STI Hz Vol.3, No.2, Part.4:キャタピラー 塚本 恵 執行役員インタビュー女性の活躍を推進する多様な社会システムと、科学技術イノベーションを指向した教育の在り方とはSTI Horizon



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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00078
  • 公開日: 2017.06.25
  • 著者: 斎藤 尚樹、岡本 摩耶、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
キャタピラー 塚本 恵 執行役員インタビュー
女性の活躍を推進する多様な社会システムと、科学技術イノベーションを指向した教育の在り方とは

聞き手:総務研究官 斎藤 尚樹
第1調査研究グループ 上席研究官 岡本 摩耶
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘

科学技術イノベーションを推進する上で、ダイバーシティ(多様性のある環境)の確保は重要な観点であるが、日本ではジェンダーに配慮した経営や運用を行うことは、現状においても大きな課題となっている。特に技術系の職場においては依然として男性の割合が多く、女性エンジニアの定着を図るとともに、それを支える環境整備と経営層を含む意識改革が喫緊の課題となっている。

今回は、女性の活躍を推進する社会システムと科学技術イノベーションを生み出す人材育成の在り方の観点から、日本アイ・ビー・エム株式会社(IBM)で政策渉外を長らく担当され、一般社団法人 日本経済団体連合会(経団連)や文部科学省科学技術・学術審議会人材委員会等でも積極的に活動されている塚本恵キャタピラー執行役員にお話を伺い、今後の科学技術イノベーションを支える多様な人材像とその育成のための課題を探った。

キャタピラー 塚本 恵 執行役員

キャタピラー 塚本 恵 執行役員

― まずはじめに、塚本執⾏役員のキャリアパスについてIBM 時代を中心にキャタピラーに移られるまでをお聞かせください。米国商工会議所にも所属されていますね。

私が日本IBMに入ったときは日本の企業でしたが、ルイス・ガースナー氏(1990年代にIBMの経営を立て直した方)が来てからグローバルな経営になり、IBM in Japanとなりました。そのときマトリックス経営が取り込まれ、海外式の経営をOJTで学べたのは良い経験でした。日本IBMでは1990年代からジェンダー対応に取り組んでおり、女性だけでなく、人種やLGBT(性的少数者)に対象が広がっていきました。ガースナーが経営にプラスであると宣言したことが大きいと思います。例えば、ダイバーシティの取組を企業の社会的責任と狭義に解釈をすると、CSR的取組で止まってしまいます。発想を変えて、例えば、障害のある方にとって使いやすいものは、高齢者にも活用しやすいといった、柔軟な発想で視点を変えることにより、より大きな視点から取り組むというような展開もありました。実際はなかなか難しいのですが、インクルーシブな社会の実現を企業の社会貢献の一環だけにとどめることなく、全ての多様性を取り込んだ上で、特性と能力に合わせた人事と経営ができることで、ダイバーシティが本当に浸透すると思います。

在日米国商工会議所にはIBM時代より長く会員として在籍し、昨年11月からは理事に就任し、大使館との交流もあります。インターネットエコノミータスクフォースの副委員長も仰せつかってプライバシー等のルールなどを検討してきました。IT供給側だけがプライバシーに関するルールを考えていれば良い時代から、ユーザー目線も加えた双方向性のある議論が必要になっていて、シンポジウムのパネルなどは盛り上がっています。その意味では私は供給側からユーザー側に結果的に移ったことになりました。

キャタピラーは2012年まで三菱重工との合弁会社でした。自分の経験が、伝統ある日本の会社の良さを残した組織のグローバル化の一助となることに何らかのお役に立つことができないかと思っています。IoTの時代において、製造業におけるデジタルトランスフォーメーションがどうなっていくかにも注視しています。また、IBMは労働市場改革についても取り組んでいて、個人のエンパワー、専門性の追求、ジョブ型、雇用の流動性等についても興味があったこともあり、自分自身でも経験をしてみたという状況もあります。

― キャタピラーへ移られてからの取組についてお聞かせください。以前のキャタピラー社は業務内容からしても正直「男性中心の企業体」というイメージでしたが、特に貴台の執行役員としての登用に象徴されるように、近年は経営幹部の国籍が多様で、ジェンダーへの配慮が行き届いていることにも注目しています。

建設機械を含む製造業では、安全性への配慮や男性中心社会ということもあり、秩序重視の階層型の社会が基本です。業種の特性から、そうしないと、品質や安定性が保てないと理解しています。他方、Society 5.0や第四次産業革命が進行し、従来とは少し違う発想が求められ、今までの競争状況が変わりつつある今、変化が必要な面もあると思います。キャタピラー幹部のバックグラウンドも特に限定されておらず、技術系やファイナンス系などいろいろです。今まで内製していたシステムについても、外部のITサービスのベンチャーが、新しいソリューションを提供するようになってきています。すなわち競争相手が同業他社だけではなく広がっており、IT分野との競合についても考える必要があります。自分たちの方が、ハード面においては専門的な知見・歴史があると自負をしていますが、大いに危機感を持っており、変わらなくてはならないと思っています。その変化の中で、ダイバーシティへの取組のトリガーとしての女性がどううまく位置づけられるか、ただの象徴(アイコン)ではなく経営への貢献という実績も必要です。キャタピラー(米国)の初の女性上級役員も、鉱山関係のビジネスを扱うディビジョンのトップです。この部門は、去年までは業績が良くなかったのですが、今年から少し良くなると言われています。ビジネス面においても、きちんとした実績を積み上げていかないと、女性が後に続かなくなってしまいます。

