No.143 2000 9
科学技術庁 科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY


ダブリンで開催されたワークショップ(左)とセビリアのEU未来技術研究所(IPTS)
との研究協議(右)で講演する桑原第4調査研究グループ総括上席研究官



目次 [Contents] Ⅰ.論説紹介 科学技術に関する国民意識調査について(その3)-欧州連合の状況(1)-
第2調査研究グループ上席研究官 岡本信司

Ⅱ.海外事情
熱い中国 第2研究グループSTAフェロー 劉海波

ダブリンで開催されたワークショップ及びIPTSとの研究協議について
元第4調査研究グループ特別研究員 田中清隆


Ⅲ.トピックス
雑感 -裏方の目から見た政策研- 科学技術振興事業団 石黒裕康

Ⅳ.最近の動き

Ⅰ.論説紹介

科学技術に関する国民意識調査について(その3)-欧州連合の状況-

第2調査研究グループ上席研究官 岡本信司

  1. はじめに
    科学技術に関する国民意識調査は、欧米諸国をはじめ世界各国においても実施されており、その結果が科学技術政策に反映されるとともに時系列比較、国際比較等の調査研究も行われている。
    本稿では、各国の状況を紹介した前号に引き続き、執筆者が6/26-7/6に意識調査専門家会合出席及び現地調査を行った欧州連合の状況について紹介する。
    なお、次号では、執筆者がこれまで2回の現地調査を行った豪州の状況について紹介したい。

  2. 欧州連合における各種意識調査について
    欧州連合(EU)においては、以下のような意識調査が実施されており、その結果がEU及び加盟各国の政策に反映される。
    また、調査データは欧州数ヶ国及び米国にあるデータ・アーカイブ・センターに登録保管され、申請に応じて調査研究に利用することができる。
    (1)"Standard Eurobarometer" (EB - 1973年〜):
    EU加盟15ヶ国の各国15歳以上平均1000人規模のサンプリングによる直接面接聴取法(face-to-face interview)による意識調査で、EU構成機関への信頼度、EU加盟の利益・支持、通貨統合の是非・支持等といったEUの政策に関する総合的なテーマを調査項目として、1年間に2〜5回実施されており、報告書が年2回発行されている(当初は欧州共同体加盟9ヶ国で開始、その後、ギリシャ(1980年)、ポルトガル・スペイン(1985年)、旧東ドイツ(1990年)、オーストリア・フィンランド・スウェーデン(1995年)が参加)。
    EBの欧州委員会(EC)での担当部局は、教育文化総局(DG Education and Culture、旧第10総局)であるが、バイオテクノロジー、情報社会、放射性廃棄物等の個別テーマで、より詳細な調査がEC各総局、欧州議会をはじめとするEUの各機関の要請・協力・予算によって実施されている。
    (2)"Flash Eurobarometers"
    EC部局(総局(DG)に準ずるServices)その他のEU機関によって実施される電話調査で、様々な手法、標本規模(教師、管理職、オピニオン・リーダー等の "special target groups"、一般公衆等)で実施される。
    また、"Top-Decision Makers Eurobarometer"と呼ばれる調査が検討されており、パイロット調査の報告書が1996年5月に公開された。
    (3)"Qualitative studies"
    特定集団(focus groups)を対象としたり、詳細インタビュー等の調査で、EC各部局の責任で実施している。
    (4)"European Continuous Tracking Survey (CTS)"
    EC部局によって1996年1月から1998年12月まで実施された調査で、1994年にパイロット調査として試行された小規模の毎月の電話調査 "Monthly Monitoring"を継続したものである。
    このCTSは、年間44週にEU加盟各国で200の電話調査を行い、調査結果が、1997年末までに"Europinion reports"として定期的に発行された。
    特別版として「単一通貨に関する欧州公衆の意識 」("European Public Opinion on the Single Currency"と題する報告書が1999年1月に公表された。
    (5)"Central and Eastern Eurobarometer (CEEB)"
    CEEBは、EU加盟希望国に対して1990〜1998年に毎年1回実施されていたが、2000年にECは新たにEBをモデルにした"Applicant countries Eurobarometer"と呼ばれる調査を計画しており、この調査はEU加盟希望13候補国を対象として実施される予定である。

