No.126  1999 4 
科学技術庁 科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY

目次 [Contents]
Ⅰ.レポート紹介
「地域における科学技術振興に関する調査」 中田3調上席研究官
「企業における女性研究者・技術者の就職状況に関する事例調査」 横尾1調研究官
Ⅱ.研究会等紹介
「平成10年度地域科学技術政策研究会」結果報告 第3調査研究グループ
Ⅲ.海外事情
セミナー「開発と企業」に出席して 吉水情報分析課長
出張報告 − U.K.の科学技術政策形成過程におけるインタラクション・システムの最近の動向  伊地知1研研究官
ローマ法王庁科学アカデミー主催の「Study Week」に出席して 佐藤所長
Ⅵ.最近の動き
科学技術政策研究所顧問会議

ローマ法王庁科学アカデミー主催「Study Week」の際、
ヴァチカンの法王宮殿でヨハネ・パウロⅡ世に謁見する佐藤所長


Ⅰ.レポート紹介
地域における科学技術振興に関する調査研究(第4回調査)
−都道府県及び政令指定都市における科学技術政策の現状と課題−(NISTEP REPORT No.59)
第3調査研究グループ 上席研究官 中田哲也、客員総括研究官 権田金治

 Ⅰ 調査研究の目的と背景
 本調査は、地域における科学技術振興の最も重要な担い手である都道府県及び政令指定都市における科学技術振興施策の実態を把握し、これら地方公共団体における今後の科学技術施策推進に資するとともに、国の段階における施策策定・推進に適宜反映させていくことを目的に実施したものである。

Ⅱ 調査研究の方法
 都道府県及び政令指定都市の科学技術政策担当者を対象としたアンケート調査で、調査対象は平成9(1997)年度決算ベースである。過去3回の調査との継続性に配慮しつつ、地域の科学技術振興施策を12の性格に別けて把握すること等により調査精度の向上に努めた。

Ⅲ 地域における科学技術振興政策の推進及び科学技術関係経費の状況
1 地域における科学技術関係経費の概観

(1)平成9(1997)年度に、都道府県及び政令指定都市から支出された科学技術関係経費は約8,623億円で、2年前の前回調査時に比べ約21%の増加
      となった。これは、同期間における国の科学技術関係経費とほぼ同じ伸びである。また、地域の科学技術関係経費の国のそれに対する割合は、
      過去3回の調査結果と同様、約3割と横ばいで推移している。
(2)地方公共団体別にみて、支出額が最も大きかったのは岩手県の約602億円で、次いで東京都の約519億円、北海道の約505億円、大阪市の約501億円
      となっている。岩手県及び大阪市については、大学や公設試験研究機関の施設整備に係る経費が大きな部分を占めている。
(3)地域の科学技術関係経費を性格別にみると、公設試験研究機関に係る経費は2年前より約3%増加したものの、総額に占める割合は、今回、初めて
      50%を割り込んだ。一方、理科系高等教育機関に係る経費が2年前の1.6倍へと大きく増加した。また、企業等の支援や教育・普及PRに係る経費も
      大幅に増加した。
   	公設試験研究機関及び理科系高等教育機関に係る経費の推移をみると、一貫して後者の割合が増加してきており、支出額でみる限り、既に、理科系
      高等教育機関が地域の科学技術振興の中核となっているとみられる地域もある。


2 科学技術施策の総合的推進
 総合的推進のための体制整備の状況をみると、全59団体中、専任部署を設置している団体が18、大綱・基本計画等を策定している団体が38となっているなど、科学技術施策を総合的に推進するための体制整備は着実に進展している。   ただし、大綱・基本計画の策定団体数に比べ専任部署や協議会を設置している団体は少なく、地道な体制整備は後追い的となっている。

3 公設試験研究機関に係る経費
 公設試験研究機関に係る経費は約3,952億円と、前回に比べ約3%増加したが、総額に占める割合は約54%から約46%へと低下した。全国の公設試験研究機関の数は575機関で、2年前に比べ15機関の減少を示したが、支所の数を含めると延べ914か所となる。また、公設試験研究機関の運営経費の約62%は人件費で、調査研究費は約11%であり、一方、財源については約90%が都道府県等からの一般財源であり、依頼検査手数料、機器使用料、特許料等収入は、合わせて約1.5%程度に過ぎない。

