政策研ニュース No.175

平成 15 年度第 1 期研修プログラム風景

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目次

  1. Ⅰ.トピックス
    • 日本の産業システム③ サイエンス型産業
      第1研究グループ総括主任研究官 小田切宏之
  2. Ⅱ. レポート
  3. Ⅲ. 最近の動き

Ⅰ.トピックス

日本の産業システム ③ サイエンス型産業 (NTT 出版、2003 年 3 月)

第1研究グループ総括主任研究官 小田切宏之

写真 :

このたび NTT 出版 ㈱ より『日本の産業システム』と題された全 9 巻のシリーズが刊行されることとなり、その先陣を切って『サイエンス型産業』 (第 3 巻) が出版された。筆者は、後藤晃東京大学教授 (本研究所客員研究官) とともに同書の編集担当にあたったので、その概略を紹介しよう。 (なお同シリーズでは、他に、エネルギー産業、素材産業、機械産業、情報経済システム、新流通産業、生活直結産業、都市デザイン、金融サービスが取り上げられる予定である。)

「サイエンス型産業」とは編者らの造語であるが、英語で science-based industries の語はすでに幅広く使われている。科学に依拠してイノベーションがおこなわれ、それによって発展を目指す産業群のことである。より一般化している「ハイテク産業」ではなく「サイエンス型産業」としたのは、基礎学問としてのサイエンスの役割を強調したかったからである。

もちろん、産業のイノベーションに科学の成果が活かされてきたのは最近のことではない。古くはエジプト時代から天文学の知識が農業を初めとする産業に活かされてきたし、冶金学、化学、物理学、数学などは軍事目的・産業目的に古くから用いられてきた。特に 19 世紀後半からは、細菌学に基づいて医学・薬学が急速な進歩を遂げ、また、電気科学の進展は電灯や電信に始まる電機・通信産業の発展を実現した。

このように科学の産業応用は古くから経済成長の大きな源泉であった。とはいえ、それがもっとも顕著な形で起きているのは、IT、バイオテクノロジー、ナノテクノロジーなどで代表される現在の先端産業である。これら産業では数学、物理学、化学、生物学などの基礎的なサイエンスが密接に、かつ急速に取り入れられてきている。また、サイエンスの既存の垣根を超え、いくつもの分野を融合しつつ、革新がおこなわれている。

本書で取り上げているのはこうしたサイエンス型の産業群である。これらのサイエンス型の産業群には共通する問題も多いため、まず第1部では、「サイエンス型産業の特質と課題」と題して、共通のいくつかの問題を論じた。

第 2 章「サイエンス型産業の技術 - エレクトロニクスとバイオテクノロジー」ではサイエンス型産業を理解する上で必要な科学技術として、エレクトロニクスについてデバイス技術、コンピュータ技術および通信技術を、バイオテクノロジーについてゲノム科学とバイオインフォマティックス、遺伝子組換え植物・食品、医療技術をそれぞれ取り上げ、これまでの研究・技術の発展状況を概観し、今後の動向を展望している。

サイエンス型産業の発展は多くの制度的要因と深く関わっている。その一つである特許制度については第 3 章「サイエンス型産業と特許」で、産学連携その他の大学の役割については第 4 章「サイエンス型産業と大学の役割」で、新規事業に取り組む企業、いわゆるベンチャー企業の役割については第 5 章「ベンチャー企業」で、そして、「サイエンス型産業に対する技術政策」については第 6 章で、それぞれ説明している。

第2部は「サイエンス型産業の展開」と題され、5つの産業について詳述している。第 7 章では「半導体・デバイス産業」を扱い、まず半導体・デバイスとは何かを理解することから出発し、イノベーションの生成プロセスや、半導体・デバイス産業におけるイノベーションの構造について論じている。第 8 章「ソフトウェア産業」では、日本企業の開発がカスタムソフト中心であるのに対しアメリカではパッケージソフトの比重が 80 年代に高まったことを、アメリカからの輸入超過が続いている理由として、この日米の差異を論じている。

バイオテクノロジー関連産業については、第 9 章「概論」でその全般について日本政府の政策を交えつつ概論し、さらに、バイオテクノロジーに関連する5産業 (バイオ医療、バイオ食糧、バイオ環境、バイオプロセス (化成品) 、バイオツール・情報) について説明したあと、第10章「企業・産業・政策」で、学位取得者、論文数、特許数、サイエンスリンケージなどの日米比較に触れたあと、バイオ分野におけるベンチャー企業の役割や、研究提携や技術導入などの「企業の境界」に関わる問題を概説している。

