No.106 AUG 1997

科学技術庁科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY

目次 [Contents]レポート紹介 Highlight of the New Report
最近の動き Current Topics


Ⅰ.レポート紹介/Highlight of the New Report

日本と米国の科学及び工学における大学院課程の比較
(DISCUSSION PAPER NO.3)

第1研究グループ  タニヤ・シェンコ

1.はじめに
 日本は、科学及び工学において年々新たに誕生する博士の数が米国に比べて少ないことを懸念してきた。この報告は、日本と米国の大学院課程の構造的な差異を調査したものである。両国の最優秀及び中堅の大学を対象とし、米国における種々の科学及び工学の14大学院と、日本の科学及び工学の10大学院を比較した。以下にそれらの主要な差異をあげる。

2.大学院の組織
 日本の大学院組織は、明らかに米国のそれよりも中央集権的に管理されており、大学間での大学院課程の形式の差は極めて小さい。資金面での管理も極度に中央集権化され、切り詰められており、そのために将来性のある大学院生への資金援助を教授が保証することが困難である。
 日本の最優秀の大学院のほとんどは、旧帝国大学を前身としているが、米国の最優秀の大学院は、私立及び公立の両者からなっている。米国の公立の大学は、私立大学に追随しているが、これまでのところ日本の場合については、この逆である。

3.財政的援助
 大学院生に対する日本での財政的援助は、米国のそれと比べてかなり遅れをとっている。日本の大学院生は、いまだに個々の生活費をほとんど各自で賄わなければならない。大学院生に対する奨学金が会社から支給される場合、その会社へ就職しないと返済義務を免除されないことが多く、このことは多くの受給者にとって厄介な制約となっている。この資金援助のパターンは、米国では会社から大学院生への奨学金が返済義務を伴わないのと比べて、著しく違っている。また、米国のほとんどの大学院生には、教務助手(TA)及び研究補助(RA)の組み合わせというかたちで生活費が支給されている。

4.課程および科目における相違
 日本の個々の大学院では、米国の大学院と比べ、提供されるコースの種類が比較的にせまい範囲にとどまっている (図参照)。さらに、日本の大学院にはほとんど学際的科目(共通履修科目)が無いが、米国の研究大学の大学院はその全科目の三分の一までを他の研究科との共通履修科目として持つことができる。基本的に、理論より実践を重視しているという理由から、米国の中堅大学では、学際的コースを持たない。米国の大学では、二学科以上に関連する副専攻(たとえば、生物学および物理学に関連する生物物理学)の科目が新規に設置される場合、これを共通履修科目として扱う傾向がある。それに比べて日本では、副専攻の分野を別の新しい研究科として分ける傾向がある。


図.日米大学院プログラムの比較(コースの数)

 日本の大学院課程は、かなりの度合でセミナー(演習)及び講義に依存しており、その他の時間を研究に費やすものとしている。宿題の負担は軽く、大部分はレポートの形式をとっている。米国の大学院課程では、専攻科目に加えて2個の副専攻科目を必修としている。実験の科目は、しばしば必修となっている。米国の授業は、かなり組織的に構成されており、宿題、中間試験、期末試験の準備などでかなりの時間が必要となる。博士課程の大学院生は度々、一ないし二学期間は、授業を担当する。
 日本の大学院の進歩を阻むものは、勉強や研究に関する問題ではなく、財政面などの二次的な問題や設備の欠如である。米国の大学院では、そのような二次的な問題に悩まされることなく、勉強や研究に集中することができるが、博士の候補のための一連の試験に合格する必要がある。これらの試験は極めて難しく、3分の1から2分の1の学生はこれらの試験に不合格となる。
 日本の大学院の授業には、米国では見られないものがある。それらは、実験設備の使い方やデータの分析手法に関する授業である。米国では、それらの知識が必要な場合は、学生が個人的に学ぶことを当然のこととしている。また、日本の大学院で行われている専攻にあわせた応用科目も、米国では見られない。例えば、工学のための線形代数がそれである。米国では、学生にこれらの授業を共通科目として、あるいは他の学科へ出向いて取得するよう求めることが頻繁に行われている。