  3. 欧州連合における科学技術関連の意識調査
    前号で紹介したように、欧州連合(及びその前身である欧州共同体)における科学技術関連の意識調査としては、"Standard Eurobarometer" の枠組みで1989年及び1992年に「欧州人、科学技術-公衆の理解と態度」(Europeans, Science and Technology - Public Understanding and Attitudes-)が実施された。
    その後、EU加盟国を対象にバイオテクノロジー、環境、情報等の特定のテーマに関する意識調査が実施(科学技術全般に関する調査は1992年調査以降実施されていない)されており、バイオテクノロジーに関する意識調査については、1991、1993、1996、1999年のこれまで4回実施されている。
    バイオテクノロジーに関する最新の1999年調査については、今回の調査でその詳細が判明したので、その内容を以下に紹介する。

  4. 欧州連合1999年バイオテクノロジー意識調査の概要
    ("Europeans and Biotechnology" Eurobarometer 52.1 )
    (1)調査概要
    ①調査対象:EU加盟15ヶ国における15歳以上計16,082人
    (各国平均約1000人: ルクセンブルク 500 人、英国本土 1000 人及び北アイルランド 300 人、ドイツ旧西東地域各 1000 人計 2000 人)
    ②調査手法:直接面接聴取法(face-to-face interview)
    ③調査時期:1999年11月1日〜12月15日
    ④報告書公表:2000年4月27日
    ⑤実施主体:教育文化総局市民センタ-(公衆意識分析ユニット)(Directorate-General for Education and Culture's, "Citizens' Center" (Public Opinion Analysis Unit)及び研究総局ライフサイエンス局(Directorate-General for Research, "Life Sciences Directorate")
    ⑥調査実施機関: INRA (International Research Associates)*(EUROPE)
    *: 1945年設立の欧米23ヶ国、65地域で構成される市場調査会社グループで、EU加盟15ヶ国には各国に会員調査会社があり、European Co-ordination Office (E.C.O.)がブラッセルにある
    ⑦実 績:バイオテクノロジーに関する意識調査は、これまで1991、1993、1996年(米加国際比較調査)と3回実施、1999年調査は4回目の調査
    (2)調査の位置づけ及び背景
    今回の調査(以下、「EB52.1」という)は、EUの研究及び技術開発分野における第5次フレームワーク計画(1998-2002年)の一環である。
    第5次フレームワーク計画は、「研究、技術開発及び実証に関する計画の実施」等4活動を対象にしており、EB52.1は、この第1活動の4テーマの一つである「生活の質及び生物資源の管理」中の6 Key Actions、「包括研究」(Generic Research)及び「基盤」(Infrastructures)のうち、「包括研究」の「社会経済」(Socio-economics)に含まれる。
    したがって、EB52.1にかかる予算についても、第5次フレームワーク計画の当該テーマの一環として研究総局によって措置されている。
    また、EB52.1の調査票作成等の作業は、欧州地域の5〜6グループで構成される社会学等の研究者約60名によって作成される。
    研究総局とこれらの研究者との関係は、"Customer-Contractor"の関係であり、調査票設計の際には社会心理学等のアカデミックな観点も多分に含まれており、各国の主要新聞、雑誌等のメディア分析等との複合的・体系的な意識分析も考慮されている。
    研究総局の担当者によれば、バイオテクノロジーに関する意識調査(Eurobarometer)は1991,1993,1996,1999年の4回に引き続き、今後も3年程度の間隔で実施したいと考えているとのことである。
    特に今回の1999年調査は、「遺伝子組換え食品」及び「医薬品(への遺伝子組換え技術の応用)」に関して緊急性のあった調査であり、これまで3回実施された調査との継続調査項目(Trend)と修正・新規調査項目(Modified, New)で構成されている。 また、担当者によると1989及び1992年に実際された「科学技術に関する意識調査」のような科学技術全般に関する意識調査の実施の可能性については、担当部局が異なるのでわからないとのことであるが、近年の傾向として、バイオテクノロジーをはじめ情報社会、放射性廃棄物、エネルギー等の特定分野に特化した意識調査の優先度が必然的に高くなっているとのことであった。
