STI Hz Vol.4, No.4, Part.3:(ほらいずん)全米科学振興協会(AAAS)科学技術政策フォーラム2018報告-不透明な連邦科学技術予算の中で多様性と社会的包摂を志向する米国科学コミュニティ-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00151
  • 公開日: 2018.11.26
  • 著者: 白川 展之
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
全米科学振興協会(AAAS)科学技術政策フォーラム2018報告
-不透明な連邦科学技術予算の中で多様性と
社会的包摂を志向する米国科学コミュニティ-

科学技術予測センター 主任研究官 白川 展之

概 要

本稿では、2018年6月に開催された全米科学振興協会(AAAS)科学技術政策フォーラムの様子をもとに、トランプ政権発足後2年を経た米国の連邦科学技術予算の情勢や米国の科学コミュニティの対応姿勢などについて、報告する。トランプ政権発足後の連邦科学技術関連予算は、削減基調の大統領府予算案が議会で増額修正され、オバマ政権末期の時期よりむしろ増加し、法定の政府予算歳出上限との関係で各省庁・機関の執行段階で先行き不透明な事態となっている。こうした中、米国の科学コミュニティでは、社会とともに科学を振興する観点から、より幅広い人々に科学技術の恩恵をもたらすよう、多様性を追求し社会的包摂を指向しようとする意見が強まっている。

キーワード:米国,科学技術イノベーション政策,予算,科学コミュニティ,多様性

1. はじめに

2018年6月21~22日に43回目となる全米科学振興協会(AAAS)主催の科学技術政策フォーラム(Forum on Science & Technology Policy)の年次会合が開催された。同フォーラムは、科学・工学関係の連邦政府予算と計画の現状認識と将来見通しを米国科学政策のコミュニティで共有することを目的に、AAASの本拠地ワシントンD.C.において毎年開催されている政策関係者向けの会合である。

当該会合については、米国の科学政策の情勢を見極める好機であることから、我々科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、コロキウムと呼ばれた時代から本誌及び本誌の前身である科学技術動向誌において継続的にレポートしてきた1~10)

本稿では、2018年6月のAAAS科学技術政策フォーラムの様子をもとに、トランプ政権発足後2年を経た米国の連邦科学技術予算の情勢や米国の科学コミュニティの対応姿勢を2017年1112)に引き続き報告する。

2. AAAS科学技術政策フォーラム2018の概要

サイエンス誌の発行や科学技術関連予算の分析などで知られる非営利組織のAAASでは、科学技術政策の最新動向を政策当局、大学、学協会等、科学技術政策フェローシッププログラムのフェロー、コンサルタント等といった科学技術政策関係者が集う機会として、例年2月の総会に加えて、大統領府からの予算案発表後の時期に、首都ワシントンD.C.で科学技術政策フォーラムを開催している。ここでは、予算動向に関するトピックのほかに、米国の科学技術イノベーション政策のコミュニティでの最新の関心・トピックが共有される場となっている。

2018年のフォーラムは会場をAAAS本部に変え、例年に比べると少々遅めの時期の6月21~22日に200人超の参加者を得て開催された。開催プログラムを図表1に示す。イノベーション創出と科学競争力の確保を主要テーマとし、米国国防高等研究計画局(DARPA)で女性で2人目の長官となったDARPA前長官などの有識者の基調講演をはじめ、AAASの科学政策社会プログラムセンター(Center of Science, Policy, and Society Programs)による予算分析、米国国立科学財団(NSF)などの各省庁・研究助成機関の施策説明等から構成されていた。例年どおりの構成であるが、議会関係者の登壇セッションでは当日朝にようやく講演者が発表されるも急遽(きゅうきょ)キャンセルとなるなど、例年にない事態もあり、政権発足直後の緊張とは打って変わった様子であった。

