No.128  1999 6 
科学技術庁 科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY


アメリカ科学技術振興協会(AAAS)・タイク博士による科学技術政策に関する講演会

 
目次 [Contents]  Ⅰ.レポート紹介
日本のベンチャー企業と起業者に関する調査研究 榊原1研総括主任研究官
先端科学技術と法的規制<生命科学技術の規制を中心に> 第2調査研究グループ
Ⅱ.海外事情
日本版SBIRが研究開発型ベンチャーの起爆剤になる為に 前田客員研究官
米国出張報告 榊原1研総括主任研究官
Ⅲ.トピックス
豪州の最近の科学技術事情〜「小さな政府」指向の中での技術革新政策への傾斜 斎藤在豪州日本大使館一等書記官
私の第二のふるさと ジョージ・オニールIndependent Consultant to SBIR Program, NSF
Ⅳ.最近の動き

Ⅰ.レポート紹介                    

日本のベンチャー企業と起業者に関する調査研究  −NISTEP REPORT No.61− 
榊原清則、近藤一徳、前田昇、田中茂、古賀款久、綾野博之

 「ベンチャー企業とは何か?」――。本レポートは郵送質問票を用いた大規模なサーベイ調査であり、日本のベンチャー企業の実態を体系的に明らかにしている。 調査に当たっては"ベンチャー企業"の範囲をできるだけ広くとるため、『日経ベンチャービジネス年鑑』1998年版の全掲載企業(2400社)を対象とした。回答依頼先は経営担当者(社長)自身。質問票発送は1998年8月。有効回答企業数は1007社、回収率は42.0%である。

