No.134 1999 12 
科学技術庁 科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY


 未来科学技術情報館(東京新宿、三井ビル)において「科学技術政策研究所特別展」が開催された。同時に権田客員研究官(左)による「地域社会と科学技術」及び、桑原総括上研究官(右)による「技術予測調査について」の特別講演があった(P7参照)
            

 
目次 [Contents]  Ⅰ.レポート紹介
インターネットを活用した企業の資材調達活動等の調査 榊原第1研究グループ総括主任研究官
Ⅱ.海外事情
オランダ・デンマーク出張報告 木場第2調査研究グループ上席研究員
Ⅲ.トピックス
南アのこと(追伸) 南ア 芸術・文化・科学技術省 市丸 修
「科学技術政策研究所特別展」結果報告
Ⅳ.最近の動き

Ⅰ.レポート紹介

                    

インターネットを活用した企業の資材調達活動等の調査
第1研究グループ総括主任研究官 榊原清則

 

   情報通信技術(Information Technology、以下ITと略称)の意義については、これまで多様な視点からとりあげられ活発に議論されてきた。しかし、日本の組織の実態調査に基づく議論は決して多くなかった。
 そこで、われわれは次の二種類の調査研究を通じて、日本の組織体におけるITの意義を詳細に明らかにすることにした。
(1) インターネットを活用した企業の資材調達活動の調査
(2) 3次元CAD(コンピュータを用いた設計)とERP(統合基幹業務システム)に代表される先端的情報システムの日本における導入利用実態調査
 第1の調査においては、ITが既存の企業間取引関係にどのように影響するかに関心があった。その点を明らかにするために、われわれはまず、インターネットにより資材調達取引を媒介する独自の電子仮想市場(バーチャル・モール)を構築した、そしてそのバーチャル・モール上で、データ収集と関連した質問票調査を行い、企業間取引におけるネットワーク利用の動向把握に努めた。さらに、日米企業の調達活動に関する限られた事例をとりあげ、国際比較分析を行った。
 一連の調査から分かったことは二つある。第1に、企業の資材調達活動におけるIT活用の実態は日米両国で大きく異なることである。そして第2に、その違いには既存の取引形態の違いや企業戦略の違いがほぼ正確に投影されているということである。
 いうまでもなく、IT自体は万国共通であるはずである。それゆえ進化したITの高度活用は、企業の戦略のあり方やその企業が立地している母国、国の違いによって生じるビジネス・システムの違いを超えて、経営形態を一つの未来像に収斂させてゆくという収斂論が広く流布している。しかしながら、われわれの調査結果は、さしあたり単純な収斂論を否定するものである。同種のITでも、経営体のおかれた環境が違えば、その活用の実態は大きく異なることがあり得るのである。
 さて第2の調査においては、企業が用いる情報システムをCADと基幹業務システムの2つに代表させてみた場合、
① その2つのシステムがどのように進化してきたか
② その中でも最も先端的なシステム、すなわち新世代3次元CADとERPの2つが、日本企業によってどのように導入利用されているか
の2点に関心があった。なおERPというのは、経営資源の全社的な計画活用をめざし、会計、人事、販売、生産といった企業のさまざまな基幹情報を中央のデータベースで総合する企業向けの情報システムである。それを用いると、統一的ITインフラのもとでリアルタイムな経営情報活用が可能になるといわれている。
 さて、われわれの検討によれば、新世代3次元CADとERPは、以下にあげる3つの特徴を共通に持っていた。
(1) システムが対象とする部門や業務の広がりが大きく、その意味で部門横断的、業務横断的である。その広がりはしばしば協力企業にも及ぶので、そのかぎりで企業横断的でもある。
(2) 情報システム自体が強い統合志向性を持っている。
(3) それらのシステムは、組織体制や業務プロセスとの連結性が高く、したがって導入に際して組織や業務プロセスの見直しを要求するケースが多い。
 これを要するに、新世代3次元CADとERPの二つを共通に特徴づけるキーワードは、その部門横断性、業務横断性、企業横断性であり、強い統合志向なのである。
 さて、強い統合志向を持った新世代3次元CADとERPという先端的情報システムについて、日本企業の導入利用実態をみてみたところ、システムの部分的・限定的な導入適用、逐次型の導入、特定部門主導、既存システムとの併用という、互いに関連しあう特徴が、いずれの場合にもはっきりと確認できることがわかった。
 この調査結果は、全体最適を可能にし強い統合志向を持っている情報システムを、そうしたものとして導入利用せず、むしろ「つまみ食い」していることを示唆する結果である。全体最適志向のシステムをそうしたものとして利用せず、つまみ食いするというのは、一見したところ重大な矛盾に思える。この矛盾は、
① イニシアティブを発揮できる経営トップあるいは情報システム担当役員(いわゆるCIO)の不在
② 弱体で時代遅れの情報システム部門
③ 情報システム投資へ振り向けることができる資源(カネと人)の不足
といった日本企業の現状を考えるならば、それなりに理解することができよう。さらに、
④ ITインフラ構築において部分最適をめざしてきた組織の伝統
という要因も重要であろう。
 もともと日本企業の情報システムは、現場レベルでの「作り込み」を基本とし、部分最適をめざして構築されてきた経緯がある。それを積み上げるか寄せ集めるかしたものが全社システムとされてきたが、もちろんこれではデータの整合性がとれず、全社的に統一したITインフラにはならない。けれども有能な中間管理者や現場技術者が多く、彼らがそれなりに情報をやりとりすれば何とか業務を遂行することができたし、現場での創意工夫を活かすこともできたのである。しかしその反面、ビジネスプロセスの形式知化と統合的ITインフラ作りに遅れたというのが、いまの実態であろう。
 以上、要するに、ITという一見ユニバーサルな技術の活用において、日本の組織体に特有な導入利用実態が認められるということが、われわれの調査から判明した点である。そのすべてを一概に「遅れた」活用だと決めつけるのは単純すぎる。けれども、IT活用における日本企業の課題を示唆しているとは言って良いように思われる。

