政策研ニュース No.169

写真 : 研究協力に係る MOU を締結、交換する Georghiou 英国 Manchester 大学教授(右)と今村所長(左)
研究協力に係る MOU を締結、交換する Georghiou 英国 Manchester 大学教授(右)と今村所長(左)

目次

  1. Ⅰ. 海外事情
  2. Ⅱ. トピックス
  3. Ⅲ. 最近の動き

Ⅰ. 海外事情

大学研究機関における広報体制等に関する調査

わたなべ まさたか
わたなべ まさたか
立正大学非常勤講師、奈良先端科学技術大学院大学非常勤講師、大阪女学院大学非常勤講師、奈良先端科学技術大学院大学客員助教授等を経て、2002年3月より、任期付研究官として、「科学技術の公衆理解に関する研究」を担当。『DNAの謎に挑む-遺伝子探求の一世紀』(朝日選書)、『シーラカンスの打ちあけ話』(廣済堂出版)ほか、著訳書多数。

ボストンには、ケンブリッジとオックスフォードが同居している。といっても大学の話ではなく、ハーヴァード大学のあるケンブリッジ地区に、オックスフォード通りなるものが存在するのだ。

このケンブリッジ地区に実際に同居しているのは、件のハーヴァード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)という名門大学、そしてMITとチャールズ川を挟む対岸には、やはり名門の誉れ高いボストン大学がある。徒歩圏内にこれだけの大学が集中しているというのは、考えただけでもちょっとすごい。

私自身、ボストン訪問は今回が5回目だったが、この街には、ニューヨークとも西海岸の都市とも違う独特の落ち着きがある(ただしMIT構内は、話題のメディアラボ棟新築工事でいささか騒然としてはいた)。

この9月末にボストンを訪れた目的は、MIT広報室と、MIT及びボストン大学の大学院に設置されている科学ジャーナリスト及びサイエンスライター養成コースの活動内容を調査することにあった。公衆の科学技術理解増進を図るためには、科学技術を啓蒙する側の責務も重要である。我が国ではほとんど実現されていない、科学技術の知識を情報として発信する科学コミュニケーターの育成と活躍の場確保の実現可能性を検討するための調査である。

MIT広報室での調査に対応してくださったのは、広報室(MITではNews Officeと呼んでおり、事務職員や専任カメラマンも含めて12人のスタッフがいる)のアシスタント・ディレクターで科学・工学系ニュース担当のエリザベス・トムソンさん。彼女のオフィスで真っ先に目を引いたのは、デスク上の家族の写真と、壁にかけられた、サイン入りの不思議なカラー写真の額だった。技術的な細部は省くが、いろいろ伺った話の中で印象的だったのは、研究者は概してシャイで、宣伝をあまり好まないということだった。しかし、学内研究者の仕事を内外にアピールし、広く啓蒙を図ると同時に大学の業績を宣伝するのが広報担当者の仕事である。そのために、研究者に取材して難しい内容をやさしくかみ砕き、ニュースリリースとして世界中に配信しなければならない。配信したニュースが、翌日の世界中の朝刊に載ると、広報担当者としてやりがいを感じると、トムソンさんはうれしそうに語ってくれた。壁に掛かっていたカラー写真は、世界で初めて捉えられた原子レーザーの写真で、何百枚も焼き増しして配信したという。写真のサインは、その業績によって昨年のノーベル物理学賞に輝いたケトレ教授のサインだったのだ。さすが、ノーベル賞受賞者が56人も在籍している大学ならではの話である。

余談だが、トムソンさんの話でおもしろかったのは、研究者は、全国の主要紙に載ることよりも、学内紙 MIT TECH TALK の記事で紹介されることを喜ぶという、意外な内輪話だった。