4 理科系高等教育機関
 公立の理科系高等教育機関の数は254で、これらに係る経費は約2,988億円と2年前の1.6倍へと大きく増加し、総額に占める割合も約26%から約35%へ と大きく増大した。この背景には、近年、公立の理科系高等教育機関の設立が相次いでいることがあり、特に福祉・看護系の機関が多い。

5 医療関係機関
 研究費の支出がある公立医療関係機関の数は278で、これらに係る経費は約204億円である。特に、医療関係の研究財団4機関を有する東京都における 支出額が約85億円と多くなっている。

6 財団法人、第3セクター、基金等
 科学技術の振興を目的として設立されている財団法人等の数は186で、これらに係る経費は約383億円となっている。これら財団法人等の事業内容は 極めて多様であるが、1機関当たり平均の常勤職員数は約19人(うち研究者は約8人)で、事業費の約23%が研究費となっている。

7 その他
 研究交流の推進に係る経費、研究開発型企業等に対する支援に係る経費、教育・普及PR(博物館の整備等)に係る経費が増加しているなど、地域において、 多彩な事業が実施されている。

Ⅳ まとめと今後の課題
 地域における科学技術関係経費は、その構造を大きく変化させており、一層多様化している。今後、国と地方公共団体との間での一層の連携強化と役割分担の明確化、評価の適切な実施が一層重要となると考えられる。また、公設試、教育機関、財団法人等の役割分担を明確にしつつ、地域における研究・技術開発を体系的・総合的に支援する基盤を充実させていく必要がある。  さらに、今後、コーディネータの役割が益々重要になってくることが予想される。

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企業における女性研究者・技術者の就業状況に関する事例調査-調査資料・データ−60-
第1調査研究グループ 横尾淑子、前澤祐一

 第1調査研究グループでは、女性研究者の現状や理工系進学の状況など科学技術分野への女性の進出に関する一連の調査を行ってきた。本調査では企業の技術系女性に焦点を当て、人事担当者に対するインタビュー調査および、上司、女性に対するアンケート調査を行い、女性の活躍機会を拡大するための企業の取り組み状況を明らかにし、その問題点と今後の方向性を検討した。

1. 事例調査に見る就業状況
○女性の活躍機会拡大の効果に関する認識
 女性活用のプラス要因は、男女共同参画という社会的要請に応えること、優秀な人材の確保、女性の感性・視点への期待であり、マイナス要因は、配属部署が限定されること、人事対応が複雑となること、パワー低下の可能性があること、中途退職が多いことと、人事担当者は認識している。一方、上司や女性は、仕事と家庭との両立の制度や施設が未整備であること、中途退職の可能性が高いことが問題と考えている。

○配置および育成の状況
 配置と育成の状況を見ると、研究、開発、解析・分析、コンピュータ関連等の部署への配属が多い。人事側の工夫としては、①早期に成果の出る部署や希望の部署での活用、②体力や適性を考慮、③受入側の意識や設備の整い具合を考慮、④勤務地、専門領域等を限定した職掌を設定、の例がある。
 女性の仕事経験を見ると、上司は、男性部下と同様に仕事を与えているが、体力や家庭の状況を考慮している。一方女性は、職域は限定されていると感じている。仕事のやりやすさを見ると、上司は、業務限定などのため女性は使いにくいと考える者と男女の違いはないと考える者が半々である。女性は、社内では仕事をスムーズに進められるが、社外との交渉においては仕事のやりにくさを感じる者が多い。

○勤続(育児との両立)の状況
 勤続(育児との両立)の状況を見ると、配偶者の転勤および育児を理由に退職する者が多い。
 人事側の工夫としては、①長めの休業期間を設定、②復職後に部署内で業務調整、③遠隔地への転勤免除、④中途退職した女性を活用、の例がある。
 女性は、育児休業にあたって、実務から離れることへの不安、復職後満足のいく仕事が難しくなるのではという不安、負い目を感じるという精神的負担を感じている。