以下、主な発見事実を摘記しよう。
(1)会社設立年の分布をみると1970年以降の創業が多いが、それ以前に設立された会社も多く、幅広く分布している。ただし近年の傾向として、株式公開志向を持った企業の新設が顕著に増え、また研究開発志向型企業(=売上高研究開発費比率が10%以上の回答企業)の創業も着実に観察できる。低調といわれる日本のベンチャービジネスにおける、これは明らかに朗報であろう。
(2)回答企業の経営者は平均53歳であり、けっこう高齢である。そのうち創業者は約半分である。経営者の前職については、①同族事業継承者、②大企業スピンアウト、③中小企業スピンアウトの三つが、それぞれ約2割ずつを占めている。
(3)起業者(=創業社長)に着目すると彼らの起業年齢は平均37歳で、そのピークは30歳から40歳代半ばまで広く分布している。それゆえ起業年齢は必ずしも高齢ではない。ただし、ここ10年間で起業年齢の高齢化が進んでいる点が重要である。また創業経営者の学歴は非創業経営者のそれよりも低い傾向がある。
(4)回答企業にごく少数含まれる「最狭義VB」(=①強い研究開発志向、②設立後10年未満、③上場目的、という3つの条件を同時に満たす回答企業)にとくに着目すると、大企業をスピンアウトした技術系の高学歴者が、創業経営者としてそれを担っている。
それゆえ、日本の起業者には大別二つの類型があるように思われる。第一は、学歴は高くないが長年にわたる実務経験を基盤として起業した、刻苦精励型の起業者である。第二は、技術系の高学歴を背景に一旦大企業に入り、実績を上げたのちにスピンアウトした、ハイテクエリートの起業者である。回答企業のなかでは前者が圧倒的に多いが、今後後者が増える可能性がある。
(5)経営担当者に起業成功の理由をたずねたところ、「適切な経営戦略」、「高い技術力」、「的確なマーケット選択」が成功の三大理由にあげられている。これらはどんなビジネスでも成功に欠かせない一般的要因であろう。より興味深いのは「起業成功の外的理由」であり、「適切な銀行融資を利用したから」という答えが全体の6割近くを占め、圧倒的に多い。
しかし、ここで注目すべきは、創業10年未満の比較的若いベンチャー企業に限ってみると、銀行融資への依存傾向がはっきりと減ることである。その代わりに重要度が増すのは、①ベンチャーキャピタル(VC)支援と②公的支援の2つである。また、研究開発志向型企業においては、銀行融資への依存度が減る反面、公的支援の意義が高まっている。それゆえベンチャー企業への支援構造が、従来の銀行融資依存という単一的構造から、VC支援や公的支援をも含む多元化構造へ変化する傾向がある。
(6)これまで日本のベンチャーキャピタル(VC)会社は上場直前の「金回り」のサービスを中心とした業務を遂行してきた。そのためVC会社への期待はきわめて限定的である。
(7)公的支援のメニューは近年顕著に増えているが、そのなかでは①資金面、および②技術面からの支援施策と、③企業間交流支援に関わる施策が認知度が高く、かつ利用度も高い公的施策の3大分野である。公的施策への要望をたずねたところ、今いちばん多いのは税制改革への要望であり、要望度が飛び抜けて高い。
(8)税制改革については、まず認知度と利用度がともに高い税制上の優遇措置は、中小企業に対する法人税軽減税率の適用および貸倒引当金制度の特例である。また、税制上の優遇措置は設備投資と研究開発投資を引き上げる効果を実際に持っているようである。
税制改革で希望するものは、法人税切り下げ、設備投資に対する法定減価償却期間の短縮、相続税率の軽減などである。しかしそれとはまったく対照的に、VBへの投資環境整備に関わる税制改革にはほとんど希望がない。いいかえると、税制改革への要望でおもに強調されているのは、現下の厳しい資金状況を直接的に緩和する方策なのである。
(9)大学および国研とベンチャー企業との共同作業は、計画中も含めると対大学27%、対国研16%で見いだされる。これらは決して小さい数字ではあるまい。しかし、共同作業への期待はそれ以上に広範囲に存在する。期待の割りに共同作業が広がっていないのはなぜか。その理由は、大学の場合「研究内容がわからない」ためであり、国研の場合「研究テーマ自体が産業ニーズに合わない」ためである。
以上の調査結果から、次の2点が指摘できる。第1はVBにつきまとう悲観説についてである。創業10年未満のVBに対しては公的支援とVC支援の貢献が大きく、R&D志向のVBに対しては公的支援の貢献が大きいという調査結果にみられるように、支援構造の多元化傾向があり、それに支えられて新規創業が観察できるという点である。そのかぎり、VBについて一方的に悲観する理由はないと思われる。第2は公的施策具体化の2つのスタンスについてである。一方で、企業経営の現場のニーズに即した公的施策のいっそうの具体化が必要であるが、それのみならず他方で、より長期的視点に立ったインフラ整備関連施策(投資環境整備や国公立COEの強化)が必要である。後者はとりわけ科学技術ベースのベンチャー企業育成にとって重要であろう。

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先端科学技術と法的規制<生命科学技術の規制を中心に>   −POLICY STUDY No.1−
第2調査研究グループ 國谷 実、大山真未、伊藤晃輔、木場隆夫

 1.調査研究の目的
 1997年2月に英国でのクローン羊の誕生が報ぜられて、世界に大きな衝撃を与えた。主要各国及び国際機関において、特にヒトクローンの創製を憂慮する声明やこれに対する具体的禁止措置が講じられた。我が国においては、欧州諸国の法整備状況を対比しつつ、クローン技術の規制について科学技術会議、学術審議会において検討が開始された。
 当研究所においても、従来<科学技術と人間・社会>を主要な調査研究課題の一つとして取り上げてきたことを踏まえ、生命科学技術、とりわけクローン技術の適用に関する法的規制について調査研究を行うこととした。もちろん単に科学技術上のホットイシューというだけでなく、<科学技術と人間・社会>に関するより深い洞察を得るための視点に立って検討したものである。