図表1 プログラム概要図表1 プログラム概要

3. フォーラムにおける主な議論・論点等

(1)基調講演等:社会科学研究とのコンバージェンスによるイノベーション創出と科学力・競争力

今回のフォーラムに共通するテーマは、米国の科学力、競争力の確保とイノベーションの関係であった。

初日の基調講演①で、女性として2人目のDARPA前長官であり、米国国立標準技術研究所(NIST)の所長も務めたPrabhakar博士から「米国の科学研究開発機関は、基礎研究と商業的応用を融合させることで、次世代技術革新の恩恵をより迅速に(社会に)提供することが求められる重大な時期を迎えている」と科学技術と社会との契約を重視するよう求めるスピーチがあった(写真1)。また、同博士は、科学技術の倫理的側面・社会的影響にも留意した研究推進が必要になるとも述べた。このほか、2日目のマイクロソフト社本社副社長Lee博士は、基調講演②で、指数関数的な技術進化の下で、スコットランド北部のオークニー諸島の海底に潮力発電と風力タービンによる再生可能エネルギーを利用した冷却コストの低減を目的とした水没データセンターが設置された実験などを例に、ハイパースケールのデータコンピューティングの成長、大規模な機械学習の登場、新しいデータ駆動型の科学パラダイムの実現可能性が近づいていることを述べ、更に「この変曲点はグーテンベルクの活版印刷と並ぶ非常にまれなもの」だとも述べた。

基調講演に共通した論点は二つあり、一つは、イノベーションの実現には、社会ニーズを捉える上で、社会科学と行動科学の数学、デジタル技術、暗号技術などをコンバージェンス(融合)させることが鍵になるという論点であり、もう一つは、そのための社会からの支援と理解をどのように確保するかという論点であった。

基調講演の内容等については、サイエンス誌13)に報じられているので、詳細についてはそちらを参照いただくとして本稿では割愛する。2日目の最後には、現在の社会・政治情勢のもとでの科学への公的支援と科学競争力との関係が重点的に議論された。これは、宇宙物理学の最終の基調講演③でも同じトーンであった。米国の科学コミュニティでは、社会とともに科学を振興する観点から、より幅広い人々に科学技術の恩恵をもたらすよう、多様性を追求し社会的包摂を指向しようとする意見が強まっているように筆者には見受けられた。

また、エネルギー・気候科学に関してイノベーションの阻害のリスク要因を議論するセッションが行われたほか、基礎研究と民間部門の技術の橋渡しがテーマとなり、米国の研究大学を中心とした研究開発システムの成立過程の歴史や公的研究助成機関等における研究開発マネジメントに関するセッション(NSF及びNIST)、民間助成財団及び州政府の支援機関を招いたベンチャー・創業支援施策、さらには科学技術指標に関する発表もみられ、全体として科学技術・イノベーション政策の最新トピックとともに基礎を幅広くカバーする内容だった。

写真1 基調講演①
写真1 基調講演① 撮影:筆者

撮影:筆者

(2)先行き不透明な連邦科学予算:議会で増額修正される連邦科学予算と中国の科学競争力

最新の米国の科学コミュニティの空気感を反映した政策フォーラムであるが、かつてない変化がみられたのは、米国内の情勢をレポートする恒例のAAASによる予算分析であった。

連邦科学関連予算は、トランプ政権発足後の国防関連を除き削減基調の大統領府予算が、議会で増額修正され、最終予算ではオバマ政権末期の時期よりむしろ増加している(図表2)。各省庁別の予算増減をみると、一層明らかで、トランプ政権で公約としていた地球温暖化対策の見直し姿勢などを反映した大統領予算教書での予算案が、下院(House)、上院(Senate)と審議を経るうちに元に戻り(図表3)、結果的に裁量予算総額では、大幅増となっている。しかし、法定の政府予算歳出上限があるため、各省庁・機関の執行段階で最終的に予算額がどのくらいになるのかいまだ不明である(図表2)。例年独自の連邦科学関連予算分析で注目を集めるAAAS研究開発予算・政策プログラムディレクター Matt Hourihan氏からも、先行き不透明との情勢見通しが示された。

こうした議会情勢の背景には、論文数で米国をしのぐ伸びを見せるなど、近年の中国の著しい科学力の向上がある。このため、政策フォーラムでも、人工知能研究の論文数で米国を上回る勢いを見せていることなどを例に中国が科学競争力を飛躍的に高めていること、現政権下の米国では逆風に見舞われている再生可能エネルギーの推進に関しても独自の施策を進め世界で確固たる地位を獲得しようとする挑戦的な動きが中国にみられることなどから、米国の科学研究の国際競争力の低下を懸念する趣旨の発表があった(写真2)。こうした論点は、2017年にはなく、現在の政治情勢を反映したものとして注目される。

