STI Hz Vol.4, No.4, Part.6:(ほらいずん)「理想とする2050 年の姿 ワークショップin 恵那」活動報告STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00154
  • 公開日: 2018.12.20
  • 著者: 河岡 将行、蒲生 秀典、浦島 邦子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
「理想とする2050年の姿 ワークショップin 恵那」
活動報告

科学技術予測センター 特別研究員 河岡 将行、特別研究員 蒲生 秀典、上席研究官 浦島 邦子

概 要

科学技術予測センターでは、フォーサイト手法の高度化や地域イノベーションへの貢献を目的として、多様な参加者によるワークショップを2009年度より全国で開催している。今回は岐阜県恵那市役所と共催で「理想とする恵那市の2050年の姿」をテーマとしたワークショップを開催したのでここに報告する。

ワークショップには、地元の産業界、大学、行政、金融機関などから21名が参加し、4グループに分かれてディスカッションを行った。参加者が理想とする恵那市の暮らしの姿をKJ法にて抽出し、その後それらのアイディアを集約しつつ、重要度(参加者が実現したい度合い)と実現可能性の座標軸にプロットし、「現実的な姿(第1象限)」と「見落とされがちな姿(第3象限)」について将来シナリオを描いた。そして、この二つの象限について各ステークホルダーの戦略や施策を検討した。グループディスカッションの結果から、ICT・AIなどの科学技術が進展し、より便利な社会像が描かれる一方で、科学技術の進展の成果を享受しながらも人間らしさを重要視した社会像及び恵那市独自の施策などが提案された。今回得られた地域の将来ビジョンは、我が国の将来ビジョンの構成要素として第11回科学技術予測調査に活用し、次期科学技術基本計画をはじめとする科学技術イノベーション政策検討のエビデンスとして提供する予定である。

キーワード:科学技術予測,ワークショップ,シナリオ,地域イノベーション,科学技術基本計画

1. はじめに

我が国では、1971年からおおよそ5年ごとに計10回の科学技術予測調査12)を実施している。この科学技術予測調査は、科学技術基本計画や研究助成金の領域設定などの科学技術イノベーション政策を形成する際のエビデンスに資することを目標としている。

近年の科学技術予測調査では、ビジョニングと呼ばれる「あり得る社会を踏まえたありたい社会」(未来像)を描くプロセスを重要視している。ビジョニングでは、我が国の科学技術発展の方向性を明確化することを目的として、多様なステークホルダーから将来のビジョンに関する意見を集約するワークショップ(以下WS)を実施している。こうした背景のもと当センターでは、科学技術予測調査のビジョニングへの示唆を得ることを目的として、地域3~8)、学会9)、国際10)といったフレームでWSを開催しており、多様な視点でのビジョニングを実施してきた。地域WSについては、2009年度からこれまでの10年間で14回実施している。

地域WSの目的は、市民や地元の産業に従事する方々の生の声を聴くことで、より具体的かつ直面している課題や展望を見える化し、その地域の特徴をいかした将来社会像と全国共通の将来社会像を抽出することで、国の将来ビジョン立案に役立てることにある。

今回報告する恵那市は、岐阜県の東部に位置する中山間地域であり、人口約5万人の小都市である。2018年8月に恵那市役所にて開催したWSには、地元の企業、大学、金融機関、市役所等から21名が参加し、4グループに分かれて「理想とする恵那市の2050年の姿」をテーマに議論を行ったので、その概要について記す。

2. ワークショップでの検討手順

今回のWSでは、図表1に示すフローで検討した。

ステップ1では、当センターで作成した「社会情勢と科学技術の将来予測年表」を参考にして、2050年までに影響を及ぼす可能性がある新しい科学技術や社会の動きについてディスカッションし、挙げられていないものを付け加え、共有した。

ステップ2では、「住む」、「費やす」、「働く」、「育てる」、「癒やす」、「遊ぶ」、「学ぶ」、「交わる」の8つの生活シーンをもとに、理想とする恵那市の2050年の姿を創造した。

