No.130  1999 8 
科学技術庁 科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY


柴田治呂科学技術政策研所長
            

 
目次 [Contents]  所長挨拶
柴田治呂所長
Ⅰ.レポート紹介
ベンチャービジネス;日本の課題 榊原第1研究グループ総括主任研究官
累積的イノベーションにおける技術専有と特許クロスライセンス 情報分析課
Ⅱ.論説紹介
サイエンス・ウォーズ(欧州科学技術社会論会議政策ワークショップ参加をもとにして) 藤垣第2研究グループ主任研究官
Ⅲ.海外事情
OECD/TIP科学技術労働市場ワークショップに参加して
前澤第1調査研究グループ総括上席研究官
Ⅳ.トピックス
研究における国際協力:方針と実践 ジョセフィーヌ・アン・シュタイン英国イーストロンドン大学主席特別研究員
最近の韓国の科学技術政策動向 尹 大洙韓国科学技術処
Ⅴ.最近の動き

所 長 挨 拶

 

科学技術政策研究所所長 柴田治呂

 

 7月6日付けで、科学技術政策研究所長に就任いたしました柴田治呂でございます。 科学技術政策研究は、社会・経済現象も含んだ科学技術を巡る諸事項を総合的に取り扱うものであり、研究対象、研究手法ともきわめて広範多岐にわたっています。研究を進めるに当たっては、国際性及び学際性を重視した広い視野に立ちつつ、時代や社会の要請に応じ、適切かつ積極的な取り組みが重要であると考えております。創立10周年となった昨年7月には、記念式典を行うとともに、10月には国内外から422名という多くの参加を得て当研究所主催の10周年記念国際コンファレンスを開催しました。
 また、1999年1月には外部識者より構成された機関評価委員会によって、当研究所の創立以来、過去10年間の運営全般についての検討が行われ、小規模な機関の最初の10年としては良好な成果を出しているとの評価を受けました。今後はその評価結果を踏まえ、具体的な取り組み方策について検討を行い、本研究所の活動のさらなる向上につなげて参りたいと考えております。
 我が国は厳しい経済状況に置かれており、世界的な大競争時代を迎え、経済、産業の活力を取り戻していくことが重要な課題となっております。また、地球規模の観点からは、地球環境問題、食糧問題、エイズなどの難病問題等の解決が重要視されています。このような重要課題の解決にあたって、科学技術は大変重要な役割を担っており、国家財政の厳しい環境にあっても科学技術関係予算は例外的に増額を認められているなど、政府の科学技術に対する期待は大きなものであると認識しております。科学技術政策研究は、科学技術の具体的な施策の展開にあたっての基本となるとともに、より有効な研究システム、研究開発戦略の構築等の重要な役割を担うものであり、この分野の中核的機関である当研究所の果たすべき役割はますます大きくなっていると考えております。
 私といたしましても、当研究所が、このような時代の要請に応え、科学技術政策研究が我が国の経済、社会の発展に貢献するよう、皆様の御協力を得て職務に専念して参りたいと存じます。