― 日本の場合は、男性的なキャラクター、いわば「仮想敵」を作って、古い男社会を打ち壊すみたいなところから入ります。しかしそう単純ではなくて、特に科学技術の世界では、女性の研究者や外国人がいるようなダイバーシティのある研究チームと、モノトーンの研究チームだったら、どちらが生産性が高いか?そういうことが頻繁に議論されています。

例えば、企業のデータだと、女性がいると株価が上がるという話がありますが、研究によって様々です。経営学の先生に伺うと因果関係が100%証明されているとは言い難いようで、いろいろな論文が出版されており、業績に余裕のある会社が社会貢献として女性を登用するという論文もあります。業種によっても違うようです。確かなこととして言えるのは、取締役に女性がいると、細かいところをきちんと見るのでコンプライアンス違反が少ないということはありそうです。これについては、誰もが納得していると理解しています。また、多くの大学では実際に女性が理事とか副学長になっておられます。経営層に女性が入ってくることによって、女性のみならずですが、ダイバーシティに富んだ人材がより上がってきやすくなりますので、そのインクルージョン、ダイバーシティマネージメントが重要です。

一時期男性中心の時代に苦労して責任ある地位に登り詰められた女性から見ると、今の女性は、いわばインフレ状態にあるから、苦労が足りないといった声も聞かれます。ただ、地位が人を作るということもありえますし、工場のラインにも女性を増やすと、更衣室が足りないという気が付いていなかった現実に直面するのです。女性がいれば、そういう点の目配りができ相談もしやすくなります。そして、キャタピラーでも、IBMでも、エンジニアは大変尊敬されています。人材委員会で、「日本では母親が娘にお嫁に行けなくなるとして理系進学を止めるように言う」など、女性が理系に進まないという実情と理由を聞いて驚きました。

― キャタピラー内のキャリア形成についてお聞かせください。

日本の製造業と意外と似ていて、キャタピラーの社員は勤続年数が長いです。米国には論理的には定年はありません。年齢で差別してはいけないので、本人がいたいと言う間はいられるのです。勤続年数が長いことを称え合う風潮があります。長期的視点があるから、育成システムがきちんとしているように思います。また、若くても手を挙げていれば、チャンスがあればチャレンジできます。

最初の内は経験とか機会を与えることが有効かもしれないので、例えば、課長職に上げたとしても、まだちょっと足りなかったなと思ったりすると、またスタッフに戻すこともします。でも二度とチャンスがないわけではなくて、もう少し育成した上でまたチャレンジできます。いわゆる米国型よりも視野が長いですね。

昇格については、ペーパー試験ではないのですが、ジョブポスティングと言って、「これぐらいの地位でこういうスキルのある人を求めています」という情報が世界中に回ります。そのタイミングで、我こそはと思ったら手を挙げます。次に、インタビュアーとして複数名の人が何回かインタビューし、みんなのコンセンサスで職位に合った項目に対してある程度以上の点数を付けたらその人を引き上げるという、機会平等なシステムをとっています。日本の組織だとこのようなやり方はあまり一般的ではなく、自ら手を挙げずに、例えば上司や人事が見ていて、チャレンジするように背中を押すことが一般的なのではないかと考えます。

― むしろ、大人しくしていた方がプロモーションのチャンスがあるような感じですね。

日本とは、そこが全く違う世界です。あと面白いのが、評価システムに対する対応の仕方です。自分で目標に従って結果をまずは自己申告します。でも、日本人は大方控えめに書く人が多いと思います。誇大広告はせず、本人が手堅く書き、上司も慎重な評価をします。しかし、日本以外の国では、大きく書くところも多く、手堅く控えめですと世界の競争の中では戦っていけません。最終的に、インプットした文字だけが評価として保存され、みなが見るものとなるので、誇大広告気味の方が評価されたりします。自分のことを見たこともない人が、自分を評価するということもありうるということを視野に日本人はもう少し、世界向けと日本向けとで顔を変える等の使い分けをした方が、もっとグローバルで活躍する人が民間でも増えるだろうなと思います。たまに例外もいますが、日本人は控えめな方が多く、外向きに理解を得やすい説明というのが上手ではないと言われています。それは、言葉の壁、すなわち「英語」の出来不出来とは関係ないコミュニケーション力(やり方・慣れ)だと思います。