図表2 非防衛科学関連予算の法定歳出上限の推移図表2 非防衛科学関連予算の法定歳出上限の推移

出典:参考文献14)を基に科学技術予測センターにて作成

図表3 省庁別研究開発予算増減率(2019財政年度)図表3 省庁別研究開発予算増減率(2019財政年度)

注:詳細データについては、AAASのFY 2019 R&D Appropriations Dashboardで詳細な可視化が可能となっている。
https://www.aaas.org/page/fy-2019-rd-appropriations-dashboard
出典:参考文献14)を基に科学技術予測センターにて作成

写真2 セッション:研究開発投資の世界動向
写真2 セッション:研究開発投資の世界動向 撮影:筆者

撮影:筆者

おわりに

同フォーラム開催後、トランプ政権における大統領科学顧問の人選について報道15)されるなど、新たな動きもみられる。現状では、予算に着目した視座では米国の科学技術情勢の把握が困難になってきている面があることも確かなようである。このため、今後も在ワシントンD.C.の関係者等と意見交換をしながら情報収集・分析に努めていきたい。

参考文献

1) 米国科学技術政策の最新動向 ―2002年 AAAS年次コロキウム速報― 同時多発テロが米国科学技術政策に及ぼした影響および2003年度の重点目標 http://hdl.handle.net/11035/1397

2) 米国の科学技術政策動向―2003年AAAS年次コロキウム速報― http://hdl.handle.net/11035/1464

3) 米国の科学技術政策動向―AAAS科学技術政策年次フォーラム速報― 2004 http://hdl.handle.net/11035/1524

4) AAAS科学技術政策年次フォーラム報告 2006 http://hdl.handle.net/11035/1725

5) AAAS科学技術政策フォーラム報告 2007 http://hdl.handle.net/11035/1842

6) AAAS科学技術政策年次フォーラム報告 2008 http://hdl.handle.net/11035/1953

7) AAAS科学技術政策年次フォーラム(2009)報告 http://hdl.handle.net/11035/2059

8) AAAS科学技術政策年次フォーラム(2010)報告 http://hdl.handle.net/11035/2148

9) AAAS科学技術政策年次フォーラム(2011)報告 http://hdl.handle.net/11035/2252

10) 2013年AAAS科学技術政策年次フォーラム報告 緊縮財政下における科学技術と社会との関係の変化
http://hdl.handle.net/11035/2394

11) 白川 展之.米国トランプ政権における科学技術政策と在ワシントンの関係者の認識.文部科学省科学技術・学術政策研究所 STI Horizon. 2017. Vol.3 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00082

12) 白川 展之,矢野 幸子. “ポストトゥルース”時代のエビデンスと科学コミュニケーション ―米国科学振興協会(AAAS)年次総会及び科学技術政策フォーラムにおける科学への理解増進と社会への働きかけに関する議論―文部科学省科学技術・学術政策研究所.2017. STI Horizon. Vol.3 No.3:http://doi.org/10.15108/stih.00093

13) Anne Q. Hoy, AAAS S&T Policy Forum explores U.S. competitiveness, now and in the future Science 27 Jul 2018: Vol. 361, Issue 6400, pp. 374 DOI: 10.1126/science.361.6400.374
http://science.sciencemag.org/content/361/6400/374

14) AAAS発表資料June 21, 2018 ―The Science Budget in 2018 and Beyond: Update and Outlook― Matt Hourihan, AAAS for the AAAS Science & Technology Policy Forum
https://mcmprodaaas.s3.amazonaws.com/s3fs-public/20180621%20-%20AAAS%20Forum.pptx?sZzBJQ2mvel1Dvu8DrEBpG9m3j5D6GzO
入手先:https://www.aaas.org/resources/presentations-0(2018年11月6日閲覧)

15) Trump’s pick to head White House science office gets good reviews
http://www.sciencemag.org/news/2018/07/trump-s-pick-head-white-house-science-office-gets-good-reviews
doi:10.1126/science.aau9602