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Ⅰ.レポート紹介

ベンチャービジネス;日本の課題 −POLICY STUDY No.2−
第1研究グループ総括主任研究官 榊原清則

 日本のベンチャー企業(VB)については、その育成策が盛んに議論されてきた。しかし「何がベンチャー企業であるか」については、依然多くの混乱した見解があるのが実状である。
 この論考では、そうした点を改めて出発点に立ち返って考察し、そもそもベンチャー企業とは何か、日本の何が問題かを、主としてアメリカの実状との比較で論じている。
 日本のベンチャー企業の現状は、なるほどアメリカのそれとは比較が困難なほど低調である。しかし、まったく希望がないわけではない。日本のベンチャー企業をめぐる新たな動きとして、この論考では次の5点をあげている。
 第1は独立系ベンチャーキャピタル(VC)の出現である。日本ではこれまで既存の金融機関系VCが中心であったが、ようやく最近になって、独立系VCが生まれてきた。彼らの登場とそのリスク・テイキングな行動は、既存の金融機関系VCに対して強いインパクトを与えている。
 第2は公的施策の充実である。VB新興のための公的支援施策が関連省庁によって相次いで打ち出されてきた結果、利用可能なメニューが増え、実効性も高まってきた。事実、この10年間に設立されたベンチャー企業の間では、起業成功のおもな理由として公的支援をあげる声が高くなっている。
 第3に、主要な大学や国公立研究所、理化学研究所など、日本を代表する「センター・オブ・エクセレンス」(COE)のなかに、産業との連携をはかり、その組織を「オープン化」あるいは「ベンチャー化」する動きがある。
 第4に、人材流動化の顕著な動きが指摘できる。この関連では、①失業率が上昇傾向にある、②既存企業において雇用・処遇を多元化する動きがある、③大学新卒者の間に中小企業および外資系企業へ向かう傾向が出ている、などが注目に値する。いずれも、人材移動の増大につながる動きであろう。
 最後に注目すべき点は、いわゆる「情報家電」やネットワーク上の各種サービス・ビジネス、バイオ関連産業などに、大きな将来性が期待できる戦略産業の芽が現れていて、VBの個別的努力に相乗効果をもたらす可能性が日本に生まれていることである。
 以上の5点は、日本のVBの周辺で、いま現に起きている現象である。それらは共通に、日本のVBの将来を明るく展望することが可能なポイントであるように思われる。

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累積的イノベーションにおける技術専有と特許クロスライセンス −DISCUSSION PAPER No.10−
客員研究官 和田哲夫、情報分析課長 吉水正義

 特許の保護の幅と技術開発インセンティブの関係を考える上で、「イノベーションの累積的性格」が重要であると認識されてきた。そこでは、先行技術開発を基盤として後続技術が生まれるという技術開発間の外部性の問題と、実施段階での技術間の補完性があるため、実際の技術開発インセンティブが、個々独立の技術開発=一特許=一製品という仮想的な場合とは異なっていることが問題である。そして、特許の幅以外にも、技術開発者間又は所有者間の契約にかかる「取引費用(transaction cost)」によって技術開発インセンティブは左右される。抽象的な取引費用は直接計測できないが、技術契約の取引費用を左右する契約上の危険が取引ごとにどのように変化するか、対応して契約形態がどう変化するかは取引単位での実証課題となる。
情報通信技術では、技術開発が累積的に起こり、また技術間での補完関係が重要である。そこで、企業間の知的財産権を組み合わせることが必要となり、クロスライセンスも多いが、どのように使われているか実証はほとんどない。本稿では、unilateralな(一方向)ライセンスの契約上の危険が大きいとき、相互依存的な関係をもたらすクロスライセンスが取引費用節減の役割を果たすという取引費用仮説により、クロスライセンスによるかどうかの要因分析を試みた。データは、旧外為法に基づく技術導入報告のうち、1989/90年度の電機・情報通信技術に関する米国から日本への特許許諾契約(資本関係のない企業間)339契約に含まれる延べ1143の米国特許を用いた。
特許ごとに見ると、クロスライセンス契約に現れる特許は、ごく少数の相手方にしかライセンスされておらず、また、大量の相手方に許諾されている特許はすべて一方向のライセンスだった。ここから、クロスライセンスは、たまたま互いに必要な特許を持っている場合の金銭支払いの代替ではなく、少数者間技術アライアンスに似た性格を持つことが伺える。
さらに、特許単位での二世代にわたる被引用数を用いて、クロスライセンスor一方向ライセンスの単純な質的回帰分析を試行した。「ある特許の所有企業により取得された引用特許(自己引用特許)の数/その特許の総被引用数」を、特許単位の技術専有度の代理説明変数として用いたところ、クロスライセンスに正の影響が見られた。自己引用比率とクロスライセンスが関連していることは、ライセンスが技術専有に大きい影響を及ぼすおそれがある(契約上の危険が大きい)とき、クロスライセンスを活用しているという理解と整合的である。技術開発が活発に継続する技術分野では、正の外部性が存在しても技術開発者同士または所有者同士の契約が難しく、特許同士の実施妨害(blocking patents)が多く存在する状況であることが予想される。

