を取り上げ、それぞれが産学の参加者で構成されるように4グループ(各グループ4~5人、「Humanity」を2グループ設けた)に分かれてディスカッションを行った。

ワークショップのフローを図表2に示す。

はじめに、ビジョンワークショップで示されたビジョンをグループごとに確認・共有・補足し、目指す2040年の社会像を作成した(Step 1)。

次に、社会像実現のためのキーファクター(科学技術・システム)を抽出し、「経済停滞・経済進展×集中・分散」軸へのマッピングとグループ化を行った(Step 2)。なお、軸の設定はグループのテーマや議論によって、適宜解釈を変更することも可能とした。

続いて、各象限のシナリオを作成し(Step 3)、シナリオごとの戦略(科学技術・システム)を検討した(Step 4)。

最後にグループごとの検討結果発表と全体討論を行った。

本ワークショップの一連の検討のうち、以下では、ビジョン作成(Step 1)及びシナリオ作成(Step 3)について記す。

図表1 ワークショップ開催概要
ワークショップ名称 シナリオワークショップ~2040年ビジョンの実現に向けて~
開催日時 2018年2月19日10:00~17:30
開催場所 科学技術・学術政策研究所会議室
参加者数(学会) 19名(企業11名、大学8名)
参加者数(NISTEP) 16名(客員研究官4名、進行・書記等12名)

図表2 ワークショップのフロー図表2 ワークショップのフロー

3. ワークショップの結果

3-1 目指す2040年の社会像

ワークショップに先立ち、今回検討対象とした2040年のビジョンのうち「Humanity」、「Inclusive」、「Sustainability」について、当センターにてより具体的な社会像を作成した。なお、ビジョンワークショップで特に多くの意見が出された「Humanity」については、個人とコミュニティに分けて2つの社会像を作成した。

ワークショップでは、この社会像を各グループに提示して、確認・共有・補足を行い、グループごとに「目指す2040年の社会像」を作成した(図表3-1~3-4)。

① Humanity A(変わりゆく個人の生き方)

ビジョンワークショップで特に多く意見が出されたビジョンHumanity(人間性)の中で、科学技術の進展による人間への各種サポート技術の向上で、個人の生き方が変わるビジョンをテーマとした。グループワークでは、ロボットなどにより人間の機能・能力が拡張された社会があげられたほか、幸せの4条件や美しい生き方、個性の尊重など、人間(個人)そのものの幸福度の向上を目指す将来社会像が示された。

図表3-1 目指す2040年の社会像:Humanity A(変わりゆく個人の生き方)
【個人が幸せに生きられる社会】楽観的に生きる。個人として幸せに生きることは、コミュニティの在り方と切り離せない。
〇幸せの4 条件が満たされた社会(夢を持つ、⼈の目を気にしない、⼈の役に⽴つ、楽観的である)
〇全ての個性が尊重される:多様な子育て、ストレスマネジメント、性差別がなくなる。
〇美しい⽣活ができる:伝統⼯芸、美しいものを使う。
〇⼈間の機能・能⼒が拡張された社会(ロボット利用):ヒューマノイド活用、常識の再定義、⼈間の定義
② Humanity B(変わりゆく暮らし・コミュニティ)

Humanity(人間性)の中で、科学技術の進展で大きな変化が予想される暮らしやコミュニティについて議論した。人間性を重視する社会像として、制約からの解放、人間本来の価値への回帰があげられた。科学技術との関わりでは、ロボットと人間の共存、バーチャルとリアルワールドの共存が描かれ、一方で新たな監視・管理制度、セキュリティの重要性が指摘された。

図表3-2 目指す2040年の社会像:Humanity B(変わりゆく暮らし・コミュニティ)
【ネオ・ルネッサンス】制約からの解放。人間本来の価値への回帰。
〇ロボットと⼈間の共存
〇求められる⼈の能⼒が変わる:プロデューサー、⼈とロボットをつなぐ役割
〇モノを持たない社会
〇バーチャルでできる領域の拡⼤
〇趣味や⽂化の価値向上
〇コミュニティの在り方・働き方が変わる:バーチャル/リアルワールドの共存、マルチコミュニティ/マルチパーソナル化
〇新たな監視・管理制度、セキュリティの重要性
③ Inclusive(インクルーシブ社会)

