STI Hz Vol.3, No.3, Part.3:(特別インタビュー)末松 誠 日本医療研究開発機構(AMED)理事長インタビュー 世界最高水準の医療・サービスを国民へ- AMED による医療研究開発の新たな仕組み作り-STI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00090
  • 公開日: 2017.09.25
  • 著者: 奥和田 久美、相馬 りか、重茂 浩美
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
末松 誠 日本医療研究開発機構(AMED)理事長インタビュー
世界最高水準の医療・サービスを国民へ
-AMEDによる医療研究開発の新たな仕組み作り-

聞き手:上席フェロー 奥和田 久美
科学技術予測センター 上席研究官 相馬 りか
上席研究官 重茂 浩美

 世界最速で超高齢社会に突入した我が国では、健康長寿に向けた取組が喫緊の課題になっている。その取組の大きな柱として、2014年7月に「健康・医療戦略」が閣議決定され、2015年4月には国立研究開発法人日本医療研究開発機構(以下、AMED)が設立された。AMEDは、医療分野の研究開発の推進とその環境整備の中核的な役割を担う機関として、それまで文部科学省・厚生労働省・経済産業省に計上されてきた医療分野の研究開発関連予算を集約し、研究開発の基礎段階から実用化まで一貫した支援を行っている。日本はAMEDの活動を通じて世界最高水準の医療・サービスを国民に提供できるようになり、その結果、健康長寿社会の実現に近づくと期待されている。しかし、研究開発を進める上で、日本の科学技術システムには様々な課題が存在すると指摘されている。

 今回、AMEDの初代理事長に任命された末松誠氏に、AMEDが発足してから2年余りに実施された主なシステム改革、重点領域への施策の取組、合わせて、今後の医療研究開発に求められることなどの展望についても伺った。

末松 誠氏のプロフィール
1983年、慶應義塾大学医学部卒。1991年、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体医工学部留学。2001年、慶應義塾大学医学部教授就任(医化学教室)。2007年、同大学医学部長就任。2015年4月より現職。専門は代謝生化学。

研究予算に関するシステム改革-
研究開発関連予算に関するルールの一元化と調整費の効果的運用

- AMEDが発足してから2年余り、精力的に活動されてきたと伺っておりますが、その中でも特に重要なポイントとなる成果をお聞かせください。

まず、文部科学省・厚生労働省・経済産業省でバラバラだった医療分野の研究開発関連予算の運用ルールの一元化と調整費注1、言わば「予算の二刀流」を研究者が効果的に運用できるようにしたことが挙げられます。研究開発関連予算の運用ルールについては、これでAMED設立当初の大目標は達成することができたと考えておりますが、一部の大学においては、研究開発費の取り扱いや使い方が硬直しているため、この運用ルールを大学等の研究開発現場に浸透させることが課題です。特に調整費については、AMEDに175億円が充当され、年度の前半と後半に配分されるものですが、従来はこれらを単年度内で使い終わらなければなりませんでした。このため、調整費を年度の後半に配分されると、研究者が同じ年度内に使い終わることが事実上難しいのです。例えば、創薬における毒性試験は2年程度かかりますが、初年度に委託研究開発の契約をして、次年度にも再度契約が必要になるというように、手続き的にも無駄なことを繰り返していました。調整費でも年度をまたいだ研究費の運用ができるようになったことで、そうした無駄を排除し、一気通貫で研究開発ができるようになり、これも大きな前進だと思います。

