政策研ニュース No.212

シンポジウム「礎の学問:数学―数学研究と諸科学・産業技術との連携―」
サイエンスラウンジ
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目次

  1. Ⅰ. レポート紹介
  2. Ⅱ. トピックス
  3. Ⅲ. 最近の動き
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本のアイコンⅠ. レポート紹介

優れた成果をあげた研究活動の特性:トップリサーチャーから見た科学技術政策の効果と研究開発水準に関する調査報告書(調査資料-122)

第2研究グループ 富澤 宏之

1.調査の概要

本報告書は、被引用度の高い論文の著者を対象とした質問票調査の結果をとりまとめたものである。具体的には、国際的な科学文献データベースであるSCI(2001年版)における被引用度が上位10%以内の日本論文(4128編)より、1500編を選び、その著者を対象として、2004年10月に調査票を送付し、868件の回答を得た。この回答データより、優れた成果をあげた研究者の特徴や研究体制、研究環境の実態を示すとともに、それを通じて、過去10年間ほどの科学技術政策が日本の研究開発システムに与えた影響を明らかにした。

2.トップリサーチャーのプロファイル

本調査の調査対象者(以下、「トップリサーチャー」と呼ぶ)は、優れた研究成果をあげた研究者の格好のサンプルである。トップリサーチャーの7割以上が大学に所属しており、民間企業と政府・公的研究機関がそれぞれ1割弱を占めている。平均年齢は39.9歳であり、半数以上が40歳未満であることからも、トップリサーチャーには“若手”が比較的多いと言うことができる。また、共著者まで含めて研究グループの構成を見ると、大学教員が4割以上を占め、次いで大学院生が多く16%を占めるほか、ポスドクが5%を占めていた。

職歴の最初の5年間に経験した職歴数を比較すると、年齢の低い研究者の方が職歴数は多い傾向があり、長期的に人材流動性が高まってきたことがうかがえる。また、ポスドク経験者は27%、海外職歴経験者は37%であるが、前者の大部分は海外でのポスドク経験者であり、優秀な研究者の育成に重要なポスドクに関して、外国に依存してきたことがわかる(図1)。

図1 回答者の海外勤務・ポスドク等経験の有無

図: 2

3.高被引用論文の特性

高被引用論文がどのような論文であるのかについては、これまで様々な研究が行われているが、その大部分は論文データベースから得られる限定的な情報のみに基づいていた。本調査では、高被引用論文の特性について、著者であるトップリサーチャーに質問することにより、論文データベースから得られない情報を収集した。

調査対象とした高被引用論文は、「実験・観測データの提示」を主な性格とする論文が最も多く、「実験・観測による仮説・理論の検証」と合わせると、全体の半数近くを占めている。また、特許との関係を質問したところ、調査対象論文の4分の1近くが特許出願に直接、結びついていた。なお、少数ではあるが2.4%の論文の内容は、第三者が特許出願している。

4.優れた研究成果を産み出した研究資金

本調査ではトップリサーチャーに対して、調査対象論文を産み出した研究活動のために直接使用した研究資金の種類と金額を質問し、どのような研究資金から高被引用論文が産み出されるのかを明らかにした。

高被引用論文を産み出した研究資金については、トップリサーチャーの4分の3が外部資金を使用し、6割以上が政府の競争的研究資金を使用していた。大学所属者に限ると、8割以上が外部資金を使用し、政府の競争的研究資金の使用者の割合は7割に達している(図2)。

高被引用論文を産み出した研究資金は、回答金額に大きな幅(最小値1万円、最大値103億円)があるが、中央値は490万円、最頻値は100万円であり、比較的少額の研究費で実施した研究も多い。一方で、被引用度の特に高い論文(被引用度上位1%論文)は、高額の研究資金(2000万円以上)で実施された研究から産み出される傾向があることが統計的に強く示された。

外部資金や競争的研究資金の使用の有無と論文被引用度の間には、特に有意な統計的関係は見られない。しかし、科学研究費補助金以外の競争的研究資金は、それぞれの金額が全般的に大きいこともあり、被引用度上位1%という特に被引用度の高い論文を産み出す傾向が極めて強い。一方、科学研究費補助金については、個別の配分金額が比較的少額であるが、被引用度上位10%論文の半数近くは科学研究費補助金を使用した研究の成果であり、重要な役割を果たしているということができる。

図2 使用した研究資金の種類(件数ベース)

