政策研ニュース No.180

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  1. Ⅰ.トピックス
    • APEC 技術予測センターによる技術予測プロジェクトに参加して
      - ポストゲノム時代の人間の健康のために求められる DNA 解析技術 -
      科学技術動向研究センター主任研究官 茂木 伸一、主任研究官 伊藤 裕子
  2. Ⅱ.海外事情
  3. Ⅲ. 最近の動き

Ⅰ.トピックス

APEC 技術予測センターによる技術予測プロジェクトに参加して
- ポストゲノム時代の人間の健康のために求められる DNA 解析技術 -

科学技術動向研究センター主任研究官 茂木 伸一、主任研究官 伊藤 裕子

APEC 技術予測センターは APEC によって設立され、タイとそれ以外の APEC 加盟国との共同で技術予測などの活動を行っている。既に多くの技術予測プロジェクトを APEC 加盟国との共同で実行しており、2001 年にはナノテクノロジーに関する技術予測プロジェクトを実施した。今年度 (2003 年) は、「ポストゲノム時代の人間の健康のために求められる DNA 解析技術」に関する技術予測プロジェクトであり、APEC 技術予測センターから科学技術政策研究所 科学技術動向研究センターに対して、ゲノム分野の専門家派遣の要請があった。これを受けて 4 月のコアグループミーティングおよび 8 月のワイドミーティングに著者ら 2 名が出席した。

1. ワイドミーティングの概要

参加者は約 40 名だった。全員が大学、国公立機関、非営利機関の研究者あるいは研究経歴を有する生命科学分野 (生命倫理も含む) の専門家であった。参加国は 14 カ国であり、内訳はオーストラリア、カナダ、中国、台湾、 (香港) 、日本、インドネシア、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリッピン、シンガポール、タイ、米国、ベトナム。

(1) ワイドミーティング第 1 日目 - 健康に関わる DNA 技術と問題点の抽出 -

APEC センターの顧問であるテガート教授から、「APEC 参加国の国民の健康に必要な DNA 解析技術は何であるかを技術予測の手法を用いて解析し、この技術の実現に必要な社会的および技術的な要素を抽出すること」が本会議の目的であると説明がされた。続いて会議出席者のために、「技術予測とは何か?」に関しての簡単な講義が行なわれた。

さらに、健康に関連する DNA 技術に関して、参加国から質疑応答を含めた 30 分の発表がなされた。演題は、「マイクロアレイおよびナノチップによるプロテオーム解析から DNA 診断へ (オーストラリア)」、「薬の開発に向かうポストゲノム研究 (日本)」、「遺伝子治療 (カナダ)」、「バイオインフォマテックス (カナダ)」、「ゲノムの多様性と健康 (オーストラリア)」、「倫理的および社会的連携 (タイ)」であった。これらの発表は、各国の担当者があらかじめ APEC 事務局に提出した意見論文(Position Paper)を元にして行なわれた。発表に使用されたスライドは、APEC センターの公式ホームページ上に公開される予定である (論文はホームページ上で既に公開されているhttp://www.nstda.or.th/apectf/)。

各国からの発表が終了後、タイの発表者から各国の意見論文から論点を抽出した論点論文(Issues Paper)の発表が行なわれた。

さらに、本年 6 月にバイオ研究者を対象に実施された「健康に関わるDNA解析技術のアンケート」の結果および解析についての報告が、APEC センター顧問により行なわれた。アンケートは、9 カ国 (オーストラリア、カナダ、台湾、日本、マレーシア、シンガポール、タイ、米国、ベトナム) で実施された。アンケートに参加した研究者数は、日本の 267 人が一番多く、次に多いのはタイの 20 人であった。アンケートの結果、最重要とされた DNA 解析技術は、感染症関連技術だった。これは、アンケート実施時と SARS の流行時期が重なったことが理由とされた。また、アンケート実施国間で、意義、重要性、実現性、インパクト、社会適合性に関して大きいとされた技術に大きな違いはなく、健康に関わる DNA 技術に関してはそれぞれの国の独自性はなかった。

