1.3.2企業部門の研究開発費

ポイント

  • 日本の企業部門の2012年度の研究開発費は12.2兆円であり、2009年における大幅な減少以降は横ばいに推移している。
  • 主要国における企業部門の研究開発費の対GDP比を見ると、日本の2012年の対GDP比率は2.58%である。1990年以降、トップクラスにあったが、2009年からは韓国が日本を上回っている。なお、韓国の2011年値は3.09%とかなり高い比率となっている。
  • 企業の研究開発のための政府による支援の状況を見るために、「直接的支援(企業の研究開発費のうち政府が負担した金額」及び「間接的支援(企業の法人税のうち、研究開発税制優遇措置により控除された税額)」を対GDP比で見ると、日本は間接的支援の方が大きい。
  • 他国では、直接的支援が大きいのはロシア、スロベニア、米国などであり、間接的支援が大きいのはフランス、カナダ、ベルギーなどである。
  • 日本企業の研究開発費と売上高の対前年増加率は、おおよそ連動した動きを示している。世界経済危機(いわゆるリーマンショック)の影響が日本企業にも及んだ2009年には、研究開発費、売上高の対前年増加率が共に大幅なマイナスとなっていたが、企業の研究開発への注力度を示す指標である売上高当たり研究開発費については、2009年以降も高い値を保っている。全般的に、企業が研究開発を重視する姿勢は維持されていると考えられる。
(1)各国企業部門の研究開発費

 企業部門の研究開発費は各国の研究開発費総額の大部分を占める。従って企業部門での値の増減が、国の総研究開発費に及ぼす影響は大きい。
 図表1-3-3(A)を見ると、日本の2012年(6)の研究開発費は12.2兆円であり、2009年における大幅な減少以降は横ばいに推移している。
 米国については2008年をピークに減少していたが、近年、増加傾向が見える。他国について見ると、ドイツは微増、フランス、英国は横ばいに推移している。中国は、2000年代に入り大きく伸びており、2009年では日本を上回っている。また、韓国も継続して増加している。各国通貨(名目額)の年平均成長率でみると(図表1-3-3(B))、ほとんどの国で2000年代前半(2000~2005年)より2000年代後半(2005~各国最新年)に入ってからの成長率が高かったのに対し、日本と中国は低くなっている。また、これを各国の物価を考慮した実質額(2005年基準各国通貨)の年平均成長率で見てみると(図表1-3-3(C))、2000年代前半より2000年代後半が高いのは米国、ドイツ、フランスである。
 日本は2000年代前半では4.73%であった成長率が後半に入ると0.6%となっており、ほとんど成長していないことが見える。
 なお、中国、韓国についてはそもそも年平均成長率が他国よりかなり高い。


【図表1-3-3】 主要国における企業部門の研究開発費
(A)名目額(OECD購買力平価換算)

(B)名目額(各国通貨)
(C)実質額(2005年基準各国通貨)

注:
1)各国企業部門の定義は図表1-1-4(B)を参照のこと。
2)研究開発費は人文・社会科学を含む(韓国は2006年度まで自然科学のみ)。
3)購買力平価は、参考統計Eと同じ。
4)実質額の計算はGDPデフレータによる(参考統計Dを使用)。
5)米国の2012年は予備値、ドイツ、フランスの2012年は暫定値。
6)ドイツについては、1990年までは旧西ドイツ、1991年以降は統一ドイツのデータ。
資料:
<日本>総務省、「科学技術研究調査報告」、OECD,“Main Science and Technology Indicators 2013/2”
<米国>NSF,“National Patterns of R&D Resources: 2011-12 Data Update”
<ドイツ>Bundesministerium für Bildung und Forschung,“Bundesbericht Forschung 2004,2006”、“Bundesbericht Forschung und Innovation 2010,2012”、2010年からはOECD,“Main Science and Technology Indicators 2013/2”
<英国>National Statistics website: www.statistics.gov.uk
<フランス、中国、韓国、EU>OECD,“Main Science and Tech-nology Indicators 2013/2”

