STI Hz Vol.4, No.2, Part.9:(ほらいずん)科学技術予測の半世紀と第11回科学技術予測調査に向けてSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00130
  • 公開日: 2018.06.25
  • 著者: 赤池 伸一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
科学技術予測の半世紀と
第11回科学技術予測調査に向けて

上席フェロー 赤池 伸一

概 要

科学技術予測は当時の科学技術庁により1971年に開始され、既に10回の調査が行われている。当初は、個々の科学技術トピックの実現時期が関心事項であったが、最近ではシナリオ・ライティングなどの複数手法を用いて科学技術から社会までを視野に入れた検討を行っている。同調査は約5年ごとに行われ、科学技術基本計画や重点研究開発分野の計画の策定等に活用されてきた。第11回調査は、①ホライズン・スキャニング、②ビジョニング、③科学技術動向調査及び④シナリオ・プランニングの4つの段階を経て、戦略の総論部分に貢献する「基本シナリオ」と各論部分や各種研究グラントの設計に資するための「深掘りシナリオ」を提案することを予定している。また、第11回調査では、様々なステークホルダーのインボルブメント、ICTの積極的な導入による手法開発を特徴とするとともに、他の調査分析、プログラム、機関等と連携を図りつつ、最終的なユーザーである政策当局とのコミュニケーションをとることとしている。文部科学省 科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の同調査がステークホルダーと未来像を共有するためのプラットフォームとしての役割を果たしていくことが重要である。

キーワード:科学技術予測調査,予測,未来,将来,シナリオ

1. 科学技術予測調査の歴史と現代における意義

我が国における科学技術予測調査は当時の科学技術庁により1971年に開始され、1992年の科学技術政策研究所(現科学技術・学術政策研究所(NISTEP))の移管を経て、既に10回の調査が行われている(以降、各調査を第〇回調査と記す)。当初は日本もキャッチアップの時代であり、個々の科学技術トピックの実現時期が大きな関心事であった。より精度の高い情報を得るため専門家に対して2回のアンケートを繰り返し行う、いわゆる「デルファイ法」注1が用いられた。図表1に示すように、2000年頃から徐々に科学技術を社会課題の解決に役立てることが強調されるようになり、科学技術予測もニーズ指向が強まってきた。その後、社会課題と科学技術の要素を組み合わせてシナリオを描く手法を採用することとなり、第8回調査よりシナリオ・ライティングなど複数手法を用いて科学技術から社会までを視野に入れた検討を行っている。

科学技術イノベーション政策においては、1995年の科学技術基本法の制定後、5年ごとに科学技術基本計画が策定され、現在は第5期の科学技術基本計画の計画期間となる。最近では、科学技術予測調査はこれと連動する形でおおよそ5年ごとに行われ、第3期の重点研究開発分野の計画の作成等に貢献してきた。キャッチアップの時代も終わり、将来を予測すること自体の困難さも増している。現在では、未来像についてステークホルダー間で議論することに主眼を置くようになり、調査結果ばかりでなく、ステークホルダーを巻き込んだ作成プロセスそのものの重要性が増している。第10回調査の結果例を図表2に示す。

図表1 科学技術予測調査の歴史図表1 科学技術予測調査の歴史

図表2 第10回調査の結果図表2 第10回調査の結果

2. 第11回調査の全体構造

第11回調査は、次期科学技術基本計画をはじめとする科学技術イノベーションに関係する国家戦略の策定に貢献することを目的としている。

調査は、図表3に示すように基本的に4つのプロセスからなる。まず、パート1はホライズン・スキャニングであり、社会のトレンドを把握するとともに、科学技術の新しい動き(シグナル)を捕捉することである。科学技術予測センターでは、2017年よりKIDSASHI注2を開発・運用し、この成果を含む様々の情報を活用している。

パート2はビジョニングである。ビジョニングは、「あり得る社会を超えたありたい社会」(未来像)を描くプロセスであり、主としてワークショップ形式で多くのステークホルダーを巻き込みながら議論を行う。2018年1月に約100人の参加者を得てビジョンワークショップ注3を開催し、約10人×10グループに分かれて検討を行った。各グループより5個程度の2040年の理想とする社会像が提示され、それらの構造化を行ったところである(報告書作成中)。

国の未来像は、よりマクロな「世界・アジアの未来像」、よりミクロな「地域の未来像」とも連動する(図表4)。そこで、2017年12月の予測国際会議ワークショップ注4において世界やアジアのトレンドを収集するとともに、2016年度~2017年度に5か所で実施した地域ワークショップ注5において地方のトレンドを収集し、ビジョンワークショップでの検討及びとりまとめに活用した。なお、2018年度はさらに1か所の地域ワークショップ開催を予定している。

パート3は、従来よりデルファイ法を用いて行っている科学技術動向調査である。第11回調査においては、図表5に示すように全体を見渡す立場で科学技術予測委員会(仮称)を設置し、研究分野ごとに7分科会を設定する予定である。各分科会では、研究分野の下に10程度の細目を設定し、第10回調査の科学技術トピックの見直しの検討をする。その後、トピックごとに、実現時期(技術的実現及び社会実装)、重要度、国際競争力、政策的支援の必要性とその手段等についてアンケート調査を実施する予定である。アンケート調査の規模は今後の検討によるが、第10回調査の回答者は4309名であった。

