STI Hz Vol.3, No.3, Part.6:(ほらいずん)カナダにおける未来探索/ フォーサイト活動の紹介STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00094
  • 公開日: 2017.09.25
  • 著者: 浦島 邦子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
カナダにおける未来探索/フォーサイト活動の紹介

科学技術予測センター 上席研究官 浦島 邦子

概 要

 カナダにおけるフォーサイト活動は、公共政策に役立たせるためのツールとして位置づけられている。フォーサイトの目的は未来を予測することではなく、実現可能性のある妥当な範囲、つまり人々が期待していると思われる将来に関して導くことである。フォーサイトは戦略やポリシー、プログラムをサポートし、情報に基づくリスク管理に貢献することができる。その実施はPolicy Horizons Canada(以下PHC)を中心として進められている。最近は、ホライズンスキャニングによって未来を導く活動を実施している。ホライズン活動では、ガバナンス、持続可能性、インフラストラクチャー、デジタル経済をキーワードとして、今後10年から15年の間にカナダにとって可能性のある未来を模索している。こうした活動は、政府機関やその他の組織の専門家の積極的な参加により、変化を促す重要な要素を特定し、シナリオの形でもっともらしい未来を探求し、新たな政策課題や機会を発掘するものとなっている。

1. カナダにおけるフォーサイト活動の歴史

米国や欧州の影響もあり、カナダでは1960年に最初の未来会議がクイーンズ大学主催で実施された。政府では、ピアソン首相が経済省(1963年)と科学省(1966年)にて未来を検討する会議を設立した。1967年、アルバータ政府は人事調査協議会(HRRC)を設立、HRRCは、アルバータ州の将来についてデルファイ調査を実施、カナダにおける最初の正式なフォーサイト調査プロジェクトに着手した1)。シナリオプランで有名なシェル2)が石油の枯渇シナリオ作成をスタートしたのもこの時期である。

その後、1970年にカナダ連邦政府は、社会政策の将来について2年間の研究を実施、気候変動や、エネルギー技術、カナダ人の未来について検討したが、金融、特に先物取引のためのフォーサイトに主眼が置かれた。

1979年には、カナダ人の未来社会に関するイベントがオタワで開催され、トータルシステムの視点から見た保健サービスやソーラーデザインなどについて描かれた。また、カナダの未来にとって重要な技術(例えば無線、ファイバーケーブル、デジタルなど)に関するショーケースも展示された。

1980年には、米国以外では初の世界未来社会会議がトロントで開催され、6,000人以上の来場者があった。そしてカナダ応用研究所(CIFAR)にて年25億カナダドルもの予算で、ボーダーレスといった新しい視点による研究形成や、画期的なアイディアを生み出すための研究プログラムを実施した。そして、1983年にスタンフォード・リサーチ・インスティチュート(Stanford Research Institute)に、ビジネスフューチャーネットワーク(BFN)が設立されたが、BFNはカナダにおける先導的な技術を持つ企業と、幾つかの連邦政府下の研究機関と協働で、ドイツ統一やソビエト連邦消滅といったことがウィークシグナルとして感知できたかを検証した。この会議は、カナダが先見的な役割を果たす最初の国連会議であり、環境保護のための世界的な経済発展を調整するための戦略策定という位置づけであった。この会議を取り仕切った人物が、現在のPolicy Horizons Canada(PHC)のリーダーである3)。1989年には、カナダ連邦政府が部門間予測委員会(ICFF)を設置、戦略策定を専門とする40の連邦省庁及びエージェンシーからの専門家ネットワークを結成した。

1990年、空軍の将来に関する「飛行経路2020」がICFFから報告された。そして1992年にはRIO地球サミット92が開催され、地球環境及び再生不能な資源保護と、経済発展が共存する方策に関して、117の国家元首と178の国の代表が参加、未来について議論した。しかし、1993年、政権交代によってICFFは廃止となり、代わってNational Research Council(NRC)は“Futures and Strategies Network(FSN)”を設立した。1996年、政策研究事務局(The Policy Research Secretariat : PRS)は、司法委員会事務所(The Privy Council Office : PCO)に設置され、若い明るい公務員の訓練と指導を提供する場となった。PRSは公共サービス全体を推進し、政府の政策アジェンダに関連する重要な問題も明らかにした。このモデルは、後にPHCに引き継がれることとなった。