(2) ワイドミーティング第 2 日目および 3 日目 - 技術予測シナリオの作成と分析 -

参加者を 3 つのグループに分けて、それぞれのグループでシナリオ作成が行われた。グループ分けは APEC センター事務局が行い、各国の参加者が同一のグループにならないように配慮された。

始めに、2015 年の人々の健康に影響を与えると考えられる事を参加者全員が挙げ、これらを「社会」、「経済」、「技術」、「政治」、「環境」の 5 項目に分類し、重要であると思われる項目を抽出した。さらに、2015 年の人々の健康の不確実要因 (天災など) を抽出した。シナリオには、先に抽出した重要項目を含めるようにした。完成したシナリオはグループごとに発表後、更に検討が加えられた。そして作成したシナリオが成立するために鍵となる項目、あるいは悲惨な未来にならないようにするために、現在 (将来的に) 改革しなければならない項目などの抽出、およびこれらの項目に対する優先度づけが行われた。

最後に、今までの討論やシナリオ作成 (分析) を踏まえ、参加国において必要と考えられる項目を抽出し、発表することが求められた。日本としての必要課題は、グローバリゼーションおよび国際的なイニシアチブであるという発表を行った。

2. 所感

APEC プロジェクトに参加する貴重な機会を与えていただいたことを感謝している。2 つのミーティングへの参加、Position Paper の作成、そして技術予測アンケートへ日本の専門家多数が回答したことなど、本プロジェクトへの日本の貢献度は高い (茂木)。

参加国間で DNA 技術に関する期待やニーズに差がないことに驚かされた。また、アジアの国の日本に対する注目度は高く、アジア圏での日本の役割の重要性を痛感した (伊藤)。

また、著者ら 2 名の共通の認識であるが、技術予測シナリオの作成に実際に携わった経験は、科学技術動向研究センターにて進められている技術予測調査の設計にも、今後、活かすことができると思われる。


もぎ しんいち: 1992 年武田薬品工業㈱入社。1997 年同社主任研究員。2001 年「国と民間企業との間の人事交流に関する法律」に基づく官民人事交流制度により科学技術政策研究所科学技術動向研究センター主任研究官に採用。

いとう ゆうこ: 1994 年 4 月工業技術院 生命工学工業技術研究所 (現 産業技術総合研究所) 入所。1997 年 10 月同主任研究官。米国 NIH およびローレンスバークレー米国国立研究所を経て、2002 年 10 月より科学技術政策研究所 科学技術動向研究センター 主任研究官。
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Ⅱ 海外事情

米国出張報告 〜 一人勝ちの「成功へのチャンスの国」に生じた異変 〜

第3調査研究グループ総括上席研究官 斎藤 尚樹


ワシントン・連邦議会前にて
さいとう なおき
1987 年科学技術庁入庁。88 年当研究所企画課。以降、青森県庁出向、在豪州大使館勤務、科学技術政策局政策課等を経て、2001 年当研究所企画課長、2003 年4 月より現職。主要ミッションは産学官連携・地域イノベーション、国際科学技術政策比較分析。

6 月の欧州出張 (政策研ニュース 8 月号参照) に続き、去る 7 月 20 日から 27 日にかけ、梅雨明けが遅れ冷夏傾向の日本から「盛夏」の候の米国東海岸を訪れ、「R&D 重点化」「科学技術人材育成・確保」の 2 テーマを中心に、同国の最近の科学技術政策動向に関し関係者へのインタビューを中心に現地調査を行った。本調査の主要結果は、先般の欧州現地調査の結果と同様、当所を中核として実施中の科学技術振興調整費「基本計画レビュー」調査報告の中で、今年度末までに取りまとめ予定であるが、本稿では出張を終えての所感と取りあえずの分析を中心に記述する。

