政策研ニュース No.167

写真: Dr William A. Blanpied NSF前東京事務所長と懇談する今村所長
Dr William A. Blanpied NSF前東京事務所長と懇談する今村所長

目次

  1. Ⅰ.レポート紹介
  2. Ⅱ.トピックス
  3. Ⅲ.所内プロジェクトチーム紹介
  4. Ⅳ.最近の動き

Ⅰ. レポート紹介

The Role of Overseas R & D Activities in Technological Knowledge Sourcing:
An Empirical Study of Japanese R & D Investment in the US
(技術知識探索における海外研究開発活動の役割 - 日本企業の対米研究開発投資活動の実証的研究)
- DISCUSSION PAPER No.23 -


第1研究グループ研究員 岩佐 朋子

岩佐 朋子
いわさ ともこ
一橋大学経済学研究科博士後期課程を休学し、2001年8月より現職。

企業が持続的成長を果たすためには技術能力を高めることが重要であり、このために研究開発活動は主要な役割を果たす。かつて、日本企業は技術能力を開発するために技術導入戦略を広く採用した。その後、日本企業が急速なキャッチアップを果たすとともに、1980年代に海外技術に「ただ乗り」しているという批判が起きたことなどを受けて、企業内部で技術開発を行うことが重要であると考えられるようになった。

しかしこれは、日本企業がもはや外部の知識を必要としないことを示唆するものではない。実際、科学技術知識の現状を正確に把握することなしに、先駆的な技術を生み出すことはできない。そのような知識の中には国内の大学や国公立研究所、または企業から得られるものも多い。しかし、科学技術が世界規模で急速に進歩していることを考えた場合、海外の最先端技術を探索し学ぶことも重要である。そのためには、世界各地の研究拠点で生み出された科学的発見やイノベーションに継続的にアクセスし、それらを自社の技術能力の更なる向上の種として利用することができるような、効果的な研究開発システムを構築することが企業にとって欠かせない。日本企業による海外研究開発拠点の設立はこうした狙いをその目的の一つとしているのではないか。すなわち、海外の優れた最新技術知識を取り入れるための「技術知識探索」もしくは「ソーシング (sourcing) 」と呼ばれる役割を果たしているのではないか。

こうした考えにもとづき、筆者は、これが企業の技術能力にどのような影響を与えるのかについて検証した。ここでいうソーシングとは、豊富な技術知識ストックを持つ地域で研究開発活動を行い、その近辺で開催される会議への参加、現地研究者の採用、共同研究、ライセンシングなどの交流を通じて、現地の技術知識の蓄積から知識を得ることをいう。この分析結果は、小田切宏之との共著として「The Role of Overseas R & D Activities in Technological Knowledge Sourcing: An Empirical Study of Japanese R & D Investment in the US」 (技術知識探索における海外研究開発活動の役割-日本企業の対米研究開発投資活動の実証的研究) のタイトルでディスカッション・ペーパーにまとめられた。以下ではその概略を紹介しよう。

従来、海外研究開発の主な機能は、現地での販売や製造活動を支援することだと考えられてきた。つまり、本国で開発された技術を現地の原材料、需要条件、規制などに適応させることである。しかし現在では、多くのハイテク産業において技術知識のソーシングが海外で研究開発を行う際の重要な動機となっていることが指摘されている。これまでの日本企業の海外研究開発活動に関する実証研究によって、特にアメリカやヨーロッパにおいて、ソーシングが海外研究開発の重要な動機であることは明らかにされている。しかしわれわれが知る限りでは、そのような海外研究開発活動が実際に親会社、もしくは連結ベースでの企業全体の技術能力に貢献しているのかどうかについて実証的に検証されてはいない。

