STI Hz Vol.5, No.1, Part.6:(ほらいずん)シリーズ -未来を創る-理化学研究所 未来戦略室のイノベーションデザインSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00165
  • 公開日: 2019.03.20
  • 著者: 黒木 優太郎、横尾 淑子、赤池 伸一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
シリーズ -未来を創る-
理化学研究所 未来戦略室のイノベーションデザイン

科学技術予測センター 研究官 黒木 優太郎、センター長 横尾 淑子
上席フェロー 赤池 伸一

概 要

未来社会全体の不確実性が高まる昨今、科学技術イノベーション政策の推進のためには、将来を展望した予測活動(フォーサイト)が不可欠であり、各国・各組織でも様々な取組が活発化している。本シリーズでは、特筆すべき未来予測を行っている機関を対象として、予測活動や科学技術イノベーションへの貢献等についての意見交換を通じて、科学技術と社会のより良い未来を描く上での、対象機関と科学技術・学術政策研究所(NISTEP)との連携の在り方を探る。第1回となる今回は、分野の垣根を越えたイノベーションデザイナー集団を育成している、理化学研究所(理研)の未来戦略室の取組を伺った。

キーワード:未来予測,フォーサイト,ビジョニング,イノベーションデザイン

Ⅰ. インタビュー

理化学研究所(理研) 未来戦略室について
- まずは主幹にお話を伺います。未来戦略室について教えてください。

1917年(大正6年)に理研ができてから、2017年で100周年を迎えました。100周年を記念した講演の中で、松本 紘 理事長は「これからの100年を展望し、科学技術は産業・経済のみならず社会の変革にしっかり関わっていくことが必要で、そのためには夢や希望を語り、将来を模索することが極めて重要だ。」と述べました。未来戦略室は、100年後や、それ以降のあるべき・ありたい未来社会のビジョンとそれを実現するためのシナリオを描き、社会に提示していくことで未来の可能性を広げる、そのための専門家集団であるイノベーションデザイナーを育成するために設置されました1)

岸本 充 理化学研究所 未来戦略室主幹1997年に理化学研究所に入所。以来一貫して予算・企画関連の業務に従事。現在は未来戦略室主幹、経営企画部調査役。2018年より大阪大学特任教授。

岸本 充 理化学研究所 未来戦略室主幹
1997年に理化学研究所に入所。以来一貫して予算・企画関連の業務に従事。現在は未来戦略室主幹、経営企画部調査役。2018年より大阪大学特任教授。

- どのような活動をしているのでしょうか。

最近は技術革新のスピードも増していますから、既に技術が確立し社会が受け入れてから対応するのでは遅く、革新技術ができていく最先端の研究現場で、しっかりと社会のことを考えることが重要だと思っています。そのためには、あらゆる分野が細分化している中で、俯瞰的に未来社会を考えられる人材を育てることが必要で、理研内でイノベーションデザイナーという専門家集団の形成に取り組んでいます。今は3名のイノベーションデザイナーのほか、2名の客員研究員が活動に取り組んでいます。

そのほかには、産学官で協力する場の構築も念頭においてフォーラムを定期的に開催するなど、そのためのネットワーク作りも行っています。

- 未来戦略室のイノベーションデザイン活動とは、どういったものなのでしょうか。

少し概念的になりますが、これまで理研でも、現在を起点として科学の潮流がどうなるかを考えて研究の企画立案に取り組んできました。未来戦略室では、実現可能性を追求して予測結果を経済活動に活用するような未来予測はやりません。未来社会の可能性を広げることを目指していきます。未来戦略室ではまず、ありたい・あるべき未来社会ビジョンからのバックキャストを主眼に進めます。組織全体としてはフォーキャストとバックキャストの双方から夢を実現していきたいと考えています(図表1)。

また、研究の種を育て、多様性ある研究室が常に新しいことに取り組んでいけるよう、その土壌を豊かにすることが法人としての第一の使命だと思っています。そのためにも、未来社会のビジョンとして夢や希望、価値をしっかりと示すことが必要で、それらのビジョンにインスパイヤされることで研究者が新しい研究を始めたり、新しいビジネスを始めたり、社会課題を解決したり、国家的な事業に展開させたりしていく。その後、そうやって育った研究が分野を越えて相互受粉することで新しい分野が生まれ、土壌も豊かになっていく、そういうサイクルを回していきたいと考えています(図表2)。