    (3)調査結果概要
    ・「欧州人」(Europeans)はバイオテクノロジーについてあまり情報が与えられていると感じていない(feel poorly informed)が学びたいと考えている。 例えば、「バイオテクノロジーに関して十分に情報が与えられていると感じている」に同意するか否かとの質問について、(EU全体の)わずか11%(男性13%、女性9%)が「同意する」に対して、81%が「同意しない」、9%が「わからない」(DNK)となっている。しかしながら、「バイオテクノロジーの発展に伴う利益と不利益に関する記事を読んだりTV番組を見ることに時間を割く」に同意するか否かについては、72%が「同意する」に対して、19%が「同意しない」、9%が「わからない」となっている。
    ・ 欧州人のバイオテクノロジーに関する知識レベルは低い。ゲノム計画や遺伝子組換え食品に関する多くの報道や公共での議論にもかかわらず、いくつかの基本的なバイオテクノロジーに関する課題についての公衆の理解は驚くほど低い。例えば、(EU全体の)35%が「普通のトマトは遺伝子を持っていないが、遺伝子組換えトマトは遺伝子を持っている」との内容が「正しい」と回答しており、30%が「わからない」、35%のみが全てのトマトが遺伝子を持っていると正しく認識している。国別に見ると、独の41%、仏の40%がこの内容が「正しい」と信じており、これに対してオランダでは、10%のみが「正しい」として60%が「間違っている」と認識している。
    ・バイオテクノロジーの情報提供について信用できるのは、消費者団体(欧州人全体の55%、以下同様)が最も高く、医療専門家(53%)、環境保護団体(45%、1996年調査より11%低下、以下同様)、大学(26%、9%低下)、動物保護団体(25%)、テレビ・新聞(20%)、国際機関(17%)、政府公共団体(15%)、農業共同組合(15%)、宗教団体(9%)の順となっている。
    ・欧州人は技術嫌い("technophobes")ではないが、バイオテクノロジ-については熱心でない。例えば、大部分の欧州人は「太陽エネルギー」、「情報技術」、「通信」や「インターネット」は、「今後20年間に我々の生活を改善する」と考えており、「バイオテクノロジー」については、(EU全体の)41%(1996年調査から5%ダウン)が同様に考えている。「原子力」については、26%のみである。「バイオテクノロジー」について楽観的なのは、スエーデン、スペイン、ポルトガルとベルギーで、これに対して、ギリシャ、英国と伊では「生活を改善する」との回答率は低い。
    ・バイオテクノロジーの応用技術に関する7つの例示については、異なった反応があり、例えば、「遺伝的疾患を検査するための遺伝子検査」、「汚染を除去するような組み替え遺伝子バクテリアの開発」、「医薬品やワクチンを生産するために人間の遺伝子をバクテリアに注入すること」は道義的に認められるが、「患者を助けるための人間の細胞や組織の複製(cloning)」、「昆虫(害虫)への耐性を高めるために他の植物の遺伝子を移植すること」については、より限定的にのみ認められる(more limited acceptance)。
    また、「味や栄養価を改善するための食料生産にバイオテクノロジーを応用すること」と「医学的な応用のための動物の複製」の2つについては、認められない傾向がある(just below the mid-point)。国別に見ると7つの応用技術全般についてスペインで支持が高く、ギリシャで最も低い。
    ・「バイオテクノロジーに反対する請願書に署名するか」との質問については、(EU全体で)39%が「やや賛成」(more likely agree)に対して38%が「やや反対」と「わからない」(DNK)の23%を上回っている。国別に見るとギリシャでは66%が「全く賛成」(mostly agree)、同様にオーストリアで51%、フランスで46%、旧西独地域で45%となっているのに対して、オランダで「やや反対」が51%、同様にスエーデンで50%、デンマークとフィンランドで47%となっている。
    (4)報告書の入手について
    このEB52.1(その他の大部分のEB調査についても同様)の報告書(英文版及び仏文版)については、EUの関連HPから直接入手が可能である。
    EB52.1(http://europa.eu.int/comm/research/press/2000/pr2704en.html)
    EB全般(http://europa.eu.int/comm/dg10/epo/eb.html)

