政策研ニュース No.185

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目次

  1. Ⅰ. レポート紹介
    • 国際級研究人材の養成・確保のための環境・方策
      - 「個人を活かす」ためのシステムへの移行 - (調査資料-102)
      • 第1調査研究グループ 上席研究官 松室 寛治
  2. Ⅱ. トピックス
    • 国際コンファレンス『研究開発と企業の境界 - バイオテクノロジーの産学連携と企業間提携 -
      • 第1研究グループ
  3. Ⅲ. 最近の動き

Ⅰ レポート紹介

国際級研究人材の養成・確保のための環境・方策
- 「個人を活かす」ためのシステムへの移行 - (調査資料-102)

第1調査研究グループ 上席研究官 松室 寛治

写真: まつむろ かんじ
まつむろ かんじ
1992 年科学技術庁入庁。研究基盤課、基盤政策課、同課地域科学技術推進室などを経て、2002 年 8 月より科学技術政策研究所第1調査研究グループ上席研究官。

科学技術政策研究所は、国際的に卓越した研究人材を数多く輩出する方策を明らかにするため、世界的に活躍している日本人研究者にアンケートを行い、その結果を平成15年12月に公表した。


1. 調査の趣旨

我が国の科学技術振興のためには、優れた研究人材の養成・確保が必要不可欠である。本研究所では国際的に極めて卓越した研究人材を「国際級研究人材」と定義し、このような人材を我が国から数多く輩出するために必要な施策について調査研究を進めてきた。その一環として、本調査研究では、ノーベル賞等国際的科学賞の受賞者、全米科学アカデミー等国際的アカデミーの会員、論文被引用頻度の高い研究者など世界的に活躍する日本人研究者を対象にアンケート調査を行い、子供時代からシニア研究者までの7段階ごとに、研究者を目指す上で、あるいは研究者として大成する上で重要な事項について、経験や提言を自由記述で回答してもらった。108名から回答があり、主な指摘事項は次のようなものであった。


2. 主な指摘事項

1) 子供時代 (有効回答数102人)

○両親、親戚、教師といった周囲の大人から知的な刺激を受けていることを示す記述が目立った反面、あまり勉強を強制されたことはなく、どちらかというとのびのびと好きなことをしながら成長してきている傾向が見られた (53人) 。

○子供自身の知的好奇心も強く、自然に触れる、読書や趣味に没頭する等を通じて積極的に知識を吸収してきたことを窺わせる回答も多かった (43人) 。

○教育については、子供の好奇心を引き出し、興味を伸ばすような教育の重要性を指摘し、構い過ぎたり、干渉過剰に陥ることを否定する意見が多く見られた (35人) 。

2) 大学学部生時代 (有効回答数94人)

○自分で考えて勉強したことや友人・先輩からの刺激や周囲との議論・対話を通じて多くのことを学んできていることを示す記述が多かった (28人) 。

○実際の教育に当たっても、議論や対話を中心とした少人数での演習やレポートを重んじる授業を重視する傾向がみられた (30人) 。

専門分野以外の文科系・理科系両面での教養を身につけたこと、知的なバックグランドの広さが研究活動を進める上で有益であったことを示唆する回答も目立った (21人) 。

3) 大学院生時代 (有効回答数 93 人)

○研究をテーマの設定・変更、研究実施面で比較的自主性を尊重してもらいながらも、研究の過程では研究室内での議論や指導もしっかりと行われたことを示す回答が多く、自由が放任にはなっていないことを窺わせた (43人) 。

専攻分野の知識基盤を系統的に身に付けたり、境界領域・異分野の知識を持つことの重要性や、そのための授業を大学院教育の中で充実するべきとする意見も多かった (16人) 。

○大学院生が経済的に自立するための支援を充実し、教官の労働力として使われている現状を改善し、大学院生がきちんと研究者として育成される環境を整える必要性を指摘する意見もあった (17人) 。

4) ポスドク時代 (有効回答数71人)

海外の一流の研究者に指導してもらったり、接する機会を持てたこと、海外での人脈が形成できたこと、国際感覚を身に付けられたことなどを評価する意見が多かった (19人) 。

○大学院生時代とは違った環境を経験できたことや、違った分野・新しいテーマで研究したことがプラスになったことを示唆する意見も目立った (18人) 。

○ポスドクの経験について肯定的な意見が多い一方で、我が国のポスドクについては、ポスドク終了後の就職問題など、キャリアパスとして確立していないことが指摘された (19人) 。

5) 助手・講師 (テニュア・トラック) 時代 (有効回答数92人)

若いうちから独立して研究室を持てたこと、科研費を得たこと、米国でテニュア・トラックを経験できたことを評価する意見が多く、研究スペース、研究費などを含め、文字通り"独立"することの重要性が窺えた (41人) 。