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Ⅱ.論説紹介

サイエンス・ウォーズ(欧州科学技術社会論会議政策ワークショップ参加をもとにして)
第2研究グループ主任研究官 藤垣裕子

 

 サイエンス・ウォーズとは、アメリカで1990年代半ばに起こった科学者と科学論者の論争を指す。科学論者の相対主義的、反実在論的傾向の強い議論に対し、科学者サイドが実在論や実証主義をもちあげて論争したという形をとっている。その第1幕は1992年に出版されたアメリカのワインバーグによる「最後の理論への夢(Dreams of a Final Theory)」、イギリスの生物学者をウオルパートによる「科学の自然でない性質(The Unnatural Nature of Science)」の2冊の本、および1994年に生物学者ポール・グロスと数学者ノーマン・レヴィットによる「高度の迷信(Higher Superstition)」の出版にはじまるといわれる。前2冊の本は、科学の本性に関して当然視されていた見解に対して挑戦してきた科学史家や科学哲学者、科学社会学者に対する、科学者の側からの批判的検討である。皮肉なことに、これらの本によって科学論の仕事が一般の人々の目にふれるようになった。このすぐ後、科学論はフェミニズムやポストモダニズム、多文化主義、といったアカデミックな左翼活動と結びつけられていった。グロスとレヴィットの本はそのようなポストモダニズムと結びついた科学論を、やはり科学者の側から批判したものである。そして第2幕は、1996年の「ソーシャルテキスト」誌の「サイエンス・ウォーズ」特集に投稿された、物理学者ソーカルによるパロディ論文の掲載とその暴露である。つまり、ソーカルは物理学の知識をわざと誤用したポストモダニズム風の論文を書き、それが上記雑誌(文化研究を主に扱う雑誌)に掲載された、ということから、同誌のレフェリー制への疑念を提示したわけである。この捏造論文以降、サイエンス・ウォーズは全米の科学論者と科学者をまきこんだ論争となった。しかし欧州の科学論者は直接攻撃された一部のフランス陣営以外は、対岸の火事という姿勢を取っている。
この戦争は、一見、科学者と科学論者の論争の形をとっているが、実はここに「科学政策」関与者という第三項が存在し、これが前二者の関係やあるいは欧州と米国の違いに微妙な影響を及ぼしている。第1幕に登場した本によって科学論が一般の人々の目に触れるようになるにつれ、科学論と関係した議論が科学政策論の場に登場し始めた。特に米国において高額の研究プロジェクトの予算の削減のみならず、科学コースの学生受入数の削減のための根拠として用いられたのである。グロスとレヴィットの本は、それに対する反発の面も含んでいる。さらに、第2幕では、ソーカルが、このような科学政策との連動をよぶ元凶としての科学論を攻撃する、という意図をもっていたにもかかわらず、その反対の効果も生んだ。アメリカの保守的な政治グループが、サイエンス・ウォーズを利用して、科学が「社会的に構成された」性質をもっているということを、アカデミズムによる教育、研究に対して影響力を行使するための根拠として用いた。つまり、サイエンス・ウォーズの議論は、理論物理学と科学論は共に疑わしい社会的構築物として、市場のテストを満たさない、国家の文化的価値を強化しない、とみなす根拠とされ、教育資金配分の議論に利用されうるのである。このように、今回のアメリカの事件が、アメリカにおける物理学を中心とする基礎科学への政府資金の減少と連動する,科学のアカウンタビリティ論と関係があったこと、そしてこのことに対する科学者の憤懣の矛先がSTS(科学技術社会論)にむけられたこと、はよく指摘されている。