重点領域への施策の取組-
未診断疾患イニシアチブを通じたデータシェアリングとゲノム医療の社会実装

AMEDが主導する領域として、データシェアリングが挙げられます。2015年度のAMED発足当初から開始した難病・未診断疾患を対象とした未診断疾患イニシアチブ(以下、IRUD、図表1)は、患者の遺伝子情報や症状などの臨床情報を共有することにより、複数の医療機関から類似の症例を見つけ出し、これまで知られていない疾患を診断することが可能になります。難病・未診断疾患は特に患者の数が少ないことから、データシェアリングの威力を最も端的に示しやすい疾患分野なのです。また、IRUDにより、日常の臨床現場で診断がつかなかった患者が症例の少ない難病であるかどうかを早期に特定でき、半年以内に約500人の患者さんの遺伝子解析結果を回付できるとともに、AMEDでは、その疾患のメカニズムを解明するための研究も進めています。IRUDを通じて、日本国内の医療情報のデータシェアリングを大幅に進めることができたと思います。実際、IRUDには、小児科の病院が220、成人の病院を含めると全国420以上の拠点・協力病院が連携し、2,400人以上の未診断患者が登録されています。この患者のエクソーム解析注2を行い、国内での類似した症例を調べ、それらのデータを合わせて詳細に分析した結果、IRUD開始後1年半余りで世界初の疾患が13例も見つかりました。こうしたIRUDの成果を聞きつけて、海外から未診断患者の問合せも来ています。

難病に分類される疾患の何割かは、遺伝子の変異によって生じる遺伝性疾患であることが明らかになっています。この遺伝性疾患では、患者の誕生から発症、発症後の経過に至るまでの自然歴を解析することが重要です。もちろん遺伝子解析は重要ですが、遺伝子情報だけで確定診断ができる訳ではありません。患者の自然歴と遺伝子情報を結びつけることが、診断の確定につながります。日本では医師がしっかりとした診療記録を作成し保管しているため、データシェアリングさえ可能であれば、米欧と比べても優位に診断ができるはずなのです。

IRUDは、ゲノム医療の社会実装をテーマとしたプログラムと言えます。これまで検討されてきたゲノムコホート研究は、研究段階では成果があったとしても、国家的な医療として社会実装するには至りませんでした。その点で、IRUDは我が国で初めてゲノム医療の社会実装に成功した例と言えると思います。

図表1 未診断疾患イニシアチブ(IRUD)の概要

- 日本は多くの質の高い医療データが蓄積されているにもかかわらず有効に使われていないため、宝の持ち腐れだということをよく伺うのですが。

まさしくその通りです。日本で得られた医療データを、日本で積極的に活用することはもちろんのこと、国際的なデータシェアリングに発展すべきと考えています。日本では同じ症例の患者さんを見つけることができなかったのですが、その患者と同じ症状をもつ患者が米国とオーストリアで2例見つかりました。いわゆる、ケースマッチングです。このように、グローバルにデータシェアをするというコンセプトが、AMED設立後わずか2年で成果を生んだことは評価できると思います。

若手研究者育成に向けた研究開発枠の設置

2016年度に重視した取り組みとして、AMEDの研究開発領域の事業において、若手研究者を対象にした「1課題1,000万円」目処での研究開発枠(以下、若手育成枠)を設けたことが挙げられます。若手育成枠を設けた事業を、2015年度の7事業から2016年度の14事業に増やしたところ、その枠への応募が2015年度の44件から2016年度には490件と11.1倍に増加しました。この結果は、非常に嬉しかったです。

研究開発事業において選択と集中は重要ですが、世界と対等に競う次世代の若手研究者を育成することも非常に重要です。そのために、シニア研究者を対象にした研究開発枠あるいは大型の研究開発枠から薄く研究開発費を削り取り、それらを集めて若手育成枠を増やしました。

1,000万円の研究開発費というと、例えば30歳代の研究者がテクニシャンを1人雇用したとして、贅沢をしなければ良い研究ができるという金額です。実際の採択数は2015年度の18件から2016年度の81件と4.5倍に増えました。採択率は16.5%ということで、もう少し高くしたいのですが、今後、AMEDの研究開発関連予算全体におけるバランスを考えつつ検討していきたいと思います。

