政策研ホームページへ

No.151 2001 5
文部科学省 科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY



   
目次 [Contents] 
Ⅰ.海外事情 政策研究に対する欧州首脳の認識に変化あり
総務研究官 永野 博

米国における科学技術政策の事情 ―新政権と科学技術―
第3調査研究グループ主任研究官 柿崎文彦

Ⅱ.言々句々
新しい革新の時代 −新任挨拶に代えて−
第1研究グループ総括主任研究官 小田切 宏之

Ⅲ.最近の動き




Ⅰ.海外事情



政策研究に対する欧州首脳の認識に変化あり


総務研究官 永野 博


 昨年6月、日本とEUの間で2年毎に開催される日EU科学技術フォーラム(2国間の科学技術協力協定に基づく合同委員会に相当)がリスボンで開催され当時の科学技術庁を代表して出席する機会がありました。欧州共同体の科学技術政策に関する構想に変化のきざしのあることを印象づけられましたので、この3月、欧州委員会を訪問し、研究総局Tent次長の他、Damiani・A局(調整局)枠組計画担当課長、Muldur・K局(未来技術・社会経済研究活動担当局)競争力・経済分析・指標担当課長、Caracostas ・K局未来科学技術担当課長等を訪問し、日EUの科学技術政策の動向について意見交換を行いました(3月15日〜16日)。また、欧州委員会に所属する未来技術研究所(スペイン・セビリア所在)を訪問し、Fahrenkrog "技術・雇用・競争力・社会"ユニットリーダー、Moncada-Paterno-Castello・ESTOネットワーク・マネージャー等と会い、政策研との協力の可能性について議論をしました(3月13日)。出張には動向センターの横尾淑子研究員(セビリア)と清貞智会特別研究員(ブラッセル)が同行しました。以下、1.研究政策についての最近の欧州共同体の認識、2.欧州研究圏構想の狙い、3.第6次枠組み計画策定の状況、4.全体的所感を述べます。
1.研究政策についての最近の欧州共同体の認識
 欧州連合は来年のユーロ導入を控え政治的な盛り上がりを見せ、経済状況も活気がありますが、研究活動については未だ共通のマーケットを有していないと判断しています。昨年3月、このことが初めて首脳レベルでの認識となり、特別欧州理事会は ビュスカン欧州委員会委員の提案した欧州研究圏構想を、「欧州における知識を基盤とした社会の構築と企業の競争力強化にとって中心的役割を果たすコンセプト」として、政治面からの完全なバックアップを表明しました。これは欧州の政治イシューにおいて科学技術が高いプライオリティを有した初めての事例であり、欧州は研究開発に関し、従来と比べると一段上の段階に進もうしています。本年2月に発表された第6次枠組計画(2002-2006年)の原案はこの構想を実現するための手段とみなされています。
2.欧州研究圏構想の狙い
 欧州研究圏構想の狙いは、各国の研究活動の成果を欧州全体に波及させていくことであり、欧州において商品やサービスが共通市場(common market)で取引されているように、研究についても共通市場を構築、運営することが不可欠であるとみなしています。そのためには各国の研究政策に関するベンチマーキング、秀でた研究体のマッピングとネットワークの構築、欧州共同体特許の新規導入、欧州レベルでの研究者の流動性向上とキャリアパスの構築、情報インフラの整備等を行う必要があると指摘しています。90年代の中頃にも同様のコンセプトが提案されたことがありますが、各国首脳の関心をひくまでには至りませんでした。近年、経済やコミュニケーションのボーダーレス化の急速な進展とともに、欧州の政策アジェンダにおいて科学技術に高い優先順位が置かれるようになってきたものです。
