STI Hz Vol.2, No.3 Part.6: (ほらいずん)新たな予測活動の展開に向けて-科学技術予測の歴史とホライズン・スキャニングの導入-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00037
  • 公開日: 2016.09.25
  • 著者: 赤池 伸一、横尾 淑子、七丈 直弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
新たな予測活動の展開に向けて
-科学技術予測の歴史とホライズン・スキャニングの導入-

科学技術予測センター センター長 赤池 伸一、上席研究官 横尾 淑子、七丈 直弘

 機動的に科学技術や社会の変化の兆しを捉えて迅速に政策に反映することの必要性から、ホライズン・スキャニングへの関心が高まっている。科学技術予測センターでは、ホライズン・スキャニングとして、独自の情報収集及びクローリング(ウェブサイト自動巡回による情報収集)を基に変化の兆しを抽出することを試みるとともに、そこで得られた潜在可能性を予測活動のプロセスに織り込み、厚みを増した新たな予測活動を展開することを検討している。また、オープンな予測活動の支援ツールとして、あるいは政策検討の場における活用を期待し、新しい予測活動で得られる様々な情報を分析・可視化するプラットフォームを構築中である。今後、政策当局との連携を深め、政策課題の共有と予測活動へのフィードバックを進めていく。

1. はじめに

近年、科学技術は極めて急速な進展を見せており、加えて、科学技術と社会の関係性も複雑さを増している。同時に、グローバル化や多極化の進展により、国内外の環境もダイナミックに変化を続けている。

予測活動は、国や組織等の戦略立案に貢献することを目的として、将来の様々な可能性を想定し、それを踏まえて現在採り得る方策について検討を行う活動である。当センターでは、政策関係者の要請に応え得る手法へと改善を図りつつ、科学技術予測調査を実施してきた。そして、科学技術基本計画に代表される科学技術の基本政策が、研究開発及び科学技術システムの改革推進を重視したものから科学技術を経済・社会との関係性の中で捉える科学技術イノベーション政策へと移行するに伴い、これまでの蓄積を生かしつつも新たな予測活動の展開が求められるようになっている。

本稿では、当センターが目指すホライズン・スキャニングを導入した新たな予測活動の枠組みについて概要を紹介する。

2. 我が国における予測活動の歴史と取り組むべき課題

2-1 予測活動の歴史

我が国では、1971年から10回の科学技術予測調査を実施している。1970年代~80年代は欧米のキャッチアップを目指した時代であり、デルファイ法注1により個別の技術開発課題について実現可能性を探り、専門家間で将来の見通しを共有することに主眼が置かれていた。1990年代からは科学技術の基本政策とのリンクが意識されるようになり、政策手段を問う設問の拡充が図られた。2000年代に入ると科学技術をニーズとの関係性で捉える手法が取り入れられ、2010年代には科学技術による社会課題解決を目指すアプローチに移行してきた。2015年公表の第10回科学技術予測調査1)では、社会の視点からの「将来社会ビジョンに関する検討」と科学技術の視点からの「分野別科学技術予測」を実施し、検討結果を統合して、将来社会における課題の抽出と解決の方向性及び戦略事例を検討した「国際的視点からのシナリオプランニング」を取りまとめた。

このように明確な目標があったキャッチアップの時代から、日本社会が成熟し様々な要因が絡み合って先が見えにくい時代に移行するに従い、予測活動の枠組みも、専門家による科学技術の将来展望から、多様な関係者の参画の下、複数の手法を組み合わせて多様な観点から将来社会と科学技術の展望を描き出す、より社会に開かれた形へと変化してきたと言える。

2-2 取り組むべき課題-兆しの抽出とオープンなプロセス

先が見えにくい時代となり、長期的視点で新たな科学技術の実現時期を予測することに加え、機動的に科学技術や社会の変化の兆しを捉え、迅速に政策に反映していくアプローチが求められている。ホライズン・スキャニングは、水平線に敵の船影を見付けることになぞらえた、将来的に大きなインパクトをもたらす可能性のある新たな兆しを捉える手法であり、その有用性に対し関心が高まっている。欧州などでは、先行的な取組を経て、その概念が予測活動の一環として位置付けられるに至っている2)

