No.100 FEB 1997

科学技術庁科学技術政策研究所
NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE
AND TECHNOLOGY POLICY

目次 [Contents]研究ノート Research Note
最近の動き Current Topics


 政策研では積極的に外国人研究者を受け入れているが、本稿ではドイツフラウンフォーファー協会技術革新研究所から来日し、昨年10月から11月まで滞在したビオラ・ペーター氏の研究成果の概要を紹介することとしたい。同氏は、フラウンフォファー協会技術革新研究所において、技術予測調査研究や独・米の技術移転に関する調査研究その他に従事しており、今回は表題に示す研究のために来所されたものである。

Ⅰ.研究ノート/Research Note

日本の現代のバイオテクノロジーに関する科学技術政策

 この表題は、どちらかといえば狭い範囲の研究テーマのようにみえるが、これは、技術革新過程における制度の役割に焦点を当てたより広範な研究プロジェクトにおける核心的側面の一つを表わしているのにすぎない。技術革新過程における制度の役割に焦点を当てたものである。本稿の理論的枠組みは、「技術革新のナショナル・システム」(NSI)の概念によって成り立っている。この研究は、制度の役割を明確に示すために、現代のバイオテクノロジーに的を絞った日独比較研究として計画された。

フラウンフォーファー協会技術革新研究所研究員 ビオラ・ペーター

 私の研究は、新しい科学技術の進展に与える科学技術政策のインパクトを評価しようとするものである。日独ともにその政策決定者は、バイオテクノロジーについて将来のキーテクノロジーのひとつとして大きな関心をもっている。ところが、日本もドイツも同じ問題を抱えている。つまり、両国は、アメリカに比べてこの分野への参入が遅れ、そのために科学技術の先導国に追いつかなければならないのである。「骨格をなす条件」、即ち、財政・教育システムを短期間に変えることができるとは思われないことから、技術政策が、例えば資金の配分や研究プログラムの新規着手を通して研究を指導するための「微調整」の標準ツールであるように思われる。特に、基礎研究ではこれが当てはまる。現代のバイオテクノロジーは、未だに極めて基礎的テクノロジーであるため、研究費用は主として公的機関によって援助されている。バイオテクノロジーは多様な産業部門で応用できる技術であることから、私の研究の中心は製薬産業、化学産業、食品・飲料産業である。それぞれの産業にとって、バイオテクノロジーの応用は国内・国際競争力への決め手となりうる様々な成長の可能性をもたらすものである。

 ドイツでの研究は、教育・科学・研究・技術省(BMBF)によって一本化されているが、日本のバイオテクノロジー分野では、少なくとも4つの省と1つの庁が責任を分担している。とはいえ、それぞれの産業政策や技術政策は、産業に関する様々な問題点とともに互いに異なっているのである。通産省は化学産業に責任を持ち、農林水産省はほとんどの食品と飲料の製造・加工企業を扱い、一方また厚生省は主として製薬企業に責任を負っている。興味深いのは、この3省すべてがほぼ同じ「省庁環境」と技術政策手段を持っていることである。バイオテクノロジーの場合、3省が3省ともそれぞれの技術政策の中に(1)新しい組織(第三セクター組織のような)、(2)研究プログラムおよび(3)研究コンソーシア、の設立を含んでいる。したがって、各省の環境は互いに類似しているのである。つまり、これを構成するのは諮問委員会であり、各省の管轄下にある夥しい数の国立研究所であり、業界団体、第三セクター機関である。例えば、農林水産省の場合には、第三セクター機関としては生物系特定産業技術研究推進機構(BRAIN)や、農林水産先端技術研究所(STAFF)があり、主として研究プロジェクトの公表、企業からの入札案内、入札評価および研究コンソーシアへの参加者の選定に責任を持つ。ほとんどの場合、研究プロジェクトの実際の調整は、業界の研究団体に任されることになる。一般に、プロジェクトにはおよそ5から7のプロジェクト・パートナーが参加するのが通常の形であるが、プロジェクトによっては3から11のパートナーの場合もある。参加者の大半は産業界であり、それに1、2の国立研究所が加わる。国立研究所の研究業務は全面的に資金援助を受けるのに対して、企業は、自己資金で研究資金をまかない、プロジェクトへの参加による追加経費分のみが資金援助されることになる。プロジェクトの期間もいろいろ異なる。基礎研究プロジェクトの計画は約10年にわたって財源が確保されるが、応用を重視した基礎研究プロジェクトは5年から7年の範囲である。しかし、特に長期プロジェクトでは、省庁は新たな資金提供方法を編み出した。すなわち、一般に委託研究による研究成果は資金を提供する省庁に属していたが、今では各参加企業の投資額に応じた持分を認める方法を提案している。投資総額の約70%はまだ主管省庁によって行われるが、残り30%は参加者の間で分割される。例えば特許から発生した利益などは、企業の持分に従って、それぞれ配分される。この方法により、省庁は基礎研究の高いリスクを共有するのみならず、研究資金の提供に新たな手段を作り上げたのである。特に厚生省は奨励する研究に対してこの資金提供方式を採用している。これとは別にまた、いくつかの変化が起った。これまでコンソーシアが日本企業だけを対象としてきたのに対し、現在では外国企業にも門戸を開くようになってきた。しかしながら、外国企業の参加はまだ稀である。その良い例が、日本ロッシュをリーダーとする1993年に設立された厚生省の研究コンソーシア「遺伝子研究所」であろう。バイオテクノロジー分野での外国企業のノウハウは、医薬品・化学研究コンソーシアにとっては役立つかもしれないが、食品産業では状況は異なる。これは日本には研究集約型の外国の食品・飲料会社がほとんどないという事実によるのかもしれない。

