STI Hz Vol.3, No.4, Part.5:(ほらいずん)ドイツ連邦政府における予測活動“Social Changes 2030”にみられる社会トレンドと社会課題STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00103
  • 公開日: 2017.12.20
  • 著者: 七丈 直弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
ドイツ連邦政府における予測活動
“Social Changes 2030”にみられる
社会トレンドと社会課題

科学技術予測センター 客員研究官・東京工科大学 教授、 IRセンター長 七丈 直弘

概 要

ドイツ連邦教育研究省では政策目的・予算配分の検討に反映することを目的とした予測活動を2001年より実施している。2015年に公開された予測報告書では、2030年までの期間でドイツにとって重要性が高い社会課題が特定された。その手順は、(A)多様な社会トレンドの抽出、(B)社会トレンドの総合的な影響評価、という2ステップに分けられている。ステップAでは、(1)オープンな社会トレンド、(2)隠れた社会トレンド、(3)規範的な社会トレンド、という3種の社会トレンドに関し、定性的手法と定量的手法を総合して分析された。その結果「社会・文化・生活」の質に属する27のトレンド、「ビジネス」に属する22のトレンド、「政治とガバナンス」に属する11のトレンドが得られた。さらに、得られたトレンドは相互の関連性に基づき集約され、7つの社会課題(社会トレンドの集合体)としてまとめられた。類似した社会課題調査は日本を含む他の予測調査でも実施されているが、本調査は定性的議論だけでなく、文献調査によるエビデンスを含めた客観的かつ多様な付加情報を伴っている点に特徴があり、日本での予測活動にも参考になる点が多い。

1. ドイツ連邦政府におけるこれまでの予測活動

欧米を中心に1990年代から政府予測活動(Government Foresight Activities)は科学技術政策から適用範囲が拡大し、その過程で予測手法(Foresight Methodologies)や予測結果の活用が蓄積されている。特に、欧州連合(EU)における予測活動は洗練されており、その適用範囲も政策形成・プログラム評価・社会参加型テクノロジー・アセスメント(TA)・リビングラボなどにおいて広範な活用実績がみられる。その中でも、予測活動の歴史が長いドイツ連邦教育研究省(Bundesministerium für Bildung und Forschung、以降BMBFと呼ぶ)が本年英訳を発表した予測調査報告書“Social Changes 2030”は実施手法と内容面の双方で興味深い。当該調査報告書は、3巻構成で、第1巻のみでも240ページの大部で内容も豊富である。本稿では、この調査の特に第1巻に示される「社会トレンド」「社会課題」に関する調査概要を紹介する。

ドイツにおける予測活動の歴史は古く、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)と共同で統一後の1993年に実施されたDelphi ’931)を端緒に、続くMini-Delphi 19952), Delphi ’983)などの先行調査実績がある。これらはいずれもフラウンホーファー研究機構(Fraunhofer-Gesellschaft)システム・イノベーション研究所(ISI)が実施したものである。これら調査事業は、必ずしも政策目的・予算配分に直接リンクした利・活用を主目的とはしていなかったものの、2001年からはBMBFによって科学技術予算の戦略的配分への貢献を目的としたFuturと呼ばれる予測活動が開始された。FuturはPhase I(2001~2002年)とPhase II(2003~2005年)に分けて実施されたが、これら成果を踏まえ予測方法の改良が進み、現在のBMBFの政府予測活動体制が確立された。現体制での最初のサイクル1(2007〜2009年)では、技術指向の予測手法のアプローチが採用され、続くサイクル2(2012〜2014年)では、将来社会動向と社会課題の把握に重点が置かれた予測活動が実施された。

なお、本稿の報告対象とするのは、後者のサイクル2である。

2. BMBF Foresight Cycle 1・2における予測手法の概略

BMBFにおける予測活動は、技術機会の導出を目指すサイクル1の分析と、技術に対する社会の需要を導出するサイクル2の分析という、2つの分析ステップからなる(図表1)。

図表1 BMBFにおける予測活動の構造図表1 BMBFにおける予測活動の構造

注:前半(サイクル1)では、技術機会が導出され、後半(サイクル2)では、技術に対する社会の需要が導出される。
出典:参考文献4) 図表中の日本語説明は筆者による。
【サイクル1】10~15年の間に重要性が増すと考えられる研究領域(Technology Fields)の特定

サイクル1では、今後10~15年の間に重要性が増すと考えられる研究領域(Technology Fields)の特定に焦点を当てた分析である。研究領域は既存の研究・技術領域と、既存領域の範囲外や既存の複数の領域の中間に位置する研究・技術領域の2種類が含まれる。