世界的に未来志向が高まる中、1998年にAPEC Center for Technology Foresight(CTF)がバンコクに設立され、NRCは資金や専門知識などを提供、CTF設立に重要な役割を果たした。CTFは、アジアの発展とプロジェクト協力の窓口となり、NRCも協力し、1999-2013年で、「APEC Future Fuels Bio-Health Convergence」、「ナノテクノロジーアプリケーション」、「低炭素社会とASEAN」、そしてロックフェラー財団の支援で「持続可能な次世代エネルギー」、「水と食料」といった多国間プロジェクトが実施された4~7)。こうしたプロジェクトを先導したDr. Arthur J. Cartyは後にNRC代表となり、2001年にはNRCによって“Office of Technology Foresight(OTF)”が設立された。OTFは、連邦政府活動として最初の公式なフォーサイトの組織であったが、政権交代もあり、2004年までの3年間のみであった8)

2000年にPRSは、政策研究イニシアチブ(Policy Research Initiative : PRI)の主催として知られるようになり、その後2年間、その役割はファシリテーターから中期的なホライズン研究プロジェクトのリーダーに変化した。2006年には枢密院理事会(The Clerk of the Privy Council)がPRIの副大臣運営委員会を設置した。目標は、公共サービスのシニアランク内でのアドバイスの提供と仕事の普及改善することであった。

そして2011年、PRIはPolicy Horizons Canada(PHC)となり、公共サービスの戦略的フォーサイトを実施する組織として、新たな政策上の課題や機会を予測し、弾力性のある政策開発を支援する方法や技術を試すことをミッションとして現在も活動している9)。PHCでの様々なプロジェクトは、カナダ連邦内外から異なる分野と視点を持つ人々を集め、知識を共創することで実施している。

2. 政策に役立つフォーサイト活動

政策の様々な段階において、フォーサイトが貢献できることとしては以下のようなことが挙げられる。

  • 政策プロセスは様々なことに影響大なイベントであり、新たな問題と方針を特定するためには、フォーサイト活動によってアジェンダの設定フェーズに役立つチャレンジとチャンスを発見できる。
  • 未来へ大きな影響を及ぼすサイン、つまりウィークシグナルを発見することが可能である。
  • 質問を設定することによって、政策立案の分析段階で大幅な助けとなる。そして政策に組み込まれている仮定及び政策に影響を与える事柄を探索でき、それが様々なシナリオにどのように進化するか把握することができる。

このような特徴から、フォーサイトにおける各種プロセスを繰り返し実施することで、より実現可能あるいは起こりうるであろう確実性の高い未来を導くことが可能となる。

カナダにおけるフォーサイト活動は、公共政策に役立たせるためのツールとして位置づけられている。フォーサイトの目的は、未来を予測することではなく、実現可能性のある妥当な範囲で、人々が期待している将来に関して導くものである。フォーサイトは現在のプロセスに過去のデータと経験を補完し、予期せぬ出来事を予測することができることから、昨今の様々な急速な変化とシステムの複雑さへの対応、そして脅威な出来事に対して早期警告システムを構築するのに役立つ。つまり、現在の戦略や政策、プログラムをサポートし、情報に基づくリスク管理に貢献することができる。またフォーサイトは、世界の変化や、それが対象となる組織にとっての意味を明確化することや、人々の思うことをモデル化でき、探索し、実施することに役立つ。フォーサイト活動で導き出されるオプション、重み付けへの賛否両論、実施可能な戦略の開発、望ましい成果に向けての示唆など、特に未来をシステム化し視覚化することに有効な手段である。また人口又はGDPといった過去のデータに基づく成長、つまり将来の可能性のある選択肢の範囲を理解することで、未来をある程度計ることができるが、そうした一定の条件化でより具体的な未来を描くことがフォーサイトの目的でもある。

例えば、PHCが最近発表した「政府機関への行動洞察の適用」というレポート10)は、公共サービスの在り方に関するレポートである。これは、公共サービスにおける意思決定と議論は、グループによって実施し、多数決で決定されることが多く、個々の行動や意見は見過ごされがちであり、しかしながらその行動が政策に大きく関与することを指摘している。つまり、個々の行動を最初に把握し、より幅広い組織的視点に適用することは、特に政策形成には適切な行為である。最近、多くの行動経済学の論文で“Nudging Citizen”という言葉が取り上げられることが多いが、環境政策などの分野では、ナッジング(Nudging)は、市民や企業の行動を変えるのに役立つ政府のツールとして、大きな可能性を秘めている11)。しかし、行動の洞察を実行可能な政策介入に変換することは簡単ではなく、Nudgeの主張者がプロジェクトの複雑さや課題に対処できなければ、興味を失い、行動できなくなってしまうことも指摘している。