さて、ここで欧州のSTSと科学政策との関係をみながら、サイエンス・ウォーズに関する米欧の状況の違いを追ってみる。欧州では、EUの科学技術庁にあたる第12総局の依頼のもとにSTS研究の研究および修学ガイド/大学・研究機関一覧を作成するなど、STSは独立した学問分野としての徹底性を社会に認めさせつつある。欧州のSTSと米国のSTSの違いを考える上で、双方の科学技術政策の現代史の知識は欠かせない。欧州ではすでに80年代に科学技術系予算の緊縮財政が行われており、これをきっかけに研究評価、重点投資、といったことが考えられるようになった。欧州のSTS研究者は、特に社会科学系の研究者が、これらの研究評価やEUの科学技術政策に貢献するような研究を、科学者とともに積み重ねてきている。しかしアメリカでは90年代に入ってからポスト冷戦後に軍事予算が削減され、特に物理学系および工学系が予算を取りにくくなる状況が生じた。しかも、研究評価や重点投資といった科学技術政策の詳細なプロセスにSTS研究者が関わっていく、というような協力関係が、欧州ほどにはまだ築かれていない。AAAS(全米科学振興協会)の科学政策部長タイク氏が本研究所に来所中に、「アメリカのサイエンスウォーズの原因の1つは、アメリカのSTSがあまりにpure-humanity、pure-social-scienceを求めすぎていることである。特にポストモダニズムにこういう傾向が強い」と言ったことは印象的である。一方、欧州のSTSの集まりであるEASST(欧州科学技術社会論会議)主催のPolicy-Workshop(1999年4月、於イギリス:サリー大学)では、欧州のSTS研究者の間に、知識人としての責任論やコミットメント論(publicの関心を取り込んで、政策を批判的に分析し、次の一歩をよくするための寄与)を真剣に議論する傾向が大変強いのに驚かされた。ここでコミットメントとは、上記のタイク氏のいうpureと対置される。実際、STSの国際団体である4S(科学技術社会論会議)の本年の年次大会のプログラム委員をやってみて、この米欧の違いは、応募された論文抄録の分布(「STSとその周辺」というサブテーマに応募された75件の論文の分布)の違いに如実に顕れていていることを実感した。欧州のSTS研究者の論文では「バイオテクノロジー政策」「南極観察政策」など、科学者(doing-science)、科学論者(studying-science)、行政サイド(administrating-science)、および政策研究者(studying-administration)の四者にまたがって論陣を張ったものが多いのに対し、米国の投稿論文は、純粋な文化研究と、純粋な政策分析(予算分析)に二分され、欧州のような論の張り方がほとんど見られないのである。このことは、欧州のSTSと米国のSTSとで「問いのたてかた」が違う、問題意識が異なることを表している。
だが、上に述べたことは、ひとりSTSという分野の欧米差なのであろうか。特に知識人のコミットメント論の違いの傾向は(米国の科学論がニューレフトと関連づけられて議論されているにもかかわらず)、以下の意見と不思議と呼応する。「(フーコーにしろレヴィ・ストロースにしろ)フランスの知識人でマルクスの影響を受けなかったひとはほとんどいないんじゃないでしょうか。そこからいわば「マルクス抜き」をして脱色しちゃったのがアメリカのポスト構造主義じゃないかと思うけどね。」(上野千鶴子、現代思想Vol.27-1,p71)「…これらの(社会構築主義を社会運動に応用する社会学の)諸業績は、社会運動を信条に還元したり、集合的な大衆行動として捉える傾向にあるアメリカでの伝統的研究手法と比べた場合、新しいものである。」(アルベルト・メルッチ、現代に生きるノマド、岩波書店、p12) これらの言は、科学論のまわりにある人文科学、社会科学という学のありかたそれ自体が(市民運動論も含めて)、欧州と米国とで異なっている兆候を表している。サイエンス・ウォーズには、これらの学の違いと倫理観の違いが反映していると考えられる。欧米と比してこれまた異なった境界形成をしている日本の学問群に対して、サイエンス・ウォーズを一般化して適用することは、かなり危険である。
ひとことで科学論、STS、そして人文・社会科学といっても米国のそれと欧州のそれとは異なる性質をもつと考えられる。そしてあたかも科学論者と科学者という二者の戦争のように見えるサイエンス・ウォーズが、実は人文・社会・自然科学の分野交流だけでなく、科学技術政策という第三項との関係によっても決まる、ということは、この社会現象を捉える上で大事な点であると思われる。

