政策研ニュース No.201

写真: 6/16 所内講演会「次世代構造材料として期待される Mg 合金の研究開発動向と今後の課題および展望」
6/16 所内講演会「次世代構造材料として期待される Mg 合金の研究開発動向と今後の課題および展望」
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目次

  1. Ⅰ. レポート紹介
    • 我が国における科学技術の現状と発展の方向性
      - 基本計画レビュー調査及び俯瞰的予測調査による分野・領域の総合的動向分析 - (NISTEP REPORT No.99)
      科学技術動向研究センター  研究員 阪 彩香
  2. Ⅱ. 最近の動き
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本のアイコンⅠ. レポート紹介

我が国における科学技術の現状と発展の方向性
- 基本計画レビュー調査及び俯瞰的予測調査による分野・領域の総合的動向分析 - (NISTEP REPORT No.99)

科学技術動向研究センター 研究員 阪 彩香

写真 : さか あやか
さか あやか
2004 年 3 月、東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命専攻修了 (生命科学博士)。2004 年 4 月より、日本原子力研究所博士研究員。当研究所特別研究員として「基本計画の達成効果の評価のための調査」および「科学技術の中長期的発展に係る俯瞰的予測調査」に従事。2005 年 4 月より現職。

1. 研究計画の概要

我が国の科学技術政策は、5 年毎に策定される科学技術基本計画 (以後、基本計画と記述) に基づき推進されている。次期基本計画 (2006 年から 2010 年) の策定の検討資料を提供すべく、当研究所では、本誌 No.199 で紹介した第 1 期及び第 2 期基本計画を対象とする「基本計画の達成効果の評価のための調査」および本誌 No.200 で紹介した「科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査」を実施した。本調査書では、これらの調査に含まれる 7 つの調査 (図表 1) の結果をベースに、次期基本計画における分野・領域の重点化の方向性検討の基盤を提供するとともに、吟味すべき論点・視点を抽出することを目的とした。

図表 1

Ⅰ. 研究活動の総合的ベンチマーキング

まず、基礎科学を中心に、我が国の研究活動の水準について、量及び質の両面から海外主要国と比較し、強みと弱み、分野ポートフォリオの特徴などを分析した。同時に、これらが時間軸でどのように推移してきたのかを明らかにした。以下 5 つの論点・視点を抽出した。

○ 論文から見る基礎科学の状況

総論文のシェアでは 1980 年代から一貫して着実に増加し、英独を上回り、10% 程度で安定化する兆しである。質の面 (TOP 10% 論文シェア: 被引用回数が各分野で TOP 10% に含まれる論文のシェア) では英独に水をあけられている。これからの 10 年は質の向上がひとつの課題となる。この意味で、1990 年代に急激に論文の質を向上させたドイツを分析する必要がある。

○ 分野間のバランスをどう考えるか

強い分野をさらに強化するか弱点を補強するか、要判断である (図表 2) 。日本全体として質を上昇させようとするなら、まず臨床医学、ついで基礎生物学の向上が不可欠である。弱いとされる環境・生態学、数学、計算機科学等は基盤的性格が強い分野で他分野との関係も深いと考えられ、取り組みを強化すべきか検討する必要がある。

図表2

○ 多様な評価を行うことの重要性

総論文を対象とする分析では今ひとつでも、急速に発展しつつある研究領域調査や欧米の第一線の研究者へのヒアリング調査 (図表 3) では、高い評価を得る分野 (例えば神経科学) が存在する。脳科学のように集中推進策をとっている分野がこのようなパターンを示す可能性がある。研究活動を捉える際、単一軸における評価のみを使用するのではなく、多元的に把握していく必要性がある。また、日本の科学について、欧米の第一線の研究者からは、最初のアプローチは非常に優れているが、研究を発展させるフォローがなされていないなど、分野によっては「研究の深さが足りない」と指摘されており、論文分析からは得られないこのような意見に注目すべきである。

○ 学際的領域の状況

急速に発展しつつある研究領域調査により抽出した 153 の発展領域の中で、約 3 割の 54 領域が学際的・分野融合的領域であることからも分かるように、学際的・分野融合的領域の重要性が高い。また、日本の存在感を示している領域もいくつかあり、これらの研究領域は「日本の弱点」とは一概に言えない。日本の存在感が低い臨床医学などは学際的・分野融合的領域から強化していくことも考えられる。