1. 「Land of Opportunity」の成功の源泉としての「流動性」

これまでの米国は、科学技術分野でも世界の人材にとって「成功へのチャンスの国」 (Land of Opportunity) であり続けた。新たな有望分野が出てくると、政府の豊富な研究資金に呼応し国内主要大学がしのぎを削って人材・資金の獲得競争に乗り出し、公正なピアレビューにより最適の場所・機関・リーダーに研究資金が投下される。研究リーダーは、これら資金により世界から若手を中心に優秀な人材を惹き付け国際水準の研究チームを組織、厳しい評価に裏打ちされた明確なミッション設定の下、限られた期間内に相当の研究成果を生み出す。知的財産権マネジメント、事業化ノウハウに習熟した大学の起業化チームは、これら成果に立脚し世界レベルの「チャンピオン特許」を世に送り、当該特許によるライセンス収入、成功者たる企業人 OB の寄附金等により日本等とはケタ違いの基金 (Endowment) を造成。これが連邦政府からの配分資金に過度に依存しない安定的かつ自主性ある大学経営を可能とし、新たな研究分野への対応のための更なる投資へとつながっていく。

こうした「ポジティブ・ループ」の下では、連邦政府の役割は国家目標に則した明確な戦略性あるミッション設定、その具体化のための潤沢な研究資金提供のみで十分であった。むしろ国際間・セクター間の人材・資金の高い流動性の確保が重要な要因となり、科学技術コミュニティが自律的に最適の研究・起業化システムを構築し、世界レベルの研究成果創出、ハイテク・クラスター形成の両面で、ここ十数年は科学技術分野で米国の事実上の「一人勝ち」状態が続く結果となった。

2.「一人勝ち」国家に生じた異変

上述のような人材・資金の高い流動性に裏打ちされた米国の科学技術コミュニティの「繁栄」に、ここ数年顕著な「異変」が生じている。一つは、欧州・アジアはじめ世界主要各国の科学技術・イノベーション政策及び高等教育システムの成熟に伴い、米国以外でも相応の「成功機会」が提供されるようになり、米国内で国際レベルのスキルを確立した優秀な人材が「呼び戻し政策」等に呼応して出身国に復帰する動きが顕在化してきたことが挙げられる。これに追い討ちをかけるように、2001 年 9 月の同時テロ以降、米国の移民政策がコミュニティの「開放性」から「国家安全保障」の確保へと大きく舵を切り、米国の高水準の科学技術活動を支えてきたテクニシャンはじめ優秀な科学技術人材の流入が著しく阻害されるようになった。

これと相反する動きとして、近年の急速な重点分野 (生命科学、ナノテク等) への連邦研究資金シフトに伴い、研究資金規模に比例し増大するポスドク等高度科学技術人材の研究コミュニティでの「人口」が、景気減速により科学技術系人材活用に翳りの見える産業界の受容可能なレベルを超え増加中との観測がある。こうした見通しに基づき、米国内の研究コミュニティでは、ポスドク社会の「自衛策」として自らの処遇改善や米国外、更には研究キャリア以外の職業機会を含めたキャリアパス展開に向け、ネットワーク機能充実や各種支援策の推進が図られるようになってきている。


ワシントン・米国科学振興協会にて (右: 当所国際客員研究官・SRIインターナショナル社 清貞智会上級科学技術政策アナリスト)

3. 米国の将来戦略と科学技術人材の需給バランス

上述の相反する 2 つの動きの中で、依然「Number One」の地位は確保しつつ「Only One」の地位に揺らぎの見える米国は将来戦略として如何なる方向を目指すのか。その答えを得るには、連邦政府関係者にとってもあまりに定量データが不足している。例えば、産業界を含むポスドク研究者の分野別「人口」の包括的データは 95 年、主要科学分野毎の分布データも 2001 年前後が最新で、それ以降の景気後退、同時テロと移民政策変更等重要な動きの影響が捕捉できていないのが現状である。こうした点については、現在 OSTP、商務省等複数の連邦政府機関が人材関連データの収集・分析を本格化しており、NSF でも国際的視点からデータ面、施策面の取組みを強化している。

現下の政策の方向性として、データ面でも明確な影響が顕在化しつつある「科学技術人材の流出増・流入減」への対応については、一種の「純血主義」、即ち女性及び国内で人口相対比が増加しているヒスパニック等マイノリティからの人材の育成・登用強化が打ち出されている。特に生命科学分野では、元々の人材ポテンシャルの高さもあってか、近年の女性研究者進出の動きは顕著である。