2.現状での問題点と今後の方向性
○活用の問題点
 第一に、女性の配置・育成が、社会環境条件の整備状況、企業の受け入れ態勢などに大きく左右されるという問題がある。第二に、過半数の退職を見込んだ上で育成するので、意欲の高い者の活躍が阻害されるのではないかという危惧がある。第三に、育児休業がきちんと位置づけられていないため、女性がスキル維持に困難を感じたり、周囲への負い目を感じるなど、両立に不安を抱いており、出産を諦めたり、中途退職するおそれがある。第四に、復職後は時間制約のため業務内容が限られ、仕事機会の喪失につながるおそれがある。第五に、評価や処遇の面で不利益を被るのではという不安が気力低下を招くおそれがある。第六に、転勤先が少ないため、配偶者の転勤に伴う中途退職が生ずるという問題がある。

○活躍機会の拡大に向けての今後の方向性
 科学技術人材の育成、確保という観点から、女性の活躍の機会を広げることが求められる。そのためには、保育施設を量的にも質的にも充実させること、育児休職中の情報交換や知識修得を可能にすること、家庭と両立可能な人事システムを作ることが重要である。また、人材バンクシステムの整備など中途退職者の活躍機会の提供に関する検討も重要である。すなわち、培った能力や技術を無駄にせぬよう多様なキャリアパスを用意し、「女性の持つ能力、適性を長期にわたり最大限に生かしてもらう」という考え方、社会に転換する必要があろう。

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Ⅱ.研究会紹介

平成10年度「地域科学技術政策研究会」の開催について
第3調査研究グループ

1 開催の趣旨等
 科学技術政策研究所は、去る3月16日(火)〜17日(水)の2日間、砂防会館(東京都千代田区)において標記研究会を開催した。この研究会には、都道府県及び政令指定都市の科学技術振興施策担当者を中心に約90名が参加し、「科学技術を活用して地域再生に如何に取り組むか」とのテーマの下、講演、報告、活発な意見交換等が行われた。

2 研究会の概要報告
(1)1日目
 当研究所の國谷総務研究官(海外出張中の佐藤征夫所長の代理)から挨拶の後、富山国際大学学長の石坂誠一氏より、「地域科学技術の振興と地域に展開する大学の役割」と題して基調講演を頂いた。このなかで石坂学長は、ケーススタディとして富山県を取り上げ、歴史的観点からみた地域と技術、「人間」の重要性、地域科学技術振興の現状等に言及し、地域を考える新しい大学への試みについて提言が行われた。
 続いて、科学技術庁の木坂崇司官房審議官及び通商産業省の羽山正孝官房審議官から、地域の科学技術に関して行政の立場からの講演が行われた。
 午後からは、まず、科学技術政策研究所から、「地域における科学技術振興に関する調査研究」など最近の調査研究の成果等について報告を行った。
 続いて、地方公共団体における取組みの現状として、北海道総合企画部経済企画室の山本雄二郎主査から「北海道経済白書」について、山形県企画調整部企画調整課の阿部茂夫企画主査から山形県の科学技術振興施策について、広島県産業科学技術研究所の河野康則課長から広島県科学技術研究所の活動についてそれぞれ報告を頂き、意見交換を行った。
(2)2日目
 まず、当研究所の権田金治客員総括研究官(東海大学教授)から、「地方公共団体は科学技術の活用により地域再生に如何に取り組むべきか」とのテーマで講演が行われ、「知」の創出メカニズムと地域との関わり、イノベーションの時空間理論等について説明がなされた。
 次いで、参加者全員による全体討論が行われた。このなかでは、地域における先進的な取組事例等について紹介がなされたほか、現場の担当者としての立場から率直な意見交換が行われた。

3 おわりに
 当研究所で実施している地域科学技術政策に係る調査研究は、都道府県や政令指定都市の置かれている現状や直面している課題を十分踏まえた上で進めていくことが必要であり、この点で、このような研究会の開催は非常に意義深いことと考えており、今後も、継続していく予定である。
 なお、本研究会の内容については、追って、報告書として取りまとめる予定である。