多様性を認め、格差などにも対応し取り残すことのないインクルーシブ社会をテーマに議論した。バーチャル技術や情報技術・インフラの進展により、地理的・時間的制約が大きく減少し、個人ベースでつながる将来社会像が示された。また、グローバル化による多文化の共存、個人の価値観の多様化、日本の伝統の継承と創造がなされる社会があげられ、その一方で、格差への対策も講じられた社会が示された。様々な観点からの価値観を認め合い、多様なモノやコトが共存する将来社会像が示された。

図表3-3 目指す2040年の社会像:Inclusive(インクルーシブ社会)
【一切合切・森羅万象社会】様々な観点からの価値観を認め合い、多様なものやことが共存している。全てが受け入れられている社会。
〇グローバル化の進んだ多⽂化社会
 ・多⾔語・多⽂化社会が到来している。⽇本⼈以上に⽇本⽂化を理解する外国⼈も多い。
 ・グローバルとローカルのバランスが取れ、海外⽂化と⽇本⽂化など多⽂化が共存する。
〇取り残されることのない社会
 ・世代間や経済など様々な格差が拡⼤しているが、取り残されることによる不利益への対策が講じられている。
 ・ネットワーク化の中で最後に残る物理的なものの重要性が認識され、「場」や移動⼿段が確保されている。
〇価値観が多様化した社会
 ・価値観が多様化する。⼈々は自⾝の価値観に基づいて幸せや豊かさを追求する。
〇伝統の継承と創出
 ・⽇本の⼿仕事・職⼈技、アナログ技術など、⽇本独自の価値が打ち出されている。
 ・引き継がれてきた技術ばかりでなく、⽇本の特徴とすべく新たな伝統創りも⾏われている。
④ Sustainability(持続可能性)

休日分散やシェアリングシステムの普及による人の生活スタイルの変化や、食料・水・エネルギーなどの資源循環と高効率な利用システムの発達、さらにセンシングの高度化やリスクの考え方の定着による災害予知・防災システムが進展した社会を議論した。そして、目指す社会像として、適度な大きさの都市が地方に点在し、それぞれの都市では人の生活スタイルの変革と技術・システムの進展により資源の効率的な利用と高度なリサイクルシステムが構築されたジャストサイズ社会が示された。

図表3-4 目指す2040年の社会像:Sustainability(持続可能性)
【ジャストサイズ(ちょうど良い)社会】適度な⼤きさの都市が地方に点在し、それぞれの都市では⼈の⽣活スタイルの変革と技術・システムの進展により資源の効率的な利用と⾼度なリサイクルシステムが構築されている。
〇⼈の⽣活スタイルの変化(休⽇分散、ワークシェア、⾼齢者ケア、健康寿命、⽣きがい)
〇資源循環と⾼効率な利用システム
 ・多資源消費の効率化(⽔資源、排熱、蓄電、自動運転、⾚外線センサー)
 ・ものづくり(オンデマンド⽣産、ちょうど良い品質設計、適量オーダー、カーシェア、技能継承)
 ・都市間(資源・情報流通インフラ、物流システム)
〇災害予知・防災システム(センシング、リスクの考え方)
3-2 2040年の社会像を実現するためのシナリオ

グループごとに作成した目指す2040年の社会像を実現するためのシナリオを、「経済停滞・経済進展×集中・分散」軸の各象限に対応した4つのシナリオを作成した(図表4(a))。それぞれのシナリオの概要を図表4(b)に示す。