図: 3

5.研究環境の変化と現状

トップリサーチャーの研究環境について、科学技術基本計画の実施以前(1991年〜1995年)と2004年時点を比較すると、22項目中21項目が向上したと評価されており、悪化した項目は「研究時間」のみである。ただし、全般的に向上したものの、22項目中17項目は依然として不備とされており、一層の改善が望まれている。不備とされた項目には、人材関係の項目が多い。

基本計画実施以降の改善度が高く、かつ、高被引用論文を生産するために好ましい影響を与えた項目として、「政府の競争的研究資金の量」と「研究施設・設備の充実」をあげるトップリサーチャーが多い(図3)。

一方、基本計画の実施以降、唯一、悪化した項目とされた「研究時間」については、研究活動の障害や制約となった項目でも第1位にあげられている。そのほか、「研究スペース」と「経常的な研究資金の量」も障害や制約の上位にあげられている。「政府の競争的研究資金の量」は、研究環境の改善度、現在の状況、研究活動への好ましい影響のいずれにおいても高く評価されていることから、22項目のなかでは基本計画による政策効果が最も高かった項目であると考えられる。特に、実際に競争的研究資金を使用したトップリサーチャーに限ると、半数以上が研究活動への好ましい影響のあった項目と回答している。

図3 研究環境の各項目の“改善度”と“好ましい影響”の関係

図: 4

6.まとめ:科学技術政策の効果

研究環境は全般的に向上し、優れた成果をあげたトップリサーチャーの研究活動に好ましい影響を及ぼしたことから、科学技術基本計画をはじめとする科学技術政策の効果があがっていると考えられる。また、トップリサーチャーは、自分の研究分野において、日本の論文は10年前、5年前と比較して、量的にも質的にも向上していると見ている。

本調査によって、トップリサーチャーの多くが近年の研究環境の変化を好ましいものと考えていることを確認できたが、その一方で、研究のための資源配分や研究人材の質についての問題点、あるいは長期的・基礎的な研究が軽視されることの懸念など、様々な問題を感じていることも明らかとなった。今後は、そのような多様な問題を解消するための様々な政策が必要であると考えられる。

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ノートのアイコンⅡ. トピックス

PCST-9協賛国際シンポジウム「科学を語り合う―サイエンスコミュニケーションの方法と実践―」

第2調査研究グループ

携帯電話などの工業製品、健康・医療・食品分野など、今や、科学技術の恩恵なしに、われわれの生活は考えられない。しかし、その根底にある科学や技術に対する親近感は、全体になんとなく薄れつつあるというのが現状ではないだろうか。科学技術に無関心な層が多い状態で、もっと暮らしやすい社会がはたして実現できるだろうか。

もっとも、こうした現状は日本に限ったことではなく、世界共通の問題である。そんな状況を打開するために、さまざまな立場の人が同じ土俵で科学技術について語り合うというのが、サイエンスコミュニケーションの基本理念である。その理念をさらに広めるために何をすべきか、何ができるのかを議論する国際会議が、5月17〜19日の日程で、韓国ソウルで開かれた(PCST-9)。

PCSTとは、Public Communication of Science and Technologyの略で、世界中の科学館・サイエンスシアター関係者、科学ジャーナリスト、科学広報担当者、科学技術コミュニケーション研究者、コミュニケーションに関心を持つ科学者等が個人の資格で参加している国際的ネットワークである。2〜3年おきに国際会議を開催しており、今回の第9回大会は初めてアジアで開かれることになった。当研究所では、この機会を捉え、わが国におけるサイエンスコミュニケーションの輪をさらに広げるための方策を検討すべく、東京においてブリティッシュ・カウンシルとの共同主催で、国際シンポジウムと2つのサテライト・ミーティングを開催した。

1.国際シンポジウム「科学を語り合う――サイエンスコミュニケーションの方法と実践」

写真: 5

国際シンポジウムは、日本大学藝術学部の後援を得て、5月23日(火)午後1時から、日本大学カザルスホールで開催した。シンポジウムは、当日のために結成されたアマチュアカルテット「ムジーク・シアンティフィーク」がモーツァルトの弦楽四重奏を奏でる華やかな雰囲気の中、ブリティッシュ・カウンシルの辛島美香氏の司会で、250名を超える参加者を得て、國谷実科学技術政策研究所所長とブリティッシュ・カウンシルのジョアンナ・バーク駐日代表による開会の挨拶で幕を開けた。

