科学技術政策研究所では、平成15〜16年度科学技術振興調整費による「科学技術の中長期発展に係る俯瞰的予測調査」(以下「予測調査」と記述)を実施している。
予測調査とは、今後30年程度の期間で重要と考えられる科学技術の発展を専門家に対するアンケートなどにより俯瞰的に予測する調査である。我が国では1970年代の初め、科学技術庁(当時)により、デルファイ法[注1]による大規模な技術予測が開始され、約5年ごとの調査が継続的に実施されている。当研究所は、90年代以降の第5回(1992年)〜第7回(2001年)調査の実施機関である。我が国の技術予測は、全技術分野を対象として、大規模かつ継続的に実施されてきた点で、世界にも類を見ないものであり、デルファイ法による予測手法として世界中で参考にされている。
通算第8回目にあたる今回の予測調査は、次期科学技術基本計画(以下「基本計画」と記述)を検討する際の基礎資料を提供するという目的のもとに、総合科学技術会議や文部科学省関係部局における検討と直接的な連携をとりつつ実施されている。
本調査は当研究所と(財)未来工学研究所との共同で実施している。調査全体の総括の為に予測調査委員会(委員長: 生駒俊明氏)を設置し、調査計画、実施方針など全般的な事項の検討、および調査結果の総合的な検討を行っている。
今回の予測調査では、研究開発投資に関する優先順位付けをはじめとする、重点化政策の策定に直接寄与できる調査とすることに力点をおいている。
このため、専門家のコンセンサス形成に重点をおくデルファイ調査のほかに新たな手法も加えて全体として俯瞰性のある調査としている。本調査は図表 1 に示すように①社会・経済ニーズ調査、②急速に発展しつつある研究領域調査、③注目科学技術領域の発展シナリオ調査、④デルファイ調査の4つの柱から構成される新しい設計となっている。以下に各項目の概要をまとめる。
過去の予測調査や白書などをもとに科学技術に対するニーズの網羅的かつ体系的なリスト(ニーズリスト)の作成を行う。このニーズリストを踏まえて、生活者に対するアンケート調査および生活者、産業界など科学技術専門家に限らない多くの人々からなるパネルにおいて優先的に解決すべきニーズの検討(参加型プロセス)を行う。これらの作業をもとに、社会的なニーズの優先度をいくつかのオプションとしてまとめる(生活者のニーズ、産業界のニーズなど)。科学技術の専門家からなるパネルにおいて、科学技術とニーズ項目の関連性の検討を行い、各オプションについて重要となる科学技術領域を提示する。
論文データベースの分析を用いて、急速に発展しつつある研究領域は何処か、それらの領域の変遷にはどのような傾向があり、また各領域で日本はどの程度の存在感を持つかの客観的な把握を試みる。詳細は項目 3 以降のハイライトに示す。
今後10〜30年程度を見通した場合に、社会・経済的な貢献が大きい科学技術領域、革新的な知識を生み出す可能性を持つ領域などを50程度抽出し、そのそれぞれについて、卓越した個人の見識にもとづく発展シナリオを作成する。これにより、注目すべき科学技術領域について規範的な立場から発展の方向性を明らかにする。
エレクトロニクス、ライフサイエンスなど科学技術の主要分野をほぼ網羅する13分科会で、2020年を中心とした今後30年に重要と考えられる科学技術についての予測課題を作成する。予測課題についてデルファイ法によるアンケートを行い、今後の科学技術の発展の方向性に対する専門家集団(3000〜4000名)のコンセンサスを明らかにする。
今回のデルファイ調査では過去と比べて以下の 2 点を大きく改め、次期基本計画検討の際の基礎資料として利用しやすいものとする。
・分野と予測課題との間に注目科学技術領域を導入し、大部分の予測課題を、領域を代表する技術等のパッケージとして捉える。これら注目科学技術領域についても、我が国にとっての重要性や日本の水準などを問う。
・予測課題については、「技術的実現時期」と「社会的適用時期」を問うことで、研究開発政策、イノベーション政策の両方に資するものとする。
以上で得られる各調査項目の成果を総合的に分析し、2020年を中心とする今後30年間の科学技術の動向を俯瞰的に把握するとともに、重点化の検討のための資料を作成する。平成15年度に実施した項目および平成16年度の予定は図表2のとおり。
調査項目 | 平成 15 年度(実施状況) | 平成 16 年度(予定) |
---|---|---|
社会・経済ニーズ調査 |