2.生命科学技術についての規制
 生命科学技術の法的規制の調査研究に当たってまず明らかとなったのは、次の二点である。
第一に、生命科学技術(ライフサイエンス)は、今や各国で産業競争力の源泉として戦略的重点分野に位置づけられ、強力な推進が図られているが、同じ生命科学技術の中でも生殖医療技術に関してだけは特殊な扱いとなっている。すなわち、欧州では厳しい規制が進んでいるが、アメリカでは国内コンセンサス形成の困難さから規制が行われず、かえって民間資金による独自の先端生殖産業の育成、企業化、海外への展開などが急速に進んでいる状況にある。このように戦略的推進と厳しい規制が隣り合って進んでいるのが、生命科学技術の特殊な性格である。
第二に、概して欧州を中心に生殖医療技術の法的規制が進んでいるといわれるが、イギリス、フランス、ドイツ各国ごとに規制の考え方はかなり異なっており(ドイツでは人の胚の乱用禁止、フランスでは身体の不可侵性などが根拠。このため、ドイツでは刑法によりその違反に対して直ちに厳罰でのぞむ方法をとるのに対し、フランスでは民法の基本的な改正を行い財産権法上の身体の扱いを変更した上で罰則を設けている。一方イギリスでは、行政法の許認可にかかわる規制としている。)、また各国の規制法の間で規制対象なども必ずしも一致しているわけではない。さらに、こうした法整備に当たっての合意形成も反対論者から憲法裁判所に提訴されるなどの過程を経て成立している国もある。ことにアメリカでは、先端生殖医療どころか中絶に関する法的整備を図ることも困難とされている。
このような状況にある生命科学技術の規制については、単に外国の法整備の結果を見るだけでなく、規制態様、規制根拠などについて慎重な検討が必要である。本POLICY STUDYでは、従来なされた生殖医療技術ないし生命科学技術の周辺まで含めて行われた検討を踏まえ、一方新しい見解も多数提示して、現時点における考え方を整理したものである。当研究所としては、法律学をベースとした初めての調査研究テーマとなっている。本POLICY STUDYで検討した法律的な諸問題は次の通りである。

①我が国における憲法、民法、刑法、医事法などの観点からの検討の状況。 ②法的な規制の限界、特に例としてクローン技術を取り上げての、学問の自由等との関係の検討。 ③クローン技術を規制するに当たっての規制対象の検討(クローン児創出禁止のためには、クローン胚の母胎への着床行為に着目)。 ④規制を正当づける根拠として、安全性と社会的秩序について詳細に分析。 ⑤研究の自由の制限に関連して従来議論の少なかった、研究者の法的責任を他の専門家等と比較して分析。 ⑥国及び学会等のガイドライン(規制の一つの手法としてのガイドラインを吟味し、その規範的効果について検討)。 ⑦規制のための合意形成努力として、合意形成のために必要な当事者及び合意形成手法を考察。

3.科学技術全般における問題
 今回の調査研究は、生命科学技術の規制に絞って研究を行ったものであるが、科学技術全般に対する国の対応としては、およそ次のような概念分類とそれに応じた研究分野があると考える。

○ 国が中立的立場でのぞむ科学技術(科学技術政策の中で「規制」がポイントとなるもの) ①研究そのものの規制の検討                   …生命科学技術など ②研究成果の社会への適用に当たっての規制の検討         …情報科学技術など 未確認の研究成果を規制根拠に採用することの検討  …環境科学技術、地球科学技術など ○ 国が積極的に推進する科学技術(上に加えて、アカウンタビリティや評価方法等が必要)                             …原子力開発、宇宙開発他多数


今後、②以下の調査研究を進めることが有意義と考える。

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Ⅱ.海外事情

日本版SBIRが研究開発型ベンチャーの起爆剤になる為に
前田 昇客員研究官

 