  5. おわりに
    欧州では、米国と比較して(米国97年バイオテクノロジー意識調査結果については、別途紹介したいと考えている)遺伝子組換え食品に対する抵抗感が強く、これを反映してかWTO(世界貿易機関)における交渉で両者は対立している。
    今後、今回の調査結果が欧州連合及び加盟各国の政策にどのように反映されるのか注目したい。
    ところで、今回の欧州出張に際しては、増子宏在英日本大使館一等書記官と加藤孝男在ベルギー欧州連合日本政府代表部参事官にお世話になったので、この場を借りてお礼を申し上げる。
    なお、これまでも紹介したように、当研究所においては、米国、欧州等との国際比較研究も視野に入れたバイオテクノロジー等科学技術に関する意識調査の実施を計画しており、そのための準備作業として、意識調査の実施・分析手法・データ等を「科学技術に関する意識調査の実施と分析手法について」と題する資料としてとりまとめているので、入手希望があればご連絡されたい。


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Ⅱ.海外事情


熱い中国

第2研究グループSTAフェロー 劉海波

今年5月に入ってまもなく、北京の気温は35℃に上った。これを聞いて暑いと思っていた私は、6月4〜22日の間、会議と資料収集で中国に行って、もう一種の熱さを実感した。
西部大開発
偶然性は歴史を動かす。偶然とも言えるが、21世紀の中国に対し重大な意味があると思われる二つの出来事は、昨年11月15日に出てきた。それはWTOをめぐる中米交渉が調印されたことと、中共中央経済工作会議で「西部開発」方針が決定されたことである。中米WTO交渉調印が中国のWTO加盟プロセスの決定的な一環であり、WTO加盟は中国を根本的な改革に向かわせることを明示しているわけである。
西部開発については、元々、既に亡くなった「中国改革総設計師」である鄧小平が80年代初頭に、比較優位の考え方に立脚して中国発展について二段階構想を打ち出した。いわゆる、東南沿海地区が率先して発展する第一段階と、今世紀末に全国が一定の発展レベルに達することによって、中部と西部地区の発展をより多く援助する第二段階、という戦略である。今回の中共中央の決定は鄧小平の構想を具体化させることだと言える。
ここでの西部とは、陝西、甘粛、青海、寧夏、新疆、四川、重慶、雲南、貴州、チベット、計10の省、市、自治区を指す。総面積が540万平方キロで全国の陸地面積の56%を占め、人口は2.85億で全国人口の23%に上っている。豊富な資源が非合理的に分布していることは、まさに、中国の特色をそこに生々しく表現している。その象徴となっているのは、中華文明の源である長江と黄河であり、そこからわき出てくるのである。
今、時間の方でみれば、鄧小平の構想した第一段階が終わろうとしているところであるが、西部と東部との格差は指導部の予想以上に広がってきた。「中国統計年鑑1999」によると、98年の所得を80年の所得と比べて伸びが目立つのは、浙江省、広東省、福建省、江蘇省、山東省の5省で、いずれも東南沿海地区に位置している。東部の上海市の一人当たり年間所得は、西部の貴州省の12.1倍でもある。ちなみに、日本の県民所得は最も低い沖縄と東京を比べて1.2倍程度の格差である。
そこで、今年1月19〜22日において、中共中央の決定を受けた国務院は「西部地区開発会議」を開催した。自ら長をして関係閣僚を網羅した、「国務院西部地域開発指導小組」を発足させた国務院総理朱熔基は、第10次5ヵ年計画期(2001〜2005年)に、「西部大開発」のための条件が整いつつあることを強調した。そして、WTO加盟の直前に、地域格差解消、国内競争条件を整備する戦略としての「西部大開発」は正式にスタートし、西部フィーバーが中国全土に広がり始めた。