最後に第11章では「医薬品産業」をとりあげている。ここでは、日本の医薬品産業の強さを輸出入、企業規模、新薬、特許、技術貿易などの諸点から国際比較している。さらに、医薬品における研究開発プロセス、大学やベンチャーとの関係の近さ、特許の有効性、薬価制度の影響、企業の境界など、幅広い諸問題についての説明がなされている。

このように、本書は「サイエンス型産業」について、一方では共通する問題を多面的に、また他方では個々の産業に焦点を当てて論述しており、多くの方々にお読みいただければと思っている。それを通じて、科学技術政策という観点からでも、企業の技術開発戦略という観点からでも、より多くの方々にサイエンス型産業についての認識と関心を高めていただくことができれば、編著者として最大の喜びである。

なお、本書執筆にあたっては、小田切が担当した第 10 章で古賀款久 (当研究所研究員) 、第 11 章で桑嶋健一 (客員研究官、筑波大学) の共著を得たほか、第 2 章は当研究所科学技術動向研究センターの小笠原敦 (客員研究官、ソニー株式会社) 、茂木伸一 (主任研究官) 、桑原輝隆 (センター長) 、第 4 章は小林信一 (総括主任研究官 (執筆当時) 、筑波大学) 、第 5 章は本庄裕司 (客員研究官、中央大学) が担当し、当研究所のメンバーが多く関わった (敬称略) 。また、この他にも多くの方々に執筆いただいたことを、感謝を込めて付記しておく。

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Ⅱ. レポート

科学技術人材を含む高度人材の国際的流動性 - 世界の潮流と日本の現状 - (調査資料 - 94)

元第2研究グループ研究員 ((独) 産業技術総合研究所技術と社会研究センター) 齋藤 芳子

写真 :さいとう よしこ

調査資料 - 94は、科学技術人材を含む高度人材 (Highly-Skilled Personnel) の国際的な流動性について、その現状と意味についてまとめたものである。

1990 年代は、歴史上まれにみる「移民」の時代だといわれる。その契機の一つが、アメリカが 1990 年に導入した H-1B ビザである。これは雇用確保が困難な職種のうちで、とくに専門性の高い職種について、外国人の雇用を認めるための一時在留資格である。このビザの承認数は年々拡大しており、2000 年には新規申請分で 13 万人、更新分で12万人に達している。注目すべき点は、H-1B ビザによる入国者の半分以上がコンピュータ関連職であるという事実である。IT バブルの崩壊で申請数は減少するとも予想されたが、データをみる限り拡大傾向は今も続いている。今日の国際的な人の移動の焦点は、単純労働者の流入問題ではなく、高度な専門家の国際移動の問題となっているのである。

H-1B ビザは極めて積極的な移民政策で、他の先進諸国にも影響を与えた。イギリスやオーストラリアなどが熱心であり、情報系のみならず国際法務、会計等の専門家、さらに起業家などを受け入れている。ドイツでもドイツ版グリーン・カードといわれる一時就労資格による情報系人材の受入れ政策をとった。EU統合による域内移動の活発化もあり、先進諸国の国際的労働移動は非常に活発になっている。近年の世界的な「移民」の増加は、知識経済化の動きを反映したものなのである。

我が国における外国人の出入国は欧米諸国に比べると極めて低調であるが、それでも技術的職業従事用ビザで入国する外国人が 1990 年代後半に毎年 4、5 千人に達するなど増加の傾向がみられた。

一方、WTO のサービス貿易一般協定は、サービス貿易の一形態として自然人の移動によるサービス提供を取り上げている。昨今の国際的な人材の移動の活発化を考えれば必然的なことだといえよう。科学技術人材を含む高度人材の国際的移動の問題は、単に科学技術分野の問題にとどまらず、サービス貿易の観点からも重要な問題となってきているのである。さらに、自由貿易圏 (FTA) が拡大する中で、この問題は極めて戦略的な色彩を帯びてきている。アジアにおける FTA の行方は不透明ではあるが、中国、韓国は人の移動に関して非常に積極的である。中国の人の移動は、頭脳流出から頭脳環流へと変化しつつある。韓国の新政権は科学技術とその国際化を重視し「韓国を東北アジアの研究開発ハブにする」という目標を掲げた。両国ともに、多数の海外移住者を有力な資源だと見ている。積極的姿勢を見せる両国と専門家の受入れが少ない我が国の現状は対照的である。グローバル化した経済の中で競争力を確保するためには、研究開発の国際化は必須である。アジア自由貿易圏を見通した科学技術人材戦略が求められる。