- 若手研究者の応募が急増したことから察するに、これまで若手研究者はあえて応募を控えていたのかもしれませんね。

その推測は当たっていると思います。この若手育成枠を設ける以前は、若手研究者にとって、AMED事業は大型の研究開発枠だという思い込みがあり、応募しにくかったのかもしれません。若手育成枠が設けられたことによって、多くの若手研究者が自身の名前で応募するようになり、全体の応募数が増えたと考えられます。若手研究者が若手育成枠で採択された課題で成果を出すとともに、世界で活躍する研究者に育ってくれることを期待しています。

資源配分の最適化に向けたAMED評価体制の整備

AMEDがファンディング機関として機能を適切に果たすための取組として、研究開発課題の管理データベースであるAMS(AMED Management System)の構築と活用、AMED事業の評価体制の整備が挙げられます。AMSは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)との連携協定に基づく支援を受けつつ、運用を始めています。

AMEDでは、2,000を超える研究開発課題を支援していますが、これらの研究開発課題の評価は、外部有識者により構成される課題評価委員会で実施しています。研究開発課題の評価には、種々の評価項目を設けていますが、中でも総合評価は2017年4月から原則全ての事業共通に設けており、各事業の評価における「共通の物差し」のような役割を果たしています。このような総合評価を導入することによって、評価スケールを統一しました。総合評価導入前は、ある課題評価委員会は5点満点で、別の委員会では12点満点で評価点がつけられ、まるでバスケットボールとサッカーと野球を同じグラウンドでプレイしているようなものでした。具体的には、総合評価では、評価委員に、原則10点から1点までの10段階で評価点をつけていただき、総合評価が5点以上でなければAMEDが支援する研究開発課題として採択されません。

総合評価導入で明らかになったことは、ある事業では7.0点と評価されても不採択となる一方、他の事業では5.8点でも採択されるといったように、事業間で採択のボーダーラインにバラツキがあったことです。AMSには、研究者との契約書上の内容を入れるとともに、このような評価点数やタグ情報なども入力することにより、事業間の評価点数の違いばかりでなく、採択された研究開発課題全般を見渡して、研究開発費の配分状況が基礎研究寄りか臨床研究寄りか、疾患別・年次別にどのようになっているかを分析することが可能になると考えています。このような分析は、例えば、日本は超高齢社会に突入し、これから免疫・アレルギー疾患に悩まされる高齢者が増加すると予測されますが、このような免疫機能の異常に起因するQOLの著しい低下に対する社会のニーズ変化に合わせて研究開発投資の内容や比率を変えていくのにも活用できると思います。AMSは、そのような判断をする際のエビデンスを示すものと考えています。ただし、AMSで研究開発投資の的確な判断ができるようになるには、より多くの情報を格納し、機能を拡張していく必要があります。

- 研究開発費を助成する際には、それまで発表された論文の質を主な評価軸にする傾向がありますが、AMEDでは、社会ニーズなどの観点も取り入れて研究開発費を配分することが妥当かどうか判断するということでしょうか。

AMED事業は国費を財源としていることから、当然、社会ニーズなどの公益的な観点も配分に加味するべきと考えています。公益的な観点を加味した評価ができると考える例として、AMED事業の一つである「革新的医療技術創出拠点プロジェクト」についてお示しします。本プロジェクトでは、橋渡し研究支援拠点や臨床研究中核病院等(以下、拠点)において、アカデミア等による革新的な基礎研究の成果を一貫して実用化につなぐ体制を構築することを目指しており、その基盤整備として、人材の育成・確保を含めた拠点の機能強化や、拠点と拠点外の分担機関(以下、拠点外機関)とのネットワーク化を進めています。研究開発費を拠点に配分すると、その拠点の機関のシーズの支援にその研究費が使用されます。当然このような支援も歓迎されるものですが、その拠点が拠点外機関に対してどの程度サポートしたかも評価することを考えています。図表2では、太い線ほど、ある拠点が拠点外機関をよりサポートしていることを示しています。