Humanity A(変わりゆく個人の生き方)では、シナリオ検討の「経済停滞・経済進展× 集中・分散」軸について、集中=社会・連帯、分散=個人・多様性と設定した。経済の進展した未来型社会では技術が進展し、感覚や感情の移植も可能となった汎用人型ロボット・サイボーグが実現している。視覚映像、聴覚音声を丸ごと記録する技術により、AIが人の判断をサポートする。幸福度の可視化、美しさの数値化によって育児・介護ロボットやAR・VR教育など生活シーンも変化している。経済が安定した江戸型社会では、モノより人に視点を向けた社会が描かれた。幸福度指標や健康面で痛みやストレスを低減する技術が実現し、人のコミュニティの充実、サービス交換概念が重視された経済が発達する。

Humanity B(変わりゆく暮らし・コミュニティ)では、シナリオの「経済停滞・経済進展×集中・分散」軸に代えて、「(人⇔データ)×(コミュニティ⇔個)」を検討軸とした。データの利活用が進んだ社会では、IoEなどで収集され解析されたデータを個人の多様なニーズに対応し利活用している。また五感をリアルに伝えるコンテンツプラットフォームビジネスが進んでいる。一方、人を主体とした社会では、幸福の指標ができ、多様な価値を認め、個人の価値が追求できる制度が構築されている。またデジタル技術の進展で地理や文化を超えたようなコミュニティに所属するネオ・長屋社会が形成されている。

Inclusive(インクルーシブ社会)では、経済が進展した社会においては、技術開発も進み、価値観の多様化に対応したきめ細かいパーソナルサービスをAI・ロボットの活用によって実現している。また感性に関わる技術を活用している。一方、経済が停滞した社会では、エコ意識・地産地消を重視し、ミニマムコストで持続可能な社会が形成されている。

Sustainability(持続可能性)では、経済の進展下においては、技術革新が進みエネルギーや食糧などの資源の分散型やオンデマンド供給システムが普及し、適度なサイズの都市が点在し資源消費が最適化されている。一方、大都市では生活に必要なものがワンストップで済む街区ができ、高い消費効率が達成している。経済が停滞した社会では、各種シェアリングシステムが普及し、人々も助け合い、余暇を活用し心のゆとりのある生活をしている。シェアリングにより資源利用効率も高く、関連技術やシステムがグローカル新産業を創出しつつある。

図表4(a) シナリオの検討軸図表4(a) シナリオの検討軸

図表4(b) 2040年の社会像を実現するためのシナリオ概要
シナリオ ①経済進展×分散 ②経済進展×集中 ③経済停滞×分散 ④経済停滞×集中
Humanity A
<変わりゆく個⼈の⽣き方>
<経済進展×個人・多様性>
未来型多様化社会

技術の進展により汎用⼈型ロボット(サイボーグ)が実装される。感覚の伝達技術、感情や性格までも抽出し、機械に移植する技術が現実となっている。視覚映像や聴覚音声を丸ごと記録するデバイスができ、AIはそれらの情報を基に⼈間の重要な決断をサポートしてくれる。個⼈の権利を守るための仕組みが発達し、個⼈情報も適正に利活用されている。
<経済進展×社会・連帯>
未来型連帯社会

技術の進展により、汎用⼈型ロボット(サイボーグ)が実装される。バーチャルな地域コミュニティとコミュニケーションするプラットフォームが整備されている。美しさを数値化する科学技術、美術品の保護、復元技術、質感評価システム(デジタル化)が実現している。ベーシックインカムの公正な運用を担保する技術が進展している。
<経済安定×個人・多様性>
江⼾型多様化社会

モノよりも「やり方」で⽣活を便利にして、「幸福感」を追求する社会となっている。多幸感の分子メカニズムの解明とコントロール技術が発達し幸福度可視化アプリができている。また、ストレスの科学的評価や価値観多様化教育がなされている。
<経済安定×社会・連帯>
江⼾型連帯社会

より連帯的活動に重点が置かれる社会が構築されている。コミュニティ全体での子育て⽀援、協⼒型経済、地域社会活用、養子制度が活用されてる。経済においては、通貨ではなくサービス交換概念が重視され、GDPに変わる評価体系ができている。医療では、痛みを克服する技術(頭痛、腰痛、がん)によって痛みのない⽣活が送ることができる。
Humanity B
<変わりゆく暮らし・コミュニティ>
<データ×個>
データマイニングによる産業創出社会

