STI Hz Vol.3, No.4, Part.6:(ほらいずん)空飛ぶクルマ -CARTIVATOR 中村 翼 代表インタビュー-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00104
  • 公開日: 2017.12.20
  • 著者: 中島 潤
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
空飛ぶクルマ
-CARTIVATOR 中村 翼 代表インタビュー-

科学技術予測センター 特別研究員 中島 潤

概 要

科学技術・学術政策研究所(NISTEP) ホームページ内サイト「KIDSASHI」にて、2017年5月に空飛ぶクルマの最新動向をレポートした1)。それ以降も、実証実験開始や、将来構想の発表などが続いている。世界中で空飛ぶクルマの研究開発競争が進む中、我が国で、有志団体という事業形態で空飛ぶクルマの実現に向けて精力的に活動を行っているCARTIVATOR、その代表を務める中村翼氏に、今後の活動方針や、空飛ぶクルマ実現に当たっての課題など、広範にわたりお話を伺った。

1. “空飛ぶクルマ”構想とその実現に向けて

2017年現在、自動運転自動車の実現・普及に向け、技術開発や社会基盤整備などの様々な活動が世界中で進められている。ここで、自動運転自動車の“次”にモビリティを変えていくものを展望した場合、空飛ぶクルマは、現時点において有力な候補と考えられる。実際、図表1にまとめたとおり、昨今空飛ぶクルマに関する事業構想や計画を発表する事業者が相次いでいる。

図表1からも分かるとおり、完全自律飛行の有無、垂直離着陸の可否、飛行可能距離の差異など事業者ごとに空飛ぶクルマの製品仕様や事業のコンセプトは様々である。一方で、1~5人程度の少人数の移動を対象とした「新たなモビリティサービスを提供する」という方向性についてはほぼ一致している。当然、安全面や社会基盤の整備といった多くの課題が残されているが、複数の事業者が本格的に空飛ぶクルマの実現を目指しているのは 1. 都市部に人が集中することで起こる深刻な交通渋滞の回避 2. 道路などの物理的なインフラ設備の多くが不要となることによる、インフラ設置・維持費の減少 3. インフラ未整備の諸国への移動手段の提供 といった、多くのメリットや社会的意義が見込めることが理由として考えられる。

我が国の状況に目を向けると、図表1にも掲載しているCARTIVATORという有志団体が“空飛ぶクルマ”の実現時期など具体的なロードマップや機体の外観コンセプト(図表2)などを公表し、またその実現に向けて積極的に活動している。次項では、CARTIVATOR代表の中村翼氏へのインタビューを通じ、我が国の事業状況や今後の課題などを考えていく。

図表1 事業者ごとの空飛ぶクルマ構想公表内容まとめ(並びはアルファベット順)図表1 事業者ごとの空飛ぶクルマ構想公表内容まとめ(並びはアルファベット順)

注1:各事業者の構想発表内容であり、飛行モードや飛行時積載重量など、条件差が存在する可能性あり
注2:Air module, Capsule, Ground moduleが別体であり、組み合わせて使用
注3:完全自律走行機能が可能であると公表されているが、具体的な導入時期など詳細は不明
注4:ドバイ実証実験時の想定飛行可能距離
注5:100-150 km of fuel left for driving, Maximum Take-off Weight 条件時
注6:PAL-V liberty pioneer edition という、台数限定の初期生産モデルの価格
出典:各事業者ホームページ等の情報を基に科学技術予測センターにて作成

図表2 CARTIVATOR 空飛ぶクルマコンセプト車両外観図表2 CARTIVATOR 空飛ぶクルマコンセプト車両外観

出典:CARTIVATOR ホームページより

2. CARTIVATOR代表 中村翼氏インタビュー

― 空飛ぶクルマの実現に向けて取り組む意義、目的は何でしょうか

そもそもこのCARTIVATORという事業を始めたきっかけからお話します。2012年頃に、所属している自動車会社の同僚や大学時代の友人たちと、あるビジネスコンテストに参加し、結果として賞を頂くことができました。そこで自分たちの考えがある程度は認めていただけているという自信を得まして、次はプロトタイプを作ってみようという話になりました。どのようなプロトタイプとするかアイデアを練っている中で、空飛ぶクルマというコンセプトも候補に挙がりました。最終的には100くらいのプランの中から、直感的に面白そうなもの、また私たちが大事にしている「次の世代に夢を届けたい」という考えに最もふさわしいものはどれかと皆で議論した結果、空飛ぶクルマ事業を進めていくことに決まりました。この「次の世代に夢を届けたい」という想いは今でもCARTIVATORの事業を推進していく意義であり、最大のモチベーションとなっています。