3.第6次枠組計画(2002-2006)の策定状況
 本年2月に原案が提示されましたが、枠組計画は欧州理事会と欧州議会の共同決定であるため複雑な過程が必要あり、承認は2002年中頃になり、実際に資金を使えるようになるのは2003年の見込みです。
 第6次枠組計画では企業の研究活動を活発化させるため、新規産業創出および成長の起爆剤となり雇用を創出する「知識を基盤とした技術」を育むことにしています。予算案の総額は162億7千万ユーロであり、第5次計画に比べて17%の増加を見込んでいます。
 プロジェクトのプライオリティを検討する際には、即効性のある研究だけでなく、長期的プロジェクトも支援することとし、欧州市民全体にとって意義ある研究を重視し、情報社会、農業、環境、エネルギー、保健、教育等の欧州共通政策に成果を反映させたいとしています。原案ではプライオリティの数を少なくし焦点を絞るとともに、手段を明示し集中効果を高めようとしています。7つの優先分野に6割の予算が割り当てられますが、その中でもポストゲノム研究、ナノテクノロジー、e-Europe プロジェクト推進のための研究を重視するものと思われます。
〈注〉7つの優先分野
 ・健康に寄与するゲノム科学とバイオテクノロジー
 ・情報社会技術
 ・ナノテクノロジー、インテリジェント材料、新規製造技術
 ・航空宇宙
 ・食品の安全性、健康へのリスク
 ・持続的開発、地球環境変動
 ・欧州知識社会における市民と統治
4.所感
① 欧州委員会では首脳理事会の指示に基づき、科学技術政策分野におけるベンチマーキングの実施、秀でた研究拠点のマッピング等、これまで行ったことのない新たな課題に取り組んでいます。これらがどこまでまとまるかは別として、欧州委員会の権限、意欲が拡大する中、わが国に対するアプローチも増大するものと想定され、EU側からは次の日EU首脳会議に日EU科学技術協力協定の必要性をテーマとして取り上げることを要請しています。このような中で、政策研に対しても、イノベーション調査、ベンチマーク調査等で協力を求めています。これらの調査は、欧州研究圏構想の実現の為に必要とされるものでありますが、わが国にとっても同様に必要なものであり、特にイノベーション調査は大学等からのスピンオフの数などを調査するものであり、我が国でも実施する必要があります。
② 欧州委員会未来技術研究所は任務の性格上、当方の科学技術動向研究センターの設置に大きな興味を示し、組織構成も似ていることから、ユニット間の意志疎通の推進を求めるとともに、その他分野での協力も求めています。当方のユニットの能力も整ってきたことから対応することも可能と思われます。
③ 未来技術研究所が類似の機能を有する欧州の機関を組織して運営しているESTO (European Science and Technology Observatory) は、外部からの調査依頼などに対して敏速に対応するために設けた組織でありますが、参加機関間における日常的な情報交換を行うこともでき、実績からしてもシステムとしてかなりの成功を収めています。参加機関は主として欧州に存在する公的機関ですが、先方は政策研のESTOへの参加の検討を依頼しています。今後の政策研の課題の一つは外部とのリンケージの強化であり、本提案は検討するに値すると思われます。