あらゆるセンサーが実社会の様々な箇所に散りばめられ、ヒト・モノ・環境などありとあらゆるデータを常に集約・分析している。ニーズに合わせてそれらデータを最適活用し、データの価値化、商品化、産業化、また個⼈のマネジメントのサポートなどが進んでいる。
<データ×コミュニティ>
データがリアルとつながる社会

宇宙旅⾏など一部の⼈しかできない体験も、センシングやVR/MR技術の進展で追体験できるようになる。また、宗教感や古代⼈の⼼境など、五感で感じるリアルな体験も伝えられるように。体験をコンテンツとしたプラットフォームビジネスが進んでいる。
<人×個>
幸福につながる分散社会

多様な価値を理解、認め合い、個⼈の“幸福”を求め、自分の価値を追求できる社会が形成されている。そこでは“幸福”の新たな価値観や指標が提示されている。新たな社会で自己をプロデュースできる⼈間性や⼒を⾝につける新たな教育制度も確⽴されている。
<人×コミュニティ>
ネオ・⻑屋社会

「モノは所有ではなくシェアする」時代になっている。デジタル技術等の進展で、国境や⽂化、⾔語など地理や⽂化的な制約が取り除かれ、多様なコミュニティに所属するようになる。新たな互助コミュニティとしてネオ・⻑屋が形成されている。
Inclusive
<インクルーシブ社会>
AI・ロボットと人がつながり、進化を続ける社会
AIやロボットの発展により、パーソナライズされたきめ細かいサービスが提供され、多⽂化社会、価値観の多様化した社会を⽀えている。
⾼効率なCreation社会
集中により⽣じた余裕を科学技術への投資に回し、技術⽴国⽇本が復活、創造性の⾼い社会となっている。
多様な⼈が集中して⽣きていくための技術として、感性に関わる技術が発達している。一方、取り残される地域など、集中によって失われる多様性もある。
熟成社会
伝統・エコ意識・地産地消などが重視され、ある程度の⽣活レベルが保たれた持続可能な社会となっている。コミュニティで伝統を⼤切にし、地域の多様性が保たれている。
にっちもさっちもいかない社会
⽣き残りのため集中化でコスト低減を図り、ミニマムコストで社会が運営されている。集中せざるを得ない状態で、コストのかさむ多様性への対応は実現できていない。⼈材は海外流出してしまった。⽇本自体が世界から取り残されている。
Sustainability
<持続可能性>
フラクタル先進都市
適度なサイズの都市が全国に点在し、⼈々は郊外で自然と共存し暮らしている。研究開発投資の増⼤による技術革新により、地域のエネルギーをまかなう分散型エネルギーシステムや、⾷料も地産地消やオンデマンド供給システムが普及し、各種資源消費は最適化されている。
ワンストップ省エネ都市
⼈々は多様な世代が⾼層ビル街に集まって暮らしている。近隣には、医療・健康管理・スポーツジムや教育施設、あるいは、⾷料や⾐類などが買物できる施設などがあり、⽣活に関わる様々なことをワンストップで済ますことができる。
グローカル先進都市
適度なサイズの都市が全国に点在し、⼈々は郊外で自然と共存し暮らしている。ワークシェアリングや休⽇分散が定着し、働き方や余暇の活用など、⼈の⽣活スタイルは⼤きく変わり、⼼にゆとりを持っている。リサイクル技術や環境保全技術は、地域発のグローカル新産業として芽を出しつつある。
シェアリング省エネ都市
⼈々は多様な世代が⾼層ビル街に集まり、様々なシェアリングシステムも機能し、助け合って暮らしている。⽣活に関わる様々なことを街区内でワンストップで済ますことができ、⽔・資源・エネルギーなどインフラが共有され効率的に利用されている。