また、最近では、政策形成に当たって様々な関係者の参画が社会的に求められており、政策の正当性を得るために、その過程においてよりオープンなプロセスが必要となっている。予測活動も政策のPDCAサイクルの中で位置付けられ、政策形成への貢献を求められていることから、同様にオープンなプロセスが課題となる。つまり近年は、実現時期を予測することよりも、広く政策の関係者間で将来の可能性に関する共通認識を得ることに予測活動の価値が移ってきた。

3. ホライズン・スキャニングと関連する各国の取組

予測活動の手法には、前出のデルファイ法のほか、シナリオ分析、バックキャスティング、ビジョニングなど多くの手法がある。しかし、従来手法による予測活動は、過去のトレンドにのっとってその延長線上で変化が生じる場合には有用であるが、想定されなかった変化や急速な変化への対応には限界がある。変化が加速化する社会で機動的な政策対応を行う必要から、様々な変化の可能性をあらかじめ織り込んだ新しい予測活動が求められるようになり、その手法の一つとしてホライズン・スキャニングが考案された。

3-1 ホラインズン・スキャニングの特徴

ホライズン・スキャニングとは「その時点での考え方や計画に対する、潜在的脅威、可能性、あるいは将来の発展方向性の体系的評価」とされる3)。具体的には、論文や新聞記事、あるいは特許などの公開情報や、文書化されていない情報をリアルタイムで収集し、潜在的に大きな影響を与え得る事象の早期把握を目的とした予測手法である。

ホライズン・スキャニングでは新規情報を継続的に「スキャン」し、トレンドからの逸脱や、新しいトレンドの源泉となり得る「ウィークシグナル」注2の抽出を行うことにより、新たに出現する急速な変化への対応を可能としている。

ホライズン・スキャニングの活動においては、その対象はできる限り「広く」あるべきであり、さらに政策活用を視野に入れると情報の「深さ」も求められる。これら相反する条件をいかに満たすかが、ホライズン・スキャニングを実現する上で最も困難な点である。

3-2 欧米諸国における取組

英国では、2004年12月、科学技術庁(OST)下にホライズン・スキャニング・センター(HSC)が設置され、取組が開始された。その成果は「シグマ・スキャン(Sigma Scan)」と「デルタ・スキャン(Delta Scan)」という名称でウェブサイト上に公開4)された。どちらも50年後までに出現する事象を分析している。デルタ・スキャンは、250名以上の科学技術専門家の協力を得て、論文等の科学技術情報に基づく新規事象に関するレポートを収集し、将来の科学技術の概観を提供しているのに対し、シグマ・スキャンは世界各国や国際機関によって生み出された科学技術や社会の動向に関するレポートやメディアの情報を総合し、政策が扱う対象となる全領域のトレンドを描くという「スキャン情報のスキャン(Scan of Scans)」の構成を採っている。

オランダ5)では、2006年にオランダ研究開発会議顧問委員会(COS)がホライズン・スキャニングを実施した。現在でも継続して実施されており、2014年には技術トレンド研究センター(STT)より“Horizon Scan 2050”が公表された。

デンマーク6)では、科学技術イノベーション庁(DASTI)により、ホライズン・スキャニングが実施されている。“OECD-DASTI Horizon Scan”では、各種国際機関が発表するレポート群をスキャンする形で重大な社会変化に帰結し得る事項のリストが作成されており、現在でもその活動は継続されている。

米国では、医療研究・品質調査機構(Agency for Healthcare Research and Quality)がホライズン・スキャニングのためのシステムを運営しており、定期的にレポートを刊行している7)。そのほかにも、インテリジェンス活動高等研究計画局(IARPA)では、情報科学を活用したフォーサイト方法論を研究するプログラム8)を実施している。