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Ⅲ.海外事情
セミナー「開発と企業」に出席して
情報分析課 吉水正義

 本セミナーは、開発途上国の発展のために我が国との間での相互理解を図ることを目的として、企画された最初の試みであり、2月14日から1週間、マニラで実施された。企業からは商社、銀行、製造業、行政からは科学技術庁、文部、大蔵、労働省の職員が参加した。地元との意見交換、企業訪問がプログラムされ、参加者間の意見交換があった。

○ 意見交換
(1) 中央銀行、財界から
・ Dr. Cayetano Paderanga:フィリピン中央銀行(前社会経済計画庁・国家経済開発庁事務次官)による「フィリピンの経済概観」(概ね事前の学習 通り),
・ Mr. Guillermo M Luz: Executive Director, Makati Business Club (MBC) による、MBCの活動内容についての説明(日本の経団連に似た団体で、 400社が加入。活動は、Advocacy Activity, Reort Publishing, Investment Promotionである。政府系基金は使わない。科学技術の重要性は認識し ているが、基金少ないので科学技術の振興までには回らない。)
(2) 日系企業に勤務する現地Worker等から
・ Dr. Maragtas S.V. Amante:フィリピン大学から「フィリピンにおける日本的経営」について(改善、5S、改良、品質管理、ゼロ災害その他の現地 企業での応用)
・ Ms. Cora Bunag:(元東芝人事部)から、現地企業での教育のカリキュラム。
・ Mr. Quoge:現地富士通では、100%が現地で意志決定されている。(現地人材の育成その他に大きく影響。)
(3) 投資委員会や労働界から
・ Dr. Thomas Aquino: Supervising Director, 投資委員会(前通産局長)及び
・ Mr. Ignacio Santos-Diaz, Jr.:大統領調整委員会その他から、電力、運輸、IT、水の供給に関するケ−ススタデ−、労働界からは、NievesConfesor教授(前労働省の事務次官)、NGO等、Juan Miguel Luz Aim教授から、ビジネスNGOとネットワ−クの国際化におけるケ−ススタデ−が発表された。Minister,Office of Tariffが討議に参加した。

○フィリピン松下グル−プの訪問
 本グル−プは、1967年に松下電器、1987年に通信工業、1995年に事務機のそれぞれ三社が設立以来30年以上を現地において事業展開し、現在合計約400名を解雇し約180億ペソを売り上げることにより、納税し、良質な製品を提供することその他より現地政府に貢献している。

○意見発表
 日本の技術は一方的にアジアに流れるのではなく、アジアの中で貫流するにはどのような方法がいいのかを「技術の流れ」というテ−マで講演した。

感想
 アジアの科学技術についての研究会開催等により、より多くの情報収集を希望していたので参加した。途上国にあるかれらはどこに問題があると思っているのか、どのように解決したいのか、先方(たとえば日本)に何を求めているのか、さらに、そのギャップに対してどのような解決があるのか等について意見を交換した。
 今後も本セミナーは、対象国を変えるなど継続して開催の予定と聞いており、アジアの科学技術情報を確保するためにも、技術貿易及び現地展開する企業の問題点を知る上でも継続して参加する必要があるように感じた。

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出張報告 − U.K.の科学技術政策形成過程におけるインタラクション・システムの最近の動向


伊地知1研研究官

 1999年2月16日から27日にかけて,「政策形成・研究開発実施過程における産学官のインタラクションに関する研究」の一環として,政策形成過程におけるインタラクション・システムにおいて先導的な取り組みを行っているU.K.: United Kingdom(連合王国)に出張した.本出張は,科学技術政策の形成に影響を与えている多様なセクターの機関のメンバーやスタッフあるいは研究者らにインタビューを行い,インタラクションのシステムやプロセスの実態について明確にさせることを目的とする.日本では,たとえば,行政改革の中で国立試験研究機関等の独立行政法人化が予定されており,近い将来,公的な研究開発に対する独立した研究開発関与主体が増加することが予想される.このような意味からも,既に多様な関与主体から構成されるイギリスのシステムを観察することは興味深い.
 本出張者は,1997年末に,腹のプロジェクトでU.K.を訪問し,科学技術政策形成・執行において主要な役割を果たしている議会・省庁・資金配分を行う公的機関・代表機関等,および主要な科学技術政策研究機関等を訪問してインタビューする機会があった.したがって,本出張では,この約1年間の変化をフォローアップするとともに,科学技術政策形成過程において影響を及ぼしていると思われる前回とは異なる主要な機関を訪問することに主眼を置いた.本出張で訪問した機関は次のとおりである.