ステップ3では、ステップ2で描いた理想の姿を、『重要度(実現したい度合い)』と『実現可能性』の軸で評価・プロットした。図表2に示すように、第1象限(重要度:高い、実現可能性:高い)と第3象限(重要度:低い、実現可能性:低い)に属するものをもとに、将来シナリオを作成した。シナリオの作成においては、恵那市が重点施策として挙げている「はたらく」、「たべる」、「くらす」に分けて記述した。

ステップ4では、ステップ3で描いた二つの象限のシナリオを実現するための戦略並びに施策をステークホルダー別に検討した。

最後に各グループの検討結果を発表し、全体で総合的な議論を行った。

本WSの特徴としては、ステップ3で第3象限(重要度:低い、実現可能性:低い)における将来シナリオを作成したことが挙げられる。「高い、低い」の評価は、挙げられた提案の中での相対的位置付けであり、第3象限に挙げられた社会像も、あくまでも市民が理想とするものであるが、ほかに比べて見落とされやすい社会像である。しかし、そこにこそ市民・社会の潜在的なニーズが含まれており、イノベーションにつながるような新たなニーズが抽出できるのではないかと考え、更に深堀してもらうために将来シナリオの作成を行った。

図表1 検討内容と対象とする年図表1 検討内容と対象とする年

図表2 シナリオの検討軸図表2 シナリオの検討軸

3. 「理想とする恵那市の2050年の姿」検討結果

3-1.将来シナリオ

各グループが作成した将来シナリオの概要とキーワードの一覧を図表3に示す。

Aグループの第1象限では、AIやロボットなどの科学技術の進展により、子供から高齢者がITをフル活用している「インテリジェント」な社会像が描かれた。一方で第3象限では、生き方・働き方・死に方が多様化した社会で、特区を活用した個性豊かな社会像が描かれた。

Bグループの第1象限では、高齢者がこれまでの経験、知識とAIなどの科学技術を活用し生き生きと生活する社会像が描かれた。一方で第3象限では、様々な地域に暮らす若者が、恵那の自然をいかしてグローバルに活躍する姿が描かれた。

Cグループの第1象限では、AIなどの科学技術を積極的に受け入れると同時に、人間らしさを大事にする社会像が描かれた。一方で第3象限では、AIなどの利用は否定しないが必要最低限の導入にとどめ、人間同士のコミュニティが大事にされている社会像が描かれた。

Dグループの第1象限では、地域コミュニティや田舎の良さなどの人間らしさを強調した社会像が描かれた。一方で第3象限では、恵那市が保有する自然資源を観光産業にいかしてリゾート開発した姿が描かれた。

図表3 グループディスカッションの結果概要図表3 グループディスカッションの結果概要

3-2.戦略

将来シナリオにおける各ステークホルダーが担う役割・戦略を、第1、第3象限それぞれについて検討したが、本報では第3象限に描かれた戦略検討結果を図表4に示す。各グループで違うシナリオが描かれているが、ステークホルダーの戦略として共通する項目が列挙されたことが興味深い。以下に、各ステークホルダーに共通する戦略が提案されたものについて記す。

企業と国に関しては、週末の副業や育休制度の充実などの働き方の多様性を認める施策が提案された。そして研究機関には、恵那ブランドの食品を展開するために食品の付加価値や機能性を追求することが求められた。また、大学や教育機関には、高齢者も教育が受けられるようなリカレント教育に対する要望が挙げられ、地方自治体に関しては、恵那市の取組を全国・全世界に発信できるようなネットワークの構築とインフラの整備の必要性が提案された。

図表4 各ステークホルダーの戦略検討結果 第3象限図表4 各ステークホルダーの戦略検討結果 第3象限

4. 考察と今後の展開

今回のWSでは、提案されたアイディアを2軸「重要度(実現したい度合い)×実現可能性」で可視化することによって、イノベーションにつながるような新たな市民の潜在ニーズを引き出せるのではないかと考えた。その結果について考察したので以下に示す。