【サイクル2】社会課題をイノベーションのシーズとして特定

サイクル2は、サイクル1を補完するために、社会と技術の境界にある社会課題をイノベーションのシーズとして特定することを主眼とした分析である。特に、2030年までの期間でドイツにとって重要性が高いとみなされるグローバルな社会課題の特定が目標とされた。

サイクル2における調査手順は以下のA~Cの3段階に分かれる(図表2)。

図表2 BMBF Foresight Cycle 2の構造図表2 BMBF Foresight Cycle 2の構造

出典:参考文献4) 図表中の日本語説明は筆者による。
<ステージA>

2030年に生じる社会トレンドを調査・抽出し、60の社会トレンドと、7つの社会課題としてまとめられている注1

<ステージB>

このステージでは、社会実装される公算の高い11の研究開発領域が特定された。これら研究開発領域の将来展望について、文献調査に基づく最新の研究開発状況がまとめられている注2

<ステージC>

社会と技術の境界面において生じる新たな課題を論じ、それらをイノベーション・シーズと名付けている。このイノベーション・シーズを特定するため、ステージAで得られた社会課題とステージBの研究開発領域との関連付けが行われた。また、抽出された9つのイノベーション・シーズの将来における重要性を示すため、イノベーション・シーズごとに将来ビジョン(visions of the future)の例が作成され、中心的な課題と起こりうる可能性が概観されている注3

次の章で、ステージAの概要を紹介する(なお、本稿はステージAのみの紹介である)。

3. 〔ステップA1〕社会トレンドの特定

1990年代以降、政府予測活動の多くは、技術主導型から社会ニーズを起点とした需要視点へと転換されてきた。将来の社会ニーズの把握には社会のトレンドを把握する必要があるものの、社会の構成要素は多様であり、その変化の方向性も複雑性であることから、一般的には社会ニーズの把握は極めて困難である。“Social Changes 2030”では、文献調査と専門家によるワークショップを併用して、社会トレンドの系統的な把握を実施している。社会トレンドの特定(ステップA1)の具体的な手法は次のとおりである。

まず、社会トレンドの収集対象は、(1)オープンな社会トレンド、(2)隠れた社会トレンド、(3)規範的な社会トレンドの3種に分類された(図表3)。これら社会トレンドの種別ごとに異なる抽出手法が用いられた。

図表3 社会トレンドの種類図表3 社会トレンドの種類

注:ここでいう「人間の認知フィルタ」とは、特定の情報やシグナルを目にしたときにおける認知バイアス、見逃してしまう傾向(イグノランス)のことを指しているものと思われる。
出典:参考文献4)より筆者作成。
(1)オープンな社会トレンド

オープンな社会トレンドの抽出は、①アクターとテーマの分析、②情報源の選択(世界各国の予測調査、予測に関連したジャーナル、論文データベース、学協会のレポート、国際機関のレポート)、③オープンなトレンドを規定するキーワードの選択、④キーワードに基づく情報の分析による200のトレンド候補の抽出、⑤外部専門家による検証、という手順で行われた。

(2)隠れた社会トレンド

隠れた社会トレンドの抽出は、以下の手順①~⑤で行われた。

①認知フィルタの分析と隠れた社会トレンドを形成するニーズのスクリーニング

社会トレンドはニーズに由来するとの前提の下、複数の学術分野(哲学、心理学、消費者研究及び経済)の方法論に基づき、社会の諸相(移動、栄養、衣装・自己表現、健康、環境の質、住居、個人の安全、社会関係性、コミュニケーション、幸福感、自己実現、意味、好奇心・学習)を対象とした質問票調査が行われ、得られた情報の中から将来重要性を増すと考えられたニーズ・トレンド・情報源が後段での分析に提供された。

②隠れた社会トレンドに関係する周辺アクター(marginal actor)の同定とサーベイ

イノベーションの普及に関する議論においては、先導的なアクターが持つニーズの中に、将来主流となるニーズが含まれている事例が多いと知られている。そこで、先鋭的なニーズを持つ層「ニーズパイオニア」、先導的な導入・利用を行う層「リードユーザ」、新たな方向性についての知見を有する層「ニーズアンテナ」を定義し、それらを含む35名の専門家パネルが組織された。専門家パネル・ワークショップにより、15のトレンド案が作成された。得られたトレンド案は、トレンドに直接組み込まれるものもあれば、他のトレンドと統合されたものもあった。

