No.119  1998 9 
科学技術庁 科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY


IIASA(ルクセンブルグ宮殿)において


          
目次 [Contents]  Ⅰ.レポ−ト紹介
  行政機構内外における科学技術政策推進のための支援体制
Ⅱ.コラム
  IIASAを訪問して
Ⅲ.創立10周年記念シリ−ズ
  政策研の思いで5  「企業社会と政策研」 清家元特別研究委員
Ⅳ.トピックス
  「個の発信」によるネットワ−ク価値創造の時代へ 前田客員総括研究官
  科学技術政策研究への期待 香月客員研究官
Ⅴ.海外事情
  藤垣2研主任研究官海外出張報告
  木場2調上席研究官海外出張報告 
Ⅵ.最近の動き


Ⅰ.レポ−ト紹介

「行政機構内外における科学技術政策推進のための支援体制」  調査資料・デ−タ(速報)(その4)
第2研究グル−プ総括主任研究官 平澤冷

 

    行政機構内外の支援体制は米国の方が欧州主要国よりも充実している。欧州の場合、支援体制は政策執行中間組織としての充実に特色がある。米国では、その機能は行政組織の内部に埋め込まれていて機関として独立していないため目立たないが、マンパワーその他実は、米国の方がこの部門においても強力である。それに加え、米国には、アカデミー、学会、シンクタンク、そして公的専門分析機関等多様な形態の強力な科学技術政策推進支援体制が整備されている。
 米国の場合、OSTPが設置される前、現在NSFに置かれているNSBが国家レベルの科学技術政策に関する諮問機関の役割を担っていた。この経緯もあり、現在でもNSFは単なるファンディング機関ではなく、米国の科学技術統計の実施分析や主要国の科学技術情勢の分析等世界の科学技術と高等教育全般にわたる基礎的状況を分析把握している巨大なシンクタンクである。そのスタッフの数は1100人で、その他に大学から2年程度を目安として派遣されるプロフェッショナル・スタッフも擁している。このアクティビティに対抗できる民間の機関としては、全米アカデミー連合(科学、工学、医学)を母体とするNRC(全米研究会議)がある。NRCは3000名を超えるアカデミー会員の叡知を900人のスタッフで結ぶバーチャルな提言機関である。年間300件に近い報告書をまとめているが、その委託元は、大統領府を含む行政各機関の他に、議会も含まれている。ただし、大統領府や議会には委託費が計上されていないので、その場合NSFやテーマが関係する行政機関から支出される。NRCが受け取る受託費は年間合計200m$(260億円)程度になる。

 この種の外部委託の運営のあり方は、受託者の自己責任が明確となる方式が通常とられている。NRCの場合を例にして紹介しよう。委託はアカデミーの担当窓口で一括して受け付けられ、アカデミーの内部委員会により、担当すべき委員ないし委員会の責任者がアカデミー会員を中心に選任される。委員会は独立性を保つため委託者(機関)側とは接触しない。委員は専門性に応じ、報告書の分担執筆を受け持ち、委員相互のチェックの後、スタッフが取りまとめ全員でそれを確認する。このプロセスにはいくつかのバリエーションがあり、スタッフは資料を収集する補助作業のみに加わるケースとか、スタッフがまずドラフトを作成し、それを委員が分担して修正し、最後に全員で確認する等の場合もある。しかし、いずれにしても執筆の中心が委員であることに変わりはない。このようにして完成した報告書は、アカデミー内部の査読委員会に付託され、NRCの報告書としての品質がチェックされた後に、公表される。ところで、この間委員はボランティアとして参加するので、会議参加旅費の他に100〜200$/日程度の日当の支給が普通である。しかし、スタッフはパートタイムないしフルタイムでプロジェクトをサポートする。プロジェクト1件当たりの受託費は、平均1億円程度であり、我が国と1桁異なることを強調しておきたい。