第1部は、海外から招聘した3人の基調講演者による講演で、特別基調講演を務めた欧州委員会研究総局広報担当官のパトリック・ヴィッテ・フィリップ氏は「科学研究のコミュニケーション――ヨーロッパの取り組み」と題した講演を行い、欧州連合が目指す知識基盤社会の根幹をなす科学技術開発を振興する上で欠かせない、市民とのコミュニケーションに対する取り組みを紹介した。

二人目のリチャード・ホリマン氏は、英国オープンユニバーシティ講師で、ヨーロッパにおけるサイエンスコミュニケーション教育をリードしている一人である。当日は、その立場から、「科学に関心を持つ市民の環をつなぐ」と題して、サイエンスコミュニケーションの重要性が叫ばれるようになった歴史的背景に始まり、誰がどこで誰とどのようなコミュニケーションを推進すべきかといった話題を、具体的な例を交えつつ紹介した。

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会場からの質問に答える海外招聘講演者の3人

三人目のアン・グランド氏(ジュニア・サイエンスカフェ副代表)は、英国ブリストルにおいてサイエンスカフェを主催すると同時にジュニア・サイエンスカフェを英国で普及するプロジェクトにも携わっている。シンポジウムでは、中学高校生が授業の一環として自らサイエンスカフェ(ゲストを交え、お茶などを飲みながら科学の話題を気さくに語り合う集い)を主催するジュニア・サイエンスカフェ活動の紹介をした。

第2部では、大阪大学コミュニケーションデザインセンター教授の小林傳司氏が「日本におけるサイエンスコミュニケーションの課題」と題した講演で、日本の現状と背景を総括すると同時に、「科学技術の問題は専門家だけにまかせるには重要すぎる課題」であるとの持論を展開し、サイエンスコミュニケーションを展開する中心軸とでも言うべきものを提案した。

その後、3人の講演者により、日本における実践活動の紹介が行われた。くらしとバイオプラザ21主任研究員の佐々義子氏は、講演「バイオカフェの展望――サイエンスコミュニケーションの一方策として」において、NPO法人くらしとバイオプラザ21が展開してきたバイオカフェを紹介し、効果的なサイエンスカフェを実施する上でテーマや場所等の選択が重要であることを強調した。国立科学博物館学習課の田辺玲奈氏は、上野公園周辺に集中している文化施設を活用した新しい学びの形を「学びの連鎖を目指して――上野の山の文化施設を活用する」と題した講演で提案した。三つ目の事例紹介を行った、マリンワールド海の中道館長高田浩二氏は、「マリンワールドの挑戦――実物教育の限界と情報教育の未来」と題した講演において、生き物を展示する水族館という特性を活かした実物教育とインターネット等を活用したバーチャル教育を効果的に融合させたインフォーマル(学外)科学教育の可能性を提案した。

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最後に、科学技術政策研究所の渡辺政隆総括上席研究官が全体のまとめと全体討論の司会を務めた。全体討論では、サイエンスカフェなど、サイエンスコミュニケーションの具体的な活動は、決して科学技術の宣伝キャンペーンではないとの再確認がなされた。コミュニケーションの目的は多様であり、参加する立場によってさまざまである。大切なのは、コミュニケーションの場で、互いに学び合うという姿勢であり、緩やかなネットワークを広げていく必要がある。そのような共通認識が広く得られたものと確信する。

討議を終えた午後6時からは、エントランスホール「ホワイエ」において、サイエンスキャバレーを開催した。サイエンスキャバレーとはフランスで生まれたイベントで、飲み物や食べ物を楽しみながら科学ショーを見て歓談する集いである。当日は、予備校や塾で数学を教える一方でサイエンスナビゲーターとして数学の楽しさ、すばらしさの普及にあたっている桜井進氏による「楽しき哉、数学!」と銘打ったショーが演じられ、好評を博した。

2.プレイベント「科学とメディアを語る夕べ」

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サイエンスキャバレーを楽しむ参加者

メインシンポジウム前日の22日(月)午後7時から、メインシンポジウム参加者の1人リチャード・ホリマン氏をメインゲスト、東京大学大学院情報学環助教授の佐倉統氏をコメンテーターに迎え、プレイベント「科学とメディアを語る夕べ」を開催した。

