STI Hz Vol.2, No.4, Part.9: (ほらいずん)持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その1 文献調査)STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00057
  • 公開日: 2016.12.20
  • 著者: 予測・スキャニングユニット
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組
(その1 文献調査)

科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット

概 要

 我が国が直面する大きな課題として「高齢社会」対応と「低炭素社会」構築が挙げられる。持続可能な社会構築のためには、長期的展望の下、環境、社会、経済の三つの価値を共存させるための施策を見いだす必要がある。高齢社会に対応する技術として、介護ロボットや自動運転などといった技術開発が進められているが、エネルギー消費の増大も懸念されている。人口減少による過疎化に関しても多くの議論がされているが、地域資源の活用についても高齢社会と低炭素社会を両立・共存させる施策を検討する必要がある。そこで当センターでは、この二つの課題を中心として、2035年頃の理想とする暮らしの姿とその実現に向けた戦略の検討を行うフォーサイトに取り組んでいる。中堅の現役世代が前期高齢者世代となる20年後の生活や、高齢社会に暮らす全世代を対象として、地域の特性を生かした産業や社会関係資本にも焦点を当てることとしている。

 本プロジェクトでは、文献調査や全国4か所の自治体、及び学協会との連携による数回のワークショップ、そして各ワークショップの結果をまとめる総合ワークショップの開催を計画している。文献調査の結果からは、低炭素社会を考える上で住宅や家庭内機器の省エネルギー性能向上、生活スタイルの改善などが課題として抽出された。また、高齢社会の課題としては、健康・医療・介護サービス、心身機能変化への支援、生きがいとしての就労、モビリティ、コミュニティ形成などが挙げられた。さらに、地域資源や高齢者のスキル活用が、地域活性化には大切な項目として挙げられた。今回の分析により、高齢者も含めた多様な世代の生活の質の維持・向上と、温室効果ガス排出量削減は、共通の便益をもたらす可能性が見られた一方、相反する可能性も示唆された。2課題への対応の両立・共存を目指すには、これまでとは異なる視点からの科学技術の取組や、社会システムの改善も必要となると言えよう。

1. はじめに

「持続可能」という理念が提唱されて30年になるが、これまで国連やサミットなどで環境と開発を共存させるための議論が定期的にされている1、2)。これには環境破壊問題だけでなく、エネルギー資源開発や貧困、ジェンダー、人口構成、食糧、生態系保護といった人的要因も含む。特に高齢化率が26.7%に達した我が国は、その対応として気候変動対応に向けた活動などとも合わせた議論も重要であり、例えば内閣府の「環境未来都市」構想3)では、「環境・超高齢化対応等に向けた、人間中心の新たな価値を創造する都市」を基本コンセプトとし、環境価値(低炭素、生物多様性、3R(リデュース、リユース、リサイクル)等)、社会的価値(健康・医療、福祉、防災、子育て等)、経済的価値の創造を掲げている。

そうした中、エネルギーの効率的利用と健康・福祉サービスの充実の両面を考えたまちづくりへの取組が、関係省庁においても実施されている。例えば国土交通省では「スマートウェルネス住宅・シティ」を掲げ、高齢者をはじめ多様な世代が交流し、安心して健康に暮らすことができる環境整備に向けたリーディングプロジェクトの実施や先進的取組に対する支援等を行っており、また健康・医療戦略の中でも、高齢者の健康・福祉と住環境との関係が言及されている4)

一方で、低炭素社会については既に環境省などが中心となって多くの取組をしている5、6)。しかし、高齢社会と低炭素社会を同時に検討しているケース7)は少なく、高齢社会によってエネルギー消費の増大が懸念される8)中、2課題への対応を両立・共存させる施策が大変重要となっている。地域ごとの環境も大きく異なることから、地域資源を生かした施策も検討する必要がある。

2016年度当センターではこうした背景の下、環境、社会、経済の三つの価値を共存させるための科学技術施策を見いだすことを目的として、2035年頃の目指すべき暮らしの姿とその実現に向けた戦略の検討を行うフォーサイトに取り組んでいる。その特徴は、①中堅の現役世代が前期高齢者世代となる20年後の生活に焦点を当てること、②高齢社会に暮らす全世代を対象とすること、③地域の特性を生かした産業や社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)にも焦点を当てること、である。地域資源は高齢・低炭素社会にどう活用されるのか、また科学技術はどのような役割を果たすのかなど、個別に議論されることの多い2課題について、地域及び科学技術という土俵上で交差させることを試みる。

実施に当たり、本プロジェクトのキーワードである、低炭素、高齢、地域といったテーマで実施・公表されている他機関からの報告書等の分析を行っているが、本稿ではその中でも特に「暮らし(日常生活)」に焦点を当て、現状や将来像について取りまとめた一部を紹介する。