「革新的医療技術創出拠点プロジェクト」と同様に拠点外機関を支援する取組として、産学官連携による全国規模のがん治療開発のための遺伝子スクリーニングプロジェクト(以下、SCRUM-Japan)も挙げられます。SCRUM-Japanでは、拠点外機関に所属する病理医、臨床医、遺伝カウンセラーなどのスタッフが、拠点である国立がん研究センターに一定期間出向してトレーニングを受けた後、再び元の機関に戻って活動しています。拠点に研究開発費を配分し、そこだけに良い人材を集中させるのではなく、拠点外機関のスタッフを拠点で育成した後に元の機関に戻すことで拠点外機関を支援するというものです。

また、IRUDでは、診断の確定だけでなく、原則として半年以内に結果を回付することも重要視しています。進捗の評価には、患者に解析結果をフィードバックするまでの期間も勘案されますし、事後評価の結果は、次の公募への応募に際して行われる評価にも引き継がれ、研究開発予算の配分の重要な参考情報となります。このように、社会的ニーズなどの公益性の観点を含めるなど、きめ細かい評価を実施していきたいと考えています。ただし、このような取組の定着には、もう少し時間がかかると思われます。

図表2 革新的医療技術創出拠点によるシーズ支援ネットワーク図

- どの拠点に研究開発投資すれば、拠点外機関のレベルも向上するか、というような推測も可視化できますね。

拠点は、拠点外機関のシーズを積極的に取り入れることが自らの評価につながるわけですので、拠点外機関に対しても一生懸命に支援するようになります。その結果、拠点と拠点外機関の双方から成果が出たり、拠点外機関がレベルアップしたりするという効果が期待できるのです。研究機関間の連携の状況を分析することによって、どこが効果的な研究開発投資先になるかを決めることができるのかもしれません。

- 既存のデータを有機的につなぎ合わせて評価に生かしていくようなエビデンスベースのアプローチは、科学技術イノベーション政策の大きな柱の一つになっています。AMED設立から2年間で、こうした仕組みを構築されたことは高く評価される点だろうと思います。また、このようなAMEDの取組を皆さんに広く知らせることによって、医療研究開発全体を良い方向に導くことが可能になると期待されます。

そうなればすばらしいのですが、実際にはそう簡単でもないと思います。特にデータシェアリングについては、まだまだ大きな問題があります。例えば、現状では、大学が公的な研究開発費を使って創薬研究を行っても、それらのほとんどは新薬として開発されるまでに至っていません。低分子医薬の成功率は3万分の1と言われています。しかし、それら創薬研究の過程で出てくる失敗データも実は貴重なデータなのですが、うまくいった研究や試験の結果しか公表されません。例えば、多くの毒性試験を行えば、こういう化学構造をもった物質はこういう毒性が出るというようなデータが蓄積されます。そうしたデータは、製薬企業どうし、大学どうしでシェアされていない状況にあります。データシェアによって、同じ失敗を繰り返さないで済み、その結果、研究開発費を節約でき、投資すべきところにより多くの投資ができるようになるはずなのです。

また、日本では施設毎に倫理・治験審査委員会がありますが、その委員会毎に審査体制の幅が見られます。例えば、ゲノム解析をする場合のインフォームド・コンセントの文書のフォーマットが、委員会毎に異なっているのです。この点、米国では倫理・治験審査の集約化・標準化が進み、審査の迅速化や多施設共同研究の推進につながっていると思います。IRUDでは、中央倫理・治験審査委員会(セントラルIRB)のモデル事業と連携し、ゲノム解析に関するインフォームド・コンセントの様式を共通化する等の対応を進めています。これは日本で初めての例になるのですが、こうした試みは他にも応用可能ですので、今後、広げていきたいと思っています。

- 世界的には、公的な研究開発費による成果はオープンデータとして取り扱われる傾向にあります。しかし、日本のステークホルダー間では、必ずしもそうした状況でないようですね。