・University of Reading(レディング大学)
・SE: Scottish Enterprise(スコティッシュ・エンタープライズ[スコットランド企業庁])
・SHEFC: Scottish Higher Education Funding Council(スコットランド高等教育資金配分会議)
・University of Edinburgh(エディンバラ大学)
・PRISM: Unit for Policy Research in Science and Medicine, The Wellcome Trust(ウェルカム信託 科学・医学政策研究ユニット)
・OST: Office of Science and Technology, DTI: Department of Trade and Industry(貿易産業省 科学技術庁)−Foresight Directorate(フォー サイト事務局)およびSecretariat of the Council for Science and Technology(科学技術会議事務局)
・CBI: Confederation of British Industry(英国産業連合)
・SBS: Save British Science Society(英国の科学を救え協会)
・NERC: Natural Environment Research Council(自然科学研究会議)
・CVCP: Committee of Vice-Chancellors and Principals of the Universities of the United Kingdom(連合王国大学副総長学長委員会)
・PSC: Parliamentary and Scientific Committee(議会・科学委員会)

 本稿では,個々の訪問機関におけるインタビューの概要ではなく,インタビュー全体を通して得られた主要な総括的所見について述べることとしたい.  まず第一に,consultation(コンサルテーション)が増加している.コンサルテーションとは,文書によって幅広く専門的意見やコメントを収集するしくみである.政策形成の様々なレベルや様々な局面においてコンサルテーションが行われるようになってきている.そのごく一部の例を示しても,Foresight Programme(フォーサイト・プログラム)がこの4月から第2ラウンドが開始しているが,そのプロセスやシステムのあり方についてコンサルテーションが行われた.また,HEFCs: Higher Education Funding Councils(高等教育資金配分会議)は,大学に対して多くのコンサルテーションを実施している.さらに,バイオサイエンスやバイオテクノロジーにおける開発を監督するための枠組みについてのコンサルテーションも行われている.政策形成機関や予算配分機関が,研究開発実施機関やその他のstakeholders(関与者)を政策形成過程に積極的に関与させるように促すことを帳じて,それらの意見の収集し,政策形成過程の透明性・公開性を確保するのみならず,より妥当性のある政策形成・執行をしようとしていることが窺える.
 コンサルテーションが増加するにつれて,その相手方としてより重要な役割を担うようになってきているのが,representative body(代表団体)であろう.代表団体とは,共通する利害を有する複数の個人・組織が,その利害のより良い実現を図るために構成している組織である.CVCPはその一例で,U.K.のすべての大学を代表している.CVCPは全体的代表性を有しているため,政府は大学に関わる政策に関してCVCPの意見を無視し得ない.代表団体としては,他には業界団体や学会等も挙げられる.政府は,これら代表団体の意見を受動的に聴取するだけでなく,フォーサイト・プログラムでは,コンサルテーションへ代表団体が積極的にコミットすることを促進させるような取り組みをしてきている.これは,政府によってメンバーが任命される(審議会に相当する)助言機関(advisory body)は別にして,政府として特定の利害を有する個々の人ないし団体の意見を聴取することはなじまないが,代表団体の意見は積極的に取り入れたいとする姿勢の表れであろう.
