No.138 2000 4 
科学技術庁 科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY


 ハーバード大学ケネディスクールにて将来の研究協力に関する覚書が締結された。(詳細はp.6) 写真左よりDr.Bunn氏(Assistant Director)、Dr.Holdren氏(Director)と握手を交わす柴田所長
            

 
目次 [Contents]  Ⅰ.レポート紹介 ヒトゲノム研究とその応用をめぐる社会的問題 - 調査資料 - 66
第2調査研究グループ上席研究官 大山真未
省エネルギー公共投資のマクロ経済及び産業毎の影響に関する研究(その1)
- Discussion Paper No.14 - 第1研究グループ 竹下貴之
Ⅱ.海外事情
ハーバード大学、RAND、ジョージメイソン大学との将来の研究協力に関する意見交換及び覚書の締結 第1研究グループ 竹下貴之
Ⅲ.最近の動き

Ⅰ.レポート紹介

ヒトゲノム研究とその応用をめぐる社会的問題 - 調査資料 - 66
第2調査研究グループ上席研究官 大山 真未

 

   最近、新聞、テレビ等で、「22番染色体解読終了」、「健康診断で採取した血液による遺伝子の無断解析」、「遺伝子特許の大量出願」といった報道を多くみかける。米国では本年2月8日にクリントン大統領が、連邦政府職員の採用や昇進に際して、遺伝情報による差別を禁止する大統領令に署名するなどの動きもあった。
 本調査資料は、いわゆるヒトゲノム研究(人の遺伝情報を担う基本的なセットであるヒトゲノムを解読する、つまり人の染色体中の塩基配列を解読する研究)とその応用としての遺伝子診断、遺伝子治療等を契機として生じてくる倫理的、法的、社会的諸問題について、その概況とこれまでの国際機関、各国、日本での対応、検討の状況について紹介し、あわせて今後の課題と方向性について若干の考察を行ったものである。 本調査資料では、まずヒトゲノム研究の経緯と現状にふれる。アメリカ、欧州、日本の国際協力による「ヒトゲノム計画」の下、2003年までにヒトゲノムの全塩基配列が解読される予定である。さらに遺伝子の機能解明の動きも注目を集め、その成果を用い、個人の特性に合った投薬、治療等のいわゆるオーダーメイド医療を実現することへの期待が高まっている。次いで、このようなヒトゲノム研究とその応用をめぐり、研究にあってはサンプル提供者、遺伝子治療、遺伝子診断にあっては患者について、遺伝的特徴が明らかになることに伴う倫理的、法的、社会的問題(被験者、患者のプライバシー保護、自己決定権の尊重、遺伝的特徴に基づく社会的差別の排除等)が生ずる可能性を指摘する。
 こうした状況を受け、これまでに国際機関、各国政府等により、いくつかの検討、対応が行われており、本調査資料ではその現状について概観し、あわせて倫理学、法律学等の社会科学諸分野からのアプローチについても紹介する。例えば、ユネスコでは、1997年11月に「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」を採択し、関係者の権利の尊重についての諸原則を掲げている。このほか、アメリカでは大統領生命倫理諮問委員会による報告、政府研究機関によるガイドライン設定、州レベルでの法制整備などが行われ、欧州各国では国の生命倫理諮問委員会の報告を受けての法制度化等が図られている(表1参照)。日本でも、科学技術会議等による取り組みの他、学会等による検討も進められている。 このような関係諸文書の中で共通して取り上げられている留意事項、問題点、対応策等を抽出すると、表2のようになる。また、今後のヒトゲノム研究と社会との関わりについて、検討の求められる課題と対応の在り方を整理したものが、表3である。なお、本調査資料については、本年3月6日の科学技術会議生命倫理委員会ヒトゲノム研究小委員会でも概要報告を行った。

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省エネルギー公共投資のマクロ経済及び産業毎の影響に関する研究(その1) - Discussion Paper No.14 -
第1研究グループ 竹下貴之

 