参照:表1-3-3


 図表1-3-4に各国の経済規模の違いを考慮して研究開発費を比較するために、「研究開発費の対GDP比率」を示す。
 企業部門における研究開発費の対GDP比率の推移について見てみると、日本の2012年の対GDP比率は2.58%である。1990年以降、トップクラスにあったが、2009年からは韓国が日本を上回った。なお、韓国の2011年値は3.09%とかなり高い比率となっている。
 米国は長期的に見ると、横ばいに推移している。ドイツ、英国、フランスについても長期的に見れば横ばいに推移しているが、ドイツについては、緩やかに増加傾向が見える。一方、中国の値は近年、他国のレベルに追い付きつつあり、最新年では英国、EU、フランスの値を超えている。


【図表1-3-4】 主要国における企業部門の研究開発費の対GDP比率の推移

注:
1)GDPは、参考統計Cと同じ。
2)図表1-3-3と同じ。
資料:
図表1-3-3と同じ。

参照:表1-3-4


(2)各国産業分類別の研究開発費

 主要国における企業部門の製造業と非製造業の研究開発費について、各国最新年からの3年平均で見ると、日本、ドイツ、中国、韓国、は製造業の割合は9割に近い。フランスは8割に近い。一方、米国、英国に関しては、製造業の割合が7割程度であり、非製造業の割合は他国と比較すると大きい。(図表1-3-5)。


【図表1-3-5】 主要国における企業部門の製造業と非製造業の研究開発費の割合 

注:
1)各国、自国の産業分類を使用しているため、国際比較する際は注意が必要である。
2)各国企業部門の定義は図表1-1-4を参照のこと。
<日本>産業分類は日本標準産業分類に基づいた科学技術研究調査の産業分類を使用。
<米国>産業分類はNAICSを使用。
<ドイツ>ドイツ産業分類2008版を使用。
<フランス>産業分類はフランス活動分類表(NAF)2003年版を使用。
資料:
<日本>総務省、「科学技術研究調査報告」
<米国>NSF,“Science and Engineering Indicators 2014”
<ドイツ、フランス、韓国>OECD,“Structural Analysis (STAN) Da-tabases”
<英国>OST,“SET statistics”

参照:表1-3-5


 図表1-3-6は、日本、米国、ドイツの産業分類別研究開発費を示したものである。ここでいう産業分類とは、各国が標準産業分類を参照して、企業部門の研究開発統計調査のために設定した産業分類である。各国の標準産業分類はISIC(国際標準産業分類)に概ね対応するように設定されているが、やはり国によって多少の差異が出てくる。そのため、ここでは産業ごとに比較するのではなく、その国の中での産業構造ごとの研究開発費を見ることとする。
 以上を踏まえて、日本の産業分類別の研究開発費を見ると、製造業では、「輸送用機械製造業」、「情報通信機械器具製造業」が大きく、ついで「医薬品製造業」が大きい。非製造業では、「学術研究、専門・技術サービス業」が大きい。
 米国について、産業分類別で見ると、製造業では、「コンピューター、電子製品工業」、「化学工業」、また「輸送用機械工業」の値が大きい。非製造業では、「情報通信業」、「専門、科学、技術サービス業」が大きくかつ増加している。
 ドイツは製造業、非製造業ともに増加しているのがわかる。産業分類別で見ると「輸送用機械製造業」が特に大きく、次いで「コンピューター、電子・光学製品製造業」が大きい。非製造業を見ると、「専門的科学技術活動」が大きく、かつ増加している。


【図表1-3-6】 日米独の産業分類別研究開発費
(A)日本
(B)米国
(C)ドイツ

注:
図表1-3-5と同じ。
資料:
ドイツはStifterverband Wissenschaftsstatistik, “FuE-Datenreport 2013”、その他の国は図表1-3-5と同じ。

参照:表1-3-6


(3)企業の売上高当たりの研究開発費

 図表1-3-7は日本と米国における企業部門の売上高当たりの研究開発費の割合の推移である。これを全産業と製造業のそれぞれについて示している。
 日本の製造業の値は全産業の値より高く、製造業の方が非製造業より研究集約的である。一方、米国の値は、2000年頃に製造業と全産業の値が同程度になったが、その後は製造業の方が全産業より高い値となっている。