5.学位取得者への処遇
 米国では、企業に就職する際、修士号や博士号の取得者は、学部の卒業で終了した者を超える明確な価値を持っているが、日本では大学院修了後の主要な進路は、いまだに教育関係である。日本の企業では、修士取得者の用途を思いつくことはできても、博士号は、知的に専門的過ぎて企業の環境に適応できないとする批判がある。米国では、B.S.(学士)のみの取得者と比べ同年代のM.S.(修士)やPh.D.(博士)の取得者は、より多額の給与やより重い責任を与えられている。特に、博士号取得者の場合は、その傾向が強い。日本では、学士とそれ以上の学位取得者の間には、職務責任にほとんど差異はみられない。給与面において多少の差はあるものの、実際に大学院で費やした研究期間を考慮すると、より高い学位の取得者はかえって不利ということになる。

6.結論
 日本が創出する大学院の学位取得者の数を増加するための方策として、最も単純で明快な回答は、大学院生の財政援助を拡充すること、及び日本の大学院における設備および装置の水準を向上させることである。それには、資金が必要である。
 しかし、日本において高い学位の取得者を必要とする労働市場が形成されない限り、この方策は効果を持たないだろう。これは、循環的な問題である。より高い学位の取得者が研究能力に秀でているという証が無い限り、日本の企業はより高い学位の取得者を奨励しないであろう。しかし、高い学位が高い価値を持つ日が来るまでは、技術と野心を持つ人々は、大学院へ行くよりは企業の梯子を登っていく方がよいということになるだろう。
 日本の企業が高い学位の取得者を評価していない理由は、大学院での教育が悪いか、あるいは研究能力に秀でている人々を企業が必要としていないかの何れかである。日本の大学院がどのように評価されていようと、産業界が価値を認める人材(研究者)を創出していないことは確かである。様々な改革の試みが行われているが、これまでのところ日本の教育組織が創出する人材と日本の企業が必要とする人材の間の食い違いを指摘せざるを得ない。


日本企業とフランス企業の研究開発マネジメントに関する比較調査研究
(調査資料・デ−タ - 49  NISTEP-BETA共同研究)

第2調査研究グループ  瀬谷 道夫

1. 調査研究の概要・目的
 産業のグロ−バリゼ−ションや大競争(メガコンペティション)の進展にともない、技術開発競争の激化による企業の経営環境の不安定性が増大してきており、各企業は自身の将来を託す研究開発(R&D)戦略を見いださなければならない状況を迎えている。
 企業のR&D戦略を決める際に考慮されなければならない重要な点の一つは、R&Dをどのようにマネジメントしていくのかということである。当研究所(NISTEP)では、1991年12月〜1992年1月に年間(1990年度)の研究開発費が100億円以上の企業を中心とする149社の日本企業を対象に、R&Dマネジメント全般にわたる質問票調査を実施した(回答率84.6%)が、この際の基本的前提として、「企業が厳しい技術開発競争を行ってゆくためには、企業のR&D戦略立案の支援や、そのR&D戦略に基づき組織横断的に種々の調整・支援機能を有する部門(R&D戦略部門)が必要である」ということを揚げ、その実証を試みるとともに、この部門の存在を指標としてデータの整理を行った。その結果、日本企業においては、約65%の企業がR&D戦略部門を有していると答えており、かなり一般的な部門となっていることが明らかになった。また、当該部門を有する企業では、
コンソ−シアを通じてより積極的にグロ−バルネットワ−クの構築に取り組んでいる
革新的研究を促すため、研究者の待遇の改善をより進めたり、研究者により自由度をもたせている
等、この2つのグル−プ間のR&D戦略の傾向の違いや、そのR&Dマネジメントの違いがクロ−ズアップされた。(この研究は、「日本企業にみる戦略的研究開発マネジメント1993年7月(NISTEP Report No. 29)」としてまとめられている。)
 企業のマネジメント(R&Dマネジメントを含む)については、異なる社会的、経済的、文化的背景をもつ国の間では一般的に異なったものとなっていると考えられる。本調査研究は、当研究所の行った上記の研究をベースに、当研究所とフランスのルイ・パスツ−ル大学(経済理論応用研究所:BETA)の共同研究として進めてきたものであり、日本で用いた調査票に修正を加えたものでフランスの民間企業のR&Dマネジメント等を調べ、上記の日本の結果との差異を抽出し、それをもたらす日本とフランスの社会的・文化的な要因等についての考察を行いつつ比較分析を行ったものである。
 本比較調査研究では、事前のNISTEPの研究結果を踏まえ、
“フランス企業においても「R&D戦略部門」を採用しているか”また“そのような自律的な部門のR&Dマネジメントに及ぼす影響は日本企業の場合と同程度か”を調べること
及びこのことを調べる過程において、
日本企業及びフランス企業におけるR&D戦略の傾向の違い及びR&Dマネジメントの相違を明らかにすること
とした。
 BETAにおいては、NISTEPの用いた質問調査票をベ−スにフランスの社会的背景等を考慮した修正を行い、フランスに本社をもつ規模の大きな企業106社を対象に、1994年6月〜8月に質問票調査を行った(回答率29.1%)。
 なお、この調査研究は、日本とフランスの大企業の大まかな比較を行うものであり、特定な項目に焦点を当てたものではない。