国際的な人材の移動のためには高度な専門性の判定が条件となる。中でも大学教育と専門資格が重要になる。大学教育と専門職業資格が国際的水準を満たす必要があるため、大学教育の質や職業資格の質に関する相互承認や国際的な統一基準が必要になる。我が国が外国人労働者を受け入れる場合には、外国の大学教育や資格の質の認定をすればよいが、問題はその逆の場合である。つまり、日本人が海外で就労しようとする場合に各国の指定する基準をクリアできるか、あるいは日本の大学教育や資格を有効なものとして承認してくれるか、が問題となる。これをクリアできなければ日本人専門家は不利になるだけでなく、日本の大学教育、資格制度は世界に通用しないとレッテルを貼られることになる。

以上のように、科学技術人材を含む高度人材の国際的流動性の問題は、科学技術のみならず、教育問題、移民問題、外国人労働問題にまで広がる包括的な問題である。

OECD (経済開発協力機構) の DSTI と DEELSA は共同で、国際的な人材の移動の問題を取り上げ、2001 年 6 月に Seminar on International Mobility of Highly Skilled Workers をパリで開催した。日本からは 2 件の報告がなされたが、そのうち 1 件が、本資料の執筆者の一人である小林による科学技術人材を含む高度人材の国際的流動性の日本における実態についての報告であった (もう 1 件は日本の外国人労働政策について報告) 。この報告は International Mobility of Human Resources in Science and Technology in Japan (COM/DSTI/DEELSA(2001)34) として公表され、またその後、要約、改定版が International Mobility of the Highly Skilled (OECD、2002) に収録された。これら一連の報告のために、日本の現状データについてかなり詳細なデータの収集、整理を行ったが、すべてが公表されたわけではなかった。しかし、この問題の重要性を考えれば、科学技術指標体系の一部として関連指標の収集、分析を今後進めるにあたり、これまでに集積したデータの全体を整理、公表しておくべきであると考えた。

そこで、本資料の第1部には、Seminar on International Mobility of Highly Skilled Workers やその他の調査に基づいて、科学技術人材を含む高度人材の国際的流動性に関する問題の概況を整理し、第2部および第3部において日本の実態について示した。第1部は、Highly Skilled Worker の移動に関する OECD の検討状況と各国の取り組みの概要を解説するためにまとめたものである。第2部には、International Mobility of Human Resources in Science and Technology in Japan (COM/DSTI/DEELSA(2001)34) の全文を、第 3 部には最新のデータを追加した統計表を、それぞれ収録している。

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研究開発に関する会計基準の変更と企業の研究開発行動 (調査資料 - 95)

元第2研究グループ特別研究員 (東京電力株式会社技術開発研究所) 吉澤健太郎

写真: よしざわ けんたろう

1.調査の背景

図 1 に示すように総務省の科学技術研究調査報告によると会社の社内使用研究費の支出額は平成 11 年度に減少 (H10 年度 106,681 億円から H11 年度 105,204 億円へ 1,477 億円減少) している。実際に我が国の社内使用研究費は減少したのであろうか。平成 11 年度の科学技術研究調査報告のデータには平成 12 年 3 月期決算企業の研究費データが含まれている。これを前年のデータと単純に比較してよいのであろうか。

会計基準の国際化に伴い、企業会計基準の改定が平成 10 年以来行われている。この一環として「研究開発費等に係る会計基準」が新たに設定された。この会計基準のポイントは、研究開発は将来の利潤を生むことを期待する資産ではなく、研究開発は不確実なもので、消費的なものだと捉えていることにある。主な変更点は以下の点である。

  1. (1) 研究開発の定義、範囲の明確化
  2. (2) 研究開発費の発生時費用処理
  3. (3) ソフトウェア制作費
  4. (4) 財務諸表の注記
  5. (5) 適用時期 (平成 12 年 3 月期決算以降)

企業会計基準の改定に伴って財務省では、「会計基準等の変更に伴う法人企業統計記入内容変更状況調査」を行っている。この調査は、「事業税の表示区分変更」、「税効果会計」、「事業用土地の再評価」、「金融資産の再評価」、「退職給付会計」及び「ソフトウェアの新規取得」の会計制度の変更による指定統計への影響を把握しようとしたものである。

しかし、「研究開発費等に係る会計基準」については財務省の調査に含まれていない。研究開発会計に基づいてデータが収集されていると推測される、総務省統計局の科学技術研究調査にも影響が及んでいる可能性があり、前述で問題提起したようにどのような影響が潜んでいるのかを把握する必要がある。