3. フォーサイト活動の全体像

PHCでは図表1に示すような手順でフォーサイト活動を実施している。最近は、単純にフォーサイトとは呼ばずに“ホライズン・フォーサイト”と称している。これは、現状把握とともに、現在は微小なことでも将来的に大きな影響を及ぼす可能性のあるシグナルを発見し、不確実要因を排除又は減じるためには、スキャニングを実施することが有効であるとの認識に基づくもので、単純にフォーサイトとは呼ばずにこのように総称している。

図表1 フォーサイト活動のステップ

4. ホライズン・スキャニングの方法

PHCでは近年、フォーサイト活動の中でも特にホライズン・スキャニングに重点を置き、未来を導くことを実施12)している。ホライズン活動では、ガバナンス、持続可能性、インフラストラクチャー、デジタル経済をキーワードとして、今後10年から15年の間にカナダにとって可能性のある未来を模索している13~15)。未来観は人によって様々であるが、精神的なことも含めて多くのことをスキャンし、そうした行為から導き出された項目を体系的にまとめ、変化の兆候を見て、これらの変化がどのように相互作用し、どのように予想外な変化につながる可能性があるかを調べることがホライズン・スキャニング活動の概要である。政府機関やその他の組織の専門家の積極的な参加により、変化を促す重要な要素を特定し、シナリオの形でもっともらしい未来を探求し、新たな政策課題や機会を発掘している。

現在は、PHCのメンバーが独自の視点で、現在メディアなどで取り上げられていることを俯瞰的に捉え、中でも特に未来の社会に対して大きな影響を与えるであろうシグナルについて、様々な情報を収集し、その集めたものをグループミーティングに持ち寄り、検討している。こうした成果をベースに、多くのステークホルダーを交えた参加型の活動も盛んに進めている。国内のみならず、世界中から遠隔参加を可能として、様々なことを実施している。特に、公的サービスとそれを超えた継続的な関与を意識して、ワークショップ、フォーサイトセッション、トレーニング活動などを継続的に開発し、促進している。ファシリテーションの方法としては、図表2に示すよう
なことを実施している16)

現在主に実施しているスキャニング活動では、システム思考をベースに、その課題に精通した人々が精神的なモデルを共有することから始める。図表3に簡単な参考例を示す。例えば、自動運転車といった、確実に将来普及しているであろう技術によって、社会がどのように変化し、どういった課題があるかということを明確にするために、アイディアをどんどん膨らませて図に示すようなことを繰り返す。できる限り多くの可能性について検討する。こうした作業によって様々な視点が導かれ、システムとその進化の仕方を検討し、より良い理解を得ることができる。そして、それぞれが持つ将来像(=モデル)を視覚化できる。視覚化することによって、各プロセスが把握でき、特定のシステムを形作る変化をより良く理解することが可能となる。そして、参加者同士でモデルを共有し、対話を促進することで、新たな複雑なものを開発することができる。イノベーション形成にも役立つ。この過程において、様々な形式の推論(演繹的、誘導的、派生的)を使用して、表面化しているパターンと不確実な環境での推論の理解を深める。このように、スキャニング活動は、人々が未来について考える一助となる。

図表2 参加型活動の方法と特徴例
名称 参加規模 内容、特徴
Courtyard Café 100-1,200人程度
6つから8つのカフェ(部屋)に分かれて、それぞれ特定の話題に特化して、サブトピックを区画化して、それぞれのアイディアを持ち寄り、会話を広げてゆく。
可能性の提示 少数から大規模まで17)
セッションの開始時に、グループが解決策を議論する前に未来の可能性を掲示することで、参加者に用意した問題に関する課題を特定させる、簡単な方法である。
トークショー 少数から大規模まで16)
この方法は、伝統的なパネルディスカッションの手法であるが、人々のやる気を起こさせるためには有効な手法である。
Fish Bowl 100名程度まで18)
大グループのオブザーバーに囲まれた小さなグループの参加者がサークルに着座する。そしてファシリテーターは5から10分で議論のためのトピックと概要を提供する。この紹介に続いて、内円に着座している者はディスカッションを開始。通常、外側のサークルに着座している者は、会話には入らず傍観しているが、内円の参加者が場所を交換/座席を譲り、外の円に移動すれば参加可能。
インタビュー マトリックス 40名以下19)
このアプローチは、すべてのメンバーを対話に参加させるためのより強力な方法の1つである。4つの単位(4つの質問、4つのフリップチャート、及び各グループの4人)を単位として構成されているこの方法は、相互作用を促進するのが難しい場合に、単純に実施できることが特徴である。