― 次世代人材の育成についてお尋ねします。特に御社の明石事業所で取組まれている地元の高校との連携について、非常に関心を持っています。塚本様が委員を務められている文部科学省の科学技術・学術審議会人材委員会でも、博士人材にはもっと活躍の余地があるのではないか、という議論がありました。

次世代の育成について、様々な学校の先生や人材委員会の委員などと、お話しする機会があったのですが、大変いろいろなことに取り組んでおられるのに、世間にはあまり知られていないというのが一番の問題で、もったいないところではないかと思いました。例えば、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)について新聞などで活動を知って興味を持っても、Webサイトでの紹介の仕方により工夫があると良いと思います。博士人材も、教育の現場にもっと入っていった方が身近な存在、将来像としてイメージできるものとなり、良いのではないかと思います。また経済界、地域で一緒にやっていく中で、知っている学校企業同士ばかりの活動になっていて、地元で完結してしまう傾向があります。例えば、県内など視野を広げていけば、もっと様々な企業とコラボレーションできるのではないかと思います。そのためにも、もう少し広報活動を進めていくべきと思っています。高校等の教員が主として県単位での採用である現状では、確かに当該地域の枠から踏み出しにくくなっているのかもしれませんが、量的、質的双方の面の取組が必要で、博士人材が高校以下の教育プロセスに入っていきやすい高大連携の枠組みや大学附属学校との連携をうまく活用するというのも有効な手段だと思っています。

― NISTEPでは「ナイスステップな研究者」を毎年選んでいます。彼らはある意味成功者で、ほとんどが博士級人材ですが、彼らの成功物語を見ても、多くの若者たちは、あまり関係ない話だな、自分にはとても無理だな、という印象を持ってしまう恐れがあります。

いわば「手の届くロールモデル」が必要で、例えばツイッターやフェイスブックなど、もっと身近なツールで発信していくことも、親しみを感じてもらう手段であると思います。子供の親が理解することも必要です。例えば、経済同友会では、生徒向け、先生向け、PTA向け、にそれぞれ話をするという活動をしています。自社にどれだけ技術者がいて、というような話もします。

博士人材の給料は必ずしも高くないという調査結果には本当に衝撃を受けました。博士のイメージや育成の考え方を変える必要性が出てきています。一つ参考になると思うのが、ドイツです。産業に近いところで、実践的な仕事をしてドクターを取る人がたくさんいます。ドイツ人の同僚でも、ドクターを持っている人が多くいます。そして、そのことですごく尊敬されており、企業の中ではプロモーションにつながっています。ただ、博士人材でも年齢が高くなると企業経験のない人は企業には採用されにくいです。年齢に関係なく経験がなければ新人という扱いで、とりあえず採用して、その後能力に応じて、昇格させてみては、と思うのですが、日本的な会社は、年齢での役職の横並びを気にしますので単純にはいかないようです。

― 最後に、今後の博士人材育成の在り方などについて提言をお願いします。

博士に行く方は基本的には大学の先生になりたいと思っている方が多い現状があるかと思いますが、修士ぐらいの段階で、「君は、学究肌ではないが、博士に行った後に企業という選択肢が良いのではないか」など知らせた方が、自分の夢の広がりがあるかも知れません。大学の先生が言いづらかったら、将来的にはAIなどで診断をして、これもあるよ、こんなキャリアもあるよ、と見せると、博士課程に行って更にこんな道もある、と世界を広げてあげることができると思います。「君は大学に残って研究するにはちょっと能力が足りない」などのネガティブな方向ではなく、「君は、コミュニケーション能力が高いから、こういう企業でやったらもっとできる」など、学生の個性に応じた指導があるとより良いのではないかと思います。大学に残れなかった人がしぶしぶ企業に行く、というイメージを変えない限り、せっかく卓越研究員事業などをやっても、また企業から募集をかけても、人材の適材適所が実現せず、日本の社会全体として損失となるのではないでしょうか。

優秀な層が、博士に行かずに修士で企業に行ってしまうのではなく、博士まで進学した上で、更にこんなに選択が広がる、とした方がいいと思います。反対に、早く社会に出て活躍したい人は、まずは企業に行くのもいいと思います。ただ、企業に行った後で専門性を深めたいとか、ここで一歩立ち止まってまた次の新しいチャレンジをしたいという人は、もう一回大学に戻って学位を取ればいいと思います。

北海道大学の川端先生(川端和重 理事・副学長)ともよく話すのですが、企業人向けの博士課程は、学費を変えるなどもあると思います。あまり社会人が多いとバランスが崩れるかもしれませんが、ある程度の枠を振ればいいと思います。

人生100年、いわば「二毛作」時代ですから、40代であってもバリバリ現役です。20代で一旦社会に出て、40代ぐらいで一度立ち止まって人生の後半に何をやるのかを考え直す。出口は65歳や70歳なので、残り30年はある計算になりますから、専門家としてキャリアを積めるだけの時間は十分ありますね。一旦社会に出たからこそ、学びたいと思う気持ちや学問に対する姿勢も違ってくるはずでしょうし、多様な専門性の「二毛作」を育む場を提供するのが大切だと思います。