注:この原稿はDiscussion Paper No.9「ITを用いた資材調達活動の国際比較」とDiscussion Paper No.11「先端的情報システムと日本企業の課題」をもとにして書かれたものです。

 

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Ⅱ.海外事情

EURO pTA会合報告
第2調査研究グループ上席研究官 木場隆夫

  1.概要
 10月4、5日、オランダ・ハーグにおいてEUROpTA(European Participatory Technology Assessment)会合に出席した。本会合は欧州のオランダ、イギリス、ドイツ、デンマーク、スイス、オーストリアなどの国のテクノロジーアセスメント機関が行っている市民参加型テクノロジーアセスメントの実例を紹介し、その手法の評価を行うのが目的。今回はオランダのラゼノー研究所(Rathenau Institute)が主催。参加者は欧州を中心に60名程度。欧州の他は、カナダ、米国、豪州からの参加があり、日本からは、私と若松東京電機大学教授が出席した。
 市民参加型のテクノロジーアセスメントとしてはデンマークのコンセンサス会議がその初期の試みであったが、最近、いろいろな形態のアセスメントがなされている。それらの相互の関係の理解も一つの課題。その中で日本で行われたコンセンサス会議について報告した。EUROpTAでは、これらの議論を整理し、2000年3月頃には最終報告書をEUに提出する予定。