そこでわれわれは、日本企業の国内及び国外の研究開発活動がその技術能力に対してどのような貢献をするのかを知るために、日本における特許申請活動と、国内及び米国での研究開発活動の特性との関係を見ることとした。この分析にあたり、本論文では2点の新機軸を導入した。第1は、研究所がソーシングに適した州に設置されるとき、技術知識ソーシングがより効果的に行われるとの仮説を立てたことである。このため、各州についてその技術知識レベルを示す指標を作成した。この指標は、1) その州自体の技術知識ストックのレベルが高く、2) 隣接する州からの技術知識の流入が大きいほど、その州はソーシングに適しているとの考え方に基づいて考案されたものである。第2は、その主要な研究開発現地法人の機能によって、企業を二つのタイプ-「研究指向型」 (論文ではR型) と「現地支援型」 (S型) -に分けたことである。これは、前述したように、海外研究開発拠点の中には、現地の製造及び販売活動をサポートするために設立されたものも多いためである。これら拠点の主目的は、技術知識を海外からソーシングすることではなく、企業が既に持っている技術能力を現地のニーズに適応することにある。現地法人レベルの研究開発活動に関するデータが不足しているということもあり、これまでの日本企業の海外研究開発活動に関する実証分析はこの識別をせず、「研究」と「現地支援」を同質のものとして取り扱ってきた。しかし、研究指向型の場合にはソーシングは重要な目的であり、そのために技術知識レベルの高い州に立地しようとするであろうと考えられるのに対し、現地支援型では現地生産・販売がむしろ中心的業務であるため、これら業務に適した、たとえば生産労働者の雇用が容易な州に立地しようとするであろう。よって、技術知識ソーシングは研究指向型企業の海外研究開発の重要な誘因である一方で、現地支援型企業に関してはそうとは限らない。むしろ、技術知識レベルの低い州の方が生産拠点としては有利になるということもあり得よう。実証分析では、企業の技術能力からの成果を表すものとして親会社の日本における特許申請数を従属変数とし、その決定要因として国内研究開発ストック、在米研究子会社の研究開発費、在米研究子会社の立地する州についての (上述した) 技術知識レベル指標、その他の変数を用い、日本の製造業企業 105 社をサンプルとして知識生産関数を推計した。

分析の結果、研究指向型企業と現地支援型企業の間での差は明確であり、前者では現地技術知識レベル指標が企業の技術成果に対して正の効果をもつことが統計的に有意に確認されたのに対し、現地支援型企業では、技術知識レベル指標が高い州に立地することは有意な影響を持たなかった。さらに、国内研究開発と海外研究開発が企業の技術成果に貢献することが研究指向型・現地支援型双方において確認された。在米現地法人による研究開発の親会社の特許申請に対する貢献は、現地法人自体の発明によるものもあると思われるが、研究開発を通じて現地法人の探索能力・受容能力が向上し、より効果的なソーシングが行われ、企業全体の技術能力が高まることによるものと考えてよいであろう。本論文の分析結果は、海外における技術知識の探索を効果的に行うためには、海外研究開発拠点の技術能力が十分に高いこと、それらが探索に適切な場所に立地されることの両方が欠かせないことを示唆している。

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Ⅱ.トピックス

科学技術政策研究に係る研修プログラムの実施について


企画課


当研究所においては、中期計画に示された目標達成のための活動の一環として、来年度以降の本格実施に向けた試行的事業として、現在研修プログラムを実施している。

本年4月に実施した第1期研修プログラムでは、当研究所職員が講師を務め、科学技術政策研究に係る基礎的プラクティスとして、当研究所を取り巻く状況及び最近の政策動向、主要調査研究テーマのうち科学技術総合指標、先端科学技術動向の調査分析、イノベーション動態調査等をモチーフに4回にわたる講義及び討論を行った。 (テーマ及び講師については政策研ニュース2002年5月号「最近の動き」にて紹介済。)

第1期研修では対象者として、新規に着任した当所調査研究スタッフに加え、文部科学省本省、科学技術政策研究に関わる人材育成機能を担う国内主要大学院等にも参加呼びかけを行った。 (大学院及び関連研究機関より延べ10名の参加を得た。) 各回とも講師と受講者との間で活発なやり取りがなされ、研修終了後の受講者からのアンケートでも調査研究活動の推進に当たり極めて有意義であったとの声が多く寄せられた。

富澤第2研究グループ主任研究官 横田科学技術動向研究センター主任研究官 伊地知第1研究グループ主任研究官

第一期の実績を踏まえ 8 月下旬より実施中の第二期研修では、政策研究に関連する実践的スキルの向上を図るため外部専門家を講師として招き、研究推進の方法論・成果発表・実践例等を中心としたプログラムを実施している。