 学会の中で科学技術政策に最も熱心に取り組んでいるのはAAAS(米国科学振興協会)で、その一分科会COSEPP(科学・工学・公共政策分科会)はこの分野の研究者および実務的専門家のコミュニティ(research and policy community)のメッカとなっている。その事務スタッフはAAAS全体(350人)の約1割であるが、科学技術政策推進上重要な2つの役割を担っている。第1は科学技術関連予算の分析と、それに基づく公開討論会(コロキューム)および議会における予算の審議状況の追跡。コロキュームは毎年、大統領が議会に提出した予算案が議会で審議中の4月末から5月上旬にかけて開催され、科学技術予算の受容者が行政府や立法府の予算関係者を招き、AAAS(一部はNSFやNRC)が集計した大統領予算教書の科学技術関連部分を基にして公開討論会を行うもので、パブリック・ディベートを中心にした米国の意思決定システムの典型例でもある。AAASのこのS&TP(科学技術政策)プログラムを担うスタッフが、どの公的機関よりも科学技術関連予算全体の動向に詳しいといわれている。第2は、フェローシップ・プログラムで、議会や行政機関に科学技術に詳しい専門スタッフを学会会員から選抜し送り込むプログラムを主催していることである。AAAS自体からは毎年2人であるが、他の学会や地方からの選抜者を含めると70人にのぼる。彼らの多くは大学や研究機関の在籍者であり、AAASで事前のトレーニングを受けた後、各機関に派遣される。1970年代からはじまったこの制度により合計1100人が既に送り込まれ、その約1/3がワシントンの科学技術関連部署に定着している。このような活動を支える資金源の3/4は政府機関からのグラントや寄付でまかなわれ、この額は通常の学会活動による収入の約3倍に相当する。

 民間シンクタンクの動向についてはここではふれないが、特殊なものとして、大統領府を専属で支援するCTI(クリティカル技術研究所)の活動を紹介したい。CTIは主に宇宙開発やSSCのような巨大科学技術の妥当性を分析することを担当していて、スタッフの数はFTE換算で20人弱と小さいが、RAND社内に設置され、そのポテンシャルが活用されている。いわゆるスモール・サイエンスの評価はNSFが中心となって担当できるが、ビッグ・サイエンス分野で各省を巻き込んだロビイストに大統領が対抗するためには、CTIが担うような機能が省庁とは別に必要となる。

 最後に議会の支援機構についてまとめておこう。議会関係スタッフには、委員会スタッフ、議員スタッフ、党スタッフの3種類があり、全体で1万人を超えるが科学技術関係の実務的専門家は全体で300〜500人程度であろう。科学技術に比較的熱心な議員は10人近くの科学技術関係のプロフェッショナル・スタッフをワシントンに擁している。この数はワシントンのスタッフの約半分であり、また地元スタッフを含めた全スタッフの1割程度に相当する。科学技術関連委員会のスタッフや党スタッフも、科学技術のプロに相当するスタッフとしては、それぞれ5〜6人程度が、それぞれ分散して配置されている。この議会スタッフや議員をさらに専属で支援する機関としてCRS(議会研究サービス局)がある。そのスタッフは全体で700人、総予算は60m$程度であるが、科学技術関係のスタッフは50人程度で、年間300〜500件程度の議員からの科学技術関係の問い合わせに対応している。 CRSはCTIと同様リコメンデーションや政策的な方向性は示さないで、専門的な立場からの解説や、分析結果のファクツ・ベースの報告に徹している。いわば専門家集団としての節度を超えない立場がつらぬかれている。またこの情報は一般市民にも公開されている。

 このように米国における支援体制は、それ自体が専門分化し、深められてきている一方、基盤的、全般的な分析も継続的に行われている。その知的資産とその活動を担う人的資源の価値は、知識社会を迎えた現在、計り知れないものがある。そして、その活動を担うスタッフの多くは公的資金によって雇用され、また民間にあって活動する場合であっても、その資金の多くは政府機関や政府系研究機関から支出されている。科学技術政策の推進は、いまやこのような実務的専門家の幅広い寄与を抜きにしては、効果的に行うことができない状況にいたっている。