こうした事情を背景にして、東西結合部の地理的優位を占め、5年前に中央政府直轄市に昇格した重慶市は6月8〜10日に、以下四つのテーマに絞って「重慶・中国西部開発国際シンポジウム」を主催した。1)地域開発における政府の役割、2)地域格差の解消と西部開発、3)資本市場、地域協力と西部開発、4)地域開発の国際経験及び外資利用。重慶市長包叙定、ノーベル経済学賞受賞者L.R.Klein、オーストラリア前総理大臣RobertJ.I.Hawkeはそれぞれの基調講演を発表した。日本からの出席者、東アジア経済研究所所長市村先生、2研前総括主任研究官平澤先生は大会で発表を行った。
重慶市は中国で有名な三つの釜の一つである。他の二つは西安市と武漢市。夏になると、この三つの都市は火がついている釜のような熱さになる。シンポジウムの間に、重慶の釜は未だ夏の火がついてなかったが、西部開発の火がガンガンと燃えていると感じた。ちなみに、一つの釜の重慶を後にしてもう一つの釜の武漢に会合にいくと、平澤先生は武漢市副市長エンゼンラに、武漢市にある東湖ハイテク開発区顧問になって頂きたいと頼まれた。
WTO加盟
1995年6月、中国国家科学技術委員会副主任(現科学技術部部長)朱麗蘭を始め中国科学技術政策の担当者達が編集した「科教興国:21世紀向け中国の重大戦略決定」というレポートの中で、WTOに加盟後の中国が直面する国際競争環境及び科学技術の役割を系統的に分析した。それから、中国WTO加盟の進展に従って、如何に科学技術進歩を通じて国内企業の競争力を向上させ、国内市場、そして国際市場で生き残らせるか、中国科学技術政策の至上命令になってきている。
WTOと言えば、まず国内市場を開放することである。つい最近に出版された中国社会科学院の調査報告書によると、1998年末現在まで、中国での外国投資総額が7742億2900万米ドルで、その75%が第2次産業に向けたもので、中国が世界の生産拠点として位置づけられていることが浮き彫りになった。しかし、中国のWTO加盟が固まったことによって、従来制限されていた銀行や保険、証券、法律、会計、医療などの分野への進出も確実に増えている。また、北京長城企業研究所の調査によると、1999年3月現在まで、13社の多国籍企業は北京に独立 R&D 組織を設置した。その内、本部所在地でみれば、アメリカ8社、ヨーロッパ2社、日本2社、カナダ1社であり、設立時でみれば、1994年1社、1995年2社、1996年1社、1997年2社、1998年7社、ということである。
更に、IMDの国家競争力報告書2000版では、中国科学技術競争力は1998年の13位から今年28位に後退し、企業イノベーション力の不足はその最大原因である、ということである。実は、中国国内でも、企業イノベーション力不足の原因は早い時期からもう分かってきた。今から15年前の1985年3月に公表された、現在の中国科学技術政策の原点となった「中共中央の科学技術体制改革に関する決定」の中で、中国企業のイノベーション力不足の原因は国、そして業界レベルにおいて、研究開発活動と生産活動との分離、いわゆる、研究機関と企業との無関係にあると指摘された。このために、それからの中国科学技術政策は研究開発を生産と結び付けさせる方向に沿って努力してきている。その努力の核心は研究機関を企業化させることである。
昨年、日本でス-パー通産省と称される中国国家経済貿易委員会に所属した242所の研究開発機構が企業化されたことに続き、今現在建設部、鉄道部、交通部、情報産業部、薬品監督管理局、中国科学院、国家電力公司、中国石化集団、石油天然ガス集団、中国自動車総公司、中国建築総公司、計11の行政部門や国家公司に所属している134所の研究開発機構を企業化させるための作業が進められている。これらの機構は今年9月30日までに行政部門、国家公司などと事務の引継ぎを終了し、10月1日からの新たなメカニズムと管理システムに基づいた運営を目指し、年末には企業登録手続きが終了する、という計画である。
WTOに加盟すると、国家の体制・政策競争力と企業の製品・サービス競争力は本格的に問われる。競争力の源泉になっている研究開発の面において、産研連携はどこの国でも、キーポイントとされている。単に研究開発機構は産業界に追い出されるわけにはいかない。従って、中国での競争力強化を巡り産研関係の調整に、やるべきことは山ほど残っている。中国が自分のペースでやっていくことができるか関心を持っている。
動きに熱が出る。激動時期にある中国は本当に熱い。