 日米のベンチャー育成のインフラや意識には大きな隔たりがある。IPO(株式公開)までの年数、企業成功者による後進へのエンジェル支援、ベンチャーキャピタルの資金調達力・起業家支援力・退出戦略、多産多死、失敗への寛容、大学との連携、企業年金の参入、株式市場のすそ野の広さ等々、桁違いの差を実感することが多い。
 最近では日本も政府による急速なベンチャー支援制度の整備により、数年前に比べると形の上ではエンジェル税制、ストックオプション制度、投資組合有限責任制、国立大学教授の併任制、TLO促進等急速にベンチャー支援制度を整えつつある。各地の大学でも起業家養成講座が急速に増えだした。欧米のベンチャーキャピタルも日本のベンチャー企業や投資家に目を向け始めた。日本における起業環境も急激に変わりつつある。
 また日本のベンチャーはなかなか立ち上がらないと言う意見が多いが、サービス系のベンチャーは HIS,パソナ、プラザクリエイト、光通信、ソフトバンク、NOVA,ピープル等元気のあるアントレプレナーが排出してきている。ただベンチャー育成の本来の目的である新産業・新規雇用の創出を考えたとき、技術系のベンチャーでソニー、本田、京セラ等に続く起業が出てきていないのは大きな問題である。
 この点に関しては、今年1月14日施行の新事業創出促進法に盛り込まれた「中小企業技術革新制度」いわゆる「日本版SBIR」の創設は、研究開発型ベンチャーの大きなサポートになると期待されている。米国では1983年にできた中小企業技術開発法により発足したSBIRが技術開発型ベンチャー育成に大きな貢献をしたことは、評価委員会によるレポートやハーバードビジネススクールのラーナー教授の1996年のレポート「ベンチャーキャピタリストとしての政府SBIRプログラムの長期的インパクト」でも示されている。
 しかしながらこの米国のSBIR制度成功の裏には巧みなベンチャー育成の仕掛けが多数なされており、単に政府が研究開発型ベンチャーに資金援助すると言う従来の育成政策では無いことを認識して導入する必要がある。産業政策は他国の上辺だけを真似ても何事も成功するものでは無い。如何にその本質を見抜いて日本の実情に合わせた改良をするかが鍵であろう。そのポイントは次の5点であると思われる。

米国SBIR制度の主な成功要素:


1. フェイズに分けて商業化可能なものに絞り込みながら連続して資金援助している。(1997年度は合計約1、200億円 )

フェイズ1(フィージビリティスタディ):6ヶ月間、10万ドル(約1、200万円)
               約2万件申請で約3千件合格(約15%)
フェイズ2(プロトタイプ開発):24ヶ月間、75万ドル(約9千万円)
               フェーズ1の約35%合格(約1、000件)
フェーズ3(商品化および販売):資金は独力でベンチャーキャピタル等から導入。
               フェイズ2の約30%(300件)が販売に成功(これはフェイズ1合格の約10%であり、応募総数                          の約1.5%にあたる)

2.合否の結果と理由をフィードバックしている。


 2万件もの申請に今後の事業計画策定の改善点を文書で答えることは役所にとって質量とも大変な作業であるが、個々のベンチャーにとっては今後の改善の為に大変な励みとなっている。

3.公募の開発テーマを政府調達に結び付けている。
 SBIRベンチャーの売り上げの35%を政府調達として、ベンチャー立ち上げに貢献。特に売り上げの半分を占める国防省は合格SBIRベンチャー売り上げの55%を占めている。研究開発型ベンチャーは新技術の初期製品を買ってくれる客を見つけにくいハンデをしょっているので助かる。