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  Ⅱ.コラム

IIASAを訪問して


第2研究グル−プ 藤原直也

 第3回欧州国際関係論会議 科学技術ワークショップ(次号掲載予定)に参加した機会を捉え、9月中旬にウイーン郊外のIIASA(International Institute for Applied Systems Analysis)を佐藤所長と共に訪問した。
 政策研とIIASAの関係は、今年4月にGordon Macdonald IIASA所長が政策研を訪問され、政策研の研究活動に強い関心を持たれたことを機に、6月に両研究機関の協力関係を深めるためのMOU(覚書)を締結するに至っている。今回のIIASA訪問は、覚書締結後初の訪問であり、今後の協力関係を意義あるものとすることを第一の目的とした。なお今回の訪問にあたっては、IIASA技術顧問である渡辺千仭東京工業大学教授に同行頂くなど、大変お世話になった。
 Macdonald所長との懇談では、政策研側から最近の研究活動状況の紹介や政策研創立10周年記念誌を贈呈したほか、我が国の科学技術行政改革の動向などの説明を行った。また、IIASA側から代表的成果としてエネルギー問題などに関する書籍や、同研究所が毎年開催しているSummer Programの紹介を受けた。さらに両研究機関間で研究成果の交換や相互訪問の活発化など、交流をより一層深めてゆく方針が確認された。
 IIASAは、1960年代の米ソ冷戦時代に、東西問題に取り組む研究機関の設立がジョンソン米国大統領やコスイギンソ連首相らから発案されたことがもとになり、1972年に設立された国際的研究機関であり、我が国を含む東西両陣営の主要12ヶ国が参加して発足した(現在は17ヶ国)。
 現在のIIASAの主なミッションは成熟社会に共通する社会経済問題の研究にあり、科学技術の知見や応用システム分析等を通じてその解決方策を探っている。取り組んでいる主な課題は、エネルギー、環境、汚染問題から、ネットワーク、システムアナリシス、経済貿易問題などまで多岐にわたっている。IIASAの運営は参加国の拠出金を主な財源としているが、冷戦構造の崩壊などを受け、その財政状況は必ずしも楽ではない模様であり、最近では企業などからの受託研究も受け入れている。
 興味深く感じた研究例として、中国の土地利用や食糧動向などを事例としたGlobal Changeに係わる研究が挙げられる。これは各種データに基づいているだけでなく、例えば高所得化に伴う食品嗜好の変化(菜食から肉食に移行する)等の影響までも加味した精緻なものであるとの印象を受けたが、その一方で変動因子が多いため、こうした対象では動向調査が困難であることも併せて感じた。
 IIASAはウイーンの南約16kmにあるラクセンブルグ宮殿内に所在している。同宮殿はハプスブルグ王家の離宮であり、かつて女帝マリアテレジアも居住していた由緒正しき建物である。IIASAの立地選定にあたっては、フランスとの誘致合戦の末に同地に設置が決定された経緯があり、オーストリアにとって同宮殿はIIASA誘致の「切り札」であったとのことである。
 研究所に足を踏み入れると、正に「切り札」であると頷ける壮麗な建築物である。居室内にはシャンデリアが下がり、壁には装飾が施され、窓からは広大な庭園が見えるなど、とても研究所とは思えない。特に本ニュース表紙の写真のように、まるで美術館にあるような大きな油絵までが飾られているのは驚きである。「庭園など三日も見たら飽きる」との声もあったが、ヨーロッパの豊かさを感じた一日であった。

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Ⅲ.創立10周年記念シリ−ズ

政策研の思いで5

「企業社会と政策研」
清家彰敏元特別研究員
    (富山大学経済学部助教授)

