1.はじめに:急速に発展を遂げる科学技術を、社会との適切なパートナーシップの中で発展させる社会的ガバナンスの仕組みにおいて、専門家集団が自律的に質的な管理を行う自主規制の枠組みは、想定される制度のあり方の一つである。どのような制度も当事者の自発的な取組みがなければ、形骸化し実効性は得られない。それゆえ、自発性に依拠し自律的で柔軟性があり、変化にも即応しやすい自主管理の枠組みを、ガバナンスの制度にどのように生かすかが重要な課題となる。
現在のわが国の専門職団体は、必ずしも社会との十分な接点や社会的信頼を得ているとは限らないが、専門職能団体の可能性、それが公共的な役割を果たす際に必要となる要件を検討し今後の発展につなげることは重要である。本報告は、専門職能集団が社会的ガバナンスの中で自律的に果たす役割を、ドイツの医師職能団体による医療の質の管理を事例として、分析・検討した。
まず、ドイツの医療の質の確保に関わる法令の構造を図表1(次頁)に示す。
ドイツ連邦政府は、医学教育・医師国家試験のプロセスおよび、保険医療制度全般の政策を担っている。ドイツの医学部はほとんどが州立大学であるが、カリキュラムは連邦政府が医師免許規則において統一的に規定している。通例、授業料は無料であり、また、医学部教育課程に国家試験が組み込まれ、州政府が試験局において管轄して、免許の交付も行っている。
ドイツでは、州医療職法の規定により、医師の医師会への加入や、医師会による卒後研修や懲戒に関する事項が定められ、それらを医師会が責任と権限をもって実施することが法的に根拠付けられている。そのことで、全ての医師が強制加入している医師会が定める規則などが、実質的な拘束力をもって、医師の医療行為の質の確保に貢献している。懲戒においては、医師会及び、州の行政裁判所である医師職業裁判所が裁定を下す権限を有し、加えて、医療事故について、医師会の鑑定委員会・調停所が裁判外紛争処理を行っている。また、医師の卒後教育・専門医制度は専ら医師会の業務として位置づけられており、専門医制度も同様に医師会管轄である。なお、生涯に渡り医師が研修を受ける義務が連邦の規定で定められている。
また、開業する保険医の収入は、専ら保険医協会の給付によることから(保険医協会と公的保険機関である疾病金庫などで構成する連邦共同委員会において保健診療報酬に関する協議を行う)、保険医協会のガイドラインに従った医療が求められ、懲戒制度に加えて、収入と結びついたインセンティブとなっている。他方、病院勤務医は、同様に病院協会が保険医協会の役割を果たすため、病院協会の定めるガイドラインや同協会による評価が、勤務医の質の確保に枠組みとインセンティブとを与えている。
なお、保健医療、病院医療のいずれにも属さない非保険医は、私的ないわゆる自由診療を行う立場にあり、必然的に顧客(当該患者)を満足させるだけの技術的・倫理的裏付けが無ければ業務が成立し得ない点で、質的要求度は一般的には高いとみなされている(数的には医師の1.7%に相当)。
このように、連邦政府、州政府、医師会、保険医協会、病院協会、さらにそれらが設立している連邦共同委員会、職業裁判所、鑑定委員会・調停所、質保証協会あるいは連邦・州質管理事務所などの組織が連携して、全体の制度の実効的な運用を支えている。そうした連携を制度として根拠付けているのが州医療職法や、連邦の社会法典に含まれる関連の条項である。
ドイツの制度の枠組みは(社会的に明確な意思決定手続きである)法律による枠組が骨格である。そして、法律的に責任と権限とが専門職能団体に委譲されると同時に、資格の剥奪も含む、厳しい懲戒管理制度を伴っている。少なくともこの法的拘束性及び責任の明確化と、懲罰的な枠組みが社会的な信頼の骨格であるといえる。こうした、制度の機能自体の向上を継続的に主導する責任と権限をもつ機関(ドイツ医師会のような組織)が制度の不具合を是正しつつ質的向上を図る動的(ダイナミックな)運用を可能としている。また、その機関を中核として、制度全体の実効性の確保と調和ある制度整備とが行われる(ドイツにおいて州法が医師会権限を規定し、医師会の規則が、実質的な法的権限をもち、さらに懲戒の局面では、医師会のみならず、州の職業裁判所が関与するなどがある)。つまり、形骸化せず実効的な規制を行うには、法律とガイドラインとを適切な機関を介して連携した仕組みの中で運用する制度が有効であると考えられた。
敷衍すると、法律を根拠に、質の確保の運用・管理及び施策の策定に関わる当該機関は、同時に、社会、科学技術、そして、政策立案などのそれぞれの領域(セクター)を適切に仲介する機関であり、それらセクターの仲介役である(筆者のいう)「中間的専門機関」機能を任される専門職能団体が、社会の信頼を確保することが不可欠であることが示唆された。
つまり、現場のニーズの掌握、さらに社会との関係におけるフィードバックや自己組織化、そして関係セクターの協働、これらを社会の信頼を基盤として実現するための装置が、中間的専門機関であるといえ、専門職能団体がその役割を果たすことは、当該事項について、同団体が社会の信頼を得る状況下において、期待し得るものであることが理解された。
専門職能団体を中間的専門機関に位置付けた場合の制度構造を模式的に図表2に示した。
筆者プロフィール:科学技術の社会的ガバナンス制度の構築のための調査研究を行っている。今までに「ヒト胚」(DP33)、「臓器移植」(PS10)、を事例として、あるいは「英国のヒト胚管理制度」(科学技術動向 月報2003年3月)など海外事例の検討について、報告を行ってきた。 |
当研究所においては、中期計画に示された目的達成のための活動の一環として、政策研究に関連する実践的スキルの向上を図るため、当所スタッフ・文部科学省本省(主として科学技術行政に関わる部局)関係者・関連大学院生等を対象として、調査研究推進の方法論・成果発表・実践例等に係る研修プログラムを外部専門家の協力を得て実施しております。
平成17年度第1期研修は、平成17年9月28日〜10月6日の間で行われました。