長い伝統を誇るボストン大学のジャーナリスト養成大学院(修士課程)には科学ジャーナリズムコースがあり、現在、12人の学生が在籍している。このコースのディレクターは準教授のエレン・ラッペル・シェルさんとダグラス・スターさんのお2人。共に現役のサイエンスライターでもあり、スターさんの著書 BLOOD には訳書(『血液の物語』、河出書房新社)があるほか、シェルさんの新著 THE HUNGRY GENE もすでに邦訳が決まっているとか。授業内容はかなり実践的なもので、修了者は各種マスメディアに進出しているほか、各地の大学広報部でも活躍している。

一方、MITの大学院サイエンスライティングプログラム(修士課程)は、この9月からスタートしたばかりの新設大学院で、新入生は6人とのことである。このコースのディレクターであるロバート・カニゲル教授も現役のサイエンスライターで、THE MAN WHO KNEW INFINITY(『無限の天才』、工作舎)ほか、多彩な著作活動で知られている。このコースは、MITの全学部生に文科系の教養と文章力の修練を課す必修授業Programs in Writing & Humanistic Studies を母体にしたもので、カニゲルさんのほか、蒼々たる科学ジャーナリスト、サイエンスライター、科学史家5人が教授として名を連ねている。

日本ほどではないが、アメリカにおいても、近年の科学雑誌や科学書の売れ行きは決して好調ではない。それでもMITでこのようなコースが新設されることから見ても、サイエンスライター、科学ジャーナリストに関しては潜在的な需要があるということなのだろう。この点に関しては、アメリカでは新聞社や放送局などでも記者は個人契約が基本で、人材の流動が盛んであることが大きい。我が国のマスメディアにおいては、大半の科学ジャーナリストは、個々の企業の社員として実践的に養成されているのとは対照的である。

今回のアメリカ出張のもう1つの主眼は、民間財団による科学技術理解増進支援活動の調査にあった。元ゼネラルモーターズの会長アルフレッド・P・スローンが1934年に設立したスローン財団は、科学技術の振興・普及に力を入れていることで知られる。教育・研究のための奨学金、大学・研究機関への資金援助のほか、科学技術理解増進活動にも力を入れている点でもユニークである。スローン財団の現在の資産は13億ドル、2001年度の支援額は6084万2714ドルだった。

ニューヨーク5番街にそびえるロックフェラービルのオフィスで対応してくださったのは、科学技術理解増進部門のプログラムディレクター、ドロン・ウェーバーさん。かつてはロックフェラー大学広報部で大学のPRを担当し、小説も書くウェーバーさんは、科学技術理解増進部門の全ての活動を1人で担当している(専任の秘書も部下もいない)。支援の中心はテレビ番組、映画、演劇の制作費で、そのほか、科学技術史の書籍出版事業の支援や科学啓蒙書を執筆するライターへの取材費支援も行っている。支援先の選定は、すべてウェーバーさんの裁量に任されているという。かつては広報マンだったウェーバーさんは、大統領にも専任のスピーチライターがいるように、広報・啓蒙活動はとても重要なのだと力説する。そういえば、ニュートリノにも質量があるというスーパーカミオカンデでの大発見を世界に知らしめたのは、大統領時代のクリントンがMITの卒業式で行ったスピーチだった。科学大国アメリカの底力を語るエピソードである。

ともかくも今回の出張で何より収穫だったのは、科学コミュニケーターの養成、活用、支援で第一線に立つ方々の知己を得たことだった。みなさん、今後の協力を快く約束してくれた。

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フィンランドのオウル・モデルから学ぶもの〜IMD世界競争力調査2位フィンランド躍進をもたらしたクラスター

第3調査研究グループ客員研究官(高知工科大学工学研究科起業家コース教授) 前田 昇

まえだ のぼる(学術博士)
まえだ のぼる(学術博士)
1998年科学技術政策研究所客員研究官、1999 年より高知工科大学大学院起業家コース教授。IBM 米本社を経て、ソニー日米欧の本社・子会社で戦略企画部門の本部長、VP等を担当。著書に『自立結合国際戦略』同友館1999年、「新ビジネスモデルによる日本企業の強さの変革」NISTEP Policy Study No. 3、「欧州におけるベンチャー支援システムに関する調査研究」共著 産業研究所 2000 等