最近は、公的なファンディング機関もオープンデータ化を推進しようとしていますが、まだ研究開発費を配分する側と研究開発現場とでは大きく意識がかい離していると思います。

例えば、研究者の行動特性として、一番大事だと思うデータは隠したがるものです。そうした研究者の行動特性を施策によって直ぐに変えられるとは思いません。しかし、研究者の行動の変容を促すものがあれば、徐々に変えていくことは可能だろうと思います。AMEDでは、先に述べたように、データシェアリングの効果を一番受けられると思われる難病・未診断疾患から事業を始めていますが、難病・未診断疾患に関わる研究者は、IRUDに参加し、保有するデータをシェアすることにより、患者の診断が可能になり、治療への道が開ける可能性があるとわかってくれているはずです。実際にIRUDを推進することにより、日本国内のデータシェアリングを大幅に進めることができ、多くの難病・未診断疾患の患者を診断することができたわけで、彼らの行動も変わってきていると思います。

AMED事業間におけるデータシェアリング

- 我々が行っている科学技術予測調査でも、医療分野では、技術が開発されてから患者に届くまで、つまり、社会実装されるまでの時間がかかり過ぎるという傾向が見られます。社会実装されるまでの時間を短縮するという点でも、データシェアリングへの取組が効果的だと思われますが、その促進のために何か考えられていますか。

これは非常に厄介なことですが、AMEDの「事業間連携の課題」が挙げられると思います。AMEDでは、例えばゲノムに関係しない事業はなく、一つのゲノム関連事業を支援する際には事業横断的にデータをシェアするとよいはずなのです。図表3では、事業間でしっかり連携体制を敷いているように見えますが、実は、縦の疾患領域対応型統合プロジェクトと横の横断型統合プロジェクトの交差点の全ての場で、何らかの課題が存在しているとイメージしてください。それらの課題を1個1個解決して、事業間でのデータシェアが十分できるようにしないとAMED内、事業間でトラブルが発生します。特に設立1年目は大変でした。

図表3 AMEDの事業体制図

- 先ほど交差点とおっしゃいましたが、このような格子状のAMEDの事業体制図を作成することで、まず交差点を作ることから始められたわけですね。交差点ができれば、少なくとも、そこに何があるかわかるようになりますね。

そうです。AMED設立前まで、文部科学省、厚生労働省、経済産業省がそれぞれ扱っていた医療分野の研究開発関連予算が一元化されたこと、AMED内に、各省、大学、国立高度専門医療研究センター(ナショナルセンター)、他のファンディング機関、製薬企業等の出身者が集まっていることから、交差点ができるとそこにある問題点が見えて、AMEDだからこそ、交差点での課題を議論することができるのだと思います。

- 交差点の課題を取り除くことで、医療技術が社会実装されるまでの時間が短縮されると期待されますし、無駄な部分も明らかにできるだろうと思います。俯瞰的に事業体制を見ることが必要で、そのためにはデータベース等のツールも必要だと思います。また、必ずしもデータを適当につなげてシェアすればよいというものではなく、シェアする際の見本を提示する必要があるように思われます。

データシェアリングによる社会実装の取組で効果を発揮しているのは、AMED発足時から取り組んでいる難病・未診断疾患を対象とした事業です。取組の当初は、なぜ患者数の少ない難病・未診断疾患を対象とするのかとたずねられました。もちろんこれまで診断がついていない難病・未診断患者やその家族の方に診断や研究の成果を返したいという点もありますが、データシェアリングの仕組みを新たに入れて効果が得られる可能性が高いこと、成果を得られた仕組みを他の疾患にも応用できることも理由でした。難病・未診断疾患の領域で小さな穴を開けて、過去の仕組みにとらわれている領域にも、より良いものを入れるという方法を考えています。