目次へ



米国における科学技術政策の事情 ―新政権と科学技術―


第3調査研究グループ主任研究官 柿崎文彦

 4月2日から4月8日まで、米国新政権の科学技術政策に係る動向の把握等のため、間宮所長に同行し米国ワシントンに赴き、米国国務省、米国国立科学財団(NSF)、全米科学アカデミー(NAS)・全米研究評議会(NRC)事務局、全米科学振興協会(AAAS)、ジョージメイソン大学公共政策学部等を訪問した。
(1)ニューライター氏(米国国務長官科学顧問)
 米国新政権の科学技術政策における戦略性は明らかでない。2002年会計年度の予算を見ると、国立保健研究所(NIH)や国防総省が増額される一方で、他の省庁では前年に比べ減額されているところもある。
 戦略的な科学技術政策策定プロセスにおいて、科学的な客観性を有する意思決定を行うために政策研究の役割は重要である。米国において政策研究を担っているのはナショナル・アカデミー(NAS)あるいは中立性を有する財団などの機関である。中立性と報告書の内容という点で、NASはよい仕事をしていると考える。
 地球温暖化に関する京都議定書については、日本のみならず欧州諸国からも新政権に対して強い働きかけがなされ、国務省では海洋・国際環境・科学局が中心となって対応していると承知している。個人的な意見ではあるが、大統領の決定を覆して、現在の議定書のまま米国が署名することは極めて困難な見通しとなっている。しかし、何らかの解決策を見出していく必要はある。例えば国際協力を強化して、気候変動予測モデルの改良、観測データの収集・分析体制を充実・強化等により、政治的な目標設定と現実との間のギャップを埋めていく努力が求められるのではないか。
 国務省及び在外公館における科学技術を担当する人材の拡充が必要と考えている。科学界と緊密にコミュニケーションを図り、相互に協力しながら様々な課題に対処できる体制整備が重要と考える。科学技術分野について教育・訓練を受けた外交官と、科学技術関係機関から派遣される専門家との組み合わせにより、これを実現していきたいと考えている。
(2)P・ペロール氏(NSF国際部長)
 ブッシュ政権では現在までのところ、前政権と比較して、科学技術分野に十分焦点が当てられる状況には至っていない。先ごろ、大統領科学技術諮問委員会の共同議長として、元アップル・コンピュータ副社長のEarl Floyd Kvamme氏がようやく任命されたところであり、今後、科学技術担当大統領補佐官が任命されれば、政府外からの意見を大統領に報告することができるようになろう。
 教育においても、当初大統領からの要請で教育省が作成した原案には、基本的な読み書きや教員の資質向上等についての提案は含まれていたものの、数学・理科教育に関するNSFの施策については触れられていなかった。このため、ホワイトハウスに申し入れを行い、ようやく関係者の理解を得るに至った。現状においては、NSFの構想の実現について希望を持ち、楽観視している。
 米国の教育制度においては、権限が地方に委譲され、分権型のシステムになっており、各種助成金を州に交付することによって、学力の向上を図るための施策が実施に移される。NSFと州との間に新しいメカニズムを構築するため、助成金を交付してパイロット・プログラムを実施し、高等教育機関の協力を得て、教員の訓練やカリキュラムの作成を支援していくこと等を想定しており、この数学・理科パートナーシップ計画のための予算として2億ドルを要求に盛り込んでいる。
(3)J・ボーライト氏(NAS・NRC事務局国際担当理事)
 米国新政権の発足後、閣議メンバーはすぐに決められたものの、OSTP長官を初めとして科学技術関係の枢要ポストは依然として決められていない。予算審議の過程で、教育、減税、国防に優先順位がつけられている。
 大統領選のキャンペーン期間中、科学誌「サイエンス」に掲載されたインタビューを見る限り、現政権も科学技術に好意的であると考えられる。ただ、基礎研究を支援する一方で、応用研究や技術開発に対しては明確な態度を示していない。
 現政権の減税政策は、すべての連邦予算を制限することになろうが、NIHの予算は倍増を目標に例外的に増額されている。個人的にNIHの予算倍増は困難と考えているが、また実現したとしてもそれが賢明なこととは思わない。NIHの長官ですら基礎研究のための予算にはバランスが必要と述べている。応用研究、技術開発の予算では、商務省のATP(Advanced Technology Program)が減額され、農業や運輸の予算も増額されていない。
(4)A・タイク氏(AAAS科学・政策プログラム部門長)
 2月に公表されたR&D関連の予算案としては、まず減税、教育、国防、NIHが重視されている。現政権は10年間で1.6兆ドルの減税を示しているため、R&D予算そのものの規模が小さくなっている。
 新政権におけるR&D予算の重点項目は、NIHと国防R&Dである。DODの予算ではミサイル開発のほかに基礎研究(約13億ドル)が示されている。その他は前政権の継続となるために増額されることはないと考えられる。国防関係のR&D予算は、前政権の下で減少していたが、次の予算から増加するものと考えられる。
 ATPのように民間部門に資金を支出するプログラムは、民間企業に対する助成であり、民主党がそれを支持していたこともあり、資金がカットされるものと考えられる。ただし、民間企業が自ら1800億ドルのR&D投資をしている中で、ATPの資金が高々1億4000万ドルと象徴的な意味合いしか持っていないために、その影響は小さい。NIHの予算倍増計画は達成されると考えられ、従って大幅な予算増額は実現すると考える。また議会もそれを支持するであろう。
(5)D・キャッシュ氏(ジョージメイソン大学公共政策学部教授)
 米国新政権の科学技術に対する関心は薄いように感じている。R&Dに対する税の削減を支持しており、政府の役割として基礎研究の予算は必要と考えているが、前政権と比べその幅は狭い。国防総省の研究開発(航空機、移動型兵器など)予算が増加し、また健康関係としてNIHに予算をつけているが、環境などはむしろ削減している。
 ATPは、父親のブッシュ元大統領がはじめた商業化に向けた技術開発であるが、それを民主党が支持していたことから、その継続には消極的である。
 米国の状況を以前と比較すると、15年前に企業は政府が研究開発に介入しないことが良いと主張していたが、1980年代に設置したSEMATECという半導体コンソーシアムを通じて産学官連携を構築したのを機に、現在は全く様相を変えている。もはやイノベーションは単一の企業では困難になっており、企業間あるいは産学官の協力が不可欠となっている。