○若手の独立の観点から、現在の教授・助教授・講師の間の従属的関係を解消するよう提言したり、講座制・助手制度の弊害を指摘する意見 (20人) や、米国のようなテニュア制度 (テニュア・トラック→テニュアという流れ) 採用の必要性に関する指摘もあった (11人) 。

6) 教授・助教授 (テニュア) 時代 (有効回答数94人)

○流動化に対する肯定的な意見 (新しい刺激を受け成果につながった等) が目立った一方で、実際の組織間移動に当たっては、移動する人の負担 (機器の移動、学生の扱い、住居等) が大きいことや処遇面でメリットが感じられない (同じ組織に長く勤務した方が有利になっている) ことなどが指摘され、流動化に当たっての支援体制整備の必要性が窺われた (22人) 。

「雑用」に忙殺され、研究に専念できない現状の改善を求める意見が出され、書類作成を始めとした事務面での負担、教授会等の大学、学部、学科の運営に係る会議の多さ、独法化・大学評価等の作業の負担に関する指摘が見られた (48人) 。

組織のマネジメントについては、基本的には教授会等で扱うのではなく適任者・専門家に委ねるべきとする意見も多かった (26人) 。

7) シニア時代 (有効回答数 52 人)

年齢による一律の定年制には否定的な意見が多く、能力に応じたリタイヤ (研究資金が獲得できなくなったら引退する等) を主張する意見が目立った (24人) 。

○シニアが第一線で活躍し続けることは不可能であり、むしろ経験を活かして、教育、若手育成、組織の管理・運営、社会貢献等に努めるべきとの意見も多かった (33人) 。

3. アンケート調査から得られた国際級研究人材の養成・確保のためのポイント

今回のアンケート調査結果から、優秀な研究者が育ち、活躍するために必要な要素として、以下のような点が浮かび上がってくる。


1) 「個人を活かす」システムへの移行
① 若手研究者の「自由」と「自立」

若いうちから「自立」して「自由」に研究できたことが重要であった半面、その「自立」、「自由」が指導教官との巡り合わせ等偶然の要素に左右されることを示しており、教授、助教授、講師、助手の関係をフラットにする、講座制を改める、若手にも研究室を与える、若手を対象とした研究資金を充実 (研究室立上げの経費を含む) する等によりこれを構造的なものに変えていく必要がある。

② 個人のモチベーションを高めるための工夫

研究者にとって良好な環境を整えるとともに、研究者を雑用から開放 (マネジメントの専門家への委譲) する、研究環境・研究資金・処遇面で成果を上げた研究者がより良い条件を得られる (優れた研究者が良い条件で引き抜かれるようになること) ようにする、一律定年制を見直す等により成果を上げた者を如何に優遇していくかという視点が不可欠である。

2) 海外の一流の研究者の下等での「武者修行」の支援と制度化
① 海外の一流の研究者の下での「武者修行」

海外の一流の研究者の下で自己を高めようという目的を明確に持った若手の「武者修行」を促進することが、世界一流の研究者として成長する上で極めて重要である。

② 育ってきた環境から離れる「武者修行」

「武者修行」は、それまで育ってきた環境から離れ、研究者として視野・分野を広げ、人脈を広げるなど様々な点でも有意義であり、他機関でのポスドク経験を徹底する、博士課程以降同じ系列・大学・講座・研究室で経験・昇進を積み重ねていくインブリーディングを廃止する等が重要である。


3) 競争と安定の調和を目指した任用・人事制度

研究者の扱いについては、厳正な評価に基づく徹底した競争原理、能力主義の適用を望む声と、身分が不安定だと落ち着いて研究できず長期的な課題に取り組めない、一流の研究者にまで任期をつけるのは無意味といった声があり、どちらに偏しても問題があると思われる。テニュア制度の定着等を通じて、「競争」と「安定」を交互に繰り返すモデルをとることが重要である。