内容は以下の通りです。
講 師:廣松 毅 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授
法制度的にも組織的にも大きな転換期にある我が国の政府統計の
最近の動きをまとめると共に今後の政府統計について
1.統計法成立前後の動き
2.現在の政府統計の直面する諸課題
3.これからのあり方について
説明していただき、現行の「科学技術調査」についても解説していただきました。
講 師:磯谷 桂介 東北大学総長主席補佐
1.法人経営の前提としての法人制度、
2.法人経営の実態(特徴と問題点)、
3.大学関連調査の留意点、
4.国立大学法人経営の課題
などについて現場の生の声を交えて解説していただきました。
講 師:四元 弘子 弁護士(森・濱田松本法律事務所)
「行政機関の保有する個人情報保護に関する法律」について、近年個人情報の保護については慎重に取り扱わないと訴訟を受けかねない情勢になっており、法の①対象機関、②対象情報、③行政機関における個人情報の取扱い、④個人情報ファイル、⑤本人開示(開示、訂正、利用停止)、⑥不服申し立て、⑦罰則などの条文について四元弁護士の元行政官の経歴を踏まえて分かりやすく解説していただきました。
講 師: 吉田 靖 文部科学省生涯学習政策局調査企画課長
文部科学省で行われている統計調査について、
1. 統計制度
①日本の統計組織
②統計調査の種類
2. 教育関係統計調査
①学校基本調査の概要
②学校教員統計調査の概要
③社会統計調査から
3. 国際比較
①高等教育卒業率(2003年)
②高等教育科学分野卒業率(2003年)
③国内総生産(GDP)に対する教育機関への支出の割合(2002年)高等教育
④国公立学校の年間必修標準時間数(2003年)
⑤国公私立学校における平均学級規模(2003年)
⑥国公私立学校における教育段階別教員一人当たりの生徒数(2003年)
について具体例を示し分かりやすく解説していただき、また現場としての調査を行うにあたっての参加者の疑問点や不明点や関係する機関の調整等の質問にご回答いただきました。
繁忙な各講師の方々に当所調査研究担当者の今後の調査研究に大いに役立つ講演をいただきこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
第 2 回機関評価では、次代を担う若手研究者、あるいは研究者予備軍である学生を対象とした研修プログラムは職員の調査研究能力の向上に加え、本分野の将来を担う人材の育成、関連大学との連携強化等の面で極めて有意義との評価を得ています。当研究所としては、今後とも行政部局・関係機関との連携の下、研修希望者のニーズも踏まえながら政策研究に関する研修プログラムの更なる充実を図っていく予定です。
・10/27 | 治部 眞里:第1調査研究グループ上席研究官
中間報告「研究人材のシステムダイナミックス分析」 |
三浦有紀子:第1調査研究グループ上席研究官
中間報告「我が国における研究者公募の現状と課題」 | |
牧山 康志:第2調査研究グループ主任研究官
成果発表「科学技術の社会的ガバナンスにおいて専門職能集団が果たす自律的機能の検討-医療の質を確保するドイツ医師職能団体の機能から-」 中間報告「社会の意思決定プロセスにおける情報共有のあり方についての検討 -科学技術の社会的ガバナンスの視点から-」 |
ブリンクホルスト経済大臣 左から4人目 10月17日に、オランダの経済大臣ラウレンス・ヤン・ブリンクホルスト氏が、オランダ大使館の方々を同行して、当研究所を訪問された。 ブリンクホルスト経済大臣は科学技術政策システムにご関心が高く、この春に当研究所科学技術動向研究センターがまとめた「科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査」(NISTEP REPORT)にも興味を持たれて、今回の来日の際に当研究所へのご訪問が実現した。 再生可能エネルギー技術の実現時期、ユビキタスネットワーク技術の社会への普及時期、ロボット技術の将来の適用分野などについて大きな関心を示され、他には女性の科学技術人材をどう増加させていくのかという質問や日本の政策システムの現状など多彩な質問をされた。 |
・10/26 | チュー・トアン・ニャ:ベトナム国家科学技術政策会議会長(元科学技術環境大臣) |
ホ・シ・トアン:ベトナム国家科学技術政策会議副会長 | |
トラン・ドク・チン:ベトナム内閣府幹部 | |
・10/27 | ポンショ・マルピン:南アフリカ共和国 科学技術省フロンティアプログラム課長 |
チャールズ・モコノト:南アフリカ共和国 国際イノベーション諮問会議(NACI) 科学技術指標担当 |
・10/ 4 | 久世 和資: 日本アイ・ビー・エム㈱ 東京基礎研究所所長 「サービスサイエンスの意義と将来展望」 |
・10/17 | 藤田 和男: 芝浦工業大学 MOT 専門職大学院 工学マネジメント研究科教授 「石油・ガス資源開発における先端技術 -資源量・生産能力評価にどのような影響を与えるか-」
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・10/19 | 徐 向東: キャストコンサルティング㈱代表取締役社長 「中国新"中間層"台頭」 |
・10/27 | ポンショ・マルピン: 南アフリカ共和国 科学技術省フロンティアプログラム課長 "Innovation System for Development: South Africa Rising to New Challenges"
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チャールズ・モコノト: 南アフリカ共和国 国際イノベーション諮問会議 (NACI) 科学技術指標担当 "Learning from the R&D Surveys 2001/2 and 2003/4" |