2.EUROpTA会議の内容
 (1)初日は、6カ国から12の市民参加型アセスメントについて報告があった。コンセンサス会議方式に近い形で行われたのが、半分程度あった。市民会議という名称を使っているところが多かった。(スイスの電力と社会、ドイツのバイオ・遺伝子工学に関する市民フォーラムなど)
・その他の形態としては、たとえばイギリスでは、citizen foresightという農業・食品をテーマとして、利益代表、市民、専門家がパネルを形成し、10回の会合の後に市民パネルの報告書作成がなされるというものもあった。これは新しい民主的予測ツールを模索するものであった。
・また、オーストリアでは、デルファイ・オーストリアという作業が行なわれていた。技術予測と参加型評価を合体させるようなものである。オーストリアの競争力とイノベーションシステムを強化するという目的で行われた。準備作業として350人の専門家に予備アンケートを行ない、消費者調査も1000人を対象に行なう。その他、文献、メディア調査を行なった。第二段階としては、大学、企業、ユーザーグループからなる7つのパネルを形成し、デルファイ調査票を作った。各パネルは4日程度の会議を開き、その結果、調査をすべきイノベーションとして280が提案された。また850の政策提案がなされた。イノベーションのうち、技術的イノベーションは55%、組織的イノベーションは35%程度であった。それらをもとに必ずしも技術専門家ではない3700名に対してデルファイ調査を行なった。第三段階として、それらの結果をパネルを開いて議論し、結論を得、レポートを書いた。本結論は大臣から議会の科学委員会に報告された。
(2)夕方の部で欧州以外の各国からのコンセンサス会議の様子の発表などがされた(オーストラリア、日本、カナダ等)。遺伝子組み替え作物についての本年のオーストラリア、カナダ、デンマークのコンセンサス会議の結果はいずれも似ているということであった。若松氏から日本のコンセンサス会議の概要について説明があった。どのように組織され、進行したかについて説明があった。市民パネルの報告書の英文も配布された。TBSで放映されたコンセンサス会議のニュースのビデオを映した。(音声・文字は日本語なので、欧米人には理解されなかったが)私からは、日本のコンセンサス会議の観察から、市民パネルの構成には偏りがあり、また、学習によって専門家と相互理解を深めたうえでの新たな見解が日本のコンセンサス会議のコンセンサスであることを述べた。それは社会全体のコンセンサスというよりも、パターナリスティックな政治社会に対する新たな問題の可視化という意味が強いという私見を述べた。コンセンサス会議は政策決定の民主化に寄与しうると述べた。それに対して、出席者からパターナリズムの克服という着眼点について関心が示された。各国において政策の決定過程と市民の参加の程度が違うのではないかということが指摘された。
(3)2日目には、市民参加型TAの政治的役割、その影響について報告があった。市民参加型TAは必ずしも政治的役割は十分発揮されておらず、専門家と市民の間をつなぐといったことが主な役割であったケースが多いということが述べられた。また、新たな問題の探索、政策の選択肢を明らかにすることが役割であると述べられた。政治的対立事項の収拾や政策の事後的な評価という意味もあったという発言があった。以上のように政治的役割といっても一義的ではなく、さまざまなものがありうる。
 影響としては、マスメディアにどれだけ大きくとりあげられるかが、一つの目安であるが、例外はあるが、それほど大きく取り上げられるわけではない。
 総括的な討議として、pTAは、政策的役割は顕著ではなく、その影響も明確なものではないが、市民の議論を進めることによって、確実に議論の質が高まっているという点が指摘された。pTAはつつましい成功をおさめつつあると述べられた。

 その他、オランダのテクノロジーアセスメント機関であるラゼノー研究所を訪問した。また、デンマークでは議会の技術委員会を訪問し、またデンマーク国会議員の研究委員会議長のハンネ・セヴェリンセン氏に面会した。デンマークでコンセンサス会議の3回(情報技術と交通、化学物質の閾値、漁業の将来について)の司会役を務めたリス・クリステンセン氏にコンセンサス会議の実際について聴取した。デンマークでは、コンセンサス会議における市民の議論に政治家も信頼を置いているように感じられた。また、デンマークのコンセンサス会議は泊まり込みで行うなど、日本に比べ時間をたっぷり使うという違いはあるが、その他の会議の進め方についてはデンマークと日本であまり大きな違いはなかったと感じた。

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Ⅲ.トピックス

南アのこと(追伸)
南ア 芸術・文化・科学技術省 市丸 修

 思いがけず、南ア事情について少しだけ追加する機会を得ました。就職事情について少し触れてみたいと思います。黒人政権になり、これまで有色人種が被ってきた不利益を解消する、ということが最大の政策課題となりました。政府系機関は、意識的に黒人の雇用比率を上げなければなりません。これがどれだけ改善されたか、という点が機関の評価の大きなポイントになります。これは科学技術関係の機関ではなかなか大変な問題です。前政権下では、黒人に対し意識的に、数学及び理科教育はほとんど行われなかったそうです。とはいえ、旧黒人系大学にも理系はあり、博士も出しています。ただ、その設備は相当お粗末です。日本の大学の教養課程程度にもいかないのではないでしょうか。雇用に戻りますと、数の問題だけでなく、どのランクに黒人を入れたか、ということも重要な要素ですから、研究機関にとってはなかなか大変です。特に原子力系などでは元々該当する黒人の研究者はいないのに比率を上げろといわれても無理だ、という悲鳴が聞こえてきます。現在、理数科教育のレベルを上げるための様々な施策を講じてはおりますが、それが実を結ぶのはまだ先のことになるでしょう。
 ところで、大変個人的な経験ですが、技能者のレベルはかなり低い、というか、職業意識に欠けるというか、あまり感心しません。電話を引いてもらっても雑音だらけで開通4日目でもう駄目になるありさまですし、名刺を作ってもらっても、校正も無しに印刷してきて、いつも何処か間違えている。文句を言うと、今混んでいるからこれを使ってくれ、次回は訂正するから、と言います。コンピュータを使ってプラスチック版に印刷するような、隣国にはとてもなさそうな機械ですが、機械はあっても人は伴っていないようです。
 最後になりましたが、9月号の記事に手違いがありまして、原稿の一部分が抜けています。もう一度読み返していただく必要もありませんが、本来は、7頁9行目、犯罪予防の話の後、動物の話の前に、以下の文章があったのだと思っていただければ幸いです。
 「もう一つの失業率で言えば、ごみ再資源化のプロジェクトの人とお話をしていた時、南アの資源ごみ回収率は世界でもトップクラスだ、と言われました。私が、そんなことは信じられない、分別回収でさえやっていないではないか、と申しましたところ、それは先進国の発想なのだそうです。こちらは、お金になることなら何でもやる人が沢山いる、回収率の高さは、貧困によるものだ、と言われました。いろいろな構造が、このような貧富の差を前提に出来ている社会のようです。」