○ ニーズ調査の基本方針の検討 ○ ニーズリストの作製 ○ 参加型プロセスの実施方法の検討 |
○ ニーズアンケートの実施 ○ 参加型プロセスによるニーズの把握、検討 ○ 科学技術に対する目標の検討 |
急速に発展しつつある研究領域調査 |
○ 論文データベース分析の手法開発 ○ 論文データ分析による研究領域の構築・抽出 ○ 研究領域の内容分析(上位51領域) |
○ 研究領域の内容分析(51領域より下位の102領域) ○ 研究領域の時系列変化の分析 ○ 研究領域において中心的な研究機関の分析 |
注目科学技術領域の発展シナリオ調査 |
○ 発展シナリオ調査の基本方針の検討 ○ 発展シナリオテーマの選定方法の検討 ○ 発展シナリオ作成者の選定方法の検討 ○ 発展シナリオ作成仕様書の検討 |
○ 発展シナリオテーマの選定 ○ 発展シナリオ作成者の選定およびシナリオ作成 ○ 発展シナリオに対する外部意見の収集 ○ 発展シナリオの総合分析 |
デルファイ調査 |
○ 予測課題設定のフレームの検討 ○ 注目科学技術領域および予測課題の検討 ○ 調査回答者の選定 ○ 調査票の調査項目の検討 |
○ デルファイアンケートの実施 (プレアンケート、R1、R2) ○ デルファイアンケート結果の分析 ○ 過去の予測課題に関する実現状況のレビュー |
平成15年度調査の成果については、項目毎に進捗状況が異なるため、既に一部の結果が出ている「急速に発展しつつある研究領域調査」のハイライトを以下に示す。
平成15年度はまず、論文データベース分析から現在どのような研究領域が存在しているのかを把握し、その中から急速に発展しつつあるものを抽出する為の手法開発を行った。具体的には、論文の集合を発見する手段として論文の共引用[注2]の関係に注目し、共引用の関係を用いた論文のグルーピングによって研究領域を見いだす手法を開発した。分析には、Thomson ISI社の論文データベースに収録されている1997年〜2002年までの6年間に発行された論文の中で、各年、各分野(臨床医学、化学、物理学など22分野)において被引用数が上位1%である高被引用論文(約4万5千件)を用いた。
上記に述べた論文データベース分析から679の研究領域が得られた。本年度はその内、研究領域を構成する論文(以後 コアペーパ[注3]と呼ぶ)の被引用数が急増を見せている51領域を急速に発展しつつある研究領域として抽出した(図表3参照)。51の研究領域の中で臨床医学や植物・動物学といったライフサイエンスの特定の分野にコアペーパが偏るものが13領域抽出された。その他の分野として、化学にコアペーパが偏るものが7領域、物理にコアペーパが偏るものが6領域抽出された。少数であるが工学、材料科学、地球科学、宇宙科学、社会科学などにコアペーパが偏る領域も抽出された。
また、51領域の約3割である17領域が学際的・分野融合的領域となった。この結果から、新たに発展しつつある研究領域の相当数が学際的・分野融合的性格を持つことが考えられる。
分野 | 研究領域名 | 分野 | 研究領域名 |
---|---|---|---|
臨床医学 | 急性冠症候群に関する研究 | 工学 | 生体試料や環境試料の微量元素分析 |
シクロオキシゲナーゼー2阻害剤の研究 | 材料科学 | 生体構造再生材料 | |
疾患治療を目的とした免疫研究 | 地球科学 | 地球規模の気候変動研究 | |
高血圧症治療に関する研究 | 古気候おける地球規模の気候変動 | ||
ウイルス性肝炎 | 宇宙科学 | 宇宙の構造と進化 | |
ホルモン療法 | 社会科学・一般 | 知識と情報技術をベースとした組織・経営論研究 | |
クエン酸シルデナフィルに関する研究 | 法学および経済学における行動主義的分析 | ||
植物・動物学 | 生物時計に関する研究 | 経済学・経営学 | 地域経済発展とネットワーク |
植物ホルモン・アブシジン酸の機能解析 | 学術的・分野融合的 | ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体に関する研究 | |
シロイヌナズナを用いた分子植物科学研究 | 神経変性疾患についての研究 | ||
植物ホルモン・オーキシンの機能解析 | ①グルタミンレセプター②がんの成長阻害 | ||
分子生物学・遺伝学 | DNAメチル化 | カーボンナノチューブ | |
精神医学/心理学 | 統合失調症 | アポトーシスの分子機構 | |