そのためのビジョンについてはいろいろな方法で描いています。例えば、理研の研究者に、未来戦略室の西村イノベーションデザイナーがインタビューして得られた、科学者の描く未来というものもあります。これがすぐに未来戦略室のビジョンというわけではありませんが、ほかにはない特徴的なビジョンが得られています。様々なビジョンやシナリオを集めて全体の中で見直してみると、現状では解決できない複雑な課題を突破することができるようなビジョンが得られてきているのではないかと思います。

ほかにも様々な方法で、100年先までいろいろな未来を描いていますが、あらゆる可能性を考慮した上で、こうしたい、こうあるべきだという価値をしっかり見極め、シナリオを綿密に描いていきます。例えばツリーモデルのように書くと、一番上は人類や地球はこの先どうなるのかといったレベルで、末端は一つ一つの研究やビジネスモデルのようなレベルまでブレークダウンして幾つかのシナリオを描く予定です。その先には、実現に向けてバトンを渡し、実際に研究機関や企業等と協力して進めていく必要があります。

我々の活動は、理研の将来計画検討ではありません。各ステークホルダーの協力も得ながら、未来社会のビジョンの実現に向けて、幅広い研究者にとどまらず一般の方々に対して夢を提示し、インスピレーションにつながるようなシナリオを作りたいと考えています。

図表1 理化学研究所 未来戦略室のアプローチ図表1 理化学研究所 未来戦略室のアプローチ

出典:理化学研究所 未来戦略室 岸本 充 主幹御提供資料

図表2 理化学研究所 未来戦略室の目指すところ図表2 理化学研究所 未来戦略室の目指すところ

出典:理化学研究所 未来戦略室 岸本 充 主幹御提供資料
- 次に、西村イノベーションデザイナーのプロジェクトを教えてください。

まず取り掛かったことは、理研の研究者へのインタビューです。理研には基礎研究の研究者たちが多数在籍していますが、その研究自体ではなく、研究の先にどのような新しいテクノロジーの可能性があるのか、その背景となる考えはどのようなものかについて、100年後を見据えたインタビューをしています。基礎研究の研究者は、もちろん研究のことも詳しいですが、本来研究者はあるかないかも分からないエッジで可能性に向かって取り組むイノベーターです。彼らにしか見えていない視点や、「もしこの研究がうまくいったとき、何が可能になるのか」といった、未来を見据えるために必要な暗黙知を解像度高く持った、極めて貴重な人材だと考えています。

また、未来に何が可能になるのかのテクノロジーの話だけでは未来社会の像にはならないので、テクノロジーに社会の諸側面を組み合わせて未来社会の断片を検討しています。社会の諸側面を描く際に、それが100年後にも続いているものかを考えるために、人類史に取り上げられるトピックを分解し、再統合して300年程度の比較的長期間を超えて続く社会テーマを挙げることで、今後100年続く社会の側面を収集しています。この方法で、「移動」、「余暇」、「食料確保」、「宇宙の理解」など、現在、42テーマ(68項目)が挙げられています。

未来のテクノロジーと社会の諸側面を組み合わせて未来社会の断片を描く際は、自分たちだけでなくほかの分野の人を巻き込んだワークショップ形式で行うこともあります。このワークショップ自体も手順やツールを構造化することで、ファシリテーターの力量に頼らないワークショップを設計しています。収容人数や音響等の制約を除けば、人数は100人規模でも問題なく実施できるように設計し、これによって多くの人とともに未来社会を描くことの実現にも取り組んでいます。このワークショップの手法は、私が代表を務めるNPO法人ミラツク2)が現場の事業開発や組織開発の実践の中で開発した手法を活用しています。

西村 勇哉理化学研究所 未来戦略室イノベーションデザイナー2006年に大阪大学大学院にて人間科学の修士号を取得。2011年にNPO法人ミラツクを設立。2017年より国立研究開発法人理化学研究所未来戦略室 イノベーションデザイナー、2017年より関西大学総合情報学部 特任准教授。

西村 勇哉
理化学研究所 未来戦略室イノベーションデザイナー
2006年に大阪大学大学院にて人間科学の修士号を取得。2011年にNPO法人ミラツクを設立。2017年より国立研究開発法人理化学研究所未来戦略室 イノベーションデザイナー、2017年より関西大学総合情報学部 特任准教授。

- どのような観点で、どういった未来社会の像を得ていくのでしょうか。

20年先50年先の未来を見据えるためには、確実性よりも可能性に目を向ける必要があります。比較的遠い未来を考える際に、確実性が下がるのは当たり前なので、確実性は積極的な取組によって高められると仮定し、むしろ可能性の有無を軸にまだ見えていない盲点を見つけることに取り組みます。

