STI Hz Vol.2, No.3, Part.15: (レポート)JREC-IN Portal掲載の求人票に基づく研究関連求人の分析-NISTEP-JST共同プロジェクト-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00046
  • 公開日: 2016.09.25
  • 著者: 山下 泰弘、川島 浩誉、川井 千香子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
JREC-IN Portal 掲載の求人票に基づく研究関連求人の分析
-NISTEP-JST 共同プロジェクト-

第2 研究グループ 客員研究官・科学技術振興機構(JST)情報企画部情報分析室 研究員 山下 泰弘
第2 研究グループ 研究員 川島 浩誉
科学技術振興機構(JST)知識基盤情報部人材情報グループ 副調査役 川井 千香子

概 要

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)と科学技術振興機構(JST)は、現在、機関間の覚書に基づく複数の共同プロジェクトを実施している。本記事ではその一つである、JREC-IN Portal掲載の求人票に基づく研究関連求人の分析プロジェクトに関して紹介する。JREC-IN Portal は求人情報サービスであることから、大学や公的機関等による求人の発生や求める人材像を記した求人票データが、サービスの運用に伴ってほぼ網羅的に蓄積される。この求人票データを分析することにより、科学技術人材・研究関連人材に関して、その動向を需要側から把握することを試みる。本プロジェクトは現在進行形のため確定値ではないが、現時点で得られている成果として、近年に問題となっている大学における任期の定めのある求人の比率に関して、時系列推移、職種別の状況及び研究分野別の状況を表す集計を示す。

キーワード:研究人材,人材政策,JREC-IN Portal,求人公募

研究人材は研究活動の実施主体の最小単位であり、研究機関や国などは、言わばその積み上げによって構成される二次的な主体である。したがって、適切な研究人材を適時適切に配置ないし育成するために、人材需要の動的変化を把握することは、国・研究機関における知識生産やイノベーションを活性化する上で重要な課題の一つである。しかしながら、研究人材、特にその就業や組織間移動(以下これをフローと呼ぶ)は、計量書誌学において扱われる情報やツールのみでは把握しにくく、分析に貢献するデータの入手可能性も低かった。

日本における研究人材のフローは、主として人材公募制度に基づいている。人材公募制度において重要な役割を果たすのが、各求人機関が公開する求人票である。この求人票は、求人元機関の公式サイトでの掲載や関連学会での情報共有のほか、科学技術振興機構(JST)が運営する求人情報サービスのJREC-IN Portalにおいて集積される(根橋ら 2001佐藤ら 2003壁谷ら 2015)。JREC-IN Portalは、2001年にJREC-INの名称でサービスが開始され、幾度かの改修を経て今日まで研究人材に関する求人情報を提供・蓄積している。では、このJREC-IN Portalに蓄積された求人票は日本における研究人材のフローの情報そのものの集積ではないか?との着眼によって、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)とJSTの共同による本プロジェクトが開始された。本プロジェクトは両機関間で2015年9月に締結されたJST情報資産の利用について覚書に基づきJSTからNISTEPに貸与されているJST情報資産を利用して実施されているプロジェクトの一つである。

求職者としての研究者及びその雇用に関する研究において、JREC-IN Portalに掲載される求人票を集計のデータソースとした先行研究は少数だが存在する。NISTEPが公開する報告書としては、三浦・佐藤(2007)が、分野別・機関種別・地域別の集計を行い公募制度の導入状況について論じている。紀要・論文としては、小林(2008)が体育・スポーツに関する教員の公募件数を調べ、月別、職種別、学位の要件、担当科目などを集計している。浅田(2011)は教育行政学の求人について若手研究者の観点から、橋本ら(2012)は人文・社会系の研究者の求人状況について博士院生の観点から、木村(2013)は英語教員について学内業務における英語運用の観点から、集計や分析を行っている。しかし、これらの研究は扱ったデータの取得期間がいずれも1年以下のため、調査時点でのスナップショットを得ることはできても、対象とした研究分野の人材のフローについて時系列的な変化を追うことができず、分析結果に基づいて科学技術政策との関連について議論するのは難しい。