 政策形成機関等と代表団体とのあいだの文書によるコンサルテーションが増加する一方で,一旦文書に明記されたことを変更するのは難しいということから,代表団体は,応答的であるよりも事前活動的であろうとしている.そのために,代表団体は,担当者間を含むさまざまなレベルにおいてより密接なコミュニケーションを図ろうともしている.この他にも,U.K.では,政策形成システムにおいて関係者間のネットワークが張り巡らされていることがわかる.それは,オフィシャルにもまたインフォーマルにもあり,また,シニア・レベルでもスタッフ・レベルでも見られる.このようなネットワークが,政策形成過程を複雑にしているという見方もあるが,一方で科学技術システムの頑健性を維持しているという見方も示唆される.
 さらに,政策形成過程において,関与者はこのような網の目のようなネットワークの中で常にバランスを取ろうとしている.たとえば,大学や研究開発実施機関は,その代表者らによってCVCPやその他の代表団体を組織するが,それ以外にも,研究者の意見を代表するSBSや,(代表団体ではないが)科学技術に関心のある英国議会議員等とのディベートを行う一種のインフォーマルなクラブであるPSCに加入している.さらに,大学や研究開発実施機関のシニアな研究者・運営者は,The Royal Society(王立協会)等のアカデミーのメンバーであることが多い.科学技術政策について,それぞれの代表団体の立場によって意見が異なり,すべての意見が同じであるというわけではない.しかし,大学や研究開発実施機関の研究者・運営者としては,自らの主張の実現をめざしてさまざまなルートを帳じたコミュニケーションを図るとともに,自らの主張に近い意見を発する代表団体を維持・支援するという立場を取っている.
 それから,CST: Council for Science and Technology(科学技術会議)について触れておきたい.CSTは,すでに多数の助言機関がある中で,1998年3月に任務等の明確化を計って再設置された.その実効性についてはいろいろな議論があるようである.しかし,その存在意義は,数多くある政府の科学技術関連の助言機関の統合性を保つために一種の最高意思決定機関の役割を果たすことにあるという点とともに,日々の業務に追われて長期的な展望を描きがたい政府に対して,5〜10年先を見越して取り組むべき政策を明示することに意味を有する"agent of change(変化のエイジェント[代理人,作因,動作主])"であることにあると言われる.科学技術政策形成システムの中で,政策形成が「時間軸」の概念において捉えられ,CSTにおいて「変化」を意識的に掴まえようしている点は興味深い.
 最後に,本出張の準備段階において,Paul Lynch氏(英国大使館)およびBrendan Barker氏(ブリティッシュ・カウンシル)の協力を得た.ここに記して謝意を表する.

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ローマ法王庁科学アカデミー主催の「Study Week」に出席して
所長 佐藤征夫

 ローマ法王庁科学アカデミー(Pontifical Academy of Sciences)の招聘により、去る3月12日〜16日にヴァチカンに於いて開催された同アカデミー主催のStudy Weekと称する会議「存続と持続可能な発展のための科学」に出席し、日本の科学技術政策について講演するとともに討議に参加する機会をえた。(これは、もともと、有馬大臣に対し招聘がなされたものであるが、大臣は国会日程の関係でご出席できないため、主催者側に筆者を推薦していただいた結果、あらためて筆者が招かれたものである。)

(ローマ法王庁科学アカデミー)
 ローマ法王庁科学アカデミーは、1603年設立のローマのアカデミア・デイ・リンチェ(ガリレイが属していた。創設者フェデリコ・チェシの死とともに消滅。)にルーツをもち、1847年に新リンチェ法王庁アカデミアとして法王ピオ9世により再設立された後、1936年に法王ピオ11世によりローマ法王庁科学アカデミーとして再構築され現在に至っている。 ローマ法王庁科学アカデミー会員は定員80名で、多くの国々からの科学に顕著な貢献のあった科学者から選ばれ、法王によって任命される。日本人では、小田稔東大名誉教授が任命されている。(故福井謙一京大名誉教授も会員であった。)2年に1回総会が開かれる他、同会員は、同アカデミー主催のStudy Weekや会議に参加することとなっている。