2. 比較調査のまとめ
2-1. フランス企業における「R&D戦略部門」の採用
 フランス企業においても回答企業の約58%が有していると答えており、

 研究開発戦略を専門に担当する部門(R&D戦略部門)は、フランス企業においても、かなり一般的な企業内の一部門となっている。{図J-1 − 図F-1参照}


図J-1 R&D戦略部門の有無図F-1 R&D戦略部門の有無
(日本) (フランス)
ことが明らかとなった。

2-2. フランス企業における「R&D戦略部門」のR&Dマネジメントに及ぼす影響
 R&D戦略部門のR&Dマネジメントに及ぼす影響については、当該部門を有する企業群とそうでない企業群の比較により、

 R&D戦略部門がR&Dマネジメントに及ぼす影響は、研究開発の積極的展開、各部門の意見調整、環境因子の幅広い吟味・分析、研究者の自主性確保の支援等、日本企業の場合とほぼ同様なものとなっている。また、研究開発活動への販売・マ−ケティング部門の影響力が弱くなる傾向が見える。
ということが明らかとなった。
 以上、2-1.及び2-2.の結果より、日本企業及びフランス企業とも、厳しい企業経営環境に対処するため、社内横断的な組織部門(R&D戦略部門)の活用により、研究開発資源の効率的・効果的運営に努力していることが窺える。

2-3. 日本企業とフランス企業のR&Dマネジメント等の違いとその背景
 本比較検討により、日本企業とフランス企業のR&Dマネジメント等の違いに関して、いくつかのことが明らかになった。それらの相違点を引き出すと考えられる大きな要因及び背景として、国全体の研究開発体制、企業の競争環境、企業の資金調達方法及び人材の流動性(あるいは社会における人材育成制度)に関する相違があげられる。
(1) 国全体の研究開発体制の相違に起因する違い
 国全体の研究開発体制の相違が主に影響していると考えられるものでは、企業の基礎研究への取組みの積極性の違いがあげられる。

 企業の基礎研究については、フランス企業に比べて、日本企業の方がより積極的に取組んでいる。{図J-2 − 図F-2参照}


図J-2 研究開発活動の構成(日本)図F-2 研究開発活動の構成(フランス)
(研究テーマ数による)(研究テーマ数による)
 概していうと、フランスでは、“国は基礎研究、企業は応用・開発研究”という役割分担が明確であり、企業が基礎研究を行わなければならないという意識はあまりないようであるのに対して、日本においては、国の基礎研究への寄与が小さく、かつ、国全体の研究開発が民間主導であったことから、企業が自ら基礎研究を行わなければならないという意識がやや強く、上の違いが出ているものと考えられる。
 フランス政府は基礎研究に力を入れてきており、また、大型国家プロジェクトを推進してきているが、一方で、基礎研究の政府系機関への集中が生じ、これが民間産業分野への技術(ノウハウ)の普及を阻害していると認識されてきている。これまでのフランスにおける他の研究でも、フランス企業の基礎研究への取組みは、日本企業に比べて見劣りするものとなっていることが示されている。このような中で欧州連合がこれまで推進してきている先端技術開発のためのR&Dプログラムは、コンソ−シアという形をとりつつ、フランス企業も含めた欧州企業の研究開発活動を支援するものとなっており、
 フランス企業は、日本企業に比べて、国際的なコンソ−シアの参加に必要性を感じており、かつ、より積極的に参加している。{図J-3(a),(b) − 図F-3(a),(b)参照}
という結果を出す基本的な背景となっている。