 科学技術政策研究所創立10周年おめでとうございます。民間企業から10年前に特別研究員としてお世話になり、場と夢を与えられ、現在の職場にて奉職させていただいております。政策研にくる前、民間企業での研究ではいささか成果を出し、論文数を誇っておりました。しかし、やはり、何があっても民間の研究者、学者としてはローカルと見られることが多く、やりきれないときもありました。
 大学の人間と共同論文を書いて、理論を担当しても、実践を担当したものと決め込まれる。大学人の思いこみはすさまじい。学会の大先生から共同研究者の大学人に電話が入り、「こんどの論文の理論のところはいいね」とほめられて、とうとうそこは清家さんが書いたと言えなかったよ、などと言われて、がっかりといった時もありました。結婚式のスピーチでも民間の研究者として、実践て、がっかりといった時もありました。結婚式のスピーチでも民間の研究者として、実践チームの理論研究の軸になっていると思っていただけに悔しい思いもしました。
 それが、国研への出向ということで、急に大学人の視線が変わったことに驚いたものでした。ようやく”同業者”扱いされた喜びは忘れませんね。
10年前の政策研は水滸伝「梁山泊」のような雰囲気があって、私のような民間企業仕込みのものでさえ、驚かされました。まず、議論。学会には当時も10以上参加しており、自他共に論客を自認、議論大好きと思っていたのが、ことのほか皆強い。数学から政治経済、哲学、文化人類学までなんでもござれ。A氏など、議論していて黒板に書きなぐっていたら、文章ではなく、数式で書いてくれ、数式でやろう、とくる。B氏はとにかく、絶対譲らない。もう文字通りバトルロイヤル倒れるまでやる。3時間でも4時間でも差しでの議論。C氏は毎回、別のテーマを持ってくる。当時は常温核融合ブーム、これも議論の的。業際・学際、公私・公学混同の大議論。超理論から基礎学問まで盛り上がりました。
 政策研究所に集まっている人々は理系、文系、人種ばらばら、専門用語も別々なので、そこからすりあわせが始まり、発想と連想のスパイラル討論が延々と続く。迂闊に軽く用語を繰り出せば、一気にその定義から、追求。必殺パンチを喰らってしまう。
 さて、夜は、とにかく長い。議論後、研究所を夜9時に飛び出せば、これからが長い。飲んで、カラオケ、もうやけっぱち、タクシーで帰ろうなんてとんでもない。流れ流れて新宿へ、「由利徹」とお友達という超大年増ママ。もう妖怪、出たな妖怪。なじみのD氏のカラオケ、もうやけくそ盛り上がり、は良かったが、もうお家のことは忘れちゃった。気がつきゃ、新宿の公園で日の出。青春だなあ。
 当時の仲間が現在の研究のパートナー、といいたのですが皆ボヘミアン。1年から3年で皆いなくなって、少々寂しいですね。政策研で論文はとにかく書けました。企業での制約から開放されたせいか、毎月1、2本論文を発表できました。
 そんなこんなで、やっているうち、大学からお話があって、転職。転職の常で出世は遅いのがすこし残念ですが、来年は教授になれるかな。現在は、情報分析課の客員研究官でやらせていただいています。産業と経済学、企業と経営学の立場から見て、政策研のレポートは宝の山。どんどん論文を経済学、経営学の学会に出して下さい。学会誌の編集委員長もしています。恩返しにお世話ができればと思っています。

