STI Hz Vol.3, No.1, Part.2:(特別インタビュー)日本機械学会会長/東京工業大学 環境・社会理工学院 岸本 喜久雄 院長・教授インタビュー 工学系高度人材育成の現状と課題STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00063
  • 公開日: 2017.2.27
  • 著者: 斎藤 尚樹、相馬 りか、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
日本機械学会会長/東京工業大学 環境・社会理工学院
岸本 喜久雄 院長・教授インタビュー
工学系高度人材育成の現状と課題

聞き手:総務研究官 斎藤 尚樹
第1調査研究グループ 上席研究官 相馬 りか
科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典

 ICT 技術の発展、人材・物流のグローバル化などによって社会課題が複雑化し、日々変化する今日にあって、多様な能力・スキルを有する工学系専門人材の必要性が高まっている。しかしながら、昨今、大学での工学系学科の人気は必ずしも高くはない。大学や学会は、必要とされる人材の育成に向け、どのような取組を行うべきなのであろうか。今回は、一般社団法人日本機械学会会長も務められている東京工業大学環境・社会理工学院の岸本喜久雄院長・教授に、工学系専門人材の育成について、博士課程進学者の最近の潮流と、人材育成のグローバル化及び産業界ともタイアップした学会の取組を中心にお話を伺った。


岸本 喜久雄 日本機械学会会長/
東京工業大学 環境・社会理工学院長・教授

― 最初に、このたびの大隅良典東京工業大学栄誉教授のノーベル生理学・医学賞受賞を心からお喜び申し上げます。同教授のケースでは、若手の頃からの自由な発想に基づく研究の積み重ねが大きな成果につながったと思いますが、昨今の大学における若手研究者を取り巻く状況はいかがでしょうか?

大隅教授の場合も、定期的に入ってくる基盤的資金で自由に研究できたことが受賞の源だったと思います。しかしながら、今の若手研究者にはそのようなお金がないので、競争的資金とは別の制度が必要だと思います。同時に、ポスドクで雇用されても、ある程度は自分個人の自由な発想で研究してもよいという時間が確保される制度があると、若い人はもっとはつらつと研究できるのではないでしょうか。また、若手研究者にとっては、高価な備品の共用プラットフォームも非常に意味のあることだと思います。若い人が共通的・基盤的な装置を自由に使用できる状態で研究をスタートできる環境を整えることは重要です。

― 最近、多くの大学で工学系研究科の博士課程への進学者数が減少していると言われていますが、実際にはどのような状況でしょうか?

「八大学工学系連合会」注1で調査したところ、修士課程への進学率は高いのですが、博士課程へ進学する学生は少なく、工学部に入学した学生のうち博士課程に進学するのは約1割です(図表1)。東京工業大学でも同じような傾向で、もう少し博士課程への進学率を増やしたいと思っています。これまではGCOE注2等のプログラムがあったので、博士課程進学の魅力を学生にアピールでき、実際に優秀な学生が多数博士課程に進学しました。これからは、定常的に学生が博士課程進学を志してくれるような仕組みが必要だと思っています。

図表1 工学部入学者の進路

出典:一般社団法人八大学工学系連合会「我が国の産業競争力強化に工学教育が一層貢献するために(提言)
-博士人材の確保とリーダー人材育成について-」2015:http://8uea.org/pdf/b03-teigen2.pdf

― 大学院博士課程では、留学生が相応の比率を占めているようですね。

留学生の出身国はアジアが多いです。他の地域からも来てほしいのですが、留学先の選択に当たって学生は国際的な大学ランキングを結構参考にしているようで、日本の大学の認知度は低いのではないかと危惧しています。

一方、日本に留学する学生の中には、日本企業に就職したいという学生もいます。その要因として、大学院修了後に帰国し、母国の企業に就職しても必ずしも思いどおりの研究ができるわけではないので、R&Dが充実した日本企業に入社して自分の能力を発揮したい、というケースも多いと思います。また、アジアの国々では、JICA事業により構築されたSEEDネットワーク注3のおかげで、日本に留学した学生が母国で大学教員となり、指導する学生を再び日本に送り込むという流れができつつあります。

さらに、東南アジアや中国からの留学生は女性比率が高く、その結果、留学生が多い博士課程では女性の比率が学部よりも高くなっています。学部での女子学生数も少しずつ増加はしていますが、そもそも大学教員に女性が少ないので、増やさなければならないと思っています。女性教員の比率が増えると、ものの見方に多様性が増すので、研究テーマの設定にも貢献すると思います。学会によっては、女性比率を増やすため高校に出向いて講演をしているところもあります。

― 博士課程の特色として、東京工業大学ではリベラルアーツ教育に力を入れておられるようですが。

2016年度からリベラルアーツ教育を博士課程でも実施することにしました。まだ1年目なので目に見えた効果は出てきていませんが、リベラルアーツといっても、単に講義を聴くだけでなく、「リベラルアーツ研究教育院」という組織を立ち上げ、アクティブラーニングによる新しい方法で取り組んでいます。例えば講義を聴いた後、数名のグループ内で意見を述べ合うといったトレーニングをすると、講義中に質問がよく出るようになり、チーム単位でものを考え、コミュニケーションをとることができるようになります。あるいは、それぞれ異なる専門分野の博士課程学生数名でグループを作り、例えば「防災に貢献できる技術要素」についての提案をさせる、といった課題を出すと、それぞれの学生が自分の分野の専門家としての役割を果たさなければならないので、自主的に必要なことを調べるようになり、効果を上げています。