国際級研究人材の養成・確保に関するアンケート調査における回答例
子供小学校低学年のころに父に連れられて、ある高名な海洋生物学の教授が講師であった臨海実習に参加する機会を与えてもらった。内容などは覚えていないが、一流の学者に身近に接し、幼い身にも知的興奮を呼び覚まされたことを覚えている。他にも、機会あるごとに科学や最新技術に接する機会を、両親が与えてくれたことに感謝している。
大学学部私は大学2年の夏休みに伝染病研究所へ行って細菌学の実習を受け、それ以来、夏休みは伝研で専ら実験をしていたし、毎月研究所を訪れて、教授の先生に質問をしていた。先生は私に答を教えて下さることをせず、本や文献を渡されてそれらを読むように言われ、どんな実験をすれば、私の疑問に対する答を得られるか?考えてくるように言われた。私の答を申し上げた後の先生とのdiscussionで、私は先生のlogicalなway of thinkingを知り、自分でもlogicalな考え方が出来るようになったと思う。
大学院生教授の指導方針は、大まかな研究テーマを設定するのみで、細かな点にはこだわらないおおらかな指導を受けた。実際の研究指導は、研究室所属の直属の助教授や助手の方から密接な指導を受けることができた。 研究の結果について、必ず自分自身で解釈を試みて研究室全員の前で成果報告を行い、結果解釈についての議論と次のステップへの方針検討を行う機会が設定されていた。
ポスドク海外の一流の研究室でポスドク時代をすごし、周囲や訪問してくる一流の研究者たちと直接接する機会に恵まれ、強い刺激を受けることが出来た。また、研究室の中で、世界中から集まってきた研究者の卵たちと競い合うなかで、彼らに決して負けていないという自信を得ることも出来た。
助手・講師私は幸いにして、上司に恵まれ、助手に就任した当初から、まったく自由に研究を進めることができた。これはもちろん、研究の正否は完全に自分が責任をとるという前提のもとであった。私は講座の研究テーマにとらわれることなく、さまざまなテーマの検討を行い、何年か後に理論化学のある分野が非常に生産性が高いことを見出した。このような自己責任にもとづく判断・行動は、あらゆる意味で非常に大きなプラスになった。多くの研究者は、講座制のもとで滅私奉公的に年輩の教授に仕え、自分の能力が衰えるころ、忠誠を尽くした見返りとして教授にしてもらう。教授になれば、従来通り部下が仕えるというシステムが好ましく見えてくる。これでは新しい発想が生まれるわけはない。
助教授・教授所属組織を動くことは学問的にはメリットが多いが、個人および研究室運営を見てもデメリットのみである。私が転任した場合でも移動だけで 2,000 万円くらいの資金を必要としたが、これは自前で稼ぎださなければならなかった。このようなことは世界の目で見れば有り得べからざることである。転任によって、給与の 2 - 5 割アップ、研究環境の整備資金の提供 (5,000万から1億円程度の引っ越し代) などを大学が保証し、移動先学科は「教授を迎える」という態度を示すのでなければお話にならない。文科省は、アメリカ、ドイツなどではジュニア、シニアとも外から教官を迎える教官には最大限の誠意を示せるだけの金銭的背景があることにこそ注目すべきである。
シニア現役時代研究をバリバリし、今後も研究に旺盛な人に、小規模でよいから研究が続けられるように配慮。5年単位で、国内又は国外で自由研究をさせる制度があれば良い。勤勉であれば何回でも更新可能にする。アメリカでは、85歳になっても一線で研究費をとって研究をしている人あり。40歳でも駄目な人は駄目、80歳でも良い人は良い (日本でもアメリカでも) 。日本では優秀な人材を定年で捨てている事が往々。実にもったいない。
その他世襲的にその研究室出身者で固めていくことは斬新かつ革新的な新しい研究テーマを常に芽生えることは少ないと思う。現在の研究室のスタッフは皆外部の大学・研究室出身者であり、私の研究室出身者は皆無である。このようなヘテロな研究室の運営がぜひとも必要である。大学評価等と称して教官に膨大な資料作成を強いるようなことをせず、もっと教育・研究に専念できるようにすべきである。評価項目に「教官が教育・研究に専念できる体制を整えている」というのがあったのは、ジョークとしか思えなかった。

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Ⅱ. トピックス

国際コンファレンス
『研究開発と企業の境界 - バイオテクノロジーの産学連携と企業間提携 - 』
(2004年2月12日: 於: 東京国際フォーラムD7ホール)

第1研究グループ

本年2月12日(木)に、東京国際フォーラムにおいて、『研究開発と企業の境界 - バイオテクノロジーの産学連携と企業間提携 - 』と題する国際コンファレンスが開催された。近年、企業の研究開発は、他企業 (大企業・ベンチャー企業) ・大学・研究機関等との密接な連携を通じて展開されている。とりわけ、バイオテクノロジー分野では、企業の研究開発における「境界」が、その後の技術革新に重要な影響を及ぼすことが指摘されている。


本会議では、技術革新の経済分析における第一人者であるリチャード・ネルソン教授 (米国コロンビア大学) をはじめとする国内外の著名な研究者、ならびに、産業界から実務家を招き、研究開発と企業の境界、産学連携、バイオベンチャー等に関する諸問題を議論した。会議には、講演者および一般聴衆者計211名が参加し、終日、活発な議論が展開された。以下では、会議における議事内容を要約する。