主たる対象者は第一期と同様、当所調査研究スタッフ、文部科学省行政部局職員及び関連主要大学院学生等としているが、第二期研修では内容の高度化に伴い、当所管理職クラスも積極的に参加している。

第二期研修の具体的テーマと講師は以下の通り。 (敬称略)

加藤筑波大学大学研究センター講師 (写真右)
前田高知工科大学大学院工学研究科起業家コース教授
小幡上智大学法学部法律学科教授
◆ 8月27日社会調査法の理念と実践
・講 師: 加藤 毅 筑波大学大学研究センター講師
◆ 9月03日地域産業集積の欧米事例と日本の課題
〜ハイテクベンチャーが起こす日本の産業変革
・講 師: 前田 昇 高知工科大学大学院工学研究科 起業家コース教授
(当所第3調査研究グループ客員研究官)
◆ 9月10日先端科学技術の発展と法律学の諸課題
〜ゲノム応用時代の技術と法制
・講 師: 小幡 純子 上智大学法学部法律学科教授
◆ 9月27日情報伝達能力・技法の向上
(プレゼンテーション能力開発コース)
(予定)
・講 師: 越 邦晴 (有) スィムプル代表取締役


こうした研修プログラムは、現在実施中の当所第2回機関評価の場においても、当所スタッフの調査研究スキルの向上のみならず、将来を担う若手研究者や実証マインドを有する政策立案担当者の育成を図る上で極めて有意義との評価を得つつある。当研究所としては、今後とも行政部局・関係機関との連携の下、研修受講者のニーズも踏まえながら、政策研究に関する研修プログラムの更なる充実強化を図っていく予定である。

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Ⅲ.所内プロジェクトチーム紹介

科学技術指標開発整備プロジェクトチーム


第1調査研究グループ上席研究官 松室 寛治
第2研究グループ主任研究官 富澤 宏之

科学技術政策研究所においては、通常の研究グループ、調査研究グループに加え、特定の研究テーマについて、アドホックに所内の横断組織としてプロジェクトチームを設置し、グループの専門にとらわれない、幅広い分野に関する研究課題についても調査研究を実施してきている。

現在、以下の 3 つのプロジェクトチームが設置されており、それぞれ多数のグループからの参加を得て活発な研究を進めてきている。

プロジェクトチーム名設置年月日
科学技術指標開発整備プロジェクトチーム平成14年5月15日
「全国イノベーション調査」実施準備プロジェクトチーム平成14年5月15日
科学技術リテラシー調査研究プロジェクトチーム平成14年5月15日

今月号では、「科学技術指標開発整備プロジェクトチーム」について、その活動状況等を紹介する。

「科学技術指標開発整備プロジェクトチーム」について

丹羽客員総括研究官(アドバイザー。前列左から2列目)、平野総務研究官(全体総括。前列中央)を囲んだプロジェクトチームメンバー

○設立の主旨

当研究所では、多様かつ複雑な科学技術活動を定量的データに基づき、総合的・体系的に把握・分析・評価することで、世界における日本の科学技術の水準を明確にし、今後の科学技術政策の企画・立案に資するため、昭和63年の研究所設立以来、体系的な科学技術指標の開発・整備を進めてきている。

科学技術指標に関する報告書は、我が国だけでなく、米国、EU、フランス、中国をはじめ、世界の多くの国で継続的に作成されてきており、我が国においても継続的な取り組みを進めていくことが重要となっている。

当研究所においては、この科学技術指標について、平成3年度の第1版発行以来、これまでにおおよそ3年毎に改訂を行い、平成12年度までに第4版までを発行してきた (第1版: 平成3年9月、第2版: 平成7年1月、第3版: 平成9年5月、第4版: 平成12年4月) 。

さらに、平成13年度からは、約3年ごとの改訂に加え、毎年度データのアップデート (「定常指標」の作成) を行い、公表することにより、最新のデータを提供できるようにした (平成13年度版: 平成13年5月、平成14年度版: 平成14年9月中 (予定) ) 。

前回 (第4版) の科学技術指標改訂から約2年を経過するとともに、平成13年後半には本件指標の重要なデータソースとなる総務省科学技術研究調査 (総務省統計) の改良、OECD/NESTI (科学技術指標専門家ワーキング・パーティ) におけるフラスカティ・マニュアル改訂作業の進捗など国内外で新たな指標体系の開発・構築の基盤となる重要な動きがあった。