 ( 問 題 意 識 )
 「不況、失業、リストラ…」といった耳あたりのよくないニュースは、すっかりお茶の間に定着した感がある。また、ヒマラヤや北極の氷が急速にとけだし、温暖化のツメ跡が目に見えるところにまで忍び寄っているというニュースも随所に飛び交うようになっており、漠然とした不安を抱かせている。このように、「景気浮揚・雇用創出」と「地球温暖化防止」は、我が国の大きな政策課題と言えるだろう。現在の景気浮揚・雇用創出策としては、公共投資が柱となっているが、投資先が限定的であり、乗数効果の低下も指摘されている。他の先進国と比較しても悪化している我が国の現在の財政状況を考えれば、今後は、公共投資をより効果的なものとするための一層の努力が必要と言えるだろう。一方、地球温暖化防止策としては、昨今の状況を概観すれば、省エネルギーや新エネルギーをより以上に推進する必要があると考えられる。また、省エネルギーに関しては、エネルギー支出節約分が他の消費や投資に回ることによって景気浮揚効果があるという指摘がたびたびなされている。これらを考慮すると、「省エネルギー公共投資」といった政策が有効ではないか?つまり、公共投資によって、省エネ普及のネックとなっているイニシャルコストを負担することで省エネを推進すれば、「地球温暖化防止」と「景気浮揚・雇用創出」の両立が期待できるのではないか?しかし、投資先が変更される建設業や販売の落ち込みが予想されるエネルギー産業では痛みが生じないか?これらの問題意識のもとに、モデルを用いた定量的な検討を試みた。具体的には、追加的公共投資により、2001年から2010年までに全国の既存非断熱住宅を全て断熱化する場合と、その同額が、従来通り高速道路建設に充てられた場合のマクロ経済影響、エネルギー需給への影響、産業毎の影響を、マクロ経済部門とエネルギー部門からなるマクロ計量ブロックと動学的産業連関ブロックを連結させたモデル(図1)により検討した。


     図1:モデルの構造       図2:マクロ計量ブロックの構造     図3:考察対象とする波及効果

( モ デ ル の 構 造 )
 本モデルの主な特徴は、エネルギー需要の算出方法と公共投資の導入方法にある。前者としては、産業連関ブロックから算出したエネルギー需要計算式をマクロ計量ブロックに共有した。これにより、省エネルギー技術の特徴を踏まえた表現・評価、インフラ生産による追加的エネルギー需要の算出、需要と価格のインタラクション(図2)を考慮できると考えている。後者としては、産業連関ブロックから算出した、当該公共事業による最終需要などの変数変化をマクロ計量ブロックに共有して全変数を再決定した。これにより、公共投資対象の違いによる経済影響の違いを考慮でき、各経済変数のインタラクションを考慮できると考えている。また、公共投資の経済効果には、投資効果とインフラ効果があるとし、間接二次効果まで(図3)について、産業連関ブロックで、投資効果とインフラ効果別に最終需要を求めた。この過程においては、住宅断熱化に関するデータ及び建設産業連関表を用いた。ここで、高速道路建設では、用地代・補償費が必要となるが、これは最終需要に加えないものとし、そのインフラ効果については定説がないので、ガソリン消費の節約を楽観的なレベルで想定した。また、省エネルギーによってういたコストの消費性向分は他の消費に回り、その他は貯蓄に回ると仮定した。それにより、省エネルギーは、消費に対して、実質所得の上昇を経由する直接効果と、貯蓄の増加を経由する間接効果を持ち、投資に対しては、直接効果を持つ構造となっている。なお、CO2排出量は、各一次エネルギー消費量に原単位係数を乗じることによって、雇用は、最終需要項目から逆行列を介して産業別生産を計算し、それに雇用係数(単位生産額あたりの誘発雇用人数:産業連関表から抜粋)を乗じることによって算出した。

( 計 算 結 果 )
 マクロ経済影響に関しては、住宅断熱化ケースの方が、GNPや民間投資が若干大きくなった。この主因は高速道路建設ケースで用地代・補償費を最終需要に加えていないことである。つまり、住宅断熱化ケースでは、全額を最終需要に結びつく投資に充てることができるからである。また、民間消費は2ケースとも殆ど変わらなかった。住宅断熱化ケースでは、エネルギー消費の節約分が他の消費を促す効果も見られたが、エネルギー消費の節約分も消費の減少としてカウントされるため、それらが相殺する結果となった。
 エネルギー需要に関しては、住宅断熱化ケースは顕著な省エネ効果を示し、2010年において、高速道路建設ケースと比べ、約1%減少するという結果(図4)になった。高速道路建設ケースでは、追加的公共投資を行わないケースより上昇するという結果になった。CO2排出量もエネルギー需要と同様の結果であった。
 産業毎の影響に関しては、生産誘発額の結果をみると、住宅断熱化ケースにおける、エネルギー部門のマイナス影響が見られる。特に、ガス部門は、民生需要の減少に比べて、断熱財生産による産業部門からの追加的需要波及が小さく、マイナス影響が大きく出た。一方、雇用面(図5)では、住宅断熱化ケースにおけるエネルギー部門のマイナス影響が緩和される。これは、マイナス影響の出るエネルギー部門より、プラス影響を受けるサービス部門などの方が雇用係数が大きいため、プラス影響がマイナス影響に勝るからである。したがって、エネルギー部門における雇用の痛みは、サービス部門などで十分吸収可能だと考えられる。