化学 | 酵素・錯体触媒 | プロテオミクス | |
有機/無機ハイブリッド材料 | 脂肪細胞分泌ホルモン | ||
イオン性液体 | 幹細胞からの再生に関する研究 | ||
高効率炭素ー炭素結合形成反応を機軸とする有機合成反応 | メゾポーラス材料とナノワイヤー | ||
バイオ分析用デバイス | DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析 | ||
ナノ結晶粒子のバイオ分野への応用技術 | インフルエンザに関する研究 | ||
分子デバイス/分子機械 | 病原微生物のゲノム解析 | ||
物理学 | ニュートリノ研究 | マラリア原虫のイソプレノイド生合成経路に関する研究 | |
重イオン衝突による高温・高密度物質の探求 | 大気中粒状物質の健康影響 | ||
弦理論に基づく素粒子論的宇宙論 | 細胞膜チャンネル | ||
酸化物高温超伝導物質 | RNAi(RNA interference) | ||
量子コンピュータ | テロメラーゼ研究 | ||
金属系超伝導物質と重い電子系超伝導物質 |
物理学と植物・動物学の研究領域において、日本のコアペーパが多い。即ち、日本の存在感が相対的に大きい。
物理学の6領域でコアペーパにおける日本論文の比率[注4]が7.0%を超えている。最も日本論文比率が高い研究領域は、「酸化物高温超伝導物質」で比率が33.8%である。この値は51領域中で最も高い。加えて、「ニュートリノ研究」(17.1%)や「金属系超伝導物質と重い電子系超伝導物質」(14.2%)といった研究領域は、日本における研究がブレークスルーとなって発展している研究領域であることが確認された。
また、植物・動物学の4領域は、すべて日本論文の比率が7.0%を超えている。その中でも特に「生物時計」では、日本論文比率が17.8%と高い。
本手法の特徴は、①既存の学問分野にとらわれない研究領域全体の俯瞰的な分析、②統計情報に基づく客観的な研究領域の分析、③時系列分析による研究領域の変遷の把握の3点が可能な点である。
近年、学際的・分野融合的な研究領域が重要との認識が高まっているが、これまで、どのような研究領域がこれに該当するのかを定量的に見分ける方法は無かった。本手法を用いると学際的・分野融合的な研究領域の客観的かつ定量的な把握が可能となる。
研究領域名 | 分野 |
---|---|
ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体に関する研究 | 臨床医学、生物学・生化学 |
神経変性疾患についての研究 | 神経科学・行動学、生物学・生化学、分子生物学・遺伝学、臨床医学 |
①グルタミンレセプター②がんの成長阻害 | 神経科学・行動学、臨床医学、生物学・生化学、免疫学、分子生物学・遺伝学 |
カーボンナノチューブ | 物理学、化学、材料科学 |
アポトーシスの分子機構 | 臨床医学、分子生物学・遺伝学、生物学・生化学 |
プロテオミクス | 化学、生物学・生化学、工学 |
脂肪細胞分泌ホルモン | 臨床医学、生物学・生化学、神経科学・行動学 |
幹細胞からの再生に関する研究 | 臨床医学、精神科学・行動学、分子生物学・遺伝学 |
メゾポーラス材料とナノワイヤー | 材料科学、化学 |
DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析 | 臨床医学、分子生物学・遺伝学、生物学・生化学、計算機科学 |
インフルエンザに関する研究 | 化学、臨床医学、微生物学、薬学・毒性学 |
病原微生物のゲノム解析 | 微生物学、臨床医学 |
マラリア原虫のイソプレノイド生合成経路に関する研究 | 植物・動物学、生物学・生化学、化学、微生物学 |
大気中粒状物質の健康影響 | 臨床医学、環境/生態学、社会科学・一般 |
細胞膜チャンネル | 生物学・生化学、植物・動物学、生物学・生化学 |
RNAi(RNA interference) | 分子生物学・遺伝学、植物・動物学、生物学・生化学 |
テロメラーゼ研究 | 臨床医学、分子生物学・遺伝学、生物学・生化学、化学 |
例えば、「プロテオミクス」は全部で147件のコアペーパ[注3]を持つが、その分布を見ると化学が約5割、生物学・生化学が約2割あり、その他として工学などが含まれている。