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Ⅳ.トピックス

「個の発信」によるネットワ−ク価値創造の時代へ
客員総括研究官 前田昇

  戦後めざましい発展を遂げた日本経済は、21世紀への入り口を前にして新しく生まれ変わるべく苦しんでいるようである。戦後の急速な発展は、明治維新の変革と共に近代日本の奇跡として世界史の中で語り継がれていくであろう。しかしながら追いつく目標を失った今日の日本経済は、従来の得意としていたキャッチアップパラダイムに代わるべきビジネスモデルを探しあぐねている様であり、バブル崩壊の時期とも重なり馬車馬のように働いてきた企業人の中には、虚無感を 持つ人も少なくないであろう。
 ハーバードビジネススクールのマイケル・ポーター教授は、日本企業にあるのは品質向上、納期短縮、コスト削減等のオペレーショナルインプルーブメントのみであり、いわゆる経営戦略といわれるものはほとんどなく、戦略無き日本企業に世界競争での勝ち目はないとまで言い切っている。最近の日米欧次世代産業基盤を築く動きを見ても、アメリカは「情報ハイウエー」、欧州は統一通貨「ヨーロ」と一言で表現できる巨大なシナリオがある。日本には「追いつき追い越せ」の次の産業を創造する為の巨大なシナリオが待たれている。その答えは「科学技術創造立国」だといわれても、判るような気もするが産業界にとって今一つピンとこないのではないか。例えば戦後の日本をリードしてきた巨大な電機業界や産業機械業界にとって、科学技術対応以前にビジネスとしての新時代対応の問題を解きほぐす必要が有りそうだ。新時代へのビジネスモデルを構築し、その構造の中で初めて新時代の科学技術創造立国が生きてくると思われる。日本のあの大成功した戦後ビジネスモデルの創造的破壊が必要な時代になっている。
 常なる創造的破壊こそが資本主義経済の発展の源であると説いたシュンペーターによると、イノベーションは、生産要素の「新結合」によりもたらされる。すなわち1)新商品 2)新生産技術 3)新市場 4)材料の新供給源 5)新産業組織 であり、これらの生産要素の新結合を企てることが「企業」(enterprise)であり,その実行者が「企業家」(entrepreneur)なのだ。このシュンペーターのいう「新結合」のコンセプトを今の時代に合わせて考えてみたい。価値の源泉が 農業→工業→情報→知識 と変化してきており、ボーダーレス、IT(情報技術)革命、規制緩和という三大潮流変化が押し寄せている今日、イノベーションを起こす「新結合」とは、「知識」を持った組織・個人がネットワークを通して結ばれた状況であると言える。その時の組織は専門性のある小集団の方が結合には有利である。これらの小集団あるいは個人を総称して「個」と呼ぶことにすると、これらの「個」が、組織の内外に向けて「発信」することにより、グローバルベースでネットを通して産業を越えて「結合」し、新たな価値を創造し得ることになる。三大潮流の変化はこれらの結合の促進剤となる。
 フィナンシャルタイムズの企業イメージ調査で3年連続1位に選ばれているABBと言う企業は、この「ネットワークによる個の発信」を最大限に取り入れて成功している企業と言えるのではないか。21世紀の企業形態を先取りしていると言われているこの企業は10年前にスエーデンとスイスの企業が合併してできた重電の企業であり、世界中の20万人の社員を5千の利益責任のある小集団に分けて、ネットワークで結ぶことにより、小企業でありかつ大企業、地方分権でありかつ中央集権、ローカルかつグローバルと言う相反するテーマをうまくバランスを取り経営している。40人ほどの小集団は企業内の他グループに向け自分たちの商品・技術特性を発信し、企業内外での競争・提携を通じて生き残りのための磨きをかけている。これはベンチャー企業の企業家特性を生かした大企業と言える。ABB社のマトリックスマネジメントは、従来の縦横斜めに管理され、創造性欠如となる「個」ではなく、「個」が自ら自由奔放に発信することにより縦横斜めのマネージメントを最大限に利用する「発信型マトリックス」と言える。重電という成熟産業でここまで大胆に行動を起こし高収益をあげているパーシイ・バーネビク会長は今や時代の寵児であり競争会社であるGEや日本の重電大企業の脅威となりつつある。
 ABBほどまで極端な小組識への変革ではないが、日本での社内分社化の動きや、欧米での企業の専門分野への絞り込みは、より小さな単位での専門性による他企業との「新結合」への方向性と似ている。また顔の見えない組織よりも個性あふれるリーダーに率いられた組織のほうが、産業や国をまたがるアライアンスによる「新結合」に向かいやすい。その意味でもこれからの時代は「個人の知識」をベースとした「発信」と「ネットワーク」こそが価値創造の源泉であるといえる。「個」の強いリーダーシップのもとにベンツとクライスラーやBTとATTの様な海洋をまたぐ合併や提携、大企業とベンチャーとの対等な技術提携等もどんどん増えてきそうである。
 このように強力な「個」に主体を置いたネットワーク経営が、21世紀の知識創造型ビジネスモデルと想定できるが、15年以上も前に世界に先駆けてこのコンセプトを強烈に打ち出した科学技術庁の研究開発システムであるERATOは、経営学上も大変進んだシステムといえる。これらの「個」が、ビジネスの世界に発信を始めると相互効果が大きい。最近の例ではソニーのコンピュータゲームビジネスの成功は、40才代のエンジニアである「個」が、技術とビジネスを、ソフト制作のネットワークの場で総合的に短期間でプロジュースした例である。ビッグバンの進行により、長らく規制下にあった金融産業においても、スペシャリティを持った若い「個」たちが発信を始めた様にも見える。流通・薬品・食品等の産業もハーモナイゼーション等の規制緩和の潮流と共に「個の発信」が始まるであろう。日本人は動き始めたら早い。
 「個」の発信によるネットワーク価値創造メカニズムがビルトインされた新ビジネスモデルが日本に根づくことにより「科学技術創造立国」が「科学技術ビジネス創造立国」の意味を持つようになるのではないだろうか。    