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Ⅲ.海外事情

OECD/TIP科学技術労働市場ワークショップに参加して
第1調査研究グループ総括上席研究官 前澤祐一

5月17日、TIP科学技術労働市場ワークショップが、パリのOECD本部で開催された。本ワークショップは、高度知識経済(knowledge-based economy)における科学技術人材の流動性、高度専門技術人材の需要と供給等に関し、現状、課題、今後の政策の方向性等について自由に意見交換し、OECD加盟諸国における今後の施策の立案等に資することを目的としており、各国の専門家等約80名が参加した。我が国からは、発表者として私及び小林信一電気通信大学助教授が出席した。
本ワークショップでは、13名の専門家がプレゼンテーションを行った。私からは、モード論を引用しつつ最近の科学技術活動の特徴を述べるとともに、科学技術人材の流動性等に関する最近のデータを示し、科学技術人材に関する政策(「科学技術基本計画」、「若手研究者・研究技術者の確保、活用等に関する懇談会」の政策提言、「科学技術活動に係るコーディネート機能・人材に関する調査研究」の実施を通じて得られた今後における政策の方向性)の要点を紹介した。また、小林助教授は、「日本の科学技術労働市場の変化とその未来について」とのテーマで、将来博士卒者の供給過剰が生じるのではないかとの問題提起を行った。
本ワークショップの最後に、各専門家のプレゼンテーション及び討論を踏まえ、TUAC(Trade Union Advisory Committee)代表による以下のような総括とりまとめがあった。

当グループにおいて今後の科学技術人材に関する調査研究を展開するに当たり、特に人材の流動性、人材の需給に関し、当研究所の調査研究の状況について積極的に情報発信し、各国の第一線で活躍する専門家の見解を把握することは重要との認識から、本ワークショップに参加した。公式及び非公式の場を通じ、各国の専門家と意見交換できたのは非常に有意義であり、今後の調査研究の推進にとって、大いに得るものがあったと考えている。
また、本ワークショップ終了後、5月19日、21日に、ブラッセルのEC第12総局関係者4名を訪問し、科学技術人材の流動性に関する政策を中心に意見交換を行ったが、貴重な情報が得られるなど有意義な訪問であった。