スイスの IMD (国際マネジメント開発研究所)が毎年発行する世界競争力調査で2位に躍進したフィンランドの秘密は携帯電話世界一のノキアに加えてもう一つある。それは首都ヘルシンキから北へ飛行機で約1時間、北極に近い人口 12 万人の小都市オウル市にある IT、テレコミュニケーション、エレクトロニクス、メディカルを中心とした産学官連携クラスターである。

北極のシリコンバレーと呼ばれるオウル市のクラスターは自然発生的な巨大なシリコンバレーとは大きく違い、こじんまりした手作りのクラスターである。斜陽化する製紙、化学工場の町を、産学官が計画的に機能分担を決め連携することで新たな産業を生み出してきた。10 月はじめにこの世界的に有名になってきたオウル・モデルの秘密を探りに出張調査した結果を報告する。

結論から言うと、オウルのクラスターは地方の小都市モデルとしては模範的な産学官連携が進んだクラスターであるが、人口 520 万人のフィンランド経済を牽引する力は無い。しかしフィンランドがソ連崩壊で 1990 年代初めに経済危機に陥ったとき、国を挙げて10年前にクラスター作りに成功したオウルを見習おうとの運動が起こり、首都ヘルシンキでクラスター作りに成功し、ノキアの成長と連動しIMD世界競争力調査で2位にまで躍進することとなった。

日本で唯一クラスターとして現在形を成したといわれる札幌バレーは、9 年ほど前から意識的にオウル市と交流しオウル・モデルを研究した。フィンランドでは先月「オウルの奇跡を成し遂げた人々」という本が出版され、オウル・モデルが再評価されている。

オウル・モデルは、1965 年にオウル大学に電子工学科がオウル市郊外に設置され、5 年後の 1970 年に VTT (国立技術研究センター)エレクトロニクス研究所がオウル大電子工学科隣に設置されたことに始まる。オウル大学マティー・オタラ教授が初代 VTT オウルの所長となり 1980 年にオウル市発展のサイエンスパーク構想のビジョンを掲げ、1982 年にオウル市が 50%、企業等が残りを出資しオウルテクノポリス社を設立、オウル大電子工学科と VTT の隣に IT、エレクトロニクスに特化した北欧初の広大なインキュベーター棟を設置した。

月1回のテクノポリス社のボードミーティングは、オウル地域審議会としてオウル市長が議長となり、オウル大学長、VTT オウル所長、知事、商工会議所、通産省、労働省等がスクラムを組み、各関係部署のトップが共通認識を持つようにした。1984 年には、市と産業界が1年をかけてテクノポリスを中心とする産業政策を練り上げた。現在では22棟のインキュベーターにIT、エレクトロニクス中心の約 100 社 3500 人が入居している。後にノキアのモービル部門となったモデラ社も入居していた。現在はテクノポリス社のフェイズIIが完成しノキアも入居している。最近テクノポリス社は株式を上場した。

テクノポリス社設立の 8 年後の 1990 年、市の中心に近いオウル大学医学部構内の大学付属病院横にオウル市と民間企業が出資しメディポリス社を設立、インキュベーターを設置した。これは 6 階建ての巨大なビルで大学付属病院とは2階の渡り廊下でつながっている。(写真参照)大学教授と連携しているベンチャー企業は、すぐそばでユーザーのニーズが聞け、機器を試用したりする実験が可能である。ここには現在医療機器やヘルスケア、バイオ関連のベンチャー企業 57 社約 500 人が入っている。