(まえだ のぼる ソニー株式会社 渉外部門技術渉外部 部長)


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科学技術政策研究への期待
客員研究官 香月祥太郎

  科学技術政策研究所が創立10周年を迎えられたことを心からお慶び申し上げます。この記念すべきときに客員研究官を拝命させて頂きましたことを光栄に存じます。 私が科学技術庁と関わりを持ったのは今から25年ほど前、まだ高度経済成長の名残が消えやらぬ昭和40年代後半でした。当時、科学技術庁では原子力、宇宙に次ぐ大型の科学技術としてライフサイエンス振興が大きなテーマとなっており、理化学研究所ライフサイエンス推進部が中心となって研究計画の策定作業が進められていました。当時はライフサイエンスといってもいまだ未知の領域で、テーマや内容が定かでなく、大学や国立研究所の先生方の検討会で多くの課題が議論されていましたが、理研では知能機械やバイオリアクターの開発、生理活性物質の探索等の6課題を重点研究テーマに設定し、民間シンクタンクに委託して研究計画化作業が進められました。私共も「バイオリアクターの研究開発プロジェクト」の計画化作業を受託し、和田昭允東京大学教授(現名誉教授)のご指導を得ながら調査研究に携わる機会を得たわけですが、この研究をきっかけにその後十数年間、科学技術庁の調査研究に従事させていただきました。
 バイオリアクター研究は酵素反応をペプチド等の物質合成や分解に活用するための革新的なシステムを目指したもので、医、農、理、工の広範な領域の研究者の参画を得て10年の長きに亘って研究開発が進められましたが、まさに基礎から応用を包括する目的指向的研究であったと思います。
その後、昭和55年に米国から遺伝子組替え技術が導入され、大学や産業界に大きな衝撃がもたらされましたが、科学技術庁でも組替えDNA技術の実験指針の大量培養への適用やP4実験施設の設置等、多くの政策課題に日夜対応されていたことが思い出されます。私も、遺伝子組換え技術の安全確保について調査を担当させて頂き、米国の調査結果をもとに、ご担当の平野氏(現岩手県立大学総合政策学部教授)等と数々の議論を戦わせたことを覚えています。またライフサイエンスにおける先導的・基盤的技術開発の基本計画をもとに科学技術会議第10号答申作業のお手伝いをさせて頂いたこと等も、よき経験となりました。
わが国では、遺伝子組替え技術によるバイオテクノロジーが開花し、現在、医療から農業分野までの広い領域で多くの成果が得られるようになりましたが、この20年程の技術進歩は当初予想していたよりもはるかに大きなものであったと思います。かつて従事させていただいた科学技術振興調整費による試験研究「DNAの構造解析システムの開発研究」のDNA塩基配列解析システムの小さな成果が、今や完成された技術として学界、産業界で広く活用され、ヒトゲノムの解析にも応用され貴重な支援技術になっていることを考える時、最初の研究目標の設定と叡智の結集が如何に大切であるかを感じます。そして科学技術庁が先導的役割を果たされたライフサイエンス研究で20数年前に革新的・目的指向的研究の目標としていたことが間違いなく現実のものになりつつあることを実感する次第です。引き続きより多くの成果が得られるよう、政策的な対応を願っています。
ところでシンクタンクの仕事に20年ほど携わった後、企業内異動でシステム事業部門に移り、主として企業を顧客としたビジネスプロセス・リエンジニアリングのコンサルテーションや情報システムの構築事業を担当してきましたが、ここでも情報技術(IT)という革新性の激しい技術に直面しました。このIT分野はマーケット・オリエンテッドな米国主導の技術革新によって支えられており、わが国ではこの5、6年で最早米国に追いつけないほど技術レベルに差がついたように思います。
 21世紀に向けて、通信を含めた情報技術の役割がますます重要になる中で、産業界のみならず社会のあらゆる領域を支える技術としてのITの技術開発は、世界的に戦略性を帯びつつあり、わが国でもIT対する政策的対応は緊急の課題になりつつあります。
バイオテクノロジーとITという、一見異なる技術ではありますが、広く国民ニーズの面からは影響の大きい技術に対して、わが国独自の技術開発目標を定め、ニーズに応える技術戦略を策定し、目標に向かって如何にスピーディに推進していくかを政策レベルで決定していくことが緊要ではないでしょうか。また、これから現れる新しい分野の革新的な研究についても、その効率的な推進のための科学技術政策研究は大いに期待されるものと思います。
現在、私は桑原総括上席研究官のもとで国民ニーズと技術予測に係わる調査をお手伝いさせていただいていますが、ライフサイエンス、バイオテクノロジー、そして実学としての情報通信技術の経験を活かして微力ながら調査研究のお役に立ちたいと思っております。
 また、社会的ニーズに応じた科学技術政策がますます重要な時期を迎える中で、科学技術政策研究所では、研究開発投資と経済効果に関する分析、及びそれに基づく研究機関への研究投資の枠組みと推進策の検討など、期待の大きい重要政策課題について研究が進められることと伺っていますので、これを機会に、科学技術研究の効果的推進のためのテクノロジー・マネージメント、ナレッジ・マネージメント等についても取組んでみたいと思っております。何卒宜しくご指導のほどお願い申し上げます。
最後に、客員を拝命するにあたりご厚情を賜りました佐藤所長、桑原総括上席研究官はじめお世話になりました方々に厚く御礼申し上げます。