(開催趣旨)
 今回の会議「Study Week」は、
① 人間活動の拡大の結果、世界は地球温暖化等の環境悪化、天然資源の枯渇、経済や社会秩序の不安定化など地球の持続可能性に対する(何10年規模の)長期の脅威とともに、自然及び人工災害等のいつでも起こり得る危険にさらされている。これらに対する我々の脆弱性は年々大きくなり、持続可能かつ生産的な世界を21世紀以降へと持続していく我々の能力を損ないつつある。
② これらに対処するため多くの資源が投入されているが、一種の行き詰まり状態になっている。基礎科学がこのような行き詰まり打開にとって重要であることは、歴史的にも常識的にもわかっており、また、人間社会の急激な変容と成長に伴う問題の多くは、科学の素晴らしい進歩の結果生じたものであり、科学界は大きな責任を感じている。
③ 同時に、科学的イニシアチブは、それが公的政策として実施されうるものであり、かつ道徳的、倫理的、精神的見地からも社会に受け入れられる場合のみ有用である。
との認識から、「基礎科学が世界の存続と持続可能な発展にどんな貢献が出来るのか」とのテーマで、このような新しい可能性を探るために開かれた。とくに、自然及び社会におけるクリティカル現象(大災害)の予測及び制御への新しい非線型力学の適用の可能性に焦点が当てられた。

(「Study Week」のプログラム)
 上記の趣旨から、「Study Week」は4つのパートから構成され、それぞれ約1日が当てられ、次のような題の講演と討議が行われた。

① 持続可能性(Sustainability)の問題:何10年単位の時間スケールでの脅威への対応 「生物多様性の低下」、「地球規模での水の供給」、「地球規模の食料保障」、「資源の経済学」等
② 人類の存続に関する問題:何時にでも起こり得る大災害の脅威への対応   「気候力学における分岐と変わり目」、「核戦争の回避」、「社会・経済(都市)システムの不安定性と持続可能性」、「地殻における臨界変移の特質」等
③ クリティカル現象への転移のシナリオ 「フラクタル性の結果…不安定の源?」、「単純系及複雑系における協調現象」、「河川ネットワークの相似性」、「自然現象における臨界と自己組織化」等。ローマ法王庁科学アカデミー(Pontifical Academy of Sciences)の招聘により、去る3月12日〜16日にヴァチカンに於いて開催された同アカデミー主催のStudy Weekと称する会議「存続と持続可能な発展のための科学」に出席し、日本の科学技術政策について講演するとともに討議に参加する機会をえた。(これは、もともと、有馬大臣に対し招聘がなされたものであるが、大臣は国会日程の関係でご出席できないため、主催者側に筆者を推薦していただいた結果、あらためて筆者が招かれたものである。)

④ 科学及び公共政策
 「英国における科学政策」、「途上国のための基礎科学」「ロシアの科学…上昇につながる下り階段」、「日本の科学技術政策」等
 各パートとも5〜7人の講演者がそれぞれ20〜30分講演した後、10〜20分の質疑応答・討議が行われるという形式で毎日朝9時から夕方6時前後(7時すぎまでの日もあった)まで行われた。内容的にも、上記のとおり、数学、物理学、経済学等の理論的なものから、地震、食糧問題、水問題、生物多様性問題など地球規模の課題対応的なもの、さらに公的政策に関するものなど盛り沢山の上、招待講演者を中心とする約30人の参加者(ノーベル賞受賞者を含む)のクローズド・ミーティングであり、密度の高いものであった。

(ローマ法王謁見)
 また、初日の12日には、参加者全員にローマ法王ヨハネ・パウロ2世に謁見する機会が与えられた。法王宮殿の一室でローマ法王庁科学アカデミーの議長から法王に対して昨年11月「生命と地球との相互作用」、今年1月「21世紀における途上国の食糧需給」に続く今回の「Study Week」の趣旨と特徴について説明があった。法王からは、人類及び人間をとりまく環境のバランスのとれた存続が重要であり、それゆえ、科学界の人々に自然と人間に関連する不均衡の原因について明きらかにし、それを防ぎ、また耐えられない結果に代わりうる解決策を出してほしい旨のお話があった。その後、表紙写真のように、法王は参加者1人づつと握手しながら言葉を交わされた。