       図4:エネルギー需要計算結果           図5:2010年における産業毎の雇用誘発内訳

( お わ り に )
   本モデルは未だプロトタイプであり、今後得られる指摘などもふまえて、今後とも研究を発展させていきたいと考えている。

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Ⅱ.海外事情



「ハーバード大学、RAND、ジョージメイソン大学との将来の研究協力に関する意見交換及び覚書の締結(出張報告)」
第1研究グループ 竹下貴之

 去る2月22日〜27日まで、ハーバード大学John F. Kennedy校Science, Technology and Public Policy Program(STPP)、RANDのScience and Technology Policy Institute(STPI)、ジョージメイソン大学The Institute of Public Policy(TIPP)と、将来の研究協力に関する意見交換を行い、覚書を締結するため、柴田所長と筆者がアメリカ(ボストン、ワシントン)に出張した。
( ハーバード大学 STPP )
 まず、23日に、ハーバード大学STPPのDirectorであるDr. Holdren氏、Assistant DirectorであるDr. Bunn氏と柴田所長、筆者の間で、互いの紹介及び意見交換が行われた。STPPは、ボストン中心部から地下鉄「RED LINE」にて約10分、Harvard Square駅から徒歩約5分、イングランド調のシックな雰囲気を漂わすJohn F. Kennedyキャンパス内にある、15人〜20人のスタッフからなる機関であり、その研究内容は、以下のように整理することができる。
① 科学技術政策形成過程に関する研究
② イノベーションに関する研究
③ 科学技術と人間・社会の関係に関する研究
④ 情報インフラの社会への影響に関する研究
⑤ 原子力政策に関する研究
⑥ 温暖化防止を目指すエネルギー政策に関する研究
 既に、③に関しては、STPPのDr. Jasanoff氏と当研究所の第2研究グループの藤垣主任研究官との間で共同研究が発足しているが、上記のように、STPPの研究テーマは、全般にわたって当研究所と重なっており、今後の協力関係の拡大ポテンシャルは大きいという認識で一致した。今後、どのような共同研究が生まれるかという期待を持たせるような、終始友好的なムードに包まれた意見交換の後、Dr. Holdren氏と柴田所長との間で、将来の研究協力に関する覚書が締結された。
 DirectorのDr. Holdren氏は、PCAST(大統領科学技術顧問委員会)の一員である。彼は、科学技術政策というよりむしろエネルギー政策、とくに核不拡散を軸とした原子力政策研究の権威であり、エネルギー・環境・医学といった人類の存続に直結した分野において、輝かしい成果を挙げた者に贈られる「Tyler Prize」を先日受賞した著名な学者である。短時間ではあったが、このような権威と意見交換する機会に恵まれたことは、筆者にとっては大きな刺激になった。
( RAND STPI )
 翌24日に、ワシントン中心部にあるRANDのSTPIのDirectorであるDr. Don氏、Rattien氏、Pace氏らと柴田所長、駐米日本大使館倉持参事官、筆者の間で、互いの紹介及び意見交換が行われた。
 RANDは民間のシンクタンクで、その起源は、第2次大戦後、アメリカ空軍のあり方について政府から委託調査を受けたことにさかのぼる。現在は、あらゆる分野の専門家が集結した政策シンクタンクで、科学技術分野でもNSF(国立科学財団)やOSTP(科学技術政策局)等をクライアントとしており、これまで数多くの実績がある。研究手法もアンケート、インタビュー、ケーススタディーなど多彩な手法に精通している。また、政策シンクタンクであっても非政府系機関である利点をフルに生かし、コンサルティング結果を発刊し、広く情報提供を行っている。さらに、あらゆる分野の専門家を擁しているため、学際的分野のプロジェクトにおいても柔軟な対応が可能であることもRANDの強みである。専門家によるピアレビューにおいても、事後的な評価においてもそのコンサルティング能力の高さが証明されており、ワシントンにひしめく政策シンクタンクの中でも指折りの実力を備えた機関であるという印象を受けた。
 当研究所では、来年度より科学技術動向研究センター(仮称)が発足し、国内外の科学技術の動向を調査することとなっている。そこで、この科学技術動向調査の概要を先方に紹介し、それに関する協力関係構築の可能性について意見交換がなされ、具体的な調査の進め方などを含む議論を行った。
( ジョージメイソン大学 TIPP )
 翌25日に、ワシントン郊外、Fairfaxにあるジョージメイソン大学TIPPのDirectorであるDr. Haynes氏、Dr. Kash氏と柴田所長、倉持参事官、筆者の間で、互いの紹介と意見交換が行われた。
TIPPの研究内容は以下のように整理することができる。
① 科学技術政策研究
② 地域科学技術政策に関する研究
③ 情報通信技術の展望と情報通信政策に関する研究
④ 運輸技術の展望と運輸政策に関する研究
 DirectorのHaynes氏は、前回アメリカで行われたRESTPOR(地域科学技術政策研究ワークショップ)の招待を受けているなど、地域の科学技術政策に強い関心を持っている。したがって、地域科学技術政策研究において今後の協力関係の拡大の可能性があると思われた。TIPPと当研究所は、これまでにも研究者の交流など、緊密に交流を行っており、フレンドリーな雰囲気で意見交換が進められた。そして、Haynes 氏と柴田所長との間で、将来の研究協力に関する覚書が締結された。
 ちなみに、この日、ワシントンの最高気温は2月としてはめずらしく25℃を指し、大学内には、Tシャツ一枚で季節外れの日差しを楽しむ若者達でにぎわっていた。
( 所 感 )
 以上、これら、3機関との意見交換を経て感じたことは、研究所や研究者のworldwideな評価を得るためには、海外のAcademic Journalへの掲載が必要であるということである。そして、worldwideな評価は、新たな協力関係などの構築にプラスに作用し、それは、研究所や研究者の新たな可能性を切り開いていくというような相乗効果をもたらすのではないかと思われた。確かに当研究所は国立研究所であり、各種調査研究の実施により、政策立案に貢献することが使命であるが、その成果を海外のAcademic Journalに投稿し、広く情報を発信していくことが重要であるのではないかと思われた。