(こうづき しょうたろう 三井情報開発株式会社 顧問)

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Ⅴ.海外事情

国際社会学会議出席


第2研究グル−プ 藤垣裕子

  7月24日から8月3日、モントリオールで開催された国際社会学会議(International Congress of Sociology)に出席し、論文発表を行った。この会議は国際社会学連合(International Sociological Association)の主催する国際会議で、4年に一度開催される。今回で第14回目であり、ISAは今年で結成50年を迎える。今回の会議は世界79ヶ国4,500人の研究者が参加した。RC(Research Committee)が50、WG(Working-group)が6、TG(Thematic-group)が10、で同時並行セッションは合計60を越える。プレジデンタルセッション(全員参加)以外はこの約60種類のセッションが同時並行で行われた。6日間の会期中、2会場(国際会議上およびケベック州立大学)に分かれて一日に4ラウンド(9時〜12時、14時〜16時、16時半〜18時半、20時半〜22時半)が設定され、概算で1日に約200セッション、6日間で1,000を越えるセッションが開催されたことになる。同会議はユネスコの支援を受けているため、発展途上国の社会学者もユネスコまたは政府からの援助を受けて多数参加している。「貧困について」などの議論がシンポジウムでも真剣におこなわれていた。発表全般の特徴は、データの公表だけでなく、問題提起でもセッションや研究発表が組まれている点である。
 科学技術政策研究に関わる内容としては、4日目にシンポジウム:政策立案と応用社会学 (Policy-Making and Applied Sociology)が行われ、研究と行政の違い、両者の協力についての議論が活発に行われた。とくにオランダの厚生省の行政官による理論的まとめは俊逸であり、両者の違いを、リアリティの違い(理論フレームワーク対実践問題)、勤務文化の違い、アカウンタビリティ(説明可能性)の違い、時間軸の長さの違い、の4点から総括していた。また、最終日のプレジデンタルセッション:21世紀の社会科学の役割では、社会科学における学際交流(社会学、政治学、経済学、人文地理学、および歴史学)、社会科学のめざすものと自然科学のめざすものの対置などについて活発な議論が行われた。
 RC23(科学技術社会学)において開催されたセッションは、社会学理論、科学の社会学、およびSTS研究、環境問題と科学社会学(RC24とジョイント。例:環境科学における問題解決における科学と政策決定との関係の分析など)、科学と経済との関係のダイナミクス、科学社会学の科学への貢献と技術政策研究への貢献、産学官関係、大学評価、第三世界における社会学、科学の組織的側面(生薬開発の社会学:産学官関係、国際RTD協力を推進するものは何か、など)である。RC 24(環境問題)では、リスク論のコンセプトのまとめ(合理的アクターパラダイム、心理計測法、システム論応用、組織論的アプローチ、社会資源理論、などを、構成主義―客観主義と構造―個人の2軸で分類)に関する質の高い発表があった。出張者は科学者の知識生産プロセスにシステム論を応用した論文を発表し、今年3月のSTS国際会議とはまた違った反応を得ることができ、有意義であった。