○ 基礎科学の成果の有効な発信方法

欧米の第一線の研究者が注目する日本の成果の形として、世界的研究施設 (地球シミュレータ、スーパーカミオカンデなど) や国際プロジェクトへの貢献 (ヒトゲノムなど)、特定領域で基礎から応用に至る成果を継続的に出し続けること (糖鎖研究など) があげられた。

図表3

Ⅱ.   科学技術の進展とそのインパクト

科学技術がこれまで具体的にどのようなインパクトを経済・社会・国民生活に対して与えてきたかを事例分析することで、これらのインパクトが実現する過程において、公的研究開発・支援がどのような役割を果たしてきているのかを分析した。また、第 1 期、第 2 期基本計画の主な投資先である国公立大学及び公的研究機関の代表的な研究成果について調査した。以下 5 つの論点・視点を抽出した。

○ 科学技術のもたらす多様なインパクト

技術に対する詳細な事例分析から、第 2 期基本計画で示された 8 分野に関連する技術は、多種多様な形で、経済、社会、国民生活に大きなインパクトをもたらしている (あるいは期待される) ことが確認された。

○ 公的部門の重要性

技術の性格に応じて公的研究開発・支援の関与の仕方は異なるが、多くの場合、最終的なインパクト実現までの過程 (科学技術の実現過程) で、公的部門は多様かつ重要な役割を果たしている。科学技術振興による経済・社会・国民生活へのインパクトをより一層拡大させるには、今後更なる公的研究開発・支援の充実を要する。また、国公立大学及び公的研究機関において達成された科学技術の成果は、新原理・新発見・大発明だけにとどまらず、国民生活・地域への貢献、国際社会への貢献、市場創出・新事業・起業など、幅広くかつ多様な意義をもたらしたことがわかった。

○ 基礎研究の重要性

技術がインパクトを実現する過程には多様な道筋があるが、その基盤として厚みのある基礎研究が不可欠である。具体的には基礎研究の多様性の確保及び継続的な実施が求められる。基礎研究は、発明・発見を通じた技術シーズの提供、原理の解明による民間における技術開発の進展、基礎研究を通じた人材の厚みの形成などを通じて、インパクトの実現に寄与する。

○ 「出口」までの「道筋」の考慮

「出口」 (経済・社会・国民生活へのインパクト) までの「道筋」を想定し、研究開発と並行してインパクト実現に必要な環境を整備することが重要である。例えば、環境問題や少子高齢化への対応といった社会的な問題への対応など加速を要するテーマについては、インパクトを実現する上で何が律速となっているかのシステム分析を随時行っていくことが必要である。また、技術の進展及び社会環境等の変化がともに激しいことを踏まえて、柔軟性のある公的研究開発・支援が求められる。

○ 調達や研究基盤整備などの重要性

技術のインパクト実現までの過程においては、研究開発への直接的な寄与のみでなく、調達や研究基盤整備といった間接的な寄与も公的部門の役割として重要である。特に、調達に関しては技術を政府が積極的に導入することで一定量の市場を確保し、民間における継続的な技術開発を可能とするという点で、技術のインパクト実現において大きな寄与がある。今後は、産業に軸足のある研究開発の推進の手段として、特に「調達」を明確に位置づける必要がある。

Ⅲ.   分野・領域ごとの発展の俯瞰的展望

今後想定される主要 4 分野およびその他の分野の発展を、基礎科学の状況、今後 30 年の技術的展開、社会的適用の状況、その際政府に求められる役割など俯瞰的観点からまとめた。なお、用いたイラストに含まれる各技術の社会的適用の予測年は、デルファイ調査の結果に基づいている。

○ 情報通信関連領域

ユビキタスコンピューター (2017 年)