4. ホライズン・スキャニングの導入による新たな予測活動に向けた取組

当センターでは、定常的な観察を通じて将来社会に大きな変化をもたらす可能性のある新しい事象をエビデンスベースで捉えて予測活動に展開することにより、潜在的な機会やリスクを考慮した新たな予測活動へと深化させることに取り組んでいる。

4-1 ホライズン・スキャニングの試み
(1)対象とする事象

ホライズン・スキャニングの対象範囲は、社会、経済、政治、環境、科学技術など多岐にわたるが、当センターでは、社会的な課題解決や社会の発展に貢献すると期待される新しい科学技術領域に焦点を当てる。したがって、必ずしも研究者側から見た新興領域であるとは限らない。

ホラインズン・スキャニングにより兆しを的確に捉えるためには、何を基準として変化を観察するのか、観察に当たってのベースラインの設定が重要である。本試行においては、これまでの10回にわたる科学技術予測調査からの情報、科学技術振興機構研究開発戦略センター(JST/CRDS)の「研究開発の俯瞰報告書」9)からの情報、並びに、科学技術基本計画等の各種政策文書等からの情報を基準となるホライズンとして設定する。

(2)情報の収集

兆しの探索において情報源とするのは、学術雑誌・プロシーディング・研究会講演等の学術情報、研究機関・企業等のニュース記事、報告書・書籍、専門家の知見等である。情報源リストを整備し、当センター並びに他機関が収集した情報や商用データを利用する。

情報収集・分析に当たっては、主観的アプローチと客観的アプローチを併用する。近年のICTの著しい発展により、クローリング注3やテキスト分析などにより大量の情報から特徴を自動的に抽出して可視化することが可能になった。しかし、ICTを活用した自動抽出のみで政策立案に資する情報を得ることは難しく、専門家による「目利き」を併せて用いる必要がある。本試行では、主観的アプローチとして、センター独自の情報収集のほか、インタビュー、アンケート、ワークショップなど外部の専門的知見の活用についても検討を進める。

一方客観的アプローチとしては、クローリングにより最新の情報を自動的に収集し、経時変化から兆しを見いだすことを試みる。当センターでは、国立研究開発法人や大学を中心に376機関のウェブサイトからニュース情報を自動的に収集する仕組みを試行的に構築した。クローリング対象を容易に追加できるため、今後必要に応じて随時拡充することも可能である。

(3)情報の提供

本試行においては速報性を重視し、収集した個別情報を速やかにウェブ上に公開する。掲載するのは、独自の情報収集に基づく新規事象の将来インパクト等に関する分析レポート、及び、クローリング情報に基づく国内関係機関の新しい動きである。

今後、一定期間の試行結果を踏まえて定常的スキャニングの手法改善を図るとともに、蓄積された個別情報を基に、外部専門家の協力を得て数か月あるいは年単位での分析についても検討を進める予定である。

4-2 新たな予測活動の枠組み

当センターでは、図表1に示すように、ホライズン・スキャニングを予測活動の新たな枠組みの中に位置付けることを検討している。科学技術や社会の変化の兆しを織り込んだ新たな予測活動においては、潜在的な双方向の影響を考慮した将来展望がなされることになる。ここで扱う科学技術は、トレンドとして把握されるもののほか、兆しとして抽出された科学技術も含むことになる。また、政策検討に当たってなされる将来社会像の想定には、社会変化のトレンドや兆しから導かれる可能性とともに、上述の「兆しとして抽出された科学技術」が社会にもたらす変化の可能性も考慮したものとなる。こうして将来の不確実性を複数の将来社会像として示すことにより、厚みを増した予測活動が展開されるものと考えられる。

図表1 新たな予測活動の枠組み

この新たな予測活動を支える仕組みが、図表2に示す予測オープンプラットフォーム10)である。これは、予測活動のための情報基盤であり、ホライズン・スキャニング情報、当研究所が収集した関連情報、外部データベースの情報などを基に、キーワード抽出やそれらの関係性分析、クラスタリング、データ間の関連付け、インタラクティブなクロス集計など、情報の分析と可視化の手段を提供することを目的としている。多様な関係者が参画するオープンな予測活動の支援ツールとして、あるいは政策検討の場において活用されることが期待される。