この原稿は政策研ニュース No.131 9月号の掲載された市丸 修氏の「南アフリカのこと」の続きです。

 

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「科学技術政策研究所特別展」結果報告

 未来科学技術情報館において、「科学技術政策研究所特別展」が開催された。(表紙写真)

1. 開催期間 平成11年10月13日(水)〜10月22日(金)

2. 開催場所 未来科学技術情報館(新宿三井ビル1階)

3. 入館者数(実績) 期間中入館者総数1,748名((財)未来科学技術情報館調べ)

4. 講演会の実施
10/14(木)12:15〜13:00
「科学技術と地域社会」講師:科学技術政策研究所客員総括研究官権田金治氏
・本研究所の活動内容や地域社会との関係、また、石川県工業試験場で開発された、超ハイカウント糸(髪の毛の10/1の極細糸)眼鏡拭きや新潟県の醸造試験場で研究され、紅麹菌を使用して赤い色を出した日本酒などの実物を紹介しながら、科学技術が自分たちの住んでいる地域や生活と密接な関係があることについての説明を行った。
 聴講者22名
10/15(金) 12:15〜13:00
「技術予測調査について」
 講師:科学技術政策研究所第4調査研究グループ総括上席研究官桑原輝隆氏
・未来の国民生活を予測した「技術予測調査」の研究成果等をパネルやパンフレットを通じて紹介、聴講者にその場でいくつかの課題(医療、家庭生活、宇宙、電気機械等)についてアンケートを行い、専門家の予測と比較した。聴講者からの質問では、環境分野などは今調査すれば少し結果が変わる可能性があるのではないかとの指摘があり、確かに過去の調査をみてもその年代で重要視されたものが変化する可能性がみられるとの答えがあった。
聴講者26名

5. 感想
・欧米では若者が科学技術に興味を持ち、日本では年配の方のほうが興味を持つといわれているが、この講演会も年配の男女が熱心にメモを取り質問をしていたのが印象的であった。
・講演会を平日の昼食時に計画し、休憩時間が限られている一般会社員などは参加が難しいと思われたが、近隣のオフィスの会社員等の参加者があった。
・講演会の参加者より科学技術政策関連の情報資料が少ないとの指摘があった。

Ⅳ.最近の動き

○ 主要来訪者一覧
・10/21 趙 学文 教授(ZHAO, Xuewen):中国国家自然科学基金委員会政策局局長
・10/28 Mark Sinisoo:エストニア大使(Ambassador, Embassy of the Republic of Estonia)
○ 講演会
・11/4 「中国を含む科学技術意識調査の国際比較に関する研究」
 張 正倫:中国科学技術協会管理科学センター副主任
○ 表彰
・10月22日に、当研究所総務課関根秀雄氏が麹町警察署より優良運転者として署長賞を受賞しました。
○ 訃報
・10月29日、前澤祐一第1調査研究グループ総括上席研究官が急逝されました。ここに謹んでご冥福をお祈りいたします。


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編集後記

 カニサボテンの赤い蕾が咲き始めました。今年の冬は暖かいという予想です。寒がりにはうれしい知らせです。表紙の写真にあります政策研特別展は、多くの方が見学に、あるいは特別講演会に参加いただきました。レポート紹介の「インターネットを活用した企業の資材調達活動等の調査」は6月号に掲載された「日本のベンチャー企業と起業に関する研究」及び8月号に掲載された「ベンチャービジネス」をご参照下さい。また、南アフリカからご寄稿いただきました「南アのこと」につきましては、追加して記事をお願いいたしました。
いよいよ次号は2000年特集です。本誌も生まれ変わります。4月に種をまいた研究成果も実りつつあります。どうぞお楽しみに。(Y)



科学技術庁科学技術政策研究所広報委員会(政策研ニュース担当:情報分析課)

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