また、物理学、化学、材料科学の境界に「カーボンナノチューブ」、材料科学と化学の境界に「メソポーラス材料とナノワイヤー」が位置していることが分かった。
また、領域の内容分析を行うことで「プロテオミクス」では、機器開発と科学的知見の獲得が相互に関連を持ちながら発展しており、1999年を境に研究の主な内容が機器開発から、その技術を利用した科学的知見の獲得へ移行したことが示された。
平成16年度は、平成15年度に得られた知見をもとに、以下の視点から分析を実施する予定である。
・上位51の研究領域のみでなく、もう少し下位の研究領域の分析
・研究領域の時系列変化の分析
・研究領域において中心的な研究機関の分析
[注1] | デルファイ法: デルファイ法とは、多数の専門家に同一内容のアンケートを繰り返し、回答者の意見を収斂させる方法。 |
[注2] | 共引用: ある論文が複数の論文を同時に引用することを指す。頻繁に共引用される論文は、 |
その内容に一定の共通点があると考えられ、それらをグループ化する事で、研究内容に共通性のある論文の集合を得ることが出来る。本調査では論文のデータベースとしてThomson ISI社の | |
Essential Science Indicatorsを用いた。 | |
[注3] | コアペーパ: 共引用を用いてグループ化された研究領域を構成する論文のこと。 |
[注4] | 日本論文の比率: ここでは、論文の著者(多くは複数)の所属機関に、1つでも日本の組織が含まれれば日本論文としてカウントした。 |
・7/31 | 総務課長 大柴 満(異動先: 理化学研究所) |
・8/ 1 | 〃 佐々木 照一(旧所属: 放射線医学総合研究所) |
・7/ 7〜8/20 | Ms. Ana Colovic: パリ第9大学マーケティング将来戦略研究センター講師(表紙写真) |
(JSPSサマープログラムフェローとして、当所第3調査研究グループにて滞在研究) | |
・7/22 | Dr. Roger Bradbury: オーストラリア連邦政府・内閣調査局 |
・7/23 | Ms Barbara Ellington: イギリス大使館参事官 |
Mr. Paul Johnson: イギリス大使館科学技術部一等書記官 | |
・7/29 | 許 文九: 韓国産業研究院(KIET)国家均衡発展研究センター研究員 |
・7/ 6 | 廣瀬 弥生: 東京大学先端科学技術研究センター産学連携ディレクティングマネジャー特任助教授 | |
「産学連携の現場」 | ||
・7/ 9 | 中島 邦雄: 政策研究大学院大学教授 | |
「科学技術と政策 -昨日、今日そして明日-」 | ||
・7/20 | 「論文誌の電子ジャーナル化がもたらす学協会の変化」 | |
和田 光俊: (独)科学技術振興機構知的資産集積部電子ジャーナル部門 | ||
「国内学協会における科学技術情報発信・流通総合システム(J-STAGE)の利用状況」 | ||
林 和弘: (社)日本化学会学術情報部 | ||
「国産電子ジャーナル最前線 -課題と展望-」 | ||
・7/23 | 馬場 靖憲: 東京大学先端科学技術研究センター教授 | |
「光触媒研究者コミュニティのネットワーク分析: 科学技術政策における可能性」 | ||
・7/26 | Ms. Ana Colovic: パリ第9大学マーケティング将来戦略研究センター講師 | |
「日本の産業集積における中小企業ネットワークについて」 | ||
・7/27 | 宮 健三: 慶應義塾大学大学院理工学研究科特別研究教授 | |
「若者の知力増大をさせるには」 |
・7/27 | 中塚 勇: 科学技術動向研究センター特別研究員 |
「大型研究施設・設備の現状と今後の課題」 |
・ | 「大型研究施設・設備の現状と今後の課題〜科学技術専門家ネットワーク アンケート調査結果〜」 (調査資料-106) |
・ | 「科学技術動向 2004 年 7 月号」(7 月 28 日発行)
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特集 1 心の科学としての認知科学 | |
ライフサイエンス・医療ユニット 石井加代子 | |
特集 2 エネルギー・環境分野における日中技術協力動向と今後の展望-地球環境問題とエネルギー安全保障の観点から- | |
環境・エネルギーユニット 大平 竜也 | |
特集 3 急速に発展する中国の宇宙開発 | |
総括ユニット 辻野 照久 |