4. まとめと科学技術の方向性への示唆

それぞれのシナリオをまとめると以下のようになる。

経済進展の場合、研究開発投資の増大により技術が大きく進展しており、AIやロボット技術の進化と五感や美の数値化、幸福度の可視化が可能となり、デジタル・バーチャル技術によって、人へのサポートあるいは人が代替され生活が向上している。またIoEなどのデータの利活用で効率化・最適化が進み、多様化社会に対応したきめ細やかなサービスで新規産業が生まれ、インクルーシブ社会が構築される。分散型エネルギーシステム、地産地消オンデマンド供給システムの構築で、ジャストサイズの都市が適度に分散し、資源の利用効率が向上している。

一方、経済停滞の場合には、モノより人の生き方が主体となり、科学的な解析による個人の幸福感の数値化や新たな価値観の指標、自然との共存や余暇の活用などで個人の幸福度を高めている。また、シェアリングやエコ意識などの人の意識や制度の改革、地産地消などによる持続可能な資源利用が進められている。

分散の観点では、適度なサイズの都市が全国に点在し、自然と共存して暮らしている。分散型エネルギーシステム、食料の地産地消オンデマンド供給システムにより、持続可能な社会が構築されている。多様化社会が広まり、それに対応するAIやロボットを活用したパーソナルサービス(幸福感・価値観)が行き届く。

集中の観点では、大都市には生活に必要な様々なモノとコトがワンストップで済む街区があり、資源利用効率は最適化されている。人はデジタル技術を駆使して連携し、多種多様なコミュニティができ、複数所属している。そのためにコミュニケーションプラットフォーム、コンテンツプラットフォームなどの各種プラットフォームが構築されている。

今回のワークショップでは、4つの目指す社会像とそれを実現する16のシナリオが作成された。今後の科学技術の方向性への示唆として、主に以下のような視点が得られた。

 AIやロボットなど先端技術と人の融合による生活の質の向上

 五感・美・幸福度・価値観など人間の感覚的なものを数値化・可視化することによる人の満足度の向上

 データの利活用による多様化社会・パーソナル化社会への対応

 シェアリングや人の意識改革によるエネルギー・食料など資源利用の高効率化

 時空を超えたコミュニケーションや多種多様なコミュニティ形成のためのICT系プラットフォームの構築

これらの科学技術の方向性を考慮することで、「Humanity」、「Inclusive」、「Sustainability」を尊重した社会(ビジョン)の達成に寄与できると考えられる。それぞれのシナリオで抽出された、科学技術と人の意識の双方を高め融合することで、経済状況に応じて、将来の目指す社会像実現に寄与することが可能となる。

なお、本ワークショップの結果については、第11回科学技術予測調査として今後実施される、科学技術動向(デルファイ)調査(2018年度予定)、シナリオ調査(2019年度予定)に、科学技術トピック並びにシナリオの要素(科学技術・システム)として反映する予定である。

謝辞

本研究を進めるに当たり、ワークショップ開催に多大な御協力をいただきました、公益社団法人応用物理学会の参加者と関係者の皆様に感謝いたします。


注1 体系的かつ継続的なモニタリングを通じて、将来社会に大きなインパクトをもたらす可能性のある新たな動き(変化のきざし)を見いだし、潜在的な機会やリスクを把握する取組。

注2 半導体、光・量子エレクトロニクス、新素材などの工学と物理学の接点にある最先端課題や学際的なテーマに取り組む。個人会員数は約2万人(2018年4月現在)。公益社団法人応用物理学会ホームページ:https://www.jsap.or.jp/

参考文献

1) 赤池伸一.科学技術予測の半世紀と第11回科学技術予測調査に向けて.文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon 2018. Vol.4 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00130

2) 矢野幸子.2040年の科学技術と社会について考える~ビジョンワークショップ開催報告~.文部科学省科学技術・学術政策研究所STI Horizon 2018. Vol.4 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00125

3) 科学技術予測センター.地域の特徴を生かした未来社会の姿~2035年の「高齢社会×低炭素社会」~.調査資料No.259.文部科学省科学技術・学術政策研究所(2017年6月):http://doi.org/10.15108/rm259

4) 科学技術予測センター予測・スキャニングユニット.持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その3 地域の未来を創造する科学技術・システムの検討).STI Horizon 2017. Vol.3 No.2:
http://doi.org/10.15108/stih.00079