テクノポリス社、メディポリス社を訪問し、ベンチャー企業の創業者たちと話した印象で大きなものが 3 点あった。

1. インキュベーター建物の一番人通りの多い目立つところに大きな明るいレストランやバーがあり、一日中会話が行われている。まさに産学官結合の場所である。

2. IPO (株式公開)の意欲は小さい。オウル市でIPO件数は累積で4件であり、急激な成長よりも堅実な成長を望む若者が多いようだ。

3. ノキアの様な大企業とベンチャー企業と国立研究所であるVTT、大学、市職員、ヘルシンキの TEKES (フィンランド技術庁)、SITRA (半官半民の研究開発財団)等のまとまりが強い。小さな町であり、皆が知り合いだという。



VTT - エレクトロニクス(オウルの国立技術研究センター)訪問で驚いたのは、1970 年の創業以来、特に最近の 20 年間で 300 人のエンジニアのうち 100% にあたる 300 人がスピンオフしているということである。応用研究所であり、開発された技術がビジネスとして企業で利用されるためにも、その技術を持ってベンチャーとして創業したり中堅企業、大企業等にスピンオフしていくエンジニアが毎年 10 人から 20 人くらいいるという。大学や病院とインキュベーションセンターが同じ敷地内にあり、渡り廊下があり、国立研究所のエンジニアがどんどん自ら起業している。インキュベーション施設管理運営会社は市が半分出資し、株式会社として上場までしている。これらは、産学官連携というより、産学官結合といえるのではないか。これが私の見つけてきたオウル・モデルの秘密である。

科学技術振興事業団の仲間と研究し、先日の北九州での研究・技術計画学会年次大会で発表したクラスター成功要素達成度の自己評価表でオウル市のクラスター度を評価し、他のクラスターと比較してみると表-1、2のようになる。今後、科学技術政策研究所の研究仲間と一緒になって、これら海外クラスターの成功要素を日本のクラスターにどう取り入れていけるか、日本型クラスター成功要素は何か等、更なる研究を進めていきたい。

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Ⅱ. トピックス

若葉マークつきのパリの住人

OECD科学技術産業局経済分析・統計課 柿崎 文彦

かきざき ふみひこ
かきざき ふみひこ
1988 年 科学技術政策研究所入所。第2研究グループ、第3調査研究グループ主任研究官。専門は地域イノベーション・システム。1989 〜 1990 年 米国国立科学財団( NSF )客員研究官。2002 年 7 月より OECD / STI / EAS Principal Administrator。

みなさま、こんにちは。今年の 7 月から OECD 事務局(パリ)に勤務しています。在外勤務者に、寄稿の機会を与えて頂いたことをまず感謝したいと思います。一方、編集者からは難しいご注文も承りました。「政策研ニュースがいつも学術的で硬い内容が多いので、できれば読みやすい記事を……」、ということでした。OECD での仕事は、……と始めるときっと硬い内容になってしまい、編集者のご意向に反してしまいます。そんなわけで、まだ日が浅いのにもかかわらず、赴任以来の日々を顧みることにしました。

(1)スタートダッシュ

着任早々は、たとえば滞在許可証の申請をはじめとして、様々な手続きのための書類の作成に追われました。そして生活基盤の構築。アパルトマンの契約など初めて目にするフランス語の契約書とのお付き合いが始まり、最後に自家用車の登録が終わったのは8月の半ばでした。日本のように、1回のアクションで手続き終了とならないのがここではむしろ普通なので、このくらいの時間はかかってしまいます。職場の方々のご支援はとても貴重でした。須藤さん(現・総合科学技術会議事務局)、森藤さん(現・特許庁)、アドバイスありがとうございました。

(2)夏

日本では、今年の夏はとても蒸し暑く、そして台風が多かったと伺っています。梅雨が明けないうちに日本を離れた私は、エアコンのないアパルトマンの部屋に不安を覚えましたが、涼しくてしかも湿気がとても低いパリの気候にすっかり満足してしまいました。汗ばむような日がほんの2〜3日で、後になって聞いたことですが、今年のパリは記録に残る冷夏だったのだそうです。