こういったカリキュラムを導入することにより、学生の専門分野の研究に対するエフォートは相対的に下がりますが、教員からは今のところ批判的な意見は出ていません。博士課程教育リーディングプログラムの方がより長い時間を取られますが、学生も逆に効率的なタイムマネジメントができるようになり、どうにか専門分野の研究と両立してくれているようです。こうした取組を通じてタイムマネジメントを学ぶことは、学生にとって重要なことだと思います。

そのほか、博士課程の学生には、海外で半年から1年間ぐらい研究できるプログラムを提供するというアイデアも持っています。学部生のうちからあらかじめ修士課程の勉強を先取りして履修しておき、空いた時間を活用して留学するなど、様々な経験ができるようにしたいと思っています。

― 次に、大学と企業との関係についてお伺いします。企業へのインターンシップについては、どのようなお考えでしょうか?

博士課程には博士課程なりのインターンシップを組織的に考えた方がよいと思います。例えば、バイオ分野の学生であっても、バイオ分野の企業だけでなく全く異なる分野の企業で必要とされている可能性はあります。このようなケースにも対応できるよう、学生が個別にインターンシップ先を探すのではなく、大学による包括的な対応を進めることによって、ダイバーシティに富むインターンシップの仕組みを作り、学生が多彩なキャリアパスを選択できるとよいと思っています。

インターンシップとは異なりますが、修士課程を対象としたEDGEプログラム注4の「エンジニアデザインコース」では、学生と企業担当者や大田区のものづくり中小企業、さらに芸術系の大学の学生なども加えたチームを組み、企業が設定したテーマに対して、学生がデザインして発表するという取組を行っています。いわゆるデザインスクールの東京工業大学版と言えるでしょうか。企業や大田区からも期待されていて、産学連携の新しい在り方の一つだと思います。

また、国際連携と産学連携を同時に進めることのできる仕組みも考えています(図表2)。日本の企業は、海外の一流大学と共同研究を行っていますが、そこに本学も一緒に入ることにより、国際的な技術人材の育成もでき、日本人学生の海外留学先としても活用できるのではないでしょうか。この場合、日本企業と海外の大学との契約期間が切れて共同研究が終わった後にも、東京工業大学は日本企業に対してアフターケアもできます。また、東南アジアの大学が力をつけてきて、日本企業の研究開発をそれらの国々で実施するような場合にも、東京工業大学には世界各国の主要大学との人的コネクションがありますので、それを活用してうまく連携を取り持つことができればと考えています。産業界との協働は、次の世代につなげていけるよう、成果を見ながら更に発展させていきたいと思います。

図表2 新たな産学連携の仕組み

出典:東京工業大学 環境・社会理工学院 岸本 喜久雄 院長・教授御提供資料

― ところで、多くの分野で学会への加入者が減少しています。岸本教授が会長を務められている日本機械学会をはじめ、工学系の分野でもやはり減少しているのでしょうか?

日本機械学会でも加入者数が年々減少しています。特に、40歳以下の若手会員が少ないのが特徴です。図表3で示したとおり、学生時代に入会しても徐々に退会してしまい、8年後には20%しか残りません。企業に就職した人の多くが脱退するようです。社会人ドクター制度が普及したために、企業に就職してから自分で研究し、学位を取得する論文博士が減っているのですが、こういった企業研究者の発表の場としての学会の活用機会が減っているということなのかもしれません。学術分野を対象とした学会ではなく、公益社団法人自動車技術会のような技術分野を対象とした組織では逆に加入者は増加しているので、学会は企業にとって魅力のある情報を発信していかなければならないと思っています。

図表3 卒業後の学会会員継続率(学生員として加入した会員の継続率の年次変化)

出典:一般社団法人 日本機械学会「2016年度運営方針」

日本機械学会では、「機械技術がどのようにして社会や産業の健全な発展に役立てるか」を広く社会と共に思考するとともに、機械技術者の果たす役割を浮き彫りにして社会の一層の理解を得るために、関係諸団体の御賛同と御協力を得て、 2006年に8月7日を「機械の日」に制定しました。そして、「機械の日」を最終日とする一週間を「機械週間」として、様々なイベントを行っています。例えば、小学生に未来の機械の絵を描いてもらっているのですが、どうすれば描かれている機械を実現できるかを考え、バックキャストによるロードマップづくりといった学会活動に役立てたいと思います。こうして、若い人を巻き込んで、新産業創出のきっかけを作れればと考えています。2017年は、日本機械学会創立120年に当たるため、日本機械学会が生まれ変わるような新しいビジョンを作成しているところです。

― 先生は、国際的にも工学系人材の育成に尽力されていますが、海外の動向はいかがでしょうか?