2. 低炭素関連報告書による高齢社会に関する現状把握

(1)家庭部門エネルギー消費

我が国のエネルギー消費は、1973年から2014年度までに全体として約1.2倍増加した9)。我が国の実質GDP当たりのエネルギー消費は他国と比較すると断然低いが、家庭部門は、0.8倍の産業部門よりも高い2.0倍増となり、生活スタイルの改善も含めた取組が必要である。図表1に示すように、2005年から2014年度の最終エネルギー消費の推移を見ると、企業・事業所他部門のエネルギー消費は減少しているものの、運輸部門と家庭部門は微増傾向が見られる。家庭部門のエネルギー消費は、世帯当たり消費(原単位要因)と世帯数要因に影響される。世帯当たり消費は、エネルギー消費機器保有状況、機器の効率(省エネルギー性能)、省エネルギー行動、世帯人員のほか、気温の影響も受ける。

図表1 部門別エネルギー消費の推移

出典:参考文献9
(2)省エネルギー行動の副次効果

すまいの改善を主とした生活の質の向上と同時にCO2削減に向けた活動は、図表2に示されるように、CO2削減だけではなく、医療費などの削減にもつながり、多くのベネフィットが見込まれている10)。家庭部門においては、他部門と異なり法規制による誘導が難しく、個々の意識による部分が大きいため、CO2削減に伴う生活の質向上がインセンティブとなる。

図表2「すまい」の省エネ・CO2削減とともに向上する生活の質について

2012年(国立環境研究所)

(3)世代別電気使用量の実態

大和総研が実施した調査8)によると、図表3に示すように世代別に電気代を分析した結果、どの世代であっても加齢とともに電気代が増加し、新世代になるほど電気代が増える結果となった。つまり、高齢社会は電気代が単純に増加するだけではなく、電気への依存が強い世代が次々と高齢者になることで、さらに電気代の増加が示唆され、ひいてはCO2排出量の増大が懸念される。

図表3 世代別電気代

2012年(大和総研)

出典:参考文献8
(4)高齢世帯におけるエネルギー消費

環境省が実施した、全国10地方の約16,000世帯を対象とした調査結果11)によると、世帯人数が多い世帯ほど1人当たりのCO2排出量が少なく、省エネ行動を実施している世帯は、北海道で28%と最高で、沖縄は17%で最低となった。

家族構成別のエネルギー消費を見ると、図表4に示すように、高齢者居住世帯、又は高齢世帯は、世帯人員や住宅形態にかかわらず、エネルギー消費量又はCO2排出量が若干多い傾向にある。高齢世帯においては、築年数の古い住宅の居住、製造年の古い機器の保有など、省エネルギー性能の低い環境が影響している可能性がある11)

図表4 家族構成別のエネルギー消費

出典:出典:参考文献11(左図)及び12(右図)を基に科学技術予測センターにて作成

これらの結果をまとめると、高齢に関わるエネルギー消費の増減要因は、図表5のように整理される。2010年から2035年の間に高齢単身世帯は1.5倍増加すると推計13)されており、住宅の種類や宅内の機器導入状況によっては、エネルギー消費やCO2排出の増加の可能性がある。

一方、高齢者施設への入居や中心部の集合住宅への転居などが増加する状況が続けば、エネルギー消費やCO2排出の減少要因となる。よって高齢者の住まい方が重要な視点の一つとなる。

図表5 高齢者を中心としたエネルギー消費傾向と要因

3. 高齢関連報告書による低炭素社会に関する現状把握

公的機関や団体により実施された高齢社会に関するプロジェクトの報告書14~17)を俯瞰して、キーとなる項目を抽出した例を図表6に示す。検討すべき項目としては、モビリティ、心身機能補助機器、在宅医療・介護等が挙げられる。

図表6 高齢社会に関する報告書等の概要

4. 地域関連報告書による低炭素社会と高齢社会に関する現状把握

図表7に示すように、地域に関する報告書18、19)からは、地域が持つ資源の活用、集約化の促進、新しい地域コミュニティ形成等が共通事項として挙げられた。このうち、低炭素社会の観点からも検討すべき項目としては、地域エネルギーと集約化が、高齢社会の観点からも検討すべき項目としては健康医療の先進的地域づくりや地域コミュニティ形成が挙げられた。

図表7 地域に関する報告書等の概要

5. 第10回科学技術予測調査からの視点抽出

当センターが2013~2015年に実施した第10回科学技術予測調査20)では、将来社会の姿と対応策(打ち手)の検討及び科学技術の将来発展に関する調査分析を踏まえ、リーダーシップ、国際協調、自律性(課題先進国である我が国が先行して国の存続基盤に関わる課題に自律的に対処すること)の観点から2030年をターゲットとした将来シナリオを作成した。その中から、今回の目的に関するキーワードが含まれている記述を抜粋したのが図表8である。