目次へ



Ⅱ.言々句々



新しい革新の時代 −新任挨拶に代えて−

第1研究グループ総括主任研究官 小田切 宏之


 5年前、後藤晃氏(総括主任研究官としての先輩でもあり、併任先の一橋大学での同僚でもある)と一緒に『日本の企業進化』という本を書いた。この本では、明治維新から高度成長期までを中心に、日本の産業がいかに技術を導入し、学習し、開発して、革新をたち成してきたかを、公共政策の役割にも触れながら論じたのである。この問題を詳細に見るために、繊維、鉄鋼、自動車、航空機・造船、電機、医薬品の6産業を事例研究した。
 この研究を通じて私たちが学んだことは多かった。詳細は同書を読んでいただきたいが、私たちがもっとも印象づけられたのは、技術革新と企業進化が切っても切り離せないほど密接な関係にあるという事実である。私達はあえて「企業進化」という言葉を用いた。これは、変化する環境に対応するためには企業も変革していかなければならないこと、それに成功した企業は生き延び、失敗した企業は淘汰されるということが、ダーウィンの進化論における考え方と共通するからである。
 企業進化は幅広い形で起きた。一方では、明治維新前後や終戦時に起きたようなドラスティックな変革がある。変化に対応できない企業は退出を余儀なくされたし、終戦時の航空機メーカーのように、廃業や解散を迫られた企業もある。逆に、明治初期の三菱、大阪紡績や戦後のソニー、ホンダのように、新しい機会をとらえて成長を始めた企業もある。  他方で、革新というよりも工夫という方が適切な、より緩やかな変革もあった。戦前の洋船や自動車の国産化は工夫の連続であったし、トヨタの有名なジャスト・イン・タイム生産方式などは、緩やかな、しかしインパクトの大きい工夫であった。
 これとともに組織形態も進化した。戦前の財閥は、4大財閥にせよ新興財閥にせよ、時代の要請に見合った、一つの組織とコーポレート・ガバナンスのあり方であった。戦後の(いや戦前・戦中からの)メインバンク制や系列取引制も同様であった。そして、現在も進行中のさまざまな組織改革の試み(持株会社、会社分割、分社化、カンパニー制など)も、提携や共同研究などの企業間関係も、ベンチャー・ビジネスなどの起業形態も、企業進化の如実なあらわれである。
 技術革新は、こうした企業進化と同時に動いている。どちらがどちらを引き起こしているというのではない。むしろ、どちらもどちらを引き起こしているというのが正しいだろう。新技術の発展はそれにふさわしい企業内組織・企業間関係を求め、新しい組織や関係が技術の革新をもたらすからである。
 こうした進化のプロセスを詳しく調べてみたい。そんな気持ちで、このたび当研究所第一研究グループ総括主任研究官に着任した。幸いにも、私たちは今、技術の面でも、企業のあり方においても、新しい革新の時代を迎えている。技術における最大のものはバイオテクノロジーの進展だろう。それは、医薬・農業からインフォマティクスに至るまで、既存の産業の枠組みを超え、新しい事業のあり方、組織のあり方を迫っている。また、基礎研究と応用・開発という既存の区分を陳腐化し、大学・研究所・企業間の役割分担にも革新を迫っている。
 一方、企業の面では、上に述べたような新しい企業内・企業間組織のあり方が模索され、さまざまな工夫が始まっている。「企業の境界」はまことに多様になってきているといってよい。また、さまざまな形での新しいガバナンス(企業統治)のあり方も工夫されつつある。
 このような状況は、技術革新と企業の関わりを研究しようとするものにとって、またとない事例を提供してくれるはずである。いうまでもなく、科学技術政策の役割も大きい。研究開発のみならず組織への影響もあるからである。実際、上に述べたような見方に立つと、狭義の科学技術政策のみならず、企業法制や金融のあり方から競争政策まで、幅広い政策が技術革新に影響を与えていることが理解されるだろう。
 研究されるべき課題はまことに大きい。しかもダイナミックに変化しつつある。それだけに、面白い時代にいるともいえるだろう。その中でどれだけの研究成果を生み出すことができるか、不安も大きいが、少しでも近づければと思っている。


目次へ


Ⅲ.最近の動き



○ 主要来訪者一覧

  • 5/9    Dr Kang:STEPI所長 韓国

    ○ 講演・コンファレンス

  • 4/25   「技術移転における産学官協力のあり方」 藤野 政彦:武田薬品工業(株)会長
  • 4/27   「シリコンデバイス開発に関する技術動向とその限界」 和田恭雄:株式会社日立製作所基礎研究所主任研究員
  • 5/7    「廃棄物の有効利用と資源化」 吉川 邦夫:東京工業大学総合理工学研究科教授
  • 5/9    「大学の研究基盤の活用と考えられる経済的インパクト」 Bob Smailes:エディンバラ大学エディンバラ研究・イノベーション有限責任会社 研究サービス部長

    目次へ

    編集後記


    イチロー選手をはじめ大リーグでの日本人の活躍が毎日のようにニュースで伝えられています。これも一つのグローバリゼーションの現れといえるでしょう。  今回は、所長と総務研究官の米・欧への出張による海外報告の特集でしたが、いかがでしたか。政策研も科学技術政策における世界のフロントランナーを目指して活動を行っております。(s)





    文部科学省科学技術政策研究所広報委員会(政策研ニュース担当:情報分析課)

    トップへ