当所としても、国際的視点に立脚しつつ、全所的体制の下、平成15年度の第5版科学技術指標の発表に向けて科学技術指標の最新データによるアップデート、新指標体系のコンセプト・具体的設計の検討等の調査分析活動に取り組むことが必要となっている。

こうした現状を踏まえ、従来実質的に第1調査研究グループを中心に検討を行ってきた所内チームを発展的に改組し、所内の各グループ等から広く参加を得た所横断的組織として「科学技術指標開発整備プロジェクトチーム」を編成し、丹羽客員総括研究官の助言を得つつ、平野総務研究官の指導の下で科学技術指標の本格改訂作業を進めている。

○今年度の活動状況・予定

今年度は、第4版のデータのアップデートと第5版作成に向けて、各々につき所要の検討・データ取りまとめ作業等を実施している。全体の作業・検討項目設定、進捗状況管理、定常・新規指標の適合性検討・確認等のため、これまでに5回の全体会合を開催し、主な構成と分担を整理するとともに、具体的な指標の作成に着手した。

また、こうした第5版作成と平行して、第4版に基づき、基盤的・定常的データ項目に関し、定期的に最新データによるアップデートを実施してきており、今年度版については上述の通り本年9月中を目途にとりまとめ、公表する予定としている。

○第5版の作成方針

第5版 (平成15年発行予定) については、次のような考え方のもとで作成作業を行っている。第一に、1990年代以降、急速に進展している科学技術のグローバル化、世界各国で進んでいる科学技術システムの再構築、知識生産活動の変質、といった最近の状況についての分析を充実させる。第二に、科学技術活動それ自体を分析対象とするだけでなく、ナショナル・イノベーション・システムの中に位置づけ、経済・社会との関係を重視する。第三に、日本の科学技術や科学技術政策上の問題について議論するための材料となるデータを示す「問題志向型」の報告書を目指す。特に、科学技術基本計画 (第1期及び第2期) のもとで、日本の科学技術システムにどのような変化が生じつつあるのかを明らかにする。


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Ⅳ.最近の動き

○ 主要来訪者一覧
・8/ 9 Dr William A. Blanpied: NSF前東京事務所長 (表紙写真)
・8/21 Dr. Gunter Clar: 欧州委員会研究総局K局技術予測ユニット
○ 講演会・セミナー
・8/ 7 「水循環と水資源ーローカルな視点からグローバルな視野へ」
虫明 功臣: 東京大学生産技術研究所教授
・8/9「MEMS研究の動向」
江刺 正喜: 東北大学未来科学技術共同研究センター教授
○ コンファレンス
韓国科学技術政策研究院 (STEPI) - 科学技術政策研究所 (NISTEP) 国際ワークショップ
日程: 平成 14 年 8 月 29 日(木)〜 8 月 30 日(金)
開催地: 大韓民国・済州島・KALホテル
出席者: 日本側 7 名、韓国側 10 名
○ 新着研究報告・資料
「科学技術動向 2002年8月号」 ( 8月29日発行 )
特集 1 科学技術関連コンテストに見る我が国の現状
総括ユニット 横尾 淑子、横田 慎二
特集 2 ヒートアイランド対策技術の研究動向 - エネルギー利用の視点からの分析 -
客員研究官 小林 博和、環境・エネルギーユニット 根本 正博
科学技術政策研究所年報 ( 2001 年度活動報告)

編集後記

上旬はものすごい夕立が降ってきたり、中旬を過ぎていきなり涼しくなったかと思えば夏日が続くなど、気候変化のはげしい8月でしたが、夏休みはいかが過ごされたでしょうか?

下旬には韓国科学技術政策研究院と当所合同の国際ワークショップが韓国済州島で開催されました。これまでも研究交流はありましたが、今後引き続き研究協力を進めるための覚書が締結されたこともあり、これをきっかけに両機関の研究・協力がさらに進展することを期待します。 (a)



文部科学省科学技術政策研究所広報委員会 (政策研ニュース担当:情報分析課news@nistep.go.jp)

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