③情報源の分析

イノベーションシステムに関する通常の分析では考慮されることの少ない新聞の特集記事や若者文化に関する分析が行われ、潜在的に大きな影響を与えうるものに対しては、専門家によってレビューされた後にトレンドに加えられた。

④博士号取得候補者によるパネル

認知フィルタを更に低減させるため、多様な専門分野の柔軟な発想を持つ若手研究者を集めた2日間のワークショップを実施した。得られたトレンド案の中から社会トレンドにふさわしいと判断されたものが抽出された。

⑤隠れたトレンドを形成する兆候の集約

手順②~④で得られた結果は内部の専門家によって分析された後に総合され、110の候補が得られた。

(3)規範的な社会トレンド

規範的な社会トレンドの抽出は、以下の手順①~⑥で行われた。

①規範的な社会トレンドのアクターとテーマの分析

利益団体ごとに異なるビジョンや目的を持ち、それらが総合して社会発展の規範的目標を形成している。特に社会の一体感や統合に関するテーマを中心に、アクター分析とテーマ分析を行うことで5つの社会テーマ(多文化主義、統治及び国家、社会の繁栄と持続可能性、社会的結合、仮想化)が抽出された。

②規範的な社会トレンドの検索に向けた情報源の選択

規範的トレンドに関する情報を系統的に収集するため、中核となるアクターを4種(企業、国際機関、ドイツ連邦政府、研究所)とし、各々が出版した文書や関連資料をスキャンニング(検索)対象とした。

③規範的な社会トレンドの検索基準の設定

規範的な社会トレンドの条件として、以下の4条件が設定された。すなわち、(1)頻繁に公開の場での議論の対象となること、(2)横断的なテーマに対して社会課題を提起すること(例:持続可能性)、(3)価値観の不一致が認められ、相互理解や妥協が求められること、(4)政策提案者に対して緊急の対応が求められること、の4条件である。

④情報源の分析

他の社会トレンドの分析の際と同様に、情報源に対してキーワード検索が行われた。また、得られた兆候によっては追加的な情報源を含めた分析を実施した。

⑤フォーサイトワークショップによる外部有識者からの検証

内部の専門家のみの分析には限界があるため、外部有識者を集めたワークショップを行うことで前段までに得られた兆候について検証・敷衍された。

⑥規範的な社会トレンドを形成する兆候の集約

内部専門家と外部有識者によって特定された100程度の兆候を集約し40の規範的な社会トレンドに集約した。

以上のプロセスによって得られた3種のトレンドは、その意味的の類似性に基づき約150の集合に集約された。その後、内部専門家により、「社会的重要性」「科学技術イノベーションへの関連性」「社会トレンドとしての新規性」「現時点から2030年までの期間における重要性」の4つの観点から評価を行い、最終的に「60の社会トレンド」としてまとめられた(図表5)。

図表4 社会トレンドの導出プロセス図表4 社会トレンドの導出プロセス

図表5 抽出された「60の社会トレンド」図表5 抽出された「60の社会トレンド」

4. 〔ステップA2〕社会課題(Social Challenges)の特定

社会ニーズの特定(ステップA1)において得られた社会トレンドとは、相互に影響を与えつつ、将来の社会を変貌させていく性質のものである。この結果、社会にとって好ましい結果になる可能性も好ましくない結果になる可能性もある。そこでステップA2では、社会トレンドの間の関係性を評価しながら、政策対応が求められる社会課題(Social Challenges)に関して領域の特定が行われた。

ドイツ連邦政府のイノベーション政策上重要な観点を明らかにするために、社会ニーズの特定(ステップA1)で得られた60の社会トレンドの更なる統合が行われた。この作業のため、内部で2回のワークショップが行われ、社会トレンド間の関係性が議論された。2回の議論は別個に行われたにも関わらず、結果は非常に似た結果が得られたことから、結果の頑強性が検証され、最終的に得られた7つの統合化された社会ニーズを「社会課題」として定義した(図表6)。

導出された社会課題は、以下の7つである。

1. 研究とイノベーションシステムにおけるアクターとしての市民

2. スマートな世界で学び、働く

3. グローバル・イノベーション競争の新しいドライバーとアクター

4. グローバルな労働都市から多国間協力の新しい形式へのグローバルな課題の新しいガバナンス

5. 成長の新しい次元と持続可能性、繁栄と生活の質のバランス

6. 透明性、ポスト・プライバシー、プライバシー保護の間の新しい課題

7. 所属と区別の探求に向かう複数の社会

図表6 社会課題の導出プロセス図表6 社会課題の導出プロセス

注:60の社会トレンドが外部有識者(人文・社会学者)によって評価され、関連するトレンドを統合した結果7つの社会課題が得られた。

5. 社会トレンド及び社会課題導出結果に関する評価

最後に、BMBFの本予測調査で得られた「社会トレンド」と「社会課題」とその導出方法について、簡単に主観を交えた評価を述べる。

ドイツの予測調査における社会トレンド抽出の手法の特長は、「オープンな社会トレンド」に加え、「隠れた社会トレンド」と「規範的な社会トレンド」が明示的に区分されて抽出しようと試みられていることである。また、抽出方法も、プロセスが若干の曖昧性が残るものの、3種のトレンドの種別ごとに工夫され、更に合理的な説明で明示的に表現・言語化されている。