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Ⅲ.最近の動き

○ 人事往来
・3月1日付で吉水 正義 情報分析課長が退職(3月2日付で日本技術士会に採用)し、後任には相馬 融
  科学技術振興事業団文献情報部主任情報員が情報分析課長に就任した。



* 相馬氏(写真)のコメント
 3月より政策研ニュースの編集担当に加わることになりました。前任者の創意工夫の精
神を受け継ぎ、これからも面白い紙面を発信していきたいと思います。
よろしくお願いします。
○ 主要来訪者一覧
・2/16   Mr. Jon Sture Sigurdson:Professor and Director of East Asia Science and
  Technology Programme Stockholm School of Economics, The European Institute
  of Japanese Studies スウェーデン

・2/17   曽 国屏 教授:Director-general , Joint Research Centre European Commission EC
・2/1-3/31 Dr. Sandor Toth:Director-General, Head of the Secretariat for Science and
Technology Policy Council(STPC), the Ministry of Education ハンガリー




編集後記

 

 専門家以外の方にもわかりやすく、専門家にも通用するニュースを迅速にという方針の下で、3回の表紙等デザイン変更に参加できました。
恵まれた環境で編集等の担当ができましたことを、読者および関係の皆様に感謝いたします。(吉水談)
 桜が咲く4月は人の交代時期です。人物往来欄にありますように、本政策研ニュースを3年間担当した吉水情報分析課長が離任し、相馬課長が着任しました。今後の政策研ニュースは相馬新課長の文化を盛り込んだ新展開となります。どうぞお楽しみに。(か)



科学技術庁科学技術政策研究所広報委員会(政策研ニュース担当:情報分析課)

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