 通産省の研究コンソーシアは、エレクトロニクスの場合には非常に高い成果が上ったことを証明したが、バイオテクノロジーの場合にはそれほど成果が上がらなかったようである。研究コンソーシアによっては成功したものはいくつかあるが(例えば、PERI、現在ではBERIとして引き継がれている)、未だに「画期的な」成果が得られるには至っていない。さらに、その主たる成果が、参加企業にとってのより高度なノウハウの蓄積と得られた経験だと考えられている。また、その結果として生まれる特許がわずかな数にしかならなかったという事実は、まだ極めて基礎的な科学技術と組み合わされた競争以前の研究というこれらのコンソーシアの根底にある研究形態の性質が、まだ極めて基礎的な技術と組み合わせた競争以前の段階の研究であることによるものなのかもしれない。

 もう一つの興味深い問題は、より一般的な問題ではあるが、日本の技術政策が産業、特に化学産業と製薬産業の変革への努力に対して効果的であるかどうかという点である。どちらの産業も本国では比較的強いが、その国際的業績から見るとさほど強い印象を与えてはいない。主要なプレーヤーとなる上での大きな障害の一つは、それぞれの産業構造の中に見い出されるはずである。つまり、アメリカや他のヨーロッパ諸国と比べ、日本の化学・医薬品部門は、中小規模の企業がひしめきあっているものの、本当の意味での大規模な国際的競争相手が存在しないのである。ヨーロッパやアメリカ企業の医薬品部門間では大型M&Aが行われてきたが、日本にはこれに匹敵する傾向はまったくみられない。ある企業の規模は、R&Dへの投資の指標と考えられるので、ヨーロッパやアメリカの巨大製薬企業や化学企業はこの点で比較優位性をもっている。外国企業が利益の高い日本市場に参入するために、合弁事業に頼るだけでなく、研究開発施設や生産施設を作り、独自の流通チャンネルを構築することは、日本の企業にとっては極めて重要なことであると思われる。妥当な期間内に臨床試験に合格するために、外国の製薬企業はまだ日本の企業と協力する方を選ぶ、あるいは選ばざるをえない。ただし、これはこのような提携が依然として必要となる数少ない理由の一つであると思われる。今や、製薬企業は、特に外国の競争に直面しているだけではなく、他の国内企業(そのほとんどは食品・飲料企業であるが、そのほかにすでに市場に参入を果たしているいくつかの化学企業もある)からの競争にも直面している。しかしながら、食品・飲料企業の研究開発投資はどちらかといえば低く、医薬品への関心は多かれ少なかれ医薬品と食品関連工程や・製品との付加価値および相乗効果によっている。この点について、化学企業の場合は異なる。通産省の明確な希望は、バイオテクノロジーの支援により、時代遅れのバルク化学品生産企業を近代的で競争力のあるプレーヤーに転換することであった。しかしながら、1980年代始めから通産省が行ってきた努力にもかかわらず、バイオテクノロジーの分野で明確なブレークスルーが起こらず、従って多くの化学企業がバイロテクノロジーへの興味を失ってしまったのである。

 これまで、技術そのものはそれぞれの産業に明確な影響を残してはこなかった。とはいえ、製薬産業の再編成にはまだ希望がある。厚生省の研究コンソーシアのいくつかのテーマを見てみると、そこには明らかな戦略的傾向、例えば、ベクター研究がある。これは日本にはベクターが欠如しているからである。これまで、使用されているベクターはすべてアメリカ(ほとんど)とイギリスの企業からのライセンスを必要とする。ところが、ベクターの使用は直接遺伝子を扱い、信頼性の高いベクターが生まれれば医薬品市場を飛躍的に変える可能性があると考えられている遺伝子治療の分野で最も重要な部分である。厚生省のもう一つの傾向は、難病薬(orphan drag)の開発に照準を合わせることである。「まれな病気」の研究は、厚生省が重点的に推進している。1992年の研究開始以来、「難病薬促進システム」に基づく研究申請件数は100を越え、1996年7月までに22種の医薬品承認につながった。これは業界の改革を対象とするのではないが、このようなニッチ・コンセプトは国際的な企業業績の強化に役立つかもしれない。とはいえ、産業の変革を導くにはより積極的な技術政策が必要であろう。表立った応用がないため、バイオテクノロジー自体は日本企業をより戦略的な行動へ誘導する重要な科学技術の推進要素とはなっていない。計画されている省庁およびそれぞれの任務の再編が横断的(crosswise)な技術の振興に貢献できるかどうかは最も大きな関心事であろう。