東京丸の内の倶楽部21号館を会場にした同イベントは、50人近い参加者を得て、アルコールやソフトドリンクのグラスを傾けながら、サイエンスカフェ的な雰囲気の中で、メディアにおける科学の取り上げられ方などを中心に、日英における状況の違いや共通点をめぐり、和やかな雰囲気の中で内容の濃い議論が交わされた。

3.ポストイベント「サイエンスカフェの方法と実践」

24日(水)午後6時からは東京飯田橋のブリティッシュ・カウンシルにおいて、ポストイベント「サイエンスカフェの方法と実践」を開催した。副題は「サイエンスカフェ――意識、宇宙、そして一杯のカプチーノ」で、英国のジュニア・サイエンスカフェ副代表アン・グラント氏と科学技術政策研究所の中村征樹研究官を話題提供者に、サイエンスカフェをめぐる日英の状況と、具体的な実施方法のノウハウなどが語られた。

当日は激しい夕立があったにもかかわらず、70名近い参加者があり、終始和やかな雰囲気で会は進んだ。後半の討論では、参加者からも自らの経験談や感想など、活発な意見交換が行われ、多くの収穫があった。今後、日本におけるサイエンスカフェは、このイベント以前と以後として、語られることになるものと期待される。

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倶楽部21号館で開かれたプレイベント
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ブリティッシュ・カウンシル1階ホールで開かれたポストイベント
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時計のアイコンⅢ. 最近の動き

○(社)日本数学会・日本学術会議数学委員会主催シンポジウム「礎(いしずえ)の学問:数学―数学研究と諸科学・産業技術との連携―」の開催

科学技術政策研究所後援、(社)日本数学会・日本学術会議数学委員会主催シンポジウム(於:日本学術会議講堂)が、5月17日(水)に開催された。

○PCST-9協賛国際シンポジウムの開催

プレイベント「科学とメディアを語る夕べ」(於:Marunouchi Cafe倶楽部21号館)、国際シンポジウム「科学を語り合う―サイエンスコミュニケーションの方法と実践」(於:日本大学カザルスホール)、ポストイベント「サイエンスカフェの方法と実践 サイエンスカフェ―意識、宇宙、そして一杯のカプチーノ」(於:ブリティッシュ・カウンシル)が、5月22日(月)〜5月24日(水)に開催された。

○講演会・セミナー
・5/26 戸田山和久:名古屋大学情報科学研究科教授
「科学における哲学的思考の役割」
・5/29 北尾 信夫:松下電器産業株式会社先端技術研究所戦略企画グループ
瀬恒謙太郎:同上
「研究開発投資のオプション価値評価」
○主要訪問者一覧
・5/12 Prof. Christopher T. Hill:ジョージ・メイスン大学教授
Mr. Patrick Windham:米国テクノロジー・ポリシー・インターナショナル・プリンシパル
Mr. George Heaton:同マネージング・プリンシパル
・5/18 陳 美碩:韓国職業能力開発院研究員
・5/21〜5/25 Mr. Patrick Vittet-Philippe:欧州委員会研究総局広報担当官
・5/25 高 志前:中国科学技術促進発展研究中心主任部長
劉 彦:同研究員
○新着研究報告・資料
「科学技術動向 2006年5月号」(5月29日発行)
  レポート1 動物実験に関する近年の動向―動物愛護管理法の改正・施行を迎えて―
ライフサイエンスユニット 重茂 浩美
  レポート2 一人一人の環境保全行動の実践に向けて―環境教育の推進と環境モニタリング情報の活用―
環境・エネルギーユニット 福島 宏和、浦島 邦子
「忘れられた科学―数学〜主要国の数学研究を取り巻く状況及び我が国の科学における数学の必要性〜」(POLICY STUDY No.12)
○平成18年版科学技術白書

科学技術の振興に関して行われた施策などについてとりまとめた「平成18年版科学技術白書」が公表されました。昨年、我が国の人口が戦後初めて減少に転じ、少子高齢化に対する国民の関心が一層高まっていることから、本年次報告では、「未来社会に向けた挑戦−少子高齢社会における科学技術の役割−」を特集テーマとし、科学技術の現状や動向を中心にビジュアルでわかりやすく紹介しております。なお、この白書においては科学技術政策研究所が取りまとめた「我が国における科学技術の状況と今後の発展の方向性(平成17年5月)」等が活用されております。

蔦
ふくろう
文部科学省科学技術政策研究所広報委員会(政策研ニュース担当: 企画課 news@nistep.go.jp)

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