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Ⅳ.トピックス

研究における国際協力:方針と実践
ジョセフィーヌ・アン・シュタイン英国イースト・ロンドン大学主席特別研究員

 私がNISTEPを訪問した主な目的は、欧州委員会の先進研究部門が実施している、「国際研究技術開発協力」に関するプロジェクトの現地調査を行うことでした。機械工学を学んだアメリカ国籍の女性大学研究員が、なぜ欧州委員会を代表して日本政府の行政官や専門家たちに国際研究開発政策について質問するのか?についてはインタビューをお願いした方々、特に霞ヶ関の皆さんは、疑問を持ったようです。こうして私は日本の研究活動、政府、専門家のアイデンティティの背景にある文化が、大きく異なることを最初に実感しました。たしかに今回の調査は、これまでのどの経験とも異なっていました。
イースト・」ロンドン大学(UEL)の先進技術研究学部は、「古典的な」科学技術社会(STS)研究と、科学技術政策(STP)研究にまたがる学際的な橋渡し役として、研究・教育の両面でヨーロッパの中心になりつつあります。遺伝学、食品科学、輸送などを専門とするUELの他の学部と共に、ロンドン管理先進技術科学センター(LoGIS)を新たにスタートさせ、STSではヨーロッパ文学修士号、科学技術管理では理学修士号を授与するほか、関連する研究活動の拠点作りを進めています。
研究分野の多くが共通しているNISTEPを、今回の調査の足がかりとして選んだのは当然の成り行きでした。実際、昨年私が欧州議会の依頼で実施した科学諮問制度に関する研究では、平澤教授にご協力いただいたし、1999年4月に英国で開催される国際セミナーでは、藤垣博士と私とで論文を発表しました。アメリカ人の同僚を通じてお二人のことは伺っており、NISTEPの研究と国際的な評価を聞くに及んで、お二人をはじめ共同研究者にも是非お会いしたいと思っていました。
NISTEPは政府高官とのインタビューをアレンジしてくれたほか、私のような「(日本語を)読み書きできない」人間が「現地」調査するうえで実務的な面をサポートしてくれました。NISTEPのサポートのお陰で文部省、科学技術庁、通産省、外務省、宇宙開発事業団(NASDA)(NISTEPに出向しているNASDA研究者のお陰で筑波を訪問しなくて済みました)にインタビューすることができました。また、国際政治研究所(NISTEPから歩いて2分の距離にある)など、民間の研究者やコンサルタントにもインタビューし、欧州委員会、全米科学財団、カナダ大使館、スウェーデン大使館、英国大使館、米国大使館を訪ねて外国人科学技術政策専門家に話を聞きました。さらに日本の科学政策界を代表する方々にもお会いしました。またNISTEP自体に備わっている豊富な専門知識も十分利用しました。
東京での現地調査は、私の研究プロジェクトの焦点となる米国−日本−欧州という「三者関係」についての研究(ここで言う欧州とは個々の加盟国や研究機関ではなく欧州共同体を指します)を完成させるうえで、先行するワシントンDC、ブラッセル訪問を補うものでした。
国際研究協力に関する日本の政策について学んだのと同時に、この「三者関係」の各要素が持つ特有の性格、それぞれの間の相互関係、そして共通もしくは共同の研究活動(例えばヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム)に対する政策や見解がわかってきました。
日米間の科学分野での関係が最も進んでいることがわかりました。欧州共同体と米国とのつながりは、欧州のフレームワーク計画の研究共同体に米国が協力する条件を規定した協定を昨年締結することで強化されたものの、まだかなり不確かなものです。但し、日本人研究者と欧州共同体レベルでの研究とのプログラム上のつながりは特に希薄で、欧州の研究者が日本を訪れる際に利用できるのは日本側の奨学基金や、通産省が資金を提供している知的生産システム(IMS)並びにECのESPRIT計画といった2、3の例外的なケースに限られています。
更に明らかになったのは、こういった共同または共通の研究協力のケースはほとんど全てが多国間協定であるか(ISTC、ITER)、もしくは欧州委員会のものではない欧州の研究体との間の協定であるということです。国際宇宙ステーションは欧州宇宙機関との協力で行われましたし、大型ハドロン粒子加速器はCERNとの協力によるものでした。
またその理由も明らかになりました。日本の基礎研究が断片的であること、そして極端に孤立したこの研究システムがあらゆる面で硬直的であることは、国によりまた研究機関により研究風土が異なることでもたらされる多様性を利用してゆこうとする欧州スタイルのギブアンドテイク型協力とは全く対照的です。
ですから非常によく似たタイプの研究を行っている専門家仲間が(西洋的見方!)自分たちの研究機関をベースとしたサークルで会議を開催している一方で、日本においては基礎科学の分野で国家的な専門研究学会や、自ら会議を主催し機関紙を発行するような学者がほとんどいないと知っても驚きはしませんでした。また日本では女性科学者がほとんどいないことも驚きではありませんでした。日本では医学、法学並びに工学といった専門職の方が基礎科学におけるよりも国家組織として発達していることが理解できます。
同時に、日本の研究システムも台頭しつつある欧州の研究システムも協力関係を強めることで共に利益を得ることができるとの確信に立ち、日本と欧州の政策研究者並びに実践者の間で情報交換を密にするというアイデアを探求し始めました。 NISTEPの滞在研究者として体験したこれから始まろうとする研究協力をまず第一にどのようにまとめあげるかについていくつかのアイデアが浮かびました。様々な研究と学問的関心についてNISTEPのスタッフの多くと討論しましたが、彼らは全員情報交換を取り上げ、研究協力を進める上での可能性を指摘してくれました。