 1996年10月から11月までの私の研究期間中、多数の資料を入手するとともに、関連機関でのインタビューや科学技術政策研究所での同僚との非公式な話し合いにより貴重な情報を入手した。これらすべてを評価し・活用するには相当な時間がかかるであろう。これまで私が用いた情報は、ほんの一部にすぎない。私は今後の分析結果について強い関心を持っており、これが実際に役に立つものになることを願っている。


Ⅱ.最近の動き/Current Topics


 ○ 講演会等/Lectures at NISTEP


 ・1/16(木) 「システム論的観点からの評価とその応用」

       森 俊介 (東京理科大学教授)

 ・1/23(木) 「評価へのソフトシステムズアプローチ」

       木嶋 恭一 (東京工業大学教授)

 ・1/24(金) 「禅と創造性」

       山本 通隆 (米国 DMYアソシエーツ代表)

(概要紹介)
 1928年神戸市生まれ、立命館大学理工学部電気工学科卒業、大阪大学工学博士。(株)神戸製鋼所を経てオムロン(株)に入社、中央研究所設立以来中央研究所長。1970年、米国に移り現地のオムロン研究所社長、1989年退職。現在も米国在住。現在 DMYアソシエーツ代表、在サンフランシスコ大阪市通商アドバイザー。常時、日米間の交流。Internatinal WHO'S WHO of Professionals メンバー。 内外発明考案登録数百件、日本発明協会発明賞などの発明賞。オーム技術賞、市村賞、科学技術庁長官賞、通商産業大臣賞など受賞多数。 ご著書は、技術ならびに研究開発管理関係、創造性開発など。

 今回は、「禅と創造性」というテーマで、創造性に関し、日米の思考概念比較(内向き思考・外向き思考、信頼社会・不信頼社会)をまじえて、日本の独創的創造概念ともいえる禅と創造性との関連についての講演である。 十牛図の紹介があった。十牛図とは、北宗の末期(12世紀)禅師として知られた臨済宗所属の廓庵師遠によって作られたものである。これは、人間が本来持っている仏性を、身近な存在であった牛に例え、仏性を求める修業過程を牧童が牛を飼い慣らすのになぞらえて、それを段階的に十枚の絵と、序(注釈)、頌(詩)で表現している。つまり、牛を仏にたとえ、仏を求める、ということは、創造なら先ずは創造の神髄を外に探し求める(外向き思考)であろうが、結局創造の神髄は自分自身にある(内向き思考)ことを悟る。すなわち仏性は自分自身の心の中にあったと悟るのである。 次に紹介されたのは、十在意概説である。これは、1969年、講師の禅と創造性研究の中から生まれたもので、創造活動の発展過程を十段階に分け、各段階における特性と心理様相を示している。また、十段階の在意を段階的に四つの世界(境界)、すなわち「四界」として次元の異なる境界を設けている。これは講師自身の創造経験を基に著るされたものである。一方、講師自身も経験を持たない高在意については、後に十牛図の存在を知って補足した部分もあるが、十在意は十牛図の創造性開発版ということもできる。これは、各人が自分の創造活動からどのような様相を経験したかによって、十在意と対比しながら自身の真の在意を自覚し、その上で、より高次元の創造段階へと指向する。 禅の領域では広い世界(物の見方、考え方)を持つことにより、別の新しい世界が開けてくることを重要視している。物事の判断は、単に自分たちの習性や既成概念だけから安易に善悪、良否といった結論付けをするのでなく、もっと幅広い観点と思考から、新しい概念(さらには超概念)を生み出すことが大切である。そうすることにより、物ごとに行き詰まったときに、他の世界を知っていれば、別の世界が見えてくることを重要視している。


 ・2/6(木) 「企業における研究評価の視点」

       山之内昭夫 (大東文化大学教授)

 ○ 主要来訪者一覧/Foreign Visitors to NISTEP

 ・1/20 楊 喜勝( Yang Heeseung )ほか1名

        (韓国 産業技術政策研究所首席研究員・通商産業部長官諮問官)

 ・1/21 Paul C.B.Liu

        (米国 ワシントン大学)

 ○ 海外出張

 ・1/15〜1/22 林総務研究官、田村情報分析課長補佐(中国)