最新の医療技術の展望―遺伝子治療、ゲノム編集―

- 遺伝子治療やゲノム編集に関する最新の動向を目にすると、こうしたピンポイントの技術によって、個々の患者が救われる時代が訪れるのだなと感じています。

遺伝子治療は、従来の創薬研究とは発想が大きく違うもので、疾患にもよりますが、基本的には一度治療したら処置は終わりとなります。遺伝子治療が導入されることによって、一生薬を飲み続けなくてもよい疾患が数多く出てくる可能性があります。他方、現在も難病の患者さんに対する治療は、98%提供されていないというのが現状です。また、海外では、創薬研究全体の20%は難病を対象にしており、しかも、そこではゲノム編集とかウイルスベクターを使った個別の遺伝子治療に関する研究開発が進んでいるのです。また、日本は「難病の患者に対する医療等に関する法律」によって、難病患者に関するデータの収集を効率的に行うことと平行して治療研究を推進してきました。ところが、難病の種類は7,000くらいあり、そのうち病態が不明な疾患が3,000と言われ、正確な患者数はわからない状況にあり、現状を把握する必要があります。

AMEDは、難病の克服のために疾患の病因や病態解明の他、新しい技術に限りませんが、治療法の開発を目指す研究を支援したいと考えています。

- データをシェアすることで効果的・効率的に疾患を分析し、その結果によってはピンポイントの技術で治療をする時代が到来しつつありますね。しかし、残念なことに、日本の産業界では遺伝子治療やゲノム編集に向けたビジネス提案が余り見られないように感じています。

米国はもちろんですが、欧州も非常に活発に研究開発を進めています。遺伝子治療やゲノム編集に関わるベンチャー企業については、その数もさることながら、それぞれのアクティビティもすごいと感じています。

- 世界的には、遺伝子治療やゲノム編集に大きな動きが出ていて、大きな宝の山のように見えます。日本では、そういう動きが自然に生じないのが残念です。患者数の多い一般的な疾患に関しては、政府の研究開発投資に対する合意が得られやすく、製薬企業も集中しますので、必然的に進んでいくと思われます。一方、難病・未診断疾患のような領域こそ、戦略をもち、新しいアプローチを投入するべきところかもしれません。革新的な技術が新しい医療技術として社会実装につながっていく動きも、我々は注視していきたいと思っています。
- これまでAMEDにおける課題の評価体制の構築やデータシェアリングの重要性についてコメントを頂きましたが、その他、ファンディング機関としてのAMEDの取組について聞かせてください。

国際連携

先にもお話しましたが、日本の未診断疾患の患者が米国とオーストリアの患者でケースマッチングするなど、国際的な連携は進めるべきと考えています。昨年度、AMEDは、欧米とアジアの拠点として、シンガポール、ワシントンDC、ロンドンに海外事務所を設置し、国際的な連携による研究開発の推進、その環境整備に取り組んでいます。海外事務所が設置されたいずれの国も医療研究開発に力を入れています。また、ファンディング機関の英国医学研究会議やリトアニア共和国保健省や、今年度に入っては、スペインの経済・競争力省調査・開発・イノベーション担当総局(以下、SEIDI)と研究協力に関する覚書を取り交わしました。

リトアニア共和国では、政府によって、電子カルテや健診情報、個人ゲノム情報などの国民の医療情報が一括管理されており、保健省がそれを統括しています。SEIDIは、スペインにおける研究開発費の配分と、生物・医学分野を含む研究機関の指揮監督を担当しています。これらの国家機関と覚書を取り交わすことで、生物・医学分野の研究開発の連携強化と研究交流の促進を目指しています。