図J-3(a) コンソーシアの必要性図F-3(a) コンソーシアの必要性
(日本)(フランス)


図J-3(b) コンソーシアの経験の有無図F-3(b) コンソーシアの経験の有無
(日本)(フランス)

(2) 企業の競争環境の相違に起因する違い
 日本企業は、国際的な競争に加えて、国内同業種の多数の企業とも競争する必要があり、欧米各国に比べて厳しい製品開発競争を行っている。激しい競争下においては、新しい技術の出現により企業の製品シェアが短期間で激変することが多くあり、日本企業は一般的に、技術動向について極めて敏感になっている。日本企業の戦略としては、当面数年間の消費者ニ−ズの変化を予測し、研究開発資源の重点的投入を行っていくこととなる。このようなことを背景として、以下のように、研究開発投資の効率化を考えた場合には、”投資すべき研究開発分野の絞り込み”に特に強い関心が示されることとなり、また、日本企業の研究開発戦略立案過程においては、”技術の将来性”や”マ−ケットニ−ズ”が最も関心の持たれる事項となる。

 日本企業においては、
a.R&Dの効率化を図る課題として、”投資すべき分野の絞り込み”が特に重要視され、{図J-4 − 図F-4参照}
b.”企業の将来の発展を担う技術”や”マ−ケットニ−ズ”を軸に研究開発戦略を立案する。{図J-5 − 図F-5参照}


図J-4 R&Dの効率化を図る課題図F-4 R&Dの効率化を図る課題
(日本)(フランス)


図J-5 研究開発戦略立案にあたり重視される項目図F-5 研究開発戦略立案にあたり重視される項目

(3) 企業の資金調達方法の相違に起因する違い
 フランス企業の資金調達方法は、金融市場において株式や社債等を発行して調達する”直接金融”が主となっている。このため、企業運営への株主の影響力は大きなものとなり、“企業は株主のものであり、企業運営の方向付けは株主が行う”という認識が基本となっており、企業の経営層においては、株主の利益(短期的な企業収益の向上)を第一優先に考える必要がある。一方、日本企業の資金調達は、一般的に見ると、銀行等の融資による”間接金融”型を取っている。また、株式については、大株主のほとんどは関連銀行や関連する企業であり、一般の株主の経営に対する影響力は大きいものではない。
 本比較検討の結果として出てきている、以下のようなフランス企業の投資効率を求める強い意識については、フランス企業の直接金融型の資金調達方法を背景にしているものと理解される。

 フランス企業は、日本企業に比べて
a.R&Dの成果を生産につなげる努力(市場ニーズへの適用強化){図J-4 − 図F-4参照}
b.R&D活動の投資効率の(定量的)評価{図J-6 − 図F-6参照}により重点をおいている。


図J-6 研究開発への投資効率の評価図F-6 研究開発への投資効率の評価
(日本)(フランス)

 また、フランス企業のマネジメントは、短期間に企業業績を向上させることに最も留意する傾向をもつものとなり、研究開発戦略の立案においても、製品のコスト競争力が第2位の順位で重要視されている(図J-5 − 図F-5参照)。そのような背景から、フランス企業においては、売上げや製品の競争力に関する情報を握る販売・マ−ケティング部門の社内での影響力が強くなっており、研究開発部門が最も密に連携をとるのは、販売・マ−ケティング部門となっている。日本企業の場合、欧米企業に比べて経営層に自由度があり、経営層は短期間の業績向上に留意するのと同様に、企業の将来の発展についても関心を示すことになる。欧米へのキャッチアップの完了に伴う技術開発競争の不透明化、及び近年の製品サイクルタイムの短縮化に伴うシェアの大きな変動の可能性等の状況を踏まえると、日本企業の経営層の関心は、必然的に新しい技術を生み出すR&D活動への関心が高くなり、先に示したような、企業の基礎研究への取組みを積極的にさせると同時に、以下のような特徴を出すこととなる。