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ダブリンで開催されたワークショップ及びIPTSとの研究協議について

元第4調査研究グループ特別研究員 田中清隆

桑原第4調査研究グループ総括上席研究官と筆者は、去る7月13日〜14日にアイルランドのダブリンで開催されたEuropean Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions(ヨーロッパ生活・労働環境改善財団)主催の「知識社会の生活、職業、産業に与える影響に関するワークショップ」に参加し、その後、研究協議を行うため7月17日にスペインのセビリアにあるEU未来技術研究所(IPTS)を訪問した。
また、ヨーロッパにおける最新の技術予測調査の情報を聴取するためロンドンのOST(Office of Science and Technology)、ドイツのカールスルーエにあるISI(Institute for Systems and Innovation Research)を訪問した。
本報告ではダブリンで開催されたワークショップとIPTSとの研究協議について紹介する。

(1)知識社会の生活、職業、産業に与える影響に関するワークショップ
ヨーロッパ生活・労働環境改善財団(European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions)主催(アイルランド共和国ダブリン) ヨーロッパ財団は、EUからの資金を提供され、85名のスタッフを抱えて調査活動を実施している。80年代より、テレワーク(telework)をテーマとして取り上げ、その生活環境へ与える影響、労働環境に与える影響、女性に対する影響、在宅勤務の将来などの調査活動を実施してきている。
2000年3月リスボンで開かれたヨーロッパ議会において、ヨーロッパの競争力と活力を高めるためのeEurope計画に関するアクションプログラムが決定され、①安く早く安全なインターネット、②人材・技能への投資、③インターネット利用の促進の3点を2002年までに図ることが決められた。
これを受けて同財団は、工業社会から知識社会への移行における生活環境、労働環境及び産業への影響についての調査研究を実施することとなり、その開始に当たり今回のワークショップを開催した。なお、EU以外からの参加国は日本と南アフリカであった。
第1日目の「技術予測調査における知識社会」セッションにおいて、桑原総括上席研究官から①我が国における技術予測調査の背景、②政策研が実施したデルファイ法による技術調査の概要、③技術予測調査にみられる重要技術の変遷と研究開発費の関連性、④第6回調査に関連して実施した社会ニーズ分析、⑤第7回調査の基本設計と特徴、及び⑥2001年からの行政改革など日本の科学技術政策に関連する環境の変化についてのプレゼンテーションが行われた。
同セッションにおいては、日本の他、スウェーデン、デンマーク、南アフリカの予測活動が紹介されると共に、ドイツからフォーサイトにの結果を活用した情報化社会技術革新・雇用計画が紹介された。
第2日目においては、①知識社会のインパクト、②各国の技術予測からの教訓、③知識社会に対する研究の貢献の3つのセッションに分かれて議論が行われた。これらを踏まえて、事務局において活動計画の骨子をまとめていくことになった。

(2)IPTS(Institute for Prospective Technological Studies)
IPTSは科学技術に関して、その発展状況、技術分野間の相互作用、社会・経済的影響、政策的インプリケーションなどを分析し政策決定者に提供する機関で、5年前にEUのJoint Research Centerの研究機関として発足した。研究テーマは、European Commission、European Parliament、各国政府等からの受託が中心であるが、IPTSが研究提案をするケースも多い。IPTSではThe Futures Programme、Knowledge and Skills、Building the Information、Life Science and Impact on Society等のプロジェクトが行われており、現在の研究員は約80名である。
17日には、桑原総括上席研究官から日本の技術予測活動の概要、政策研全体の研究の概要、動向センターの計画などの紹介が行われると共に、IPTSの何人かの研究リーダーからIPTSの研究活動の概要、持続可能な発展のための技術の調査研究、EUの加盟国の拡大に対応した研究活動、ライフサイエンスの調査研究、情報通信技術の調査研究についてプリゼンテーションがあり、討議・意見交換を行った。
今後の共同研究の方向性については、夏の間に双方で検討を進め、秋に再度協議することとした。討議の中で挙げられた候補としては、①IPTSによるフォーサイトのコンファレンスの開催(本年3月の政策研主催コンファレンスのフォローとして)、②いくつかの技術分野における技術の方向性(technology trajectory、technology roadmap)に関する共同研究、③研究者の交流などが挙げられた。
IPTS側の問題意識としては、設立後5年間の調査研究活動を通じてEU Framework Programへの貢献など評価を受けているが、研究機関としての信頼性を維持・向上させていくためには、日米とパートナーシップを形成し、情報交換などを行っていくことが不可欠であり、日本については特に政策研への期待が強いということのようであった。