他方、高度研究人材の「供給過剰」問題については、社会全体でのポスドク級人材の高い流動性及び専門能力・キャリアパスの柔軟性 (日本とは異なり主要企業での CEO 予備軍としては通常博士号保持者が優位) にも支えられ、現状では未だ産業界の受容能力を大幅に超える過剰な人材供給が進むとの明確な見通しは示されていない。研究予算のオーバーフローが指摘される生命科学分野についても、伝統的領域から新興分野への人材のシフト等、米国研究コミュニティの柔軟性、懐の深さは依然十分なポテンシャルを備えている感がある。

一方で、研究者としてのキャリアパス確立までの期間の長期化や企業の技術系スタッフの給与水準低下に伴い、「科学技術人材」の職業イメージ・競争力が相対的に低下し、既に端緒の見られる若い世代の「科学技術キャリア離れ」が更に加速するのでは、との深刻な懸念も生じている。基礎科学振興・人材育成の「総本山」と言うべき NSF の予算倍増の見通しは政府の財政逼迫もあり不透明な状況だが、既に同財団は重要な政策課題として本問題に鋭敏に反応、初中等教育レベルを含む「理数系教育強化」、「科学技術理解増進プログラム推進」といった関連施策を打ち出している。


左: ボストン地区調査同行の日本総合研究所金子上席主任研究員

4.ベンチマーク評価の視点及び今後の注目点

以上のような最近の米国内の動き、連邦レベルの政策動向のうち、「理数系人材の育成確保」等一部は国際的政策課題として我が国と共通するが、「競争的資金の効果的運用」「ポスドクのキャリアパス展開」等については流動性の低い我が国のシステムといわば「対極」に位置するなど、我が国の政策展開の参照事例としてそのままの形で国内システムに引き写すことは必ずしも適当でないことに留意すべきである。

他方、依然世界「No.1」の地位は揺るぎない米国研究コミュニティの一連の動きは、既に国際級人材育成、先端的知見の創出・提供の相当部分を米国に依存する我が国としても引続き注視していく必要があろう。特に、政権異動に伴う振れ幅の大きい R&D 重点化政策に比し、人材育成・確保の問題は長期的視点からの取組みを要するもので、主な担い手の一つである NSF も超党派的サポート体制の下に取組みを進めている。NSF の関連プログラムの動きと併せ、今後の施策動向を見極めていくことが重要であろう。

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第 2 段階を迎えたドイツの大学発ベンチャー

第2研究グループ総括主任研究官 近藤 正幸


こんどう まさゆき
経済産業省、世界銀行等を経て、2001 年4 月より横浜国立大学大学院教授.2003 年4 月より科学技術政策研究所第2研究グループ総括主任研究官を併任。専門はイノベーション政策、大学発ベンチャー、研究開発評価、途上国の技術戦略。著書として『大学発ベンチャーの育成戦略 - 大学・研究機関の技術を直接ビジネスへ -』(中央経済社,2002),『Management of Technology: Growth through Business, Innovation and Entrepreneurship.』(分担執筆, Pergamon Press: Oxford, 2003)など多数。

1. ハイテク都市カールスルーエ

このたび文部科学省の在外研究員としてドイツのカールスルーエにあるフラウンホーファー協会のシステム技術・革新研究所(FhG-ISI)において客員研究員として、大学発ベンチャー及び研究評価・技術政策評価に関する調査研究を行う機会を得た。

カールスルーエはフランクフルト空港から ICE (InterCity Express, ドイツの新幹線) で 1 時間ほどの人口が約 28 万人の中規模都市である。城を中心にして城の近くは放射状に道ができていてどの道からも城が見える。元々はバーデンの州都であったがバーデン・ビュルテンブルグ州となりシュツットガルトが州都となったため最高裁判所がカールスルーエに誘致された。この地域はフライブルグと並んでドイツでも最も暑い地域であるが今年は特にひどく、ドイツの気象観測史上最高の 38 度を記録した。通常の夏はそう暑くないのでオフィスはもちろん、窓がほとんど開かない全面ガラス窓の路面電車もエアコンはないので、通勤の路面電車はさながらサウナのようであった。