東京工業大学は、2007年に設立したアジア・オセアニアの13か国・地域のトップ大学1校ずつで構成されるコンソーシアム(AOTULE)注5に入っています。そういった大学の工学分野教育については、近年アジア諸国のレベルは上がっていて、建物や装置などのインフラが新しいという良さがあります。したがって、学部レベルでは、どこの国の大学で学んでも同じクオリティの教育が受けられるという状況です。アジア各国が、教育の質保証の国際協定であるワシントン協定に続々と加入しつつあり、工学の重心はアジアに移ったと言われているほどです。特に、中国やインドは非常に活気があります。日本だけでなく、どこの国も海外から留学生に来てほしいという状態なので、留学生を取り込むというより、一緒に育てる仕組みが必要です。例えばジョイントディグリーやダブルディグリー、短期間の交換留学プログラムを相互に作るなどの取組が考えられます。そういった取組の中で、日本の産業レベルがもう一段上がり、収益増につながる仕組み、あるいは日本に来なければできないことを提供していく必要があるでしょう。

― 社会で活躍している技術者のグローバル化についてはどのような状況で、どんな課題があるでしょうか?

世界各国のエンジニアの資格についての相互認証が行われつつあります。既に日本の大学を卒業、修了した多くの工学系専門人材が世界各国で活躍していますが、エンジニアの重要な職業資格である技術士については、試験そのものを国際的に通用できるようにするため、現在、試験制度の改革を検討しています。また、日本の技術士はある程度エスタブリッシュされた技術者が持つ資格という認識ですが、諸外国のエンジニア資格はもう少し若い年代で取得されています。我が国も、技術士を取得してから社会で活躍する、という方向に変えていければと思います。また、我が国の技術者が海外でも活躍できるよう、より一層の国際連携を進めることが必要でしょう。そもそも、技術士資格を取得する人はまだまだ少ないので、増やしていきたいです。

― 工学教育の質保証として、アジアでもOECDが進めるAHELO注6のような取組を進める動きはあるのでしょうか?

国立教育政策研究所が中心になって、OECD-AHELOフィージビリティ・スタディの後継活動として、まずは機械分野でテスト問題バンクを作るモデル事業が進んでいます。詳しくは、同研究所のホームページを御参照ください注7。まず、参加してくださった大学の関係者で機械分野の問題を作り、AHELOとで目指した達成度評価をしようとしています。こうした問題作りは、海外、特にアジアの国々から注目されています。このような具体的な取組を進めながら、アジア諸国と共同で高等教育の質保証を相互にやっていければよいと思います。また、大学教育の中でも達成度評価を考えており、実践的な課題解決能力を評価するにはどのような問題を作ればよいかといったことに、AHELOの経験が生かせます。ゆくゆくは、こうした達成度評価に基づく質保証を学会活動とも関連付けたいと思っており、技術士の人とも一緒にやりたいと思います。テスト問題の中に、例えば、日本の誇る新幹線についての問題を国際的に利用可能な形で作ることによって、海外に我が国の優れた技術を紹介することもできるでしょう。

取材を終えて

国内外の工学系人材の育成と、その制度設計を中心にお話を伺ったが、工学系人材の育成には、やはり若い研究者が育つ環境作りが重要であろう。その際、産学連携の充実や女性研究者の支援、リベラルアーツ教育といった国内的な施策・プログラムの強化に加え、アジア各国からの留学生の増加や、これら諸国での高等教育レベルの向上といった国際的な状況変化も踏まえる必要がある。また今回、産学連携と国際連携の組合せという東京工業大学ならではのユニークな取組や、アジア各国と共同での技術者教育の質保証、職業資格の相互認証といった新たな国際的潮流についても、岸本教授から最新の動向・課題を伺うことができた。同氏のお話からは、グローバルな視点に立った工学系人材育成への熱い思いが感じられ、工学分野の教育研究に関わる主要な政府審議会委員や日本機械学会会長という要職も兼務される同氏の種々の構想・提言が、未来を担う人材の育成・確保に向け、今後着実に具体化されていくことが大いに期待された。


注1 一般社団法人八大学工学系連合会:北海道大学、東北大学、東京大学、東京工業大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の8大学に所属する工学系の学部及び研究科等によって構成される組織。

注2 グローバルCOEプログラム:2002年度から開始された、国際的に卓越した教育研究拠点の形成を重点的に5年間支援する文部科学省の事業。2014年度で終了した。

注3 アセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-Net):ASEAN諸国の工学系高等教育による人材育成事業として、ASEAN10か国の工学系トップ大学19校を対象とし、その教育・研究能力の向上を目的として、留学と共同研究で構成されるJICA事業。

注4 Enhancing Development of Global Entrepreneur Program:文部科学省によるグローバルアントレプレナー育成促進事業。

注5 Asia-Oceania Top University League on Engineering (AOTULE):http://www.aotule.eng.titech.ac.jp/index.htm

注6 Assessment of Higher Education Learning Outcomes:OECD高等教育における学習成果調査

注7 チューニングによる大学教育のグローバル質保証-テスト問題バンクの取組(Tuning テスト問題バンク):
http://www.nier.go.jp/tuning/centre.html