涼しくとも暑くとも、フランスでは夏といえば「バカンス」です。7 月 14 日(革命記念日: 数少ない祝日ですが今年は日曜日でした。)を境に、人々の移動が始まります。個人主義の国ですから、日本の盆暮れやゴールデンウィークのように、誰もが一斉に動き始めるのではありません。また、期間も個人差があるようで、7月中旬から8月末の間の2〜4週間といったところです。ただし、多くの人の目的地は南フランスのようです。あるじ不在の8月上旬・中旬のパリには、外国人観光客の姿が多く、流麗なフランス語に代わり、多くの外国語が聞こえていました。パリ・プラージュ(セーヌ川右岸道路に作った人工の砂浜)には、都会の夏を楽しむ人々の姿がありました。

(3)秋

9 月になると街中の様子が一変します。メトロ(地下鉄)も道路も混んできます。人々は、早足で移動していきます。また、お父さんやお母さんに手を引かれた小学校低学年の子供たちの通学姿が、新しく街中の風景に加わります。職場のスタッフ全員の方々と顔をあわせたのも 9 月になってからでした。

日本の秋分の日(こちらでは祝日ではありません。)を境に、昼間の時間が急に短かくなったような気がします。日の出が 8 時過ぎですので、通勤に車を使うときはヘッドライトを点灯しています。また、朝晩の冷え込みも目立つようになりました。10 度を下回ることも珍しくなく、やがて本格的な寒さがやってくるのでしょう。一方、街中のマルシェには、山海の様々な食材が彩りも鮮やかにならぶようになりました。 11 月下旬になると、日本でもおなじみのボージョレー・ヌーボーが解禁になりますので、食卓の上はいっそう豊かになっていくのでしょう。

(4)日々の生活

私のアパルトマンのオーナーは親日派のフランス人ご夫妻で、近所のかなり豪華なアパルトマンにお住まいです。毎月、家賃の支払いのため、私の方からご自宅にお伺いすることにしています。パリに住んでいるのですから、いつまでもエトランジェのままでは、地元の 16 区に溶け込む機会を逸してしまいます。同じフロアの老若男女の住人の方々、キオスクのおじさん、カフェのウェイターさん、タバコ屋のおばさん、スーパーマーケットのおねえさん、などなど、できるだけ近所の人たちと顔見知りになるようにしています。幸いこちらは東洋人なので、いやでも目立ってしまいますから、相手に印象を与えるには好条件なのかもしれません。

職場で日系の新聞が読めるので、これもやはりせっかくの機会と思い、自宅のメディア(テレビと新聞)はフランス語だけにしています。正直なところ、大きな言葉の壁があるのは確かですが、これも試練の一つと割り切っています。そうしたメディアで、日本のことが取り上げられるのは、残念ながらごくごく少数です。最近では、何といっても、ノーベル賞を受賞された小柴先生(物理学賞)と田中さん(化学賞)でした。おめでとうございます。

フランスの人から見て、日本はいまだに遠い国なのでしょう。しかし、ゼン(禅)、スシ、マンガ、ごく最近ではパリコレ春夏物の村上さんのデザインなど、日本の感性が受け入れられているのもその一方で確かなことです。

(5)仕事

私が所属している経済分析・統計( EAS: Economic Analysis & Statistics)課は、課長の A・ワイコフさん(米国)以下 27 名で、科学技術産業( STI: Science, Technology & Industry)局で最も大きなディビジョンです。何をしているかを簡潔に言うと、OECD の科学技術指標( Main Science & Technology Indicators: MSTI )を作成しているところになります。この MSTI は、OECD 刊行物のベストセラーの一つになっています。

EAS の 27 名のスタッフのうち 14 名が女性です。これらの方々の多くは、統計データの収集や分析を担当している「統計アシスタント」です。ただし、日本的な発想で、統計アシスタント=データ入力補助者、などと考えるのはまったくの大きな誤りです。データの出典、定義、分析結果の解釈について十分な知識を有しておられますし、表計算のマクロなど当たり前のように操作なさっています。彼女らは、データ扱いのプロです。