カールスルーエは欧州統計局により欧州第 2 位のハイテク都市にランクされている。情報関係の学科がカールスルーエ大学にドイツではいち早く設立されたこともあり情報関係のベンチャーが盛んである。環境関係では、路面電車と鉄道が乗り入れをして公共交通の利便性を高めマイカーの利用を減らし環境保護に貢献していることでも有名である。

カールスルーエはドイツ教育研究省 (BMBF) における「大学からの起業」の政策である EXIST プログラムの 5 つのモデル地域の 1 つでもある。同地域の EXIST プログラムの推進機関である KEIM (ドイツ語で芽生えを意味する) が中心となって「大学からの起業」の文化作りと地域の支援ネットワーク作りを行っている。

ドイツでは 2002 年の2 月から大学における特許の帰属が個人から大学に変更になった。こうした変化に伴い大学の特許の権利化やライセンシングを行う機関が各地に設立されているが、カールスルーエには大学からの特許ライセンシングを扱うドイツで最も歴史のある TLB がある。TLB の活動は、1987 年からのカールスルーエ大学を対象にしたバーデン・ビュルテンベルグ州科学省 (MWK) のパイロット・プロジェクトの成功を経て、1995 年からバーデン・ビュルテンベルグ州の全ての大学を対象にした活動に拡張され、組織的には 1998 年に有限会社となった。州関連の銀行やフラウンホーファー協会も株主であるが州内の技術関係の全ての大学、つまり 9 つの州立大学と 2 つの専門単科大学、が株主となっている。フラウンホーファー協会の特許機関とも協力関係にある。米英などの大学と異なって、株主の意向でロイヤルティの代わりに株式を取得することは許されていない。また、法律で発明者への報酬として収益ではなく収入の 30% が行くことになっている。このため、2003 年末までは補助金があるがその後のことを考えると経営は苦しいとマネージャーは言っていた。スタッフは技術分野ごとに担当が決まっていて、博士号を有する産業界を経験した技術者が多いが、ドイツにそれまであまり機会がなかったせいか、ライセンシングの経験者はいない。

2. 第 2 段階を迎えたドイツの大学発ベンチャー

滞在先であるドイツのフラウンホーファー協会のシステム技術・革新研究所 (FhG-ISI) は、ドイツ教育研究省 (BMBF) における「大学からの起業」の政策である EXIST プログラムのモニターを教育研究省から委託を受けて実施している機関であるため、EXIST プログラムの進捗状況について Koschatzky 部長や他の研究者と情報交換・意見交換を行うとともに資料収集を行った。その結果、EXIST プログラムのモデル地域に指定された 5 地域において開始時点から 2002 年の 12 月までに 600 を超えるベンチャー企業が誕生し、倒産又は自主解散に至ったベンチャー企業はわずか 70 程度であることが分かった。他の研究機関の調査によると、ドイツ全体では 2000 年に大学や公的研究機関の技術成果を元にして起業したベンチャー企業は 3,000 社以上に上る。大学からの技術成果を元にして起業したベンチャー企業数のみを推計してみると 2,780 社になる。日本の大学からの技術/人材/資金を元にした起業数は 2000 年は 100 件であり、アメリカの大学からのライセンシングを元にした起業数は 2000 年は 368 件であったことを考えると如何に多いかが分かる。

こうした EXIST プログラムは第 2 段階を迎え、従来の 5 地域に加え新たに 10 地域が EXIST-TRANSFER 地域として追加された。EXIST-TRANSFER は実施されてから 1 年も経っていないがすでに 70 程度のベンチャー企業が設立されており、着実に成果が現れ出していることが分かった。

さらに、大学からの起業の政策が成功したことを踏まえて、教育研究省では公的研究機関からの起業を支援する EEF というプログラムも開始した。これは公的研究機関の研究者が起業の準備をする間、その研究者が所属する研究機関にその研究者の業務を補填する研究者の人件費を供給するものである。

以上のように、ドイツにおける大学や公的研究機関の技術成果を元にして起業するベンチャー企業の趨勢にはたくましいものがあるが、景気がよくないこともありこうしたベンチャー企業の経営は必ずしも楽ではない。