(まとめ)
 今回の「Study Week」の結果、概略以下のような草案に基づき、今後修正を加え、法王庁科学アカデミーに対して提言をすることとなった。
 「20世紀が終わりに近づいた現在、我々は持続可能性が極めて望み薄くなっている世界に住んでいることを認識しなければならない。過去50年だけとってみても、1950年に25億であった人口が今や60億になろうとしており、大気の大きな変化があり、世界の1/4の表土と1/5の農地が失われ、植林なしに1/3の森林が伐採されてきた。
 我々は、生物の時代に入りつつあり、分子生物学の強力な道具が使え、生命に対する新しい知見が得られるようになったが、次の25年間で、世界の1/4の生物種が、また、来世紀の終わりには、実に3/4もの生物種が、絶滅に追いやられようとしている。
 世界は不公平であり、全世界の80%の人々が住んでいる途上国には、15%の経済しかなく、科学者は、わずか6%しかいない。20億人が、1日1ドル以下の生活であり、これらの人々のうちの8億5千万人が栄養失調となっている。
 科学技術は、世界の人々の運命の改善とより公平で持続可能な世界を構築する戦略の展開に大いに貢献しうる。それ故、2000年に開かれるアカデミー総会では、本Study Weekでの考え方やモデルをも充分取り入れて、生物多様性から社会システムまで、将来の持続可能性に貢献しうる全ての要因に目を向けるよう提案する。
 ローマ法王庁科学アカデミー主催の今回の「Study Week」は、異なる専門分野の理論家、世界的規模の課題対応の研究者、および政策担当者が一堂に会して、人類の存続と持続的発展への科学の貢献という大きなテーマを非線型力学の応用というかなり特殊な観点から論ずるというユニークな試みであり、有意義かつ知的刺激の高いものであった。ローマ法王庁科学アカデミーという特殊な組織ゆえにこのような大きなテーマをユニークな方法で議論できたのかも知れないが、日本においても、政策研においても、このように空間的、時間的に広い視野をもって課題設定、問題解決に当たっていくよう常日頃心掛けるべきと感じた次第である。

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Ⅵ.最近の動き

○ 顧問会議

・3/26 第10回科学技術政策研究所顧問会議
本年1月にとりまとめられた機関評価の結果を踏まえ、政策研が今後、果たすべき役割、活動の方向性について、
顧問の方々から活発なご意見をいただいた。

○ 講演会等の開催

・3/2
「EU第4次及び第5次フレームワークプログラムの概要およびプロジェクト概要の紹介」
 Dr. Van den Besselaar(アムステルダム大学社会情報学部)
 Dr. Loet Leydesdorff (同 大学 科学技術動態学科)
・3/8
「欧州と米国における科学アドバイザリ・システムの民主化」
 Dr.Josephine Anne Stein(マンチェスター大学・工学科学技術政策研究所首席研究員/名誉上級研究員)
・3/31
Small Business Innovation Research: A U.S. Federal Program to Support
Innovation - Based, High - risk Research Leading to Commercialization
Dr. Sara B. Nerlove (SBIR Program Manager, NSF)
State Government Support of Innovation at Small Enterprises
Dr. George J. O'Neill (Independent Consultant to SBIR Program)
 

○ 海外出張

・3/8-19 前田客員総括(米国)
  
・3/10-22 榊原1研総括主任(米国)
  
・3/11-18 佐藤所長(バチカン)
  
・3/12-28 平澤2研総括主任(エジプト、カナダ)
  
・3/21-27 竹内2研主任(カナダ)
  
・3/21-31 瀬谷4調上席(米国)
    
・3/31-4/11  田中1研主任(米国)

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編集後記

 千鳥が淵の桜が満開となり、相変わらずの人気で人波を泳ぐの感がありました。
年度末で、本ニュースの編集担当者2名が異動しました。新しい担当者として、前担当者方がこれまでに敷かれた軌跡を踏みながらも、新しい感覚が盛り込めたらと願っています。
どうぞ、本ニュースにも新担当者にもこれまで同様ご支援ご指導をお願い申し上げます。(K2)

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