審査におけるピア・レビューの問題と解決への道

英国では、特に競争的資金制度においてピア・レビューによる審査が徹底されており、そのピア・レビューに携わった研究者は、審査したことも実績として評価されます。

私も研究課題の審査に携わっていましたが、数多くの応募研究課題の中には、評価者にとって必ずしも専門性が高くはない課題があり、より専門性の高いピア・レビューを行う必要があると思っています。例えば食道がんに関する応募研究課題に対しては、食道がんを熟知している専門家が評価することこそがピア・レビューと言えます。応募研究課題で対象とする疾患に応じて、それぞれの専門家を評価者として確保し、より高い専門性に基づいた審査が必要と考えます。

英国や米国では、ピア・レビューに携わる研究者は、高い専門性に基づいて応募研究課題の評価を行っています。研究者が不適格な評価を行った場合、研究コミュニティにおいて、その研究者自身の評価が落ち、二度と評価者になることができません。さらに、その研究者自身が競争的資金も獲得できなくなりますので、皆、懸命に審査を行うということになるのです。審査が研究者の実績として扱われたり、研究者自身の評価として扱われたりすることになれば、ピア・レビューの質をより高めることができ、研究評価制度全体を向上させられると思います。

他方、研究拠点形成事業のように、広い知識を有する学識経験者のノウハウが必要な場合もあるかと思います。そのような事業と高い専門性が必要な事業とをより明確に区別して、事業毎に適切な評価者を選定し、評価する必要があります。多様な事業に対応するためには多くの評価者を確保しなければならず、恐らく日本の評価者だけでは足りません。

そこでAMEDでは、本年度から本格的に英語化を進めることにしました。具体的には、全ての研究開発提案書で、提案全体の要約を英語で記載する欄を設けました。また、まだ一部事業ですが、研究開発提案書の作成から評価まで全て英語で行なっている事業もあり、日本と米国、あるいは日本とシンガポールの研究者が評価者になっています。さらに、私は先日、英国のある大学の学長と面談し、AMED事業を評価するために、同国の優秀な研究者に評価者として参画いただけるよう依頼するなど、この問題を解決する取組を進めています。

- 英語化の取組だけでも、データが国際社会とつながりそうな気がします。特に医療研究は論文の数も多いですし、世界中の研究者が論文に目を通してデータを収集していますからね。

論文執筆や特許申請の際の言語は、英語が主流ですので、審査の英語化も避けて通れません。また、AMED事業のアウトプットを英語でまとめておくと、諸外国における事業のアウトプットと容易に比較することができ、AMED事業のパフォーマンスを分析することにもつながると思います。さらには英語化によって、研究開発提案に対する評価を効率的に行うこともできます。例えば、研究開発提案書に世界初だと記載されている場合、本当に世界初なのかどうか、海外のデータベースを使って確認することができます。今後2~3年くらいかけて、審査だけでなく事業全体の英語化を強く推し進めていきたいと思っています。

ただし、英語化しても、国際社会とのデータシェアが自動的に進むというわけではありません。英語化は必要ですが、それが即データシェアにつながることは夢のまた夢です。たとえ英語を使いこなしたとしても、研究者である以上、先ほど申し上げましたように、大切なデータを隠すという行動特性は変わりませんから。この点で、海外のファンディング機関も、我々と同じようにデータシェアリングの促進には苦労しています。英国では主席医務官のDame Sally Davies氏の指揮によって、「データシェアしないところには、研究開発費が配分されない」という実に気持ちのよい取組が進んでいます。それくらいイニシアティブをとらないと、研究者の行動変容は起きないということです。

- 要は、インセンティブ設計というのは、そうした行動変容を促すものなのですね。

そうです。ただし、お金ではないインセンティブにしないといけません。英国の例では、行動変容を促す最初のアクションとして研究開発費の配分を利用しましたが、いずれは幾ら研究開発費があっても足りなくなりますので、持続可能性の観点でインセンティブ設計をする必要があります。いずれにせよ、医療研究開発におけるデータシェアリングは一筋縄ではいかないものであり、世界共通の課題として、国際的な連携の下で取り組んでいきたいと思います。