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第一回EUROPTAワークショップ出席


第2調査研究グル−プ 木場隆夫

1.概要
    9月3日、4日に、コペンハーゲンにおいて第一回EUROPTA(European Participatory  Technology Assessment)ワークショップに出席した。これはこれまで欧州各国でばらばらに行われてきた市民参加型テクノロジーアセスメント(pTA)の動きを評価するための理論的なフレームワーク作りを目指す会議である。同会議はEUから資金援助を受けており、今回はデンマーク議会技術委員会が事務局となっている。(次回会合は99年3月にオランダで開催予定。)参加者は、デンマーク、オランダ、ドイツなどの欧州各国を中心に、日本、カナダ、ニュージーランドの欧州域外からの参加もあり、全体で約50名。テクノロジーアセスメントに関する政府機関、財団等研究機関関係者及び大学の研究者などが多かった。本会議の背景としては、欧州各国でpTAは広がっているが、これまで各国で目的、方法、社会的位置づけが異なっており、一般的な評価、比較が難しかったという事情がある。そのため、pTAを統一的に理解し、評価できる理論的フレームワークの策定が課題となっている。このフレームワークは、pTAの実践に有益なものであることを目的とする。全体のスケジュールは以下のよう。

98年前半     理論的フレームワーク作り 98年9月     EUROPTA 第一回会合 98年10月以降   各国のケーススタディ(実証分析) 99年3月     EUROPTA 第二回会合(オランダ)    99年6月  最終報告書作成

2.議論の内容
    あらかじめ事務局が準備したペーパーに沿って討議を進めた。また各国の様々なpTAの様子について報告し、意見交換するセッションが設けられ、十数件の報告がなされた。その中で日本の経験として、本年1〜3月の「遺伝子治療の市民の会議」の概略を東京電機大学の若松教授が発表した。日本での実施は小規模で、任意団体が実施したが、専門家、市民パネルの熱心な協力により、成功した。今後も継続していくつもりであると述べた。日本の例については各国から大きな関心が寄せられた。また私から理論的枠組みに関する考察として、その市民の会議においてみられた会議の進行過程を、図式化して説明し、科学技術が社会を変える世の中では、将来のことを予想しなければならず、そのためには市民の問題想像力が重要であるという指摘を行った。

3.所感
   PTAに関心を持つ国は増加していることが印象的である。元祖のデンマークはもとより、オランダ、ドイツでは方法論の研究で先行している感がある。スイス、フランス、イギリス、韓国でもこの種の会議が行われ、あるいは計画中である。しかし、方法については問題を抱えており、なかんずく政策への反映は大きな課題となっている。明確な方向性はみえていない状況にある。

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Ⅵ.最近の動き

○ 機関評価委員

・8/23 第4回科学技術政策研究所機関評価委員会

○ 講演会等

・8/3 「科学技術と社会の調和」
長岡昌(科学ジャ−ナリスト:元NHK解説委員)
・8/27 「情報化社会:その経済的影響と望ましい情報政策」
奥野正寛(東京大学経済学部教授)

○ 海外出張

・7/24−8/23 藤垣第2研究グル−プ(カナダ)
・8/31−9/6 木場第2調査研究グル−プ主任研究官(デンマ−ク)
・9/16−9/21 佐藤所長(オ−ストリア)
・9/16−9/24 藤原第2研究グル−プ特別研究員(オ−ストリア、スイス)

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編集後記

  これまで、政策研ニュースの編集については、政策研ニュース編集委員会で議論してきたが、本委員会を衣替えし、政策研の成果について、より効果的かつ戦略的に広報していくため、広報委員会を設置することになった。従って、9月号から広報委員会のクレジットで発行されているが、本格的には、次号以降からの活動となる。さて、10月号では、10周年記念国際コンファレンスの結果をご紹介する予定である。ご期待いただきたい。今後とも、政策研ニュースが、政策研の活動や科学技術政策についての理解を深めていただくよう努めていきたい。(T)

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