図表3 スキャニング活動の実施例

5. 最後に

移民の国であるカナダでは、多様な文化が混在した背景の下に、より多くの市民にとって幸福な社会を導き出す政策の決定が求められている。カナダで実施しているフォーサイト活動は、技術進展による未来社会の変化を検討しているケースが多い。これまでエネルギー資源、感染症、移民による人口増加といったテーマで、フォーサイトを実施し、報告書が出ている。

しかし、どこも同じだが今も昔も全ての調査は予算次第で規模が決まるが、カナダは日本のように基本計画があるわけではなく、フォーサイトは予算を持っているクライアントの要望と、メンバーの関心から発生するケースがほとんどである。現在はどちらかというと、ボトムアップ型研究が主になっている。

環境は大きく違えど我が国にとっても参考になる活動はたくさんあることから、今後もPHCの活動に注目していきたい。なお、ここで記載した内容に関しては、参考文献に挙げたものを筆者なりに日本人が理解しやすいように解釈した部分も一部含まれることを御理解の上、読んでいただけると幸甚である。

謝辞

PHCのチーフフューチャリストPeter Padbury氏並びにマネージャーのMarcus Ballinger氏とのディスカッションで多くの情報を提供いただいた。また、元NRCで現在オタワ大学客員教授のJack Smith氏からも多くの情報並びにメールでのディスカッションをしていただいた。ここに感謝申し上げる。

参考文献

1) Foresight in Canada, http://foresightcanada.com/network/foresight-in-canada/

2) ニューレンズシナリオ- 移行期にある世界への新たな展望, シェル

http://www.shell.com/promos/japanese/_jcr_content.stream/1448478041617/
ed70dc2fdb0bb22db99ffb5acd116017656439ed41dd6d5f4bf3a0a30be98a44/japanese-new-lens-scenario-brochure.pdf?

3) Who we are, http://www.horizons.gc.ca/eng/content/peter-padbury

4) 新興感染症克服のための収れん技術のロードマッピング 第1回テクノロジーロード マップワークショップ開催報告、調査資料ー142、科学技術・学術政策研究所、
http://www.nistep.go.jp/notice/nt070611report.pdf

5) Future Fuel Technology for APEC Regions, Foresight Brief No.105, The European Foresight Monitoring Network, http://www.foresight-platform.eu/wp-content/uploads/2011/04/EFMN-Brief-No.-105-APEC.pdf

6) Chatri Sripaipan, Kasina Limsamarnphun, Chatwarun Ongkasing, Mayuree Vathanakuljarus, Chongchit Charoensingkorn, and Witaya Jeradechakul, Foresight Activities and Strategic Policies of Thailand, http://www.nistep.go.jp/IC/ic030227/pdf/p5-3.pdf

7) Nares Damrongchai, Foresight Activities in Thailand and the Asia-Pacific Region, http://ictt.by/Library/FORESIGHT_20110905_slides/8_MLW%20EVC%20-%20Nares%20Damrongchai.pdf

8) Jack Smith 私信より

9) Policy Horizons Canada ホームページ、http://www.horizons.gc.ca/eng

10) Behavioural Insight Brief: Applying Behavioural Insights to Government Organizations,
http://www.horizons.gc.ca/eng/content/applying-behavioural-insights-government-organizations#method

11) AliceMoseleya, GerryStoker, “Nudging citizens? Prospects and pitfalls confronting a new heuristic”, Resources, Conservation and Recycling, Volume 79, October 2013, Pages 4-10,
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0921344913000955

12) Weak Signals, http://www.horizons.gc.ca/eng/content/weak-signals-0

13) Canada 2030: Scan of Emerging Issues – Governance、
http://www.horizons.gc.ca/sites/default/files/Publication-alt-format/2017-0279-eng.pdf 2016-10

14) Canada 2030: Scan of Emerging Issues – Sustainability、
http://www.horizons.gc.ca/sites/default/files/Publication-alt-format/2017-0278-eng.pdf

15) Canada 2030: Scan of Emerging Issues – Infrastructure,
http://www.horizons.gc.ca/eng/content/canada-2030-scan-emerging-issues-infrastructure

16) Workplace Innovation, http://www.horizons.gc.ca/eng/content/workplaceinnovation

17) Panel Discussion Clipart, http://weclipart.com/panel+discussion+clipart

18) Facilitate A Fishbowl Discussion, https://blog.itcilo.org/facilitate-a-fishbowl-discussion/

19) Community: Interview Grading Matrix,
https://spotlight.edmodo.com/product/community-interview-grading-matrix,356877/