4-1.地域独自の潜在ニーズの把握

重要度(実現したい度合い)を軸に取った場合、一般的に想像されやすく現時点の方向性に合致した事柄が第1象限にプロットされ、理想の姿であるが見落とされやすくイノベーションにつながるような事柄が第3象限にプロットされやすい。本WSの結果を見ると、日本全国で課題となっている少子高齢化や人口減少などへの対応が第1象限に比較的多く表れた。一方で第3象限では、「恵那市における特区制の創設」、「恵那ブランド品の開発」、「恵那市のリゾート化」など、恵那市の独自性がある新しい視点の提案を多く得ることができた。このように、第3象限シナリオを設けることにより、地域ニーズのうち優先順位が相対的に低いため注目されにくい提案も取り上げることができたと考えられる。

4-2.社会変化への対応

今回のように2050年などの長期的な未来を考えるには、社会変化の可能性を踏まえた議論が必要である。第3象限の「現時点で重要度が相対的に低い事柄」が、今後の社会変化によって重要度が増す可能性もある。

本WSの結果を見ると、第1象限では、ICT、AI、ロボットなどの科学技術の進展により、便利で格差のない社会像が多く描かれており、現在よりも進展した社会の省力化や効率化に重点が置かれている。一方で第3象限では、科学技術の進展による便利な社会を許容しながらも、人間同士のコミュニティや人間らしい生き方が重要という意見が多く見られ、効率化だけを求めるのではなく人間らしさにも価値を見いだしている提案がされた。このような人と人との関わり方を再考する視点は、社会の様々な場面でAIの進展により、人からロボットへ置換される社会変化によって浮かび上がる重要な視点の一つと考えられる。

第11回科学技術予測調査のビジョニングとして約100名の専門家の参加を得て2018年1月に実施したビジョンWS11)においても、ICT、AI、ロボットなどの科学技術の進展による未来と並んで、人間本来の姿や新しいコミュニティの在り方を取り上げた未来が描かれており、今回の第3象限との類似性が見られた。

本WSの結果については、今後、第11回科学技術予測調査のビジョニング(あり得る社会を踏まえたありたい社会の検討)のとりまとめに向け、2016~2017年度に実施した5地域の結果と合わせ、地域や市民の視点からの情報として活用する予定である。

謝辞

本調査に当たり、WS開催に多大な御協力を頂いた法政大学の藤井章博教授(科学技術・学術政策研究所(NISTEP)客員研究官)、恵那市役所の関係者の皆様、また岐阜大学、並びにWSに御参加くださった皆様に深謝いたします。

参考文献

1) 例えば、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 科学技術動向研究センター、「第10回科学技術予測調査 分野別科学技術予測」、調査資料-240(2015):http://hdl.handle.net/11035/3080

2) 赤池伸一、「科学技術予測の半世紀と第11回科学技術予測調査に向けて」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.4 No.2(2018):http://doi.org/10.15108/stih.00130

3) 科学技術予測センター、「地域の特徴を生かした未来社会の姿~2035年の「高齢社会×低炭素社会」~」、調査資料-259(2017):http://doi.org/10.15108/rm259

4) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その1 文献調査)」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.2 No.4(2016):
http://doi.org/10.15108/stih.00057

5) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その2 地域における理想とする暮らしの姿の検討)」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.3 No.1(2017):http://doi.org/10.15108/stih.00070

6) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その3 地域の未来を創造する科学技術・システムの検討)」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.3 No.2(2017):http://doi.org/10.15108/stih.00079

7) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その4(最終回) 総合検討)」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.3 No.3(2017):
http://doi.org/10.15108/stih.00088

8) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット、「「2035年の理想とする“海洋産業の未来”ワークショップinしずおか」活動報告」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.4 No.1(2018):
http://doi.org/10.15108/stih.00118

9) 蒲生秀典、浦島邦子、「2040年ビジョンの実現に向けたシナリオの検討~応用物理学会連携ワークショップより~」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.4 No.2(2018):http://doi.org/10.15108/stih.00133

10) 栗林美紀、「第8回予測国際会議「未来の戦略構築に貢献するための予測」の開催報告」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.4 No.2(2018):http://doi.org/10.15108/stih.00131

11) 矢野幸子、「2040年の科学技術と社会について考える~ビジョンワークショップ開催報告~」、文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon Vol.4 No.2(2018):http://doi.org/10.15108/stih.00125