(3)所 感
現在のEU加盟国は15ヶ国で今後新たに13ヶ国が加入し、計28ヶ国になる予定である。新たに加入する13ヶ国も技術予測調査に取り組み始めており、技術予測調査が科学技術政策の立案や技術開発の計画の立案に当たっての有効なツールとしてますます利用されることが予想される。当研究所でも昨年度から第7回技術予測調査が始まっておるが、国際協調の観点からもこの分野でのから日本の果たすべき役割はさらに増大すると思われる。


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Ⅲ.トッピクス


雑感 -裏方の目から見た政策研-

科学技術振興事業団 石黒裕康



1997年7月1日から2000年6月30日までの3年間、科学技術政策研究所情報分析課職員として、政策研コンピュータシステムとネットワークの運用管理を担当しました。長いようでもあり、短いようでもあった3年間でしたが、政策研在職中、大過なく職務を果たせたのは、多くの方々のご支援やご協力によるものと感謝致しております。
科学技術政策研究所在任中の私の仕事は、例えるならば、鉄道の保線員の仕事に似ています。ネットワークの円滑な稼動を確保するために、各種機器の保守・点検を行い、必要な補修を実施すると同時に、より快適なコンピュータ環境を整備するために、可能な限り機器やソフトウェアを充実させるというものです。この他、パソコンやソフトウェアの操作法等の問合せ対応等の作業や、研究成果等のホームページへの掲載作業、データ管理的業務も担当しました。
今やコンピュータは、電話やFAXと同じように、業務上不可欠な道具となりました。パソコンやネットワーク(インターネット)を利用した通信が、ごく当たり前のように行われるようになりました。パソコンが一人一台配備される時代になり、常時パソコンをネットワークに接続して、日常業務を行うようになると、コンピュータやネットワークのトラブルが、即業務停止に繋がることになりますから、日頃の点検・保守を怠らず、常に予防措置を講ずるなど、万全を期す必要があります。
それでもなお、外的要因、内的要因を問わず、問題が発生します。外的要因、特に悪意を持った妨害行為に対する対策は、果てしなき戦いの様相を呈しています。
2000年1月末に発生した中央省庁のホームページ改竄事件を契機に、コンピュータセキュリティに対する社会的関心が、非常に高くなりました。科学技術政策研究所ホームページに被害はなかったものの、国立の研究機関であることから、事件直後から、他の国立機関と同様に、セキュリティ強化対策を実施しました。しかし、時の経過につれて、新手の手口で、この強化対策を突破しようと試みる者が現れるであろうことは、想像に難くありません。そして、新たな手口に対応するための対策を実施する必要性が生じ、より的確な点検や監視が必要となります。