情報通信分野は、領域によって、短期的技術 (① 2010 年付近に技術的実現、2015 年頃社会的適用する技術)、中期的技術 (② 2015 年付近に技術的実現、2020 年頃社会的適用する技術)、長期的技術 (③ 2020 年付近に技術的実現、2030 年頃社会的適用する技術) の 3 つのパターンがある。技術的実現と社会的適用までのタイムラグは他分野に比べて短いことが特徴である。政府関与の必要性が低いことからも、今後も民間主導で発展していくと考えられるが、政府による有効な推進手段として「研究開発資金の拡充」、「産学官・分野間の連携強化」、「税制・補助金・調達による支援」が求められている。今後は、ユビキタス社会の実現が前提になっており、2015 年ごろを境として社会全体が知識活用の時代を迎えるとされている。さらに、情報通信分野は今後 10 年間における分野間の融合・連携の中心的存在と考えられており、これを着実に進展させる必要がある。なお、情報通信関連領域を支える基礎研究と考えられる数学や計算機科学は、日本の弱い部分であり、この強化を行うことで更なる技術開発の躍進が期待される。

○ 生命関連領域

アレルギーの完全なコントロール技術(2027年)

ライフサイエンス分野は、長期的技術である。2015 年以降において、分野間融合の中心的存在となると考えられている。政府による有効な推進手段として、「人材の育成と確保」が特に強く指摘されていることからも、長期的なスパンでの政策が必要である。今後の方向性を考えると、「計算機科学あるいは情報科学の利用」が重要なポイントとされており、このような領域と接点を増やしていくことが必要である。そして、安全・安心や健康を求めるというニーズを満たすための技術としての役割も出てくるであろう。これらの技術を推進していくためには、基礎研究の厚みが必須である。先進国の基礎科学のポートフォリオと比較すると、基礎生物学や臨床医学は、我が国ではこれまでの 20 年間に拡大してきたが、量的にもまだ十分でなく、また多くの分野で質においては米・英・独に水をあけられている。海外の第一線の科学者・研究者による"研究の深さの欠如"の指摘があったことも踏まえて、"出口"を明確にしつつ基礎研究を着実に積み上げていくことが求められる。

○ 環境関連領域

デルファイ調査で設定された環境分野は、中期的技術である。その内容は、環境の観測、メカニズムの解明、社会システム等に関わるものが多くあり、直接的なニーズに対応した技術はむしろ、エネルギー・資源、製造、社会基盤等の分野に含まれるという構造になっている。ちなみに、エネルギー分野は、長期的技術であり、また長期的には分野間融合の中心的存在の一つとなると考えられている。 水素を燃料とする自動車エンジン (2023 年) 環境科学については、論文分析でシェアが他分野に比べて低い水準にある一方で、応用技術や対策技術については海外の第一線の科学者・研究者からも高い評価を受けている。デルファイ調査の結果からも、環境対策技術の中心となるエネルギー・資源、製造、社会基盤等の分野は、日本の水準が高いと評価されており、"出口"を明確に設定した推進策によりその強みを活かしていくことが重要な分野であると言える。その一方で、「地球規模の問題の解決に積極的に貢献する」というようなニーズに対応していくためには要素技術や個別対策技術に加えて、システムとしての環境の理解を深めていくことが不可欠であり、その基礎としての環境科学を長期的な視点から充実させていく必要がある。政府関与の必要性が高い分野であり、「産学官・分野間の連携強化」、「税制・補助金・調達による支援」、「研究開発資金の拡充」が有効な推進手段である。

○ ナノテクノロジー・材料関連領域

ナノテクノロジー・材料関連分野は、技術実現時期は比較的早いものの、社会的適用までのタイムラグに短いものと長いものがある。政府による有効な推進手段としては"連携"があげられており、産学官連携とともに、分野融合を推進していくことが重要である。デルファイ調査では、インパクトとして経済効果の側面がかなり強く出ており、国内専門家の目的意識が応用を強く志向していることが伺える。これを具体的な成果につなげていく仕組みの強化が必要である。

診断・医療用マイクロマシン (2028 年)

この領域は日本が強みを持つ物理学、材料科学、化学を基盤としており、長期的視点からナノサイエンスを充実させこれを基盤として新たなナノテクノロジーの開拓を目指すべきである。5 年後、10 年後に、海外の研究者から"研究の深さ"が足りないとの評価を受けるようなことがあってはならない。材料科学を中心に、近年の中国や韓国の台頭は目を見張るものがあり、日本は、これまでの知識のストックを活かしつつ、急速に発展しつつある領域にみられるような境界的・学術的領域に軸足を置いた新しい領域を生み出しやすい動的な研究環境を整備すべきである。