通常、予測活動では、本調査でいう「オープンな社会トレンド」の調査に焦点があるが、これらは主に文献調査によって行われることが多い。「隠れた社会トレンド」の抽出は、専門家やステークホルダーへのインタビューの中で現れてくるもので明示的に表現されない嫌いがある。また、導出プロセスについても、組織内外の専門家の暗黙知によって評価された結果のみが提示されるので、手順の多くもブラックボックス化される、あるいは、担当者はそれを明確に把握していたとしても、合理的な形でそれを表現することが難しい場合が多い。「規範的な社会トレンド」については、客観・中立を意識する政策過程においては明示的に取り扱われることは珍しいと言え、欧州統合の中核を担うドイツならではの視点のように感じられる。

一方、最終的に得られた社会トレンドについて内容・リストを見ると、必ずしも内容そのものに目新しいものがあるわけではない。例えば、NISTEPにおける第10回予測調査の一環として実施された社会ビジョン調査7)と類似する内容が多く含まれている。しかし、NISTEPの社会ビジョン調査は、ワークショップにおける委員の発言を元にとりまとめられたものにとどまるのに対し、今回のドイツの予測調査は、方法論が明確に表現され、結果とともに報告書に明示されている。さらに、文献調査によるエビデンスを含め多様な付加情報が付与され、再分析や第三者による客観的な検証が可能なよう明文化されている点で、社会トレンドの導出方法論の面で明らかに一日の長がある。

続く、社会課題抽出の手順については、ワークショップで集約を行う比較的単純な方法であり、社会トレンド抽出の手順・手法ほど工夫されているわけではない。加えて、得られた社会課題は社会トレンドの全体を俯瞰・網羅されているわけでもない。恐らく、ドイツ連邦政府の科学技術イノベーション政策上の重要性が高い領域の一部が抽出されているにとどまり、この点に関しては日本との差はないと言える。

以上、本稿で紹介したドイツの政府予測活動で得られた社会トレンドと社会課題は、ほとんどが先進国共通のグローバルな社会課題でもある。このため、日本を含む他国での政府予測活動や民間予測活動でも多いに参考になると考えられる。今後、日本で実施される各種の政府予測活動でも、ドイツの予測調査で示されたような骨太の方法論に基づいた社会ニーズや社会課題の調査が日本の予測活動においても行われることが強く期待される。


注1 報告書第1巻4)、英語訳あり。

注2 報告書第2巻5)、なお、本巻のみ独語版のみ。

注3 報告書第3巻6)、英語訳あり。

参考文献

1) 技術予測調査研究チーム, 日独科学技術予測比較報告書(NISTEP REPORT 33). 1994, 科学技術政策研究所. http://hdl.handle.net/11035/521

2) Cuhls, K., S. Breiner, and H. Grupp, Delphi-Bericht 1995 zur Entwicklung von Wissenschaft und Technik – Mini-Delphi. 1996, BMBF: Bonn.

3) Cuhls, K., et al., Delphi ’98 – Studie. Befragung zur globalen Entwicklung von Wissenschaft und Technik. Zusammenfassung der Ergebnisse. 1998, Fraunhofer ISI: Karlsruhe.

4) Zweck, A., et al., Foresight-Bericht Band 1: Gesellschaftliche Veränderungen 2030. 2015, VDI Technologiezentrum GmbH.

5) Zweck, A., et al., Foresight-Bericht Band 2: Forschungs- und Technologieperspektiven 2030. 2015, VDI Technologiezentrum GmbH.

6) Zweck, A., et al., Foresight-Bericht Band 3: Geschichten aus der Zukunft 2030. 2015, VDI Technologiezentrum GmbH.

7) 科学技術動向研究センター, 第10回科学技術予測調査 科学技術予測に資する将来社会ビジョンの検討~2013年度実施ワークショップの記録~(調査資料248). 2016, 科学技術・学術政策研究所. http://doi.org/10.15108/rm248