CARTIVATOR 代表 中村 翼 氏

CARTIVATOR 代表 中村 翼 氏
― 空飛ぶクルマ実現に向けた構想、ロードマップを教えてください

まず、2020年にプロトタイプを作り、その後試験及び改良の期間を5年とし、2025年の量産、製品化を目指しています。そして最終的には「2050年には誰もがどこでもいつでも飛べる時代に」と考えています。2050年の社会を見据えたときに、世界では大きく二つ、解決しなければいけない問題があると考えられます。まず一つは、人口爆発です。2050年には人口が更に増えて世界で100億人を超えるような状況が想定されています。特に今後爆発的に増加が見込まれているアフリカや中近東などの地域では、道路等のモビリティ関連インフラが整っていない中で人だけ増えてしまい、十分な移動が確保できずに経済的な困難が生じてしまう可能性があります。そしてもう一つは、都市部への人口集中です。今も(ひど)い交通渋滞は発生していますが、更に都市部に人が集まってくれば、より深刻な交通渋滞が発生するのではないでしょうか。こういった課題に対し、空飛ぶクルマという新しいコンセプトで課題解決に貢献していきたいと考えています。このように都市部などの過密地域での使用を想定すると、機体が大きいとどうしても駐機する場所などで困難を伴うと考えており、機体のデザインについては可能な限りコンパクトに、具体的には全長3.7m程度にすることを想定しています。

― ロードマップを達成させるに当たり、どのような課題が考えられますか

バッテリーなどテクノロジー上の課題も多々ありますが、一番はパブリックアクセプタンス、つまり社会が空飛ぶクルマを受け入れられるか、という点ではないでしょうか。技術的に優れたものであっても、新しいルールや社会基盤も整っていないと一般の方々には受け入れられないと思います。まずユーザー視点では、空飛ぶクルマに安心して乗れること、また周辺環境という点では、住宅地を飛行する際に許容できる低騒音レベルであること、衝突や墜落が発生しないことなど、交通システムとしていかに環境にとけこみ、調和できるかが重要だと思います。

社会基盤という観点では、どのような規制・ルールを設けるか、も重要です。2025年の製品化や、その後の産業化を見据えると、やはり新たなモビリティとしてのカテゴリーをしっかり作っていく必要があると考えています。私たちは、機体の機能として完全自律飛行を目指しているので、そうなると現在フライトの際に必要とされるライセンスなどは不要となるかもしれません。また、静粛性の確保や冗長性の観点から、完全電動化、複数モーターの同時制御、滑走路を不要とするための垂直離着陸など、現在あるカテゴリーの枠におさまらない機体を検討しています。海外でも同様なコンセプトが検討されていますが、既存のヘリコプターよりも安全で静かで効率のよいものができる、かつ新しい産業となりえるということで、米国や欧州などでは既にカテゴリーを新設する議論が進められています。

最後に、空飛ぶクルマを事業として推進する環境についてです。以前、UBERが主催するカンファレンスや米国の航空宇宙関係の学会に参加して感じたことなのですが、欧米では既に分野や専門領域を超えて横串でつながる場、オープンな場で様々なディスカッションが行われています。そこには研究者や技術者だけでなく、航空局など規制当局の方なども議論に参加し、空飛ぶクルマの社会実装に向けてかなり真剣に具体的な話を進めています。日本ではまだこのようにオープンに議論する場が十分に用意されていないと感じています。自動車分野と航空宇宙分野は、一歩引いて見てみると類似技術もあり、分野を超えた交流がもっと盛んになれば技術や考え方が更に発展していくのではないかと考えています。このような交流、議論ができる場を形成すべく、私たちも働きかけを始めています。

― 有志団体としての活動ではいろいろと制約もあるかと想像しますが、空飛ぶクルマの実現をどのように進めていこうとお考えでしょうか

有志団体ということで、基本的には参加しているメンバー全員、それぞれの所属先の勤務時間外でしか活動できません。ですので、週末や平日の夜が活動の中心です。コミュニケーションの手段もチャットやテレビ電話などが多いです。また、企業ではないので、幾つかの団体様からスポンサーとして御参加頂いておりますが、まだまだ資金的にもかなり制約があります。この時間とお金の制約をどうクリアするか、常に頭を使っています。限られたリソースの中で全てのコンポーネントを一から開発することはできませんので、我々は空飛ぶクルマのコンセプトの立案や、基本設計を行うことをコア事業とし、実際のコンポーネントなどハードウェアの作製は、広く産業界を巻き込んで進めていきたいと考えています。