例えば、ワークショップで生まれた未来社会のアイデアをデータベース化することにも取り組んでいます。現時点で2,000以上の小さな断片アイデアを得ています。この中には、『一瞬で知識をインプット可能な「1分大学」』など、よくある王道のようなアイデアも多数あります。結果、少数の、不確実性の高い、いい意味での「ブラックスワン」のようなアイデアが際立ち、目につくようになってきます。

この、盲点になりがちだったり、王道には現れなかったりするアイデアが重要です。現代社会の停滞感があるとしたら、それは王道で確実性が高い未来への注目が強いことによる副作用もあると考えます。王道の外にある可能性に目を向けることで、未来の方向性に対する挑戦心の向上にも役立つと考えています。また、例えば人工冬眠のようなテクノロジーを元に深掘りする際も、単純に良い未来だけでなく、「現在からの逃避」など、異なる視点での発想を得ることが、結果的に見えていなかった必要な視点を手に入れることにつながります。

- 最後に、未来戦略室の目指すところの一つに分野融合(相互受粉)がありますが、どのように融合するのでしょう。

分野融合は、『これとこれを融合しよう』というのは何か違うのではないかと思っています。まずはやるべきことが先にあって、それに向けて人が集まってくる。そういったものが本当の分野融合ではないでしょうか。例えば、新しい取組の中で必要に応じて機械生態学や、微生物倫理学といった新分野が自然と出てくる。一方で、ただ待つだけでなく積極的な仕掛けが有効な場合もあるはずです。未来戦略室の未来社会の検討は、そうした新しい方向性の種を得るために用いていくことができると思います。

- 岸本主幹、西村イノベーションデザイナーのお二人には、お忙しい中貴重なお話を頂き、誠にありがとうございました。御礼申し上げます。

Ⅱ. 所感

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の予測活動との差異

NISTEPは、主たる予測活動として「科学技術予測調査」(以降、予測調査)を実施中である。11回目となる今般調査は、ホライズン・スキャニング、ビジョニング、デルファイ調査、シナリオの4部から構成されている。フォーキャストとバックキャストを合わせた手法という点では共通する部分もあるが、一方で専門的知見の位置づけなどと異なった特徴も多い。

我々の予測調査はデルファイ調査(未来科学技術の抽出並びにそれに対する専門家評価の集約)をベースにしており、王道とも言える手堅い情報を得られることが特徴である。一方で意見集約を図るという手法上の特徴から、イノベーションを引き起こすような事項の議論には別途の仕組みが必要となる。理研の未来戦略室のイノベーションデザイン活動では、極めて多数の、専門家の知見の先にあるビジョンを描いており、未来社会の可能性を広げる科学的・社会的ブレークスルーを発見する手法として大変興味深い。

また、我々の予測調査では、海外や国内地域も対象として幅広く知見を収集するが、日本の政策立案への貢献を目的としているため、原則として日本社会を想定している。例えば、デルファイ調査には「実現時期」を問う項目があり、科学技術的実現は日本を含む世界のどこかでの実現時期を質問するが、それに続く社会的実現は日本社会での実現時期を質問する。一方で理研の未来戦略室のイノベーションデザイン活動は、研究者へインスピレーションを与えることを目的としているが、ここで言う研究者とは、理研の研究者はもとより、ひいては日本国内、さらには世界の研究者も想定している点は大きな違いと言える。

そのほか、ビジョンやシナリオの規模も異なる。我々の予測調査では、ビジョニングにおいて50のアイデアを得たところである。一方で理研の未来戦略室のビジョンのアイデアは現時点で相当数あり、最終的には1,000に迫るシナリオを描き、多様な未来の可能性を示したいとしている。このように多数のシナリオを描けるのは、未来戦略室におけるワークショップが構造化されていることも理由の一つであると思われ、ファシリテートの力量に頼らないワークショップとして参考になる。

最も異なる特徴は時間軸である。我々の予測調査は30年後までを対象とするが、理研の未来戦略室では100年先を対象としている。このように100年先を展望する予測活動は国内でも類を見ない。今後予測調査を進めるに当たり、理化学研究所 未来戦略室とも積極的に情報共有を図り、より良い協力関係を構築していきたい。


注 理研のイノベーションデザイナー
社会と科学・技術との関係を俯瞰的に捉え、どのような未来社会を作りたいかというビジョンと、これを実現するための未来シナリオを描く専門家。 産学官の様々なステークホルダーが共創していくための提案を行う。

参考文献

1) 理化学研究所 未来戦略室 ホームページ http://www.riken.jp/research/labs/rido/

2) NPO法人ミラツク ホームページ http://emerging-future.org/