メディカルアーツの創設と展望

- AMEDが新たに注目しているメディカルアーツについてお聞かせください。

医療は、医薬品と医療機器だけで成り立っているかというと、そうではありません。2014年7月に閣議決定された「健康・医療戦略」においては、第一・第二の柱として医薬と医療機器が挙げられましたが、2017年2月に変更された同戦略では、さらに第三の柱としてメディカルアーツが入りました。

米国Johns Hopkins大学の内科学の父とされるWilliam Osler教授は、“Medicine is a science of uncertainty and an art of probability”(医学は不確実性の科学であり、確率の芸術である)と提唱しましたが、この言葉に発想を得てメディカルアーツを創設しました。“Medicine is a science of uncertainty”、この言葉は、どれくらいのリスクがあるかについて、サイエンスとして取り組まなければならないのが医学だということを意味しています。“Medicine is an art of probability”、この言葉は、どれほど低い確率でも、もしかしたら患者を助けられるかもしれないと思ったら、その治療は絶対に行わなければならず、それには芸術的な技術が必要だ、ということを意味しています。これら両方が成り立たないと医学ではない、と私は解釈しています。

その場合、医薬品でもなくて、医療機器でもない、医療を施す能力や技術も必要であり、私は、これらを古典的なメディカルアーツとしてとらえています。一方、現代的なメディカルアーツもあります。日本が超高齢社会に突入して社会保障費の増大が問題になっている状況を見据えた研究開発、例えば医療の質を落とさずにコストを劇的に下げられるような政策の研究、あるいはソフトウェアやICTの研究が現代的なメディカルアーツの例として挙げられます。メディカルアーツに関する研究開発予算(4~5億円程度)を用いて、医療費節約が見込めるシステム改革など、医療の有効性や安全性や効率性の観点から変革をもたらすことを目的とする研究開発課題などを積極的に採択しています。

インタビューを終えて

超高齢社会を迎えた我が国にとって、医療は最大の関心事の一つである。AMEDではその関心に応えるため、種々の課題に対して新たな仕組み作りのチャレンジが行われつつあることが実感された。末松理事長をはじめとするAMEDスタッフの努力に敬意を表しつつ、なお一層の大胆な改革とそれらの効果発揮を期待したい。

左から重茂、末松理事長、奥和田、相馬

*所属はインタビュー当時

注1 調整費
 医療分野の研究開発関連の調整費として、内閣府の科学技術イノベーション創造推進費500億円のうち35%に当たる175億円が、AMEDに充当されている。調整費は、「医療分野の研究開発関連の調整費に関する配分方針」(平成26年6月10日 健康・医療戦略推進本部決定)に基づき、原則年2回配分されている。2017年度の調整費は、(1)創薬・医療機器開発の推進、(2)広域連携・分散統合の推進による臨床研究の活性化、(3)医学研究を支える最先端技術基盤の構築の促進、を方針とした配分が予定されており、2017年6月14日に公表された第1回の配分は153.3億円となっている(図表参照)。

※大項目(1.~3.)は、医療分野の研究開発関連の調整費に関する検討方針
(平成29年2月28日理事長決定)を示す。
出典:日本医療研究開発機構ホームページ、2017年6月14日プレスリリース

注2 エクソーム解析
 全ゲノムのうち,タンパク質のアミノ酸配列を指定するエクソン領域のみを網羅的に解析する手法。エクソン領域は全ゲノムの約1~1.5%にすぎないが、タンパクをコードすることから重要であり、遺伝性疾患の多くがエクソン領域の変異により引き起こされると考えられている。そのためエクソーム解析は,効率よく疾患関連遺伝子を解析・同定できる方法として、近年注目されている。

参考文献

1) 健康・医療戦略推進本部(第18回)配付資料3、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の取組について、日本医療研究開発機構理事長 末松誠:
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/suisin/suisin_dai18/gijisidai.html

2) 国立研究開発法人日本医療研究開発機構ホームページ:http://www.amed.go.jp/