パート4としては、未来像と科学技術動向調査の結果を再構成し、次期科学技術基本計画をはじめとする戦略策定に()かすためのシナリオを作成する予定である。第11回調査では、戦略の総論部分の策定の基礎として基本シナリオを提案(中間報告)するとともに、各論部分や各種研究グラントの設計に資するための深掘りシナリオを提案(最終報告)することを予定している。

パート1~パート4については、実際のプロセスではフィードバックをかけながら一部並行して進められる。先に、予測国際会議ワークショップや地域ワークショップを挙げたが、これ以外にも学会と連携したワークショップを開催している。例えば、公益社団法人応用物理学会注6、一般社団法人日本機械学会、日本脳科学関連学会連合注7等と連携して、特定分野において未来像と科学技術の関係性(パート2~パート3に相当)に関する議論を行っている。また、方法論や最新の科学技術動向に関するセミナーの開催等を通じて、科学技術予測調査をより重厚なものにするための取組を行っている。

図表3 第11回調査のプロセス図表3 第11回調査のプロセス

図表4 未来像の構成図表4 未来像の構成

図表5 科学技術動向調査(デルファイ調査)の体制図表5 科学技術動向調査(デルファイ調査)の体制

3. 第11回調査の特徴と今後に向けて

第11回調査の特徴の1点目は参加型のワークショップによる多様なステークホルダーのインボルブメントである。科学技術予測センターでは、前述の地域ワークショップや予測国際会議ワークショップ等において、グループディスカッションを通じて参加者のアイデアの創出を促し、多様な未来像の描出を試みている。このような手法はビジョンやシナリオ作成に有効な手法であると考えられる。

2点目は、ICTの積極的な導入による新たな手法開発である。第11回調査では、アンケートの電子化を進めるとともに、政策文書やプレスリリース等のクローリング、テキスト分析や可視化の手法開発を行っている。また、政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター)や科学技術振興機構研究開発戦略センター(JST/CRDS)との連携により、SPIAS注8を開発し、政策課題と研究費の関連付け等の成果を得ている。今後の分科会における検討に()かしていく予定である。

今後、第11回調査を進めるに当たり、重要な点は、他の調査分析、プログラム、機関等との連携である。政策立案などに()かされる将来予測を得るためには、過去から現在までの歴史をしっかり把握し、予想される未来と、理想的な未来を比較検討することが必要である。過去10回の科学技術予測調査は最も重要な資産であるが、NISTEPはこれ以外に、様々な指標の作成や論文、特許等の定量分析も行っている。また、JST/CRDSでは、研究開発分野ごとの俯瞰を行い、戦略的な政策提言を行っている。先に示したSPIASも含め、これらの情報を適切な手法を用いて整理・可視化を行い、積極的に活用することが重要である。

調査の最終的なユーザーである政策当局とのコミュニケーションも重要である。調査の結果を単に事後的に提示するのではなく、調査の設計や過程において政策立案のニーズをとらえることが不可欠である。中央省庁、地方自治体、産業界においても、ワークショップ等を通じた未来ビジョン作りは様々な場で行われている。特に、理化学研究所やJSTにおける活動は、共に科学技術イノベーション政策を担う機関として特筆すべきものである。NISTEPの科学技術予測は、半世紀にわたる歴史と科学技術動向の調査の厚みを特徴とするものであり、次期科学技術基本計画などの将来の国家戦略の検討に当たり、NISTEPの科学技術予測がステークホルダーと未来像を共有するためのプラットフォームとしての役割を果たしていくことが重要である。


注1 多数の人に同一内容の質問を複数回繰り返し、回答者の意見を収れんさせるアンケート手法。回答者は、全体の意見の傾向を見ながら自身の回答を再検討する。回答者の一部は多数意見に賛同するので、意見は収れんする方向に向かう。元となった手法は、米国ランド・コーポレーションが開発した。

注2 KIDSASHI(きざし):https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/

注3 矢野幸子.2040年の科学技術と社会について考える~ビジョンワークショップ開催報告~.文部科学省 科学技術・学術政策研究所STI Horizon. 2018. Vol.4 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00125

注4 栗林美紀.第8回予測国際会議「未来の戦略構築に貢献するための予測」の開催報告.文部科学省 科学技術・学術政策研究所STI Horizon. 2018. Vol.4 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00131

注5 予測・スキャニングユニット、「2035年の理想とする“海洋産業の未来”ワークショップ in しずおか」活動報告.文部科学省 科学技術・学術政策研究所STI Horizon. 2018. Vol.4 No.1:http://doi.org/10.15108/stih.00118;科学技術予測センター.地域の特徴を生かした未来社会の姿~2035年の「高齢社会×低炭素社会」〜.調査資料No.259(2017)

注6 蒲生秀典,浦島邦子.2040年ビジョンの実現に向けたシナリオの検討~応用物理学会連携ワークショップより~. 文部科学省 科学技術・学術政策研究所STI Horizon. 2018. Vol.4 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00133

注7 重茂浩美.日本脳科学関連学会連合協賛 NISTEP専門家ワークショップ~脳科学研究の推進に向けた革新的な計測技術とAI等による解析法~開催報告(速報).文部科学省 科学技術・学術政策研究所STI Horizon. 2018. Vol.4 No.2:
http://doi.org/10.15108/stih.00126

注8 SPIAS「SciREX 政策形成インテリジェント支援システム(SciREX Policymaking Intelligent Assistance System)」