2.調査結果

(1) 企業の研究開発会計への影響
  1. ① 研究開発の定義、範囲の変更から由来する影響はほとんどないことがわかった。
  2. ② 開発の費用処理化は多くの企業で実施、繰延資産において影響がみられた。
  3. ③ 「退職給付に係わる会計基準」の変更影響を確認した。
(2) 企業の研究開発行動への影響

・インタビュー調査では特に影響を見いだせず、当面影響はないと考えられる。

(3) 科学技術研究調査等への影響

・会計データへの依存を確認したものの、製造会社では原価計算システム等を利用し科学技術研究調査に対して特別に配慮しているので影響は少ないことが判った。

3.調査過程で得られた知見

(1) 会計上の考え方を調査設計に活用すべき

科学技術研究調査は、支出額基準で研究開発費を求めている。会計上の企業の研究開発費は、リスクを負った企業の負担である。つまり、会計と根本的に考え方が違う科学技術研究調査が、企業会計原則を参考にして記入することを勧めており、企業の実施担当者の誤解を招いている面がある。

(2) 迅速にまた詳細な分析が可能に

研究開発期間の短期化に対応するより迅速な施策を行う観点から、総務省の科学技術研究調査報告よりも開示時期の早い、財務諸表の「研究開発費の総額」を併用することで、より迅速にまた詳細な分析が可能であることが判明した。

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Ⅲ. 最近の動き

○ 主要来訪者一覧
・3/26〜Prof. Demosthenes Agrafiotis:
ギリシア国立公衆衛生大学社会学部教授 (4/3まで滞在研究)
○ 講演会・セミナー
・4/ 7「ドイツ型の技術政策について (Technology Policy German Style) 」
Prof. Juergen Mueller: ドイツ経済研究所及びベルリン・スクール・オブ・エコノミクス教授(表紙写真)
・4/16「昆虫を用いた研究の動向と今後の見通し」
名取 俊二: 理化学研究所特別招聘研究員
・4/17「医療現場における工学的革新〜最先端の医療現場は大きく変わろうとしている〜」
橋爪 誠: 九州大学大学院医学研究院教授
・4/24「中国における科学技術関連政策事情」
今井 寛: 第1調査研究グループ総括上席研究官
清家 彰敏: 第3調査研究グループ客員研究官
(富山大学経済学部教授、中国国務院社会科学院特別高級研究員)
・4/25「『生物多様性』を考える」
日高 敏隆: 文部科学省大学共同利用機関総合地球環境学研究所長
○ 所内研究成果発表会
・4/ 18「我が国の科学雑誌に関する調査」
大沼 清仁: 第2調査研究グループ上席研究官
「欧米先進クラスター形成要素からみた日本のクラスター」
計良 秀美: 第3調査研究グループ上席研究官
「自己組織化材料研究の動向調査と情報循環」
高野 潤一郎: 科学技術動向研究センター研究員
○ 科学技術政策研究所に係る平成 15 年度第 1 期研修プログラムの実施
・4/23第 1 回「基本計画下の科学技術政策展開の方向性と当研究所の果たすべき役割」
斎藤 尚樹: 企画課長・第3調査研究グループ総括上席研究官
・4/25第 2 回「第 1 期・第 2 期科学技術基本計画の達成効果と今後の課題」
Dr. William Blanpied: 元 NSF 東京事務所長(表紙写真)
○ 新着研究報告・資料
「産学連携 1983 - 2001」 (調査資料 - 96)
「科学技術動向 2003 年 4 月号」 (4 月 28 日発行)
  特集 1 ブレインイメージング: 神経疾患の診断・治療に向けた非侵襲技術応用研究の体制強化の必要性
  ライフサイエンス・医療ユニット 客員研究官 矢野 良治
  特集 2 分散型電源を用いた電力供給システムの構築 - わが国の地域特性に応じたシステムの構築を目指して -
  環境・エネルギーユニット 橋本 幸彦
  特集 3 シリコン半導体デバイス研究に対する大学の関わり
  材料・製造技術ユニット 奥和田久美
  特集 4 米国の科学技術動向
  - 2003 年 AAAS 年次コロキウム速報 -
客員研究官 清貞 智会
「Science & Technology Trends〜Quarterly Review No.5(科学技術動向 英文版第7号)」


文部科学省科学技術政策研究所広報委員会 (政策研ニュース担当: 情報分析課news@nistep.go.jp)

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