また、上部委員会( EAS との関係では、科学技術政策委員会( CSTP: Committee for Science and Technology Policy ))に提出する文書は、内容のレベルはもちろんのこととして、詳細に決められた書式体裁に仕上げることが要求されます。「セクレタリー」の方々は、スタッフの作成した文書をそうした正式なフォームに変換浄書してくれるほか、文章表現についても助言をしてくれます。彼女らは、ドキュメント扱いのプロです。

調査研究の企画と実施を担当する「アドミニストレータ」クラスでは、女性の数は少ないものの、CSTP の下部組織の科学技術指標専門家( NESTI: National Experts of Science and Technology Indicators )会合やワーキング・グループのリードを行っています。このように、女性の活躍なしには日々の調査研究業務が滞ってしまいます。

さて、私の仕事ですが、科学技術指標ユニット長の D.ゲレックさん(フランス)の助言の下、先ごろ終えた仕事は、フラスカティ・マニュアル(研究開発統計調査のバイブルと言われています)のインデックス作りです。このほか、HRST (科学技術人材)、FOS (科学分類)、イノベーション調査を担当することになっています。これらの内容はかなり専門的になりますので、今回はキーワードの紹介にとどめます。

発言が義務づけられているEASのミーティングの様子など、ほかにもお伝えしたいこともありますが、紙面の都合で今回は省かざるを得ませんでした。これらはいずれご紹介したいと思います。ア・ビャントゥー!

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Ⅴ. 最近の動き

○ 主要来訪者一覧
・10/ 8 Prof. Erkki Leppavuori: フィンランド VTT (国立技術開発センター)理事長
Dr. Jarl Forsten: 同副理事長
Mr. Jukka Salminiitty: フィンランド大使館参事官
・10/11 Prof. Luke Georghiou: 英国 Manchester 大学教授(PREST 所長)(表紙写真)
Dr. Steven Glynn: 同大リサーチ・アソシエイト
・10/28 梅 永紅: 中国科学技術部弁公庁(官房)副主任(副局長格)
羅 暉: 同第1室副主任(課長補佐格)
王 小龍: 同秘書一処
・10/30 Mr. Dennis L. McNamara: 上智大学国際関係研究所フルブライト研究員
・10/31 Dr. Hans Riotte: OECD / NEA放射線防護・放射性廃棄物管理課長(元独BMBF)
下村 和生: OECD / NEA安全・規制担当次長(所長表敬)
○ 講演会・セミナー
・10/ 4 「グリーンケミストリー(持続的社会の化学技術)の目指すべきもの」
御園生 誠: 工学院大学環境化学工学科教授
・10/10 「脳科学と教育」
小泉 英明: (株)日立製作所基礎研究所・中央研究所主管研究長
・10/11 「人間の意図・行動理解に基づくヒューマン・マシン・インタラクション -「もの」の科学から「こと」の科学への展開を目指して-」
松山 隆司: 京都大学大学院情報学研究科教授
・10/24 「人工網膜チップと視覚情報処理」
小柳 光正: 東北大学大学院工学研究科教授
○ 新着研究報告・資料
「科学技術動向 2002 年 10 月号」(10 月 28 日発行)
特別記事 2002 年ノーベル賞自然科学3部門の受賞者が決まる
  特集1 生命科学の研究人材の育成および教育の在り方
  ライフサイエンス・医療ユニット 庄司 真理子、茂木 伸一
  特集2 化石資源を用いない水素製造技術―持続可能な水素エネルギーシステムへの鍵―
  環境・エネルギーユニット 大森 良太
  特集3 エコマテリアルの動向―地球環境問題への材料学のアプローチ―
  客員研究官 西村 睦、材料・製造技術ユニット 多田 国之


文部科学省科学技術政策研究所広報委員会 (政策研ニュース担当: 情報分析課news@nistep.go.jp)

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