これまで、情報技術の進歩と、情報通信網の普及、拡大による利点が強調されてきた傾向にありますが、その一方で、その欠点が次第に顕在化し、影響範囲が拡大する傾向にあるのも事実だと思います。
ところで、私が科学技術政策研究所に在職していた3年の間に、情報技術分野は、急速かつ急激に、そして劇的な変貌を遂げたように思います。
つまり、現代社会における情報技術は、単にデータ処理や伝達媒体としての役割だけでなく、様々な社会活動の局面において、重要な役割を担うに至っていると思います。そして、その影響範囲は、もはや一地域や一国ではなく、全世界に拡大しています。
このことは、「Y2K」(コンピュータの西暦2000年問題)で、端的に表れていたように思います。
皆さんご存知のように、「Y2K」とは、西暦2000年を迎えると、コンピュータが誤動作する危険性がある、というものです。
この問題は、1990年頃から専門家の間では指摘され始めていたものです。その後、その影響範囲や程度が具体的になるにつれ、本格的な対策が実施されて現在に至っています。ただ、この問題の特徴は、事象が発生する日時が、事前にはっきりと判明している点でしょう。言うならば、大規模地震が、いつ発生するかを、正確に事前予測できている状況に似ています。
世界中で耳目を集め、世界各国で、国をあげた対応が、同時多発的に行われた、数少ない事象ではなかったかと思います。このことは、情報通信網(インターネット)を介して、国境を越えて相互に影響し合う関係が、既に出来上がっている、ということを物語っているのではないでしょうか。
近頃は、「IT革命」といった言葉をよく目にするようになりましたが、人類初の情報革命は、「紙」の発明ではないかと思っております。人類が「紙」という情報媒体を手にしたことによって、記録の永続性、可搬性、伝達の正確さ等を獲得しました。これに加えて、印刷技術の進展によって、複製物を大量に作成できるようになりました。これらの発明や技術の進展によって、我々の祖先から、様々な知識や技術を継承してきましたし、我々の世代が獲得した知識や技術を子孫に伝承することができます。
一方、情報技術の進歩によって、紙以外の多種多用な情報媒体が創出されたことで、我々は知識や技術の伝承手段の新たな選択肢を獲得しました。そして、この選択肢は、「紙」とは比較にならない程、影響範囲が広く、その影響力は強大なものです。更に、誰もが、容易にこの選択肢を使用できる状況になりつつあります。
別の見方をすると、「紙」という情報媒体は、文化や精神生活に対して、多大な影響力を持つものとして、人間社会に君臨してきました。20世紀になって、無線通信技術や音声・画像の記録技術の飛躍的進歩によって、既に多くの情報媒体を手にしていますし、これら情報媒体が社会に及ぼす影響に関する議論が、様々な局面において行われています。
情報技術のみならず科学技術は、もはや社会生活や文化とは不可分の関係にあり、単独で議論し得ないものへと変貌しつつあるように思えてなりません。 こういった状況の下で、広い視点に立つ科学技術政策立案が、より一層重要になるのではないかと思います。科学技術政策研究所は、科学技術政策立案に際して、中核的役割を担う機関であり、その役割は、今後より重要なものになると思います。そして、この歴史的変革期になるであろうと思われる時期に、科学技術政策研究所に身を置くことができたことに感謝すると共に、今後の更なる発展を祈念致します。




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Ⅳ.最近の動き


国際ワークショップ開催のお知らせ

  • 10/2-3 「ハイテク新規創業の課題と国際展開―日独協力による促進を模索する」
    主催:日独協力評議会
    共催:科学技術政策研究所・科学技術振興事業団・(株)かながわサイエンスパーク
    於:科学技術振興事業団(千代田区四番町5-3サイエンス・プラザ)および
    (株)かながわサイエンスパーク(川崎市高津区坂戸3-2-1)
    (問い合わせ先:Tel 03-3581-2396)


  • 11/29-30 「起業家精神とナショナル・イノベーション・システム」
    主催:科学技術政策研究所
    於:科学技術振興事業団(千代田区四番町5-3サイエンス・プラザ)
    (問い合わせ先:Tel 03-3581-2396、第1研究グループ)




    編集後記

    今年は一段と暑さの厳しい夏を迎えています。クーラーの外気が温度を更に上昇させることがわかっていても、もはやクーラー無しでは仕事も何も出来なくなっているのではないでしょうか。
    さて、政策研では9月に「第5回地域科学技術政策研究国際会議」(前月号で紹介)に始まって、10月は東京に於いて「ハイテク新規創業の課題と国際展開―日独協力による促進を模索する」、11月にも「起業家精神とナショナル・イノベーション・システム」と題して国際ワークショップを開催します。政策研ニュースでも逐次報告する予定ですのでどうぞお楽しみに。



    科学技術庁科学技術政策研究所広報委員会 (政策研ニュース担当: 情報分析課)

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