4.援助資金で開発した特許等は、国との折半所有ではなくベンチャーの単独所有として認められる為真剣に特許戦略を考える。

5.法律による強制力で空軍や弾道ミサイル等の軍事部門、NSF等の研究部門等までが、必要な開発テーマを打ち出しベンチャーを公募している。

 この3月の米国への出張時にノースカロライナ州でのSBIR説明会に立ち寄り、出席していた空軍や弾道ミサイル関連部門のSBIR担当マネージャーに、軍事機密に近い分野で品質や製造実績のないベンチャーに仕事を頼む気になった理由を聞いてみたら、「正直言って当初は大反対だったが法律で強制化されしぶしぶ参加してみたら、従来の大企業と違いベンチャーは難しく且つややこしい技術テーマにフレキシブルに取り組んでくれるし時には大企業なら逃げるようなリスクを覚悟で困難に取り組んでくれるので、大企業よりもメリットが多い事もあることがわかった。最近では大企業への依頼とベンチャーへの公募を使い分けて効果を出している。」との答えだった。法律制定にはエドワード・ケネディ等が強力に推進したとか。SBIRカンファレンスに出席していた老若男女起業家、学生、大学教授等に「SBIRに合格する事業計画の書き方のコツ」等の講座も用意されてありワシントンDCから来た各省のSBIR担当マネージャーが汗を拭き拭き熱演していた。
 SBIRコンファレンスで何よりもびっくりしたのは、弾道ミサイル部門のSBIR勧誘パンフレットには、ドル紙幣の大きなカラー写真を全面に載せて、「あなたも弾道ミサイルの技術開発にチャレンジしてベンチャーで一山当てて大金持になろう」的なアピールをしていることだ。なるほどアメリカのSBIRはこの15年間でここまで来ているのか、と驚いた。
さて日本版SBIRは今後10年間でどう進むのか今から楽しみである。各省庁が積極的に協力してアメリカの物まねでなく、アメリカでの成功の基本的要素に日本的な良さを取り入れた日本に根付くSBIRにしたいものである。

注:前田客員研究官は、本年4月1日より「高知工科大学大学院起業家コース教授」として活動中です。

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米国出張報告
榊原清則 第1研究グループ総括主任研究官

 今年の3月10日から12日間、私はアメリカ東海岸を数カ所訪問した。目的は、主として「企業家精神」関係の研究と教育について関係者と討議することであった。
 この出張で訪問したのは、次の4カ所である。①マサチューセッツ工科大学(MIT)、②ハーバード大学、③バブソンカレッジ、④ペンシルベニア大学ビジネススクール。
 このうち①と②と④は、いずれも世界的に著名な研究型大学であり、特に説明を要しないだろう。それに対して③は、日本での知名度はまだ低いかも知れないが、「企業家精神」関係の教育プログラムでは全米ナンバーワンといった評価があるカレッジである。

 面談者および討議の内容は以下のとおりである。
 第1に、マサチューセッツ工科大学(MIT)では「産業連携プログラム」(略称ILP)のプログラム・ディレクターであるカール・アッカルドを訪問した。
 MITは周知のように産学連携で長い歴史を持つ大学であるが、この訪問でILPの考え方と現状を聞き、改めてMITの産学連携への取り組みの強さを感じた。
 同じMITでは、「MIT企業家精神センター」のプログラム・マネジャー、マシュー・アターバックにも会った。同センターはビジネススクールと工学部の両方にまたがる形で設けられた、比較的小規模な研究教育センターである。MITのなかのいろいろな部署でバラバラに進められている企業家精神関係の研究教育活動を糾合する目的でつくられたとのことだった。
 第2に、ハーバード大学のジョシ・ラーナー教授と面談し、ベンチャービジネス関係の調査研究の現状を議論した。同教授はおもに金融経済学の立場から定量的な研究を進めていて、日本における今後のアカデミックな調査研究にとって参考になる部分が多かった。
 第3に、バブソンカレッジのバイグレイブ教授を訪問した。同教授は同カレッジの「企業家精神センター」のディレクターをも兼務している。ベンチャーキャピタルの分野で長年にわたる教育・研究の実績をもち、同時に実務経験もある専門家なので、面談時には、アメリカにおけるベンチャービジネスやベンチャーキャピタルの現状を中心として、幅広い論点を議論した。
 最後に、フィラデルフィアに移り、ペンシルバニア大学のビジネススクール(ウォートン校)の「企業家精神センター」を訪問し、ディレクターのフラガ氏と面談した。
 ウォートンはとりわけ財務・会計系に強いと定評があるスクールである(卒業したらウォールストリートへ!)。しかし近年その財務・会計系に並ぶほどに学生の人気が高いのが起業者精神の授業であるとのことだった。
 アメリカ経済はいま、一点の曇りもないほどの活況を呈していて、とくに企業家精神がその経済活力を引っ張っているようだった。日本も彼の地のバイタリティを学ぶ必要があることを痛感させられた訪問であった。 