NISTEPの親切な受け入れと実際的なサポートは私の研究の生産性を非常に向上させ、また将来において研究所間の継続的な研究関係を確立したいという要望に大いに貢献しました。言い換えれば今回のNISTEP研究訪問は国際研究協力の調査を促進しただけでなく国際研究協力そのものを促進することになったのです。

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最近の韓国の科学技術政策動向
尹 大洙 韓国科学技術処

 21世紀知識基盤社会を迎えて知識の核心と言える科学技術の発展を促進するため、韓国は最近次のような方向に重点をおいて施策を樹立・推進している。

1.科学技術政策の総合調整の強化

韓国政府は科学技術に関する政策の調整機能を強化するため、1999年1月、国家科学技術委員会を設置した。同委員会は大統領を委員長とし、関係省庁の長官や専門家など20人以内の委員で構成されている。委員会は科学技術振興のための主要政策及び計画の樹立・調整、科学技術関係予算の拡大方策、国家研究開発事業について審議するなど、国家科学技術政策及び研究開発事業を総合調整するのをその主な機能としている。韓国には以前にも科学技術政策の総合調整機能があったが、その本来の機能を果たしたとは言えないと思われる。その委員会が従前の総合科学技術審議会(議長:国務総理)及び科学技術長官会議(議長:科学技術部長官)とは違う点は委員長が大統領で委員会の機能が強化されたという点と同委員会が国家研究開発事業について事前調整機能を持っているという点である。同委員会の根拠規定である「科学技術革新のための特別法」と同法施行令によると、関係省庁の長は次の年の研究開発事業に関する計画書と予算要求書を同委員会に提出しなければならない。一方、委員会は研究開発の予算編成に関する意見を予算当局に通報し、予算当局は同意見を考慮して研究開発事業関係予算を編成することになっている。このような委員会の機能強化と予算との連繋強化によっていままでに円滑にできなかった科学技術政策の総合調整がより強化されると期待されている。

2.知識基盤の拡充のための先端研究開発事業の推進

国家研究開発の基本方向として短期的には機械、部品、素材、半導体などの貿易収支の改善と主力産業の効果価値化に必要な次世代非メモリ半導体技術開発を重点的に推進する。中長期的にディジタル放送技術、生命科学、新素材、新薬、ロボット技術など、国家競争力確保のための核心産業技術と生活の質の向上のための公共福祉技術を省庁横断的に開発する。また、宇宙技術、代替エネルギ−技術など気候変化条約対応技術、防災技術、環境技術など国家戦略技術も持続開発する。なお、国家が育成すべき重要核心技術分野の研究開発を担当する産・学・研の優秀研究集団を政府が支援する国家指定研究室(National ResearchLab.)制度を今年から導入する。総500個を目標に、まず1999年には150個所の研究室を選定し、支援する計画である。さらに、研究成果の企業化を促進するため、出捐研究所の研究員の創業、公共機関保有技術の実用化研究及び中小企業への技術移転を支援するとともに研究成果の企業化を制度的に後押しするため、「技術移転及び実用化促進に関する法律」の制度を推進する。