○ その他

デルファイ調査全体として、今回、安全や安心に関わる技術の 重要度が上昇していることが注目される。これは、社会・経済ニーズ調査においても、健康をはじめとする安全・安心関連のニーズ項目が重視されていることに呼応したものであると考えられる。

フロンティア分野は、デルファイ調査において重要度の評価が高かった分野の一つである。この分野は、社会・経済ニーズと 130 領域の試行的マッチングの結果で、ニーズに対して間接的寄与が大きいことが示されている。しかしながら、研究開発水準において欧米と差があり、政府主導の推進が求められる分野である。

災害救助ロボット (2020 年)

デルファイ調査において、重点 4 分野以外の分野の領域でも重点 4 分野と関連がある領域がかなり存在したことや、急速に発展しつつある研究領域調査での学際的領域の数からも分かるように、問題解決の際、従来の枠組みでの対処というのは難しくなっていることに留意する必要がある。また、産業基盤に含まれるマネジメントやシステム的技術は文理融合の性格が強く、また研究開発水準が低いとされている。日本の強みを持っている要素技術を社会システムとして上手く機能させていくためには、このようなシステム的側面の研究を充実させていく必要がある。

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時計のアイコンⅡ. 最近の動き

○ 主要訪問者一覧
・6/ 2Dr. Ugur Muldur: EU 研究総局A局インパクト分析課長
・6/10Mr. Naido: Deputy Director-General, International Co-operation and Resources,
Department of Science (South Africa)
Dr. Rocky Skeef: Executive Director, National Research Foundation (South Africa)
Dr. Bok Marais: Head, National Advisory Council on Innovation (South Africa)
Ms. Mmapistp Mokotedi: Department of Science (South Africa)
Mr. Vuyani Lingela: Councilor, Embassy of South Africa (South Africa)
○ 所内研究成果発表会
・6/ 7三浦有紀子: 第1調査研究グループ上席研究官
「米国NIH在籍日本人研究者の現状について」
渡辺 政隆: 第2調査研究グループ上席研究官
「科学技術コミュニケーション拡大への取り組みについて」
○ 第 17 回地域クラスターセミナー
・6/21塚本 芳昭: 経済産業省地域経済産業グループ産業クラスター計画推進室長
「産業クラスター計画の現状と課題」
○ 講演会・セミナー
・6/16鎌土 重晴: 長岡技術科学大学機械系材料システム工学大講座教授
「次世代構造材料として期待される Mg 合金の研究開発動向と今後の課題および展望」(表紙写真)
・6/20松波 弘之: 科学技術振興機構研究開発活用プラザ京都館長
「パワーデバイス用 SiC 半導体材料の現状、課題と展望」
○ 新着研究報告・資料
「科学技術動向 2005 年 6 月号」 (6 月 27 日発行)
レポート 1  国際標準を担う人材育成について
客員研究官 黒川 利明
レポート 2  各国の宇宙輸送システム開発動向 - スペースシャトル退役がもたらす変化 -
総括ユニット 辻野 照久
○ 平成 17 年版科学技術白書

科学技術の振興に関して行われた施策などについてとりまとめた「平成 17 年版科学技術白書」が公表されました。今年の特集では、科学技術基本法が施行されてから 10 年目の節目の年であることを踏まえ、「我が国の科学技術の力 - 科学技術基本法 10 年とこれからの日本 -」をテーマに、身近な事例や我が国の研究者・技術者とその研究成果をコラムの形で数多く取り上げることなどにより、分かりやすさに配慮しながら、近年の科学技術の成果と課題、国際的な水準などを総合的に分析・評価しています。なお、この白書は科学技術政策研究所が行った「基本計画の達成効果の評価のための調査」等のデータが数多く使われております。

蔦
ふくろう
文部科学省科学技術政策研究所広報委員会(政策研ニュース担当: 情報分析課 news@nistep.go.jp)

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