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Ⅲ.トピックス

豪州の最近の科学技術事情〜「小さな政府」指向の中での技術革新政策への傾斜(その1)
在豪州日本大使館  斎藤 尚樹

1.序論
 豪州経済は、一昨年来のアジアの経済危機の中で引続き一定のプラス成長を維持する一方、失業率・インフレは比較的低位に安定する等極めて堅調に推移している。こうした中、政府全体としては、96年の保守連合政権発足以降、国有企業・各種公的サービスの一部民営化等を通じた国の組織・機能の重点化・スリム化及び財政面を含めた各州政府への権限移譲等による「小さな政府」を指向することにより、年来の懸案であった財政赤字解消に成功し、一般消費税(GST)導入という困難な課題を掲げつつ政権第2期に入っている。
 科学技術政策に関しても、こうした流れの中で産業R&D・技術革新の支援措置を強化しつつ大学及び公的研究機関への政府助成を絞り込み、非政府資金の導入及び産業界との連携強化を積極的に推進する一方、情報・バイオといった先端科学技術分野においては産業競争力強化の観点から世界水準へのキャッチアップを目指し公的資金を重点的に投入するという戦略的政策を掲げている。
 元々他の主要先進国に比して相対的に低水準にある民間R&D投資が従来の増加傾向から近年減少に転ずる中、こうした連邦政府の政策に対しては、学術界を中心に「長期的発展の基盤となる基礎・学術研究振興の視点を欠き、産業応用・開発のみを重視した近視眼的政策」との批判の声が少なからず聞かれる一方、政府研究機関のみならず主要大学においても、経済・社会の研究ニーズの的確な把握を通じた競争的資金の獲得や産業界との連携、これによる組織・運営の効率化を加速させるというポジティブな側面も見られる。以下、豪州の科学技術活動及び政府施策の現状・動向を概観する。

2.豪州の科学技術概況
(1) 豪州の科学技術力は、主要先進国に比して全体としては最高水準にあるとは言い難いが、分野によっては世界の先端的実績を上げているものもある。豪州における科学技術活動は、全般的に基礎科学に優れ、応用科学に劣るとの傾向がある。このことは、ノーベル賞の獲得数にも現れており、これまで物理学賞1名、生理・医学賞4名、化学賞1名の計6名の受賞者を輩出している。(直近では96年にピーター・ドハティ教授が人間の免疫機構に関する研究により生理・医学賞を共同受賞)
(2) 96/97年度の研究開発投資総額は約87億豪ドルで、GDP比は1.68%となっている(日本は2.83%)。これは、OECD諸国の平均(約1.8%)より未だ低い水準にあり、主に民間の研究開発投資割合が少ない(国全体の50%弱)ことに起因する。また、96/97年度の研究開発人材の総数は約9.1万人で、このうち政府研究機関及び大学の研究開発者数が約6.2万人と全体の約7割弱を占めている。(人口1万人当たりの研究者数は豪州が約49人、日本が約55人でほぼ同水準)