上述のような先行研究の限界を踏まえて、本プロジェクトではJREC-IN Portalの過去の掲載分も含めた総体の分析を行う。さらに、その実現のために、本プロジェクトにおいてはNISTEPとJSTの研究員が等分の貢献を前提に研究を行い、JSTにおけるJREC-IN Portalの担当である知識基盤情報部の2名も議論に参加することとした。これにより、本プロジェクトは三つの目的が持たれることとなった。すなわち、NISTEPの研究員としては学術研究及び政策形成に資するエビデンスの導出とそのための新たなデータソースの開拓、JST知識基盤情報部としてはサービスの改善に資するフィードバック及びこれまで認識されていなかったサービスの潜在的意義の探索、JST情報企画部情報分析室の研究員としては両者の橋渡し及び共同研究によるJSTが持つデータ資産の可用性と価値の向上、である。

JREC-IN Portalを、研究人材需要という観点から見た研究人材のフロー把握のためのデータソースとして活用することには以下のような利点がある。

① 公的機関(JST)が提供しているためサービスが安定している。大学・公的研究機関の求人については競合サービスがないため網羅性が高い。また、民間企業の保有データと異なり、公的な目的であれば一定の手続でデータを入手可能である。

② 本来の目的であるサービスの副産物として蓄積されるデータであるため、データ収集そのものには追加コストがかからない。質問票調査と異なり、被調査者の時間を消費しない。

③ データベース化されているため、サービス提供開始時から現在まで任意の時点について多様な観点から、集計することが可能である。これは、書誌データベース整備により、論文生産活動について分析可能になったことと同様の事態が、研究人材のフローについても可能になったことを意味している。

これらにより、JREC-IN Portalは研究人材政策効果のモニタリングのためのツールとしての大きな可能性を持つ。第5期科学技術基本計画においては、若手向け任期なしポストの拡充、テニュアトラック制の原則導入促進、人材の移動の促進、人材・知・資金が結集する「場」の形成や、世界トップレベル研究拠点の形成などが掲げられている。これらは、適切な人材の育成と配置が不可欠となる政策であり、さらに、第5期科学技術基本計画では事後のレビューのみならず期間中のモニタリングが求められていることを踏まえてJREC-IN Portalの特性を鑑みると、本プロジェクトから導出される各種の指標はモニタリング指標として寄与し得る。

ここで、現時点で得られている結果の一部を図表1~3に示す。本プロジェクトは現在進行形のため集計結果として得られている値は確定値ではないことに注意が必要である。図表1~3の棒グラフの長さは求人種別ごとの比率を表し、棒グラフ上の値は求人種別ごとの求人票の件数を表している。1件の求人票が必ずしも1人を募集するとは限らないため、求人票件数は求人数(募集人数)とは一致しない。勤務形態の待遇欄に「テニュアトラック」ができたのは2014年10月からのため、それまでは「常勤」かつ「任期あり」で処理されていたことに注意が必要である。なお、本集計は年度ではなく年(カレンダーイヤー)による。また、一つの求人票に対して、複数の職種・複数の分野にチェックが付けられ得るため、職種・分野をまたいで図表中の数値を合算すると、実際の求人票件数より過大な値となることに注意が必要である。

図表1 2002 年から2015 年までの大学における常勤職求人の任期有無比率の変遷
図表2 近年の大学における常勤職求人の任期有無比率(職種別)
図表3 近年の大学における常勤職求人の任期有無比率(分野別)

図表1は、2002年から2015年までの大学における常勤職求人の任期有無比率の変遷を示したものである。かつては任期の定めのない求人は任期の定めのある求人より、その数において優位であったが、2005年以降に任期の定めのある求人の割合が急速に増加し、2012年以降では任期の定めのある求人とない求人の割合がほぼ拮抗するに至っている。図表1に続き、分野別、職種別、という観点で分析した図表が図表2と図表3である。

図表2 は、職種別で見た近年の大学における常勤職求人の任期有無比率である。大学においては研究員・ポスドクはプロジェクト雇用がその大部分を占めることを背景として、任期の定めのない雇用は非常に少なくなっていることが分かる。教授・准教授・助教に相当する職位区分を比べると、若手研究者が就きやすい職種(研究員・ポスドク相当、助教相当)ほど任期の定めのある雇用の比率が大きいことが明確に表れている。