そこで、カールスルーエ地域の EXIST プログラムの推進機関である KEIM の Wuest マネージャーを訪問して EXIST プログラムのカールスルーエ地域における進捗状況、大学発ベンチャーの動向について訪問調査を実施した。その結果、次のようなことが分かった。カールスルーエ地域は IT 分野のドイツにおける先端地域であり、大学発ベンチャーも IT 分野が多い。2 年前は 120 社程度だったが、現在は 160 社程度である。このうち 3 分の 1 程度は大学教授が関与している。こうした IT 分野のベンチャーの多くは自社の社員と契約のフリーのエンジニアを採用していて景気の動向に合わせて人件費を伸縮させている。現在は景気があまりよくないため企業数は増えているが雇用者数は 2 年前と変わらないとのことだ。また、こうしたベンチャー支援の政策は州レベルでも行われていてカールスルーエ地域では特に IT 分野に着目したサイバー・フォーラムという活動がバーデン・ビュルテンベルグ州政府の支援を受けて実施されている。連邦政府の政策である EXIST プログラムの KEIM と州政府の支援を受けているサイバー・フォーラムはメンバーに重複もあることから今後は一層の連携が図られるとのことであった。

3.日本でも続く大学発ベンチャーの増勢

ドイツでは多くの大学発ベンチャーが誕生し、政策的にも新しい段階を迎えているが、日本でも大学発ベンチャーの増勢が続いており、国公立大学の独立法人化を間近にして新しい段階を迎えている。ドイツに学べるところは学び、日本で大学発ベンチャーが更なる発展を遂げることを期待したい。

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Ⅲ. 最近の動き

○ 主要来訪者一覧
・ 9/16Dr. Yong-Soo Kwon: 韓国科学技術政策研究院研究委員
・ 9/17Dr. Philippe DE TAXIS DU POET: 欧州委員会研究総局
Dr. Pierrick FILLON-ASHIDA: 欧州連合駐日欧州委員会代表部アタッシェ、科学技術部長
・ 9/18Dr. Elizabeth Theriault: カナダ大使館科学技術参事官 他(表紙写真)
○ 講演会・セミナー
・9/ 9「小さなRNAがバイオ・医学の世界を変える」
多比良 和誠: 東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻教授
・9/11「超耐熱材料の実用化戦略とエネルギー産業分野への波及効果
〜ジェット機からパワーエンジニアリングまで〜」
原田 広史: 物質・材料研究機構 材料研究所 超耐熱材料グループディレクター
・9/17「大気圧放電プラズマと触媒の組み合わせによるガス浄化
〜 クリーンエネルギーシステムを目指して 〜」
水野 彰: 岡崎国立共同研究機構分子科学研究所 界面分子科学研究部門教授
分子スケールナノサイエンスセンター
○ 新着研究報告・資料
「科学技術動向 2003 年 9 月号」(9 月 29 日発行)
  特集 1 グライコインフォマティクス展開の必要性
  客員研究官 辻 崇一、ライフサイエンス・医療ユニット 島田 純子
  特集 2 ロボット技術の研究開発動向 - 生活支援ロボット実用化促進に向けて -
  情報通信ユニット 小松 裕司
  特集3 原子力分野における人材育成の必要性・現状・課題
  環境・エネルギーユニット 大森 良太
○ 学会賞受賞のお知らせ
科学技術動向研究センター浦島邦子上席研究官 (環境・エネルギーユニットリーダー) が静電気学会学会賞を受賞。
本年 6 月に科学技術動向研究センターに着任した浦島上席研究官が平成 15 年度静電気学会野口賞を受賞しました。これは「非熱平衡プラズマを中心とした各種手法により大気汚染有害物質を除去する技術の開発に多大な成果を挙げ、海外での活動を通じて世界の環境改善に貢献したこと等」を認められたもの。今後の調査分析に更なる活躍を期待します。
文部科学省科学技術政策研究所広報委員会 (政策研ニュース担当: 情報分析課news@nistep.go.jp)

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