 日本企業においては、
a.企業の将来の発展を担う技術を軸に研究開発戦略を立案し、(フランス企業では、研究開発部門の能力(人材)を軸にする){図J-5 − 図F-5参照}
b.研究開発部門長の地位が向上してきており{図J-7 − 図F-7参照}、経営層自らが研究開発部門をリ−ドしている場合が多く見られる。


図J-7 研究開発部門長の地位の変化図F-7 研究開発部門長の地位の変化
(日本)(フランス)
(1981年と1991年を比較して)(1983年と1993年を比較して)

(4) 人材の流動性(人材育成の制度)の相違に起因する違い
 日本社会においては、これまで企業間の人材の流動性が極めて低い制度である終身雇用制をとってきているが(現在はそれが崩れつつあると言われている)、その反面、企業内では人事異動(人事ロ−テ−ション)により職が変わる(企業内での流動性が高い)ことが一般的であると認識されており、日本企業においては、生産現場(製造部門)と研究開発部門の連携が密になっているごく当然な結果が出ている。これは、日本企業の発展の基礎であった同時的エンジニアリングの基本要因ともなっている。
 企業での人材の育成あるいは個人の能力獲得に関しては、日本とフランスでは大きな相違がある。日本企業の場合は、終身雇用制を前提に人材(研究開発に携わる人材も含めて)を長い期間をかけて企業内で育成していくのが一般的である。一方、フランス企業においては、研究者・技術者は企業上層部に属する高学歴技術者(いわゆるエリート)が主体であり、自らの能力に見合った待遇を求めて他の企業に移っていく(この過程において自身の能力を高めていく)ことが多く、企業間の研究者・技術者の流動性は日本に比べて高い。反面、同一企業内で他の部門に移ることはあまりない(企業内での流動性は低い)。このようなことを背景として、

 フランス企業においては、研究者・技術者を事務系従業員と同一の人事体系で処遇する傾向があるのに対して、日本企業では、研究者・技術者を専門職を設けて処遇する割合が高い。{図J-8 − 図F-8参照}


図J-8 研究者・技術者に対する処遇図F-8 研究者・技術者に対する処遇
(日本)(フランス)
というような結果がでているものと考えられ、フランス企業では、研究者や技術者を特別扱いをしないのに対して、日本企業では研究者や技術者の能力を引き出し、同時に、会社への忠誠心を保持するような配慮をしており、やや対蹠的な人事待遇を行っている。
 日本企業としては、研究開発投資に関連する多大な人材育成への投資を無駄にしないためにも、企業の将来にとっての技術の重要性(企業がどのような技術に絞り込むか)に焦点をあてることとなる。また、企業経営層においては、企業間の人材の流動性が低い状況下で厳しい技術開発競争を行う必要性から、研究者に革新的な研究を促すこととなり、研究活動に関する自由度を高める配慮をしている。このようなことから
 企業経営者の研究者の自主性の尊重や研究者への信頼(アングラ(個人)研究の容認)については、日本企業の方が高い傾向にある。フランス企業においては、研究者はまず第一に年間研究計画の遵守が求められている。
という結果が出ているものと考えられる。
 一方、フランス企業では、流動性の高い(すなわち、他企業に流れやすい)研究者・技術者層を対象として、人材を外部にも求めつつ自社の研究開発戦略を策定することから、
 フランス企業では、研究開発戦略の立案に際して最も留意される事項は、自社の研究開発部門の能力(人材)である。{図J-5 − 図F-5参照}
という結果が出てきている。
 また、フランス企業の歴史は一般的に古く、人々の新しいものに対する保守的な姿勢や製造部門の作業者と研究者・技術者間の階層的なギャップがあり、かつ、各部門の役割・分担の固定化が進んでいる。企業経営層においては、これらに起因する企業内での技術移行上の問題について意識を有しており、
 フランス企業では、R&Dの効率化を図る課題として”技術移行の円滑化”を最も重視している。{図J-4 − 図F-4参照}
という結果が出てきているものと考えられる。
 以上のような、フランス企業の制約(人材が他企業に流れやすいこと及び企業内階層間のギャップ)から、フランス企業の新しい分野への進出については、若干硬直した、ダイナミズムに欠けるものとなっている面があり、国際競争力の低下の一因ともなっている。が、一方、このダイナミズムの欠如を補うような形で、コンソ−シアを活用して自社の技術の補完を行ってゆくことに積極的な姿勢が見られる。なお、現在フランスでは、このようなコンソ−シアへの積極的参加によるダイナミズムの確保の他に、大企業においては、マトリックス型組織や技術移行チ−ム等の柔軟な組織を用いた、従来に比べてより活動的なモデルを使ったマネジメントの動きも始まっている。