図表2 予測オープンプラットフォーム

5. 今後に向けて

今年度開始された第5期科学技術基本計画においては、実効性ある科学技術イノベーション政策の推進のため、客観的根拠に基づく政策の企画立案、評価、政策への反映等が求められている。また、同計画においては、科学技術イノベーションと社会の関係深化も柱の一つとなっている。

エビデンスベースの政策形成を進め、政策への社会の支持を得るには、過去の事実の把握だけでなく、将来像を描き戦略立案に生かしていくことが重要である。政策には科学技術基本計画のような国家戦略レベルでの政策から、具体的な研究助成プログラムや各種の制度や施策の設計など、様々な階層がある。当センターでは、政策当局との連携を深め、ホライズン・スキャニングの結果を適時に提供するとともに、政策課題を共有し予測活動へのフィードバックを進めていくことを今後の重要課題と考えている。


* 所属は執筆当時

注1 多数の人に同一内容の質問を複数回繰り返し、回答者の意見を収れんさせるアンケート手法

注2 ウィークシグナルの概念は戦略論の父として知られるアンゾフによって1975年に提示されており、その起源は決して新しくない。

注3 プログラムによりインターネット上のウェブサイトを巡回して、情報を収集すること

参考文献

1)科学技術動向研究センター、「第10回科学技術予測調査 国際的視点からのシナリオプランニング」、NISTEP REPORT No.164、科学技術・学術政策研究所(2015年9月):http://hdl.handle.net/11035/3079
科学技術動向研究センター、「第10回科学技術予測調査 分野別科学技術予測」、調査資料-240、科学技術・学術政策研究所(2015年9月):http://hdl.handle.net/11035/3080
科学技術動向研究センター、「第10回科学技術予測調査 科学技術予測に資する将来社会ビジョンの検討~2013年度実施ワークショップの記録~」、調査資料-248、科学技術・学術政策研究所(2016年3月):
http://hdl.handle.net/11035/3142

2)欧州委員会研究イノベーション総局の「フォーサイト」:
http://ec.europa.eu/research/foresight/index.cfm
STOA,“Towards Scientific Foresight in the European Parliament”:
http://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/IDAN/2015/527415/EPRS_IDA(2015)527415_REV1_EN.pdf、など

3)CSA,“The Government Chief Scientific Adviser”(2004):本文書は英国Government Office for Scienceが運営するウェブサイト上で公開されていた(https://www.gov.uk/government/groups/chief-scientific-advisers)が、現在は消失している。

4)Sigma Scanは英国Government Office for Scienceが運営するウェブサイト上で公開されていた(http://www.sigmascan.org/Live)が、現在は消失している。Delta Scanも同様である
http://www.deltascan.org/)。

5)Dutch Consultative Committee of Sector Councils,“Horizon Scan 2007”(Horizon Scan 2007, Towards a Future Oriented Policy and Knowledge Agenda, 2008); The Netherlands Study Center for Technology Trends,“Horizon Scan 2050: A different view of the future”(2014)

6)OECD,“OECD-DASTI Horizon Scan”(2007); OECD, “An OECD Horizon Scan of Megatrends and Technology Trends in the Context of Future Research Policy”(2016)

7)Agency for Healthcare Research and Quality,“Horizon Scan Status Update”:
https://effectivehealthcare.ahrq.gov/search-for-guides-reviews-and-reports/?pageaction=displayproduct&productID=880(2016年8月8日参照)

8)Office of the Director of national Intelligence,“Foresight and Understanding from Scientific Exposition (FUSE)”:https://www.iarpa.gov/index.php/research-programs/fuse

9)国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター、「研究開発の俯瞰報告書」:
https://www.jst.go.jp/crds/report/report02/index.html

10)小柴 等、赤池 伸一、林 和弘、「予測オープンプラットフォームの取組」、NISTEP NOTE No.22、科学技術・学術政策研究所(2016年8月):http://doi.org/10.15108/nn22