図表8 将来シナリオの例

6. 今後の検討に向けて

多くの文献を調査した結果、住宅や家庭内機器の省エネルギー性能向上、生活スタイルの改善などが低炭素社会を考える上での課題として抽出された。また、高齢社会の課題としては、健康・医療・介護サービス、心身機能変化への支援、生きがいとしての就労、モビリティ、コミュニティ形成などが挙げられた。さらに、地域資源や高齢者のスキル活用が、地域活性化には大切な項目として挙げられた。

今回の分析により、高齢者も含めた多様な世代の生活の質の維持・向上と、温室効果ガス排出量削減は、共通の便益をもたらす可能性が見られた一方、相反する可能性も示唆された。2課題への対応の両立・共存を目指すには、これまでとは異なる視点からの科学技術の取組や、社会システムの改善も必要となるであろう。それぞれの地域が抱える現状と潜在可能性を踏まえた上で、今後理想とする将来社会を構築するためには、周辺並びに他地域との連携も考慮し、地元の自治体を中心として、地元産業界、アカデミア、市民や金融機関などの関係者も交えた議論が重要となる。

当センターでは全国4か所の自治体を対象として、地元に深く関わる産学官民による未来像の策定と、地域活性化に必要とされる科学技術やシステムを明らかにするワークショップ開催を計画している。あわせて、学協会との連携により技術面からの検討を中心とした未来像と実現に向けた検討を行い、さらに現在起こりつつある科学技術の変化や専門家の知見などを取り入れ、共通的又は地域固有の課題の整理と戦略の検討を行う予定である。


注 65歳以上の人口が全人口に占める割合に応じた「高齢化社会、高齢社会、超高齢社会」の定義によれば、我が国は既に超高齢社会であるが、ここでは一般的な用語として「高齢社会」を用いている。

参考文献

1)環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)報告書-1987年-『Our Common Future(邦題:我ら共有の未来)』:https://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_04.pdf

2)持続可能な開発、外務省HP:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/sogo/kaihatsu.html

3)環境モデル都市・環境未来都市、内閣府地方創生推進事務局:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kankyo/

4)健康・医療戦略(平成26年7月22日閣議決定)

5)低炭素社会に向けた12の方策、環境省 地球環境研究総合推進費 戦略研究開発プロジェクト、日英共同研究「低炭素社会の実現に向けた脱温暖化2050プロジェクト」:
https://www.env.go.jp/council/06earth/y060-80/mat04.pdf

6)低炭素社会づくりのためのエネルギーの低炭素化に向けた提言、環境省:
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/rmsuggestion.html

7)明るい低炭素社会の実現に向けた都市変革プログラム、東京大学:http://low-carbon.k.u-tokyo.ac.jp/

8)高齢社会で増える電力コスト~電力需給体制の早期効率化を~、溝端 幹雄、大和総研調査季報 2012年 夏季号 Vol.7, P20-31

9)平成27 年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書)、資源エネルギー庁、2016年

10)2013年以降の対策・施策に関する検討小委員会における議論を踏まえたエネルギー消費量・温室効果ガス排出量等の見通し、国立環境研究所AIM プロジェクトチーム、平成24 年6 月13 日

11)家庭からの二酸化炭素排出量の推計に係る実態調査 全国試験調査、環境省、平成28年6月:http://www.env.go.jp/press/102696.html

12)資源エネルギー庁委託調査 平成24年度エネルギー消費状況調査(民生部門エネルギー消費実態調査)報告書、株式会社三菱総合研究所、平成25年3月

13)日本の世帯数の将来推計(全国推計)-2010(平成22)~2035(平成47年)-、国立社会保障・人口問題研究所、2013年1月推計

14)「人」が主役となる新たなものづくり~活力ある高齢化社会に向けて~、産業競争力懇談会(COCN)、2016年10月:http://www.cocn.jp/thema91-M.pdf

15)活力あふれる『ビンテージ・ソサエティ』の実現に向けて、経済産業省、2016年3月:http://www.meti.go.jp/press/2015/03/20160330002/20160330002.html

16)活力ある高齢社会に向けた研究会報告書、東京大学政策ビジョン研究センター・産業競争力懇談会 (COCN)、2011年3月:http://pari.u-tokyo.ac.jp/publications/policy_cocn_final.pdf

17) 「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」研究領域(平成22~27年度)、科学技術振興機構社会技術研究開発センター:http://ristex.jst.go.jp/korei/

18)未来社会提言研究レポート「地方創生」、株式会社三菱総合研究所、2015年

19)未来への選択、経済財政諮問会議 専門調査会「選択する未来」委員会、2014年

20)第10回科学技術予測調査 国際的視点からのシナリオプランニング、NISTEP REPORT No.164、科学技術動向研究センター、2015年9月:http://hdl.handle.net/11035/3079