図表3は、分野別で見た近年の大学における常勤職求人の任期有無比率である。JREC-IN Portalにおける現在の分野区分は科研費の分類を採用しているため、大分類において人文・社会科学の解像度が低いこともあるが、論文や研究費と異なり人文・社会科学は求人件数においては非常に大きな部分を占めており、任期の定めのない求人の比率も最も大きく、56.8%である。一方、科学技術政策における人材問題で常に論点になる生物学分野は、突出して任期の定めのない求人の比率が小さく、28.0%である。

本プロジェクトの成果は、NISTEPから公開される報告書を現在作成中のほか、2016年9月14日から16日にバレンシア(スペイン)で開かれる科学計量学の代表的な国際会議 STI Conference 2016でも報告予定である。また、本プロジェクトの進行によって、JREC-IN Portalのデータソースとしての問題点も明らかになりつつある。現在までに判明した問題点としては、サービスの向上のために行われた幾度かの大規模改修によって時系列データとしての連続性が危うくなっているという点がある。これについてより詳しくは、本プロジェクトに関して別の観点から記述した記事をJSTが発行する情報管理誌(2016年9月号)に掲載予定なので、参照をお願いしたい。

本記事の筆者らは、本プロジェクトを通じて、政策形成に資するモニタリング指標につながる知見を提供するのみならず、長期の運用によって担当部署においても埋没しつつあるJREC-IN Portalのデータ仕様の変遷を明らかにし、それを踏まえた分析プロトコルを確立することで、今後参入する研究者の便宜も図り、科学計量学において先行研究が乏しい研究人材需要分析の発展に寄与したいと考えている。これは研究者とサービス提供部署とが恊働するプロジェクトであればこそ可能なことでもあり、NISTEP-JST間で推進されている機関間連携における先行事例として、今後の連携の在り方に示唆を与えるものである。

謝辞

本記事で紹介したプロジェクトは、記事の著者3 名のほかにJST 知識基盤情報部の堀内美穂調査役を合わせた4 名で成立している。堀内調査役には、プロジェクトの進行上の議論や本記事を含めた成果公表の検討等で常に御貢献を頂いていることを明記する。加えて、JREC-IN Portal の前任担当者としてシステムの改修やデータ項目の変更などの履歴に関して詳細に御説明を頂いた、JST理数学習推進部の根上純子様への感謝の意をここに示す。


注 図表1~3は、2016年7月13日に開催された科学技術・学術審議会人材委員会(第75回)における事務局資料の一つとして提供した図表である。

参考文献

1)根橋順子,佐藤弘行,前田義幸.JRECIN(研究者人材データベース)について:キャリアパスの確立における求人求職情報システムの重要性.情報科学技術研究集会予稿集.2001,38,p.89-96.

2)佐藤弘行,長尾純子,菊池俊一.研究者人材データベース(JREC-IN).情報管理.2003,45,11,p.817-820.

3)壁谷如洋,根上純子,木浦直,稲垣智子,川井千香子.研究人材のためのJREC-IN.電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン.2015,8,4,p.251-257.

4)三浦有紀子,佐藤真輔.大学、公的研究機関における研究者公募の現状.文部科学省 科学技術政策研究所 調査資料.2007,133.

5)小林勝法.2006 年度にあった体育・スポーツの教員・研究者公募の状況.大学体育学.2008,5,1,p.53-60.

6)浅田昇平.教育行政学若手研究者が抱える課題 : 研究人材データベース(JREC-IN)の分析を中心に.教育行財政研究.2011,38,p.29-34.

7)橋本鉱市,齋藤崇德,加藤靖子,千田恭平.研究者市場における文科系博士院生の就職要件:JREC-IN による公募情報の分析.東京大学大学院教育学研究科紀要.2012,52,p.61-86.

8)木村正則.日本の大学における英語教員の求人状況についての考察:JREC-IN を利用して.近畿大学教養・外国語教育センター紀要.外国語編.2013,4,1,p.79-97.