3. 結語
 この比較研究において取り上げた組織横断的なR&D戦略部門の存在やその役割については、国による違いはあまり大きなものではないと考えられ、実際、R&D戦略部門はフランス企業においても日本企業と同様に一般的な存在であり、その機能も研究開発活動の積極的展開の支援や組織的支援あるいは研究者の自主性の引き出しの支援等日本企業のものとほぼ同様なものが見いだされた。R&Dマネジメント等の違いに関しては、国全体の研究開発体制、企業の置かれた競争環境、企業の資金調達方法及び人材の流動性(あるいは企業の人材育成制度)等の相違に起因すると考えられる特徴的な違いが見出された。
 日本の製造業はいくつかの分野で非常に競争力が強いものとなっているが、これは、先の考察でも触れたように、終身雇用制による身分保障を前提とした、被雇用者の柔軟な人事ロ−テ−ション等による、技術を主軸としたR&Dマネジメント(すなわち、企業として将来を託す技術に合わせて、企業内での人事異動を行い、R&D部門と製造部門の連携させたマネジメント)によるところが大きい。しかし、終身雇用制が見直されてきている現在の状況や、個人の職業への意識が、企業の仕事に最大の価値観を見出す企業至上主義から個人の生活を重視するものへ変化しつつあることを考慮すると、今後の日本企業は、現在欧州諸国の企業が直面している課題に向かわざるを得ないと考えられ、日本企業のマネジメントの技術に指向する程度も将来的には弱くなるものと想定される。一方、フランス等欧州では、製造業のある分野では競争力が日米に比べて若干弱いという認識がある。このような認識下において、フランス等欧州諸国では、企業の競争力の向上とこれまで人々が享受してきた社会的な伝統との調和を目指す、進展した企業の課題に直面している。
 このような中で、今回の比較研究の結果明らかとなった企業のR&Dマネジメント等の違いやその背景・要因は、企業が今後直面するであろう課題への取組みを行う上での参考になるものと思う。この比較研究が、今後のより充実した研究の一参考資料になれば幸いに思うものである。


Ⅱ.最近の動き/Current Topics

○ 講演会等/Lectures at NISTEP
 ・7/25 (金)   「価値開発手法」について
 江崎 通彦 (朝日大学情報管理学科教授)

○ 主要来訪者一覧/Foreign Visitors to NISTEP
 ・7/14   肖 広嶺(Xiao Guangling)
 (中国 精華大学人文科学・科学技術社会論専攻副教授)
 ・7/16   Martin Fransman
 (エジンバラ大Institute for Japanese-European Technology Stydies,Director)
 ・7/31   柳 時權(Yu Shi-Kwon)ほか1名
 (韓国租税研究院先任研究員)

○ 人事往来
 ・7月16日付けで、添嶋一第三調査研究グループ総括上席研究官が原子力安全局核燃料規制課安全審査管理官に転出し、後任には渡辺俊彦情報分析課長が就任しました。
又、後任の情報分析課長には吉水正義企画課長補佐が就任しました。

○ 海外出張
 ・ 6/27-7/5   藤垣第二研究グループ主任研究官(オランダ、フィンランド)
 ・ 7/25-8/2   丹羽所付(アメリカ)
 ・ 7/26-8/3   藤垣第二研究グループ主任研究官(アメリカ)