3.政府の科学技術政策の現状・動向
(1) 連邦政府与党(保守連合)は98年10月の総選挙の際、公約として「Science-A Vision for Excellence」と題する科学技術政策案を発表し、科学インフラの強化、日常生活での科学技術の重要性に係る理解増進、科学界と産業界の連携強化を主要目標として、計算科学・海洋科学・バイオ技術等各種先端分野の研究インフラ強化、「国家技術革新サミット」開催、「科学講師」制度新設、産業研究・研修プログラム予算の拡充等を重点施策として掲げている。
(2) 豪連邦政府の99/2000年度の科学技術関係予算の総額は39.5億豪ドルで対前年度比実質0.4%減となっており、対GDP比は約0.64%となっている。内訳としては、産業振興策「Investing for Growth」に即して産業R&D・技術革新への支援を前年度に引続き大幅増とする一方、外部財源への依存強化等により高等教育セクターへの直接支出を実質減としている。また、上述の選挙公約を踏まえ、重点分野としてバイオ技術及び保健・医療分野の予算を大幅に増額した他、ここ数年減少傾向をたどってきた連邦科学産業研究機構(CSIRO)、原子力科学技術機構(ANSTO)及び海洋科学研究所(AIMS)等の政府研究機関についても、新規研究施設の整備開始等に伴い予算が増額となっている。全体として、財源の多様化及び政策措置の重点化が図られる中、ここ数年の連邦政府の科学技術関連支出は実質的に前年並みないし微減の水準で推移していると言える。
(3) 連邦政府の現下の主な特徴的科学技術振興施策として、研究協力センター(CRC)制度及び税制上の優遇措置がある。
 CRCは特定のR&D分野に関し、産学官が各々資金、研究者を出し合って独立した組織を作り、5〜7年という限られた期間内に産業化に結びつく優れた成果を得ることを目的としたもので、政府が50%までの設立・運営経費補助を行うこととしている。98年時点で67のセンターが活動中であり、全体の活動経費約38億豪ドルのうち、連邦政府が約11億ドルの資金拠出を予定している。
 また、企業のR&D活動に対する税制上の優遇措置として、支出研究費を最大で125%法人税の課税対象額から控除(損金算入)することが認められている。本制度に関しては、96年の保守連合政権発足後に控除率上限が従来の150%から125%に削減され、産業界はじめ各界の反発を招いたが、その後発表された企業の技術革新支援策の一環として、98/99年度より4年間にわたり最大で当該企業のR&D経費の72%までを支援しうる「R&D開始プログラム」制度が新設され、最大で約200%の税額控除と同等の効果がもたらされることとなった。併せて、これら税制措置の活用手続きを簡素化するための法改正も本年行われた。

(次号は「連邦政府行政機構及び研究機関再編の動き」等をお伝えする予定です。)

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私の第二のふるさと
Dr. George J. O'Neill
 Independent Consultant to SBIR Program, NSF

 1999年3月27日。私の乗ったユナイテッド・エアラインがアメリカから新東京国際空港に着陸すると、故郷に再び帰って来た感激が私を包みました。
 日本は私の「第二の祖国」です。なぜなら、私は1992年から97年にかけて、妻のマリーとともに、大阪に住んでいたからです。当時私はイーストマンケミカルというアメリカで大手10位の薬品会社のアジア・パシフィック・リサーチ・オフィスのディレクターとして勤務していました。イーストマンケミカルはもともと、1920年から94年までの間、イーストマンコダックの一部門だった会社です。今ではイーストマンを退職して、イノベーション政策研究を専門とするコンサルタントをしている私が「第二の祖国」にいるなんてとても信じられない気持ちでした。今回のアメリカのNSFで中小企業イノベーション研究プログラム(SBIR)のマネジャーをしているサラ・ナーラヴ博士と一緒に日本のSTA短期フェローとして、チームを組んで共同研究に携わることになったからです。
 私達の全般的な調査目的は中小企業における高リスクのハイテク・イノベーション研究を支援する日米政策を比較することでした。
 ナーラヴ博士と私はNISTEPに受け入れていただいたことを大変嬉しく思っています。特に感謝申し上げたいことは、佐藤所長、権田先生、渡辺総括、三島さんが、私達に素晴らしい計画と手助けをして下さったことです。彼らは私達の30日間の研究が成功するように支援して下さいました。もう一つ嬉しかったことは、日本の桜の季節に滞在できたことです。NISTEPの方々が私達の現地調査を最大限に充実したものにするために、熊本から開始し、岩手に終わらせるようアレンジして下さいました。私達は3週間の間に、行く先々で新しい桜を楽しみながら、地域の中小企業によるハイテク・イノベーションの増加に力を入れ、効果的な支援を行っている6つの県の多数の科学技術担当のリーダーの方々とお会いしました。
 私達は会合や移動の合間をみて、次のように余暇を楽しみました。
①明治神宮の挙式風景を写真撮影。②阿蘇火山の噴火口を観光。③熊本城の歴史を勉強。
④神戸で大阪風お好み焼きを堪能。⑤淡路まで新明石大橋を通って日本の海を航海。⑥大阪城の天守閣から眺望を楽しむ(これはナーラヴさんです) ⑦大阪で、オーストラリア、ドイツ、インドネシア、イギリス、アメリカから来て、近隣に住んでいた旧友に会う。
 私のアメリカでの退職後の余暇の楽しみ方といえば、私の住むテネシーの川や湖で釣をすることです。今までのところ、魚の生息数に迷惑をかけるようなことはありません。私が、自分の腕の悪さに気を落としてしまうときは、ある日本人の「先生」が私に鮎の釣り方を教えてくれたときにかけてくれた「がんばって下さい!ジョージさん」という励ましの言葉を思い出すのです。
 現在、ナーラヴさんと私は日本のイノベーション支援プログラムを十分理解するには、30日という期間は短すぎたことを実感しながら最終レポートの素案を書いています。まだ調べなければならない多くの調査があります。私達は、この研究が今後とも継続され、そして日本とアメリカにおける中小企業のイノベーション研究の政府政策を改善する意見の交換に発展して行くことを望んでいます。
 私個人の願いとしては、またの機会に「我が第二の祖国」に来て、美しい景色や美味しい食べ物、そして日本の素晴らしい方々に再会したいと思っています!