【図表1-3-7】 企業部門の売上高当たりの研究開発費

注:
<日本>
 1)総務省「科学技術研究調査報告」は平成14年調査(2001年度を対象)より調査内容や調査時点が変更された。
 2)売上高あたりの研究開発費の全産業は2001年度値から「金融保険業を除く全産業」。
 3)産業分類は日本標準産業分類を基に科学技術研究調査の産業分類を使用している。
 4)産業分類の改定に伴い、科学技術研究調査の産業分類は1996、2002、2008年版において変更している。
<米国>
 1)産業分類は1998年まではSIC、1999年からはNAICSを使用。
 2)2001年からFFRDCsを除いている。
資料:
<日本>総務省、「科学技術研究調査報告」
<米国>NSF,“R&D Industry 各年”,“Business Research and Development and Innovation: 2008–10”

参照:表1-3-7


(4)企業への政府による直接的・間接的支援

 企業の研究開発のための政府による支援の状況を見るために、「直接的支援(企業の研究開発費のうち政府が負担した金額」及び「間接的支援(企業の法人税のうち、研究開発税制優遇措置により控除された税額)」を対GDP比で見ると、日本は間接的支援の方が大きい。
 他国を見ると、直接的支援が大きいのはロシア、スロベニア、米国などであり、間接的支援が大きいのはフランス、カナダ、ベルギーなどである。
 なお、韓国やフランスについては直接的支援、間接的支援ともに大きい(図表1-3-8(A))。
 次に日本についての政府からの直接的、間接的支援の推移を図表1-3-8(B)に示した。これを見ると、政府から企業への直接的支援は年々減少している。間接的支援は、2004年に大きく伸びており、その後2008年には減少している。
 間接的支援の2004年の急増については、2003年に導入された「試験研究費の総額にかかる税額控除制度」による税額控除の急増が主な理由と考えられ、この制度を活用する企業が2004年に増えたと推測される。2008年の減少については、法人税全額の減少が、控除額の減少を起こしたと考えられる。


【図表1-3-8】 企業の研究開発のための政府による直接的支援と間接的支援の状況
(A)主要国比較(2011)年

注:
1)各国からの推計値 (NESTIが行った研究開発税制優遇調査による)、予備値も含まれる。
2)中国、南アフリカ、ルクセンブルグは2009年、スペイン、ブラジル、ベルギー、アイルランドは2010年。
3)エストニア、フィンランド、ドイツ、ルクセンブルグ、メキシコ、ニュージーランド、スウェーデン、スイスは間接支援のデータが提供されなかった。
資料:
OECD, “STI Scoreboard 2013”

参照:表1-3-8


(B)日本の推移

資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」、国税庁、「会社標本調査」、2011年はOECD, “STI Scoreboard 2013”

参照:表1-3-8


コラム:企業の研究開発費:世界経済危機からの回復

 日本やいくつかの欧米主要国における企業部門の研究開発費は2009年(7)に減少を記録した(図表1-3-3参照)。このような減少が複数の国で同時に起きることは例外的な事であるが、これは、その前年から始まった世界経済危機(いわゆるリーマンショック)の影響と考えられる。科学技術指標2012年版と2013年版のコラムでは、その状況について考察したが、本コラムでは、そのような経済危機からの回復状況に注目して考察する。

(1)2009年前後における主要国の企業部門の研究開発費の変化

 主要国における企業部門の研究開発費(実質額)の対前年増加率を図表1-3-9に示した。いずれの国とも2006年~2008年において研究開発費は増加していたが、米国の投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻(2008年9月)の翌年である2009年には日本、米国、ドイツ、英国において減少している。なかでも日本の減少は特に著しく、世界経済危機が日本企業の研究開発に大きな影響を及ぼしたことがわかる。
 その翌年の2010年には、米国以外の国の研究開発費は増加に転じ、さらに2011年にはいずれの国とも、対前年増加率がプラスとなっている。日本の対前年増加率は2010年が2.4%、2011年が4.1%である。