また最終的には、製品の提供だけでなく、モビリティのサービスプロバイダーとなることを目指しています。また、先ほど述べたようにルールメーキングも重要だと考えており、同時に推進していきたいので、様々な方とパートナーシップを組んで空飛ぶクルマのコンセプトを先導していければと考えています。“日本発”を掲げていますが、ジャパンオンリーではなく、海外の方も含めて興味をお持ちの方、御協力頂ける方全員に対し、オープンな姿勢です。海外の同業他社についても、もちろん競合になり得る企業も出てくると思いますが、広く捉えれば一緒に新しい世界を作っていく方々ですし、特に海外は人材流動性も激しいので、技術や人材を囲い込むよりは、皆で切磋琢磨(せっさたくま)してこの空飛ぶクルマの実現を目指していきたいと考えています。

空飛ぶクルマの事業構想について語る中村氏

空飛ぶクルマの事業構想について語る中村氏

3. おわりに

中村氏へのインタビューで最も印象的だったのは、「次の世代に夢を届けたい」という想いを今もとても大切にしている点である。また、「欧米では既に、空飛ぶクルマというコンセプトを積極的に取り入れ、これをモビリティの新たなカテゴリーとして確立するべく、社会実装に向けた前向きかつ具体的な議論が進められている」という指摘も印象的であった。この指摘からは主として有志団体が開発資金など限られたリソースの中で活動している我が国が、世界各国の事業者とともに事業推進や社会基盤整備を進めていくことの困難さが(うかが)い知れる。一方、有志団体という形態を生かし、“想い”を共有する様々なメンバーをオープンに受け入れている点は、他の事業者にはない特徴であり、強みとも言える。

空飛ぶクルマの社会実装を見据えたとき、自動運転自動車の社会実装に向けた現在の動きは、類似する点も多いと思われる。自動運転自動車の実現に向けては、技術開発や社会基盤整備で事実上の世界標準(デファクト・スタンダード)を確立すべく、自動車産業のみならず、地図、ソフトウェア、半導体関連や自動車部品メーカーなど分野や業種を超えた多くの事業者間で合併や事業提携などが起きている。また法整備や保険、免許など新たな制度設計も世界各国で進められている。

空飛ぶクルマでは、これらに加えて更に多くの課題が想定される。一つは中村氏からも多くの指摘があった社会受容の面である。従来の自動車と同じインフラを用いる自動運転自動車においても、社会受容についての議論はつきない。空を飛ぶという新たなカテゴリーの受容は更に困難であることが予想される。法制度の面では、道路交通法の他、航空法などが関わるため複雑度が増す。技術面でも、安全なフライト、静粛性などユーザーに受け入れられるための機体の基本設計だけでなく、空路の3次元地図整備、管制システムなどの要素が加わってくる。

このように課題も多くある一方、もし将来空飛ぶクルマが実現すれば、現在の移動の概念・常識は覆り、産業構造も大きく変革する、まさにイノベーションが起きると考えられる。このイノベーションの種をどう育て産業化を目指すのかという観点からも、中村氏が語ったように、自動車や航空といった分野を超え、さらには産学官といった立場を超えて、よりよい社会を目指すコンセプト・ビジョンの共有、またその実現に向けた議論や交流を積極的に進める必要がある。その上で、デファクト・スタンダードの議論に乗り遅れることなく、迅速に具体的な技術開発や政策、制度設計などへとつなげていくことが重要と考えられる。

参考文献

1) 中島潤、空飛ぶクルマ、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 KIDSASHI(きざし):
https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/20170531SKYCAR

2) AeroMobil社HP:http://www.aeromobil.com/#s-video

3) Airbus社HP Pop.Up project :
http://www.airbus.com/content/dam/corporate-topics/publications/press-release/E_PopUp%20Concept.pdf

4) CARTIVATOR HP :http://cartivator.com/

5) 日本経済新聞:「空飛ぶクルマ」離陸 トヨタが支援、20年の実用化目標
http://www.nikkei.com/article/DGXKASDZ08ICG_Z00C17A5MM8000/

6) EHANG社HP EHANG184概要説明:http://www.ehang.com/ehang184/

7) TechCrunch : Dubai plans to introduce flying drone taxis as early as this summer
https://techcrunch.com/2017/02/14/dubai-plans-to-introduce-flying-drone-taxis-as-early-as-this-summer/

8) LILIUM社HP :https://lilium.com/

9) WIRED : テスト飛行に成功した「電動飛行機」スタートアップは何を目指すのか? 『WIRED』独版独占インタビュー
http://wired.jp/2017/04/23/lilium-aviation/

10) PAL-V社 HP:https://www.pal-v.com/

11) UBER社HP UBER Elevate :https://www.uber.com/elevate.pdf