(本稿はSTAフェローとして1ヶ月間、平成11年4月28日まで滞在されたDr.GeorgeJ.O'Neillの文章を第3調査研究グループの三島さんの翻訳により記事にしたものです。)

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Ⅳ. 最近の動き

○ 米国科学振興協会(AAAS)タイク博士による科学技術政策に関する講演会

 標記の講演会が5月17日、18日の両日政策研で開催された。講師のアルバート・タイク(Albert H. Teich)博士は、AAASの科学政策プログラムのディレクタであり、米国の科学技術関連予算のアナリストとして知られている。参加者は、企業や大学からの参加のほか、アメリカ大使館及びイギリス大使館、科学技術庁、通産省、農水省、郵政省等から90人の参加があった。(表紙の写真参照)
 講演は、(1) 米国における研究開発予算等の意思決定システム, (2) AAASの予算分析法, (3) 米国の研究開発予算内容の動向と今後の展望, (4) 米国における科学技術政策の実務的専門家の養成制度, の4テーマに関してそれぞれ2時間ずつ行われた。各時間の半分が質疑応答に充てられ、参加者からは不明点についての質問に加えて、米国と日本との違いなどに関する活発な議論が行われた。講演及び質疑応答の内容については講演録としてまとめ、発行する予定である。

・5/17 How R&D Budget Decision Are Made in the United States
・5/17 Analyzing R&D on the U.S. Federal Budget: The AAAS Approach
・5/18 Trends and Prospects for R&D Funding in the United States
・5/18 Cultivating Science Policy Expertise in the United States:
Graduate Education and Alternative Career Paths Albert H.Teich
(Director, American Association for the Advancement of Science :AAAS, Science and Policy Programs)

○ 主要来訪者一覧

・5/20 Dr. Pawel Gierycz:OSRODEK PREZETWARZANIA INFORMACJI(情報処理センター)

○ 海外出張

・5/1-8 桑原4調総括上席研究官 (カナダ)
・5/14-22 前澤1調総括主任研究官(パリ、ブリュッセル)

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編集後記

 菖蒲、杜若と梅雨時の花には特有のしっとり感があり、とても心が落ち着きます。
 さて、本年度から開始したPOLICY STUDY分野での研究をご紹介しましたがいかがでしたか。更に所内で横断的に編成したチームによるベンチャー企業と起業者に関する研究をご案内いたしましたが、本研究は今後とも継続してどんどんご案内する予定です。どうぞご期待下さい。     (Y)

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