3.創意的人材養成と基礎科学の振興

科学技術人材の養成においては、今まで量的拡大に力を注いで1997年現在13万8千名の研究者(人口1万人当り30名)を保有しているが、これらは創意性ある高級頭脳の養成に重点をおいて政策を推進する。このため幼児教育→初・中等科学学校→科学高校→韓国科学技術院(KAIST:Korea Advanced Institute of Science and Technology)を連槃する科学英才教育体系を確立するとともに大学附設の科学英才教育センタ−を拡充する。また、韓国科学技術院を世界水準の研究中心大学に育成していき、光州科学技術院を新素材、情報通信、環境など特定先端技術分野に重点を置く国際大学院に育成するとともに、韓国科学技術院附設の高等科学院を世界的碩学と優秀な若い科学者が共に研究する基礎科学研究の中心地に発展させる。基礎科学振興において、まず、政府研究開発予算中の基礎研究費の割合を高める(1999年16.87%→2002年20%)し、基礎科学研究基金の規模を拡大して安定的に支援する。また、大学の創意的基礎研究力量を拡充するため、学際間研究及び共同研究を重点的に支援し、大学の優秀研究センタ−(SRC/ERC:Science Research Center/Engineering Research Center)に対する支援を拡大する。なお、放射光加速器Beam Line,核融合研究施設など巨大研究施設を持続的に拡充すると共に産・学・研の共同活用を促進する。

4.科学技術人優特及び科学分化の拡散

科学技術人の士気高揚のため科学技術人に対する褒賞を拡大する。今韓国では大韓民国科学技術賞、韓国科学賞、若い科学者賞、今月の科学技術者賞、などの科学技術関聯褒賞制度があるが、賞の種類をもっと多様化する。また、研究成果給、職務発明褒賞制度など経済的褒賞制度を拡充すると共に科学技術人の政府委員会と政策諮問機構への参与を拡大するなど科学技術人を優待する風土を造成する。科学技術文化を拡散するため地域の特性ある科学館の建設を支援するなど科学館施設を全国的に拡大する。なお、学生と一般人が参与する科学祝典をソウル、釜山、大田など主要都市で開催し、TVの科学プログラムの製作を支援すると共に言論、出版界の科学大衆化参与を誘導するため優秀科学図書マ−ク制を施行する。
これ以外も先進国との国際共同研究,科学技術人力交流、海外科学情報の蒐集・活用などを通じた科学技術分野国際協力を推進するし、原子力の安全確保と平和的利用拡大も持続的に推進して行く計画である。

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Ⅴ. 最近の動き

○ 講演会 

・5/31 「Industrial Innovation - How much is too much?」
 Dr. Christoph von Braun:Independent Consultant and Researcher
・6/11 「Technology commercialization policy」
 Dr. Christopher T. Hill:Vice Provost for Research, Professor
 of Public Policy and Technology, George Maison University

○ 主要来訪者一覧

・5/27  Dr. Yuri D. Denisov:Senior Researcher Russian Academy of Sciences Institute of Oriental Studies
・6/10  Mr. Herbert J. Allgeier :EC:Director-general , Joint Research Centre European Commission

○ 海外出張

・5/1-8  桑原4調総括上席研究官 (カナダ)
・5/14-22 前澤1調総括主任研究官(パリ、ブリュッセル)

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編集後記

  昨年は創立10周年記念式典、国際コンファレンス、機関評価等行事の多い1年でした。
 本年7月は柴田新所長の着任により、更に大きな変革への第1歩を踏み出すこととなりました。(表紙写真及び所長挨拶)同時に、木村総務研究官の着任となり、10年の節目を過ぎて、新たな深みのある政策研というイメージを印象づけるいいチャンスがやってきたと思われます。
 2001年1月にスタートする文部科学省の設置により、大競争時代にさらなる飛躍を期待される当研究所において、当政策研ニュースも新広報委員長(木村総務研究官)の指揮の下、社会のニーズにあった政策展開を支える輝きのある成果の情報発信をしたいと思いますので、皆様のご支援ご理解をお願いいたします。(K2)

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