会議は、今村努・科学技術政策研究所長の開会挨拶で開幕し、以下5つのセッションがそれに続いた。

セッション1では、リチャード・ネルソン・米国コロンビア大学教授が「市場経済、および共有資産としての科学」と題する基調講演を行なった。

セッション2では、産学連携について、スコット・シェーン・米国ケースウェスタンリザーブ大学教授から、「大学発の起業」について、また、アラン・ヒューズ・英国ケンブリッジ大学教授から「産学連携と技術成果-英国からの考察」に関する報告がなされた。

セッション3では、企業間連携に関する諸問題を扱い、ルイジ・オルセニゴ・伊国ボッコーニ大学教授の「バイオテクノロジーにおける企業の境界とネットワーク」、ならびに、アシシュ・アローラ・米国カーネギーメロン大学教授の「新薬開発におけるイノベーション能力と企業間協力」の二つの講演が行なわれた。

セッション4は、バイオ産業の現場からの問題提起として、出上聡美・リコンビナント・キャピタル社日本代表から「バイオ産業における企業間連携の動向」に関する報告が、また、加納信吾・株式会社アフェニックス代表取締役社長から、「技術移転の境界とバイオベンチャーの役割」についての報告がなされた。

セッション5では、小田切宏之・第1研究グループ総括主任研究官から、科学技術政策研究所の研究成果として「バイオテクノロジー研究開発と企業の境界-調査結果」が報告された。会議は、平野千博・総務研究官の閉会挨拶で締めくくられた。


所感

いうまでもなく、バイオテクノロジーおよびその関連産業における技術革新は、急速に進展している。しかも、バイオテクノロジー関連産業は幅広い産業間への広がりを見せて、今後のわが国の経済成長に大きな影響を与えるものとみられている。このため、平成13年3月制定の科学技術基本計画でも重点4分野の一つとしてライフサイエンス・バイオテクノロジーが挙げられるなど、バイオテクノロジー産業の推進はわが国の科学技術政策・産業政策における大きな課題の一つである。このような時期に本国際コンファレンスを開催し、欧米から代表的な研究者または国内から実務者をお招きして講演をいただき、また、国内外の著名な研究者のみならず、行政・産業部門からも多数の専門家の参加をいただいたことは、わが国のこれからの科学技術政策の推進にとって、またバイオテクノロジー関連産業の発展にとって大きな意義を持つものと考えている。


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Ⅲ. 最近の動き

○ 主要来訪者一覧
・2/2 - 3山田 直: 科学技術政策研究所国際客員研究官
・2/12Prof. Richard R. Nelson: 米国コロンビア大学教授
Prof. Scott Shane: 米国ケースウエスタンリザーブ大学
Prof. Alan Hughes: 英国ケンブリッジ大学教授
Prof. Luigi Oresenigo: イタリアボッコーニ大学教授
Prof. Ashish Arora: 米国カーネギーメロン大学教授
・2/13Prof. Lee Branstetter: 米国コロンビア大学教授
Prof. Robert Kneller: 東京大学教授
Prof. John Walsh: 東京大学教授
・2/17Prof. Jen-Shih Chang: カナダマクマスター大学工学部教授
・2/23 - 24Dr. William A. Blanpied: 米国ジョージ・メイスン大学客員上席研究員
(科学技術政策研究所国際客員研究官)
・2/24Dr. Nicole Dewandre: EU研究総局「女性と科学」課長
○ 講演会・セミナー
・2/ 3上田 実: 名古屋大学大学院医学研究科頭頚部・感覚器外科学講座、
東京大学医科学研究所幹細胞組織医工学研究部門教授
「再生医療の現状とその実用化に向けた課題」
・2/17Prof. Jen-Shih Chang: カナダマクマスター大学工学部教授
「独立法人化による大学における研究の位置づけ」
・2/24Dr. Nicole Dewandre: EU研究総局「女性と科学」課長
「EUの科学技術人材」
・2/27木下 栄蔵: 名城大学都市情報学部教授
「AHP (Analytic Hierarchy Process) の世界 - 公共政策に適用できる意思決定手法 - 」
○ 新着研究報告・資料
「科学技術動向 2004年2月号」 (2月27日発行)
  特集 1 研究開発プロジェクトの評価 - ヨーロッパの事例 -
  客員研究官 山田 肇
  特集 2 化学物質の生態リスク評価に関する近年の動向
- 化学物質審査規制法の改正を迎えて -
  客員研究官 五箇 公一、環境・エネルギーユニット 浦島 邦子
  特集 3 パワーエレクトロニクスによるエネルギーインフラの強化に向けて
  環境・エネルギーユニット 橋本 幸彦



文部科学省科学技術政策研究所広報委員会(政策研ニュース担当: 情報分析課news@nistep.go.jp)

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