【図表1-3-9】 主要国の企業部門の研究開発費(実質額)の対前年増加率の推移

注:
研究開発費はGDPデフレータによる2005年基準の実質値である。
資料:
図表1-3-3と同じ。GDPデフレータは参考資料Dと同じ。

参照:表1-3-9

(2)日本の研究開発費の変化

 次に、日本に絞り、長期的な視点から考察する。日本の企業部門の研究開発費は、1995年以降、長期的な増加傾向が続き、特に2005年から2007年には高い水準に達している。そして、2009年に対前年増加率がマイナス12.1%と大幅な減少を記録したが、これは日本の研究開発統計が1953年に開始されて以来、最大の減少率である。
 続く2010年に研究開発費は増加に転じ、更に2011年は、3月に東日本大震災が起きたにも関わらず、前年より2.2%の増加となっている。この年は2009年の研究開発費の落ち込みからの回復時期にあると考えられ、そのなかで東日本大震災は直ちに企業部門の研究開発費を押し下げるような影響を及ぼさなかったと考えられる。しかし、続く2012年の研究開発費は対前年比-0.8%の減少となっている。いずれにせよ、2009年以降の研究開発費は12兆円程度で推移しており、2005~2007年よりかなり低い水準に留まっている。


【図表1-3-10】 日本の企業部門の研究開発費の推移

注:
研究開発費は名目値である。
資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表1-3-10


(3)売上高と研究開発費の関係

 企業の研究開発費を決定づける要因として、売上高に注目する。日本の企業の研究開発費は、年度当初に概算額が決められることが多く、売上見込みや前年度の売上高が基準になるため、売上高と連動し、あるいは売上高の変動が1年遅れて研究開発費に影響する場合が多い。
 実際、日本の企業部門の研究開発費と売上高の対前年増加率の推移(図表1-3-11)を見ると、全般的に連動した動きを示している。特に、2009年における研究開発費の減少は、売上高の大幅な減少と連動していたことが明確に示されている。
 その後、2010年に売上高と研究開発費は増加に転じたが、2011年には売上高が減少となり、翌2012年の研究開発費も再び減少している。前述のように2011年に研究開発費は対前年増加率2.2%とかなりの増加を示したものの、その年と翌年の売上高を考慮すると、そのような増加を持続できる状況ではなかったと考えられる。
 ただし、売上高当たり研究開発費(図表1-3-11)については、2009年は過去最高の水準にあり、2010年~2012年においても高い値を保っている。企業の研究開発への注力度を示す指標である売上高当たり研究開発費が2009年以降も高い値を保っていることから、全般的に、企業が研究開発を重視する姿勢は維持されていると考えられる。


【図表1-3-11】 日本の企業部門の売上高と研究開発費の対前年増加率及び売上高当たり研究開発費の推移

注:
研究開発費、売上高ともに名目値であり、研究を行っている企業(金融業、保険業を除く)の金額による。
資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表1-3-11


(4)研究開発費の変化の費目別内訳

 日本企業が2009年に研究開発費を削減した際の費目別の内訳を見ると、「原材料費」や「その他の経費」の減少が大きい一方で、研究開発費の総額のなかで大きな割合を占めている「人件費」の減少は、相対的に小幅に留まっている(図表1-3-12)。その後は、2010年に「人件費」と「原材料費」が増加し、2011年には「その他の経費」と「有形固定資産購入費」が増加するなど、年によって項目別の増減の状況は異なっている。2012年は、全体として2009年以来の減少となる中で、「人件費」も減少している点が特徴である。


【図表1-3-12】 日本の企業部門の研究開発費の対前年変化率の費目別寄与

資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表1-3-12


(5)まとめ

 2009年に経済状況が悪化するなかで、日本企業は過去に例のない大幅な研究開発費の削減を行ったが、その年もそれ以降も売上高当たり研究開発費は高い水準に保たれていることから、全般的に、企業が研究開発を重視する姿勢は保持されていると考えられる。
 2011年3月の東日本大震災の影響については、日本の企業の研究開発費を直ちに引き下げるような影響は見られなかった。しかし企業の売上高が伸び悩むなかで、最近の研究開発費は、2000年代前半と同程度の水準に留まっている。

(富澤 宏之)


(6)この節の日本の場合は、国際比較の際には「年」を用いている。本来は「年度」である。
(7)2009年度の金額による。本コラムでは、金額に関する日本のデータについて、各年度の値を用いるが、人材データや外国データとの比較のため、便宜上、全て「年」と表示する。